2016年 01月 17日

日本の近未来の交通インフラの脆弱性を暗示するバス事故再び

1月15日未明、長野県軽井沢町で14人の命を奪うツアーバス事故が起きました。各メディアは事故の原因を次々に報道しました。

なかでもいちばん気がかりだったのは、朝日新聞が報じた次の指摘です。長いですが、転載します。

スキー夜行日帰り「過酷」 競争過熱、足りない運転手(朝日新聞2016年1月16日)
http://digital.asahi.com/articles/ASJ1H5R8CJ1HUTIL048.html

長野県軽井沢町で15日未明に起きたバス事故で、今回のスキーツアーは車中泊の後、現地で泊まる1泊3日や2泊4日で1万3千~2万円弱の格安料金だった。ネットには「最安値」「超お得」と価格を競う宣伝があふれる。

■長野スキーバス転落事故

公益財団法人・日本生産性本部の調べでは、スキー人口は1993年の1860万人が2014年は760万人に激減。都内の旅行会社の担当者は「格安ツアーは広告みたいなもの」と話す。スキー客が先細り、減ったパイを奪い合うのが実情だ。コスト削減のなか、安全性の確保に取り組んでいるという。

貸し切りバス業界では、運転手不足の影響も懸念されている。

国交省によると、貸し切りバスの事業者は2000年に規制緩和され、00年度の2864社から12年度は4536社に増えた。日本バス協会(東京都)の11年のアンケートでは、大手事業者の7割以上が「運転手が不足している」と回答。事業者は、運転に必要な大型二種免許取得に助成するなどしているが、「訪日外国人の急増で旅行会社からの注文に応えられないのが実情」という。

高齢化も深刻だ。今回の事故の運転手は65歳と57歳。国交省によると、バス運転手の平均年齢は48・5歳で全産業の平均42・1歳を上回り、6人に1人が60歳以上だ。バス運転手に年齢制限はないが、事業用自動車の運転手の病気による「健康起因」の事故は2014年に96件発生しており、運転への不安はぬぐえないのが現状だ。

■相次ぐ高速バス事故

2000年にバス参入が規制緩和された後、高速バス事故は相次いだ。12年に関越道の高速ツアーバス事故で7人が死亡したのを機に、国土交通省は安全対策の強化に乗りだした。

原因とされた過労運転を防ぐため、1人で運転できる距離の上限を従来の1日670キロから原則として夜は400キロ、昼は500キロに縮小し、上限を超える場合は交代の運転手の配置を義務づけた。今回事故を起こしたバスも2人体制で運行していた。

運転手への安全研修や飲酒チェックの設備にかかる安全コストを運賃に上乗せする新料金制度も導入。ツアーを主催する旅行会社が不当な価格でバス会社に運行を委託し、安全を軽視した運行が行われないようにするためだ。

貸切バス事業の新規参入時には必要な資金を引き上げ、営業所や車庫への現地調査も定めた。イーエスピーは14年4月に許可を受け、国交省の担当者は「厳格化された条件をクリアした」と説明する。

それでも事故は繰り返された。ある運転手は「格安スキーツアーは過酷」という。昨冬、志賀高原のバスセンターで別の運転手が「日帰りで折り返し。3時間しか寝ていない」と嘆くのを聞いた。東京を深夜に出て翌朝にスキー場に着き、夕方に東京に戻る「夜行日帰り」の日程を「やひ」と呼ぶという。「格安ツアーは運転手に『やひ』を強いやすい。いつか事故を起こすと心配していた」

バスや鉄道の安全対策に詳しい関西大の安部誠治教授(公益事業論)は「国交省の規制強化の方向性は正しいが、2人で乗務しても交代要員が寝ている間にドライバーが居眠り運転することもありうる。特に零細バス業者で順法意識が薄く、健康管理や労務管理が不十分なケースもある。規制の実効性を高める必要がある」と指摘する。


ポイントは、これまで本ブログでも何回も指摘してきた貸切バスの運転手不足と高齢化です。65歳の運転手に深夜運転をさせなければならない状況というのは、常識で考えるとぞっとしないではありません。

