2015年 08月 02日

中国発クルーズ客船急増、送客側の上海では何が起きている?

今年上海発のクルーズ客船がこれほど激増した背景には何があるのか。ここらであらためて整理してみましょう。
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中国のクルーズ旅行は、2005年のイタリアのコスタ・クルーズ社の参入から始まります。以降、ロイヤル・カリビアン社などの外資系が次々と参入し、上海は本格的なクルーズ客船の発地となります。博多への初寄港は07年のコスタ・クルーズです。
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東シナ海クルーズラッシュの背景:博多港にいつ頃から現れていたのか?
http://inbound.exblog.jp/24665654/
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つまり、すでに10年の歴史があるわけですが、最初はいわゆる富裕層向けのクルーズ旅行でした。というのは、当初は外資系のクルーズ会社が自ら集客を行っており、価格帯も今とは違って高額だったからです。

2012年頃から状況が変わってきました。外資系クルーズ会社が市場の拡大を見越して地元の旅行会社に集客を任せ、チャーター運航が増えたことで、低価格が実現したからです。

もっとも、この年の秋、民主党野田政権と胡錦濤政権の間で尖閣問題が起こり、13年に入ると、とたんに上海発のクルーズ客船は日本をパッシングし始めます。こうなると、東シナ海クルーズ旅行の寄港地が韓国だけになってしまうわけですから、彼らにとっても面白いはずはありません。13年夏を過ぎると、少しずつ九州寄港が再開されていきます。そして、14年に入ると、まるで何ごともなかったかのように、九州寄港が増えていきました。

以前、本blogでも、昨年5月の上海旅游博覧会(WTF)の様子を報告しましたが、1年前の段階で、最も積極的なPRが行われていたのはクルーズでした。

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気(上海WTF2014報告その2)
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今年2月、再び上海でクルーズ関係者に話を聞きました。

なぜこれほど中国でクルーズ人気が盛り上がったのか。中国旅行社総社の武暁丹出境旅游部主管は、クルーズ旅行が中国人を虜にする3つの理由をこう簡潔に説明してくれました。

①4泊5日のスタンダードな価格が4000~5000元と空路のツアーより安い。
②船内の食事はフリーで、三世代ファミリーでのんびり過ごせる。
③何より買い物による持ち込みが飛行機と違い無制限なこと。

また現地で訪日旅行のコンサルティングを行う関係者はこう言います。「クルーズ客のメインは80后です。彼らの多くは30代になり、結婚し、子供ができました。クルーズ旅行は、飛行機を使った旅行のような移動も少なく、船内で家族が一緒に過ごせるので、3世代旅行にぴったりなんです。ハネムーナーにも人気です」。
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このように、上海でのクルーズ募集のチラシはファミリー旅行を訴求しています。

海外旅行のビギナーにとって日中韓3カ国をめぐる約5日間のショートクルーズは、参加しやすい日程と手ごろな価格が支持され、爆発的なヒット商品となったのです。

クルーズ人気の高まりのなか、中国資本の客船が続々登場し始めました。この結果、クルーズの低価格化はさらに進行しました。なかには4泊5日で2000元を切るというような激安クルーズも登場しています。韓国行きはさらに安いので、驚きます。これは中国資本の韓国行きクルーズ船の料金です。
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中国資本の船は、以下で簡単に紹介しているとおりです。

いまや東シナ海は中国クルーズ旅行の新ゴールデンルートです
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その結果、何が起こったのか。クルーズ市場の中国全土への拡大です。

福岡市クルーズ課の小柳芳隆課長はこう説明します。
「今年クルーズ市場が急拡大したのは、これまで上海とその周辺の華中エリアが主だったクルーズ市場が中国全土に広がったためです。四川省や雲南省の客も飛行機で上海に来て船に乗るようになりました。内陸部の中国人ほど海への憧れが強く、初めての日本旅行がクルーズという人も多いのです」。

今年4月より日本側の施策として、クルーズ客の日本入国が上陸許可証のみとなり、事実上ノービザとなったことも拍車をかけました。このおかげで中国の旅行会社は出発ギリギリまで客を集めることができるようになったのです。こうなると、ギリギリまで客室を埋めようとする旅行会社となるべく安くクルーズに参加したい消費者との駆け引きも始まります。C-Tripをはじめとしたオンライン旅行会社がクルーズ客の取り込みを積極的に進めたことも大きな影響がありました。こうしたさまざまな要因が渾然一体となって、2015年の中国発クルーズ客船の空前の勢いの博多港“急襲”が起きたというわけです。
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そして、そのことは日中の確執の舞台である東シナ海が、いまや中国人消費者にとってのレジャーの海となっていることを意味するのです。

一方、日本側では何が起きているのでしょうか。

まずこんなに急に寄港回数が増えたのですから、受入業務が大幅に拡大し、関係者らの激務に追われる日々が続いています。

中国クルーズ客は博多に上陸後、どこへ行くのか?
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クルーズ客の国内手配を担当するあるランドオペレーター関係者は、現状についてこう語ってくれました。

