ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2012年 09月 23日

14回 反日デモから考える中国訪日旅行市場と今後の対策

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先ごろ反日デモがあった在北京日本国総領事館


連日盛んに報道された尖閣諸島「国有化」に対する反日デモはひと段落しましたが、中国政府はまたもや旅行博のドタキャンや旅行会社への日本ツアー取りやめ通達といった露骨な嫌がらせを行いました。卑劣なことに、政治目的遂行のため、民間交流を強制的に停止させたのです。

東日本大震災後、日本の観光産業は着実に復興を遂げ、訪日旅行(インバウンド)市場は国・地域による浮き沈みはあるものの順調に回復しました。海外旅行(アウトバウンド)市場では、今年旅行者数が過去最高になりそうだとの期待も高まっていました。ところが、中韓両国との領土問題をめぐる関係悪化で達成も微妙になってきた。なにしろこの二国はインもアウトも国別シェアのトップ2だからです。今後の影響が大いに懸念されます。

今回の一連の中国政府の仕打ちについては、留学や駐在経験があり、現地事情にある程度精通している人と、出張ベースで何度か訪ねた程度、あるいは最近の中国に行かれたことがないという人とでは、問題のとらえ方、感じ方に開きがあると思います。前者であれば、中国政府の一方的で高圧的な民事への介入も経験済み、デモ現場の不穏な空気感も「この人たちならこのくらいのことはやるだろう」と肌感覚でわかってしまうと思いますが、後者からすれば、何がそこまで彼らを強硬にさせているか理解しがたいでしょうし、こんな理不尽なことがあってなるものかと憤慨されても無理はないと思います。

前回のコラムでぼくはこの問題に関する希望的観測にすぎない、ずいぶん甘い見通しを立ててしまいました。そこで今回は少し気を引き締めて、中国政府による尖閣問題に端を発した観光交流停止問題の背景と今後の対策について考えてみたいと思います。

映像で見たデモは中国の日常だ

この際、はっきり言っておきたいと思います。

政治目的遂行のために民間交流を停止させた時点で、その政府に徳はありません。もはや中国政府には天意がないと言っていい。

国家間にたとえ論争があっても、自由に交流したいという民間の意思を政府が阻む道理はないからです。民間同士には国家の枠に縛られない信義があるのです。

中国政府が尖閣領有に向けて仕掛ける経済制裁や情報戦、軍事的圧力とは次元が違って、民間交流の扱いは道徳の問題なのです。もし中国政府が自らの統治の正統性を任じるのなら、禁じ手とすべきでした。しかし、彼らは日本政府の掲げる新成長戦略に打撃を与えるための経済制裁の道具として観光交流を捉えることで、取り扱いを誤った。こんなことをしているようでは、大局として、中国政府は自らの社会のさらなる不安定化という国難を大きな代償として支払うことになるでしょう。

今回我々が見た暴徒による生々しいデモの映像は、ある意味中国の日常です。対象が日本だったため、中国国民の「怒り」を意図的に演出するために国内外で報道されました。

しかし、今回のデモの人数規模の騒乱は毎日のように全国各地、特に地方都市で起きています。それらの事実を政府は隠しておきたいため、報道されないだけです。日本人をはじめ外国人が住むのはほとんど大都市です。地方に行く場合も、経済開発区や観光地などにしか足を運ぶことはないため、地方都市の事情を知る人は少ない。社会の矛盾が吹き溜まりがちなのは、たいてい名も知れぬ地方都市です。

ある中国の独立系ドキュメンタリー映像作家は、陳情のために地方都市の政府庁舎を取り囲む多くの民衆の姿を記録しています(中国インディペンデント映画祭その4「中国版ミニ角栄のなれの果て」 )。
彼らの顔つきは、我々が普段見かける都会の中国人とはまったく違います。日本ではもはや見ることのできない、過去の時代を生きているような人たちといっていい。彼らは我々の想像力を超えた盲目的な「怒り」を内に溜め込んでいて、それを解き放つきっかけさえあれば、いとも簡単に爆発させてしまう。中国で下層階級として生を受けた人たちの抱える尋常でないストレスと怨嗟は、とても今日の日本人には理解できないものでしょう。デモや騒乱ほど、中国政府がつくり出した階層分断の理不尽さを目の当たりにしてくれるシーンはないといえるのです。

