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2017年 07月 31日

聖なる高原リゾート、長白山に登る

長白山(朝鮮名:白頭山)は吉林省東南部に位置する標高2744mの名峰だ。清朝を興した満洲族や朝鮮民族の聖地とされるこの霊山には「天池」と呼ばれる美しいカルデラ湖がある。原生林に覆われた山麓は、野趣あふれる温泉や高山植物の宝庫として知られ、国内外から多くの登山客が訪れている。日本からのアクセスも悪くない。北京経由、同日着で山麓まで行ける。(2008年5月、12年7月、14年7月取材)
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↑コバルトブルーに輝く天池に映る白雲。山の天気は変わりやすく、このようなクリアな湖面を見せてくれるのは珍しい

1年の大半は氷に閉ざされた北緯42度の神話の山

5月中旬、長白山の山頂付近はまだ雪を被っていた。北坡の山門を抜け、林道を進むと「長白瀑布」と呼ばれる大きな滝が見えてきた。滝の周囲は氷雪にびっしり覆われていた。

天池に登るのはこれで2度目だった。誰でも安全に登れるように滝つぼの脇にコンクリート製の見栄えのよくないトンネルの登山道ができていたが、以前は滝つぼを間近に見ながら水しぶきで濡れた岩場をおそるおそるよじ登ったものだ。

階段を上りつめると視界が開け、天池から零れる雪解け水がまさに落下する滝口が目の前に見えた。手に触れるとしびれるほど冷たい。これが松花江の源流である。そこから厚い雪の壁の間にできた通り道をしばらく歩くと、ついに天池が目の前に現れた。

それは吹雪舞う北緯42度の極寒の光景だった。天池は一面厚い氷で閉ざされていた。時おり陽光が差し込む瞬間はあったが、頭上を覆う黒雲の変化は早かった。
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↑静寂に包まれた天池では、時おり氷結した湖面を滑るヒューという風の音が聞こえる。対岸は北朝鮮領だ。

1年の大半は氷結する天池だが、7月に入ると、風景は一変する。氷はウソのように消え、湖面は空の色を映して神々しいまでの紺碧に染まる。

天池にはこんな伝説がある。天女の三姉妹がこの湖で水浴びをしていたところ、神の使いのカカサギが赤い実を運んできた。その実を食べた三女は身ごもり、男子を産む。その彼こそ清朝を興した満洲族の始祖だという。朝鮮民族にもこの山麓を民族のルーツと結びつけた伝説がある。いずれも両民族の建国神話として伝わっているが、その舞台がかぶっているのは、いかにも大陸らしい話といえる。長白山系は中朝両国にまたがり裾野を広げているからだ。天池の半分は北朝鮮領でもあるのだ。

長白山は休火山で、歴史上何度も噴火している。特に大きかったのが約1000年前で、吹き飛ばされた岩石や灰は日本にまで届いたという記録も残っている。

このときの噴火の凄まじさを幻視した画家がいる。遼寧省出身の高斉環画伯だ。

彼の代表作『爆発』は、爆裂する長白山から大量の黒煙とマグマが噴き出す光景を描いたものだ。この作品が描かれたのは、改革解放後の1985年で、中国の長い政治動乱が収束し、しばらくたった頃のことである。彼が作品に込めたのは時代への怒りだったのか。

画伯の本来の作風は、大学時代にロシア美術を通じて学んだ油絵や水彩画、フランス印象派の手法を中国の水墨画に融合させた彩墨画を通じて表現される優美な世界にある。今日の中国ではもう出会うことの難しい、人と自然の暮らしが溶け合う夢心地のような原風景を多数描いてきた。その意味では、彼の作品の中でも特異な系列にあたる。

旅する画伯が描いた36年前の江南水郷の原風景
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↑天地から滝に落ちる雪溶け水。ここから松花江の支流に向かい、黒龍江(アムール河)に合流した後、オホーツク海に至る。
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↑外輪山のひとつ、北坡の天文峰展望台から望む氷結する天池。5月でも厚い防寒ジャケットがないと凍えてしまう。
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↑高斉環画伯は1935年遼寧省遼陽生まれ。幼少より高名な水墨画家から手ほどきを受けた彼は、瀋陽の魯迅美術学院卒業後、黒龍江省ハルビンの美術出版社に画家兼編集者として着任。東北三省をはじめ全国を旅しながら絵筆を執った。画歴60年間の集大成となる『高斉環画集』が2015年7月、東京で刊行された。

