2013年 07月 07日

周囲の高層建築とはまるでスケールの違う街区【昭和のフォルム 大連◆連鎖街③】

大連駅前に残る不思議な一画、旧「連鎖街」に人気の少ない早朝、再び訪ねてみました。
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人通りが多く、屋台などが出ていると、ただの中国の古い繁華街にしか思えませんが、無人の「連鎖街」に立っていると、まるでタイムスリップしたような気分になってきます。

「連鎖街」の後方に高層建築が見えますが、この街区とはスケールがまるで違うことに気づきます。それは視覚的にもわかることですが、何より身体で感じることができます。その対比自体はとても興味深いことですが、ここではこのマイクロな空間構成こそが昭和の街並みなのだと理解して、この空間を楽しむことにしましょう。
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あとは、建築の老朽化や簡体字の看板などの存在はひとまず無視して、建築の細部を切り取り、そこに目を凝らしましょう。この時代の建築は曲線の多い優美なファサードもそうですが、窓の形や配置が実にチャーミングだと思います。そして想像力をふくらませましょう。通りを何度も行き来していくうちに、だんだん頭の中に絵葉書で見た当時の風景や喧噪が蘇ってくるような気が……。
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まったくもってこれはひとり遊びの世界には違いありませんが、「古地図を見て東京を歩く」という楽しみ方と少し似ています。東京の場合、江戸、明治、昭和といくつもの時代が折り重ねられた歴史の多重性が複雑に絡み合いますが、大連の場合、そこはわりとシンプルです。つまり、日本の統治した昭和と新中国建国後の停滞期から改革開放を経た現在に至るまでの時間軸でほぼ割り切れる世界といえます。

「連鎖街」には、その地に立って初めて蘇る身体感覚があります。それは歴史的な時空との対話とでもいえばいいのか。それにしても、当時のマイクロな街並みの中で繰り広げられていた人間の暮らしや営みは、今日のように高速建築が建ち並ぶ世界と、どこがどう違うのでしょうか。ぼくには今日の世界のほうが当時に比べて暮らし向きがいいとはとても思えないのです。
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by sanyo-kansatu | 2013-07-07 15:21 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)


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