ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2011年 12月 30日

中国版ミニ角栄のなれの果て(中国インディペンデント映画祭2011 その4)

ここ連日、ポレポレ東中野に通っています。中国インディペンデント映画は、お世辞抜きで面白いと言わざるをえません。外国人であるぼくが生半可な気持ちで取材をしようと試みても、ここまではとても入り込めないという臨界点が中国にはあるものですが、その先に広がる茫漠としたこの国ならではの奥深い世界をリアリティたっぷりに見せてくれます。もうお腹いっぱいですから勘弁してください、というくらい徹底的に。

1日4本立ての上映スケジュールが組まれていますが、1日1本観ればもう十分すぎるぐらい内容が重いので、ぼくにはハシゴは無理です。せめて上映後1日かけて、その作品が撮られた背景や登場人物の言動の意味について自分なりに整理しておかないと、わけがわからなくなってしまうからです。

12月6日に観たのは、新聞記者出身の周浩監督の『書記』(2009年)でした。
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話の結末を明かしてしまうのはルール違反ですが、ノンフィクションであることと、DVD化でもされない限り、誰もがそう簡単に観ることのできない独立系であることをふまえ、最初に言ってしまうと、この作品は、退任15ヵ月後、収賄の罪で懲役7年の刑に処された河南省固始県の郭永昌共産党書記(2007年当時)の在任中最後の3ヵ月の日々を追ったドキュメンタリーです。

中国の地方行政は33の省と直轄市、自治区に分かれ、それらは約1500の県で構成されています。日本では地方行政のトップは県知事ですが、中国では政府と共産党による二重権力構造が常態化していて、実際には県長(日本の知事にあたる)よりも共産党書記の権限が上のようです。2012年秋の党大会で国家主席に就任するとされる習近平が浙江省の書記であったことに比べると相当格が落ちるとはいえ、この作品の主人公が地方行政の事実上トップであることを思えば、元記者によくここまで密着して撮らせることを許したものだという驚きがあります。

河南省固始県といえば、地図でみればわかりますが、中国内陸部の典型的な地方都市です。この作品が撮られた2007年は、上海の不動産価格の高騰がピークになるだろうと外資系投資関係者らの間で言われていた頃です。その狂おしいまでの熱気は一足遅れて地方都市にも波及していました。その渦中に行政トップの要職に座る郭書記の仕事は大きくふたつ。どうやって外資を呼び込み、地元経済の成長を図るか。同時に発展に伴う格差の拡大をはじめとした社会のひずみを解消するか。とはいえ、全国の地方都市が自分たちも上海のように発展したいと一心に不動産開発に明け暮れていた時代ですから、後者の仕事はなおざりになりがちです。

さて、この作品で興味深いのは、地方行政の中南海ともいうべき郭書記の執務室の映像をカメラが収めていることです。一部、映像が真っ暗になり、音声だけになるシーンもありますが(おそらく郭書記以外の他の関係者に禍をもたらす可能性のある人物が映っていたに違いありません)、多くは書記に頼みごとや陳情に来る訪問者たちとのやりとりです。退任を間近に控えた郭書記は慈悲深く寛大な指導者の役割を演じているがごとく、細々とした訪問者が抱える問題の解決を約束してみせます。地上げによる立ち退き費用の支払いを渋る公的機関と結託したデベロッパーとの契約書類に自筆のサインを書き込み、関係各所に指示を出しておくから大丈夫、と優しく語りかける彼は、テレビで見る温家宝首相の姿と重なって見えます。でも、県政府ビルの周辺には、決して招き入れられることのない陳情者たちが大挙して取り巻いているシーンも映されています。

104分間の映像の大半を占めるのが、酒宴の風景です。お抱え運転手に「毎日が午前様」と揶揄されながら、この地を訪ねる国内外の投資関係者や不動産事業者らと日夜酒杯を重ねる郭書記はカラオケ大好きの乾杯大将です。酒宴の背後には地元の若い女歌手やダンサーがいて、その地方色たっぷりの場末感が今日の中国らしさを存分に味わせてくれます。

