ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 05月 18日

中国語通訳案内士を稼げる職業にするための垂直統合モデル

一般の日本人には見えにくい、中国語通訳案内士の信じられないような内情について、赤裸々に語ってくれた水谷浩さんですが、ご本人と中国との関わりは、大卒後に勤めたメーカー在籍中の1984年、中国政府が3000人の日本人青年を招いた交流イベントに参加したことに始まります。

訪日旅行市場最大の中国語通訳案内士の現場は大変なことになっていた
http://inbound.exblog.jp/24486566/

その後、水谷さんは上海、北京へと留学。帰国後は商社で中国市場への新商品の開発や展開を手がけてきました。2005年、中国語通訳案内士試験に合格。中国の訪日旅行市場は有望だと考え、翌年末勤務先を退社し、中国語通訳ガイドの道を歩き始めます。

「最初の仕事はいまでもよく覚えています。中国から来た社長のアテンドで、企業の工場視察に観光を加えた1週間の日程です。その後は翻訳の講師の仕事をしたり、ガイド業務も年々受注が増えていたのですが、2008年にリーマンショック、11年に東日本大震災が起こり、地獄を見ることになります」。

それでも、水谷さんは訪日旅行業界の将来に希望があることを確信していました。

「インバウンド後進国とか政府の失策とか非常にネガティブな話をしてきましたが、市場経済学的に見れば、発展の余地があるということで市場の将来に大いに希望が持てるということが言えます。これは私が現場で接待したお客様より直に市場のニーズを絶えず感じていたので、東日本大震災とか尖閣国有化といった絶望的なニュースがあっても、この仕事を続けてきた原因なのです。」(「驚くべきインバウンド後進国ニッポン」③果たしてここに市場は存在するのか!? より)

最初の数年間は、旅行会社や人材派遣会社からガイド業務を受託していた水谷さんですが、08年頃から日本観光通訳協会(JGA)の「通訳ガイド検索システム」に登録すると、ひきあいが来るようになったといいます。

通訳ガイド検索システム
http://www.guidesearch.info/

「海外のFIT、たとえば、マレーシアのご夫婦から直接メールが届く。ガイドだけでなく、旅行込みのガイドの依頼です。旅行代いくら、宿泊代いくら、交通費いくら、入場料いくらと見積もりを出すわけですが、最初のうちは、手配部分は旅行会社に投げていた。でも、旅行会社は個別の案件に対する対応が遅いんです。これでは自分でやらなあかんということで、旅行業務取扱管理者資格を取り、旅行業として起業することにしたんです」。

2014年4月に彩里旅遊株式会社として法人化、8月に第2種の旅行業となり、HPも開設。半年すると、少しずつ問い合わせが来るようになったといいます。

水谷さんが起業に至った理由として、同じ士業である弁護士と通訳案内士の置かれた状況が大きく違っていること。それゆえ「食えない」職業であることに強い問題意識がありました。この問題についてもネットメディアで熱弁を奮っています。

「通訳案内士と他の士業では、決定的な違いがあります。派遣が許されているか否かです。私も以前ある旅行ブローカーと口論をして「日雇い添乗員」と捨てぜりふを吐かれ頭にきたことがありました。弁護士や会計士は日雇いでなく、通訳案内士はなぜ日雇いできるのか、この意味には歴史があります。しかし日雇い派遣をやめれば、非常に多くの通訳案内士が路頭に迷うでしょう。そういう世界なのです。(中略)

奇妙に感じることは、所轄の役所に対する被害者意識や反感のようなものです。つまり観光庁に対して多くの通訳案内士は、われわれを守ってくれる役所であるとは思っておりません。それを証拠に観光庁からの依頼事項があると、どこの団体でも観光庁への批判や不満、悪口を言い続ける人がおり、観光庁と会員の間に入って事を進める時は必ず手間がかかります。根強い不信感があるのです。以前福祉事務所とケースワーカーの相互不信を取り上げたニュース番組がありましたが、この世界も同様なのです」。(⑪旧運輸省部局は業界が限界集落化する前に手を打て! より)

