ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 05月 31日

訪日外国客向けの都市観光にピッタリの楽師によるクルーズライブ

昨日の午後、チェロと声楽家による神田川のクルーズライブ演奏会に行ってきました。

神田川? クルーズ? ライブ? 東京湾クルーズなら聞いたことがあるかもしれませんが、いったいどのようなイベントなのか?

友人の鳥越けい子青山学院大学教授と都市楽師プロジェクトを主催する鷲野宏氏が2009年から実施しているイベントです。都市空間を舞台に楽師たちがライブ演奏を行うというものですが、いわゆる路上ライブではなくて、もっとディープな場所が選ばれるのが特徴です。なにしろ神田川でやるというのですから。えっ、神田川ってどこよ? そう思う人も多いに違いありません。

今回初めて体験したのですが、よくもまあこんな酔狂なことを始めたものだと思いつつボートに乗り込んだところ、約1時間のクルーズライブは想像していた以上に面白かったので、ぜひ紹介したいと思います。
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都市楽師プロジェクト
http://toshigakushi.com

イベントのタイトルは「名橋たちの音を聴く 2015年5月30日 神田川をゆく船上」。神田川下流にかかる和泉橋防災船着場(最寄はJR秋葉原駅)からボートを出して上流に向かって航行し、7つの橋をくぐり抜けながら、都市楽師のふたりの演奏と歌声を聴くというものです。

7つの橋というのは以下のとおりです(パンフレットの解説による)

和泉橋(1916(大正5)年、1927年拡張)
JR東北本線神田川橋梁(1925(大正14)年)
万世橋(1930(昭和5)年)
昌平橋(1923(大正12)年)
総武線神田川橋梁(1932(昭和7)年)
丸ノ内線神田川橋梁
聖橋(1927(昭和2)年)

すべてが大正から昭和初期にかけて架けられたものです。神田川とそれに架かる橋や堤は、古くは江戸開城から明治、大正、昭和と近代に到る歴史遺産なのです。しかし、今日川自体はJR御茶ノ水駅のホーム下に見えることくらいは知られていても、ほとんどその存在は忘れられていることでしょう。

そんな忘却された河川にゲリラ的にボートを浮かべて演奏会をやるというのが、このイベントの真骨頂ですが、もちろん無許可で行われているわけではありません。

実は、和泉橋防災船着場は、阪神大震災時に陸上交通が麻痺した経験から、水路を利用した交通インフラが見直されて開設されたもので、本来は被災時のみ利用されることになっています。その臨時船着場に発着するミニクルーズが実現したのは、東京五輪を控え、新たな都市観光を企画したいと考えている千代田区観光協会の協力によるそうです。

能書きはここまでにして、クルーズライブの様子を紹介しましょう。
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ボートは乗客30人乗りで、進行方向右手に声楽家の辻康介さんとチェロ演奏家の山本徹さんのためのささやかなステージが用意されています。

ボートは和泉橋防災船着場を離れ、いったん和泉橋の下に潜り込みます。ここで辻さんが『集まったのは橋の下』(鳥越けい子・辻康介作詞/辻康介作曲)を歌います。

歌が終わると、ボートは橋を抜け、神田川の上流に向かってゆっくり走り出します。ここで鳥越けい子教授と鷲野宏氏によるあいさつがあります。
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しばらくすると、巨大なコンクリートの洞窟のようなJR東北本線神田川橋梁(手前に最近開通した新幹線橋梁並行して架かっています)が見えてきます。満潮時に近いせいか、水位がずいぶん上がっています。この橋の下で山本さんが演奏するのは『トッカータ』(ジョバンニ・ヴィターリ)です。
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以下、この調子で橋の下にやって来るごとに、さまざまな演目のチェロ独奏や声楽を聴きます。面白いことに、橋の下はドーム状になっているため、まるでコンサートホールのようでもあるのです。
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次は万世橋です。演奏家の背後に秋葉原の電気街が見えます。楽曲は『113の練習曲集より第42番』(フリードリヒ・ドッツァウアー)と『無伴奏チェロ組曲より 2.サルダーナ』(ガスパール・カサド))。
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次の昌平橋に向かう進行方向左手に、元鉄道博物館(もともとは万世橋駅跡であり、のちに高架橋として使われた)のアーチ型のレンガ造りの建造物が見られます(写真は進行方向とは逆向きなので右手に見える)。現在はカフェやレストラン街になっています。
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昌平橋は大正後期に造られた堅牢な橋で、細かな装飾もあしらわれた都市建築ですが、その上空に鉄筋の総武線神田川橋梁が見えます。 
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こういう橋を下から仰ぎ見るような見方ができるのは、川の上にボートを浮かべているからこそです。ちょうど総武線が走って来て、鉄橋を渡る騒音が頭上から降りそそぐかのようです。ふだんはあり得ない場所に潜り込むことで、近代都市の激烈なノイズに視覚と聴覚もろともさらされてしまいます。そこに山本さんによる現代音楽的なチェロの不安な音色(『無伴奏チェロソナタより 1. ディアローゴ』(リゲティ・ジョルジュ))が加わると、ちょっとゾクゾクしてくるのを抑えられません。
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※この楽曲を書いたリゲティ・ジョルジュはハンガリー人で、スタンリー・キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』『シャイニング』などに作品が使用されたこともあるようです。
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昌平橋をくぐり抜けると、総武線ガード下の飲み屋の看板などが見えてきます。
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総武線神田川橋梁ははるか高い頭上にあります。
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今回最も強烈だったのが、丸ノ内線神田川橋梁です。この至近距離の上を丸ノ内線が走り抜けていくのですから。耳がおかしくなりそうでした。
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少し離れると、こんな風に見えます。メガホンを持っているのが鷲野氏です。彼はそれぞれの橋の歴史的なゆかりを解説しています。
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そして、ついに最後の聖橋です。美しい巨大なアーチ型の橋梁です。この下で歌われるのは『ゴリアルドのアヴェマリア』(作曲者不詳(カルミナ・ブラーナ))。
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ここが折り返し地点です。先ほどくぐり抜けてきた橋を再びくぐり、和泉橋防災船着場に戻るのですが、歌と演奏は続きます。メガホンを持っているのが鳥越先生です。ここで先生は数分間、乗客に目を閉じてあらためて都市の音を聴くようにと話します。
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昌平橋・万世橋高架橋 『無伴奏チェロ組曲第1番より 第1の歌』(ベンジャミン・ブリテン)

