ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

inbound.exblog.jp
ブログトップ
2013年 05月 10日

北京にはもうスペクタクルな建築はいらない!?

4月に北京に行ったとき、ちょっと面白い空間を見つけました。地下鉄6号線東大橋駅の近くに最近できたParkview Green(芳草地)という巨大ビルです。ビルのファサードは、奇妙な三角形をした超モダンな総ガラス張り。海外のブランドショップや高級レストランが入店しているという、中国ではありがちなバブリーなショッピングモールにすぎないのですが、面白いのは内部の空間構成です。
b0235153_1471420.jpg

たまたま夜に出かけたせいか、まるでSF映画に出てくる近未来の宇宙ステーションのように見えたのです。しかも、あちこちに奇態な現代彫刻が配置されていて、その無意味さがおかしいけれど、悪くない感じなのです。
b0235153_1473556.jpg
b0235153_1475956.jpg
b0235153_1481156.jpg
b0235153_1482012.jpg

Parkview Green(芳草地)
www.parkviewgreen.com

建築に関する専門的な知識はぼくにはありませんから、印象批評的なことしか言えませんが、近年北京に次々と建てられた話題性のある建築のほとんどはファサード(建築物の正面から見たデザイン。要するに外観の見かけ)に凝ることを重要視していて、人々にいかにサプライズを与えるかを競い合うような建築ばかりだった気がします。CCTV(中国中央電視台)しかり、オリンピックスタジアムの「鳥の巣」しかりです。

ところが、2012年に誕生したParkview Green(芳草地)は、ファサードよりも内部の空間の斬新さを追求しているように見えるところが、2010年代風なのかもしれません。なんでもビル全体で環境保全やエネルギー効率を考慮しているそうですし、至るところに彫刻をはじめとした現代アートを惜しみなく並べるあたり、いかにも中国的なやりすぎ感はあるものの、少なくともこの空間を訪れたり、働いたりする人たちのことを考えて演出されていることは感じられるのです。そこが、とかく奇抜なファサードを追求することで、そのビルを利用する人間にさまざまな制約を与えているように見えてしまう、2000年代の中国の建築設計で主流だった発想とは少し違うのではないかと。

北京は「現代建築の実験都市」といわれます。それは2000年代に建てられたファサード(見かけ)重視の現代建築がたくさんあるためです。物見遊山で見て歩くには、それなりの面白さがあります。以下、これまで市内を散策している間になにげなく撮ってきた北京の現代建築を、一応わかる範囲で建築家・国籍を入れて、年代順に並べてみます。

●SOHO現代城(2001)
b0235153_1491632.jpg

●建外SOHO(2004) : 山本理顕
b0235153_149318.jpg

●朝外SOHO(2007):承孝相(韓国)
b0235153_1494297.jpg
b0235153_1494966.jpg

●国家大劇院(2007) : ポール・アンドリュー(フランス)
b0235153_1495833.jpg

●オリンピックスタジアム「鳥の巣」(2008) : ヘルツォーク&ド・ムーロン(スイス)
b0235153_14101589.jpg

●国立水泳競技場(2008) : PTWアーキテクツ(オーストラリア)
b0235153_14103084.jpg

●数字北京(デジタル・ベイジン)(2008) :朱锫(中国)
b0235153_14104358.jpg

●北京首都空港第3ターミナル(2008) : ノーマン・フォスター(英国)
b0235153_1411560.jpg
b0235153_14111247.jpg
b0235153_1411195.jpg

●三里屯ヴィレッジ南区(2008) : 隈研吾
b0235153_14114920.jpg
b0235153_14115622.jpg
b0235153_1412429.jpg

●中央美術学院美術館(2008) : 磯崎新
b0235153_14121676.jpg

●ザ・オポジットハウス(2008) : 隈研吾
b0235153_14123878.jpg

●CCTV〈中国中央電視台〉(2009) :レム・コールハース(OMA オランダ)
b0235153_1413171.jpg
b0235153_1413979.jpg

