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2015年 03月 27日

訪日客増加で客室も足りない!?  多様化する宿泊ニーズに対応した新サービスや業態転換はどこまで進むか

今日の朝刊で以下の記事が報じられていました。

国内宿泊客最多4.7億人、14年外国人33%増(朝日新聞2015年3月27日)
http://www.asahi.com/articles/ASH3V4W9BH3VULFA01B.html

一昨日、やまとごころのサイトに寄稿したのが、ちょうどこのテーマでした。以下、全文を掲載します。

http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_11.html

訪日外国人数が1300万人(2014年:1341万人)を突破し、全国の観光地や都市部で外国人旅行者の姿をよく見かけるようになった。

なかでも東京や大阪など大都市圏のホテルは客室稼働率が上昇。外国客の国内手配を担当するインバウンド関係者からは、春と秋の繁忙期には各国の訪日ツアー客の受入を断念しなければならない事態が常態化しているとの声が聞こえてくる。

政府は2020年までに訪日外国人2000万人の目標を掲げるが、都内の旅館やホテルの客室数は現在約14万室。訪日2000万人時代には「1万室が不足する」(JTB総合研究所)といわれる。

早くもこの時点で訪日を希望する外国客の受入をお断りしているようでは、達成は難しい。昨年、本レポートで指摘したツアーバスの不足問題とともに、客室不足も今後の訪日旅行市場の成長にとって大きな懸念材料になっている。

ホテルの客室不足は2020年まで続く!?

2014年の国内ホテルの客室稼働率は好調だった。だが、都市別にみると地域差がみてとれる。前年比で大きく伸ばしたのは、ともに3.0%増の大阪(88.9 %)や沖縄(77.3%)だが、名古屋のように0.7%減(84.0%)の都市もあるのだ。通年で86.0%と高い稼働率で推移する東京も、8月以降は前年度を下回る月が多かった。

売り手市場となったことからホテルの客室単価が上昇している影響が考えられる。海外の旅行会社からは「都心のホテルは予約がただでさえ入らないうえ、高くなった」という恨み節が聞かれる。客室を押さえられないため、ツアー催行を断念するケースも増えているからだ。低価格で大量送客するビジネスモデルの団体ツアーでは、都内の宿泊施設を避け、近隣県にシフトしているのだ。「東京はホテルが取りにくい」という風評の広がりは気になるところだ。

こんな指摘もある。ある上海の旅行関係者は「20年まで日本のホテル不足は続くだろう」と観念しているという。なぜなら、都内の客室供給は今後それなりに増えるだろうが、五輪後の需要の落ち込みをふまえ、日本の開発業者は慎重だからだ。上海万博(10年)前のホテル開業ラッシュで、中国の高級ホテルは軒並み客室稼働率の低下に悩んでいる。日本側が上海を反面教師にするのは当然だと彼らはみているのである。

もっとも、訪日外国客の宿泊実態はさまざまだ。全体の5人のうち4人を占めるアジア系、すでにFIT化している成熟市場の欧米系、富裕層から訪日客のボリュームゾーンであるミドルクラス層、さらにはお金をなるべくかけずに旅行を楽しむバジェットトラベラー層に至るまで、国籍や階層、年代別に異なるその実態は多様化している。

問題は単に客室不足だけではないのだ。多様化する宿泊ニーズへの適切な対応こそが求められている。

これは新規ビジネス創出のチャンスである。以下、この喫緊の課題に応えるべく、国内で生まれつつある新しい宿泊サービスや業態転換などのユニークな動きをみていきたい。

都内のホテル地区が可視化してきた

2014年12月、ラグジュアリーリゾートの代名詞であるアマンリゾーツによる「アマン東京」が大手町タワー(千代田区)に一部営業を開始した。国際的に評価の高い同グループが手がける初の都市型ホテルだけに、巨大な和紙で覆われたガーデンレセプションなど、日本の伝統素材が使われた館内の優雅な意匠の数々は、海外からも注目されている。
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アマン東京 http://luxury-collection.jp/hotel/Amantokyo/

一般に外資系ラグジュアリーホテルは、物件を所有せず、運営に特化する経営スタイルを採用。都心の再開発の目玉である超高層複合ビルの上層階に入居し、客室数を絞り込んでいることが特徴だ。アマン東京は84室。客室数だけみれば一般のビジネスホテル並みで、今日急増する訪日外国客の客室不足の解消には必ずしもつながらない。

富裕層向けの外資系ラグジュアリーホテルの動向は華やかな話題性があるものの、訪日外国客のボリュームゾーンを占めるのは、やはりミドルクラスの旅行者である。こうした我々日本の一般国民の感覚に近い外国客が利用する宿泊施設の集まる地区が近年、都内に現れている。これは欧米やアジアのインバウンド先進都市にはほぼ見られることで、東京でも遅ればせながら可視化してきたといえる。

現在、都内の主なホテル地区は、新宿や銀座、品川、上野、浅草などだろう。これらの地区は、外資系ラグジュアリーホテルが集中する東京駅周辺(八重洲、丸の内、日本橋など)や六本木とは明らかに街の景観が異なっている。エリアによって宿泊施設のタイプや旅行者の層も色合いが違う。同じ地区の中に、欧米やアジアの個人客、ビジネス客が利用するシティホテルと、一般レジャー客のための宿泊特化型ホテルチェーンやビジネスホテルが混在していることも多い。最近では、若いバジェットトラベラー向けのゲストハウスが増えている浅草から隅田川沿いのようなエリアもある。

気がついたらまわりに外国人が……東新宿は外客FITゾーンに変貌中

新宿は1970年代に開発された西新宿のホテル地区が広く知られているが、近年JR山手線をはさんだ内側の東新宿にある手ごろな価格帯のビジネスホテルを利用する外国客が増えている。主に欧米からの個人レジャー客だ。この地区のホテルは以前、地方からの出張客やレジャー客が主に利用していたが、外国客もそれに加わりつつあるのだ。円安の影響で50米ドルを切る価格帯のホテルも多いことから、いまや東新宿は外客FITゾーンになっている。
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なかでもこの地区では老舗の「東京ビジネスホテル」は外国客比率の高いことで知られる。関係者によると「うちは昔から欧米客が多い。口コミで訪ねてくる方ばかり。西新宿のホテルに比べると宿泊料金は半分(1泊4100円~)だから、長期滞在される方が多い。うちを拠点に箱根や京都に行ってこられる方もいる」という。シンプルなホテル名が外国客にわかりやすいことも大きいようだ。

フロントサービスもチェックイン・アウトの手続きなど簡略なもので、西新宿のシティホテルのようなコンシェルジェ機能は特にない。施設や客室も決して新しいとは言えない。それでも、コストパフォーマンスを重視する宿泊客には問題ないようだ。彼らは自らネットを活用し、東京滞在を楽しんでいる。
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東京ビジネスホテル http://tbh.co.jp/

最近、東新宿ではアジアからの個人客も増えている。香港や東南アジアから来た若い旅行者が、新宿3丁目や東新宿の地下鉄駅から重いスーツケースを引きずり、ガラガラ音をたてながらホテルに向かって歩いている。都心に位置しながら閑静な住宅街だった東新宿の住人からすると、気がついたらまわりに外国人がいっぱい、という現象が起きているのだ。

東新宿は、明治通りをはさんで歌舞伎町や伊勢丹があり、東京を代表する繁華街に近いという絶好のロケーションでもある。交通の便もよく、東京滞在をリーズナブルに楽しむには好都合の場所なのだ。直近の話題としては、歌舞伎町のコマ劇場跡地に15年4月に開業する「ホテルグレイスリー新宿」がある。最上階の30階にゴジラの世界を体感できる客室を設けているという。すでに巨大なゴジラの頭部はお目見えし、「アジア最大の歓楽街」で異彩を放っている。海外で圧倒的な知名度を誇る歌舞伎町に立地していることから、外国客の人気を呼ぶことだろう。
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ホテルグレイスリー新宿 http://gracery.com/shinjuku/

サービス付き賃貸など新種の宿泊形態も

ここ数年、全国展開する宿泊特化型ホテルチェーンが都心に続々進出している。たとえば、東新宿には「アパホテル」がすでに3軒開業しているが、これは新宿に限った話ではない。共立メンテナンスは2015年4月アジア客に人気の上野御徒町に「ドーミイン」を開業する。またダイワロイヤルは17年春に東京五輪会場に近い有明エリアにビジネスホテル「ダイワロイネット」を開業予定だ。これらのホテルチェーンは、地方ではアジアからの団体客の受け皿となっているが、大都市圏では急増する個人客の動線をふまえた出店となっている。

ドーミイン http://www.hotespa.net/dormyinn/
ダイワロイネット http://www.daiwaroynet.jp/

新しい宿泊サービスも登場している。

たとえば、銀座では新タイプの国内ビジネスホテルチェーンの進出ラッシュが起きている。14年12月に三井不動産が東銀座に「ミレニアム三井ガーデンホテル」を開業。15年春には京浜急行電鉄も東銀座に「京急EXイン」、16年秋には相鉄ホールディングスが「相鉄フレッサイン」を新橋に2ヵ所新設する。これらのホテルはサービスの効率化を進めた従来の宿泊特化型とは違い、外国客やカップルの利用を想定。客室の約7割はダブルベッドにしたり、英語や中国語のスタッフを配備したりしているのが特徴だ。

ミレニアム三井ガーデンホテル http://www.gardenhotels.co.jp/millennium-tokyo/
京急EXイン http://www.keikyu-exinn.co.jp/

相鉄フレッサイン http://fresa-inn.jp/


ホテルのようなサービスを受けながら長期滞在できるサービス賃貸(高級サービスアパートメント)も増えそうだ。

東急リロケーションは16年春に部屋に乾燥機やミニキッチンを備える中長期滞在用の「東急ステイ銀座」を開業予定だ。グローバル企業で働くビジネスマンや観光客などの取り込みを図る。

