ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 03月 30日

中国の新人類は日本の青空に魅せられている

桜の開花も始まり、中華圏からまた大勢の旅行客が訪れています。いつものように仕事場に近い新宿花園神社の向かいの交差点で信号待ちしていると、バスを降りた中国団体客がやって来ます。そこで隣に居合わせた中国客に「どっから来たの?」「江蘇省よ」などと話をしたあげく、ちょっと大げさに手を広げ「欢迎光临(ようこそ)」。皆さん満面の笑みを浮かべてくれる…なんて調子のいいことをついやってしまいます。

でも実は、最近、ぼくは喉の調子が芳しくありません。

もしや…。そこで日本気象協会の 「PM2.5分布予測」のサイトをみると、案の定、このとおり。中国大陸沿海部と朝鮮半島を中心にPM2.5の濃度が高くなっており、日本列島にも帯のように広がっています。
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2015.3.30 6時 PM2.5分布
http://www.tenki.jp/particulate_matter/

これはサイトの解説です。「※PM2.5分布予測では、分布傾向を弱い方から「ほぼ無(透明)」「少ない(濃い水色)」「やや少(薄い水色)」「やや多(黄緑)」「多い(黄)」「非常に(薄いオレンジ)」「極めて(濃いオレンジ)」で表しています。現時点では、PM2.5分布予測情報は、東アジアスケールで定性的に予測する精度はありますが、都市スケールの精度や定量的な精度について、まだ不十分な部分があります。都道府県内地域での予測値は、当該地域を含む広いエリアの平均値を表示しています。なお、予測情報では、濃度の数値は扱っておりません。自治体による観測値も合わせてご利用ください」。

もともと喉が弱く、冬場に中国出張に行くと、必ずガラガラ声になって帰ってくる始末ですから、ぼくは一般の人よりかなり敏感なのは確かのようです。「今日は喉にタンがからみやすいな」と感じる日は、必ずこのサイトをチェックして、なるほどこういうことか、と納得しているのです。

でも、先ほどの中国客の住んでいる江蘇省は、この分布図によると、PM2.5の「非常に(薄いオレンジ)」「極めて(濃いオレンジ)」のエリアにすぽっり覆われています。とてもぼくには住む勇気はありません。

実際、2月に訪ねた上海浦東地区の高層ビル街の空はこんな調子でした(正確な撮影日時は、2月12日午前8時50分)。大気汚染によって朝日さえかすんでいるのです。
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去年の春節当時、「洗肺游(肺を洗う旅行)」というのが流行語でした。中華網(www.china.com)によると、こういうことだそうです。

「洗肺游」は、空気がきれいな場所へ旅行し、肺をきれいにすること。2013年の冬、中国では多く地域が深刻なスモッグに見舞われ、空気がきれいな場所へ行く「洗肺游」が観光市場の新しいトレンドになった。国内の多くの旅行社と観光ウェブサイトでは、この「洗肺游」を企画、販売している。人気の「洗肺」地は、国内は三亜、アモイ、麗江、桂林、昆明、長白山、シーサンパンナ、貴陽、大理、黄山など。海外では、プーケット、バリ島、モーリシャス、チェジュ(済州)島、モルジブなどが人気である。

このきわめて自虐的な流行語は、当時、海外ツアーの宣伝コピーにもさんざん使われていましたが、流行語大賞も翌年になると口にする人がいなくなるのと同じ理屈で、さすがに1年たって時代遅れ感もあり、また当局にずいぶん苦々しい思いをさせたであろうことからか、最近はあまり聞かれません。少なくともネット上には見当たらなくなり、たまに街場の小さな旅行会社の店舗に置かれた売れ残りのツアーチラシに見られるくらいです。

この問題については、中国の大人はともかく、若い世代はそれなりに気にしているようです。これは13年11月、上海の莫干山路の芸術区「M50」にあるepSITE Epson Imaging Gallery(当時)に展示されていたある若い中国人アーチスト(張巧さん)の一連の作品です。タイトルは「工業革命」だそう。
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ちょうど「洗肺游」が流行語としてさかんに使われた頃のことでしたから、ちょっと面白いと思って撮ったのですが、その作風は告発的というよりウケ狙い的な感じに見えなくもありません。いかにも上海らしい腰の座らないスタンスというべきか。いまの中国ではこのくらいがせいぜいだろうかと思っていたら、今年3月上旬、中国で1億回以上もアクセスされたと話題になった元中国中央電視台キャスターの柴静さんのPM2.5告発動画『穹顶之下』が出てきて大いに期待しました。でも、案の定、あっさり当局によって閉鎖されてしまったようです。こんなお国柄ですから、解決への道のりは遠いと言わざるを得ません。

