ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 01月 25日

通訳案内士の第一人者、ランデル洋子先生の語る「求められるガイド」とは

訪日外国人旅行者の増加に伴い、活況が伝えられるインバウンド業界ですが、かねてより多くの関係者が危惧している懸案のひとつに、通訳ガイド問題があります。

これは単なる通訳ガイド不足という話にとどまりません。ガイドの質や待遇、市場とのミスマッチングとそれをもたらした制度上の問題を含めた現実的な解決が求められています。問題の詳細についてはおいおい触れていくとして、東京五輪開催も決まり、ますます多くの人材が必要とされるなか、通訳ガイドの仕事の現場はどうなっているのか。いま求められるガイド像とはどのようなものか。第一人者であるランデル洋子先生に先週、話をうかがうことができました。

当初取材をお願いした際、ぼくの先生に関する認識は、以下の通訳案内士団体の理事長というお立場でした。

NPO法人GICSS研究会
通訳ガイド&コミュニケーション・スキル研究会 理事長
http://www.gicss.org

ランデル洋子先生
http://www.randells.jp/president.html

名古屋市出身。南山大学英語学英文学科卒業。国際ロータリ財団奨学生として、ノーザンイリノイ大学に留学。YMCA英語学校などの英会話講師、通訳ガイド、海外旅行添乗員・海外駐在員・ツアーオペレーター、一般通訳翻訳業務など幅広く活動。

1980年にバイリンガル人材の派遣会社を設立し、1992年までに代表取締役。外国企業数社の日本代表業務を兼務。退職後に通訳、通訳ガイドとしての現場業務に復帰したが、その後は研修研究、執筆・講演活動、NPO法人主宰などで活躍中。日本を紹介する通訳ガイドの技術研鑽研究の基礎を築き、一方では国際プロトコルや、多様性対応コミュニケーション・スキルの研修など時代のニーズに応じた研修を提供しており、新入社員など大手企業の若手社員教育にも多く取り上げられている。(HPより)

同NPO法人は、通訳ガイドに求められるガイディングやコミュニケーションなどの研究や指導を行うために1999年に設立されたものです。HPによると、2014年現在会員は501名。会員にはタイ語を除く、9か国語(英仏独西露伊葡中韓)の通訳案内士が所属しています。

HPの内容で目を引いたのは、「新人通訳ガイド【実務】研修会」でした。そこにはこう書かれています。

「資格があるだけでは現場業務に繋がりません。資格+実務知識を習得しましょう。GICSSの新人実務研修は、即使える本物の実務力、ガイディングスキルが育成される定評のオリジナル特別研修です」

「無料説明会・講演会では、通訳ガイド業界の実態概要、合格後の資格の生かし方、実務の学び方、就業にあたっての注意点など合格者に必要な情報をご紹介します」

実は、ぼくはいま新しい時代の観光ガイドに関する書籍を制作中で、まさにそこが知りたいことでした。これはぜひお話をうかがわなければと思って取材を申し込んだわけです。

【追記】
これがその本です。

このたび『観光ガイドになるには』(ぺりかん社)を出しました(2015.8.6)
http://inbound.exblog.jp/24763487/

以下、先生との一問一答です。

――まず昨年8月に開催されたGICSS設立10周年記念イベント「第2回通訳ガイドコンベンション」についてお聞きしたいと思います。私は残念ながらこのイベントをあとで知ったのでうかがうことはできませんでしたが、案内には以下のように書かれていました。

GICSS設立10周年記念イベント「第2回通訳ガイドコンベンション」告知
http://www.gicss.org/9/img/event/20140831/2014-3.jpg

「心をつなぐ通訳ガイドに求められるコミュニケーション力とは?

活躍の場が広がりつつある通訳ガイドの世界! 魅力あるガイドのコミュニケーション力として求められているのは単なる知識情報の発信力だけでなく、お客様はもとよりビジネスパートナーや周囲の人的環境をつなぐ力。このコンベンションでは、国際的イベントが目白押しの日本を舞台に「世界に誇れる通訳ガイド像」を目指し、ガイド力アップのコツやヒントを楽しくご紹介します。通訳ガイド業務の獲得に関するホットな話題のあれこれや、業界で高く評価されているGICCSガイド研修の新メソッドもぜひ体験してください」。

プログラムをみると「オリンピックが視野に入ったインバウンドと通訳案内士、今後の課題と展開」というパネルディスカッションがありました。そこでは、観光庁の通訳ガイド担当者や旅行会社、バス、ホテルなどの関係者が一堂に会しています。どんな内容が話し合われたのでしょうか。

「通訳ガイドに必要なコミュニケーション力というのは、外国人に対するものだけでなく、現場のビジネスパートナーとの間にも求められるということです。バスのドライバーさんやホテルのスタッフ、また一般に通訳ガイドに仕事を発注する立場にある旅行会社の方たちとの現場でのやり取りや打ち合わせの場面などで何が求められているか。通訳ガイドの側もこうしたことを理解しておかなければならないのです。