東急ステイ http://www.tokyustay.co.jp/

サービス付き賃貸は、海外駐在や長期出張の経験のある人なら利用したことがあるだろう。アジアの主要都市では、ホテルに併設されるケースが多い。家具や家電製品は備え付けで、ホテルに比べて割安な料金で毎日の清掃やリネン交換などのサービスが受けられる。滞在日数にもよるが、敷金や礼金が不要で煩わしい手続きがない点も人気の理由だ。コンシェルジュサービスを提供する施設も多い。

日本では海外に比べ普及が遅れていたが、17年にはシンガポールのリゾートホテルチェーンのバンヤンツリーがサービスアパートメントの進出を予定している。

京都や大阪でも外資進出が活発化

外資系ラグジュアリーホテルの進出は京都でも起きている。2014年2月、「ザ・リッツ・カールトン京都」が開業。古都の景観を守るため、地下2階まで掘り下げてレストランや宴会場を配置した。料金は1泊6万5000円からという。また15年春には米スターウッドグループの最高級ブランド「翠嵐 ラグジュアリーコレクションホテル 京都」が開業する。

ザ・リッツ・カールトン京都 http://www.ritzcarlton-kyoto.jp/
翠嵐 ラグジュアリーコレクションホテル 京都 http://www.suirankyoto.com/

京都は盆地で、1200年以上の歴史遺産も多く、大規模再開発によるホテル建設に適した土地を見つけるのは難しいといわれていた。これまで修学旅行などの団体客を多く受け入れていたが、少子化の影響で国内需要は限界がある。一方、外国客は増加基調にある。

米国の旅行雑誌「トラベル+レジャー」が14年7月発表した世界の人気観光都市ランキングで、京都市が初めて1位となった。同誌は北米の富裕層を中心に読まれる月刊誌で、発行部数は約100万部。ランキングは風景や文化・芸術、食などの項目の総合評価で決まる。京都市を13年訪れた観光客数は5162万人、外国人宿泊客数は113万人と過去最高だった。

こうしたことから、行政も世界の富裕層の力で京都を活性化しようと規制緩和や特例措置で外資の誘致を後押ししている。16年に開業予定の「フォーシーズンホテル京都」は現在、東山地区の病院跡地に建設中だ。当初は隣に京都女子高校があったため、ホテル建設は認められていなかったが、例外規定で進出が実現した。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の人気で、大阪のホテル競争も激しくなっている。14年7月の人気映画『ハリー・ポッター』をテーマにした新エリアの開設で、夏のUSJの入場券予約は前年比6倍増。同社と提携するホテルは利用者が大幅に増えている。

14年に関西国際空港を利用する外国客が630 万人(前年比136%増)と3 年連続で前年を上回り、過去最高となっている。背景には、関空に乗り入れる国際旅客便に占めるLCC比率が22.4%(14年冬季:週174便)に上昇、国際線の発着回数が過去最高になったことがある。関空と伊丹空港を合わせた14年度上期(4月1日~9月30日)の訪日外国客も、初めて日本出国者を上回るなど、関西の訪日旅行市場は全国や関東平均を上回るペースで拡大している。

簡易宿が外客向けホテルに業態転換

実際、2014年の大阪の客室稼働率は88.9 %(前年比3.0%増)と東京より高かった。それだけホテルの客室不足も深刻である。

JR大阪環状線今宮駅を降りると、通りをはさんで住人とまちの雰囲気が一変する地区がある。大阪のドヤ街として知られる西成区あいりん地域だ。その一角に「ビジネスホテル来山北館」がある。外観は普通のビジネスホテルだが、1泊シングルで2500円と格安。風呂やトイレは共用だが、全室Wifi完備。ロビーには共用キッチンがあり、気軽に利用できる。LCCを利用する海外のバジェットトラベラーのニーズにぴったりの宿泊施設である。
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ビジネスホテル来山北館 http://www.chuogroup.jp/kita/ja/

ホテルの立地には西成区あいりん地域という特殊性がある。山田英範取締役によると、同ホテルはかつて労働者のための簡易宿泊所だった。ところが、バブル崩壊以降、労働者を取り巻く環境が変わり、宿泊客が激減したという。2004年、父親から家業を引き継いだ彼は、外国客向けの宿泊施設に業態転換を始める。まず着手したのは、HPの多言語化だった。さらに、宿泊客が自由に利用できるロビーの改修を進めると、HPを見た外国客が訪れるようになった。「宿泊客のうち日本人と外国人の割合は半々。時期にもよるが、韓国3~4割、中国・台湾・香港3~4割、タイ2割、欧米2割」とのことだ。

同じような簡易宿から外客向けホテルへの業態転換は、東京山谷地区(台東、荒川区)でも起きている。

ホテル市場を活性化する海外予約サイト

こうした多様な宿泊施設と外国客を直接結びつけているのが、海外から参入するホテル予約サイトである。予約サイトはいま、日本のホテル市場を大きく変えつつある。訪日客の増加にともない、海外からのネット予約が増えているからだ。

国内ではどんなに無名の宿泊施設でも、予約サイトのプラットフォームの上では、見せ方次第で外国客の目に留まる可能性がある。東新宿の老舗ビジネスホテルの「ホテルたてしな」の関係者も「昔は国内客がメインだったが、いまでは閑散期は外国客のほうが多くなる。海外からの予約はExpediaなどを使ったネット予約が大半だ」と語る。

これは高級外資ホテルからゲストハウスに至るまで事情は共通している。ホテル予約サイトが国内の宿泊施設の業態転換や新種のサービスの創出を後押し、市場の活性化を促しているのだ。

ラブホテルの外客向け活用も

これまでみてきた宿泊施設の関係者の話に共通するひとつの指摘がある。外国客には固定観念はない、ということだ。

興味深い話がある。客室不足に悩む大阪市は2014年、外客向けにラブホテルの活用を検討。「交通の要所である京橋や天王寺などのラブホテル街を対象に、フロント拡幅などの設備更新に補助金を出して業態転換を促せないか模索」(朝日新聞2014年8月4日 大阪版)したという。

ところが、関係者によると「進展はなかった」という。ラブホテルは小規模経営者が多く、新規施設の投資や多言語化の対応などに難があるためだ。

こうしたなか、清潔でくつろげる客室やカラオケ、ジャグジーバスなどのエンターテインメント設備を備えたレジャーホテル(ファッションホテル、ブティックホテルともいう)の中に、外国客の受入に取り組む施設が現れている。

関西を中心に47軒のチェーン展開を広げる「ホテルファイン」では、11年からHPを立ち上げ、ネット予約を開始した。ウォークインが基本のこの種のホテルで、予約を受け付けることは機会損失につながりかねないため、賭けでもあった。

翌年、海外のホテル予約サイトから問い合わせがあり、登録を決めるとすぐに海外からの予約が入るようになった。同ホテルの関係者は「外国客には日本人のような固定観念はない。単純に価格とスペック、サービス内容で宿選びをする。その点、レジャーホテルは客室が広く、ファミリー利用にも適している。日本が得意とするハイテク設備もある。それが優位に働くようだ」と語る。

日本の若いカップルと海外のファミリー客がフロントの前で鉢合わせするところを思い浮かべると苦笑してしまうが、この3年間外国客数は順調に伸び続けているという。
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ホテルファイン http://www.hotel-fine.co.jp/

都内のインバウンド関係者によると、新宿歌舞伎町でもラブホテルを利用する外国客が増えているという。先にみた簡易宿のケースもそうだが、既存の施設の業態転換はこれからの訪日旅行市場の拡大のためには不可欠かつ有効な取り組みといえるだろう。
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新宿歌舞伎町でも外国客のラブホテル利用されている

客室不足が顕在化するなか、この状況を打開するには、個別多様化した訪日客のニーズに即した施設やサービスをどれだけ提供できるかにかかっている。通念にとらわれない発想による新しい取り組みはすでに始まっている。すべては外国客のニーズをどこまで細かく捕捉できるかにかかっている。
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by sanyo-kansatu | 2015-03-27 14:54 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2015年 02月 05日

アセアン第二陣、フィリピンとベトナムの訪日旅行市場でいま起きていること

2014年の訪日外国人旅行者数1300万人突破で弾みのつく日本のインバウンド業界。

年末から年初にかけて関係者に話を聞いていると、中国、台湾、香港など訪日客の半分近くを占める中華圏市場への過度の偏りではなく、アセアンやオセアニア、欧米を含めた市場の分散化を期待する声が強いようだ。

なかでもここ数年、観光ビザの緩和で訪日客の増えているアセアン市場への関心は高い。

規模でいえば訪日客全体の1割強と、中華圏に比べればまだ小さいものの、タイを筆頭にマレーシア、シンガポールなど、すでにノービザ化が実現している国々も含め、基本的に「親日的」とされるアセアン市場に対する関係者の期待が大きいためだ。

2015年はアセアン統合の年。さらなる地域の経済発展が予測されるなか、昨年訪日数で中国に次いで高い伸びを見せたのがフィリピン(70.0%増)とベトナム(47.2%増)だ。アセアン第二陣ともいうべき両国の市場動向は他の国々と比べてどうなのか。新しい動きを中心に報告したい。

フィリピン客の特徴は英語を話し、ファミリー旅行が多い

1月20日に発表された日本政府観光局(JNTO)のリリースによると、2014年に中国に次ぐ高い伸びを示したフィリピンの訪日客数は、前年度比70.0%増の18万4200人。フィリピン市場の特徴をJNTOは以下のように解説している。

「フィリピンの訪日旅行者数は184,200 人で、10 年ぶりに過去最高を記録するとともに、前年比70.0%増と東南アジア市場で最も高い伸率を示した(これまでの過去最高は2004年154,588 人)。月別では4 月から6 月、9 月から12 月で、各月の過去最高を記録した。査証緩和に加え、円安の進行、羽田空港の国際線発着枠の拡大に伴う増便や新規就航など、航空座席供給量が大幅に増加したことや、旅行会社などとの継続的な共同広告の実施、旅行博でのプロモーションが、観光需要を大きく後押しし、2014 年の伸びに寄与した。なお、9 月30 日より、フィリピン国民に対する数次ビザの大幅緩和が実施された」。

ポイントは「東南アジア市場で最も高い伸率」と「10 年ぶりに過去最高を記録」したことだろう。フィリピン市場を考えるうえで在日フィリピン人の存在は大きい。2013年で約21万人と中国、韓国に次いで多く、親族訪問に限らず、日本とフィリピンの人的往来は以前から盛んだったからだ。

