人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

inbound.exblog.jp
ブログトップ
2013年 05月 26日

2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)

COTTM(中国出境旅游交易会)を視察して興味深かったのは、国内外の業界関係者が登壇し、さまざまなテーマで意見を交わすフォーラムでした。ここで議論される内容は、現在の中国の海外旅行市場を理解するうえでいろいろと参考になります。
2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)_b0235153_1652596.jpg

COTTM2013 http://www.cottm.com/

3日間を通じたフォーラムの主要なテーマは、おおむね以下の4つでした。

①中国のラグジュアリー旅行の展望
②SNSの現在形(中国で海外旅行に最も影響のあるメディアのいま)
③業界の抱える6つの課題(査証問題を中心に)
④不動産投資旅行に対する業界の取り組み

このうち、残念なことに①だけ都合が悪くて出席できませんでしたが、②~④については、追って紹介しようと思います。とりわけ、④は日本の旅行業界ではあまり話題にならないような、中国らしい生々しいテーマといえるかもしれません。

さて、この4つのテーマに共通するキーワードは“New Chinese Tourist”です。今回多くの登壇者たちが語ろうとしていたのは、「いったい“New Chinese Tourist”とは何者か?」という問いを明らかにする試みだったと思います。

こうした問いが生まれるのは、十分すぎるほどの理由があります。2012年、中国がドイツ、アメリカを抜いて海外旅行マーケットで世界一の規模になったからです。この事実の意味するところを世界はどう受けとめ、対応するかが問われているというわけです。

「Are you ready?」。そう繰り返し問いかけるのが、COTTMのフォーラムの司会進行を務めるProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt(以下、教授)です。
2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)_b0235153_167253.jpg

ドイツ出身のTourism Scientistである同教授は、2004年に自ら設立したCOTRI(中国出境旅游研究所)の代表として、中国の海外旅行市場に関する精力的で継続的な調査研究を行い、今回のCOTTMの企画運営にも参加しているという学者です。2004年12月から05年3月まで、日本学術振興会の研究員として筑波大学に招かれたこともあります。

COTRI(China Outbound Tourism Research Institute)
http://china-outbound.com/

フォーラムの冒頭で、教授はこう語ります。

UNWTO(国連世界観光機関)は、今年4月4日、中国は2012年に8300万人の出国者と1020億ドル超の消費を記録し、ドイツ(前年度1位)、アメリカ(前年度2位)を抜いて世界最大の海外旅行市場になったと発表しました。2013年には9500万人の出国者が推計されています。これはUNWTOがかつて予測した2020年までに1億人の中国人が出国するというスピードをはるかに超えたものとなっています」
2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)_b0235153_1638576.jpg

※とりわけ2012年の出国者数の伸びは大きく、前年度比約20%増。伸び率の高い国のランキングでいうと、タイ+62%、台湾+57%、スペイン+55%、アメリカ+41%となります。ちなみに、日本は1~9月までは+71%とトップなのですが、10~12月は-37 %という皮肉な結果となっています。また、消費額は前年度比40%増という驚くべき数字です。

※2012年の海外旅行消費額ランキング(UNWTO)

1位 中国 1020億ドル 40.5%増 ※伸び率でも他を圧倒。
2位 ドイツ 838億ドル 5.8%増
3位 アメリカ 837億ドル 6.4%増
4位 イギリス 523億ドル 4.1%増
5位 ロシア 428億ドル 31.8%増 ※中国に次ぐ高い伸び率。「新興国の中間層が世界の旅行市場を塗り替えようとしている」タレブ・リファイUNWTO事務総長のコメントより。
6位 フランス 381億ドル 6.4%減
7位 カナダ 352億ドル 6.7%増
8位 日本 281億ドル 3.1%増
9位 オーストラリア 276億ドル 2.9%増
10位 イタリア 262億ドル 1.0%減