「いま現場では悲鳴が起きています。中国側の集客のスピードが速すぎて、とても受入側は追いついていけない。その最大の問題がバスです。多い日は1日6000人規模の中国客が上陸してくるわけですから、100台以上のバスを集めなければならない。しかし、寄港日は予定されているものの、正確な乗客数がギリギリになるまでわからない。これはノービザの影響もありますが、出発日の直前まで旅行会社が集客しているからです。当然、県外のバスも集めなければ間に合いません。バスの確保をめぐる交渉が毎日のように続いています。

これだけバスが増えると、市内の交通渋滞につながるなど、市民に迷惑をかけることになり、歓迎ムードが台なしになることが心配です。現に、いまもキャナルシティの駐車問題があります。10数台のスペースしかない駐車場に観光バスが何十台も押し寄せてくるのですから、周辺では渋滞が起きています。本来は官民一体となって協力して受け入れていくことが大事だと思うのですが、現状は市民との接点が少ないのは残念です」。

中国の桁違いの人口規模は、日本に限らずすべての周辺国にとって受入側のキャパを超えています。同じことはすでに香港、台湾、韓国などで起きています。中国で見かける空港や駅などの公共スペースの途方もない大きさにはいつも驚かされますが、こうした中国スタンダードを受け入れられる国はどこにもありません。しかも、いったん動き出すと、昨年の3倍増という寄港回数の増加にも象徴されるように、短期間のうちに市場が急拡大するのですから、参ってしまいます。

もっとも、福岡市では今年5月にクルーズ専用のターミナルをオープンさせるなど、それなりの対応はしています。それでもクァンタム・オブ・ザ・シーズのような巨大客船が来る事態となっては、新設のクルーズセンターでも対応できず、別のふ頭を利用することになりました。関係者の苦労は尽きることがありません。

さて、こうした受入の現場やインフラ整備に関わる関係者とは別の次元で、気になる話があります。

先ほど、中国側の事情として、2012年頃から外資系クルーズ会社が地元の旅行会社に集客を任せたことで市場が拡大した話をしましたが、その理由として低価格化があることも指摘しました。これによって日本側はどんな影響を受けたか、です。

この点については、福岡市上海事務所の奥田聖所長が詳しく説明してくれました。
「外資系クルーズ会社が集客をしていた頃、上陸後の観光手配を請け負うランドオペレーターはJTB九州がやっていました。当時は寄港回数もいまほど多くないですし、ツアー代がコストに見合ったものだったので、上陸中に市内1時間の自由行動があり、地元の観光ボランティアが活躍し、街ぐるみで受け入れている感じがありました。

ところが、中国の旅行会社によるチャーター運航が始まると、回数も乗客も格段に増えましたが、同時に価格競争が起こりました。これはちょうどLAOXが博多に出店した時期と重なります(2012年)。

しわよせは日本側のランドオペレーターが負うことになりました。低価格化によって中国の旅行会社がランドオペレーターに支払う代金は、バス代や食事、ガイド代などを含めると、とてもペイできない金額にまで下げられたのです。

こうしてJTBはランドを降り、在日系のランドオペレーターが跋扈する状況が生まれたのです」。

その結果、中国発クルーズ市場は、空路を使った団体ツアーと同じキックバックスキームによる“場貸し”ビジネスのような事態に陥ってしまったのです。

これがクルーズに対する福岡市民の関心が低い理由のひとつにつながっていると思われます。そもそもクルーズ客は、船泊するため市内のホテルの利用はなく、上陸時間は長くて8時間。大半はバスの移動と買い物に明け暮れるとしたら、市民との接点はありません。

地元の関係者はよくこんなことを言います。「せっかく福岡に来たのに豚骨ラーメンを食べる時間もない」。それが彼らの寄港地観光の実態なのです。

もっとも、中国客の立場に立てば、豪華客船内で十分お楽しみの時間を過ごしているわけですから、上陸後の頭の中は“爆買い”一直線になっても不思議ではないかもしれない。クァンタム・オブ・ザ・シーズの内覧会で見た船内の世界最先端の設備を見て、そう思わざるを得ませんでした(もちろん、大半はこれほどゴージャスな船ではありませんが、中国式クルーズの世界を知ると、上陸後は買い物のためにあるといっても言い過ぎではないのです)。つまり、彼らの中では現状、これでもつじつまが合っているのです。なんと皮肉な話でしょう。

一方、これはあまり表だって語られることはありませんが、福岡市などの受入関係者の意識としては、2012年秋の尖閣問題後の中国側の一方的な寄港キャンセルに対するトラウマがあります。それゆえに、クルーズの話題をあまり盛り上げたくないという心情もあるようです。理解できない話ではないと思います。

2013年、九州に寄港する外国クルーズ船はなぜこんなに減ったのか
http://inbound.exblog.jp/22350487/

とはいえ、こんなにクルーズ客船が福岡に来るのに、手をこまぬいて眺めていていいのだろうか。当然、地元にもそのように考える人たちがいます。その代表が、インバウンド専用ドラッグストア「ドラッグオン博多」でした。