フィリピンから日本に乗り入れている航空会社も多彩で、日本航空や全日空、フィリピン航空だけでなく、LCCのセブパシフィック航空やジェットスター航空、ジェットスター・アジア航空がある。さらには大韓航空やキャセイパシフィック航空などの経由便も利用されてきた。

アセアン各国の訪日旅行を扱う株式会社ティ・エ・エスの下川美奈子さんは「(14年に訪日客が大幅に伸びた理由は)ビザが取りやすくなったことが大きい。数年前までフィリピンでは韓国旅行がブームだったが、それがひと段落して、いまは日本旅行がブームになってきた」と語る。

では、フィリピンの訪日旅行の実態はどのようなものなのか。

下川さんによると「団体ツアーはほぼ東京・大阪のゴールデンルートのみ。ただし、フィリピンの場合、全体でみると団体とFIT(個人客)は半々で、アセアンの中ではFITの存在感が大きい市場のひとつといえる。もともとフィリピンには中小の旅行会社が多く、不特定多数の人たちが参加する募集型ツアーよりも家族単位のグループが多く、個人手配の旅行に近い」という。

フィリピン客の特徴は英語を話すことだ。そのため、「欧米客と同じJTBのサンライズツアーやグレーラインのバスツアーに参加することも多い。国内移動も自分たちで新幹線に乗る」。

物怖じすることなく欧米客と一緒にバスツアーに出かけるのが、フィリピン人旅行者なのだ。その意味で彼らは英語圏の旅行者に近いといえそうだ。

訪日ベトナム人が増えた3つの理由

一方、フィリピンに次いで伸び率の高かったベトナムの訪日客数は14年に初めて10万人を突破し、前年度比47.2%増の12万4300人となった。

訪日ベトナム客が増えた理由について、JNTOは以下のように分析している。

「ベトナムの訪日旅行者数は124,300 人で、3 年連続で過去最高を記録し、初めて10 万人を突破した。月別では、2012 年1 月以降、36 カ月連続で各月の過去最高を更新し続けている。査証緩和に加え、円安の進行に伴う訪日旅行の価格低下、羽田便の増便をはじめとした座席供給量の増加、従来よりも手頃な価格での航空券の販売、共同広告、有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施、ベトナム語よる情報発信強化などのプロモーションが、増加要因として挙げられる。また、観光客だけでなく、留学生、技能実習生なども増加傾向にある。なお、9 月30 日より、ベトナム国民に対する数次ビザの大幅緩和が実施された」。

このうち、「査証緩和」や「円安の進行」など各国に共通する事項を除くと、ポイントは「羽田便の増便をはじめとした座席供給量の増加」「有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施」「ベトナム語よる情報発信強化」「留学生、技能実習生なども増加傾向」などか。

それぞれ具体的にみていこう。

まず航空座席供給量については、14年7月の羽田空港の国際線枠の拡大に伴い、ベトナム航空のハノイ・羽田線、ベトナム中部都市ダナンから初の成田線などが新規に就航。確実に拡充している。

この年末年始、関西空港にベトナムのLCC・ベトジェット航空のチャーター便が初就航したニュースも、この市場を知るうえでなかなか興味深い。

同エアラインは、定期便が就航する最初の便で機内に水着やドレス姿のキャンペーンガールを同乗させ、ダンスを披露するなど、およそお堅い社会主義国とは思えないサービスが話題となっているからだ。
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ベトジェット航空の機内で行われる就航記念イベント

ベトジェット航空の佐藤加奈さんによると、「2011年12月に運航を開始したベトナム第2のエアラインで、初めてのLCC。現在、国内16路線、国際線もタイやシンガポール、カンボジア、台湾、韓国などに運航している」。躍進著しい民営の新興エアラインなのである。
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ベトジェット航空
http://www.airinter.asia/

日本への定期便の運航は、15年1月現在未定だが、チャーター便を運航する計画がある。「今後、ベトナムからの訪日客は必ず増えると思う。ベトナム人は親日的で、何より平均年齢が27歳と若い国」と佐藤さんは期待をこめる。

大阪を旅する「ベトナム人気歌手」のPV撮影が話題に!

ベトナムの若さという意味では、「有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施」も気になるところだ。

これは昨年9月、ベトナムの人気歌手ヌーフックティン(Noo Phước Thịnh)さんの新曲のプロモーションビデオの撮影が大阪で行われたことを指している。

ヌーフックティンさんの新曲『be together forever』PV(動画)
http://www.tiin.vn/chuyen-muc/nhac/noo-phuoc-thinh-tung-mv-quay-o-nhat-ban-thach-thuc-son-tung-m-tp.html

ストーリーは、関西空港に降り立ったヌーフックティンさんが偶然知り合った日本の女の子に大阪をデート感覚で案内してもらうという設定。ロケ地としては、梅田スカイビルや大阪城、道頓堀、通天閣などが登場する。撮影には、ビジット・ジャパン事業の一環として日本政府観光局や地元大阪観光局が協力した。

PV制作を担当した大阪のイベント運営会社の担当者によると「ベトナムの人気歌手の新曲のPV撮影のロケ地に大阪を選んだことは、訪日促進プロモーションにつながっていると思う。昨年10月26日にホーチミンで開催された日越交流イベント『ジャパンデー2014』の会場でもこのPVは流された」という。

日本情報があふれるタイなどに比べるとまだこれからとはいうものの、ベトナムでは現地向けのベトナム語のフリーペーパーの発行が数年前からすでに始まっている。「きらら」は隔月刊の若いベトナム女性向けのライフスタイルマガジンで、ホーチミンを中心に5万部を発行。訪日旅行を喚起するさまざまなコンテンツを発信している。

「きらら」ウエブサイト
http://www.kilala.vn/cam-nang-nhat-ban.html

平均年齢27歳というこの国が今後、どんな消費シーンを見せていくのか、楽しみだ。

反中が「空前の日本語ブーム」に向かわせた?

「留学生、技能実習生なども増加傾向」というのも、ベトナム市場のもうひとつの実態といえる。どういうことか。

朝日新聞2014年9月5日によると、「南シナ海のベトナム沖から中国が石油掘削施設を撤収して1ヵ月半がたつが、ベトナム国内の「反中国」ムードが収まらない」「国営テレビは中国の連続ドラマの放送を打ち切り、観光業者による中国へのツアーの多くも中止されたままだ」(「ベトナム冷めない「反中」 政治的な対立は沈静化」)という。

ベトナムでは、南シナ海における中国との確執を契機に、これまでの依存し過ぎた対中関係のバランスを改めようとする動きがあるというのだ。それがベトナム人の関心を日本に向わせる背景となっているというのが、次の記事だ。

「ベトナムで空前の日本語ブームが起きている。昨年度の日本への語学留学生は前年度の4倍で、日本語試験の受験者も東南アジアで断トツだ。

ブームの背景にあるのは、国際環境の変化だ。日中関係の悪化で中国からベトナムへ拠点を移す日系企業が増え、商工会の加盟数は1299社(14年4月)と、5年で約1.5倍も増えた。いまや学生にとって日本語習得が「就職への近道」になっているのだ」(「ベトナム、日本語熱沸騰」朝日新聞2014年9月9日)。

ベトナムからの留学生も増えている。同記事では、「日本語教育振興協会(東京都渋谷区)によると、02年度に日本国内の日本語教育機関で学ぶベトナム人は198人で全体の0.5%。ところが13年度には前年度比4倍超の8436人になり、2386人の韓国を抜いて2位」という。

ベトナム国家観光局の統計をみると、13年のベトナム人の主な渡航先とおおよその数は、国境を接する中国100万人、カンボジア100万人、同じアセアン域内でビザが不要なタイ50万人、シンガポール30万人、マレーシア20万人、それ以外では韓国11万人だという。このうち、中国への渡航はビジネス目的が多いと考えられる。

昨年12万人を超えたベトナム訪日市場。この国の海外旅行の時代はまだ始まったばかりだが、今後の伸びしろは大きいといえるだろう。

神戸で神戸牛が重要! 訪日ベトナムツアーの9割はゴールデンルート

では、ベトナムの訪日旅行市場の現状はどのようなものなのか。HISホーチミン支店の井口唯さんに話を聞いた。以下、その一問一答。

――ベトナム人の一般的な日本ツアーのコースや日程、料金は。

「ツアーコースは9割以上が大阪→京都→名古屋→富士・箱根→東京、またはその逆をたどるゴールデンルート。

一般的な日本滞在中の日程は以下のとおり。
1日目 朝大阪着 神戸・大阪観光 大阪泊
2日目 京都観光 観光後名古屋へ 愛知県泊
3日目 富士・箱根観光 河口湖の温泉ホテル泊
4日目 東京観光 東京泊
5日目 早朝便で帰国または東京観光後、午後帰国
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ベトナムの日本ツアーのパンフレット(ゴールデンルート)

ゴールデンルートの料金は2,000ドル程度。この金額には全日程の宿泊や観光、食事、ホテル、査証、バス、保険などすべてが含まれる」。

――他のアジア諸国の訪日ツアーと比べてベトナムならではの特徴はあるか。

「いまのところベトナムの訪日ツアーの内容には他国と比べて特徴は少なく、どこの旅行会社も同じようなツアーを出し、同じような価格設定というのが現状。社会主義の国であるため、まだ規制が多く、自由な価格競争も難しい。たとえば、弊社がすべて5つ星ホテルに泊まるデラックスツアーや、札幌雪祭りやハウステンボスへ行くツアーなどのスペシャル企画を打ち出しても、なかなか売れないのが現状だ。

ちょっと面白いのは、ゴールデンルートでは必ず神戸に立ち寄ること。その目的は、瀬戸大橋を見て神戸牛を食べること。実際には神戸牛は大阪でも食べられるし、わざわざ往復2時間かけて神戸に行くより、大阪でじっくり時間をかけて観光したほうがいいと思うので、弊社では、たとえば大阪のインスタントラーメン発明記念館などを組み込んだツアーを企画してみるのだが、ツアーコースに神戸が入っていないと選んでくれない。宿泊についても、東京や大阪にこだわり、八王子や立川ならいいけど、横浜はダメだという。このようにベトナム人は先入観が強いというか、ちょっと頑固でミーハーなところがある」。

ベトナム客は神戸で神戸牛を食べないと気がすまない!?

