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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2016年 06月 08日

訪日旅行者が増えたから、日本の大学の観光教育はもっと経営を教えるべき?

個人的な話ですが、今度ある版元で中・高校生向けの大学の学部選びに関する本をつくることになりました。

かつて大学の学部は「法」「文」「理」「工」など一文字学部か、せいぜい「経済」「経営」「社会」などが大半でした。ところが、すでにずいぶん前からのことですが、学部名の多様化が際限なく進み、名称だけでは何を勉強するのかよくわからない学部が増えています。学問領域の細分化もありますが、学生募集のために、時代に合ったキャッチーな学部を創設する動きが強まったことも背景にあるでしょう。
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27 年度 大学・短大「現役進学率」は54.6%(旺文社2015年8月)
http://eic.obunsha.co.jp/resource/pdf/educational_info/2015/0820_k.pdf

一方、「大学全入時代」といわれるほど大学と受験生の関係が変わり、2015年3月に高校を卒業した大学や短大への現役進学率は54.6%。これまでなら就職していたり、専門学校に進学していたりしていた子たちまで大学に進学する時代です。社会が高度化するなか、就学期間が増えるのは当然だと思いますが、いわゆる有名大学を志望するハイレベルの子たち以外の、もっと多くのふつうの受験生たちにとって、大学名よりどの学部で何を学ぶかをきちんと選ぶことのほうが将来にとって意味があるといえるのではないでしょうか。

いまの時代、団塊世代がリタイアし、どの業界も人材不足です。これまで我々が当たり前と思っていた日本の社会のシステムを維持することも、ひと苦労の時代になることが予測されます。だから、若者には早く社会に出て即戦力になってほしいなんてのは、大人の勝手な都合じゃないかという声もあるでしょうが、時代の空気を感じ取ってしまうのか。いまの若い子はとても現実的です。でもそれだけに、多くの子供たちにとって就職につながる学部選びをじっくり考えることは大切です。

……というのが、これからつくる本の企画趣旨なのですが、いくつかの主要な学部ごとに複数の筆者が担当するシリーズ企画で、ぼくは「観光学部」を任されました。

さて、近年の観光立国化にむけた動きのなかで、全国の大学で観光系の学部や学科がずいぶん増えました。その動きも実はひと段落だそうですが、やはり時代が観光教育を学んだ人材を必要としていることは確かでしょう。

日本の観光教育の現状ついて、観光白書(平成28年版)はいくつかの課題を挙げています。

たとえば、第Ⅱ部2章2節 の「質の高い観光サービスを支える観光産業の革新」では、日本の宿泊業の抱える課題と人材育成について以下のように述べています(p.76)。

観光白書(平成28年版)第Ⅱ部
http://www.mlit.go.jp/common/001131273.pdf

「宿泊業の変革を進めていくためには、訪日外国人旅行者の受入環境の整備や、マーケティング、経営高度化等の課題に適切に対応できる経営者、従業員等の人材育成が急務であり、これは、地域での観光地経営など、観光産業全体についての課題でもある。

トップレベルの観光経営を担う人材を育成する大学院、地域観光の中核を担う人材を育成する大学観光学部、即戦力となる地域の実践的な観光人材を育成する専修学校等といった3層構造により、観光産業の担い手を育成していくことが求められる。しかしながら、我が国では、トップレベルの経営者から地域の実践的な観光人材まで、必要な人材を輩出するプログラムが不十分である。

我が国の大学の観光系学部・学科については、学部数、学科数、定員数は、いずれも頭打ちの傾向が見られる(図表Ⅱ-24)。また、卒業生の進路で見ると、観光関連産業への就職率は16.7%(2014 年度(平成26 年度)観光庁調査)に低迷している。このような傾向は、我が国の大学のカリキュラムが海外の観光系の大学等とは異なり、人文科学、社会科学を中心としたもの等が多く、経営人材の育成など、観光産業界が求める人材を輩出するという観点で見ると十分ではないこと(図表Ⅱ-25)が一因と考えられ、観光産業界が求める人材ニーズを把握し、産学連携により、「高等教育機関」として体系的なカリキュラムを構築していく必要がある(図表Ⅱ-26)」。
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つまり、観光白書では、日本の大学の観光教育はもっと経営を教えるべきだといっているようです。

