ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2014年 09月 20日

格安&仰天!中国「春秋航空」のおもてなし(プレジデント2014.9.29)

ビジネス誌「プレジデント」2014.9.29号で、春秋航空日本について書いています。中国資本のLCCがなぜ日本で法人設立に至ったのか。彼らはこの先、どんな戦略を描いているのか。以下、掲載記事を公開します。

「うちの広告宣伝費は0円なんです」
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「お代わりはいかがですか」

客室乗務員から訊ねられ、思わず2杯目を頼んでしまった。機内サービスで提供されるカフェ・カリアーリ社のコーヒーは100円で飲み放題。イタリアの地方都市モデナにある1909年創業のエスプレッソブランドで、日本国内ではわずか10数軒の認証店でしか味わえないそうだ。
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日本で4社目となるLCC(格安航空会社)の春秋航空日本(通称「スプリングジャパン」)の成田・佐賀線の初就航便に乗った。機体はボーイング737-800型機で全席エコノミークラスの189席仕様。ANAの同じ機体が176席だから、詰めて乗せるぶん、シートピッチは確かに狭い。もっとも、ボーイングの新造機の真新しいシートの座り心地は悪くないし、1時間半のフライトだ。「LCCは既存の航空会社とは別の乗り物」と割り切ることにする。
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同社の親会社は中国発LCCの春秋航空だ。日本の消費者の中国クオリティに対する信頼は極めて低い。搭乗前には安全面もそうだが、中国系エアライン特有の機内の雑然とした雰囲気や明らかに日系に劣るサービスが気がかりだった。
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離陸後、しばらくすると機内サービスが始まった。就航地の広島や佐賀のご当地ドリンクなどと一緒に販売されていたのが、前述のコーヒーである。客室乗務員は全員日本人。緊張した面持ちの彼女らのサービスは他の日系となんら変わらない。機内アナウンスも日本語と英語のみ。当初の予想に反して、まるで中国色の完全打ち消しを図ったかのような初就航便だった。

春秋航空日本の設立は2012年10月。同社は今年8月1日、成田と広島、佐賀、高松を結ぶ3路線で運航を開始した。これまでエアアジアなどの外資が国内線に参入したが、中国資本によるLCCの日本法人設立は初めてのことだ。はたして日本の消費者は春秋航空日本を受け入れるだろうか。

春秋航空日本が日本標準のエアラインとしてデビューした背景について、同社経営企画室の長谷川久仁江副室長は「我々はあくまで日本の会社。日本で当たり前のサービスの基準はクリアしたかった」という。実際、同社は中国から出向している数人の役員を除くと、パイロット20人、客室乗務員49人、すべて日本人社員で構成されている。

長谷川副室長によると「財務やマーケティングは中国側が仕切るが、人事や総務、営業、特にサービス面については日本側に任されている。中国的なサービスでは日本の消費者を満足させることはできないことを中国側はよく承知しており、むしろ日本のサービスを中国側に逆輸入したいと考えている」と語る。

法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科の小川孔輔教授は「(春秋航空日本の中国色打ち消しは)トヨタがレクサスを米国市場に販売する際のブランド隠し(出身国のイメージを消す)と同じで、ブランド戦略的には正しい」と評価する。

それでも、社内では中国側の営業戦略の考え方に戸惑うこともあったという。なぜなら、同社では宣伝広告費を一切かけないよう指令されているからだ。これは同じLCCのジェットスターとは対照的だ。設立直後、大手広告代理店が何度か訪ねてきたが、「うちの広告宣伝費は0円なんです」と説明するほかなかったと長谷川副室長は苦笑する。

親会社の春秋航空はなぜそこまで広告宣伝費に対してシビアなのか。ひとつには春秋グループ創業者の王正華会長が稀代の倹約家で、「教育と安全面のコスト以外は徹底してムダを省く」社風にある。同グループのコスト削減の徹底ぶりは中国でも有名だ。上海虹橋空港にある本社ビルでは、昼間は社員に照明や冷房は使わせないという。実際に訪ねたところ、その話は本当で、オフィスは暗いし、暑かった。
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理由はそれだけではない。春秋航空は初の国際線として10年7月に上海・茨城線を就航。続いて高松、佐賀、関空と日本路線を拡充し、今夏初めて上海以外の重慶、武漢、天津から関空線を就航させている。日本以外の国際線も、タイやカンボジア、シンガポールなど東南アジアのレジャー路線を中心に17空港と新規路線を着々と開拓。今年8月現在、国内41空港、106路線を有する中国最大LCCだ。同社は04年の設立後1年目で黒字化に成功したことから、LCCのマーケティングに絶対の自信を持っている。春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長は、その理由として以下の点を挙げる。

①チケットはすべてネット販売
②1機あたりの1日の運航時間を11時間にする(通常は9時間)
③座席数は180とする(通常は157)
④オフィスビルは質素にするなど、余計なコストをかけない