これまで中国の海外旅行者数として挙げられる数字には、香港、マカオへの渡航者数も含まれており、その数が3000万人程度あったため、全体像をかなり割り引いて考えなければならないという指摘もあったのですが、2012年度においては、8300万人中3000万人ということで(これでも十分多いですが)、中国人の海外旅行に渡航先の多様化が起きており、その結果、香港・マカオの比率が減少していることがわかります。 

実は今回、多くの登壇者が合言葉のように共通して口にした話題ですが、教授はさらにこんな話をしました。

「4月7日、習近平主席は今後5年間、中国は4億人以上の中国客を海外に送ることになるだろうとコメントしました。中国の政治リーダーのこうした発言は、市場の拡大に向けた大きな推進力となります。
2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)_b0235153_16145414.jpg

以前は『中国の海外旅行市場にどんな意味があるのか』とよく聞かれましたが、いまはもう古い質問となりました。『Yes, No1 in the World』と答えるだけですむからです。

新しい質問はこうです。『中国の海外旅行市場はどのように発展するのでしょうか』。それに対する2013年の答えはこうです。『Scientifically solid forecasting needed』(科学的で実質的な予測が必要とされます)」

教授によると、劇的な成長を遂げる中国の海外旅行市場ですが、1978年の改革開放以降、以下の4つの時期をへてきたといいます。( )内は出国者数。

①1983-96 VFR and delegations(外交団と各種代表団の時代) (1996 8 mio)
②1997-2004 ADS and chaotic growth(ADSビザと無秩序な成長の時代) (2004 29 mio)
③2005-10 Gaining experience and scope(経験の獲得と渡航地域の広がった時代) (2010 57 mio)
④2011-? The second Wave of china’s Outbound Tourism: sophistication and segmentation(中国の海外旅行の2度目の波:洗練とセグメントの時代) (2012 70 mio ,12 83 mio)

※ADS(Approved Destination Status)は、不法移民を防ぐために各国との間で結ばれた中国在住国民を対象としたビザ協定のこと。現在の中国人と旅行業界にとっての最大の関心事でもあるので、詳しくは別の回で。

教授は言います。「いまや中国の海外旅行市場は“洗練とセグメントの時代”を迎えている。その主人公は、“New Chinese Tourist”である。そして、

“New Chinese Tourist”-becoming “noramal”(like us?)」と問いかけます。

私たち(先進国)と同様に、“New Chinese Tourist”は普通に存在している、というのが教授の主張です。その理由として、以下の事例を挙げています。

①1997年以降、15年間の海外旅行の経験
②1978年以降、150万人の留学生が帰国していること
③アメリカとヨーロッパに累計で各100万人の留学生がいたこと
④中国の富裕層の平均年齢は39歳であること
⑤100万ユーロの個人資産の所有者100万人
⑥1億元の個人資産の所有者6万人
⑦10億元の個人資産の所有者4000人
⑧5.5億人のインターネット利用者

さらに、“New Chinese Tourist”には以下のような特徴があると指摘します。

①団体ツアーに対してネガティブなイメージを持っている
②ブータンでバードウォッチングをしたいというような専門的な旅を求めている
③経験と語学を身につけることで、旅行会社の手配するビザや航空券、ホテルを利用する以外の別の形を求めるようになる
④とはいえ、たとえ中国人が個人旅行化しても欧米的な“individual” travellerとは同じではない
⑤“New Chinese Tourist”といえども中国人である。他国で中国語の表示やサインを見つけることで、その国から尊敬を得ていると感じる
⑥彼らは同じ中国人の仲間からの情報を信用する傾向にある
⑦彼らは単なる休暇ではなく、名声や教育、投資のためにアジア以外の国に旅行することを好む。「Money-rich, Time-poor」な人たちである

こうした特性を持つことから、2013年、中国の海外旅行者の30%以上が旅行会社の手配を必要としなくなるだろう、といいます。
2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)_b0235153_16193044.jpg

“New Chinese Tourist”とは「New customers(新しい顧客)」であり、彼らを取り込むには「new distribution, channels, new denmands(新しい流通とチャネル、そして新しい要求)」に応えていかなければならない。