確かに、中国や韓国、台湾などの東アジアの国々の観光教育と比較した際、際立っているのは、日本のみ「経営系」の内容の比率が低く、「人文・社会科学系」が高くなっていることです。もっとも、3国と比べ、「人文・社会科学系」「地域づくり系」「ホスピタリティ系」「経営系」という観光系で学ぶ4つの領域が最も良いバランスになっているといえなくもありません。日本を除く東アジアの国々は、いまでこそ多くの海外旅行客を送り出していますが、かつては海外からの観光客を受け入れるインバウンド市場の大きな社会でした。そのぶん、「経営系」や「ホスピタリティ」などの実務的な教育に偏る傾向があったのは、ある意味当然だったのです。

ですから、これがどうして不満なのかを推察すると、「(観光系の)卒業生の進路で見ると、観光関連産業への就職率は16.7%」にありそうです。その理由は「カリキュラムが海外の観光系の大学等とは異なり、人文科学、社会科学を中心としたもの等が多く、経営人材の育成など、観光産業界が求める人材を輩出するという観点で見ると十分ではないこと」だというわけです。

言いたいことはわからないではありませんが、観光系の大学で学んだ学生が就職先として観光産業以外の業界を選ぶのは、そんなにおかしいことでしょうか。業界別の給与水準の問題もあり、できる子ほど観光産業を選ぼうとしないという面があるからです。それに、今日の社会では、何も観光業界に入らなくても、観光に関わる、あるいは観光的なセンスを必要とする仕事は増えています。

さらに、「経営人材の育成」とひと口にいっても、誰が教えるのかということも気になります。教える側の人材は足りているのでしょうか。いまや旅行マーケットもIT化が進み、経営の考え方もかつてとは様変わりしている面があります。

観光白書のこの記述は、宿泊業の抱える課題について述べた節の中にあります。確かに、これまで日本の宿泊業は、経営という観点からみて、時代に取り残されてきた面があったように思います。1990年代のバブル崩壊以降、すでに「おもてなし」だけでは立ち行かない状況にあり、今後は訪日外国人旅行者の増加に対応する必要がでてきたことで、もっと経営のわかる人材を育てていかないといけない。宿泊業は外国人を受け入れるうえで最も基本的なインフラだからです。

だから、白書では、実務的なオペレーション科目とマネジメント科目に力点を置いた教育で知られるアメリカのコーネル大学を観光系大学のひとつのモデル像として例に挙げています。ただし、同大学は構内にある4つ星ホテル「スタトラー・ホテル」で学生が実習できるような環境まで整っているわけで、日本の一般大学と比べても…。むしろ、こうした教育は、日本では観光専門学校などが担ってきました。だとしたら、いまある観光学部や学科に「経営」に特化した教員を集め、コースをつくるほうが現実的ではないでしょうか。
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個人的には、いまの日本の観光教育のバランスはそれほど悪くないのではと考えます。実は、ある大学の観光学部の広報PRの仕事をさせていただいていて、ぼくは観光を学ぶ学生さんの姿に接する機会があります。入学当初は漠然と旅行会社やホテルなどの観光産業に働くイメージを持っていた彼らが、この4つの領域のうち、どれが自分に向いているか、学びを通じてだんだん見えてくるというのが大学4年間のプロセスのようです。これはとても大事なことではないでしょうか。

実は、これからつくる本の仕事で、いくつかの観光系学部の関係者にお話を聞くことになっています。現場の先生方や学生さんたちがいま何を考えているのか。とても興味があります。

by sanyo-kansatu | 2016-06-08 17:31 | “参与観察”日誌


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