2015年 10月 08日

ニッポンのインバウンドはここがおかしい!?(後編)AISO王会長、大いに語る

本稿は、9月中旬、インバウンドの裏も表も知り尽くした一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長にお聞きした話の続きです。

株価暴落は中国の訪日旅行市場にどんな影響を与えるか(前編)AISO王会長、大いに語る
http://inbound.exblog.jp/24963833/

王会長は上海生まれの香港育ち。日本でいえば団塊の世代にあたり、1970年代以降は日本に在住する香港人です。頭の回転が速く、そのぶんとりとめもなく話題があっちへこっちへと飛び交うような話をする方です。ですから、毎度話を聞いた後、あらためてその内容を整理する作業が必要です。でも、聞き取りメモを見返しながら、王会長の真意を探るのは、ちょっと楽しい作業でもあります。

そもそも今回中国の株価暴落に見られる経済の減速が訪日旅行市場にどのような影響を与えるか、という点について話を聞きにいったわけですが、誰もが簡単に答えることの難しいこの種の質問に対して、王会長は国内外のさまざまな状況をふまえつつ独自の観点を提供してくれました。さらには、今日大盛況を迎えた訪日旅行市場の現場で起きている問題点を率直に語っています。

インタビューの後半では、この点にしぼって内容を整理しようと思います。主に以下の5つが指摘されています。

①バスは本当に足りないのか?
②タイ人団体ツアーは問題多発中
③関空の入国審査に2時間はひどすぎる!?
④おかしな日本のTax Free
⑤日本の旅行会社の外国人取扱額1.8%は少なすぎるでしょう

それぞれ王会長の話をもとに説明しましょう。

①バスは本当に足りないのか?

近年アジアからの団体観光客の増加で、ランドオペレーターがバスを調達できないために、ツアーの受入をお断りしているケースが増えています。昨年ぼくもやまとごころ.jpの中でこの問題を取材したことがあります。

バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://inbound.exblog.jp/22771778/

運輸局からも現場の事情をよく知るAISOに「本当にバスは足りないのか?」といった問い合わせがよくあるそうです。その際、王会長はこう答えることにしているといいます。

「バスが足りないのではない。ドライバーが足りないのです。外国客を乗せるインバウンドバスのドライバーのなり手が少なすぎることが問題なのです」。

王会長がこう話すと、たいてい誰もが「えっ、それどういうこと?」。そう問い返すそうです。

「バス会社や運転手の間で、インバウンドバスの評判が悪すぎるんです。夜遅くまで走らされるとか、運賃をダンピングされて賃金が安すぎるだとか。でも、昨年実施された貸切バスの制度変更は、運転手の労働環境の改善や安全対策を目的としたもので、これらの問題もかなり改善されたはずです。外国客を乗せて走るインバウンドバスの世界はやりがいもあるし、楽しいこともたくさんある。チップもけっこうもらえる。どうかもっと多くの関係者にインバウンドバスに取り組んでいただきたい」。

いまだに業界関係者の間にインバウンドバスに対する偏見や先入観があるのだそうです。外国人を相手にするのが苦手という意識もまだあるでしょう。

王会長はこんな話もします。最近、現場で1日8時間の労働時間を厳守するあまり、道路渋滞やフライトその他の遅延などで夕食の時間が遅くなった場合、当初ホテルまでお客さんを送る予定だったのに、時間が来るとバスは車庫に帰らなければならないため、置き去りにせざるを得ない。添乗員は仕方なく何台ものタクシーにお客さんを振り分け、ホテルまで送るしかなくなる。そういうケースがままあるそうです。

ちょっとひどい話ではないでしょうか。しかし、バス会社に労働時間を管理されている運転手には、やむを得ない事情なのだそうです。もっと現実に即した弾力的なルールが必要ですよね。バス問題は一筋縄ではいかないところがあります。

王会長は言います。「でも実際は、こんなことばかりじゃありません。もっとインバウンドバスの世界を広く知ってもらうようにしないといけない。よくホテルを舞台にしたテレビドラマがあるけれど、インバウンドバスの運転手を主人公にしたドラマを誰かつくってくれないものか」。

もう5年も前のことですが、ぼくはインバウンドバスに乗り込んで運転手にじっくり話を聞いたことがあります。このとき思ったのは、バスの運転手にもいろんなタイプがいて、合う人合わない人いるでしょうが、必ずしもネガティブな話ばかりではないということです。

ツアーバス運転手は見た! 悲しき中国人団体ツアー
http://inbound.exblog.jp/19743507

ただ、ドラマの制作者たちがこの世界の面白さに気づくには、もう少し時間がかかるかなあ…。

②タイ人団体ツアーは問題多発中

これは前述のバス問題につながりますが、タイ人団体ツアーは運転手とのトラブルが多いそうです。

理由はいくつか考えられます。これは以前から指摘されていたことですが、一般にタイ人団体ツアーはスケジュールの変更が多い。タイから来た旅行会社の添乗員がツアー客の声に弱すぎるためで、予約していたレストランや訪問先のキャンセルも多発しがちだというのです。

しかも、添乗員は日本語がそれほど堪能ではない。いまタイ人団体客を連れてくる添乗員は、かつてタイを訪ねた日本人相手にガイドをしていた人たちで、多少は日本語ができたとしても、実際の日本のことはそれほど精通していないといいます。そのため運転手とのコミュニケーションも問題が多いとか。

「タイ語の日本語通訳案内士が全国に何人いるかご存知ですか? 全体(約1万8000人)のうち、わずか0.1%です。これで(今年1~8月ですでに)50万人を超えるタイ人観光客の受入が可能といえるのでしょうか」(王会長)。

タイの訪日市場は、事実上通訳案内士制度不在のまま拡大しているのです。こういう話を聞くと、アセアン諸国のビザ緩和もいいけれど、受入態勢はどうなっているのか。そういう批判がいつ出てきてもおかしくなさそうです。

③関空の入国審査に2時間はひどすぎる!?