私たちは海外旅行になんて行けない

ここで我々が映像で見たデモに参加した青年たちについて、少し考えてみましょう。

ぼくは縁あって北京の日本アニメファンの若者たちとちょっとした交流を続けています(アニメと「80后」をめぐる話)。彼らと一緒に北京の新しい文化スポットを探索しているのですが、たとえば、オリンピック開幕に合わせてできた三里屯というハイソなショッピングモールに行ったとき、普段は日本のポップカルチャーの話題を好む彼らが急に階層構造の話を始めたことがありました。

三里屯のおしゃれなカフェにたむろし、iPadを脇に抱えているような、一目で特権階層の子弟とわかる同世代の中国の若者を横目に見ながら、大卒3年目で民間企業に勤めるひとりのOLは声をひそめてこんなことを言うのです。

「彼らは私たちとは階層が違います。北京には3つの階層がある。まず彼らのような親が金持ちで、権力とつながっている人たちです。そして私たちのような北京の下層民。その下にいるのが地方出身者で、彼らは大学を卒業しても、私たちのような下層民くらいにはなれるかもしれないけど、決して三里屯で遊んでいるような階層にはなれません。もちろん、権力にコネのない私たちも同じです」

彼女は学生時代、アニメイベントのアフレコ大会で優秀賞を取ったこともあるという、いまどきの愛嬌あるお嬢さんですが、自分のクラスメイトを頭に浮かべながら、中国社会は既得権層と下層民(一般都市戸籍者)、地方出身者の3つに分かれていて、階層が固定化してしまっていると考えている。しかも、北京生まれの自分を下層民と位置づけし、無力感を募らせているというのです。

彼女と日本旅行の話をしたこともあります。ネットを通じて東京の情報を詳しく知っている彼女ですが、自分の収入ではとても海外旅行なんて無理だといいます。中国からの大半の日本ツアーが東京・大阪5泊6日の画一的な内容で、価格が安すぎるために日本の受け入れ側が困っていると話したところ、彼女にはその話が理解を超えていたようです。

「(ツアー料金の)6000元は安すぎるといいますが、私たちのような一般の中国人には高すぎます」。急に不機嫌になって彼女はそう息巻くのです。自分の金銭感覚を超えた「金持ち」の世界に対するいらだちは、今回のデモの若者たちに通じるものです。

資産が5年で100倍になった階層の誕生

彼女は自分と同じ若い世代を3つの階層に分けて説明してくれましたが、もう少し視野を広げると、現代の北京は以下の5つの階層に分けられるとぼくは思います。

A 既得権階層(政治権力とつながる特権層)
B 不動産複数所有者(現代の地主階層。投資用の不動産所有。地方からの移住組も入る)
C 都市戸籍の下層民(最も一般的な階層。投資用不動産を持っていない)
D 大卒の地方出身者(2000年代から急増。「蟻族」とも呼ばれる都市浮遊層)
E D以外の地方出身者(現代の小作人。飲食店・商店の従業員など)

実はこの下に、北京市周辺に広がる郊外村やスラムに暮らす民工や最下層の労働者がいますが、ここでは触れません。またこの中で市民として住居があてがわれているのはA~Cまでで、D以下は郊外スラムか老朽化した団地の半地下室の住人である場合がほとんどです。

もうおわかりかと思いますが、北京でデモに参加したのはC~Eに属する青年たちです。C~Eの比率は、デモの政府関与の度合いによって毎回異なると思われます。いまの中国で反日デモが官制かどうかを問うのは無意味でしょう。これが地方都市になると同じ階層でも市民としての洗練度が格段に落ちるため、放火や略奪が起きてしまうのです。なお壊された車の所有者はBの階層といえます。Aの階層であれば、たいてい地方政府から事前に内部情報を得ていて、危険な場所に不用意に立ち寄ることはあまり考えられないからです。

ここで気になるのは、同じ都市戸籍者でありながら、B層とC層の違いは何なのか、ということです。デモに参加する側と車を壊される側。ふたつの階層を遠く隔てている背景には何があるのか。

それをひとことでいえば、投資用不動産を複数所有しているかどうか、です。

胡錦濤政権前後に始まった不動産投資ブームの初期段階にどう立ち回ったかでB層とC層の明暗が分かれたのです。すべては2000年代前半にマンションを複数購入できたかどうかが両者の資産格差が生まれる決定的な要因でした。