観光庁の「通訳案内士のあり方に関する検討会」についても、以下のように率直に感想を述べています。

「数年前に役所と民間の対立を象徴するような事件がありました。通訳案内士制度のあり方検討会が観光庁で開かれ、この制度を廃止するか継続するかの議論が交わされました。通訳案内士からは大規模団体代表2名、あと10数名は関連業界から出席しましたが、関連業界からは成果を上げられない通訳ガイド制度の廃止、業務独占の剥奪等の辛辣な意見も続出したように記憶しております。多くのベテラン通訳案内士が制度廃止による廃業を心配し、制度廃止時は訴訟を起こすと息巻いていた年配の方もおられました。結局数年の検討の結果、観光庁は通訳案内士制度を保持するとの見解を通訳案内士団体側に出すのと同時に、役所原案に沿って、通訳案内士団体に黙って「総合特区法案」の中に総合特区通訳案内士案を盛り込んで成立させました。

その結果、総合特区では通訳案内士試験なしで通訳案内士業務が可能になり、特区自治体の主催する講習を受けるだけで業務ができるようになったのです。これは中国から九州への豪華客船就航のための観光対策で九州の目玉政策でした。一方では難しい試験を課し、一方では試験なしの講習だけで同じ資格が取れるという、非常におかしい話です。加えて特に日本人のガイドからは、立場の弱い日本人の権利を取り上げて外国人に無条件で渡すという当時の過激系マスコミ論調を受けて、売国的外国人優遇政策であると非難していた人もおりました」。 (⑫役所と業界の対立のはざまで、日本の訪日政策を憂う! より)

しかし、その一方で水谷さんは通訳案内士自身にも問題があることを指摘しています。

「通訳ガイドが貧困な理由は、要するにアサインの仕事(配給)のみをあてにしているからです。蟹工船でしか働けないからです。自分で船を操船してカニを取りにゆかないのが原因です」。(⑬脱落した仲間の屍を越えて前進!前進!また前進! より)

「この世界に入って思うのですが、旅行業界に支配されているという感覚を持った方が非常に多い事です。確かに英語圏の世界は、ウォーキングガイド以外旅行業界に営業を握られているかもしれません。日本にはまだ男尊女卑の習慣が色濃く残っており、その為かもしれませんが、積極的に前に出て外客を直に受注しようとする人間は少ないようです」。(⑭通訳ガイドの社会は日本には珍しい女性社会 より)

通訳案内士が“絶滅危惧種”になる前に、稼げる仕事にしなければ。そうすれば、優秀な人材も集まってくるはず。水谷さんが起業を決意したのはそのためでした。

「通訳案内士で旅行会社を起業した人はまだ少ないですが、成功しようと思ったら、これがいちばん早い方法だろうと考えた。旅行会社として自らツアーを企画し、添乗、ガイド、これらを垂直統合する。このモデルしかないと」。

しかし、これまで見てきたように、訪日中国旅行市場の現状は、通訳案内士を必要としないツアーが大半です。それでも、水谷さんはこう言います。

「でもね、私の経験からいって、一度いいガイドにつくと、次もお願いしたいと言ってくる。これは中国客でも同じです」。

水谷さんには強い影響を受けたガイドがいたそうです。陳さんという台湾のカリスマ日本語ガイドでした。「いまはもうお亡くなりになったと聞いていますが、台北の故宮博物院で明の文物を説明するとき、『この壺はいつごろ作られたかわかりますか? 明智光秀が信長を討った頃ですよ』。退屈な歴史の説明もこれなら面白いでしょう。この人スゴイなと。自分もこうなりたいと思うんです」。

この仕事でいちばんうれしい瞬間は、お客さんから「この次来るときお前に連絡する」と言われること。そのお客さんから次のツアーの引き合いがあると、認めてもらったことを実感できるからです。「ツアーが終わってお客さん全員と握手するとき、握りしめた手にお札が入ってることもありますよ。エー何これ!? うれしいですよ」。

