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2013年 05月 14日

朝鮮族がかつて多く住んでいた村々を訪ねる-龍井から長白山の麓まで

2012年7月、中国吉林省延辺朝鮮族自治州の農村地域を訪ねました。

龍井から長白山の麓までを車で走ったのですが、豊かな緑の田園風景の中に、オレンジ色の屋根(ただし、北朝鮮の家屋のように白いしっくいは塗られていません)の集落がいくつもありました。
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実は、これらの集落にはもうほとんど朝鮮族の人たちは住んでいないそうです。多くが延吉や中国の大都市に移住してしまったからです。代わって住んでいるのは漢族です。
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彼らは19世紀後半に朝鮮半島から図們江を渡ってきた移民ですから、時代とともに豊かさを求めて移動していくのは性だというべきなのかもしれません。

長白山に向かう道中、いくつかの場所に立ち寄りました。
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最初は、龍井の郊外にある尹東柱の生家(龍井市智新鎮明東村)です。尹東柱は、1917年生まれの民族詩人で、龍井中学を卒業した後、ソウルの延世大学に留学。その後、日本に渡り、立教大学や同志社大学など、ミッション系の学校でも学んでいます。
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尹東柱は1945年、戦時下の日本で獄中死しています。彼の詩集『空と風と星と詩』は死後出版されました。民主化運動の盛んだった1980年代に、韓国でよく読まれたそうです。韓国政府による民衆弾圧を、日本による併合時代と重ねて読んだのだといいます。延辺で尹東柱の生家が修復され、観光地化されたのは、最近のようです。

※尹東柱については、評伝ほかさまざまな資料があるが、立教大学観光学部発行「交流文化 2号(2005年)」の中のp22~p31「『すれちがい』から本当の『出会い』へ」 (田中望教授)という尹東柱に関するエッセイがわかりやすいので参照。
http://www.rikkyo.ac.jp/tourism/about/magazine/2005/pdf/vol_02.pdf

次に立ち寄ったのが、長白山特産の朝鮮人参の販売所です。裏手に朝鮮人参の栽培所があります。
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養蜂所もありました。天然の蜂蜜を販売しています。
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ちなみに、長白山山麓の名産品である朝鮮人参と蜂蜜は、7世紀末から10世紀初頭にかけてこの地域を支配した渤海国が、日本と交易のため使節を送って来た際、貂の毛皮に次いで人気の物産だったようです(『渤海国の謎 知られざる東アジアの古代王国』上田雄著 講談社現代新書より)。1000年たっても地場産品というのは変わらないものなのですね。

最後は、長白山の麓にある朝鮮料理の食堂です。
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中華料理と違って、ほとんど油を使わず、焼いたり、蒸したり、素材の味を活かした料理ばかりです。すべてが地元で採れた素材を使っていて、日本人の口に合います。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-14 12:45 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)


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