さらに、この背景に貸切バス業界で国の基準を下回る低運賃請け負い問題があることも指摘されています。

基準額割れでバス違法運行 「ツアー会社から要請」(朝日新聞2016年1月17日)
http://www.asahi.com/articles/ASJ1J5Q82J1JUTIL026.html

事故を起こしたバスを運行した「イーエスピー」(東京都羽村市)が、基準額を下回る安値で運行を請け負っていたことが16日、国土交通省の特別監査でわかった。複数の運転手を過労状態にさせていたことも判明。ずさんな運行管理が常態化していた実態が明らかになった。

■長野スキーバス転落事故

国交省は安全コストを軽視した過剰な価格競争を招かないよう、バス会社がツアーを請け負う際の運賃を、国が定めた基準の範囲内にするよう求めている。しかし同社は今回のツアーを、国に届け出た運賃の下限を8万円下回る19万円で請け負っていた。道路運送法違反になるという。

ツアーを企画した「キースツアー」(東京都渋谷区)とイーエスピーの間に入って運賃を調整した「トラベルスタンドジャパン」(千代田区)に対し、観光庁は聞き取りを実施。それによると、下限割れ運賃を提案したのはキースツアーだった。トラベル社からキースツアーに「下限を下回っている」と伝えたところ、キースツアーから「今年は雪が少なくてお客さんが集まらない。当面、下限を下回る値段でやってくれ」と要請され、イーエスピーに伝えたという。

記者会見したイーエスピーの高橋美作社長によると、2014年のバス事業開始当初はさらに低い料金で受注していたが、高橋社長は安全面の影響について「全くない」と主張した。キースツアーの福田万吉社長は下限割れについて「そんなことはないと思う。(認識に)行き違いがある」と述べた。

また、国交省が監査で運転手の乗務記録などを調べたところ、複数の運転手が国が定めた勤務時間の上限を超えていたという。今回乗務して死亡した2人に記録上の過労はなかったが、国交省は2人の勤務実態を詳しく調べる。2人は直近の健康診断を受診しておらず、道路運送法違反になるという。乗務記録と乗員台帳の記載漏れや、健康診断記録の保管の不備も見つかった。

イーエスピーでは事故を起こしたバスの運転手に対し、出発前の健康チェックも怠っていた。ところが運行管理者の荒井強(つよし)所長(47)は出発前日、「健康チェックを実施し、現地に到着した」とする記録をつけていた。16日の記者会見で荒井所長は「社長に負担をかけないため」と釈明。同様の事例は過去に複数回あったという。高橋社長は「心の緩みがあるかもしれない」と土下座した。

石井啓一国交相は16日、「監査後の再発防止の実効性を高めたい」と記者団に話し、監査のあり方を見直す可能性を示唆した。

観光庁によると、このバスには「トップトラベルサービス」(渋谷区)と「フジメイトトラベル」(杉並区)が手配した乗客も計4人乗車していた。


同じことは、FNNでも報じていました。

長野・スキーバス転落 国が定める最低基準下回る額で発注か(FNN2016/1/17)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00313826.html

今回に限らず繰り返される事故報道を聞くにつけ、いつも思うのは、格安なのに深夜運行という運転手にとって最も引き受けたくないと思われるスキーバスの過酷な運転を高齢者が担当せざるを得ないという業界の構造です。日本の近未来の交通インフラの脆弱性を暗示しているように思えてなりません。我々が当たり前と思って享受しているインフラがいつか瓦解する日が来るのではないか…。

増加する訪日外国人ツアーが普段利用しているのが、まさにこの貸切バスであることを思うと、別の心配も想起します。もし事故が起きて、多くの外国人観光客が亡くなるということにでもなれば、「日本のバスは(高齢者が運転しているから)怖い」というイメージが海外に広がることで、単に訪日旅行市場に影響するというだけでなく、日本の安全・安心イメージが揺らぐことにもなりかねないからです。

実は、この問題については、昨年11月12日のNHK「おはよう日本」でかなり直截に報じられていました。

NHKおはよう日本「急増 外国人観光客 苦悩するバス業者」(2015年11月12日)
http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/11/1112.html

