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2017年 04月 26日

中国少数民族の「悲しくてやりきれない」物語の後日談(顧桃監督『最後のハンダハン』)

先週土曜日に立教大学で中国の独立系映画の顧桃監督作品『最後のハンダハン』の上映会がありました。

この作品は山形国際ドキュメンタリー映画際や中国インディペンデント映画祭などですでに上映されています。

「ハンダハンは、中国・東北地方、大興安嶺(ダーシンアンリン)山脈最大の鹿で、力強く威厳があるが、次第に生息地がなくなりつつある。当地に住むエヴェンキ族は定住を余儀なくされ、ハンダハンとあだ名される維如(ウェイジャ)も狩りが思うようにできず、消えゆくエヴェンキ文化を語りながら、飲んだくれるしかない。ガールフレンドと一緒に南の都会に住んでも、結局酒がやめられずに帰ってくる。『オルグヤ、オルグヤ…』、『雨果(ユィグォ)の休暇』と、エヴェンキの人々を撮り続けてきた顧桃監督3部作の最終章」(同映画祭ウエブサイトによる解説)。

最後のハンダハン/罕达犴/The Last Moose of Aoluguya(中国/2013)
http://www.yidff.jp/2013/cat041/13c062.html

エヴェンキ族というのは、もともとツングース系の狩猟民で、ロシア・シベリアと中国東北部の大興安嶺山脈周辺(内蒙古自治区エヴェンキ族自治旗や黒龍江省)に居住している少数民族です。生業は狩猟とトナカイの放牧で、白樺の木を何本も組んで円錐形にした天幕式住居が伝統的な住まいでした。戦前の京都大学の今西錦司を隊長とする大興安嶺探検隊の調査地にいた狩猟民といえば、おわかりになる人がいるかもしれません。

ところが、現在、彼らは政府によって定住生活を強いられています。これは中国に限った話ではなく、世界中で行われてきたことで、むしろごく最近まで狩猟民の移動生活が残っていたという意味では珍しいと言えるのかも知れません。顧桃監督が最初にこのテーマを扱った作品『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)によると、主人公たちが住む中国内蒙古自治区の敖魯古雅(オルグヤ)周辺では、2003年から定住化が進められたそうです。政府は彼らのために現代的な住居を用意しているのですが、狩猟民の血が騒ぐのか、慣れない定住生活の無為の日々ゆえにアルコール中毒になって命を落としたり、かつて暮らした森の野営地に戻ろうとする者が現れます。

この作品は、『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)、2作目の『雨果の休暇』(2011)に続く、エヴェンキ族の人たちの煩悶の日々を記録した作品群の後日談ともいえる3作目です。できればこれら前2作も併せて観ることをおすすめします。

というのも、多くの中国独立系ドキュメンタリー作品と同様、この作品も、まるで撮影者がその場にいないかのように、彼らの生活と喜怒哀楽と葛藤と嘆きのことばを延々と長回しのカメラで撮り、その一部を編集するというスタイルを取っています。また中国の辺境に住む狩猟民の文化や政治的環境は広く知られていないこともあり、主人公たちが置かれた状況や言動の意味について理解するには、本作だけでは十分とは思えないからです。

幸いなことに、『オルグヤ、オルグヤ…』については、講談社からDVDが発売されていますし、その他2作については、香港のテレビ局で放映されたものをYOU TUBE上で観ることができます。

『敖魯古雅(オルグヤ、オルグヤ)』
現代中国独立電影 最新非政府系中国映画ドキュメンタリー&フィクションの世界(書籍+DVD3枚)中山大樹著(講談社)
https://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4062182676&bookType=jp

『雨果の休暇(雨果的假期)』 https://www.youtube.com/watch?v=zu03bEJo_kA
『最後のハンダハン(猂達罕)』 https://www.youtube.com/watch?v=8L9TbT_ZItg
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上映会後のディスカッションでは、顧桃監督がなぜ少数民族をテーマに撮り続けているのか。また彼が最近、仲間と始めた独立系映画の映画祭「内蒙古青年電影周」の話などを聞くことができました。

2016 IMFW 首屆內蒙古青年電影周
https://kknews.cc/entertainment/5n3jr6.html

もともと絵画を勉強していた彼は、最初から「独立映画」を撮ろうなどという考えはなかったそうですが、今回開陳されたエピソードは、自身も満洲族である彼が、少数民族をテーマにドキュメンタリー作品を撮ることになった理由がよくわかるものでした。もともと彼の父親がエヴェンキ族の暮らしを長く取材し、その記録を1980年代に本にまとめていたからです(書名は『猎民生活日記』)。そのとき父親が撮っていた写真をもとに彼はスケッチを描いていたそうです。
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こうした話をふまえると、『最後のハンダハン』に関する以下の監督のことばの真意も理解できます。

