ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 03月 23日

国境の村から羅先の市街地へ(1930年代の満洲国の地方都市のような世界)

中国吉林省琿春市にある圏河口岸の国境ゲートを抜け、図們江に架かる圏河橋を渡ると、北朝鮮側の元汀里の出入国管理所があります。ここで入国手続きをすませると、バスに乗って羅先に向かいます。経済特区の羅先は、先鋒と羅津が合併してできた直轄都市です。

元汀里の出入国管理所から先鋒まで農村の1本道を走ります。この道路は中国が羅津港を利用するために投資して舗装工事を施したものです。道中、北朝鮮の農村の風景が続きます。
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約40分ほど走ると、先鋒の街並みが見えてきます。市街地に入ると、5、6階建ての団地がたくさん建っています。通りはほとんど舗装されていませんが、掃除が行き届いているというのか、ゴミひとつなく清潔な印象があります。中国の都市と比べると、それは際立って感じられます。もちろん、無駄なゴミの少ない清貧な社会だからかもしれませんが、団地のベランダの上にはたいてい花や植物の小鉢が置かれています。

これらの団地がいつ頃建てられたのかわかりませんが、先鋒の街の印象は、1980年代に日本で刊行された「望郷満洲」ものの写真集に出てくる1930年代の満洲国の地方都市の写真を思い出させます。駅からまっすぐ伸びた広い道にちらほらと建築が建ち始めている開拓途上の風景です。それは、延辺在住のある朝鮮族のビジネスマンが「羅先は80年前からほとんど変わっていません」と話してくれたように、1930年代から時間が停まってしまったかのような光景です。これは1980年代に中国東北地方の省都ではない地方都市を訪ねたときの印象とよく似ています。
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それでも、先鋒の中心部では外国人観光客のためのショッピングセンターが建設されていましたし、羅津に向かう道中、電話局や羅津ホテルといった1990年代以降に建てられたと思われる建築もわずかですが、ありました。
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羅津には先鋒に比べると発展した市街地がありました。中心部に旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)があり、飲食店や商店が並ぶいくつかの通りが交差しています。広場には「先軍朝鮮の太陽、金正恩将軍万歳」「全党、全国、全民が農村を支援しよう」といったスローガンが掲げられた巨大なボードがありました。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 12:45 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)


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