ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 05月 20日

過去のにぎわいを忘れたふたつの国境~開山屯と三合鎮

中国吉林省延辺朝鮮族自治州には、圏河口岸以外にも、北朝鮮との国境ゲイトがいくつかあります。
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そのうちのひとつが、図們江中流域にある龍井市開山屯の口岸です。龍井から東に向かって車で約40分走ると、図們江に出くわします。
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そこには、開山屯と北朝鮮の三峰里をつなぐ三峰橋が架かっています。1927年9月30日に竣工されたものです。
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中朝両国側ともに河原が広く、水の流れはほんの数十メートルほどです。ここにも中朝国境の風景をのんびり眺めている中国の人たちがいます。ほとんど物流の動きはなさそうですが、一応口岸(イミグレーション)のオープン時間が掲示されています。監視用のカメラも一応備えられています。実は、2013年5月、ひとりの日本人旅行客がここで写真を撮影していて、中国の公安に拘束されたことがあるそうです。北朝鮮情勢にもよるのですが、もしこのような写真を撮影したい場合は、現地の知り合いと一緒にいくべきでしょう。
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いまでこそ鄙びた国境ですが、20世紀初頭、日本が朝鮮を保護国化し、1909年の関島協約でこの地域の帰属を清朝に認めるかわりに、鉄道など各種権益の保有(朝鮮移民の土地所有権も含む)を認めさせた頃から、急ピッチで図們江北側の「間島」エリアの開発が進んでいきます。

その後、日本によるこの地の鉄道敷設は中国側の反対に遭い、難航をきわめたのですが、朝陽川から龍井を経由して開山屯を結ぶ朝開線が、1914(大正3)年、日中合弁の天図軽便鉄道会社によって建設されます。

同じ時期、朝鮮側でも鉄道敷設は進み、清津から会寧までの咸鏡北部線が1917(大正6)年、さらに開山屯の対岸の上三峰までの開通が19(大正8)年。結果的に、朝鮮北部の清津(そして羅津)と満洲を結ぶ鉄道がつながることで、日本と満洲を直結する最短ルートが確立するのは、満洲国成立を待たねばなりませんでしたが、開山屯は当時、その重要な拠点のひとつでした。

※当時の鉄道建設に関しては、たとえば「躍進する北鮮の交通展望」(京城日報 1933(昭和8).9.27)参照。

満洲国崩壊後、このルートは用なしとなって現在に至っています。その結果、この路線はもはや鉄道の運行すらほぼ休止したありさまですが、開山屯駅は往時を偲ぶ昭和モダン風の愛嬌のあるデザインのまま、いまも残っています。
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開山屯周辺は、対岸の北朝鮮との川幅が狭く、ある時期までは中朝の民間交流が普通に行われていたと思われます。最近になって、とってつけたように中国側が鉄条網を張り巡らしているので、交流は相当難しくなっているはずです。何より中国側で同胞を受け入れようとする朝鮮族の思いが急速に失われていることが大きいと思われます。
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開山屯から南に向かって国境沿いを車で走ると、高台から北朝鮮の街並みが見渡せるポイントがあります。上三峰から会寧に向かう鉄道が見えるのですが、ベージュに赤と紺のストライプの入った、ちょっと場違いなほどモダンな4両連結の列車が走っていました。鉄道に詳しい友人にこの写真を見せたら、旧東ベルリンの地下鉄だといいます。かつては同じ社会主義圏ということで、転用されたものと思われます。
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さて、もうひとつの口岸が、開山屯より上流にある三合口岸です。三合鎮自体は小さな農村ですが、対岸は会寧といい、そこそこ大きなまちです。前述したように、朝鮮の日本海側を代表する港町、清津と結ぶ鉄道が早い時期から会寧まで敷設されており、当時はずいぶん栄えていたことでしょう。金日成夫人の金正淑(金正日の母)の生まれ故郷ということで、北朝鮮国内では有名なところだそうです。そのせいなのか、美人が多いまちだと彼らは口をそろえていいます。面白いですね。
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実は、この口岸は中朝以外の第三国人には開放されていないのですが、2008年5月、ぼくは地元延辺朝鮮族自治州のある関係者との縁で、国境橋を視察させてもらいました。橋の真ん中までは中国領ということで、国境警備兵の案内で歩いていくことができたのです。上の写真は、橋の中央からみた北朝鮮側の口岸で、下が中国側の口岸です。橋のたもとには「1941年7月竣工」と書かれていました。
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三合口岸の南に見晴らしのいい高台があり、「望江閣」と呼ばれています。ここからは会寧の街並みが一望にできるため、北朝鮮ウォッチングのポイントのひとつとして、よく観光客も訪れます。北朝鮮側の口岸もよく見えます。会寧は、他の中朝国境沿いのまちに比べ、家並みもかなり立派で、整然としていることがわかります。
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このふたつの国境を訪ねると、中国と北朝鮮の建国以来、今日まで続く両国関係の特殊性ゆえに、この地域の発展の可能性が閉ざされてしまったように見えてしまいます。かつて見られたにぎわいをすっかり忘却してしまった静かな国境―開山屯と三合鎮の姿は、現在の延辺朝鮮族エリア、果ては中朝ロ三か国が国境を接する北東アジアの行きづまり感を象徴しています。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-20 14:21 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)


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