黒字化の背景には、ネットに習熟した中国の消費者がいたのだ。この点、日本の消費者は旅行会社による航空券流通が普及しているぶん、ネット販売のみでは集客が難しい面がある。それはエアアジアと全日空が販売戦略上の不和から合弁を解消した理由だった。

さらにいえば、春秋航空の母体の春秋国際旅行社は国内・海外を合わせた旅行取扱人数・売上ともに15年間連続1位(13年)という中国のナンバーワン旅行会社であり、上海を中心に全国に販売ネットワークを展開。中国では圧倒的な知名度を誇っているため、中国側の首脳部は「ネット販売だけで十分」との判断を下したと考えられる。

だが、春秋航空日本の社内では当初から「日本では我々には知名度はない。広告宣伝費を使わずどうやって営業活動すべきか」という危機意識があったという。結果的には、それが運航先の自治体や地元企業からのサポートや協力を最大限活用するという営業スタイルに結びつくことになる。

同社の営業担当者らは、他の先行するLCCとの差別化のために「アイデア会議」を立ち上げた。そこで議論されたのは「我々にできることは何か。スターバックスを300円で提供しても差別化にはならないだろう」。そんな折、提携先のJTBから前述のイタリアンコーヒーの輸入販売元を紹介してもらい、導入を決めた。「LCCの機内サービスは有料が基本だが、100円ならお客さまにも抵抗はないだろう。飲み放題にしたのも、わずか1時間半のフライトで何杯もお代わりする人はいないだろう」とのしたたかな計算からだ。

それ以外の機内サービスや販売商品は、運航先の地元企業の地産品を採り入れることにした。広島醸造の「カープチューハイ」などが売れ筋だそうだが、同社の販売品目一覧を見ると、まるで「空飛ぶ道の駅」だ。これも前述の「アイデア会議」から生まれた方針で、「福岡や新千歳といった主要路線ではなく、地方路線に運航する我々は機内サービスにも地方色を出していきたい」(長谷川副室長)と考えたからだった。

前述の小川教授によると「(春秋航空日本の地元と組んだ地方色打ち出しは)サービスの現地化という意味で効果がある。これは中国イメージの打ち消しにも役立っている。100円飲み放題も、すでに日本の消費者にとってなじみのあるファミリーレストランのドリンクバーのスタイルを真似ていることから、スマートなやり方」だという。

運航を軌道に乗せるには、首都圏だけでなく、就航地の乗客を増やすことが不可欠だ。地元テレビ局の番組でのPRも自治体の強いサポートがあったという。背景には、地方空港を運営する自治体の事情がある。全国の地方空港の赤字問題は深刻で、利用者促進と新規航空路線の誘致は大命題となっている。上海万博が開催された10年前後、春秋航空を誘致しようと全国の自治体関係者がこぞって上海詣でをしたのもそのためだ。全国の半分近い都道府県が同社に足を運んだという。

春秋側にとって就航先の選定は「自治体がコスト削減のためにどこまで協力してくれるかが条件」(孫部長)だった。古川康佐賀県知事は、上海線の誘致に佐賀空港が成功した理由について「佐賀県は早い時期から県庁職員が一丸となって空港セールスに取り組んできたことが評価された」と語る。その取り組みとして、佐賀空港では航空便利用者に限り最初の24時間を1000円でレンタカーを貸し出すキャンペーンや、県内および福岡県南西部で片道1000円~2000円のリムジンタクシーの運行を実施している。低価格のフライトを享受するLCC利用者にとって、空港までの交通アクセスは課題だが、その解決に向けた地方空港の取り組みはLCCの集客を後押しする。こうした双方の持ちつ持たれつの協力関係も、春秋航空日本の「お金を使わないで何とかする」営業スタイルを支えているのだ。
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初就航から1か月、佐賀・成田便の搭乗率は約70%と地元では順調な滑り出しとの声も聞かれるが、春秋航空日本の今後の見通しについては厳しい見方も多い。航空業界に詳しいバークレイズ証券の姫野良太氏は「成田を拠点としたLCCが軒並み苦戦するなか、需要を見込めない地方都市への新規就航はハードルが高い」と語る。オリンピック開催で今後さらに東京一極集中が進むことが予測されるなか、高まる羽田需要に対して成田発着組がどこまで対抗できるのか。低価格が売りのLCCのビジネスモデルは、運航回数と搭乗率にかかっている。昨年唯一黒字を出したのは関空を拠点にしたピーチ・アビエーションのみというのが実情で、日本の航空市場におけるLCCシェアは5%にも満たない。

では春秋航空日本は今後の展望についてどう考えているのだろうか。それを知る糸口になるのが、親会社の春秋航空が日本への国際線の運航に事足りず、法人設立まで考えた理由である。
 
春秋航空日本の王煒会長は率直にこう語る。「日本法人を設立した目的は、日本から国際線を飛ばすことにある」。これはどういう意味なのか。

「LCCである春秋航空は中国でも北京など主要空港にはなかなか乗り入れできない。同じ制約は日本にもあるが、中国から乗り入れの難しい成田や羽田を利用するには、日本法人の設立が不可欠と考えた。これは茨城線就航後、すぐに考えたことだった」。

