2013年 07月 09日

1991年発行のガイドブック「朝鮮観光案内」を読んでみた

ここに「朝鮮観光案内」という旅行ガイドブックがあります。
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1991年発行。発行元は朝鮮新報社です。最近の旅行ガイドブックでは珍しいB6版、オール4色、164ページの体裁です。携帯用の案内書としてはコンパクトによくまとまっています。

表紙の写真は、白頭山(中国名は「長白山」)の天池です。裏表紙は、朝鮮民主主義人民共和国国際旅行社日本総代理店の中外旅行社の広告が入っています。

日本人の北朝鮮観光が始まったのは1987年10月(→「北朝鮮観光25年を振り返る」)。大韓航空機爆破事件(1987 年11月)ですぐに中断されたものの、再開されたのは3年半後の91年6月です。「日朝国交正常化直前限定ツアー」という、いささか勇み足なタイトルが付けられた商品として催行され、その時期に合わせて刊行されたのが、本書だと思われます。

では目次から見ていきましょう。

●目次
朝鮮民主主義人民共和国地図(2p)
朝鮮主要観光案内図(2p)
目次(3p)
平壌 9-51(43p)
平壌近郊 52―64(13p)
妙香山 65―79(15p)
新義州/江界/惠山 80―84(5p)
白頭山 85-96(11p)
清津/咸北 97―98(2p)
七宝山 99―107(9p)
咸興/咸南 108―111(3p)
元山/松寿園 112―114(3p)
金剛山 115―131(17p)
海州/信州 132―136(5p)
開城 137―144(8p)
あらまし(自然、歴史、生活、政治、文化などの紹介) 145-159(15p)
旅行の手引き(入国手続き、滞在メモ、旅行会話など) 160―164(5p)

いろいろ気になったり、引っかかったりするところがありますが、まずあっと思うのは、「朝鮮民主主義人民共和国地図」です。それは朝鮮半島全域がまるで北朝鮮の領土であるかのような地図であり、我々が普段見慣れた南北分断境界線も書かれていません。その一方で、次のページの「朝鮮主要観光案内図」では同様に境界線はありませんが、ほぼ現在の北朝鮮に限られた地図の範囲で主要都市や観光地が落とされています。

本書で最大のボリュームを割いて紹介されているのが、首都平壌です。冒頭の見開きは、チュチェ思想塔からのぞむ平壌市中心部のビルが並ぶ風景と「人民大学習堂の展望台に立つ金日成主席と金正日書記」の2点の写真で構成されています。次が平壌市の見開き地図。本編は金日成主席の銅像の建つ万寿台から始まります。

平壌観光は、ここがかつて高句麗の首都だったことから、古代遺跡めぐりがひとつのポイントです。また首都らしく建国にまつわる歴史施設や文化施設、市民の行楽地なども紹介されています。

なかでも「青春街スポーツ村」に代表される各種スポーツの競技場が写真入りで詳しく解説されているのが特徴でしょうか。これは想像するに、1988年のソウルオリンピックに不参加を表明した北朝鮮としては、自国にもオリンピックを開催できる施設は揃っているのだと訴えたかったのではないかと思われます。

あとは旅行ガイドブックのお約束として、平壌市内のホテルやレストラン、ショッピングに関する施設紹介があります。平壌の名物料理として「平壌冷麺」「神仙炉」「大同江のぼら料理」が挙げられています。

この調子で各地の内容を紹介しているとキリがないので、以下気がついた点だけ列挙していきましょう。

まず北朝鮮観光のハイライトは、四大名勝とされる妙香山、白頭山、七宝山、金剛山の登山だといえそうです。上記四山に割かれたページ数を他の都市と比べると圧倒的に多いからです。一般にガイドブック編集者が最初に手をつける作業は、どの場所を何ページ取るかという台割です。そのバランスは、想定される読者(本書の場合、北朝鮮観光に訪れる日本人を想定しているはず)を意識して割り振られるのが常です。それは本書においても、ほぼいえることだと思います。

それぞれの名山を紹介する写真を見ていると、岩肌の露出した峰や奇岩の多い、いわば中国名山に通じるコンセプトの山岳観光が主体のようです。

唯一違うのが白頭山です。白頭山は、2000年代以降、中国との歴史認識問題の舞台として知られていますが(→「長白山(白頭山)が中韓対立の舞台となっている理由(「東北工程」とは何か)」)、本書では同山を「革命の聖山」として紹介しています。

