2015年 06月 01日
今日の朝刊の第1面「南シナ海埋め立て『主張の範囲』中国、軍事利用も明言」(朝日新聞2015年6月1日)をみて、世の中ますます厄介になってきたと思った人は多いのではないでしょうか。 朝日新聞2015年6月1日 http://www.asahi.com/articles/DA3S11784651.html 記事の内容はおくとして、これで先日の人民大会堂での日本の訪中団を前にして発せられた習近平総書記による対日関係改善へのメッセージも意味をなさなくなってしまったように思います。 と同時に、これまで以上に中国のリーダーが何を考えているのか、正しく理解することが必要な時代になったと言わざるをえません。 自分が特別な情報ソースを持っていない以上、ぼくは中国に限らず政治向きの話、特に権力闘争や政局動向といった話題に必要以上に関心を持っても仕方がないと普段は考えている人間です。しかし、さすがにここ数年、つまり胡錦濤政権が退陣し、習近平政権になったとたん、中国社会の様子がずいぶん変わってきたことは、訪ねるごとに実感していました。民意によって選ばれていないリーダーが公然と権力を握る国柄というのを理解するには、興味の有無はともかく、リーダーについて少しは知っておくことが必要だろうと考えるに至っています。 その意味で、5月28日に専修大学で開催された「習近平と文革―現代に落とす文化大革命の影」と題された公開研究会では、多くの示唆を得ることができました。 講演者は、日本を代表する現代中国研究者の矢吹晋横浜市立大学名誉教授。研究会を主催したのは、専修大学社会科学研究所で、<中国60年代と世界>研究会との共催です。進行はこの研究グループリーダーの土屋昌明教授です。 最初のあいさつで、土屋教授は1960年代の日本にも影響を与えた中国の文化大革命がいまもなお日中両国で偏向した見方が流通しているなか、1980年代という早い時期に『文化大革命』という著作を上梓された矢吹先生に習近平総書記と文革の関係について語っていただく今日的な意義について触れました。確かに、現代の中国の政権首脳部の大半は文革時に「下放」経験をもつ世代です。リーダーが文革をどう評価するかが現代に影響を与えるというのはそのためです。 矢吹先生の講演内容については、「中国60年代と世界」第2号(2015.5.28発行)という機関誌の中で論文にまとめられているので、詳しくはそちらを参照いただきたいのですが、先生はまずこんな話から始められました。 「習近平についてはよくわかっていないことが多い。その人物像については極端にイメージが分かれている」として、以下の2冊を紹介します。 『習近平 共産中国最弱の帝王』(矢板明夫 2012.3 文藝春秋) 『習近平の政治思想 「紅」と「黄」の正統』(加藤隆則 2015.1 勉誠出版) 前者の著者は現役の産経新聞記者で、1972年天津生まれの残留孤児2世。15歳まで中国で育ったせいで、中国語が群を抜いて達者なことが他の中国駐在記者とは違うといいます。ただし、先生によると「中国最弱の帝王」という習近平の評価は、江沢民側のネガティブな情報ソースに頼ることが多いことから、正しいといえるのか。むしろ、いまの習は江や胡より強いのが現実ではないか、といいます。そして、現在の日本のメディアの主流がこの見方に足並みを揃えてしまっていることは問題だと指摘します。 一方、後者の著者は読売新聞記者ですが、習近政権発足前後からの取材をもとに同書をまとめていて、矢板記者とは対照的に、習に対する肯定的な見方をしているそうです。 先生の立場は、ある時期までは矢板記者に近かったが、2014年7月に周永康前政法委員会書記、徐才厚軍事委員会副主席を処分して以降、見方を変えたといいます。 その後、習近平による「虎退治」=曽慶紅常務委員の処分をどう読むかという話になりました。この種の話題は自分にはよくわからないのですが、いくつかの気になる指摘がありました。 「習は文革のポジティブな面を引き継ごうとしている」。 「一般に毛沢東の評価は「七三」とか「六四」とかいわれるが、特に文革の評価が難しいのは、当初は紅衛兵として加害者だった者が、のちに下放されるという被害者となる両面を持っていることにある。総括しにくいのは理解できる」。 「ところが、習は1966年に文革が始まった時期、父親の習仲勲が右派とされていたことから、紅衛兵運動に参加して加害者となることはなかったはず」。 これは興味深い指摘です。現在の中国の政治リーダーの多くが紅衛兵世代でもあるなか、習近平は「加害者」としての責任を免れているらしいのです。では、そのことは彼の政治思想にどんな影響を与えるのか。文革の負の側面に負い目を持つ必要がないということなのか。先生が習を「プチ毛沢東」と命名するのも、そんな事情と関係あるのかもしれません。 もうひとつ知ったことは、日本のメディアで取りざたされる太子党vs共青団(共産主義青年団)といった対立軸で中国の政治動向を見るのは間違いで、すべては「太子党内の権力闘争」だということでした。なるほど、やっぱりそうか、と思わず手を打ちたくなりました。 先生は言います。「紅二代(建国に尽力した共産党高級幹部の子弟)はお互いを身内のように知り合う関係にある」。この話を聞いて思うのは、それはちょうど清朝の八旗のようなものではないかしら、ということです。