ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 07月 06日

“昭和”がいちばん残る街【昭和のフォルム 大連◆甘井子】

大連は訪れるたびになんともいえない親しみを感じるまちです。

現在では再開発と高層ビル化が進み、かつてのすがすがしい北方の港町という風情は感じられなくなってしまいましたが、“昭和”のフォルムを探してこっそり街を歩くのは楽しいひとときです。

なかでも大連市中心部から大連湾をはさんだ北側にある甘井子は、市内でもいちばん“昭和”の街並みが残されているまちかもしれません。

甘井子は都市近郊の住宅地です。いまでも当時の交番や消防署、病院、学校、そして満鉄の社宅などが、老朽化しながらもなんとか残っています。長い年月による庭木の成長で緑に覆い尽くされた満鉄の一戸建て社宅が並ぶ路地を歩いていると、自分の幼少期である昭和40年代にわずかに残っていた街のおぼろげな記憶が呼び起され、しんみりしてしまいます。

写真は2012年7月上旬、甘井子を訪ねたときのものです。あいにく雨天でしたが、それもまた悪くなかったです。撮影は佐藤憲一カメラマン。現地を案内してくれたのは、大連世界旅行社の桶本悟さんです。

旧甘井子消防署
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旧甘井子交番
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旧甘井子水道局
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旧甘井子博愛病院
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甘井子の東の外れには、石炭積み出し埠頭がありました。いまも埠頭はあります。
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さて、以下は旧満鉄の社宅など、当時の住居です。最初は一戸建てで2階建ての社宅です。
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旧甘井子満鉄独身寮(撮影は桶本悟さん)
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旧甘井子満洲化学工場社宅(撮影は桶本悟さん)
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甘井子満洲化学工場の敷地内には神社もありました。いまは児童館のような使われ方をしていました。
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旧甘井子小学校
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以下、一戸建ての社宅です。
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集団住宅です。かなり老朽化しています。
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住人はすでにいなくなってしまったのか、開け放たれた戸の中をこっそり覗いてみました。
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階段に寝そべった猫がこちらを見ていました。
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by sanyo-kansatu | 2013-07-06 22:55 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)


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