ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2014年 04月 14日

戦前期も今も変わらない外客誘致の3つの目的(このブログの目的その4)

ここ数年、日本のインバウンド振興の目的について、いろいろ考えさせられる事態が起こりました。とりわけ2010年と12年秋に起きた中国との尖閣諸島をめぐる確執によって、いかに外客誘致が国際関係に影響されるか、あらためて思い知らされました。

東アジアのグローバル化によって日本を取り巻く国際環境が大きく変わるなか、その変化の意味を国民的な理解として深めるうえで、訪日外国人旅行市場の動向はとても有効な現象だとぼくは考えてきました。

しかし、近年の国際環境の変化は、インバウンドの目的を単なる「経済効果」にのみ求めようとすることの虚しさを感じさせられます。

こういうときは、歴史をひも解くことで、今日にも通じる知見を得られないものだろうか。それが、戦前期の日本のインバウンドの歴史を調べてみようと考えた理由です。

歴史から学ぶインバウンド
http://inbound.exblog.jp/i38/

恰好の資料となったのが、ジャパンツーリストビューローが発行した「ツーリスト」でした。同誌は1913年6月に創刊され、敗戦間際の1943年まで刊行され続けます。

※ジャパンツーリストビューローは、1912年鉄道院(現在の国交省に近い)の外局として設立された観光広報機関。現在のJTBの前身でもありますが、むしろ日本政府観光局(JNTIO)の前身といったほうが実態に近い。

同誌は、戦前期、すなはち1910年代から30年代にかけての国際環境に、日本の外客誘致がいかに翻弄されたかを記録しています。先人たちが時局の悪化の中で、何を考え、どう取り組もうとしたかについて、今日の感覚では考えられないほどストレートな言論が繰り広げられています。

と同時に、外客誘致の目的について、当時は今日以上に明確な認識を持っていたことがわかるのです。では、その目的とは何か? 当時3つの目的があったと記録されています。

その内容については、以下のとおりです。これは「やまとごころ.jp 28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話」の一部抜粋に、あらたに加筆したものです。

外客誘致の目的はいまも昔も変わらない

100年前の日本は、日露戦争に勝利し、世界デビューを果たしたばかりでした。しかし、国民経済は西欧諸国に比べるとまだ貧しく、彼らから学ぶべきことが山のようにありました。

では、そもそも当時の外客誘致の目的は何だったのでしょうか。

ツーリスト創刊号(1913年6月刊)の巻頭には、「ジャパン、ツーリスト、ビューロー設立趣旨」なる以下の文章(一部抜粋)が寄せられています。

「日本郵船会社、南満州鉄道会社、東洋汽船会社、帝国ホテル及我鉄道院の有志聯合の上『ツーリスト、ビューロー』を設立せんことを期し、諸君の御会合を請ひたるに、斯く多数其趣旨を賛成して、御参集を辱ふしたるは、我々発起人一同の感謝とするところである。抑も漫遊外客は、我日本の現状に照らし、各種の方面より大いにこれを勧誘奨励すべきは、今更贅言を要せない次第である、外債の金利支払及出入貿易の近況に対し、正貨出入の均衡を得せしめんが為め、外人の内地消費を多からしむるに努め、又内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め、国家経済上の見地より、外国漫遊旅客の発達を促すは、刻下焦眉の急たること申す迄もなく、更に一方により考ふれば、東西交通の利便開け、東西両洋の接触日に頻繁を加ふるの際、我国情を洽く海外に紹介し、遠来の外客を好遇して国交の円満を期すべきは、国民外交上忽にすべからざる要点である」。

ここでは、当時の外客誘致を提唱する基本的な考え方として、以下の3つの目的を挙げています。

①「外人の内地消費」
②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」
③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」

①「外人の内地消費」とは、文字通り「訪日外国人の消費による経済効果」のことです。まだ貧しかった当時の日本にとって、国際客船に乗って訪日する富裕な欧米客の消費力に対する期待は今日以上に高かったことでしょう。当時はまだ航空旅行時代ではありません。島国である日本へは船で来るほかなかったのです。ちなみに、世界で航空旅行時代が始まったのは1940年代頃からです。

興味深いのは、②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」です。ここにあるのは、外客誘致の本当の目的は、日本滞在中多くの外客に国内産品を消費してもらうためだけではなく、その良さを広く知ってもらうことにあるという輸出立国的な認識です。インバウンド振興の目的をツーリズム産業内の市場拡大や地域振興とみなすだけでなく、それを輸出産業につなげてこそ意味があるという論点は、すでに戦前期からあったことがわかります。むしろ、「訪日外国人の旺盛な消費への期待」ばかりが語られがちな今日よりも、当時のほうが物事の本質が明確に意識されていたようにも思います。