この時期、B層の人たちは北京市内に次々と建設されるマンションの頭金をかき集め、手当たり次第ローンで複数購入しました。そして3~5年後、不動産価格は5倍近くになった。ローン途中でいくつかを売却し、その資金でさらなる高額物件を購入(ローン完了前でも急上昇したマンション価格の全額が手に入るので、まさに濡れ手で粟です)。それを繰り返すことで、彼らの資産はざっと当初の100倍以上にはね上がったのです。

もしあなたの資産が5年で100倍になったとしたら、人生はどれほど変わるでしょう。それが現実のものとなったのが、中国全土に生まれたB層=不動産複数所有者たちでした。彼らこそが、日本ツアーで“爆買い”した人たちなのです。我々を驚かせた彼らの金銭感覚は、資産が短期間で急上昇した人間ならではのふるまいだったといえます。

ところが、B層の誕生は新たな問題の火種となりました。彼らの資産を急上昇させた不動産投資ブームは公平なルールと情報公開の下で行われたものではなかったからです。多くの場合、権力につながりのある人間ほど得をした。さらに、その後の不動産価格の高騰で、C層以下の人たちはどんなに働いても日々の収入だけでは住居を買えなくなってしまった。中国経済の成長によってみんなが豊かになれるという期待は、早々と裏切られてしまったのです。彼らがこの10年間で生まれた絶望的な資産格差による階層の分断という現実をどんな心境で受け入れているのか。その不満が「怒り」に変わる瞬間を想像するだけでもぞっとするほどです。

中国政府の民心操作と疑似連帯ムードの形成

さて、少し皮肉な言い方になりますが、これまでずっとB層=不動産複数所有者を中心にした新興階層(一般には中間層といわれる)をターゲットとみなして商売してきたのが、日本をはじめとした外資企業でした。そういう意味では、日本企業が潜在的にC~E層のいらだちを買う対象となるのは、無理からぬところがあったといえるかもしれません。

しかし、今回我々が目にしたのは、彼らの不満の引き受け先を「日本」に仕向ける中国政府の許しがたい作為でした。中国政府は反日デモを官民の総意であるかのように吹聴しますが、そこには巧妙な民心操作があります。すでに報道されたように、尖閣諸島を日本が長く実効支配していたことを中国政府は国民に伝えていないのです。つまり、多くの中国人は「国有化」=いきなり日本が侵略してきたといわんばかりの報道で焚き付けられた。いつもの手ですが、都合の悪い事実を隠して国民感情を煽っているのです。ずるいですね。

上記の事実について、中国には理解している人たちもいます。日本人と接する機会のあるB層の中には、比較的公平な見方ができる人たちもいる。しかし、全体から見れば、少数派にすぎない。政府によって長年教育とメディアを総動員することで刷り込まれた国民の世界観や歴史認識を見直すことはまず困難です(もしそれがあるとすれば、現政権が革命かなにかでひっくり返るときでしょう)。

今日の中国人の「愛国」は、いわばパトリなき愛国です。地縁によるパトリ(郷土愛)に根差すことなく、個人と国家を直接結び付けるような「愛国」は偏狂な排外主義しか生まない。これは最近、日本のネット右翼への批判としてよく使われるロジックですが、ぼくから見れば、むしろ現在の中国の青年たちこそピッタリ当てはまるように思います。

D層(大卒の地方出身者)の青年たちが典型です。彼らはせっかく苦労して都会の大学に入っても、都市部の一般的な賃貸住宅に住めるような収入を得られる就職先はなく、社会の矛盾に憤りと敗北感を抱きながら、郊外のスラムに同じような境遇の若者とルームシェアしている。そんな彼らが「愛国」を語るとき、個人と国家が直結し、排外に向かう姿は容易に想像できるでしょう。そもそも中国人にとって大切なのは地縁より血縁。国家の分裂につながりかねない情動を内にはらんだパトリは、中国政府が最も嫌うものです。

さて、日本側から見て、これから大きな懸念となるのは、中国政府の民心操作に沿った「愛国」による疑似連帯ムードが形成され、日本商品を排斥していく動きです。

報道によると、すでに中国各地で日本行きツアー商品の販売は停止されているようです。中国の旅行大手とされる中国康輝旅游集団が、日中国交正常化40周年記念の「5万人訪日ツアー計画」を中止したことも報じられました。