万世橋高架橋・万世橋 『無伴奏チェロ組曲より 3.間奏曲とダンツァ・フィナーレ』(ガスパール・カサド)
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JR東北本線神田川橋梁・和泉橋 『きれいなねんちゃんよ』(ヴィンツェンツォ・カレスターニ)

さて、自分で撮った写真とプログラムを見比べながら、クルーズライブの流れを簡単に振り返ってみたわけですが、人によってはこういう趣向はクラシック音楽のたしなみ方として大いに不満、あるいは不愉快に感じる向きもあるかもしれません。

それは否定しませんが、このメタリックな動力騒音が飛び交う環境の中で耳に届くチェロや人の歌声というのは、なんと愛すべきものだろうとぼくは思ったものです。人間にとって抑圧的ともいえる都市空間に身を置く現代人としての境遇をあらためて思い知るというような経験でした。楽曲と歌声が送り届けられることで、まるで自分が映画のワンシーンにでもいるかのような軽い錯覚をおぼえたのも本当です。

好き嫌いはともかく、こういう趣向は、ぼくの個人的な関心に照していうと、訪日外国客向けの都市観光の素材としてピッタリではないか、と思います。

一般に日本では都市観光というと、ショッピングやグルメなどを中心に語られることが多いのですが、本来都市観光の2大主要テーマは「文化」と「歴史」です。ヨーロッパの旅行博覧会を視察すればわかりますが、メインとなるのが文化観光です。その担い手はそれぞれ固有の歴史を持った都市です。ヨーロッパの場合、それぞれの都市の人口規模はそれほど大きくなくても、自らの歴史の固有性を住民が理解しているからこそ、文化観光が成立するのです。これが可能となるのはインバウンドの歴史が長いゆえで、今後は日本もだんだんそうなっていくと思います。

その意味で、東京の景観は世界の主要な都市同様、醜美両面を持っていると思いますが、どうしようもなく固有の近代の歴史があります。そこには情けなく悲しい面もありますが、多くの日本人はそれを受け入れて暮らしているわけで、無理してかっこつけても始まらないし、またネガティブにのみ捉えても自意識過剰というものでしょう。日本が敗戦国の歴史を有する国家であることは、世界中誰もが知っています。外国のツーリストには、いまの姿を隠さず見てもらえばいい。そこにひとつの触媒としての楽師による演奏を加えることで、人は東京という都市について多くのことを感じるのではないでしょうか。そこに音楽の力があると思う。

都市楽師によるライブは、もっと手法を大胆に洗練させていけば、都市観光の2大テーマである「文化」と「歴史」をうまく融合していける可能性があるように思えます。こういうのが、本来の都市観光であり、文化観光ではないでしょうか。

クール・ジャパンもいいけれど、東京こそ、もっと大人向けの文化観光を創出していかなければならないと常々思います。だからといって、それがコンサートホールや劇場、博物館優先の発想になってしまうと、申し訳ないけど、いまの北京みたいで、ぼくは嫌なんです。

珍しく外国人観光客の減っている中国の観光PRのお寒い中身
http://inbound.exblog.jp/24475269/

このイベントの意味を考えるうえで、渋谷のスクランブル交差点が外国人ツーリストの間で人気となっていることは参考になるかもしれません。

イースター休みに渋谷スクランブル交差点に出没した外国人を逆観察
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都市楽師をもっと街へ。このプロジェクトを通じて東京の街角や意想外の場所でライブ活動が次々と行われるようなことが起こると面白いと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-05-31 19:29 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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