「神戸牛を食べるなら神戸でなければならない」というような思い込みは、海外旅行が始まって間もない国の人たちに共通している傾向かもしれない。何度も日本に来られるわけではないから、来たからには当初の目的を貫徹したいという思いが強いと考えられる。情報豊富なリピーターの多い国から来た旅行者とは感覚が違うのは当然だろう。
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――ベトナム人は日本のどんなことに関心があるのか。それがツアー内容にどう反映されるのか。ベトナム人らしい立ち寄り先はあるか。どんなお土産が人気か。

「日本の伝統的なものより、まずは有名なことに関心があるように思う。たとえば、固有名詞でいうと、六本木、歌舞伎町、銀座、道頓堀、富士山、雪、寿司など。

一般にブランドものより100円均一やドンキホーテ、ヨドバシカメラなどの量販店での買い物を好むようだ。そのため、東京や大阪などで必ずショッピングフリータイムを2、3時間設けている。

ベトナム人らしい立ち寄り先というのは、神戸を除くといまは特にない。お土産はお菓子や食品などを買う傾向が強い。スーツケースや電化製品などを買う方もいるが、他の東南アジアのお客様より少ないように思う」。

――ベトナム人には日本食は問題ないか。またホテルやそれ以外で何かお困りのことは。

「日本食はほとんど問題ない。焼肉やしゃぶしゃぶ、寿司、和定食など、日本食としてよく知られているわかりやい料理が好まれる。ひとつ注意しなければならないのは、ベトナムではいま中国との関係が良くないため、中国客が多いレストランにお連れするとクレームを受けることがある。

ホテルでも特に困ったことはない。ただし、ベトナムではどんなに小さいカフェでも、家庭でもWiFiが当たり前のように普及しているため、WiFiがないホテルに泊まると驚かれてしまう。こういう点に関しては、あらかじめ日本の遅れているところとしてご理解いただくようご説明している」。

ベトナム客に留意するポイントはこれだ!

このようにベトナムの訪日旅行市場は、海外旅行の黎明期を迎えた国に共通して見られる微笑ましい特徴に加え、留意しなければならないいくつかのポイントがあるようだ。

昨年6月、アセアン・インドトラベルマート2014の商談会場で会ったハノイツーリストのLuu Duc Ke社長によると「これまでベトナム人の海外旅行先として人気の高かったタイで近年クーデターが起き、中国との関係も悪化したことから、両国を避ける動きが強まっている」という。

「現在、ベトナム人にビザが免除されているのはアセアン10カ国のみ。だから、もし日本でビザが緩和されたら、間違いなくベトナム人は日本へ行きたいと思うはず。日本の魅力は桜や紅葉に代表される自然の美しさ、近代的でありながらとても清潔な国であること。日本料理も食べたいし、買い物もしたい。ベトナムの経済水準はまだ低いので、リピーターが現れるようになるには時間がかかるが、少しずつ日本に行きやすい環境が整い始めている」と同社長は語る。

同じ会場にいた別のベトナム人関係者はこんな話を聞かせてくれた。「いまベトナムでは中国に対する反感が高まっていて、国内にあふれる中国製品を排斥する動きも強まっている。でも、ベトナムは親日、いや尊日の国だ」。

彼によると、訪日したベトナム客が家電量販店で電気製品を購入しようとしたとき、あまりのメイド・イン・チャイナの氾濫ぶりに唖然とするという。せっかく日本に来たのだから、メイド・イン・ジャパンを買いたいのに残念だと思うようだ。こうしたことから、これは家電量販店に限った話ではないが、ベトナム客の来店がわかったら、商品の薦め方に工夫が必要だ。レストランやホテルの客室の振り分けも、中国客とベトナム客がいたらフロアを別にするなど、細かい配慮も求められる。

気になるのは、日本側の受入態勢の問題だ。Luu Duc Ke社長は「ベトナムの旅行シーズンは4月、6月(夏休み)、10月。だがこの時期、日本ではバスやホテルの客室が取りにくい」と語っている。

この点について、株式会社ティ・エ・エスの友瀬貴也代表取締役は「華人ビジネスの影響を受けやすいタイのように、ツアー代金が急速に値下がりすることはあまり考えられないため、ベトナムは日本にとってはありがたい市場だ。しかし、9割のツアーがゴールデンルートというだけに、昨年すでにバスやホテル不足から予約を受けられない事態も発生している。これは対ベトナム市場に限ったことではないが、日本の受入態勢の問題をどう克服していくかが、今年ますます問われるだろう」と指摘する。

始まったばかりのアセアン第二陣。今回の内容はあくまで入門編に過ぎない。さらなる誘客を進めるためにも、それぞれの市場についてもっと理解を深めなければならない。

※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_09.html
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by sanyo-kansatu | 2015-02-05 17:00 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 11月 28日

〔検証〕1300万人突破か!? 今年の訪日外国人旅行者数は何が押し上げたのか

今年1~10月の訪日外国人旅行者数が過去最高の1100万9000人(日本政府観光局(JNTO)調べ)になったことを、各メディアが先週一斉に報じた。昨年は年間1036万人で、今年は早くも10月までで1100万人を突破。前年度比27.1%増という高い伸率は、日本の経済指標の中でも数少ない成長事例といえるだろう。「年間では1300万人前後になる見込み」とJNTOは予測している。
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では、今年の訪日外国人旅行者数は何が押し上げたのだろうか? 

すぐに思いつくのは、今秋以降さらに顕著となった円安効果だろう。だが、それだけが理由とはいえない。通貨安となった国がどこでも観光客が増えるかというと、必ずしもそうではないからだ。ならば、背景には何があるのか。以下、JNTOのリリースを基にその要因を検証したい。

5人のうち4人がアジアからの旅行者

2014年1~10月の訪日外国人旅行者数トップ10の国別訪日外客数(推計値)と伸率は以下のとおりである。ここから何が読み取れるのか。

1位 台湾 2,381,200(26.4%)
2位 韓国 2,245,400(6.8%)
3位 中国 2,011,800(80.3%)
4位 米国 744,900(11.9%)
5位 香港 734,400(20.2%)
6位 タイ 513,300(48.2%)
7位 豪州 242,900(22.6%)
8位 英国 184,700(14.0%)
9位 マレーシア 182,500(49.8%)
10位 シンガポール 153,400(17.0%)
※( )内は前年度比

トップ5(台湾、韓国、中国、米国、香港)はこの10年間変わらないが、今年初めて台湾がこれまで不動のトップだった韓国を抜いて1位に躍り出た。背景には、台湾と日本の間で結ばれた航空協定(オープンスカイ)による路線の拡充がある。同協定が調印された2011年11月以降、日台を結ぶ航空便は飛躍的に増加。13年2月以降は21カ月連続で訪日客数が過去最高を更新と、その勢いは今年に入っても変わっていない。台湾の航空便は日本の多くの地方都市と結ばれているのが特徴だ。その結果、訪問地の多様化が進む台湾は訪日旅行市場の中で最も成熟しているといわれる。

※台湾がトップとなった背景については、やまとごころコラム「25回 過去最高200万人超えなるか!? 今年の訪日5人に1人が台湾客となった理由」http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_143.html 参照。

2位は韓国。他と比べ伸率(6.8%)が低い理由は、4月の旅客船沈没事故の影響が指摘される。ただし、夏以降回復傾向が見られる。4位は米国。米国経済の回復基調が続き、今年4月以降、7カ月連続で各月の過去最高を更新している。5位は香港。こちらも台湾同様、21カ月連続で過去最高を更新。「9月末からのセントラルのデモの影響はまったくない」(現地関係者)という。

一方、伸率でみると、3位の中国は前年度比80.3%増と最も勢いがある。12年秋の尖閣問題で一時激減したが、昨秋以降大幅回復を見せているのだ(その背景については後述する)。タイ(6位)やマレーシア(9位)、シンガポール(10位)など、昨年観光ビザを撤廃したアセアン諸国も急増している。フィリピン(63.5 %増)やベトナム(49.1 %増)などの伸びの高さからも、政府の実施したビザ緩和がアセアン諸国の訪日客急増のもうひとつの要因であることがわかる。

いまや訪日外客数全体でアジア諸国が占めるのは約8割だ。今年、欧米主要国からの旅行者も各国平均10%以上増えており、欧米人ツーリストの姿をよく見かけるようになったと感じた人も多いだろう。だが、実際には5人のうち4人がアジアからの旅行者である。それが訪日旅行市場の実像だ。国別の伸率をみる限り、この傾向はますます強まりそうだ。

アジア各国の精力的な訪日路線の拡充

こうした市場の概況をふまえ、今年訪日旅行者数を押し上げた具体的な要因を考えてみたい。

観光白書(平成26年版)によると、訪日外客数の国別ランキングで日本は27位(2013年)だが、陸路で国々がつながる欧州やアジア諸国と違い、島国である日本が訪日客を増やすには、基本的に航空便の増便や新規就航で座席数を積み上げていくことしかない。つまり、今年伸率の高い国ほど訪日路線が拡充したことを物語っている。

なかでも突出しているのが中国だ。

今年の日中の航空路線の動きで注目すべきは、中国ナンバーワンLCCの春秋航空の路線拡充と天津航空の新規就航だろう。春秋航空は昨年までの上海から茨城、高松、佐賀の3路線に加え、今春以降、関空、新千歳の2路線と、内陸都市の重慶、武漢、天津から関空への3路線を新規就航させ、全8路線となった。夏には春秋航空日本(スプリングジャパン)が国内4社目のLCCとして成田から国内3路線(広島、高松、佐賀)を就航している。これは中国客の乗継需要も活かせるため、外資LCCならではの新しい動きといえる。天津航空は夏季限定の天津・那覇、静岡(ただし、静岡はチャーター便)を就航した。
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春秋航空日本の成田・佐賀線初就航便