実はちょうどいま、この内容を報告書にまとめているところなので、詳細についてはもう少しお待ちいただきたいのですが、たとえば、昨年バス業界で制度変更があった関係で、運転手さんの業務時間の制限などのルールが変わったことを通訳ガイドも知っておかないと現場で支障をきたすということを知りました。またホテルのコンシェルジュさんからは、ホテルにご宿泊の外国のお客様を案内したあと、通訳ガイドからフィードバックがあると助かる、というようなお話も聞き、なるほどと思いました」。

――「資格があるだけでは現場業務に繋がりません。資格+実務知識を習得しましょう」というのは、まさにそういうことなのですね。コミュニケーション力が問われるのは、外国客に対してだけでなく、国内のビジネスパートナーに対する理解や円滑な関係を築くことが通訳ガイド業者には必要不可欠だと。

「語学力が高いだけでは、通訳ガイドは務まりません。ガイドとしての資質や実務能力、体力も必要です。

GICSSでは毎年、通訳案内士の合格発表後に「新人【実務】研修会」を企画しているのですが、最近新しい傾向が見られます。これまで通訳ガイドの男女比率は男性3女性7といわれていましたが、昨年の受講生、つまり新人ガイドの男女比率が男性6女性4だったのです。

これらの男性の多くは現役をリタイアされた世代で、職歴をうかがうと、以前は名だたる多国籍企業で海外勤務をされていたとか、錚々たる方たちばかりでした。国際的なセンスや教養も高く、語学力にはまったく問題がないのですが、必ずしもこの仕事に向いているかどうかは疑問の方もいました。

たとえば、通訳ガイドは先ほど述べたように、バスの運転手さんや若い旅行会社の社員とのやり取りが多い。声をかけにくいような威圧的なオーラを放っているようなタイプだと、現場の仕事もそうですが、仕事の発注があるとは思えません。要は、能力ではなく、この仕事に対する基本姿勢の問題です。

そういう意味では、ライセンスを取得した方が、自分はこの仕事に向いているかどうかを見極めてもらうためにGICSSの研修に参加していただいてもいいと思います」。

――これは団塊の世代のリタイア後に起きた現象なのでしょうね。いま実際に通訳ガイドに従事しておられるのはどのような方が多いのでしょうか。

「通訳ガイド業界では高齢化が進んでいます。全体の4割が50代で最も多い。あとは40代と60代が2割ずつ、もちろん30代もいますが、まだ少ないです。なぜそうなるのかというと、通訳ガイド業だけでは生計を立てる保障がないからです。

通訳ガイドの仕事はいわば季節労働者。訪日する外国人は、一般に旅行シーズンの春と秋に集中します。そのため、夏と冬はどうするかという問題があり、若い世代の業界参入が難しくなっているのです。

実際、国家資格である通訳案内士の資格所有者のうち、就業しているのは全体の4分の1といわれています。多くは家庭の主婦で、趣味の延長として都合のいいときだけ通訳ガイドに従事するケースが多い。基本的に通訳案内士はフリーランス。それぞれの方が自分のライフスタイルに合わせて従事できる自由さが魅力ですが、こういう方は「お金はいくらでもいい」というようにおっしゃることも多いので、通訳ガイド全体のギャラの値崩れにつながるということもあります」。

――魅力的でやりがいのある仕事にもかかわらず、保障がないため、現役世代が従事することが難しくなっているのですね。しかし、時代的な要請もあり、通訳ガイドを志望する方は多いと思われます。どうすればいいのでしょうか。

「やはり兼業を勧めたいと思います。

私のこれまでの職歴について少しお話しましょう。私は名古屋出身で、大学時代にライセンス(通訳案内士資格)を取りましたが、26歳のとき、上京して通訳案内士としての仕事を始めました。当時は、訪日客の通訳ガイドだけでなく、日本人の海外旅行の添乗も兼業していました。春と秋は訪日客が多く、夏と正月は日本人の海外旅行が多いことから、1年を通じて仕事があり、スーツケースと一緒に暮らしていたといってもいいかもしれません。また英語学校の講師も兼任していました。日本の旅行会社の現地駐在員としてアメリカ西海岸で勤務していたこともあります。

そして29歳のとき、通訳ガイドの派遣会社を立ち上げました。現役の通訳案内士としての仕事も続けていましたが、この仕事はライセンスを取得しただけでは務まらないことを強く感じていたので、通訳ガイドのネットワークをつくるとともに、研修を通じて優秀な人材育成し、派遣しなければならないと考えたからです。

こうして私はいわばプレーイングマネージャーになったというわけですが、起業するかどうかは別にして、フリーランスとしての通訳ガイドが生計を立てていくには、語学力やコミュニケーション以外にも、営業マインドが必要ではないかと思います」。

――通訳ガイドをこれから目指す人たちにとって、ライセンスを取るための難易度が高いうえ、なってから職業として生計を立てていくことがさらに大変だとすれば、これはかなり覚悟のいる仕事だといえそうです。通訳ガイドの未来に向けた新しい動きは何かありませんか。

「昨年、TripleLights(トリプルライツ)という訪日外国人と通訳案内士を直接つなぐインターネット上のサービスが始まりました。このサイトの登場で、全国各地の通訳案内士が自分の提案するツアーを本人のコメント付き動画で紹介し、それを気に入った外国人と個別にやりとりしてガイド契約できるようになりました。GICSSの会員の中にも、登録している人がいます」。

