2014年 06月 18日

【後編】バスの不足が国際問題に!~早くも直面した日本のインバウンド構造問題にどう対応するべきか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。後編では、バス不足問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みを考えたい。

※【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://inbound.exblog.jp/22771778/
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本当に観光バスは足りないのだろうか?

4月下旬、訪日アジア客の手配業者の業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で議論となったのは、そうした問いだった。昨夏と今春、業界を騒がせただけでなく、今後の日本の訪日旅行市場の行方に暗雲漂わせる観光バス不足の解決を求める声が次々に出たという。

規制緩和と安全対策に揺れた貸切バス業界

いったい何が問題だったのだろうか?

確かに、今年3月下旬から4月にかけて国内外のバス利用者がこれまでになく集中したことで需給が逼迫したことは確かだ。だが、それだけの理由ではないと考えるべきだろう。

一般に貸切バスの需給が逼迫するのは、春夏のレジャーシーズンに加え、国民体育大会や甲子園の高校野球大会などのスポーツイベント時だという。1998年の長野オリンピック開催時も選手や観客の送迎のため、貸切バス業者は大奮闘して乗り切ったといわれている。

一方、北海道では1970年代からすでに夏場の繁忙期のバス不足は常態化していたという話もある。「道内の車両はフル稼働、貸切バスの運転手は『13日連続勤務して1日休み』を繰り返すことで急場を凌いできた。そのかわり、冬場は仕事が少なく、本州に出稼ぎに出る運転手もいた。夏の繁忙期のみの契約という雇用形態も多かったからだ」とバス事業をよく知る関係者は語る。観光バスを運行する貸切バス事業は、繁忙期と閑散期の需要の変動に大きく翻弄されてきたのだ。

日本の貸切バス事業は、2000年2月の事業法改正により、免許制から許可制に、価格規制については認可制から実施運賃・料金の事前届出制や自動認可へと規制緩和された。それまで事業者保護の色彩の強かった需給調整規制を廃し、競争原理の導入によって消費者利益を図ることが目的だった。2000年代前半の日本は「規制緩和」がよくも悪くももてはやされていた。

その後、貸切バス事業者の数は大幅に増加したが、零細事業者の新規参入が目立つ傾向にあった。事業者数の増加に伴う競争の激化や「高速ツアーバス」という新形態の登場によって運賃の低下が急速に進み、利用者も恩恵を受けた。

ところが、2007年2月の大阪府吹田市のスキーバス、12年4月の群馬県関越道の高速ツアーバスと死傷者が出る事故が相次いだことで、バス事業の安全確保を求める世論が高まった。

関越道高速ツアーバス事故の問題点として以下の3点が指摘されている。

①運転手の過労運転(労務管理)……事故は夜間運行かつワンマン運行だったこと
②不適切な運行管理……「日雇い」運転手だったこと
③不適切な旅程管理、旅行サービスの内容提示違反

国土交通省は「バス事業のあり方」検討会(2010~12年)などを通じて進めていたルール改正を段階的に着手した。13年8月から「高速ツアーバス」は、運転手の労働条件を改善し、安全対策を強化した「新高速乗合バス」に一本化されることになった。

その結果、中小貸切バス業者の一部は「新高速乗合バス」の参入を諦めたといわれる。過労運転防止のためのワンマン運行による上限距離や労働時間が制限されたことで、運営上対応できないと判断したためだった。

さらに、2010年秋以降の中国との尖閣問題で、訪日中国客が一時大幅減少したことから、中国需要に頼っていた一部のバス事業者の撤退も見られた。つまり、ここ数年、貸切バス業界には事業の撤退と減車が起きていたのだ。そこに急激な訪日客の需要増が直撃したのである。

零細貸切バス事業者とダンピングの関係

関越道高速ツアーバス事故の運転手が普段は訪日外客を乗せた、いわゆる「インバウンド貸切バス」を運行していたことで明らかになったのが、貸切バス運賃のダンピング問題である。