商務省の幹部でさえ公式の場で不買運動を容認する発言をする始末です。そんな「火遊び」を長く続けても、日中共に得るところはないと思いますが、彼らは勝ち馬に乗るかのようにここぞとばかり、悪ノリしそうな予感がします。デモなど元より参加しないB層も、疑似連帯ムードに便乗するおそれがある。子供の頃から学校で植えつけられた政治教育の成果をいまこそ実践するチャンスとばかりに、好戦的なムードを煽る輩が現れるかもしれない。なにしろ相手は「日本」なのですから、中国人にすれば教科書通りの想定なのです。
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北京の書店では村上春樹や東野圭吾ら日本の人気作家の書籍が撤去されたとの報道も(北京西単図書城)


さらにいえば、これもひどい話ですが、日本車に乗っていたというだけでデモの暴徒に襲われ、瀕死の重傷を負った中国人がいたことは、日本企業の主要な顧客であるB層の消費動向に強い影響を与えるのではないかと気がかりです。

まずは中国のビジネスパートナーの苦境を理解しよう

こうした状況の中で、インバウンド関係者がまず考えなければならないことは何か。それは、中国側のビジネスパートナーがいま、どのような苦境に置かれているかを気遣うことではないでしょうか。

2年前の尖閣事件から東日本大震災を経て、中国客を日本に送り出してくれる我々の大切なビジネスパートナーである現地の旅行会社の日本部の皆さんは、ここ数年苦しみの連続でした。今回のようなことが起こると、真っ先にビジネスに直撃するのは、彼らなのです。日本市場がある日突然、消えてなくなってしまうわけですから。昨年のいまごろは、部署の人員削減や部門の統合はもとより、再開の目途の立たない日本市場よりアメリカ市場の開拓を手伝うようにと、会社から研修を受けさせられたという話も聞きました。慣れない市場を一から開拓せよとは、つらいですよね。

そんな彼らも、今年の夏に会ったときには、震災から回復した日本市場は絶好調で、連日残業だと頼もしく語ってくれたものですが、またもやこの急転回です。彼らのショックは大きい。どんな言葉をかけてあげるべきか、ぼくも悩んでしまいます。

現在の彼らの置かれた立場を考えると、いま何かをこちらから強く働きかけようとしても困らせるだけだと思います。いまの中国では「日本」とのかかわりが不利益をもたらす場面も少なくないのです。彼らを不用意に矢面に立たせるようなことは避けねばなりません。

少なくとも年内は、中国での旅行博などのコストをかけたプロモーションは控えるべきでしょう。仮に予算を計上していたのならば、他国・地域に振り替えたほうがいいと思います。前回のコラムでも書きましたが、中国側としては、いま来られても困るからです。たとえば、いま訪日旅行者数の伸び率が急上昇中のタイの旅行市場について視察されてはどうでしょう。このままいくと、タイは香港を抜いてトップ5に躍り出ることが予測されているのですから。

でも、中国のビジネスパートナーに直接会いにいくのは悪くないと思います。いま彼らが何に悩んでいるのか、親身になって話を聞いてあげることは大切です。こんなときこそ、親交をさらに深めるチャンスではないでしょうか。

派手なプロモーションはできなくても、ウェイボーのようなコストのかからない情報発信は続けていくべきです。発信の内容は、これまでとはトーンを少し変えてもいいかもしれません。ひるまないで日本の良質なコンテンツをPRすればいい。これまで片手間だったのであれば、こういうときこそ、本格的なウェイボーの運用体制の構築に手がけてみてはどうでしょう。

今回の一連の経緯で、中国という特殊な政治体制下におけるビジネスの困難さをいやというほど知らされたと思います。こんなことではやっていられない……中国離れは加速して当然だと思いますが、もしこの市場が大切だと考えるのであれば、これまでの考え方、取り組み方のどこが間違っていたのか、根本的に検討し、戦略を再構築するための勉強会を開くのもいいでしょう。ただしこの場合、これまでのように調子のいいことばかりをいうコンサルタントを呼ぶのはやめましょう。見分ける方法は政治の話が普通にできるかどうか。多くのコンサルタントと称する人たちは、中国人の消費者としての側面だけを語りたがりますが、今回明らかになったように、もうひとつの重要な側面=政治と消費行動の関係を推し量る分析力が問われています。

中国という国を相手にするときには、政府と人民を分けて考えるというのは基本中の基本です。そういう国柄なのです。いまさらじたばたしても始まらないので、今後の推移をじっくり見極めつつ、リアルな中国理解を深めていくことしかないと思います。
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by sanyo-kansatu | 2012-09-23 20:42 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)


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