中国クルーズ客専門ドラッグストア「ドラッグオン」を福岡に開店した理由
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彼らがクルーズ客向けの店をつくるということは、中国式のキックバックスキームを受け入れるということを意味します。いわば清濁併せ呑む覚悟での禁断の決断でしたが、これは中国側も望んでいたといいます。クルーズ客船がこんなに福岡に来るというのに、地元に経済効果がないとの声が高まれば、受入を市民が歓迎しないことをおそれていたのです。逆を返せば、日中双方の関係者が協業して初めてクルーズビジネスは成り立つといえるのです。この認識は、現場に身を置かないとわからないものなのかもしれません。

すでに書きましたが、現在、福岡以外の九州の寄港地にも出店を進めるドラッグオン博多の関係者は、こうしたさまざまな裏事情を承知しながらこう語っています。
「もし我々が何もやらなければ、福岡はただ彼らに場貸ししているだけになる。このビジネスが10年続くとは考えていない。中国の変化が速いので、撤収時期も含めて常にその先を考えなければならない」。

ここでいう場貸しとは、中国資本が中国客を囲い込む構図を意味します。実は、これは韓国や台湾の関係者らの認識と共通しているように思います。

中国客が増えても大歓迎といえないのは韓国、台湾でも同じらしい
http://inbound.exblog.jp/23872141/

こういう認識は、大規模な商業施設や免税店が多くある東京などの大都市圏の人たちには、理解しにくい感覚かもしれません。一般にインバウンドに関する関心が地方で高く、東京で鈍いのはそのせいではないかと思います。

というのも、福岡のクルーズ関係者の中には、歴史的な視点から中国発クルーズ客船の寄港ラッシュをチャンスと捉えるべきだという声もあるからです。

「博多には日本最初のチャイナタウンがあった」~クルーズ“来襲”も歴史の一コマと考えてみる
http://inbound.exblog.jp/24739916/

長い歴史を振り返ると、博多が栄えたのは、宋と明の時代であり、中国との交易があったあらこそだというのです。こうした視点も、東京からは出てこないものでしょう。九州独自の歴史認識に基づくもので、興味深いと思います。

さて、これまで送客側の中国と受入側の福岡のクルーズをめぐる双方(中国の消費者、旅行業者、日本の受入関係者、福岡市民、民間事業者など)の思い、それぞれの事情をざっと概観してきました。

しかし、ここに彼らの思惑を超えた事情も存在します。

先ごろ日本政府が公開した中国ガス田開発の海域は、上海発の東シナ海クルーズ航路からは南にはずれていますが、依然、政治に影響を受けやすいのが中国の旅行市場であるということです。2月に上海を訪ねたときも、今秋繰り広げられる予定の歴史キャンペーンの影響を懸念して「夏まではいいが、9月以降は読めない」と語る中国側の関係者もいました。

先日も、以下のような報道がありました。

中国当局、南シナ海で西沙諸島クルーズ船の増便検討(ロイター2015年7月28日)
http://jp.reuters.com/article/2015/07/28/china-southchinasea-vietnam-idJPKCN0Q209D20150728

これをみると、誰しも現在の中国発東シナ海クルーズ市場の拡大を、単に中国の消費者ニーズや民間ビジネス上の観点だけで見ることができない事情があるのではないかと思わせます。東シナ海が中国人にとってのレジャーの海となることが何を意味するのか、という疑問を引き起こすからです。

しかし、これは現実です。またこれが昔もいまも変わらない彼らのやり方です。彼らは決してスマートではありませんし、常に大きな矛盾を抱えつつ、ことを進めるのが常です。

というのも、中国は大量の海外旅行者を各国に送り、その膨大な消費力を示威しながらも、彼らが各地で何か粗相をしでかさないか、いつも気にしているからです。これは上海呉松口国際クルーズ港に置かれた標語ですが、出国する自国民に対して「文明相伴 平安旅途 帯回美好印象 留下文明形象(マナーを守り、平安な旅路を。良い印象を携え、残して帰りましょう)」とPRしています。それでも、関係者の話では、新設した博多港のクルーズセンターのトイレは大変なことが起きているようです。内陸部の客が増えたことが理由だと思いますが、彼らは少なくとも中国国内では裕福な階層のはずなのに、これが現実です。
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さらに、近年伝えられる中国経済の減速が、今年急拡大したクルーズ市場にどう影響を与えるかは気になるところです。

中国株暴落が引き起こす「21世紀の世界恐慌」
世界的リセッションで原油価格30ドル割れも?
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44437

さまざまな葛藤や波乱含みのなか、急拡大する中国訪日旅行市場。これらの状況を見聞きしながら、ここでぼくが思うのは、ひとつの立場として、ドラッグオン博多の関係者のように、中国の抱える矛盾をいったん呑み込み、実利を求めて状況に関与しようとする覚悟が必要ではないかということです。誰もがそうあるべきとは思いません。事態をよく理解した有志が静かに始めればいいということなのでしょう。

この種のリアリズムは九州であるからこそ感じられるもので、東京ではぴんとこない話かもしれません。これは致し方がないのかもしれません。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-02 14:04 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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