その一部の核心部分を抜粋します。この報道では、日本のインバウンドの何が問題かについて、適切に指摘しています。要は、外国人観光客が増加しても、貸切バス業界には恩恵が及んでいないことです。バス業者の受けとる料金が安すぎるのです。その背景について、NHKはこう指摘します。

「受け取る料金が安く抑えられている理由。

有賀さんが指摘するのが、「ランドオペレーター」という業者の存在です。

ランドオペレーターは、日本にいながら中国の旅行代理店から仕事を受注します。

日本に事務所を持たない旅行代理店に代わって業務を行う仲介業者の役割を担います。

指定された予算で、宿泊先やバスの手配を行うのです。

バス業者への支払いを安く抑えれば抑えるほど、ランドオペレーターの利益は増える仕組みになっています。

現在、急増している中国からのツアーの多くにこのランドオペレーターが関わっているといいます。

中国から来日し、ランドオペレーターをしている女性が取材に応じました。

年間300件もの仕事をこなすという、この女性。

全国各地から、少しでも安い価格で仕事を受ける業者を探すことが欠かせないといいます。

ランドオペレーター
「(安い業者が多いのは)千葉県・三重県・愛知県、山の奥の県(のバス業者)はある程度、料金に応じてくれる。バス代を安く抑えなきゃいけない、抑えないと(ランドオペレーターは)全く利益が出ない、赤字になるだけ。」


ここでNHKは「ランドオペレーター」という存在を何やらあやしげに説明していますが、これはJTBやHISの海外支店と基本的に同じ存在です。日本から海外旅行に行くお客さんのホテルや観光の手配をする現地会社で、同じことは中国から日本に旅行に来る観光客にとっても、当然不可欠な存在なのです。

ところが、それを誰がやっているかというのが問題です。事実上、大半は在日中国人の業者がやっています。それ自体がいい悪いではなく、その理由は単に彼らが中国語がわかり、送客側の中国の旅行会社とのコミュニケーションの問題ということだけではなく、彼らしか中国式の商取引を日本側で受け入れる業者がないからです。なぜなら、中国の旅行会社は日本側のランドオペレーターに十分な代金を支払うことなく、免税店などでの買い物をさせたキックバックでホテル代やバス代を補てんするように迫るからです。当然、日本の旅行会社はそのような商取引を受け入れません。その結果、在日系のランドオペレーターだけが、中国式の商取引に合わせても利益が出るよう、日本のバス会社に低価格で仕事を発注するため、こうした問題が起こるわけです。

さらに、指摘は続きます。

「危機感を持った国は対策に動きました。

去年4月、新たな制度を立ち上げ、ランドオペレーターからバス業者に支払われる料金が高くなるようにしたのです。

しかし取材を進めると、新たな制度が守られていない事実が明らかになりました。

30台の観光バスを保有するこのバス業者。

ランドオペレーターから毎月40件ほどの依頼がくるといいますが、新しい料金を提示されたことは1件もないと証言しました」。


これが実態です。中国人ツアー客のバスを運行するような中小零細企業では、国交省の定めた新規の運賃制度が守られていないとNHKは明確に指摘したのです。

なのに、それを誰も咎めないのはなぜ?

これを問題化したら、中国人客の手配をしている在日中国人のランドオペレーターを監視しなければならなくなり、そんなことをしたら、年間500万人規模までふくらんだ訪日中国旅行市場は事実上維持できなくなるからです。しかし、NHKはそれを知ってか知らずか、そこまでは指摘しません。

もういいです。だから、ぼくは思います。

監督官庁もただ監視を厳しくするというだけでなく、中小零細バス会社が安定的に経営できるための施策を考えるべきだと思いますし、大手バス会社も「危うきに近寄らず」でなく、もっとインバウンド事業に参入し、日本の交通インフラの安定のために一肌脱いてもらいたいところです。
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by sanyo-kansatu | 2016-01-17 10:50 | 気まぐれインバウンドNews | Comments(0)


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