さらに、この論点を深めると、こういう言い方もできます。インバウンド振興の真の意義は、製造業をはじめとするさまざまな国内産業やインフラに対する投資の誘発や新しい雇用を生むことにある。それは目先の消費効果より重要だというべきなのです。

③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」は、外客誘致の目的は国際親善にあるという認識です。

「ツーリスト」誌上では、その後、外客誘致に対する「経済効果」論争が繰り広げられます。外客による消費を重視する立場と、国際親善こそ重要で経済効果は二義的なものだという主張に分かれるのです。後者の主張が生まれた背景には、1914年に始まった第一次世界大戦で戦場となったヨーロッパ諸国からの訪日旅行者が一時的に減ったことや、その後の長い日中対立がありました。

たとえば、ツーリスト10号(1914年12月)では、「(第一次世界大戦で)欧州方面に失ひたるものを米国方面に補ひ」(「時局と外客誘致策」)というようなヨーロッパに代わる外客誘致先としての米国への取り込みを促す論考。またツーリスト26号(1917年7月)では、「日支两国民間に繙れる空気を一新し、彼の眠れる友情を覚醒し以て日支親善の楔子(くさび)たらん事を期す」(「日支親善の楔子(支那人誘致の新計畫)」と、悪化する当時の日中関係を中国人の訪日誘致によって相互理解を深め、改善しようと提言しています。国際情勢がいかに外客誘致に影響していたかがわかる話ですが、今日においてもそれが同様であることは、ここ数年の近隣諸国との関係悪化で私たちもあらためて理解したばかりです。

これは今日の言葉でいうと、「パブリック・ディプロマシー」(伝統的な政府対政府の外交とは異なり、広報や文化交流を通じて、民間とも連携しながら、外国の国民や世論に直接働きかける外交活動のこと)といっていいと思います。日本は過去の歴史を鑑みて、その教訓を学ぶとすれば、周辺国のみならず広く対日イメージを良好にするよう努めることが大切です。訪日外国人市場を盛り上げることは、そのために最も友好な手段のひとつなのです。

パブリック・ディプロマシー(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/faq/culture/gaiko.html#01

こうしてみると、戦前期の外客誘致の目的や課題は、今日となんら変わらないものであることがわかります。現在の日本政府や観光庁が主導する官民挙げたインバウンドの取り組みは、すでに100年前に企画され、実施されてきた事業だったのです。

その後、昭和(1930年代)に入り、日本のインバウンドは進展を見せます。国策として全国各地に外客のための西洋式ホテル建設が積極的に進められました。志賀高原ホテルや川奈ホテル、志摩観光ホテルなどのリゾート系クラシックホテルの多くはこの時期建てられたものです。全国の行楽地に、とりあえず西洋人が安心して泊まれるベッドを備えたホテルをつくらなきゃと懸命になっていたことを思うと、なんとも健気な時代だったといえます。

しかし、時局は戦時体制に向かい、結局のところ、外客誘致どころではなく、敗戦を迎えます。それでも、戦後の混乱期を抜けると、再び外客誘致が始まります。その契機となったのが、1964年の東京オリンピックでした。

そして、いま私たちは2020年開催予定の東京オリンピックをひとつの節目として見据え、インバウンド振興を進めています。こうして歴史を振り返ると、日本はすでに外客誘致に関してそれなりの経験を積み重ねてきたことを知ると同時に、いいことも悪いことも含め、これから先も似通った経験をしていくことになるのだろう、という気がします。

それだけに、過去の歴史には、今日から見ても学べる多くの知見があります。今後は、ツーリスト創刊号で提唱された外客誘致の目的のうち、②や③の視点がより重要になってくるように思います。すなはち、訪日外客による直接の消費を期待するだけでなく、それを日本のものづくりと直結させていき、国内産業への新たな投資や雇用に結びつけようとする動き。さらに、近隣諸国との関係も含め、訪日旅行プロモーションをいかに国際親善につなげていくかという点でしょう。

大正期に一から始まった日本の外客誘致の取り組みを知り、先人の思いや心意気を思うと、それを断絶することなく、きちんと受け継いでいく必要がある。そんな殊勝な気持ちになります。

※このブログの目的 その他
インバウンドって何? (このブログの目的 その1)
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http://inbound.exblog.jp/16998645/
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by sanyo-kansatu | 2014-04-14 12:17 | このブログの目的 | Comments(0)


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