2011年 12月 31日

中国インディペンデント映画の誕生と現在(中国インディペンデント映画祭2011 その5)

12月7日には、中国インディペンデント映画祭の関連イベントとして「日吉電影節2011」(主催は慶應義塾大学)がありました。この期間中のイベントは何でも見てやろうという気でいたので、久しぶりに慶應の日吉キャンパスに足を運びました。

プログラムは、第一部が中国の若手監督(1980年代生まれが中心)の短編映画の上映で、第二部が北京電影学院教授の章明監督と俳優の王宏偉さん、中国インディペンデント映画祭代表の中山大樹さんの座談会でした。

映画上映についてはあとで触れるとして、この日ぼくにとって収穫だったのは、章明監督による中国インディペンデント映画の誕生の背景と現在の動向に関するスピーチを聞けたことでした。以下、簡単に章明監督の話を紹介します。
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章明監督


「中国インディペンデント映画(いわゆる自主制作映画)が誕生したのは1990年代です。背景には改革開放以降の中国の経済発展と、デジタルビデオカメラのコンパクト化をはじめとした撮影技術の進歩があります。中国ではそれまで映画製作は国家が資金を出す代わりに国家の要求するものしかつくることができませんでした。これが変わったのが天安門事件後です。鄧小平は民主化を抑えるかわりに、経済面の開放を加速化させましたが、その影響は映画製作の現場にも現れました。民間資本による映画製作が可能となったのです。

これは映画製作者にとって、ひとつの門が開いたことを意味しました。国家の要求するものとは異なる作品をつくることができるようになったからです。

私たち映画製作者たちは、当然のことですが、これまでとは違ったものを撮りたいと考えました。内容においては、すべてが政治がらみだったものからそうではないものに、登場人物においては、これまで映画に出てくることのなかった、たとえば泥棒といった世間の片隅に生きている人物を扱うことで、社会の真実をリアルに描きたいと思いました。

もっとも、1990年代はテレビドラマが人気で、街にはハリウッドや香港映画のビデオ上映館が大流行でしたから、映画は衰退していく時期でした。中国映画市場が活況を呈してきたのはここ数年のことで、いまでは天安門事件後に生まれた世代が映画館に足を運ぶ時代になりました。映画館の数も増えています。ただ作品の種類は少なく、そのほとんどはハリウッドか中国政府の後押しした歴史大作です。我々のつくっているような低予算のインディペンデント映画が映画館にかかることはありません。

なぜなら、中国では映画館で上映するためには、当局の検閲を受けなければならないからです。またたとえ検閲を受けたとしても、興行収入を得る見込みのない作品を上映する映画館はないからです。

私の新作『花嫁』(2009年)にしても、中国ではいまだ5~10回しか上映されていません。最初に上映されたのが北京の798芸術区にあるイベリア芸術センターで開かれたインディペンデント映画祭で、その後の南京や重慶の映画祭や大学のキャンパスでしかありません。中国には、海外のようなアートシアターは少なく、自主的に上映することしかできないからです。おそらく私のこの作品の観客は1000人に満たないでしょう。

それでも、中国のポータルサイトのひとつ「捜狐」のように、インディペンデント映画専門のサイトをつくろうとする動きもあります。ある若手の映画作家が、性転換したダンサーを主人公としたドキュメンタリー映画をネットにのせ、2000万アクセスを得たという成功例もあります。ただこうしためぐり合わせは誰にでもあるものではありません」。

その後の質疑応答で、章明監督(1961年四川省生まれ)は映画監督を志した経緯について次のように語りました。

「私は小学生の頃、長江のほとりの農村(四川省巫山)で過ごしました。校舎は古い廟で、教室の四角い窓から長江と行き交う船が見えました。それは映画のスクリーンのように美しかった。中学時代は演劇をやり、高校時代に映画雑誌を初めて読み、映画の脚本の存在を知りました。大学時代は美術大学で油絵を専攻しました。

大学卒業直前の1980年頃、栗原小巻主演の『愛と死』(1971年松竹)を観ました。そのとき、初めてスローモーション映像というものを知ったんです。その後、映画制作を志し、北京電影学院に入学しました」。

(章明監督は、91年に北京電影学院監督科の修士課程終了。北京電影学院教員となり、テレビドラマや広告制作に携わる。初監督作品『巫山雲雨(沈む街)』(1996年)がトリノや釜山の映画祭で最優秀作品に選ばれる)

監督の作風や映画撮影に対する考え方を問う質問に対して、彼はこう答えています。

「私の作品の特徴は、登場人物に語らせるというスタイルであることです。『花嫁』の場合も、地方の小都市に住む人々の生活やモノの見方、態度を描いています。彼らこそ中国の一般大衆です。中国の人々の大部分は大都市ではなく地方の小さな町に住んでいるのです」

実際、外国人である我々は北京や上海といった大都市に住む人たちこそ、そこそこ知っているとはいえ、地方の小都市に住む人たちのことはまるで知りません。彼らがどんな環境で暮らし、何を考えながら日々を送っているのか。監督の作品はそれを知る手がかりを与えてくれます(『花嫁』については後日紹介します)。