年間9000万人の中国市場をつかめ

中国から飛ばせないなら、日本から飛ばせばいい――。「国進民退(国有企業が増進し、民間企業が縮退する現象)」が進む中国で、ナショナルフラッグに比べ立場の弱い民間航空会社には、自国市場に執着しない複眼的な発想が求められるのだ。
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春秋航空の関係者が直近で注力しているのは、成田からの国際線の就航である。成田空港の就航セレモニーに出席した春秋グループ創業者の王正華会長は「中国から多くの観光客を呼び込みたい。我々は日本経済に貢献したい」と大胆に呼びかけていたが、日本法人設立の背景には国内需要のみならず、訪日旅行需要の取り込みがあるのだ。

その裏づけとなるのは、いまや年間9000万人超と世界一の規模となった中国の海外旅行市場だ。中国では、北京オリンピックが開催された08年前後に、インバウンド(外国人の中国旅行)からアウトバウンド(中国人の海外旅行)への市場の逆転が起きた。中国人の海外旅行時代の幕開けは、日本の観光立国政策にも影響を与えてきた。

13年、訪日外国人旅行者数は初の1000万人を突破。日本政府観光局(JNTO)によると、今年上半期も前年同期比26.4%増の626万400人と過去最多だった。背景には円安やアセアン諸国のビザ緩和があるが、昨年の反動で大幅回復している訪日中国人による押し上げも大きい。春秋航空が日本路線を加速する背景もここにある。

ところが、この数年の外国人旅行者の急増で、日本の外客受け入れ態勢の構造問題が露呈し始めている。端的にいえば、観光バスとホテルの客室不足である。今春「雪の壁」が人気の立山アルペンルートツアーで、予約を申し込みながら日本行きを断念した台湾客が続出した。今夏も外客の手配を行う旅行業者の多くは、アジアからの訪日客の受け入れをお断りしているのが現状だ。これではいくら日本の魅力を海外にPRしても意味がない。

この構造的な問題を解決するためにはインフラ整備が欠かせないが、短期的には、東京・大阪「ゴールデンルート」に見られる訪問地の偏りや、桜、夏休み、紅葉といった旅行シーズンの集中を分散化させ、団体旅行から個人旅行への転換の促進が求められている。

ひとつの解として期待されるのが、春秋グループの訪日旅行戦略だ。それは、拡充する春秋航空の日本路線と春秋航空日本の国内線を組み合わせた旅行ルートの多様化である。こうして中国客の訪問地の分散化が本当に起こるとすれば、歓迎すべきことである。
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春秋航空の上海・茨城線の就航直後、尖閣諸島沖漁船衝突事故が起こり、日中関係は悪化の一途をたどった。ところが、春秋航空は日本路線の運航を東日本大震災後の一時を除き、一度も中止していない。ビジネスが政治に翻弄されがちな中国で、国有企業に比べ立場の弱い民間企業が伸していくには、徹底した顧客目線とブレない姿勢が求められる。JTBとの提携や春秋航空日本の設立も「日中の人材交流を通じて日本のおもてなしや安全基準を取り入れる」(王煒春会長)ことが意識されている。日中は補完しあえるのだ。

春秋航空日本の国内線参入によって日本のみならず世界の空をどう変えていくのか注目したい。

ひとつだけ、私が日本でもやってみようと考えていたこと
春秋航空日本 王煒会長インタビュー

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国内線3路線の初就航にあたって、我々は春秋らしさを押し出すよりも、まずは日本のお客様に安心して乗っていただくことを第一に考えていました。ただし、ひとつだけ日本でもやってみようと考えていたことがありました。中国の春秋航空ではエコノミークラス症候群の予防のため、着陸の約30分前に客室乗務員がお客様と一緒にストレッチ運動を実施していて、これを「春秋体操」と呼んでいます。太極拳の動きを彷彿させるのでしょうか、お客様に強制するものではありませんが、私が乗った便では、体操が終わると、機内で拍手が起こりました。我々のやり方が日本でも受け入れられたような気がして思わず笑顔になりました。
 
1998年に留学生として来日した私は、卒業後日本企業に就職し、上海事務所に勤めていました。当時父(王正華会長)の会社で働く考えはなかったのですが、2011年3月、東日本大震災が起きたとき、上海・茨城線がこのまま運航できるのか現地視察に行くと父が言い出したので、年老いた父にそんなことはさせられないと、代わりに私が会社を休んで茨城空港に向かったことが、現在の仕事に就くきっかけとなりました。

春秋グループは、母体が旅行会社ですから、レジャー路線の開拓に注力していること。航空部門と旅行部門が対等な関係にあることが特徴です。運航先は両者の協議で決めます。

今年8月から上海に新設した人材訓練センターが稼動しています。日本からも教官を招き、自社によるパイロット育成や人材交流などを始めています。こうして日本の高いサービスや安全基準を取り入れていくことが、我々の国際戦略にとっても重要であると考えています。
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by sanyo-kansatu | 2014-09-20 16:02 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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