2014年 04月 13日

ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン

2013年8月中旬、ラオス北西部のルアンナムター県と中国雲南省・西双版納タイ族自治州との国境地域であるボーテンを訪ねました。中国側の町は勐臘(モンラー)といいます。

少数民族トレッキングの拠点として知られるルアンナムターの市街地から約60km、車で1時間ほどの場所にあります。
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このキンキラキンの仏教寺院のような巨大なゲートがイミグレーションです。
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「Borten International Immigration(磨丁国际口岸)」と書かれています。
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中国客を乗せた観光バスや大型トラックが次々と通過していきます。
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実は同じ日、ぼくはムアンシンというもうひとつの中国・ラオス国境の町を訪ねていたのですが、そちらのローカル色たっぷりの風情とはまったく異なっています。
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国境ゲートの2㎞ほど手前には、大型バスが駐車できる巨大な駐車場もありました。ただし、駐車場の広さに比べると、トラックの数はまばらな気がします。
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これは中国が作成したインドシナの地図ですが、中国雲南省からタイ(バンコク)とカンボジア・ベトナム(ホーチミン)に抜ける2つの幹線道路を計画しているようです。そのいずれも、ラオスのボーテン国境を起点としていることから、この地の重要性がわかります。
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国境ゲートから5分ほど歩くと、巨大な建築群が見えてきます。ふと見ると「福兴路」という中国語の道路標示があります。えっ、ここは中国? 一瞬戸惑いを覚えます。
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そこには、ラオスの首都ビエンチャンでもめったに見かけないような大型ビルが並んでいました。
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中国語とラオス語が併記された中国食堂の看板も置かれていますが、そこにはほとんどひと気が感じられません。
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中国の郵便局がありましたが、営業していないようです。テナントの看板だけ残っていますが、シャッター通りと化しています。
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それでも歩いていると、ようやく人が姿を現しました。どうやら中国人のようです。やはり、ここは中国なのか?
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「黄金大道」という通りに出ました。
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通り沿いにはビルが並んでいますが、歩いているのはラオス人建設労働者が数人です。はるか後方に巨大なマンション群も見えます。いったい誰が住むのか?

どうやらここは、いま中国で深刻な問題となっているゴーストタウン(鬼城)そっくりです。それがラオス領内にあるというわけですが、これじゃまるで中国はゴーストタウンを輸出してしまっているのも同然です。
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右手にホテルらしい建物が見えてきました。中国の地方都市によくあるタイプのホテルで、「景兰大酒店」と書かれています。
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ロビーに入ると、客はいませんでした。ためしにフロントにいた中国人女性に宿泊料金を尋ねると、当惑した表情になり、代わって奥から警備の男性が出てきました。1泊1000元だと彼は言います。

本当に営業しているのかあやしいので、「高いですね。向かいにもう一軒ホテルがあるので、そちらに行ってみます」とぼくが言うと、男は「あそこはうちより高い。1泊1200元だ」と答えました。
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ところが、そのホテル(「黄金大酒店」といいます)を訪ねると、1泊なんと100元でした。「中国人は(見ず知らずの人間に対しては)息を吐くように嘘をつく」といいますが、悪びれることもなく見え透いたことをいう警備の男は、いかにも中国人だと呆れてしまいました。
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黄金大酒店の裏には、別のホテルらしき廃墟がありました。周辺は草で荒れ放題です。
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建設労働者向けの掘立小屋の背後に見える無人のリゾートホテルのわびしさは、何ともいえません。
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これらのゴーストタウンは中国国境から1kmほど離れた国道3号線の西側に広がっているのですが、道路の東側には、これまた中国の地方都市によくある食堂街のアーケードがありました。ここもひと気はなく、シャッター街です。
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インターネットカフェもあったんですね。
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ビエンチャンと昆明をつなぐ国際バスは、いまも走っているのでしょうか。
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それにしても、なぜ中国のゴーストタウンはラオスにまで輸出されてしまったのか? その謎を解くべく、国境ゲートと廃墟地区の中間に建っていた「老挝磨丁经济开发专区(ラオスボーテン経済開発専区)」ビルを訪ねてみました。
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出迎えてくれたのは、ひとりの若い中国人女性でした。だいたいこのビルにもひと気がないのですが、四川省出身という彼女は、日本から訪ねてきた珍客に対して、お茶やらパンフレットやらを用意し、親切に接遇してくれました。

どうやらこの国境エリアは、自由貿易地区に指定されており、2003年にラオス政府が香港系企業に土地を貸与したことから開発が始まったそうです。そこでは主にカジノを中心としたリゾート開発を行う計画でした。中国・ミャンマー国境と同じことをやろうとしたわけです。