「白頭山根拠地の密営には、朝鮮革命の参謀部である司令部をはじめ、兵営、兵器修理所、縫製所、出版所、連絡所などが秩序整然と配置されていた」(同書87p)といったぐあいです。この時期まだ中国との歴史認識問題は起きていなかったせいか、「朝鮮民族のルーツ」といったふみ込んだ主張は見られないようです。

さらに、白頭山では雪山登山やスキー場など、冬山レジャーに関する情報も紹介されています。

先般世界遺産登録が決まった開城については、高麗王朝の古都としていくつかの名勝が紹介されていますが、わずか8pしか割かれていません。名物も高麗人参の産地として触れられているくらいです。やはり、北朝鮮にとって自らの国家的ルーツとして重要なのは、高麗ではなく、高句麗なのだろうと思います。

北朝鮮という国家の基本的な理解の手助けとなるのが、同国の自然や歴史、生活、政治、文化などを紹介する「あらまし」の章でしょう。

まず「自然」の項ですが、なぜか冒頭にこっそりこんなことが書かれています。「朝鮮民族は、古くから一つの領土で、同じ血縁と言語を持ち生活してきた単一民族である」(同書145p)。

さらに面白いのは、領土についての記述です。「領土は北から南に伸びた朝鮮半島と済州島(朝鮮最大の島)、鬱陵島、独島など、4,198の島からなっている」(同書145p)。巻頭の地図は、朝鮮半島全域が北朝鮮の領土であるという主張に基づいていることがここで判明します。また「独島」、すなはち竹島も北朝鮮領だと主張しているようです。

「歴史」に関しては、メンドウな議論になりそうなので軽く流すとして、気になるのは「紀元前8~7世紀またはそれ以前に成立」した「古朝鮮」という記述があること。李朝時代は約500年も続いたのに、ほとんど投げやりで簡単な記述しかないこと、などでしょうか。またこの項には、「檀君」についてまったく触れられていません。

その他、「生活」や「民族遊戯」といった文化方面の紹介とともに、「行政区画」「国家体制」「経済制度」など、北朝鮮の国家の性格についてコンパクトに紹介しています。ここでいちいち揚げ足を取るつもりはありませんが、面白いのが、最後に登場する「朝鮮の統一方案」です。

それによると、外勢によって分断された祖国を統一する基本原則として「自主、平和統一、民族大団結」を挙げています。その方案として、北朝鮮が主張するのは「思想・制度はそのまま、連邦国家で」というものです。

「この方案は、北と南がともに相手側に現存する思想と体制をそのまま容認する基礎のうえで、双方が同等に参加する民族統一政府を組織し、その下で北と南が同等の権限と義務を担い、それぞれ地域自治制を実現する連邦共和国を創立して祖国を統一するもの」(同書159p)というわけです。

その統一国家の名は「高麗民主連邦共和国」です。

本書が刊行される前年1990年の新年の辞で、金日成主席は「軍事境界線南側地域にあるコンクリート障壁を崩して、北と南の自由往来を実現し、南北が互いに全面開放しようと」と提案したといいます。1989年11月にベルリンの壁が崩壊したばかりだったことを思うと、この主張も現在とはずいぶん違った受けとめられ方があったことでしょう。

たかが旅行ガイドブックですが、あらためて中身を検討してみると、発行された時代の世界情勢や北朝鮮側の考え方が素直に伝わってきます。

ちなみに、巻末にある「旅行の手引き」では、「入国手続き」として「ビザの発給に必要な費用は、1人当たり10ドル。写真を2葉要する」とあります。また滞在中の両替方法や当地のテレビや新聞の紹介、タクシーの利用法も書かれています。まるで自由にタクシーに乗って市内観光をしても構わないような書き方です。

「国際航空時間表」を見ると、当時平壌はベルリン、モスクワ、北京、ハバロフスクと航空便で結ばれていたようです。「国際列車時間表」でも同じくモスクワと北京を結んでいますが、新義州・丹東・満洲里・ザバイカリスク経由だけでなく、豆満江・ハサンという咸鏡北道経由の国際列車が当時は走っていたことが記されていました。昨年、当地(咸鏡北道の羅先貿易特区)を訪れた印象では、とても国際客車が走れるような鉄路には思えませんでしたが、実際はどうだったのでしょう。こうした疑問をつい見つけてしまうことも、昔のガイドブックを読む面白さです。これは宿題にしたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-07-09 12:42 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)


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