※春秋航空については、やまとごころコラム「31回 中国客の訪問地の分散化に期待。中国ナンバーワン旅行会社、春秋国際旅行」 http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_163.html 参照。

今年6月以降、中国国際航空や中国東方航空などの国営キャリアでも、上海発を中心に関空や新千歳、那覇などの増便が目立っている。7~8月、中国南方航空の広州・新千歳のチャーター便も多数運航された。総計で週に約40便が増便され、路線も拡充した背景には、旺盛な中国の訪日旅行需要があったことは間違いない。

今年出遅れていた韓国も、8月以降回復基調をみせており、10月の訪日客の前年同月比は57.7%増となった。実際、日韓間の増便やチャーター便の運航は増えている。主なところでは、エアプサンの釜山・福岡、ティーウェイのソウル・那覇などのLCCの路線拡充が目立つ。大韓航空のソウル・旭川などの夏季限定のチャーター便など、北海道や九州、沖縄方面への増便が多いのも特徴だ。韓国の訪日旅行市場も台湾同様成熟しており、訪問地の多様化がさらに進むことが期待される。

本来、航空路線の拡充は日本と海外の双方向の人の流れが基調となるべきだが、日本からの中国・韓国方面への渡航者は一方的に減少している。そのため、日系エアラインはこの方面のレジャー路線を絞り、ビジネス路線に傾注せざるを得ない状況にある。つまり、拡大するアジアの訪日旅行市場は海外のエアラインのレジャー路線拡充戦略にかなりの部分握られているといえるだろう。市場規模は中韓に比べればまだ小さいアセアン諸国でも、精力的な路線拡充の動きはみられる。一部、日系LCCのアジア路線の就航の動きもあるが、全般的にみてこの状況は変わりそうにない。

一回の寄航で2000人以上を運ぶ大型クルーズ船

訪日中国客数を押し上げたもうひとつの要因に、大型クルーズ船の寄航の再開がある。なにしろ中国発のクルーズ船は、一回の寄港で2000人以上の乗客を運ぶからだ。

主な出航地は上海と天津。最もスタンダードなのが、東シナ海周遊4泊5日コースで、福岡など九州各地や韓国(済州島、釜山)を寄港する。2000年代後半から欧米や中国国内のクルーズ会社が東シナ海を周遊するクルーズ船の運営を始めており、いまや上海の海外旅行市場では最もポピュラーな商品として定着している。
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今年7月運航した上海発クルーズ船(プリンセス・サファイア号)は福岡と釜山に寄航

もともと東シナ海クルーズは夏がメインシーズンで、中国発クルーズ船の九州寄港は、2012年秋に尖閣問題でいったん休止した。そのため、13年は九州を訪れる海外クルーズ船の総数が半減。ところが、同年秋以降、徐々に運航が再開され、今年に入って一気に増えた。14年寄港した上海発クルーズ船の数は以下のとおりである。

上海発クルーズ船の寄航数(JNTO調べ)
2014年2月 1隻
    3月 5隻
    4月 9隻
    5月 8隻
    6月 6隻
    7月 17隻
    8月 14隻
    9月 16隻

主な九州のクルーズ船寄港状況は以下のサイトで確認できる。

博多港
http://port-of-hakata.city.fukuoka.lg.jp/guide/cruise/index.html
長崎港
http://www.jopa.or.jp/port_detail/nagasaki.html
那覇港(那覇港管理組合)
http://www.nahaport.jp/kyakusen/nyuukouyotei2014.htm

上海のクルーズ人気について、現地の旅行関係者はこう語る。「人気の理由は3つ。寄港地でのショッピングが楽しめること。船が大きいぶん料金が安いこと。祖父母と親子3世代のファミリーが安心して参加できること」。

上海発のクルーズ商品は3つのランクに分かれるが、最も大衆的な価格帯は4泊5日で5000元が相場だ。飛行機やバスで移動し続ける団体ツアーは、シニアや子供連れには大変だが、クルーズの旅ならのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいという。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースも一般的だ。

東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる寄港地が近場にいくつもあり、バリエーション豊かなコースの造成が可能なのだ。今日の東シナ海が、島をめぐる日中の確執の舞台であるだけでなく、中国人の大衆的なレジャー空間になっているという、もうひとつの顔を承知しておいてもいいだろう。

※上海発クルーズの人気の背景は、やまとごころコラム「30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべきか?(上海WTF2014報告)」http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_161.html 参照。

もちろん日本に寄港するクルーズ船は中国発ばかりではない。欧米からのクルーズ船も全国各地を訪れている。舞鶴港(京都府)では、今年15回の寄港があり、地元では上陸してくる外国人観光客の歓迎ムードが盛り上がっている。地元の高校生らが歓迎のうちわを制作したり、英語によるボランティアガイドに挑戦したりしているという。

一般にクルーズ船の上陸時間は8時間程度で、ホテル利用もなく、買い物も特定の量販店や大型ショッピングモールに限られがちなため、地元に幅広く経済効果をもたらすかについては疑問の声もある。それでも、国際航空便のない地方都市で外国人観光客受入のノウハウを学べる好機となるクルーズ船誘致の動きは全国で広がっている。

※クルーズ船の全国の寄港状況については、以下のサイトを参照。
CRUISE PORT GUIDE OF JAPAN
http://www.mlit.go.jp/kankocho/cruise/jp

10年の積み重ねが巨大な吸引力を生んだ

日本政府観光局(JNTO)は、今年10月の訪日外客数が単月として過去最高の127万2000人となった理由について、以下のように解説している。

「円安による割安感の浸透や、消費税免税制度の拡充、大型クルーズ船の寄航、秋のチャーター便の就航、大型国際会議の開催、中国・国慶節休暇中の集客を狙ったプロモーションや、各市場において紅葉の魅力を集中的に発信したこと」

なかでも10月1日から実施された消費税免税制度の拡充(外国客向けの免税品目の拡大)はひとつのポイントだろう。これまで家電や衣料品などに限られていた免税品目を、食品や化粧品などの消耗品にまで広げたことで、外国人旅行者の購買意欲に火をつけようというのが狙いだ。実際、この情報は中国をはじめアジア各国でいち早く広まったという。

全国の免税販売対応店は、10月1日現在9,361店。メイド・イン・ジャパンを掲げる「ショッピング・ツーリズム」の推進は、アジア新興国の旅行市場のニーズに合っているのは間違いない。だが、実際にはクルーズ客の事情と同様、一部の量販店や百貨店、大型ショッピングモールの利用が集中。恩恵を受けるのは大都市圏の一部であり、全国での「幅広い経済効果」は難しいとの指摘もある。

この点をふまえ、日本政府観光局(JNTO)の鈴木克明海外マーケティング部次長は次のように指摘する。「訪日客の増加は円安効果が大きいとよく言われる。確かに円安は訪日のひとつの動機になるが、通貨安だからといって急に観光客が増えるというものではない。これまで10年かけて培ってきたプロモーションによる日本のイメージがあり、日本に行きたいというニーズが生まれた。国と民間が一体となってやってきた努力が実を結んだと思う」。

政府が「観光立国」を目指してビジットジャパンキャンペーンを開始したのが2003年。これまで10年をかけて積み重ねてきた官民一体のプロモーションの相乗効果が海外の消費者に対する日本への理解や期待を高め、訪日旅行市場に巨大な吸引力を生んできたことは確かだろう。円安効果は日本に対する認知度があってこそ追い風となるのであり、何事も実を結ぶには10年くらいの地道な営みが必要だと考えるべきなのだ。

このまま増え続ける保証はない

では、20年までに2000万人という目標を掲げる訪日外国人旅行者数はこのまま増え続けるのだろうか。

実際には、来年も今年のような高い伸びが続く保証はどこにもない。なぜか。

まずこの1、2年高い伸率をみせたアセアン諸国のビザ講和の効果はすでに一巡し、伸率は鈍化するかもしれない。そして、今年トップの台湾や香港の1~10月の訪日客数を人口比率でみると、台湾(人口約2300万人、238万人)、香港(人口約700万人、73万人)とすでに1割を超えている。これは十分驚くべき数字であるが、伸びしろは多くないと考えても不思議ではない。

そう考えると、頼りは巨大なポテンシャルを感じさせる中国市場となる。今年1億人超という中国の海外渡航者数は、うち4000万人を占める香港を除いても、桁違いに大きな市場である。

日中関係が最悪といわれるなか、中国からの訪日客が増えている状況に戸惑いを感じるむきもあるかもしれない。この点について日中間には認識の違いがあるようだ。中国の消費者の立場で考えれば、中国メディアがどんなに騒ごうと、個人レベルでは日本に行ってみたいというニーズは、とりわけ中国で最も消費社会が進んだ上海を中心に確実に存在する。

一方、日中の航空路線の拡充は上海発に集中しており、全国的な動きとはいえない面もある。地方都市の旅行関係者からはこんな声も聞かれる。「中国は一様ではない。もし日中関係が良好なら、いまの2倍は日本に行ってもおかしくない。多くの中国人はまだ政府に遠慮している」。事実上中国客は増えているが、政治的な理由でまだ相当抑制されている地域の消費者も多いという。

今年韓国に約600万人もの中国客が訪れると聞けば、政治の影響がいかに大きいか物語っている。先般、実現した日中首脳会談が今後どう市場に影響を与えるか、気をもんでいる日中両国の関係者も多いだろう。

ともあれ、手をこまぬいていては何も始まらない。台湾や韓国、香港といった成熟した訪日旅行市場はまだ全体の一部である。中国の訪日客は個人ビザ客が増えているにもかかわらず、訪問先は圧倒的に東京や大阪などの大都市圏に集中しているといわれる。訪問地の多様化はそれほど進んでいないのだ。これはアセアン諸国の市場も同じだろう。

訪日外国人旅行者を今後も順調に増やしていくには、訪問先を全国各地へと分散化していく戦略が不可欠なのだ。これは「地方創生」にもつながる話である。

現在、海外で広く知られている日本の旅行先および商品群は、①東京・大阪ゴールデンルート周遊、②首都圏・関西圏の都市観光、③北海道、④沖縄などに限られるのが現実だ。今後、仕掛けなければならないのは、これらに次ぐ新しい「顔」の創出だ。その点でいえば、アジアから距離的に近い九州をまずは優先すべきだろう。