ボーテン国境地区の開発については、ラオス在住のkenichiro_yamadaさんのブログ「ラオスのビジネスを読む。 -ブログ版-」に詳しく解説されていることを、帰国後知りました。

ラオスのビジネスを読む。 -ブログ版-
laotimes.exblog.jp

kenichiro_yamadaさんにメールで問い合わせたところ、いろいろ教えていただきました。

同ブログによると、彼が初めてボーテンを訪ねたのは、2008年9月です。

ボーテン国境(2008年9月5日)
http://laotimes.exblog.jp/8569316/

そこには、こんな風に書かれていました。

「本地域はラオス国内であることを、忘れてしまいそう。ここでは食べ物から飲料水、人、通貨、言葉、全てが中国でした。面白いことにホテルの時間も中国時間。中国南下の前線がウドムサイとすれば、ここはさながら基地といったところでしょうか」。

つまり、少なくとも5年前のボーテンはゴーストタウン化していなかったようです。では、どうしてこうなってしまったのか?

後日、kenichiro_yamadaさんは以下の興味深いレポートを送ってくれました。

【SEZ】ボーテンデンガームSEZが近く開始か

2013年4月11日、ボーテンデンガームSEZを訪問する機会を得た。本SEZは03年に設立され、10年2月4日付でボーテン黄金城SEZの活動に関する首相令が発布された後、「特別経済区:ボーテンデンガームSEZ(磨丁黄金城経済特区)」としてカジノを中心とした香港資本(Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group Ltd)による開発が進められた。その後、カジノ3施設、ホテル、アパート、商業施設、13階建ての3星ホテル、18ホールのゴルフ場、大規模ショッピングセンターの建設などが進められ、総合リゾートエリアとなることが計画されていた。

しかし、カジノに関連して殺人事件などが多発したこともあり、2011年半ばから中国政府が中国側国境(モーハン:磨憨)における中国人の出国時にラオスVISAの取得を条件としたことから、1日最大1万人程度の観光客が激減していた。また、ラオス政府側もカジノ犯罪の抑制が急務となったことから、11年6月頃からカジノを閉鎖し、立て直しを図った。

2012年4月には、Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group Ltd は株式の85%を雲南省のYunnan Hai Cheng Industrial Group Stock Co.,Ltd(云南海诚实业集团)に売却した。さらに、ラオス政府との間に特別経済区から特定経済区への格下げ、カジノ事業取り下げ(その他11事業は継続)の下で、ボーテンデンガーム特定経済区(磨丁经济开发专区)(資本金5億ドル、登録資本金1億ドル)として90年間1640haのコンセッション契約を締結している。

今回訪問した際に、SEZ委員会への聞き取りを行った所、以下のような回答を得た。

①現在、国家SEZ管理委員会に対してマスタープランを提出済みで、5月の閣僚会議にて協議・承認される見込み。これにより本格的な開発が再開される予定。

②中国側は中国人の相手国VISA無しでの出国を近く認める予定。早ければ6月頃を見込む。

③カジノ事業については、これまでラオス国内にカジノを規定する法律や管理する人材がいなかったことから問題が多かった。今後法律を整備することで、カジノを再開する可能性はある。

とのことであった。カジノの再開も視野に入れていることが印象的であった。

なお、中国人のラオスVISAは北京、昆明で取得することが可能であるが、国境周辺の中国人はこれまでアライバルビザでラオスへ入国するのが通例で、はるばる昆明まで取得しに行くことは難しい。
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また、マスタープラン案では、地域を4区に分類し、中国国境エリアを第1区「国門区」と設定し、免税区や金融区、バスターミナル、中国との商品交換区として開発。旧ボーテン村を第2区「伝統村・旅游区」とし、貯水池や緑地を残し、観光リゾート、エンタテインメント施設を建設する。第3区「物流区」はボーテン税関のボーピアト村周辺で、商品倉庫やホテル、レストラン施設を建設する。第4区は国道3号線の東側でゴルフ場を建設する計画。


なるほど、そういうことだったのですね。

しかし、今後このゴーストタウンが蘇ることがあるのでしょうか。

そうした悲観的な見方は、この地の人たちには通じないところがあるようです。というのも、この惨憺たる状況を前にしても、件の経済開発専区ビルの彼女は「もうすぐゴルフ場がオープンします。また来てくださいね」とにこやかに話してくれたくらいですから。まったくめげていないというのか、このへんの感覚がすごいですね。

いずれにせよ、これがインドシナ北辺で起きている「中国の南進」を象徴するひとつの事例であることを、ぼくはこうして知ったのでした。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-13 14:10 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)


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