どんなに訪日外客が増えたといっても、国内全体のバス需要に比べれば、外客の市場規模ははるかに小さいため、インバウンド貸切バス事業者の実態は見えにくいところがある。それだけにブラックボックス化していた面が否めないが、2000年代以降に急増したアジア客の需要に対応したのが、こうした中小貸切バス事業者だった。

政府の「観光立国」政策の推進で訪日外国人観光客を迎え入れようという国内の機運は生まれたが、現在その8割近くを占めるアジアからの旅行者の多くは“安さ”を求めた。彼らの求める水準は、国際的にみて高いとされる日本の国内移動コストの圧縮に重い負荷をかけた。大手バス事業者はインバウンド貸切バス運賃の“価格破壊”を理由に参入しようとしなかったが、中小貸切バス事業者はそれを引き受けざるを得なかった。

それゆえ、今日の訪日外客向けの観光バス不足も、実際は、国内客向けに比べ著しくダンピングされた激安な貸切バスの不足だったとも考えられる。ある関係者の証言によると、今春の台湾客の一部が出発直前で訪日ツアーを断念せざるを得なかった背景に、本来はバス事業者でない免税店が顧客を呼び込むために無料でバスを手配するというサービスがあったという。これは台湾客だけでなく、一部中国本土客なども利用していた。ところが、その免税店が今春の急増した需要に対応できず、バス手配をいきなり投げ出したのが、騒動の発端だったという。

日本の繁忙期と閑散期を理解してほしい

日本のインバウンドには、残念ながら、こうした外の世界からは見えにくいグレーな領域が潜在している。こうした現状をふまえ、事態の改善のために何ができるのだろうか。

関係省庁も手をこまぬいているわけではない。国土交通省は、今年すでに6月末までの時限的な全国の運輸局管轄内での貸切バスの営業区域の緩和を実施している。

観光庁も、昨年9月と12月に台湾を訪ね、観光部(観光省)や現地の旅行業者に対してバス不足に関する事情説明や状況を改善するための話し合いを行ってきた。

観光庁側が説明しているのは以下のポイントだ。

①日本のバスの運行上の安全規制の内容
②日本の地域ごとの繁忙期・閑散期について
③日本旅行業協会(JATA)が認定する「SAKURA QUALITY(適正なランドオペレーター)」の利用の推奨
④各運輸局が指定する「Safety Bus事業者」の利用の推奨
⑤繁忙期の早期の予約手配の推奨

すなはち、台湾の旅行関係者に日本のバス事業の安全規制やレジャー需要の動向を理解してもらい、繁忙期をなるべく避けるなど、訪日時期を調整してほしいこと。また繁忙期はできるだけ早めにバスやホテルも含めた手配を進めてほしいという要望を伝えたのだった。
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本来今回のような問題は、民間事業者同士が解決すべきといえなくもない。とはいえ、これまで大々的に訪日旅行のプロモーションを展開してきた日本政府としても、台湾側に理解を求めるべく相応の対応する必要はあっただろう。

貸切バス新運賃制度の目的と今後の懸念

ところが、残念なことに、今春再び台湾客の観光バス不足が起きてしまった。

さらに、これは本来別の話だが、3月下旬、国土交通省は国内の貸切バス事業者にかねてより検討していた新運賃制度の施行を通達した。これはバス不足で業界が混乱していた時期に重なってしまい、タイミングが悪かった。

新運賃制度の特徴は、安全コストを運賃に計上させていることだ。これまでと違い、営業区域別に料金の上限と下限を設定し、運賃計算法も運行時間と距離を併用する。事前届出した運賃に違反した場合の罰則も厳正化されることから、ダンピングと運転手の労働条件の悪化の防止が目的であることがわかる。新運賃制度への移行として6月末までの猶予期間を設けている。