残念ながら、海外での九州の認知度はいまひとつのようだ。上海の旅行会社の担当者から、九州の売り方がわからないという話を聞く。アジア新興国市場ほどこの傾向が強い。一方、韓国のように九州を舞台に自ら新しい旅のスタイルを生み出している市場もある。両地域の歴史的なつながりがいかに深いか感じさせる話だ。
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九州では韓国客が始めたハイキングコース(オルレ)が人気

日本人の目で見れば、九州には火山もあるし、自然も温泉もある。歴史もグルメもある。しかし、いろいろある、だけではダメなのだ。対外的にすでに認知された4つの旅行先とは明らかに異なる明快な九州イメージの確立が求められている。それがなければ、外国客には選んでもらえない。イメージ確立のためには、持ち札のすべてを見せようとするとかえって逆効果だ。むしろ、まず何かひとつに絞り込むしかない。相手国に合わせてまったく別の「顔」を見せてもいい。

言うは易く行うは難しだが、これは九州に限らず、まだ海外で認知されていないほとんどの地方が抱える共通の課題でもある。

ともあれ、訪日外国人旅行市場には明らかに追い風が吹いている。課題は数々あれど、いまの日本、これほど先行き楽しみなチャレンジはそうあるものではない。

※やまとごころレポート7回 http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_07.html
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by sanyo-kansatu | 2014-11-28 16:15 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 09月 05日

32回 (改題)「いつ安部政権は変わりますか?」と訊く中国人の本音

訪日中国客が大幅回復したといわれています。日本政府観光局(JNTO)の最新リリースによると、今年1~7月の中国からの訪日客は約129万人で、前年同期比約90%増。特に7月は前年同月比101%増の約28万人という多さで、台湾、韓国を上回り、月間の訪日外国人数のトップに2年ぶりに返り咲きました。この調子でいけば、今年は初の200万人台を突破しそうな勢いです。数値だけみると、昨年の反動による回復だけではなさそうです。

上海の日本総領事館の今年上半期(1~6月)の発給件数も、個人旅行ビザは前年同期比170%増といいます。団体旅行客から個人旅行客への移行が進むこうした動きは歓迎すべきでしょう。

航空便の増便と大型クルーズ船の寄港が背景

訪日中国客が増えた背景について、JNTOは「航空便の増便やチャーター便の就航、大型クルーズ船の寄航」があったと報告しています。7月18日に、中国発LCCの春秋航空の重慶、武漢、天津からの関空線が新規就航しましたし、昨年激減していた中国からの大型クルーズ客船も7月中、九州、沖縄などに17便寄航したそうです。一度に2000人規模の乗客を運ぶクルーズ客船がこれだけ寄航すれば、訪日中国客数を押し上げるのも当然です。今年5月に上海で開催された上海旅行博(WTF)の会場で、クルーズ客船を販売するブースが大盛況だったことを報告したことがありますが、実際にそのとおりになりました。
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春秋航空は上海から茨城、高松、佐賀、関空の4路線に加え、重慶、武漢、天津から関空の3つが加わり7路線になった

もっとも、こういうニュースを聞くたびに、これだけ日中関係が悪化しているというのに、なぜ中国客は戻ってきたのだろうか? どこか釈然としない人も多いのではないでしょうか。中国ではいまでも政府主導で日本という国家を政敵とみなして批判・糾弾する動きが続いています。これは日本でも似たところがないとはいえませんが、PM2.5や食の不安などの理由もあって、中国を観光目的で訪ねる日本人は激減してしまいました。それだけではありません。上海や北京などにいた駐在員もどんどん減っています。誰が強いたわけでもないのに、日本の中国離れは加速度的に進んでいるのです。

ところが、中国からの訪日観光客は増えている。いったいこれはどういうことでしょうか?

この7月、ぼくは中国の東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)を取材で訪ね、多くの現地旅行関係者と会う機会がありました。約1か月かけて、大連、瀋陽、長春、ハルビンなどの省都にあたる主要な都市や地方都市を訪ねました。

今回は、現地旅行会社の関係者と交わした話を中心に、訪日中国客が戻ってきた理由と中国の旅行マーケットの現状、それについて彼らはどう考えているのか。今後の予測はどうか、といった話をしようと思います。

「いつ安部政権は変わりますか?」

面白いことに、今回会った中国の関係者から共通して聞かれる質問がありました。それはこうです。

「次の選挙はいつですか? いつ安部政権は変わりますか?」

中国には選挙なんてないくせに……。誰もが同じことを聞いてくるので苦笑してしまいました。要するに、日本人と長くビジネスをしてきた、いわゆる「親日的な」中国人の多くが、現在の日中関係の悪化は安部政権のせいだと信じ込んでいるのです。彼らは安部政権さえ変われば、日中関係は良好になり、以前のように日本からの観光客も中国に戻ってくるのでは、と淡い期待を抱いているようです。

「どうでしょう……。たぶん多くの日本人は、お宅のリーダーこそ日中関係の破壊の張本人だと考えていると思いますよ」。

思わずそう口から出そうになるのですが、グッと抑えることにしました。政治に無力な彼らを必要以上に傷つけるのは忍びないからです。もちろん、相手によっては、そうはっきり言う場合もありましたけれど。

では、なぜ彼らはこのように考えてしまうのでしょうか。それにはわけがあります。中国在住の方はよくご存知だと思いますが、いまの政権が誕生して以降、テレビニュースに日本の安部首相が登場する場合、首相の背後には必ず火を噴く戦車と空軍機が映されるのがお約束となっています。日本のリーダーが好戦的であるというイメージを中国国民に刷り込ませたいのでしょう。特定の政敵を設定し、相手が倒れるまで、あることないこと誹謗中傷を繰り返し、権力固めに利用するというのは、文革の頃に限らず、中国の建国以来の為政者の常套手段であることは広く知られています(こういうことは、それ以前にもなかったとはいいませんが、新政権後に顕著になったことは確かです)。

「いくらなんでも、これはやりすぎ」と、それを見た日本人なら誰でも思うことでしょう。まったく洗練さを欠いた一方的な映像で、こんな素人レベルの報道を中国の国営放送が日夜流しているのを見るにつけ、呆れを通り越して絶望的な気分になります。報道は「抗日ドラマ」じゃないんですから。中国のメディア人たちは、「反日」なら大方のことが大目にみられると安易に考えているのか、本来は彼らだって持っているはずの良識やバランス感覚を欠いているとしか思えません。こうしたプロパガンダ漬けのメディアに慣らされた(ゆえに、本来は疑り深い)一般の中国の人たちから「いつ安部政権は変わりますか?」という問いが自然に発するようになっても仕方がないかもしれません。

訪日旅行の促進は日本への恩返し

こんな話をどうして長々としたかというと、日本と付き合ってきた中国の旅行関係者たちが、ここ数年、自分たちのビジネスに行き詰まりを感じていることと、日中関係の悪化を結びつけて考えているらしいことがよくわかったからです。この問題に悩んでいるのは、我々日本側よりも、むしろ中国側なのです。

なぜ中国の旅行ビジネスはそんなにうまくいってないのか。中国はもはや年間9000万人超という世界最大の海外旅行マーケットの国です。この夏、アフリカを訪ねた友人が中国人観光客だらけだったと言います。いまや世界中に彼らは足を伸ばしています。なにしろ規模が大きいので、どこに行っても目につくのが中国客です。これで中国の旅行ビジネスが活況を呈していないというのは信じられません。

ある黒龍江省の地方都市の旅行関係者はこう説明してくれました。
「中国の旅行ビジネスが行き詰っている理由のひとつが政府の贅沢禁止令です。旅行会社にとって利益の大きかった公務員の視察や出張が減ったことが影響しています。街場のレストランやホテルも売上が減って困っています。国内の旅行市場も徐々に落ち込みつつあります」。

もともと中国の旅行会社が手がけてきた団体旅行は薄利多売のビジネスでしたから、この10年の激しいインフレで、いくら売り上げても収益の価値は下がるばかり。そのぶん、利益の大きい公務旅行で補てんしていたのですが、それができなくなった。海外旅行取扱者数がいくら増えても、不動産投資によって得られる莫大な経済的利益には比べようもなく、本業を続けるのがバカバカしくなるような気分が業界に蔓延しているようです。

今回会った旅行会社の社長の中にも、面会の約束をしているホテルにポルシェに乗って現れるような、いかにも成金タイプが何人かいました。彼らの本業はいまや旅行ビジネスではなく、副業として始めた不動産投資とノンバンク業(いま話題のシャドーバンキングです)でした。彼らは日本から訪ねてきたぼくに言います。「日本の無人島を買いたいので、どこか紹介してもらえないか。島を買って別荘を建てたい金持ちが中国には多い。これは儲かりますよ」。

その社長の部下に話を聞くと、「彼は数年前にチャーター便利用のツアーで成功し、手に入れた資金で国内だけでなく海外にもいくつも別荘を所有している。しかし、オフィスはこのとおり、雑居ビルの一室で、いくら儲かっても社員の労働環境を良くしようとか、給料を上げることなど考えていない。おそらく中国で何か起これば、海外に逃げ出すだろう」と話していました。社員はお見通しなのです。「彼は自分のことしか考えていない。国家や社会を良くしようとも思わない」。

こうした成金オーナーたちは、業界の健全な発展ということには関心がないようです。巷間伝え聞く中国経済の成長の減速は、当然旅行市場にも影響を与えていますから、まっとうに旅行業に取り組もうとしている人たちほど行き詰まりを感じざるを得ないのです。

もっとも、そのような人ばかりでないことも確かです。今回、ぼくは東北三省の旅行会社10数社を訪ねて回りました。上海や北京に比べて海外旅行市場の成熟度は遅れている東北三省ですが、最近は訪日旅行の取り扱いも少しずつ増えています。この地域の旅行業者の特徴は、1980年代から90年代にかけて、日本統治時代にこの地に住んでいた多くの日本人が“望郷”の旅と称して訪ねたので、その受け入れ、彼らの立場でいえば、インバウンド市場に大きく依存していました。しかし、2000年代に入り、この地に縁のあった日本人も高齢化し、渡航者は急速に減ってしまいました。