一般に中国客は買い物にしか興味がないと思われがちだが、水谷さんの話を聞いていると、通訳案内士として真剣に相手に向き合うことの大切さを教えられます。

訪日中国客が増えるなか、新しい悩みも生まれているそうです。

「中国語の方言です。中国では南方と北方では使われる言葉がまったく違う。外国語みたいなものです。基本的に私が学んだのは普通話ですが、地方から来たお客さんから『水谷の中国語はわからない』と言われる。でも、私はあなたの方言がわからない。

地方の中国人は必ずしも普通話ができるとは限らないのです。こういう悩みは中国語通訳案内士ならではかもしれません。特におばあちゃんの話を聞きとるのが難しい。娘が通訳してくれるからなんとかなるものの、これからは外国人と話したことのない中国客がやって来る。外国人の中国語を聞き慣れている中国人とそうでない人ではまったく違う。

日本人の通訳案内士は何を言うてるのかわからないとよく言われるのはそのためです。訪日客の増加にともない、方言しか話せない人が増えてくることを肝に銘じなければならない。これは大変なことです。

台湾客にも気を遣います。一般に台湾人は大陸の中国語に対する反感があり、私の話す中国語にクレームを食らったこともあります。これはたとえていうと、関西弁が嫌いな人に横山やすしがガイドに付いたようなもの。だから、台湾客の場合、最初に私は大陸で中国語を勉強したことを話すことにしています。すると『そうや、お前の話すのは大陸のことばや』と言われます」。

英語さえ話せれば、欧米諸国や東南アジアの国々の人たちならなんとかカバーできるという状況とはまったく違う話です。中国語通訳案内士に求められる能力とはなんと高度なものでしょう。それに対する水谷さんの答えはこうです。

「たとえ難しくても、だからこそやる価値がある。燕の巣を獲りに行く人間がいるのなら、そこで役立つ通訳ガイドになるべき。お客さんもそれを求めているはず。それが商売になる」。

そんな水谷さんに「これから通訳案内士を目指す人」にひとこと、と尋ねるとこう話してくれました。

「ぼくは野球好きです。将来、プロ野球選手になりたい。でも、実際そのうち何人なれますか。通訳案内士の世界も同じです。

通訳案内士試験はプロ野球でいえば、入団テストにすぎない。そこから先が問題。本当にこの仕事に向いているか。素質があるかどうか。生き残れるか。それは本人次第です。

通訳案内士は職人です。長年の鍛練なしでは務まらない。旅行商品は目に見えない。何時何分どこに行って…ではただの添乗にすぎない。旅という芸術作品はお客さんの心に刻まれるもの。私にとっての台湾の陳ガイドと過ごした1日のように。一生残るもの。

通訳案内士は、訪日旅行産業を構成する最も重要な成員です。コンシェルジェであり、道案内人であり、相談員であり、お客さんからいちばん信頼される存在になるべきです」。

さらに、業界への提言として以下のように話してくれました。

「今後の通訳案内士制度の設計において「業務独占」「名称独占」は個人的には強くこだわらないけれど、あってもいいと考えている。それは職人のプライドにかかわるものだから。職人は気難しいですから、「独占」廃止といわれると、カチンとくる。お前は能力がないと言われているような気がするから。ですから、制度を設計する側も、我々が職人であることを心得てうまく進めないとへそを曲げてしまう。

でも、食えないでしょう。そう言われるのがつらい。だからこそ、食うためのこういうシステムをつくるという話と一緒であれば、うまくいくのではないか。

訪日客が増えるなか、外国語を使った添乗(旅程管理)やガイド(案内)代をきちんと保証する仕組みをつくっていくべき。安売り競争ではなく、質が問われる仕事にしないと。それをお客さんが選んで買う。そこで勝負するという形にしていく。

だからこそ、業務の分業化ではなく垂直統合なのです。これからはトランスフォーマーで行かなければ。ネイティブ添乗員やスルーガイドを過去の遺物にするためにも」。
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インバウンド・コンサルタント(水谷さんが代表を務める中国語通訳案内士団体)
http://www.inbound-consultant.com/

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by sanyo-kansatu | 2015-05-18 09:57 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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