関係者によると、新運賃を採用すると、インバウンド貸切バスの1日あたりの運賃はこれまでの2倍以上になるという。それだけ以前が安すぎたともいえるが、その差額分は訪日客のツアー代金に上乗せされることになる。

これが台湾側のあらぬ疑いを招いた。消費税増税の時期と重なったこともあり、便乗値上げではないかと受けとめられたのだ。

一方、国内の貸切バス事業者に新運賃制度について聞くと、いまは様子見との声が多い。この夏、台湾に限らず訪日外客は増加しそうなことから、新運賃の適用がすぐに導入できるとは考えにくいという。相手あっての商売だからである。

先般の一連の事態に対する国内のインバウンド事業者の声は、株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長の以下のコメントに代表されるだろう。

「昨年から顕著となったバス不足で、海外の旅行会社からツアーを受注しても受けられないケースが増えたのは残念としかいいようがない。この問題に対する国の施策として、6月末までの全国の運輸局管内での営業区域の規制緩和は一定の評価ができる。4月1日より施行された貸切バスの新運賃制度も、業界の底上げにつながると基本的には歓迎しているが、これに伴う訪日ツアー価格の高騰を懸念している。現在は猶予期間として6月末までにバス会社は改定後の運賃を所管する運輸局に届出することになっているが、現行運賃と新運賃の価格差が大きいため、海外の旅行会社に受け入れられるか思案している」

これまで台湾の旅行業者は積極的に訪日旅行市場の拡大に尽力してくれたが、今後台湾の“訪日バブル”にも若干の調整が起こるかもしれない。もちろん、これは台湾市場だけの問題ではない。他の国々の訪日ツアー動向にも徐々に影響を与えていくことが考えられる。

コスト高のしわよせは貸切バス事業者に

世界経済フォーラム(WEF)が2014年3月に発行した世界の観光分野の競争力を比較した報告書によると、調査対象140カ国・地域のうち、トップはスイスで、日本は14位にランキングされている。

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられるが、日本が分野別で高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。項目別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)の評価は高いが、「政策方針と規則」(36位)「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)「観光との親和性」(77位)などはかなり低いといえる。

ここからうかがえるのは、日本の観光競争力は、交通・通信インフラに見られる産業力や自然・文化などの観光資源が強みであるのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが弱みとみなされていることだ。

そして、極めつけが「観光業における価格競争力」(130位)である。

円安基調となった今日、日本でのショッピングや食事はずいぶん安くなったという外客の声も多い気がするが、日本の観光競争力の足を引っ張っているのは未だに「価格競争力」というのが国際的な評価なのだ。最大の要因は国内移動のコスト高だと思われる。

実のところ、移動コスト高を国際水準にまで引き下げ、調整していたのが貸切バス事業者だったといえなくもない。この10年で増加したアジア客の訪日ツアーの足を支えていたのは彼らだったからだ。コスト高のしわよせは貸切バス事業者が負わされていたのである。

日本の弱みを全体でカバーする施策を

近年、アジアからの訪日客のFIT(個人旅行)化が進んでいるといわれて久しいが、考えてみてほしい。このままアジアの経済成長が続くとすれば、「初めての訪日」層も増え続けるのだ。東京・大阪ゴールデンルートはその意味で、決してなくならない。貸切バスの需要は増えることはあっても、減ることは考えにくい。

ところが、増大する需要に対してインバウンド貸切バス事業を取り巻く現状は心もとない。これまで見てきたように、観光バス不足は日本のインバウンドの構造問題といえる。中小企業が多く、国内客向けに比べて運賃が著しく安かったため、事業者の数も多くない。

さらに気になるのは、運転手の高齢化と人材不足である。

筆者は、仕事場に近い都内東新宿にある訪日中国客専用の食堂付近に停車するインバウンド貸切バスの様子を通勤途上に日々観察しているのだが、運転手はたいてい50代以上で若い年代の姿を見ることは多くない。おそらく多くは、長野オリンピック(1998年)当時、30代から40代の働き盛りだった世代ではないかと思う。はたして彼らは東京オリンピック開催時も現役なのだろうか。気にならないではいられない。
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都内東新宿には毎日のようにツアーバスがやって来る