「2005年、私は故郷のオロチョンから500キロほど離れた場所に住む、エヴェンキ族の人々を題材にドキュメンタリーを撮り始めた。それは私の父・顧徳清(グー・ドゥーチン)から大きな影響を受けていたためである。父は70年代から写真と文章で北方の少数民族の生活ぶりを記録しており、彼の勇気と辛抱強さに私はずっと励まされてきた。

私は6年の年月をかけ、『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)と『雨果(ユィグォ)の休暇』(2011)というオルグヤに暮らすエヴェンキ族についての作品を2本完成させたが、その間に維如(ウェイジャ)のこともたくさん撮影していた。力強さとともに多くの悲しみを抱えた彼の姿は、森に残された孤独な一頭のハンダハンのように見えた。

今から2年前、維如は恋愛をし、三亜にいる夏(シア)先生のために森を離れ、北緯52度のオルグヤから北緯18度の海南島へ移り住んだ。彼に会うために三亜へ行った私は、そのときブログに「森の最後のハンダハンは熱帯雨林に困惑し、吼える力もなく、ただ鳴くばかりだ」と記した。ヤシの木柄の、気取った海南島の服を着た維如がビーチで日光浴をする姿に私は違和感を覚えたが、彼の幸福を邪魔する権利があるでもなし、ただ彼自身が将来を選択するのを見守るしかなかった」(山形国際ドキュメンタリー映画祭ウエブサイトによる解説)。

ディスカッションの最後には、作品にも出てくるエヴェンキ族の口琴の演奏を監督が披露し、和やかにイベントは終わりました。

ただし、ちょっぴり不満もありました。これは文句でも批判でもありませんが、ディスカッションで話された内容の多くが、この種の映画祭が次々に当局によって閉鎖されるなど、中国の独立映画の置かれた厳しい状況、ゆえに日本はもっと彼らを応援すべきであるというような、ある意味「教育的」な話に偏っていたように思えたからです。

個人的には、もっと顧桃監督の作品の世界そのもの、エヴェンキ族と彼らの置かれた状況に対する理解を深めるような話を聞きたかったです。

たとえば、森で暮らすエヴェンキ族とトナカイの関係について。彼らがトナカイを放牧しながら、食肉やミルクをどう取り、調理しているのか。『オルグヤ、オルグヤ…』の中には、仕留めたばかりの野うさぎを切り刻み、食肉にするシーンや包子(肉まん)を食べるシーンがありますが、この肉はトナカイなんだろうか、など。彼らの食文化や森の生態とその変化についてもっと話を聞いてみたかったです。

今回気になって調べたのですが、この作品のタイトルであるハンダハンはヘラジカ(elkあるいはmoose)のことで、作品内によく出てくるトナカイ(reindeer)とは別の生き物です。どこ違うかというと、見た目が違う。ヘラジカの角は文字通りヘラのように平たく横に広がって生えているのに対し、トナカイの角は縦に長く伸びるそうです。この地域にはどちらも棲息していたそうですが、特にヘラジカは密猟によって数が少なくなっています。エヴェンキ族にとって両者の違いはどう理解されているのでしょうか。

もうひとつは、中国における少数民族に対する現地の人たちの見方について。この問題はどの立場からみるかによって見方が変わるものだと思いますが、漢族ではなく、同じ少数民族である満洲族の顧桃監督からみてエヴェンキ族とはどのような存在なのか。個人レベルでは父親の影響から親しみのある存在であったことはわかりますが、一般の中国社会における少数民族同士の関係についてはどうなのか。

主人公のウェイジャはかつての放牧の暮らしを絵に描いていて、それが縁で惹かれた女性と一緒に海南島に旅立つことになったのですが、彼の描く絵に対して顧桃監督はどう感じているのだろうか。技術うんぬんというより、少数民族自身が描く絵画の美術的価値、あるいは社会的価値をどう考えているのか。

なぜこんなことが知りたいと思うかというと、これは偶然のことですが、昨年7月ぼくはこの作品の舞台である中国内蒙古自治区の大興安嶺の近くを訪ねていたからでした。

この地域はエヴェンキ族に限らず、多くの少数民族が入り乱れるようにして居住しています。モンゴル族の住むフルンボイル草原から北に向かうと、草原は徐々に湿原になり、さらには白樺の並木が増え、ついには大森林に変わります。かつては、それぞれの自然環境ごとに異なる少数民族が暮らしていたのです。

