ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2014年 12月 29日

延辺朝鮮族自治州60周年にできた延辺博物館と朝鮮族の冷めた関係

延辺博物館は、2012年9月の延辺朝鮮族自治州創立60周年を記念してオープンした文化施設です。場所は、延吉市(中国吉林省)の市街地西部に位置する朝陽川空港の近くで、現在進められている大規模な新都市建設区域にあります。
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延辺博物館
http://www.ybbwg-china.org
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まるで平壌の人民文化宮か!? と見紛うばかりの朝鮮風の大講堂で、3階に分かれた展示コーナーでは、吉林省東南部にあたる延辺地方の歴史を扱っています。大きく3つに分けると、古代史、朝鮮族が入境して以降の近現代史、そしてお約束の抗日プロパガンダ史です。

まず2階の近現代史のコーナーですが、かつて間島と呼ばれたこの地に朝鮮族が大挙して入境した19世紀後半以降の歴史や独自の民俗文化、生活習俗などを、実物大蝋人形を多用しながら、わかりやすく展示しています。
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最近新設される中国の博物館はどこも蝋人形だらけということにお気づきの人もいるでしょう。こんな子供だましみたいな展示には価値がない。そう思われる人も多いかもしれませんが、ぼくはそんなに嫌いではありません。カラフルな衣装を身に付けた朝鮮族たちが遊び戯れる姿は、それが史実にどれだけ合うかどうかはともかく、とっつきやすいし、見ていて楽しいものです。
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朝鮮文化の根幹にかかわる「族譜」や伝統的な儒教道徳に関する展示品なども置かれています。
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この地に稲作を根付かせた農耕に関する展示も。
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なにしろ中国で最もふっくらおいしいお米がとれるといわれる延辺です。いまでも延辺では人の手で田植えをする姿が見られるのですが、実際には農民の大半は漢族といわれています。

さて、延辺博物館の評価をどう考えるかですが、そもそも朝鮮族を主人公にしたわずか100年そこそこの近現代史を語ろうとしても、価値のある展示物をあれこれ探し出すこと自体にそもそも無理があったというべきかもしれません。そこで蝋人形を使って朝鮮族の民俗風習を描こうとするのは、ある意味仕方がないのでしょう。でも、当の朝鮮族の人たちはこの展示をどう思っているのでしょうか。

この博物館を案内してくれたのは、日本留学経験もある30代の朝鮮族の姜さん(男性)でしたが、彼はここにぼくを連れてくるのはあまり気乗りがしないようでした。特に、抗日プロパガンダ史のコーナーの前では「ここは見なくていいですよね」とスル―しようとしたので、「まあそう言わず」と入ってみたのですが、見せるべき展示品が少ないせいか、相変わらずおどろおどろしい写真で埋め尽くされていました。
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このコーナーの見せどころは、雪原で戦う抗日義勇兵の蝋人形の展示でしょうか。
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それでも、朝鮮族が最初に開拓した20世紀初頭の龍井のまちを蝋人形を使った展示では、背景のスクリーン画像に当時の間島日本領事館らしき建物が写っていて印象的でした。
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中国東北地方には土地柄、この手のプロパガンダ施設は山ほどあります。これは朝鮮族には限りませんが、友好的な中国人の多くは、日本人にはこの手の場所はなるべく足早に立ち去らせようとするところがあります。なぜって、こんなに生々しく陰惨な展示を見終わったあと、お互い何事もなかったかのようにふるまうのは難しいのが人情だからです。

特に朝鮮族の場合、中国国民として日本を悪者に仕立てるのは仕方がないとしても、共産党の治世が70年近く続くなか、漢族だってずいぶん我々にひどいことをしたじゃないか。そういう気持ちを内心に秘めていると感じることがあります。

さらに、前述した近現代史の展示を見ていて、いまさらながら感じるのは、漢族のまなざしは明らかに朝鮮族を少数民族という下位民族とみなしていることです。雲南省あたりの少数民族と同様に、蝋人形の展示でお茶をにごされている、という言い方だってできるでしょう。
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実際延辺の歴史なんてそんなところじゃないかという話はありますが、自尊心の強い朝鮮族の人たちにとって、これは内心屈辱的なことではないでしょうか。現在、延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族の比率が3割にまで低下している背景にも、この地と自らの来歴に自信が持てないこと、すなはち民族的、歴史的にみて誇れるものを博物館に展示することができない彼らの無力感があるように思います。