穹顶之下(YOU TUBE)
https://www.youtube.com/watch?v=xbK4KeD2ajI

いたずらに当局を刺激しても、かえって逆効果さえ生みかねないことをよく知っている中国の人たちですから、あまり責めても仕方がないのかもしれません。

でも、そんな彼らも、やはり日本の青空を見たら、いろんなことを思うに違いない…。

そんなことをふと思ったのは、2月に上海の書店で買ってきた『自游日本』(2015年1月刊)という本を手にしたときでした。
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この本は1986年生まれの中国人女性(史詩という名のブロガー)が書いた日本を個人旅行するためのガイド書で、写真と最小限の情報だけが厳選されています。帯に「日本にひとりの友人もなく、日本語もひとことも話せず、それでも日本を自由自在に旅するための本」とあります。ようやく中国でも、この手の旅行ガイド書が書かれるようになったんだなあと感慨深く思ったものです。

史詩さんの微博(weibo)「epic14」
http://www.weibo.com/u/1292461684

彼女は北京大学卒の秀才で、日本のアニメおたくでもあるようです。ぼくは手にしたことはありませんが、『去爱吧,间宫兄弟』というタイトルの著書もあるそうです。

まえがきの冒頭に「2009年から13年まで、4回日本に行きました。合計166日滞在」とあります。こういう何回とか何日海外に滞在したとかいったことが、いまの若い旅行好きの中国人にとっては重要なんですね。日本でも昔、旅行記の著者プロフィールに「海外渡航歴70カ国」なんて書いてる人がいましたが、それに似た気分なのでしょう。

彼女は、2010年にどこかの大学との短期交換留学で来日していて、そのとき週末などを使って日本全国を旅していたようです。「47都道府県中、36県を訪ねた」とも書かれています。

興味深いこんな一文もあります。「おばあさん、おじいさんに感謝します。あなたがたは私が生まれてこのかた最も親しい友人でした。私はこれまで読書と旅行を愛好してきましたが、こうした精神を豊かにし、物質的に淡白な生活習慣を私に身につけさせてくれたのは、あなたたち以外にいません」。

ここでいう「物質的に淡白な生活習慣」を身につけた彼女は、1980年代生まれの「80后」世代。いわゆる中国の新人類です。どうやら彼女には「爆買い」は無縁のようです。

同書では、日本のまっとうな名所旧跡や日常食、そして鉄道旅行のとき彼女が食べたと思われる駅弁がやたらと紹介されています。「まっとうな」とあえて書くのは、基本的に中国の団体客は日本の名所旧跡にほとんど興味がないからです。「日常食」というのは、我々日本人がふだん食べているカレーやラーメン、とんかつ、天ぷら定食などといった料理のことで、一般に海外で販売される日本ツアーの食事として出てくる和牛やしゃぶしゃぶ、かにすき、懐石料理といった料理はほとんど出てきません。またこれも基本的に冷めた食事を好まない中国人らしからず、「駅弁」に注目しているのも新しいと思いました。もちろん、若い彼女には金額が張るので、懐石料理を食べる機会がなかったのかもしれませんが、個人で日本を旅行している他の国の外国人たちはたいてい日本の日常食を食べているわけですから、ようやく中国にも我々と同じような旅行者が現れ始めたのだなと、この本をみてぼくは思ったわけです。

そして、何よりいちばんのポイントだと思ったのは、この本の表紙として選ばれた一両きりのローカル線の車両と高く広がる青空の写真です。

爆買いツアーがすぐになくなるとは思えませんが、どんなに日本のアニメやマンガに詳しい中国の新人類でも、実際に来てみなければ知ることのできない日本の印象とは、こういう澄み切った青空に違いない。そう思えてきたのでした。
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by sanyo-kansatu | 2015-03-30 11:48 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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