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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 06月 18日

極東ロシア人の中国旅行~買い出しバスツアーの訪問先は?

極東に住むロシアの人たちにとって、身近な海外旅行先はお隣の中国です。いったい彼らはどんな旅行をしているのでしょうか?

なかでも沿海州の人たちの気軽な行き先は、吉林省の琿春か黒龍江省の綏芬河です。ウラジオストク市内には両都市への訪問を呼びかける案内版もあります。
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2012年の夏、ぼくは中ロ国境の町クラスキノのバス停でロシア人観光客のグループに出会いました。彼らと同じバスに乗って中国の琿春まで行くことになったのです。それが極東ロシア人の中国旅行について調べてみることになったきっかけです。
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グループの中には若い女の子たちもいました。聞くと、大連まで行くそうです。大連の開発区に金石灘というビーチリゾートがあり、夏はロシア人海水浴客の姿をよく見かけます。バスで行くとしたら、けっこうな長旅ですね。

クラスキノからバスに乗って15分ほどで、ロシアのイミグレーションに到着しました。ぼくもロシア人に混じって出国手続きをしたのですが、同じバスごとにまとめて移動させられるので、パスポートチェックがすんでも狭い待合室で全員が終わるまで待つことになります。
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面白いことに、そこには中国の美容整形やエステの大きな広告が貼られています。
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同じ施設の広告は、琿春口岸にも置かれていました。
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なぜ中国で美容やエステなのか。それにはわけがあります。中国で湯治療養のため長期滞在するロシア人がけっこういるからです。有名なのは、遼寧省鞍山市(瀋陽の近く)の湯崗子温泉です。美容&メディカルツーリズムのメッカとして極東ロシア人に知られています。この広告によると、湯崗子温泉でのサービスに類似した泥エステや美顔エステを琿春でも提供していると思われます。ちなみに湯崗子温泉は戦前に開発された由緒ある温泉地で、ラストエンペラー溥儀のために造られた豪華絢爛個室風呂がいまも残っています。

次にバスで中国のイミグレーションに運ばれ、入国手続きをします。その日、地元のテレビ局が入国するロシア人観光客の様子をカメラに収めていました。琿春市にとってロシア人観光客は大切なお客様ですし、その盛況ぶりを伝えることで、地域の発展をアピールしたいのでしょう。
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さて、ここでロシア人の皆さんとはお別れなのですが、琿春口岸でぼくは1冊の地元を案内するフリーペーパーを入手しました。中国名は「邊城傳媒」ですが、もちろん全編ロシア語です。
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「邊城傳媒」の体裁はA5版オール4色、本文64P。表紙や裏表紙、表2、表3も入れたほぼすべてが広告スペースとなっています(琿春市内MAP、中ロ対照旅行会話、出入国と税関に関する案内、発行元の広告会社のページを除く)。成田や羽田に置かれた外国語の日本案内と基本的に同じ性格の媒体です(デザインや編集のクオリティについてはともかく)。

そこには、琿春に滞在するロシア人が訪れるであろうスポットが掲載されています。せっかくですから、どんな場所が載っているか、見てみましょう。基本各ページに1店舗ですが、見開きでページを取っている施設もあります。まずはショッピングセンターの広告です。
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「温州商場」とありますから、不動産投機で悪名高い温州商人の投資によるショッピングセンターと思われます。ロシアの女の子たちがショッピングバッグを抱えて笑顔を振りまいている写真がポイントでしょうか。

次は、家電と毛皮の店です。中国の家電産業の発展ぶりから前者の店はわかるとして、なぜ毛皮の店なのか。実は、中国では毛皮製品がロシアに比べて圧倒的に安いからです。
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ウラジオストク滞在中、ぼくはたくさんのロシア人と知り合ったのですが、そのひとり、鳥取県ウラジオストクビジネスセンターのベルキナ・アンナさんによると、「ウラジオストクのOLの給料はそんなに高くないので、半年間我慢してお金をためて、年に2回琿春や綏芬河に行って毛皮やバッグを買いに行く」のだそうです。ちなみに、同センターは鳥取県のいわゆる在外事務所のひとつ。ウラジオストクと境港は週1便の航路で結ばれています(→「境港(鳥取県)発ウラジオストク行き航路をご存知ですか?」)。

これは遊園地と眼鏡店の広告です。ミニサイズのメリーゴーランドやフライングパイレーツが置かれた、まるで移動遊園地のようなアミューズメント施設です。ロシア人ファミリー客のニーズに応えるものでしょうか。他にも子供服やケーキショップの広告もありました。また、眼鏡もロシアに比べ相当安いのでしょう。
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最後は中ロ対照旅行会話と歯医者の広告です。現地でお会いした朝日新聞ウラジオストク支局の西村大輔記者によると、「歯の治療のために琿春に行くロシア人は多い」のだそうです。実際、フリーペーパーには6軒の歯科が掲載されていました。
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以下、広告の掲載店舗軒数をジャンル別に整理してみました。

ファッション関係(洋品、毛皮、バッグ、靴屋など) 12
歯科 6
レストラン(西洋料理がほとんど。中華料理店は1軒のみ) 6
美容・エステ関係 6
薬局 4
ショッピングセンター 4
家電販売店 3
アミューズメント施設(遊園地、ボーリング場など) 3
検診病院 2
サウナ・スパ 2
ケーキショップ 2
その他(アウトドア用品店、健康器具販売店、ふとん販売店、中国特産土産店)

これだけ見ていても、ロシア人が琿春でどう過ごし、どんなものを買い物しているかよくわかります。一般に極東ロシア人の中国旅行は買出しツアーと思われていますが、その内実は思いのほか多様なようです。とりわけ、前述した歯科や検診、美容といった医療関連のサービスが多いことに気がつきます。

観光庁は以前、極東ロシア人の医療や検診を日本で受けてもらうようにと、メディカルツーリズムの推進を働きかけたことがあります。しかし、実際には一般市民は中国で、少し経済的に余裕のある層は、日本ではなく、韓国に治療に行くと聞きます。コスト面の理由もあるでしょうが、やはり日常的に極東ロシア人たちが中国の朝鮮族自治州で医療を受けているのだとしたら、難易度の高い治療は韓国へ、という流れになるのは自然なことでしょう。韓国で学んだ朝鮮族医師も多いことが考えられるからです。
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こうした実態は、これらのモノやサービスをロシアで手に入れることがいかに難しいか、それを隣の国に出かけ、わざわざ埋め合わせしなければならないことを物語っています。

あるウラジオストクの関係者によると、「2000年頃、極東ロシア人は自国に比べ中国の圧倒的なモノの豊かさに衝撃を受けた」といいます。20世紀初頭の社会主義革命以降、ずっと兄貴分のつもりでいたロシアは、敗北を認めざるを得なくなったのです。

by sanyo-kansatu | 2013-06-18 16:33 | 日本に一番近いヨーロッパの話


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