ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2014年 12月 03日

ハルビンで“出戻り”ロシアの味覚に出合う

中国黒龍江省の省都ハルビンは、19世紀末にシベリア鉄道の要衝として建設された都市です。いまでは人口1000万人にもなろうとしている大都市ですが、100数年前は小さな村でしかありませんでした。

20世紀初頭、8000㎞も離れた欧州からこの地に現れたのは、ロシアの将校や軍人、シベリア鉄道の技師、百貨店の経営者、木材を扱うユダヤ商人などさまざまな人種でした。その結果、ハルビンは「極東のパリ」とも呼ばれる多国籍都市になりました。

新中国建国後、この地に暮らしていたロシア人や外国人たちは徐々に姿を消します。ぼくが初めてハルビンを訪れた1980年代半ば頃には、そんな華麗な略歴がウソのような、暗くよどんだ埃まみれの北方の田舎都市へと変わり果てていました。

ところが、2000年代以降の中国東北部の経済成長でロシア人ビジネスマンや旅行者、留学生などが再びハルビンに現れるようになりました。

いま、ハルビンでは“先祖返り”が起きているのです。

そんなハルビンに来たら、ぜひ味わってほしいのがロシア料理です。
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今年7月中旬、夕暮れ時を迎えた松花江のほとりにあるロシア料理店「カチューシャ」を訪ねました。
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店内は木のぬくもりを感じさせるシックな内装で、アットホームな雰囲気を味わいながら食事が楽しめます。
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人気メニューはカツレツやロールキャベツ、ボルシチなど。ワインやシャンパンはもちろんロシアモノですが、ウエイターのイケメン青年ワーリャさんもイルクーツク出身です。
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このちょっといかつい男性がオーナーの李宏南さんです。店の名「カチューシャ」は彼の奥さんの名前から採ったそうです。奥さんはハルビンのはるか北方、シベリアのヤクーツク出身のロシア人で、留学先のこの地で地元出身の李さんと知り合い結婚。本場のロシア料理を出したいという彼女の思いから、2006年家族経営の小さな店を始めたといいます。
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奥さんの故郷ヤクーツクはタイガの中で冷凍保存されていたマンモスが発掘されたことで有名です。実は、お産のため里帰りしていた彼女とはお会いできなかったのですが、ご主人に写真を見せてもらったところ、ロシア系ではなく、シベリアの北方民族の女性でした。
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ロシア料理店「カチューシャ」
ハルビン市道里区中央大街261-1号

もう一軒のロシア人経営のレストランが「アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)」です。
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店内はハルビン在住の欧米人や地元客でにぎわっていました。おすすめ料理はロシア風餃子のペリメニやサーモンのソテーなど。ウォッカやロシアビールも味わえます。
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この店では毎晩19時からライブがあります。ステージに立つ彼女はロシア人歌手のKSENIAさん。
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この店のシェフはもちろん、3人のウエイトレスはすべてロシア人です。ウラジオストク出身のSVETAさん(右)とヤクツーク出身のMARINAさん(左)。MARINAさんはブリヤート系ロシア人で、元留学生だそうです。
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「20世紀初頭、ハルビンには多くのロシア人が住んでいた。だから、私たちにとってハルビンは親しみのある町なのよ」。同店のロシア人女性マネージャーは店を開いた理由をそう語ってくれました。彼女もウラジオストクから来たそうです。この店も2006年開業です。

同店ではロシア食材の販売も行っています。
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アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)
ハルビン市開発区赣水路183号

半世紀を経てハルビンに姿を現し始めた彼らは、“出戻り”ロシア人といっていいでしょう。おかげで正真正銘のロシアの味覚に出合うことができるようになったのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-03 17:50 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)


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