それに代わるものとして期待されたのが訪日旅行市場でした。

吉林省長春市の長白山国際旅行社の車作寛副社長は言います。
「私はこれまで旅行業者として29年間働いてきましたが、最初の23年は日本からの旅行者をお客様として受け入れてきました。しかし、最近の6年間は中国人の訪日旅行がメインのビジネスとなっています。この大きな変化について、私はこう考えています。これまで長く日本の方が中国に来て儲けさせていただいたので、これからはそのご恩返しと思って、日本にお客さんを送るつもりです」。
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長白山国際旅行社のスタッフの皆さん

車副社長のいう6年前とは、北京オリンピックの開催された2008年です。中国は国土が広いため、経済発展に地域差がありますが、2008年前後に中国の旅行マーケットのインバウンド(外国人の中国旅行)からアウトバウンド(中国人の海外旅行)への市場の逆転が起こっていたのです。

日中関係が良好なら今の2倍は日本へ

では、彼らはいまの訪日旅行市場をどう見ているのでしょうか。

一般に海外旅行の動向は、近場の市場と遠距離の市場に分けて考える必要があります。中国では、東アジアやアセアン諸国、オーストラリアくらいまでが前者で、欧米やアフリカが後者になります。数でいえば圧倒的に近場の市場が大きいですが、この5年くらいで急伸したのが遠距離の市場。10年前には存在しなかった市場が出現したことから、欧米をはじめ世界で注目を浴びたわけですが、問題は日本も含めた近場の市場の最近の動向です。

今年に入ってマレーシア航空の事故や南シナ海の領有問題など政治的な問題があり、東南アジア方面の渡航者が減少傾向にあります。昨年目立った伸びを見せたタイも、チェンマイのような観光地で中国客に対する反発が出てきたことから、去年ほどの勢いはないし、オーストラリアとの関係も微妙になっています。そのぶん、韓国だけが増えているのですが、こうした近場の市場の地域別の増減のバランスが影響して、数少ない選択肢となった日本が結果的に増えているのです。

ところが、大連の旅行関係者は言います。
「もし日中関係が良好なら、いまの2倍は日本に行ってもおかしくない。まだまだ少なすぎる。本来はこんなものではないが、多くの中国人はまだ政府に遠慮しています」

一見訪日中国客は増えているように見えるけれど、実際には政治的な理由でまだ相当抑制されているのが実際のところだというのです。

中国人の海外旅行時代の本格的な幕開けとなった2008年以降、今日に至る6年間、日中間には実にいろいろなことがありましたから、その意味は我々にも理解できます。

日本でにわかに訪日中国客に対する期待に火がついたのは08年でした。それが空前の盛り上がりを見せたのが、上海万博のあった10年でしょう。ところが、その年の9月に尖閣諸島沖漁船衝突事件が起きました。8月頃から徐々に反日デモが起き始めていたのですが、9月に入ってこの事件を機にデモがヒートアップしました。

翌11年3月、東日本大震災が起きます。新政権では未だに日中首脳会談すら開かれていないことを思うと不思議な気さえしますが、その年温家宝首相が来日し、被災地を訪ねています。ところが、12年9月に尖閣問題が再発しました。

よくまあこれだけのことが起きたものです。その間、訪日中国人数はアップダウンを繰り返しました。そして、今年の大幅回復です。

これまでのことを思えば、今後何が起こるかわからない……。仕事や人生が常に政治に翻弄されることに慣れている中国の人たちとは違い、ある意味潔癖な日本人の記憶にチャイナリスクはしっかりと刻まれてしまいました。

東北三省の旅行関係者らは、他の中国の地域に比べて歴史的にも日本と縁があるぶん、訪日旅行市場の拡大に全力を挙げて取り組みたいと考えていました。しかし、政治の影響で、当初の期待どおり市場が伸びていないと感じています。彼らがよく知る80年代、90年代のような日中関係であれば、こんなはずはないのに……。それが残念でたまらないのです。

この程度で留まるのが日本には好都合!?

上海に舞台を移すと、話は少し変わってきます。一般に中国人は南に行くほど政治の影響を受けにくいといわれますが、結局のところ、今夏の訪日中国人数を押し上げたのは、冒頭に挙げた大型クルーズ客船や春秋航空などの日本路線の拡充によるもので、上海とその周辺(一部重慶や武漢などの内陸も含まれますが)の市場の動きが大きかったのです。
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春秋航空(佐賀空港にて)

繰り返しますが、今年仮に200万人超の中国客が日本を訪れたとしても、中国の海外旅行市場のポテンシャルからすれば、本来の実力の半分にも満たない数字だと中国側の関係者は考えています。確かに、昨年韓国に約400万人の中国客が訪れたことを思えば、日本にはもっと訪れてもいいはずだ。そう考えるのも当然です。

ところが、これは皮肉な言い方になりますが、日本にとって訪日中国人数がこの程度に留まっているのは、むしろ好都合なのかもしれないのです。日本の外客受け入れ態勢は構造的な問題を抱えているからです。端的にいえば、外客向けの観光バスやホテルの客室不足です。

昨夏と今春、ツアーの予約を申し込みながら日本行きを断念したアジア客が続出したことから、今夏外客の手配を行う日本のランドオペレーターの多くは、アジアからの訪日旅行者の受注を抑える傾向にあったと聞きます。今春のような混乱は避けたかったからです。つまり、日本に旅行に行きたいという海外客が多くいるのに、現場ではお断りをしているのが現状なのです。さらに今年は消費税アップや国交省の指導によるバス料金の改定、客室不足によるホテル代金の上昇なども重なり、旅行費用に関して円安効果の相殺以上の値上がりが考えられるため、秋以降の訪日客数は鈍化する可能性もありそうです。

こうした状況で、中国客が本来の実力どおり日本を訪れるようなことになったら、日本の外客受け入れ態勢は文字通りパンクして立ち行かなくなるでしょう。つまり、日中関係が良くないことで、日本のインバウンドは救われているともいえるのです。なんてことでしょう。

だとすれば、この程度の数に留まっているうちに、インバウンドのためのインフラ整備や制度設計を始めるべきではないでしょうか。

あるインバウンド関係者は言います。
「今後本腰入れてインバウンド観光に推進するのであれば、海外へのプロモーション一辺倒のあり方や国内のインフラ整備の具体的な方向性について行政や関係省庁、メディアにももっと考えてもらわなければならない時代になったと思います」。

まったく同感です。いまは、そのターニングポイントに来ていると思います。

これまでぼくは本コラムにおいて、海外の訪日旅行客の送り出し側の事情を中心に、国内外のあちこちを訪ね、話を聞いてきました。

今後は、テーマを国内の外客受け入れに関するインフラ整備の問題にシフトし、少しずつ周辺事情を探っていこうと考えています。

※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_166.html
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by sanyo-kansatu | 2014-09-05 12:26 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 07月 29日

31回 中国客の訪問地の分散化に期待。中国ナンバーワン旅行会社、春秋国際旅行社のビジネス戦略に注目

拡大する中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。2012年9月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)の春秋航空日本を設立。今年に入り、上海以外の地方都市からの日本路線も続々就航させています。彼らの描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのか。関係者らのインタビューをもとに、同グループのユニークな取り組みをお伝えします。
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日中関係が最悪といわれるなか、中国からの訪日客が増えています。

こうした事態に戸惑いを感じるむきもあるかもしれませんが、中国の消費者の立場で考えれば、これだけ航空路線の拡充と円安基調が定着すると、訪日旅行意欲がかきたてられるのは無理もないことです。

中国メディアがどんなに騒ごうと、政治と民間交流は別次元の話。個人レベルでは日本に行ってみたいというわけです。

そんな中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。

5月に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)でも、同グループの出展ブースが最も活況を呈していたことは、前回報告したとおりです。
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いったい春秋国際旅行社とはどんな会社なのでしょうか。

取扱・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社

春秋旅行社の創業は1981年。87年に海外インバウンド客の受入を開始。春秋国際旅行社と改称しました。
その後、全国に販売ネットワークを広げ、現在、全国39都市に支店を開設。2000店舗を超える代理店を持っています。
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国内・海外を合わせた旅行取扱人数と売上は、15年間連続1位(2013年)という中国のナンバーワン旅行会社なのです。

同社は自前のエアラインを所有していることが最大の特徴です。春秋国際旅行社を母体として、2004年春秋航空を設立。これは中国で現在唯一の格安航空会社(LCC)です。

国内においては上海、瀋陽、石家庄の3拠点をハブと位置付けし、全国主要都市への路線網を拡げています。

国際線においても、日本以外に、ベトナムのダナン、マレーシアのコタ・キナバル、カンボジアのセムリアップ(アンコール・ワット)、タイのバンコク、チェンマイ、プーケット、シンガポールなど東南アジアのレジャー路線を中心に、着々と新規路線を開拓しています。
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すでに国内106路線、海外41路線(2014年6月現在)と路線網を持っています。

春秋航空は積極的な広告戦略でも知られています。

上海市内の地下鉄駅構内や車両に随時、新規就航路線を告知する広告を打ち出しています。近年、中国経済の減速が指摘されるように、ここ一、二年地下鉄構内の派手な広告が姿を消しているなか、春秋航空の存在感は圧倒的です。
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何より注目すべきは、初めての国際線就航地として茨城空港(2010年)を選んだことに象徴されるように、日本市場へのあくなき挑戦です。

さらに、春秋グループは、2012年9月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)として春秋航空日本を設立。この夏国内線の運航を開始する予定です。

今年3月には上海・関空線も就航。7月以降、関空線を大幅に拡充し、天津、重慶、武漢、大連からの就航も予定されています。

中国・春秋航空、関空路線を大幅拡充(日本経済新聞2014年5月28日)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ280AR_Y4A520C1TJ2000/

訪日路線網の拡大で新しいツアー造成を

では、春秋グループが描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのでしょうか。

上海旅游博覧会(WYF)閉幕の翌日(5月12日)、春秋国際旅行社本社で日本出境部経理の唐志亮氏に話を聞くことができたので、以下紹介します。

― 今回のWTFで御社は最大規模のブースを展開、多数のスタッフを会場に送り込み、即売にも力を入れていました。何をいちばん売りたかったのですか?