TripleLights(トリプルライツ)
https://triplelights.com/

このサービスを提供しているトラベリエンスという会社とその代表に対するインタビュー記事は以下のとおりです。

“通訳案内士”による魅力的なツアーが人気!今、訪日旅行者が注目するサービス「travelience/TripleLights(トラベリエンス/トリプルライツ)」
http://smartbusiness.jp/news/2731
通訳案内士と旅行者をつなぐ新サービス、橋本CEO「ガイドのマッチングで世界一を目指す」
http://www.travelvoice.jp/20140630-22842

同サイトをざっとみたところ、多くの通訳案内士がそれぞれ自分の簡単なプロフィールや、自ら得意とする地元の案内やテーマについて英語で説明していました。こうしたプラットフォームの登場には新しい可能性が感じられます。これからは通訳ガイドも企画力やプレゼンテーション力が問われる時代になってきたといえそうです。

――これまで旅行会社や派遣会社を通しての仕事の受注が基本だった通訳ガイドのあり方が変わっていくかもしれませんね。自分の仕事をマネジメントする才覚も問われると思います。一方、通訳案内士をめぐる制度上の不備もずいぶん前から指摘されています。観光庁では、数年前から通訳ガイドのあり方をめぐって検討会が開かれていますが、先生のご見解をお聞かせいただけますか。

通訳ガイド制度(観光庁)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/tsuyaku.html

「私も先日、観光庁で開かれた検討会でお話申し上げてきたことなのですが、訪日外国人観光客が多様化するなかで、地域に即した通訳ガイドを特区ごとに設定することは必要だろうとは思うのですが、『通訳案内士』という名称は使わないでほしいと思っています。

一般に訪日客が増えて通訳ガイドが不足していると言われますが、実際に通訳案内士が不足するのは、クルーズ客船の寄港などで一度に大勢のお客様がいらっしゃるときや、一年でも春や秋など時期が集中していて、年中仕事があるというわけではないからです。東北地方にお住いの通訳案内士の方などは、『ガイドが不足しているのではない。仕事が不足しているのだ』とおっしゃっていましたが、地域によっても片寄りがあるなかで、ただでさえ“絶滅危惧種”と自嘲的にいわれている通訳案内士のプライドややる気をそぐことになってしまうことは避けてほしいと思っています」。

第2回「通訳案内士制度のあり方に関する検討会」(2015年1月20日)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/news05_000186.html

先生のご見解は、あくまで通訳案内士の多数を占め、これまで業界の主流をなしてきた英語ガイドの立場に沿ったものといえなくはありません。なぜなら訪日外客の5人に4人はアジア系である現状をふまえると、中国語や韓国語、タイ語などのアジア語系の通訳案内士を取り巻く状況は、さらに深刻というべきか、制度と実際のマーケットとの間に信じられないような乖離が見られるため、状況認識もかなり違っていると言えなくもないからです。解決の道筋も同じやり方でいいのか、関係者の苦悩が思いやられます。

先生は「通訳案内士は日本文化の発信者」であるとおっしゃいます。まさにおっしゃるとおりだと思います。自分が海外に取材に行くとき、優れた通訳ガイドにあたるかそうでないかによって現地で得られる情報の質や量はまったく違うので、その意味はよく理解できます。未熟なガイドにあたると、正直いって仕事にならないことさえあります。ガイドを見る目は、本来それほど厳しく、同じことは旅行でもいえるでしょう。日本の価値を正しく魅力的に伝えることのできる通訳ガイドの価値は国の宝といってもいいほどです。

たとえば、富裕層相手のガイドはまさにそう。こういうケースで活躍するのは選りすぐり通訳ガイドの方たちです。

日本滞在おひとり様100万円の富裕層旅行市場
http://inbound.exblog.jp/21754098/

そうした通訳案内士の役割の重さを考えると、制度的な保障は必要でしょう。社会における広い認知ももっと必要です。ヨーロッパはもとより、他のアジアの国々と比べても、日本はこの面で制度的に立ち遅れていることは、海外の旅行関係者からよく批判的に指摘されることなのです。

いずれにせよ、通訳案内士の制度問題を考えるうえで、訪日旅行に関わるさまざまな業界の人たちのコミュニケーションのあり方が大切のように思います。冒頭で触れた「通訳ガイドコンベンション」は、通訳ガイドの側から業界に対する理解を進めようとする取り組みであり、こうした積み重ねが大事だと強く思った次第です。

さて、最後にランデル洋子先生のもうひとつの顔について紹介したいと思います。ぼくはそのことをお会いするまで存じ上げておらず、大変失礼したとともに、とてもばつの悪い思いをしました。

それは先生がジャズ歌手でもあることです。

Yoko Randell(Jazz Vocalist)
http://jazz-yoko.randells.jp/

まさに通訳ガイド界のスターのような方だったのです。勉強不足でした。

まもなく出来上がるという「第2回通訳ガイドコンベンション」の報告書の内容を待つことにしたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-25 11:15 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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