訪日外国人観光客に関わるビジネスは、いってみれば、国内にいながら海外進出した企業と同じように、アジアの新興国の消費者を相手に商取引することで成り立っている。内なるグローバル化の最前線なのだ。当然、進出企業が現地で直面するのと同様な難題にぶち当たることになる。グローバル化は国内の弱い分野ほど狙い撃ちにされるのが常だ。

だからといって、貸切バス事業が市場から退場するのにまかせれば、これ以上の訪日外客の受け入れは断然せざるを得なくなるだろう。政府の掲げる訪日外客2000万人という目標も夢でしかなくなる。先ごろ、格安航空会社(LCC)のパイロット不足が顕在化し、ピーチ・アビエーションやバニラエア、春秋航空日本が減便を余儀なくされたが、政府は人材養成や確保のための施策を打ち出すという。同じことはバス業界にも必要なのではないか。

本来であれば、これだけ需要の拡大が見込まれているのだから、もっと多くのバス会社にインバウンド事業に参入し、観光バス不足を補ってほしいものだ。だが、バス業界ではインバウンド事業に対する偏見は根強いようだ。「とにかく料金を叩かれる。朝から晩まで働かされ、労働条件がキツイ」などの声が聞かれる。

インバウンド貸切バス事業に精力的に参入してきた株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長は「インバウンド貸切バスの仕事は、お客様への細かいケアや荷物の運び出しなど独特のノウハウが必要で、確かに大変だと思う。拘束時間も長くなりがち。でも、外国人観光客を乗せる仕事は、自分も一緒に旅行しているみたいで楽しくやりがいがあると話す運転手もいる。そういうおもてなしの心をもつタイプが向いている」という。

願わくば、今回の新運賃制度が新規参入のインセンティブとなることを期待したい。そうでなければ、訪日意欲のある外客をみすみす手離すことになるからだ。

今後は、日本の弱みをふまえ、対外プロモーションの考え方も変えていかなければならないだろう。

日本政府観光局(JNTO)の神田辰明海外マーケティング部次長によると、今後の台湾向けの訪日プロモーションは以下の3つの方向性に注力するという。

①個人旅行客(FIT)をさらに増やすこと
②訪問地の地方への分散化
③繁忙期ではなく、閑散期にいかに誘客するか

「いまは過渡期だと思う。海外と日本では制度の違いもあるが、綿密に情報交換し、お互いの事情を理解し合い、成熟した関係をつくっていくことが必要だ」と神田次長はいう。

特に②と③は知恵の絞りどころだろう。日本にはまだ知られていない素晴らしい場所があるし、桜の開花も地域によって時期が違う。こうした細かなオペレーションを日本とは事情の異なる海外の旅行関係者に了解してもらうのは大変なことだと思うが、まずは訪日旅行における最先行市場である台湾との間でひな型をつくることから始めるべきだろう。

この夏を控え、事態はもはや待ったなしの状況だからだ。何より今回明らかになった日本のインバウンドの弱みを国内の異業種や自治体関係者にも広く理解してもらい、全体で協力しながらカバーし、てこ入れしていくような新しい施策や取り組みも期待したい。

※やまとごころ特集第2回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_02.html

【追記】
2015年のGW中に新たなインバウンドバス事故が発生しています。以下参照。

中国ツアー客を乗せたバス事故の背景には何があるのか?(静岡県浜松市のケース)(2015年 11月 17日)
http://inbound.exblog.jp/25097650/
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by sanyo-kansatu | 2014-06-18 21:35 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
Commented by とり at 2014-06-21 06:00 x
ドライバーにまともな給料が払われないうちは難しいでしょうねぇ。


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