●リンクト・ハイブリッド(2009) : スティーヴン・ホール(米国)
b0235153_14131761.jpg

●中国国際貿易センター3(2009) :スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM 米国)
b0235153_14433970.jpg

●三里屯SOHO(2010):隈研吾
b0235153_14134675.jpg

●三里屯ヴィレッジ北区東(2010) : 松原弘典
b0235153_1414014.jpg

これらの現代建築の北京デビューは、オリンピックの開催された2008年前後に集中しています。日本人の建築家もこの時期、多く仕事を手がけています。

これは素人考えにすぎませんが、CCTVやリンクト・ハイブリッドのようなファサード至上主義(!?)建築の多くは、欧米系の建築家に担当させる一方で、三里屯ヴィレッジのようなファサード的には比較的穏健なものの、そこを訪れる人たちの空間利用も考えて設計されている建築は、たいてい日本人建築家が担当しているように見えるところが面白いと思います。

さて、では2000年代という時代に、なぜこのようなファサード重視の建築が北京に量産されたのか。

いま振り返ってみても、この時期、中国では建築に限らず、人目を引く奇抜な<モノ・ヒト・コト>がもてはやされていたことは確かです。もともと中国の人たちは「好看」(見た目がいい)にこだわるところがありますが、北京オリンピックのド派手な開会式の演出でも見られたように、ただの「好看」ではなく、もっとワクワクするようなスペクタクルな建築を歓迎する、そんな時代の気分の高揚があったように思います。

中国の台頭を世界に誇示できた2000年代ゆえに、多くの中国の人たちの胸の内に、「我々はようやく過去の不遇な時代から抜け出したのだ。それを祝い、酔いしれようではないか」という心情がきっとあったに違いありません。だとしたら、欧米の建築家が量産した北京のスペクタクル建築も、そうした時代を生きた中国人の欲望にある意味ストレートに応えたものだといえるのでしょう。

しかし、2000年代という“熱狂”の時代が終わり、2010年代を迎えたいま、見方も変わってくるのではないでしょうか。

というのも、これも素人的意見にすぎませんが、周囲を乾いた大地と砂漠に囲まれ、黄砂と大気汚染で汚濁した北京の環境には、そもそもガラス張りの建築は適さないのではないか、と思うからです。

先日、CCTVのビルのてっぺん近くで窓拭きをしていた数人の労働者の姿を目にしたのですが、あの巨大な壁面すべてを拭き清めるのに、どれだけの労働力と時間を費やさなければならないのか。しかも、いまの北京にはガラス張りの巨大建築がどれだけ多くあるか。そう考えるだけで、気が遠くなりました。実際、昼間見るCCTVは煤けて埃まみれです。

また、これは北京だけでなく、上海でもそうですが、中国で建てられたビルやマンションの老朽化のスピードは恐ろしく速いと感じます。たとえば、北京の建外SOHOは、環状3号線から車で少し離れて見る眺めは壮麗で見事なのですが、実際にビルの裏手に回ってみると、そのさびれ方は、香港の新界あたりにある場末のショッピングセンターのように見えてしまいます。これが本当に北京CBD(商務中心区)の一角なのだろうか、と思ったものです。これも北京の苛烈な環境のせいなのかもしれませんが、ビルの使い方に何か問題があるのではないか、という気がしないではありません。

今回、北京で会った旧知の友人のひとりがこんなことを話していました。

「大気汚染や役人の汚職など、いまの中国人には不満がたまっていて、ネットにあふれています。でも、いまの北京にはもう何でもある。そんなにスピードを出して経済成長する必要はないと思いますよ」

きわめてまっとうな意見だとは思います。つまり、もうスペクタクルな建築はいらない、と北京の人たちも考えるようになってきたように思うのです。

しかし、こう語れるのは北京の恵まれた階層に属する人たちだからと言えなくもありません。はたして恵まれない階層の人たちはどう考えているのか? 

結局のところ、そこに突き当たるのが、2010年代の中国の姿だといえそうです。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2013-05-10 14:31 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)


<< ドラマ『太王四神記』の舞台-集...      20回 観光の島、沖縄でいま何... >>