インバウンド業界でさらに問題となっているのが、アジア路線が激増している関西国際空港の入国審査の時間がかかりすぎることだそうです。

「平均2時間かかる。せっかく日本に来たのに、こんなに待たされてはたまらない。バスの時間制限も気になるし、入国審査官が足りないのです」(王会長)。

ぼくは以前、羽田空港の入国審査官に事情を聞いたことがあります。もちろん彼らは人員を増やす必要を痛感しており、またお一人おひとりは激務をこなしています。ですから、特定の誰かを責め立てる気にはなれないのですが、この問題ももっと広く知られていい話ですね。

訪日1300万人を達成したものの、気がかりな入国管理の話
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④おかしな日本のTax Free

昨年10月日本の免税品枠の拡大が実施され、訪日外国客の購買意欲をかきたてることに成功しているようです。しかし、この制度についても、王会長は違和感がありそうです。

「昨年の免税品枠の拡大で、化粧品や食品など、いわゆる消耗品も免税対象となったのですが、本来帰国後に封を開けることを前提に店で袋閉じしても、お客さんはホテルで袋を開けてしまっている。目の前にお菓子があれば食べちゃうのは仕方がないけれど、ひとりのお客さんが免税枠の5000円分でまとめ買いして、あとでみんなで分けることも公然と行われている。そんなことで目くじら立てることはないかもしれません。でも、日本の、特にインバウンドに関わる制度設計は、すごくいいかげんで場当たり主義に見えてしまう。日本人はある方面では厳格にルールを守ろうとするのに、ある方面では目的と手段が噛み合っておらず、肝心なことが抜け落ちてしまっている。外国人からみると、すごくおかしく思う」。

おっしゃるとおりですね。ただこの問題に関しては、それで誰が被害を被っているのか、日本の納税者だなどと息巻いても仕方がない気がしますし、要はアジア客にたくさん買ってもらいたい、その一心で始めた制度には違いなく、どう改善すればいいのか、もう少し時間を経て考え直してもいいのかもしれません。

少し前まで香港で起きていたように、中国本土客が根こそぎ日用品を買いつくし、市民生活に影響が出るというような事態になれば話は別ですが、さすがにそこまでの話ではないと思うからです。

⑤日本の旅行会社の外国人取扱1.8%は少なすぎるでしょう

最後の指摘は、旅行業界内の問題ですので、あまり多くの方には関係ない話かもしれません。要するに、JTBグループを筆頭とした国内の旅行会社は、訪日外国人マーケットにおいて驚くほど売上が上がっていないという話です。

以下は日本旅行業協会(JATA)の統計です。

主要旅行業者の旅行取扱状況速報 平成26年4月分~平成27年3月分(日本旅行業協会)
https://www.jata-net.or.jp/data/performance/2015/1_26042703.html

海外旅行 2,203,392,889千円(34.3%)前年度比98.4%
外国人旅行 112,515,653千円 (1.8%) 前年度比135.2%
国内旅行 4,103,644,939千円(64.0%)前年度比102.1%
合計 6,419,553,481千円   前年度比101.2%

日本の旅行会社の扱うマーケットは大きく「海外旅行」「外国人旅行」「国内旅行」の3つに分かれるのですが、その取扱額の内訳をみると「外国人旅行」、すなはちインバウンドの比率が全体の1.8%に過ぎないのです。

つまり、日本の既存の旅行会社はこれだけ訪日客が増えているのに、本業であるはずの国内の旅行手配サービスの分野で外国客の取り込みができていないのです。

なぜこんなことになってしまうのか。日本の旅行会社は、中国の団体ツアーに象徴されるような免税店へのキックバックを前提にした薄利多売のビジネスモデルを受け入れることができない。そうでなくてもアジア客が全体の8割近くを占める「外国人旅行」は利益が薄いため、参入できないなど、いろんな理由を指摘するのは簡単ですが、日本の旅行会社のサービスが外国人にとって、現状としては魅力的とは受け取られていないことは認めなければならないでしょう。

AISOのような団体に、従来の旅行業の垣根を越えたさまざまな業界の会員が集まることでインバウンドビジネスの新たな裾野を広げていること。その会長が香港人であることには、理由があるのです。
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さて、これらニッポンのインバウンドの数々の問題点は、王会長が5~6年前からずっと指摘していたことです。「でも、日本はなかなか変わらないことがよくわかった」と半分笑いながらおっしゃいます。

そして、最近の決まり文句はこうです。自ら鼓舞するようにこう語るのです。

「インバウンドは、昔はスキマ産業。リーマンショックがあり、震災があり、尖閣があり、それでもいまや王道となった。このマーケットは絶好のチャンスであることはかわらない。だから、皆さん、制度設計もそうだし、実際の運営もあまり杓子定規にならず、もっとうまく利益を上げることを考えましょう」。

これはランドオペレーターの社長でもある王会長の本音でしょう。

王会長、ぜひまた話をお聞かせください。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-08 17:49 | “参与観察”日誌 | Comments(0)


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