つまり、建国に携わった共産党幹部の子弟たちこそがこの体制(王朝?)の権力を継承し、支えるべきだという強い考えを習が持っているのではないか。そんなことを思いました。 その後、質疑応答に入り、いろんな質問がありましたが、印象に残っているのは、ある中国人留学生による以下のようなものでした。 「習政権の汚職退治は中国の政治改革を進めることにつながるか?」 言うまでもなく、この問題を自分ごととして考えるのは、我々より、まずは中国の人たちであるべきです。 先生はこう答えます。「習は2つの100年ということを言う。ひとつは、1921年の共産党結党から100年の2021年。もうひとつが、1949年の新中国建国後からの100年。習は少なくとも2049年までは共産党独裁を守るという意思を持っているということでしょう。それが可能かどうかは誰にもわからないけれど、今後の注目は2017年までに習が自前の政権体制を確立したとき、何をやるかです」。 習近平政権になって中国国内のイデオロギー弾圧が強まっていることは周知の事実ですが、これは彼が政権を安定化するまでの話で、それ以後少し状況は改善されるのか。 中国のリーダーの権力闘争や政局という普段はあまり考えることのない話題だけに、はたしてどこまでこの場で討議された内容をぼくが理解できたかわかりませんが、ひとつ思ったことがあります。 それは習近平と関係者らの生年についてです。 習近平(1953~) 習仲勲(1913~2002) 江沢民(1926~) 毛沢東(1893~1976) 習近平は父親が40歳のときの子どもなのですね。建国前夜であったことから、遅い子どもであることは理解できます。その意味では、江沢民は習近平の父親世代に、また毛沢東は祖父の世代にあたると言ってもよさそうです。 だとしたら、父親世代に反駁し、祖父の世代を肯定したくなるというような心性は、ひとりの人間として理解できなくもないという気がしてきます。 矢吹先生によると「江沢民こそ、中国を汚職大国にした張本人」です。「プチ毛沢東」こと習にも、同じような考えがあるのかもしれません。 これはなんら根拠のない思いつきに過ぎません。政局話というのは、所詮なんとでも言えてしまうので、好みではありません。それでもこの研究会に参加したのは、先日本ブログでも書いたように、今年2月に上海で見た「自由」「民主」「法治」といったスローガンを掲げる広報ポスターが街にあふれる光景をを見ながら、なんともいえない違和感や気分の悪さをおぼえたことは確かなので、自分には不似合いと思いつつ、足を運んだのでした。 いまの上海には「自由」や「民主」があふれてる!? http://inbound.exblog.jp/24529923/ この写真は、ある上海市内の焼き小龍包屋の厨房にかかっていたカレンダーなのですが、そこに描かれた習近平の肖像画がまるで毛沢東のようにも見えたので、思わず写真を撮ったものです。もっとも、中国のリーダーの肖像画はいつの時代も、たいていこんな感じかもしれません。 【追記】 この日の夜、友人の広東人と会ってここで書いた話をしたところ、彼はこんなことを言っていました。 「習近平が習仲勲の40歳の子だというのは、建国直後は党の幹部ということで当時は英雄。彼には前妻もいたはずだが、そのとき若い妻を手に入れたからだろう。習近平の母親はまだ生きているでしょう」 「なるほど、そういう見方もあるんですね」 「それから2017年に習近平が本当に権力基盤を安定できるかどうかはまだわからないと思う。昨日ネットでこんな記事をみましたよ」。 そう言って彼が微信で検索してくれたのが以下のボイスオブアメリカ中文版の記事でした。 焦点对话:王岐山访美取消,摩根大通调查引联想?(VOA2015.6.1) http://www.voachinese.com/content/VOAWeishi-ProandCon-20150529-jp-morgan-wang-qishan/2797451.html 王岐山即将访美谈反腐猎狐行动(BBC中文網2015.3.17) http://www.bbc.co.uk/zhongwen/simp/china/2015/03/150317_china_us_wangqishan これは(上の記事)習近平の命を受けて汚職退治の急先鋒を務める王岐山が、9月の習の訪米に先駆けて、6月に訪米する予定(下の記事。BBC中文網3月17日時点)が中止になったことを伝えるものです。王はアメリカで中国の汚職官僚(裸官)の引き渡しなどを交渉するはずでした。ところが、彼自身の汚職をリークする勢力がいて、それどころではなくなったのだそうです。 「それってもしかして江沢民一派がたれこんだから?」 「そうですよ。いま中国では『選択反腐』ということばが流行っています。相手を選んで汚職退治している政権の姿勢を批判するものです。もし本当に汚職退治をしようと思ったら、すべての高官を捕まえなければならなくなるわけで…」 習政権もすぐには安泰とはいかないようです。そうなると、今の状況は続くということか。なんだかなあ…。
by sanyo-kansatu
| 2015-06-01 11:05
| のんしゃらん中国論
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