ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 01月 17日

大連満鉄旧跡陳列館では満鉄総裁室を公開しています

日露戦争後、日本が満洲(現・中国東北地方)で運営した半官半民の国策会社「南満洲鉄道株式会社(満鉄)」の設立は1906年11月26日。翌07年東京から大連に本社を移転しましたが、その100周年という節目にあたる2007年9月、旧満鉄本社屋(現・瀋陽鉄道局大連鉄道事務所)内にいまも残る旧満鉄総裁室と会議室の復元と開放が実施され、「大連満鉄旧跡陳列館」として見学可能になりました。
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満鉄の初代総裁は台湾の民政長官として殖産興業による経済政策が評価されたことで起用された後藤新平です。後藤が使った総裁室は建物の2階にあり、46㎡ほどの広さ。当時の机やイス、歴代総裁の写真パネルなどがぽつんと置かれているきりですが、関係者によると、写真資料をもとに元どおりに配置したそうです。歴代の総裁の顔写真も展示されています。
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大連の古い絵はがきの中にあった総裁室の写真です。当時こういう場所を公開したとは思えないのですが、日本の国旗が背後に見えるので、いつ撮られたものか不明です。
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隣の展示ホールは天井の高い164㎡もの空間で、満鉄史を紹介する写真パネルや当時使われた「満鉄」ロゴ入りの食器や徽章、マンホールなどが置かれています。
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もともとこの本社屋は日露戦争直前のロシア統治時代に学校として建てられた建物を満鉄が修築し、1908年に完成させたものです。展示室は学校の礼拝堂だったもので、満鉄時代は会議室として使われていたようです。

満鉄の金庫室も参観可能です。
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満鉄本社は終戦後、大連市の鉄道局事務所として使われてきました。これが「大連満鉄旧跡陳列館」の入口で、この重厚な建物の西翼の一部を改装したものです。
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玄関を入ると、当時を思い起こさせる華麗なロビーがあります。
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展示は2階で、この看板が掲げられています。
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ちなみにこれは現在も残してある満鉄ロゴ入りマンホールです。
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もともと満鉄の旧総裁室や関連資料は非公開とされていました。陳列館の復元と開放に向けて尽力したのは、日本人客の受入を行っている地元の旅行会社です。これまで日本から多くの人が訪れています。その中には、村山元総理の名もあるそうです。

さて、中国側が復元した満鉄本社と関連陳列物を見る価値がどこまであるのか疑問に思う方もいるかもしれません。ぼくはこの種の施設を参観する際、歴史の実証性ではなく、彼らがどのように歴史を描いているのか。そこに注目することにしています。

満鉄の歴史的存在からみれば驚くほど、いやはっきり言って話にならないほどささやかな展示品についてはひとまずおいて、彼らのこしらえた展示パネルをざっと見てみることにしましょう。題して「満鉄歴史画像展」です。
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全体は4部構成になっています。第1部は「満鉄の創立と任務」です。展示では、日清戦争、その後の三国干渉によるロシアの租借化、日露戦争を経て満鉄設立に至る歴史をおさらいします。
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第2部は「満鉄の経営と拡張」です。満鉄による鉄路と港湾の構築、ホテルや医療機関、公園や温泉など日本人のためのレジャー施設の開発、満鉄調査部の設立と各種研究機関や図書館、新聞の発行などを解説しています。ここだけ見ていると、大連と満鉄沿線が名実ともに近代空間へと変貌していくさまがよくわかります。
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もっとも、「教育機関の発展と中国人に対する奴隷化教育の推進」といったパネルも差し込まれています。
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第3部は「満鉄の略奪と搾取」です。ここでは東北地方の大豆や木材などの資源を搾取し、中国人労働者を酷使する満鉄が描かれます。
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第4部は「満鉄の衰退と末日」です。そこでは中国人による抗日闘争によって日本が敗戦し、大連が開放されるさまが描かれます。
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すべてのパネルを紹介したわけではありませんが、満鉄の歴史を概ね公平に解説した展示パネルではないかと思いました。他の中国の都市の歴史展示で見られるように日本を悪の権化としてのみ描くのでなく、大連の近代の発展が満鉄によって推進していったことはそれなりにわかるように解説されているからです。彼らの立場に立てば、満鉄は「略奪と搾取」をしたのであって、主人公は中国であったと自らの近代史を語るのは当然のことでしょう。

この展示で面白いのは、満鉄の各路線の当時の駅舎や各種機関車などの写真もあることです。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-17 16:22 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)


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