2013年 11月 15日

定説に惑わされるな――激変する中国人の訪日旅行(「週刊東洋経済」2013.10.19号)

b0235153_14225152.jpg中国の国慶節(建国記念日)を迎えた10月1日の正午過ぎ。東京・新宿5丁目の御苑大通りに観光バス4台が列をなした。中から出てきたのは、中国からのツアー客。都心で数少ない、路上駐車できるこのスポットは、ツアーバスの定番の立ち寄り所だ。ツアー客はバスから程近い、中国人が経営する団体客専用の料理店に吸い込まれていった。

減少したのは団体で、
個人旅行客は底堅い


円高是正やビザ緩和の効果で訪日外国人数が過去最高となる中、唯一訪日客が減少しているのが中国だ。2013年1~8月の訪日中国人は前年同期比25・7%減。回復の兆しが見え始めているとはいえ、他のアジア諸国からの順調な拡大とは対照的だ。

だが、中身をよく見ないと実情はわからない。中国人の訪日旅行の実像を理解するには、三つのポイントがある。

まず中国政府の政策動向だ。「中国政府にとって観光は政治の道具」(張廣瑞・中国社会科学院観光研究センター主任)。昨年9月以降の訪日中国人の減少も、「中国当局は訪日ツアーを直接規制しないが、日本に好意的な記事をメディアに掲載させないなどして世論の反日ムードを醸成し、団体ツアーが催行できなくなった」(現地旅行関係者)。日本に代わって韓国へ行く中国人観光客が急増したのも、中国政府による外交利益を勘案した渡航先調整の結果といっていい。

次に、地域による旅行市場の成熟度の違いがある。北京や上海、広東、内陸など、地域別にツアーの実態や旅行者の動向をみれば、中国を一つの市場と考えるのは間違いとわかるだろう。

三つ目が、旅行形態だ。一般にパッケージツアーなどの団体旅行と、個人旅行に分かれるが、内実は大きく異なる。実際に「(減少したの)は団体客で、個人旅行客については底堅さを示した」(平成25年版「観光白書」)。問題は目先の数の増減ではなく、市場の中身なのだ。

では、中国の海外旅行市場でどんな変化が起きているのか。

今年4月、北京で開かれた中国出境旅游交易会(COTTM 2013)に国内外約4000人の旅行関係者が集まった。展示会場には海外62カ国、275の多種多様な団体が出展。アフリカや中近東、中南米諸国の観光局や、極地探検、海外ウエディングを扱うヨーロッパの専門会社、富裕層向けに海外の不動産投資ツアーを提案する企業もあった。

今、世界中が中国の海外旅行市場に注目している。国連世界観光機構(UNWTO)の統計では、12年に中国がドイツやアメリカを抜いて世界最大の海外旅行消費国となった。その額は実に年約10兆円に達しており、今後も拡大が予想される。

フォーラム会場で討議されたのは、「New Chinese Tourist(中国新型旅客)とは何者か?」というテーマである。司会を務めたドイツの観光研究者、ウォルフガング・アルト教授は、中国の新しい観光客像をこう提示する。「中国の海外旅行市場は“洗練とセグメント”の時代を迎えている。新しいタイプの客は他人に自慢するために観光地でスナップ写真を撮るだけでは満足せず、特別な場所で特別な体験をしたいと考えている。中国の旅行業界が今後取り組むべきは、ニッチな商品の開発と新しい渡航先の開拓だ」。

のちに討議された四つのテーマはラグジュアリー旅行の展望、旅行業のSNS活用、ビザ問題、不動産投資旅行。中国市場は、確実に新しい段階へ向かいつつある。

日中関係の影響か、会場に日本からの出展者は見られなかった。確かに、現状では日本で目につく中国人の訪日客は、冒頭で触れたように旅程の大半を移動が占め、立ち寄り先が決まっている「弾丸バスツアー」だろう。だが、実際には、日本旅行を自由に楽しむ個人旅行客は増えている。彼らは街に拡散しており、目に見えにくい存在だが、団体ツアーと違って、日中関係に影響を受けにくい層でもある。両者はまったく別の消費特性を持ったマーケットとしてとらえ直すべきなのだ。

消費者保護の動きや
中国LCC国内参入も


これまで中国の募集ツアーでは、料金を安く設定する代わりに、特定店への連れ込みや現地で多額の追加料金を徴収するのが常だった。その帳尻合わせがなければ、現地手配を請け負う事業者は、ホテルやバス会社に対する支払いに支障をきたすという、まるでギャンブルのようなビジネスがまかり通っていたのだ。

そのため、ツアーに参加した旅行客から当局に多くの苦情が寄せられていた。中国政府もついに消費者保護に着手したのだが、「上に政策があれば下に対策あり」のこの国で、従来の商慣行が一掃できるのか。旅行商品の透明化でツアー価格は上がるため、旅行市場にどんな影響を与えるのか。その行方が気になるところだ。

中国の格安航空会社(LCC)が母体の春秋航空日本が国内路線に参入する動きも、中国人の訪日旅行に影響を与えそうだ。

同社は14年の夏季運行から、成田空港を拠点に国内3路線の運航を開始する計画。上海から寄港地経由で国内線に安く乗り継げれば、今後も伸びる個人客だけでなく、ツアー客向けでもLCCの利用が進むことで、評判の悪かったバスの長時間移動や東京―大阪の「ゴールデンルート」に偏した旅行方法の多様化も進む。いずれ大挙して量販店や免税店に押しかけるという奇態な消費行動にも変化が見られるだろう。

激変する中国の海外旅行市場の攻略は、定説やムードに流されることなく、大局とかの地で起こる潮目の変化を同時に見極める必要がある。
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中国の募集ツアーの大半は「弾丸バスツアー」(新宿5丁目にて)
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中国では富裕層向け旅行誌が書店に並ぶ
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春秋航空日本の国内線は、成田―佐賀、成田―高松、成田―広島の3路線が予定される
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by sanyo-kansatu | 2013-11-15 14:24 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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