今回ぼくは、別の関心からこの地を訪ねていたので、エヴェンキ族が居住する地域には直接足を運んでいません(実をいうと、現地のモンゴル族の知人から、エヴェンキ族の集落に行くことには価値がないと言われたからです。その意味はあとで説明します)。でも、はっきりしていることは、この地域では、彼らだけでなく、それ以外の多くの遊牧の民も、同じように定住生活を強いられていたのです。集落ごとに民族が住み分けされ、ひと目で居住民族がわかるように、政府が建てた家の壁の一部は赤やブルーなどに塗り分けられていました。国家による管理は、このような可視化を強いるものなのです。

その一方で進められていたのは、国家レベルでの草原と森の産業化でした。内蒙古のフルンボイル平原には近代的な工場がいくつも建ち、丘陵の尾根伝いにどこまでも風力発電の巨大なプロペラが並んでいます。都市部に近い草原は、所有と管轄を示す鉄条に区切られていました。また、もともと草原の顔だった羊や馬以外に、白黒まだらの乳牛が草を食んでいます。内蒙古は中国の乳産業の基地となっているからです。

近年、中国政府は国内の辺境地域の観光振興にも力を入れています。産業の乏しい辺境地の地域振興としては、国際的にみても特別なことではありませんが、顧桃監督作品を観ることで、それがもたらす別の意味を考えさせられます。

もともとこの地域は1年の大半は雪に覆われ、零下40度以下になる厳寒の地ですが、近年では6月から8月までの夏の約3ヵ月間、北京や上海などから多くの観光客が訪れるようになっています。メインの目的は内蒙古の草原観光ですが、それ以外のハイライトのひとつが、根河という町にあるエヴェンキ族の文化村とトナカイ牧場を訪ねることです。

実は、この根河こそ、顧桃監督作品に出てくる「敖魯古雅(オルグヤ)」の中国語の地名です。YOU TUBEで探すと、根河のエヴェンキ民族村とトナカイ牧場を訪ねた中国人観光客の姿を撮った映像がいくつも見つかります。

2014內蒙根河敖魯古雅博物館&使鹿部落 https://www.youtube.com/watch?v=SFnX5uFNuRU
2014中華新聞記者協會參觀敖魯古雅鄂溫克使鹿部落景區 https://www.youtube.com/watch?v=yU0mgWuWatw
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根河を訪れた北京や上海からの観光客は、フルンボイル市にあるハイラル空港で民族村を紹介する、いかにも通俗的な観光PR広告を目にすることになります。「馴鹿」はトナカイのこと。エヴェンキ族の住居と老人の写真に「中国極寒の地、根河はあなたを歓迎します-森林の町、トナカイの里、保養の地」というコピーが謳われています。こうした観光化は2000年代から徐々に進められてきました。これは、中国国内でこの20年間かけて拡大していったマスツーリズムにフロンティアが組み込まれていくプロセスだったといえます。つまり、顧桃監督が描いたエヴェンキ族の「悲しくてやりきれない」物語と同時進行で、彼らの周辺ではこうした観光化が起きていたのです。『最後のハンダハン』の冒頭のシーンのエヴェンキ族の定住地で、民族衣装を着た彼らがステージのような場所で歌と踊りを披露していましたが、これは彼らのための祝祭ではなく、観光客に見せるためのものなのです。
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これらを知ってしまった以上、前述したような、いろいろ気になることが出てきます。日本人であるぼくは、属する国家は違うとはいえ、北京や上海からこの地を訪れる漢族にきわめて近い立場にあると思います。その限界をふまえたうえで、エヴェンキ族について何か考えられることがあるとすれば、せめていま現地につくられた文化村の展示品を観ることだけで満足せず、彼らについてもっと知りたいという気持ちになるのです。

でも、一度にすべてを聞き出そうとするのは欲張りというものでしょう。きっとこれから先、なにかの縁で、顧桃監督からそんな話を聞く機会もあるだろうと思います。自分で調べられることもいろいろありそうです。

今回の上映会の後、しばらくぶりに『オルグヤ、オルグヤ…』や『雨果の休暇』を観たのですが、ウェイジャが何度も語る次のことばにあらためて無常を感じざるを得ませんでした。

「俺たちの世代で狩猟文化が消えていく。残念なことだよ」

しかし、彼は私たちの同時代人なのです。
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by sanyo-kansatu | 2017-04-26 12:28 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)