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2016年 12月 13日

神社の跡地にできた公園の展望台は北朝鮮を望む絶景スポット(中国遼寧省丹東市)

中国東北地方の各都市には、満洲国時代に建てられた神社の跡地があり、そこはたいてい公園となっています。大連の労働公園(大連神社跡地)がそうですし、今夏訪ねた内モンゴル自治区のフルンボイル市ハイラル区の市街地にある西山広場(ハイラル神社跡地)もそうです。
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中朝国境最大の町、丹東にもかつて神社がありました。安東神社です。創建は1905(明治38)年10月3日といいますから、日露戦争直後に建てられたことがわかります。
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当時の絵葉書をみると、巨大な鳥居の向こうにスロープ状の参道と小鳥居、拝殿が見えます。
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これが跡地で、当時もいまも錦江山公園といいます。以下は、今年7月に訪ねたときの写真です。安東神社の廃絶は、日本の終戦の1945年ですが、いまでは日本の鳥居が中華風の派手な門に置き換えられています。
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これが当時の参道です。
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拝殿に至る階段の手前に石橋が残っています。
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日本時代の年号などが塗りつぶされています。
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ここが拝殿跡地だそうです。
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公園は錦江山の山腹に広がっていて、市民の散策コースになっています。
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緑に囲まれた散策コースは整備されています。
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15分ほど登ると、高台に中華風の「錦江亭」という展望台が立っています。ここからは、鴨緑江の対岸の北朝鮮の新義州の町並みが見渡せます。
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この日は空がかすんでいて、はっきりとは対岸が見渡せませんでしたが、右手に見える丹東駅とその先に鴨緑江断橋が見えます。
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これではつまらないので、2012年夏に錦江山公園の東にある黄海明珠(テレビ塔)から見た写真をお見せしましょう。

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20510174/

鴨緑江をはさんだ中朝の経済格差は歴然としています。はるかかなたに見えるビル群は、旧市街地から政治機能を移転するべく開発が進められている丹東新区です。

ところで、錦江山公園にはもうひとつ「曙光閣」という展望台があるのですが、日本の天守閣を模した不思議な外観をしています。
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さらに面白いのは、「錦江亭」のそばの茂みの中に、「皇帝陛下安東地方巡狩紀念」と刻まれた石碑が立っていることです。
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「巡狩」とは、古代中国で天子が諸国を巡視したことを意味しますが、ここでいう天子は、満洲国皇帝溥儀のことです。

石碑の裏には、満洲国崩壊時に国務院政務長官を務めた武部六蔵の名が刻まれています。
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なぜこんなものがいまも残っているのか。旅順の二〇三高地の山腹に戦死した乃木希典大将の次男の保典の碑が置かれているケースはありますが、基本的に「偽」満洲国時代の石碑等は打ち壊されたはずでした。金州南山の乃木の句を刻んだ碑も倒され、台座のみしか残っていません(碑自体は、旅順日露刑務所旧址に展示)。こんなに堂々と石碑が立っているのはちょっと驚きでした。

地元の日本語ガイドの閻宇飛さんによると「いったん倒して山の中に埋めたのだが、2000年代に入って「愛国歴史教育」の素材として、土から掘り出し、同じ場所に置いた」そうです。
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まあいろんなことがあるものです。錦江山公園は約1時間もあれば散策できますし、何より北朝鮮の町並みが見渡せるので、ぜひ訪ねてほしいスポットです。
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これは1940年代の丹東(当時は安東)の観光マップです。確かに、駅の北側に安東神社があります。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 13:29 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)


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