ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2011年 11月 08日

かわいらしさと強面の二面性を併せ持つ「80后」

ぼくが中国本土で初めて日本のマンガの精巧な海賊版を見たのは、1992年頃の深圳でした。双葉社の「クレヨンしんちゃん」だったと思います。それから10年後、中国で会った多くの若い子たちは、日本のマンガやアニメのファンになっていました。

ぼくは1960年代生まれなので、小学生だった70年代のアニメに親しんだ世代ですが、おかしいことに、中国のテレビでは90年代にほぼ日本の20年遅れで70年代アニメが放映されており、いわゆる「80后」(80年代生まれ)の子たちとぼくは、同じ年の頃に同じアニメを視聴して育っていたことを知りました。

いまでも思い出すと吹き出してしまうのが、日経ビジネスNBonlineの連載で書いた上海のメイドカフェでバイトする上海外国語学院の女の子と一緒にカラオケで「一休さん」を歌ったときのことです。「♪スキスキスキスキスキスキ!あいしてる」。そう歌いながら、いったいこの時空を超えた共有感ってなんだろか? そんな甘ったるく不思議な感触を味わいながら、メイド服を身に包んだ彼女らに妙な親しみをおぼえたものです。おかしなもんですね。もちろん、それはこちらの勝手な妄想に近い思い込みにすぎないのですけれど。

日経ビジネスNBonline アニメと「80后」をめぐる話

いまでは中国の若者たちは、いわゆる違法ダウンロードサイトを通じてリアルタイムで日本の深夜アニメを視聴しています(中国では違法ではないのかな。当局が違法だといえばそうなるし、お目こぼしがあれば堂々と営業できる。この国では法が物事の是非の基準にならないため、海賊版はいつまでもなくならない)。

彼らは日本のアニメで描かれる中学高校の文化祭やアルバイトなど、中国ではまだそれほど一般的ではない学校生活の勉強以外の世界に憧れもあるようです。

そういうかわいらしい一面もある一方で、彼らが学んだ「愛国主義教育」の効果てきめんというべきか、ある局面においては(いわゆる歴史認識や領土問題などナショナリズムがからむと)、断固たる強面という二面性を併せ持つのも、彼ら「80后」の特徴です。

状況によってコマのようにクルクルと回る彼らの二面性をどう取り扱うべきか。ぼくにすれば、親戚のおじさんが甥っ子姪っ子を見つめる目線に近いのですが、彼らも自らの立ち位置にどうやら不安を抱えているらしいことも確か。それとなく続いている彼ら彼女らとお付き合いのなかで、何かしらの発見があれば、つらつら書いてみようと思います。

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by sanyo-kansatu | 2011-11-08 15:19 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)


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