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2014年 12月 27日

牡丹江に残る満鉄社宅、再開発による撤収は間近か

牡丹江は中国黒龍江省南東部を代表する人口90万人ほどの都市で、ロシア国境の町・綏芬河や延辺朝鮮族自治州の延吉、北部の鶏西方面などへ向かう鉄道の乗継の基点です。1000年以上前にこの地に栄え、日本との交易の歴史もあった渤海の王都のひとつ、上京龍泉府遺址が近くにあることで知られています。

このまちの都市建設は20世紀初頭の東清鉄道の敷設に始まります。ロシアがハルビンからポグラニチヌイ(綏芬河)までの鉄道建設を着手した際、その沿線を流れる牡丹江(満洲語で「曲がった川」を意味する「ムーダンウラ」の漢語読み)を駅名にしたことが由来です。

もっとも、都市の基礎は日本統治時代に造られました。満州国時代は北満開発の中心地となり、多くの日本人が移り住んでいました。なかにし礼の小説『赤い月』は日本の終戦前夜の牡丹江が舞台のひとつとなっています。1945年8月9日のソ連軍の侵攻により、多くの日本人がこの地で亡くなっています。

牡丹江駅の南西部に、現在も満鉄社宅が残っています。場所は「天安路」です。大連にも多くの日本家屋や満鉄の社宅が残っていますが、同様に家屋の老朽化が進み、住人はほとんどいないようです。
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実は、ぼくの祖父も、同年7月の民間人に対する強制的な徴兵によって牡丹江の部隊に配属され、牡丹江郊外の液河であっけなく戦死しています。

そうしたことから、ぼくは何度か慰霊のためにこの地を訪れています。黒龍江省の一地方都市ということで、10年前くらいまでは中国の目覚しい発展ぶりからは取り残されていた印象がありましたが、今回久しぶりに訪ねて、市街地の周辺に林立する高層マンションラッシュを目にし、ついに不動産開発の波がこうした辺境地域にまで及んでいることを実感しました。
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この豪奢なビルは牡丹江市の新市庁舎です。中国の地方都市は、どこでもこういう状況で、正直なところ、危なかしくってたまらない気がします。

牡丹江に残る満鉄社宅も、再開発による撤収は間近のようです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 08:42 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)


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