とりわけ郭書記のハッスルぶりが見られるのが、海外の投資関係者との宴会です。台湾関係者とは肩を組み、デュエットでカラオケを熱唱、同じ“中華民族”としての一体感に酔いしれてみせます。一方、欧米人企業家相手には中国式のカラオケ接待ではなく、個室を借り切った誕生日パーティを準備させるなど、両者の好みを使い分ける気配りを忘れません。が、用意させた誕生日ケーキのクリームを欧米人の顔に塗りたくり、おどけてみせるといった、ついついお里が知れてしまうシーンも出てきます。おそらく彼の胸の内には、中国人も欧米人相手にここまで対等に振舞えるようになったんだぞという自負があったであろうことがうかがえます。

ぼくは以前、仕事の関係で延辺朝鮮自治州のトップに近い役人に面会したことがあります。酒宴にも招かれたのですが、彼は外国人であるぼくに、自らの権限を誇示することに熱心でした。ぼくはそのとき、延辺にある複数の北朝鮮との国境ゲートを視察して回りたかったので、その話をすると、後日、外国人の立ち入りが禁止されている中朝国境のある橋を彼の電話1本で現場の役人に命令を下し、渡らせてくれたりするわけです。

思うに、彼らのような地方役人がなぜ自分の権限を誇示したがるかというと、自分の権限が及ぶ範囲と限界を知っているからでしょう。彼らは、中央政府にたてつくことはできなくても、この地では俺がなんでも決められるということを、とりわけ外国人相手に言いたくなるようです。

しかし、高級カラオケクラブの個室で側近にレミーマルタンを開けさせながら、県内の消費税率をトップダウンで決めてしまうなんて政治手法に道義などあろうはずはありません。「県の書記なんてのは、大旦那みたいなもんさ。歳入3億元なのに、なぜ10億元の歳出が可能か。それは俺が省幹部に顔が利くからだ」。退任間近になると、彼はますます大胆になってこんなことを言い出す始末です。

このシーンを観ながら、ぼくはつぶやいていました。これも2010年までの話だろうさ。11年から先はこうもいくまい。地方財政は破綻の危機だというし、マンション建てれば金が生まれるなんて時代ではもうないのだから。さあ、中国もこれからが大変だ……。

ですから、エンディングの字幕で郭書記の懲役刑が告げられるのを観ながら、溜飲が下がったのは確かでしたが、どこか後味の悪さが残ります。要するに、彼は中国版ミニ角栄。退任挨拶で涙を流したりする情にもろい人物で、時代に乗ったお調子者にすぎない。その小物ぶりに、同情の余地があるようにも思えてくるからです。なぜって、本物のワルなら捕まったりはしないでしょうから。

いまとなっては、実名まで明かされてしまったこの人物、中国で最も面子のない男、カッコ悪いにもほどがある。一見頭がよくて抜け目がないようで、その実スキだらけという中国人ってよくいます。脇が甘すぎたのか、稀代のお人よしだったということか。おそらく彼は自分がこれだけ県を発展させたのだから、任期内の功績は後代に残す価値があり、その記録を撮らせるのも悪くない、くらいの認識だったに違いありません。確かに、2000年代の中国はそんな時代だったと思います。

この人物、世代的には文革時代には紅衛兵でもあった50代でしょう。青年時代には資本主義者を打倒すべく大暴れした人間が大人になり、権力を手に入れたとたん、接待漬け、酒宴三昧の日々を送ってついには監獄行きという結末は、中国の官僚制度の救いようのなさを呆れるほどわかりやすく見せてくれたといえます。ぜひとも中国の国営テレビで全国放映すべき貴重な映像だと思いますが、無理でしょうね。
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by sanyo-kansatu | 2011-12-30 22:09 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)


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