そのためには、「Niche products and distinations」(ニッチな商品と渡航先)」が必要とされている。彼らは他人に自慢するために観光地でスナップ写真を撮るためだけの目的では満足せず、特別な場所で特別な体験をしたいと考えている。これからの中国の旅行業界が取り組むべきは、ニッチな商品の開発と新しい渡航先の開拓だ、と結論しています。

いかがでしょうか。前回紹介したCOTTMの渋すぎる出展国のラインナップは、中国の旅行業界がニッチな渡航先を開拓する段階に至っていることを意味していたのです。

もっとも、一連の教授の話を聞きながら、規模と実態をきちんと区別する必要がありそうだと感じたのも事実です。日本で目にする中国からの観光客の大半は、まだとても“New Chinese Tourist”と呼びうるとは思えないからです。

ニッチの市場規模をどの程度に見積もるべきかについては、依然考慮を要すると思われます。また教授が指摘するように、“New Chinese Tourist”といえども中国人であり、欧米や日本の個人旅行者と同じようにイメージしてしまうと、勘違いも起こりそうです。

CNNが同様のテーマについて以下の記事を配信しているのを見つけました。記事の中には、教授もコメンテーターとして登場しています。

Chinese tourism: The good, the bad and the backlash(CNN)  April 12, 2013

ここでは、基本的に中国の海外旅行マーケットの成長を歓迎しつつも、個別の受け入れ国の側に中国客のマナーやふるまいをめぐって戸惑いがあることや、逆に中国人の側にも、欧米先進国に対する複雑なコンプレックスがあることを指摘しています。

“Chinese tourists often say they feel treated like second class people, even when they spend a lot of money” (CNNの同記事より)

こっちはお金をたくさん使っているのだから、一等国民として扱うべきだ……。なんとも痛々しい叫びともいえますが、そういう態度が他国の人から見ていかに傲慢に映るのか。それに気づいたとき初めて、世界の人たちは中国客に対して普通に接するようになるということを、もっとこの国の知識層は国民に啓蒙したほうがいいのだろうと思います。すでにブログなどでは、そういう議論がよくなされているのも事実ですけれど。この問題は彼らの自尊心とビザの話にもつながってくるので、また別の機会で。

さて、それはそれとして、2012年、中国はドイツ、アメリカを抜いて海外旅行マーケットで世界一の規模になり、今年も出国者数を順調に伸ばしているにもかかわらず、ほとんど唯一の例外として、訪日旅行市場だけが減少しているという事態について、やはりあらためて考える必要はあると思います。

そのためにも、中国の旅行業界でいま何が起きているのか。どんなことを彼らが議論しているのかについて、ある程度知っておく必要があるはずです。それが、この記事をぼくがブログに書いている動機のひとつとなのですが、中国の事情に詳しくない方でも、たとえば、2012年のJATA旅博のフォーラムで日本の旅行業界関係者が議論したテーマと今回ぼくの紹介した中国のケースをちょっと比べてみてください。

JATA国際観光フォーラム2012
http://www.b.tabihaku.jp/data/jataReport_ja.pdf

JATA旅博の場合、基調講演にしてもそうですが、シンポジウムの内容も「これでいいのか日本のインバウンド~真の観光立国となるために」「新たなマーケットの可能性と旅行会社の役割」(アウトバウンド部門)といった調子で、北京と比べると、テーマも抽象的でどこか予定調和的な印象が拭えません。あるいは、国際的なマーケットの動きや業界を超えたビジネスの広がりについてどこまで視野が及んでいるのか、ちょっと疑問です。

もちろん、国情や市場環境が違う以上、単純に比較しても意味はないのですが、いまや世界最大の海外旅行送り出し国となった隣の国の旅行商談会で繰り広げられている熱い議論についても関心を持つべきだろうと思います。

by sanyo-kansatu | 2013-05-26 16:30 | “参与観察”日誌


<< 中国の旅行業界に貢献したツーリ...      高速で素通りされ、さびれてしま... >>