さらに、朝鮮族に複雑な思いを引き起こさせるものに、3階の石器時代から始まる古代史のコーナーがあります。ここは撮影NGでした。理由は、7世紀末にこの地に君臨した渤海の遺跡から発掘された文物の展示と関係があります。

実は、延辺地方で発掘された渤海の重要な文物の多くは撤去されていたからです。そのほとんどは吉林省の省都である長春の博物館に持っていかれたのだろうということです。同じことは黒龍江省でも見られました(→奈良・平安時代に日本と交流していた渤海国の都城跡(上京龍泉府遺址)http://inbound.exblog.jp/23955554/)が、それを物語るように、渤海の展示スペースには、空のガラスケースと解説パネルだけが残っていました。

「こういう姿をお見せするのは恥ずかしいことです」と彼は言いましたが、これも渤海が中国の「地方政権」であると主張する政府の意向によるものだと考えられます。「地方政権」である以上、貴重な文物は地方ではなく、省都にある上位の博物館に展示するべきである!? でも、本当は同族である韓国人が多く訪れる延辺の地に、彼らの歴史論争に火をつけかねない文物を置いておきたくないということではないでしょうか。

実際、延辺にあるふたつの渤海遺跡(西古城、八連城)は、現在フェンスで囲まれ、外国人の訪問が許されていません。

渤海国の遺跡を隠したいのは誰だ?
http://inbound.exblog.jp/23955813/

ぼくはこれらの展示をみて、これまで述べたようなことも含め、朝鮮族の彼が館内を案内するのを気乗りしなかった理由、すなはち延辺博物館と朝鮮族の冷めた関係をあらためて理解したのでした。この博物館の名称をめぐって、オープン前の12年当時論争があったそうですが、地元が主張する「中国朝鮮族博物館」という名称は却下され、現在の名称になったそうです。当局は民族名を残したくなかったということでしょうか。

さて、近現代史のコーナーの最後には、これもお約束ともいうべき躍進する延辺経済を標榜する展示がありました。現在着工中の高速鉄道がついには長春から琿春まで延伸されるといいます。これまで夜行列車を使っていた延辺と長春の移動がわずか3時間でつながるわけです。
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この写真の人物は、以前の自治州長です。延辺自治州政府のサイトによると、現在の州長は李景浩という人です。
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延辺朝鮮族自治州政府
http://www.yanbian.gov.cn/

今年7月延辺に来て、延吉市の郊外のインフラ開発がすごい勢いで進んでいることを実感しました。仁川経由のフライトで現地入りしたのですが、着陸前の眼下に広がる市の西方の巨大なマンション建設群がそれです。これは延辺大学などがある旧市街から西へ10数km離れた場所で、まったく新しい都市が生まれようとしているように見えました。
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これは延吉市に限ったことではなく、多くの中国の地方都市で旧市街から離れた場所に新都市(新区)開発が進められています。そこには無数のマンションが林立しており、豪奢な市庁舎はいち早くそちらに移っているようです。

こういう中国式ニュータウンの生成を見るにつけ、いつも思うことがあります。いったいこれは誰のためのニュータウンなのだろうか。それとも、意地悪く言えば、これが世にいう地方政府の債務増大を象徴する光景ということなのか。

中国の地方開発はどこでもこんな感じです(まちづくりの観念は欠落。不動産販売が優先)
http://inbound.exblog.jp/20618946/

はたしてこれから延辺はどう変わっていくのでしょうか。これからも見届けていくことしたいと思います。

ちょっと古い情報ですが、この地域の概要をつかみたければ、ジェトロの発行している「延辺朝鮮族自治州概況」(JETRO2012年 5月 )が参考になります。
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/tohoku/pdf/overview_yanbian_201205.pdf
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by sanyo-kansatu | 2014-12-29 11:33 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)


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