また監督の話から、中国インディペンデント映画が扱う題材やテーマが、かつてのように国家が要求する歴史の英雄を描くのではなく(いまでもその傾向が強いですけど)、中国の一般大衆の生活や日常を扱うことに熱心なのは、それ相応の背景や動機があったことがわかりました。

さて、順序が逆になりましたが、第一部に戻ります。中国の若手監督による短編映画の上映です。2009年の重慶インディペンデント映画祭の出品作から選ばれたそうです。以下、作品の簡単な紹介とひとことコメント。

①『阿Q魚伝(Q鱼的下午)』(2005年 林哲楽監督)
金魚鉢の中にいる金魚たちを擬人化してモノローグさせるというユーモア小編です。中国のネット上でよく見かける手法ですが、ぼくにはとても古めかしく感じました。1960年代や70年代の実験映画でこういうのはよくあったんじゃないかと。言っちゃ悪いけど、いまの中国の若い世代が新しげなこと、気の利いたことをやろうとすると、とたんに古めかしく見えてしまうことはよくあると思います。近年大量に生産されている中国産のアニメや漫画を見ていると、その思いを強くします。

②『キャンディ(糖果)』(2007年 趙楽監督)
中国の農村を舞台にしたメルヘンです。ひとりの男の子がいたずら半分に自分の食べたキャンディの包み紙に石鹸を包むと、その包み紙が姉から感謝の印として級友の男の子へ、そして先生へと渡り、最後に自分の手元に戻ってくるという話です。今回の映画祭では、大人の世代の監督たちが中国の農村の異界ぶりをリアルに描き出しているのに対し、「80后」世代の監督は、同じ舞台をキャンディの甘い包み紙でくるんでしまいました。その評価はともかく、この違いをどう理解すればいいのか。ちょっと面白いテーマだと思います。

③『息子とゴキブリ(儿子与蟑螂)』(2007年 欧陽傑監督)
時代の変化についていけない小説家の父と息子の葛藤を描く話。やはりかつての実験映画のようですが、ストーリーの展開や人物の内面がうまく伝わってきません。章明監督も「物語の処理がうまくできていない」とコメント。それでも「重慶のじめじめした重苦しい空気は伝わってくる」とのこと。なんともコメントしにくい作品ですが、息子の自殺後、カメラが映し出す夜の車道の街灯のうすぼんやりした映像が、1970年代の日本の映画やドラマのシーンに似ていたことが印象的でした。

④『北京へようこそ(北京欢迎你)』(2008年 盧茜監督)
コンセプトがわかりやすく完成度の高い作品です。当時ネット上で評判になった記憶があります。2008年、オリンピック開催に沸く北京市政府が『北京へようこそ(北京欢迎你)』(ジャッキー・チェンら中国の芸能人によるキャンペーンソングの曲名)と表向き外来者を歓迎しているように見えて、その実外地人(地方から北京に来た中国人)に対する滞在許可のチェックを厳しくしたことを大いに皮肉る内容です。

ストーリーは、あるマンションの管理人のおばさんが、政府から住人の戸籍管理を徹底するよう通達を受け、マンション内の住人を訪ねて回るというもの。ひとり住まいの老人介護をする四川省出身の小時工(家政婦)や共同住まいの売春婦たち(風呂場に隠れていたもうひとりの女は妹だというが、客と思われる男がのこのこ出てきてしまう)、雲南省出身の偽ブランド品販売業者の夫婦(おばさんは南国フルーツのドリアンをすすめられるが、臭いのきつさに遠慮する)、北京市出身だが農村戸籍であるがゆえに管理の対象となることに憤慨する青年、半地下室をスタジオ代わりに使う上海や湖南出身の外地人ロックバンドの若者たちなど、いまの北京を象徴する多様なキャラクターが登場します(ちなみに、半地下室とは1980~90年代に中国で建てられた団地やマンションの地下にある元核シェルターのことで、いまではそのスペースを間仕切りして、地方からの出稼ぎ労働者や大学卒業後も北京に残った若者たちがアパート代わりに住んでいます)。

まるで都市社会調査の現場に立ち会うようなストーリー立てにぼくはわくわくしましたし、作品の最後に住人の映像と例のジャッキーたちの歌『北京へようこそ(北京欢迎你)』を重ねる手法は絶妙というほかありません。ここまでわかっている人間が中国にもいることを知ると(そういう言い方はそもそも不遜だとは思いますが)、とても頼もしい気がしてきます。もっとも、中国においては、スマートで切れ味がよすぎる社会批評は、かえって当局にはかすり傷にすら感じないという現実もある気がします。

「日吉電影節2011」では、前半の「80后」世代の作品上映と、後半の大人世代にあたる章明監督らのスピーチとの間のつながりがしっくりきませんでしたが、いろんな発見はありました。きっと大学生向けのイベントということで、世代の近い若手監督の作品を選んだという教育的配慮があったのでしょうね。
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by sanyo-kansatu | 2011-12-31 21:46 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)


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