2013年 06月 06日

これが母校だったら、懐かしさもひとしおだろう【昭和のフォルム 大連◆校舎①】

“昭和”のフォルムの宝庫といえる中国東北三省。なかでも品のいい建物がいくつも残っているのが大連です。
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ぼくが大連を初めて訪ねたのは1986年の夏です。当時の大連の街並みは、新中国の建国後に明け暮れた政治闘争の時代を経てとてつもなく疲弊し、かつて豊かだったはずの色彩も消え、埃を被っていましたが、海風の肌に優しい港町だと思ったものです。ここだけには、他の中国の都市にはない清涼感がありました。

その後、中国経済の発展とともに大連にも高層ビルが林立し、どこにでもあるような、落ち着きのない街並みに変わってしまうのですが、2010年代のいまでも街を歩いてみると、そこかしこに“昭和”のフォルムが見つかります。

特に当時の旧制中学の校舎は、モダンでスタイリッシュです。

大連を代表する旧制中学が大連第一中学校。1918年開校で、日本時代は博文町にありました。現在、大連理工大学の校舎の一部として使われています。
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近くで見ると、雑に塗り分けられたペイントによって年代の重みが消されてしまっているのが興ざめという気もしますが、シルエットは悪くありません。
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校舎の裏を覗いてみたら、蔦がレンガの壁を覆い、年代を感じさせます。むしろ手つかずにされていた空間のほうがグッとくるものです。
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大連市重要保護建築に指定されています。
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周辺を高層ビルに取り囲まれているのが現在の姿です。
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日本時代の写真はこれです。
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大連第二中学校は1924年開校。日本時代は水仙町にありました。現在の建物は1996年に改築され、当時の面影はないので残念です。現在は春天大厦という商業ビルです。
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以上は官立学校ですが、公立の大連市立大連中学校(1934年開校、日本時代は下藤町)は、外観のデザインが斬新です。現在、大連軍人倶楽部として使われています。
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建物の中にこっそり入ってみると、いかにも“昭和”の雰囲気。うっとりしてしまいます。当時の写真も、断然イカしています。
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20世紀後半の日本に建てられた我らの時代の校舎はいかにも画一的。新設校の校舎なんてもういけません。それに比べ、この時代に建てられた校舎には味わい深さがある。これが自分の母校だったら、懐かしさもひとしおだろうと思ってしまいます。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-06 13:29 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)


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