夏は高原植物の咲き乱れる山岳リゾートに変貌

神話の山にも時代の波が押し寄せている。長白山が今日のように大きく変貌するきっかけとなったのは、2008年夏の長白山空港の開港である。

長白山の観光開発は1980 年代後半から始まり、特に92年の中韓国交樹立以降、多くの韓国人が訪れるようになった。その後、2000年代中頃になると、豊かになった中国の国内レジャー客も大挙して現れるようになった。

登山シーズンは6月中旬から9月中旬の3ヵ月間。この時期、山麓のなだらかな草原に群生した高原植物が一斉に花を開く。北緯42度は北海道の駒ケ岳の緯度にあたるため、オダマキやオヤマエンドウ、キバナシャクナゲ、ツガザクラ、ヒナゲシなどが見られる。

長白山には北坡(北坂)、西坡(西坂)、南坡(南坂)の3つの外輪山から天池を望める登山コースがある。このうち最初に開発されたのは、長白山の北側に位置する北坡山門コースだ。山門からは長白瀑布に向かう道と、途中から中国側最高峰の天文峰に登る道に分かれている。原生林を散策する林道もあり、ショートトレッキングに最適だ。

長白山空港から最も近いのは西坡山門コース。近年本格的な開発が進められ、登山を楽しんだ後にくつろげる温泉付きの国際的な山岳リゾートホテルが続々と誕生している。朝1時起きで展望スポットまでの長い階段を上ると、天池越しにサンライズウォッチングできるのは西坡だけだ。

最近開発されたのが南坡山門コース。山門から頂上に向かう登山道に見られる高原植物の豊富さは随一。鴨緑江の源流となる長さ10kmの大峡谷の絶景もある。コースによってそれぞれ異なる景観や体験が楽しめる。

中国の名山といえば、黄山(安徽省)や廬山(江西省)、泰山(山東省)が有名だ。隆々しく変化に富む奇抜で神秘的な景観はいかにも中国人好みで、道教の世界観と縁が深い。一方、長白山は北方民族の霊山であり、なだらかに裾野の広がる富士山のような美しいシルエットが特徴。原生林やカルデラ湖、火山活動の跡を残す渓谷や溶岩痕、野趣あふれる温泉、高原植物の咲き乱れる光景など、どれを取っても中国では珍しい。

最近では冬季シーズンのスキーリゾート化も進められている。本格的なリゾートとなるにはまだ時間がかかりそうだが、1年中を通して観光客が訪れる山岳リゾートに生まれ変わろうとしている。一方、世界遺産登録を目指す地元吉林省では、野放図な開発は抑制しようとする動きも見られる。登山客の増加が環境悪化をもたらす懸念から、3年前から前述の長白瀑布の脇の登山道は閉鎖され、天池への観光客の立ち入りは禁止されている。
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↑長白山空港の開港以降、北京や上海、長春などから直行便が運航。空港から西坡山門まで車で15分という距離にある。
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↑天池の水は落差68mの長白瀑布から落ちていく。雪解けの頃には、水しぶきが登山路まで飛んでくるほど。
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↑北坡の天文峰展望台は天池を望むのに最もポピュラーなスポット。夏は展望台からあふれんばかりの登山客が訪れる。
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↑北坡の原生林の林道を歩くと、エメラルド色の水をたたえる緑淵潭をはじめ、美しい湖沼がいくつもある。
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↑西坡から南坡にかけた長白山中腹はフラワーハイキングのメッカ。キンポウゲの咲くのどかな草原が広がっている。

※『中國紀行CKRM Vol.08 (主婦の友ヒットシリーズ) 』(2017年7月18日発売)に掲載された記事を転載しています。
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by sanyo-kansatu | 2017-07-31 13:20 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)


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