「会期中限定のキャンペーン料金を打ち出し、海外ツアーを販売するのが目的でした。販売コーナーの周囲には、クルーズや航空(春秋航空)、ビーチリゾート、自由旅行、都市観光バスなどのブースを個別に整え、プロモーションにも努めましたが、メインは販売です」

― 訪日旅行商品としてはどんなものがありますか?

「現在、春秋航空は上海から茨城、高松、佐賀、関空と4つの日本路線があり、それらの都市を組み合わせたツアーです。これから夏にかけて、北海道やファミリー向けにUSJやTDRを付けた本州のツアーも、市場のニーズに合わせて販売します」

— 御社の特長は自前の航空会社を持っていることですね?

「春秋グループが他社と違うのは、自前の航空会社を持つだけではなく、旅行会社と航空会社が対等な関係にあることです。

一般にこの業界では、航空会社が旅行会社の上位にあり、路線開拓に合わせてツアーを造成させるという主従関係にある場合が多いですが、弊社は母体が旅行会社でもあり、ともに協力しながら発展していくというのがビジネスモデルです。

春秋航空の路線計画はレジャー市場に合わせて展開されます。日本の航空会社が中国路線ではビジネス路線に注力しているのとは対照的です。もちろん、我々もビジネス客の動向も合わせて考えていますが、メインはレジャー市場です」

― 自前のエアラインを持つことで、他の旅行会社にはない、どんな訪日ツアーが商品化されているのでしょうか?

「そうはいっても、お客様のニーズに合わせた商品造成が基本となりますから、東京・大阪のゴールデンルートがいちばん人気であることは、実は変わりません。

そこで、弊社の場合は、春秋航空の乗り入れている高松や茨城を起点としてゴールデンルートに新しい変化を加え、3月15日から就航している関空+X、それ(X)は九州(佐賀out)であり、中部であり、鳥取(2012年9月、同社は米子空港へのチャーター便を計画するが、中止された)であり、四国(香川out)であるといったさまざまな組み合わせが可能となります」

― 関空就航の意味は大きいですね。さらに、まもなく春秋航空日本が国内線の運航を開始します。

「それ以後は国際線に加えて、成田―高松、佐賀、広島の国内線も組み合わせることができるようになります。それだけでなく、たとえば、佐賀inで福岡から他社便を利用し、人気の北海道に行くというツアーも考えています。

実は、春秋航空は今後さらに新千歳や那覇など日本各地に就航する考えを持っています」

― とはいえ、昨今の日中関係の悪化は気になるところですね。中国からの訪日客は増えていますが、日本からの訪中客は減少の一途をたどっています。

「確かに、政治的にはそうかもしれませんが、私には何とも言いようがありません。でも、はっきり言えるのは、日中間の民間交流は止まらないということです。

弊社の役割は、そのためのベースづくりをすることだと考えています。2011年5月、東日本大震災後、中国から初めて東北を訪ねる旅行関係者のツアーを実施したのも弊社です。上海・茨城線を利用したものですが、その後も茨城線は運航を続けました。

これからは中国からの訪日だけでなく、日本からの訪中の双方向の交流を進めたいと考えています。

そのためにはさまざまな手を打たなければなりません。また就航地を増やしたからといって、すぐにツアーのバリエーションが増えるかというと、そんなに簡単ではない。

新しいツアーコースの造成においても、東京や大阪は外せないと考えています。中国の消費者は、やはり日本に旅行に行く以上、東京や大阪には絶対立ち寄りたいのです。お客様のニーズがそうである以上、いきなり東京や大阪なしの新しいデスティネーションだけのツアーの造成は難しいと考えています。

佐賀線があるので、なんとか九州を売りたいと考えていますが、九州だけのツアーではまだなかなか売れない。そこで、佐賀inで春秋航空日本の国内線を利用して成田に飛び、東京に立ち寄り、茨城outとなるコースや、佐賀inで九州と中国地方を周遊し、関空outとなるコースなどを仕掛けたいと思います。

ツアー企画を成功させるためのポイントは『人気の場所+新しいデスティネーション』の組み合わせなのです」

― なるほど、明確な戦略を持ちつつも、あくまで現実的な戦術をとるわけですね?

「もちろん、今後はFITも増えていきますから、着地型の商品(日本国内で造成される中国客向け商品)も作っていくことになると思います」

唐志亮さんは1983年上海生まれの「80后」世代。福岡、京都(大学)、東京(就職)と8年間日本で暮らしたそうです。春秋旅行社入社は2年半前。「まだ経験が足りませんが、日本の事情には通じているので、それを活かしたい」とのこと。上海人の若い世代らしく、とても明快なビジネス戦略を言葉にしてくれました。

春秋航空日本を設立した理由

先頃、春秋航空日本の国内線の運航開始が6月末から8月上旬に延期となったことが報じられました。それ以前に他の国内LCCも減便を迫られる事態が伝えられていたばかりでしたから、日本のLCCの抱える課題が浮き彫りにされた面がありました。

春秋航空日本、8月に就航延期、高松線減便も−最大1万席に影響(トラベルビジョン2014年6月8日)
http://www.travelvision.jp/news-jpn/detail.php?id=61885

それでも、春秋航空が日本路線を拡充する動きは止まりません。その目的は何なのか。彼らは日本におけるLCC設立をどう位置づけているのでしょうか。

昨年11月、春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長に話を聞いています。以下、その内容です。

― 中国の旅行会社で自前の航空会社を持っているのは春秋旅行社だけだそうですね。なぜ航空会社を所有しようと考えたのですか?

「航空会社を設立する前から、春秋旅行社ではチャーター便ビジネスを積極的に手がけてきました。中国は団体客が多く、ツアーコストを下げられるチャーター便利用のツアーは人気があるのです。1997~2004年までの7年間で約3万便。こんなに飛ばせるなら、自社で航空会社を持ったほうがいいと考えるのは当然です。ドイツの旅行大手TUIが航空会社を持っていることから、我々も学んだのです。

国内線の申請は2004年、就航は05年6月18日からです。最初は便数が多くないため、運営は苦しかったです。1日10機以上飛ばないと赤字になる。それでも、コストを下げるためのあらゆる工夫をして1年目から黒字となりました。中国では、それまでLCCの運営は不可能と言われていましたが、我々は不可能を実現したのです」

― 黒字になった理由をどうお考えですか?

「以下の5つの理由があります。
①チケットはすべてネット販売
②1機あたりの1日の運航時間を11時間とすること(通常は9時間)
③座席数は180とする(通常は157)
④オフィスビルは質素にするなど、できるだけ余計なコストをかけない
⑤搭乗率が高い(05年以来、平均95%を維持)

春秋航空の方針は、これまで飛行機に乗ったことのない人に乗ってもらおう。バスのように気軽に使ってもらおう、というものです。だから、席が余ったら1円でも乗ってくださいと。それをやったら、2012年秋の上海・茨城線で失敗しましたが(笑)。中国国内で反発が出たんです。発売後、3日目で中止となりました」

春秋航空、佐賀・高松~上海の「1円航空券」中止(2012年10月19日)
http://www.j-cast.com/2012/10/19150671.html

― 日本を最初の就航地に選んだ理由は何だったのですか?

「国際線は2008年頃から計画を始めました。これから中国は海外旅行客が増大するだろう。弊社が使うエアバスは運航効率から考えて5時間圏内が最適だったので、東南アジアの一部や韓国、日本の中から最初はどこに飛ばすか考えました。

当時は日本からの訪中客が多かった。経済交流も進み、双方の国の人的往来が頻繁でした。また中日路線は利益率がいいという経済的な理由もありました」

― そして、2012年10月に春秋航空日本株式会社を設立されました。その目的は?

「日本で航空会社を設立した目的は、現状では中国からの乗り入れの難しい成田や羽田から国際線を中国に向けて飛ばすことです。

実は、LCCである春秋航空は中国でも北京になかなか乗り入れできないのです。でも、日本の航空会社であれば、成田や羽田を利用できる。これは茨城線就航後、すぐに考えたことです。

今後は中国の地方都市からも日本路線を増やす予定です。

中国は人口が多いので、1%でも1300万人、大きいですよ。最近、中国人は年に何回も海外旅行に行きます。日本は近いし、1990年代からたくさんの中国人が日本に留学したり、仕事をしたり、つながりが多い。日本の良さをよく知っているんです」

春秋航空、関空拠点化へ−7月に武漢、天津、重慶線開設、上海線増便も(トラベルビジョン2014年5月28日)
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=61719

民営企業ゆえの徹底した顧客目線のビジネス

春秋グループの歩みを見ていると、国際標準に即した明確な戦略を持ち、一つひとつ市場を着実に開拓していけば、結果がついてくるということを教えられます。

そもそも新規路線の就航のための努力は、中国でも日本でも基本的に変わらない。いかに地元に受け入れられ、協力してもらえるかにかかっている。

日本路線の開設や日本法人の立ち上げも、これまでずっと中国国内で経験してきたことの積み重ねだったといえます。

ところで、取扱人数・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社とはいうものの、実際に訪ねた春秋旅行社本社の店舗は実に質素でささやかなものでした。カウンターの前に客が座り、スタッフが対面して静かに接客している光景は、ほとんど日本の旅行会社の店舗と変わらない印象でした。
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同社のコスト削減の姿勢は徹底していることで知られています。

これは春秋航空本社ビルでも同じでしたが、昼間オフィス内は基本的に電気や冷房は付けないそうです。コスト引き下げのために関係各社や自治体に協力を求める以上、自らも姿勢を正すべきというトップの意向によるものです。

実は、先日成田の春秋航空日本のオフィスを訪ねたのですが、冷房を使わず、そこでも大きな扇風機が回っていたのは印象的でした。

ビジネスのあらゆる局面で政治に翻弄されがちな中国で、国営企業に比べ立場の弱い民営企業が生き残るには、マーケットのニーズにとことん忠実であること。徹底した顧客目線でビジネスを展開していくことが、ある意味日本以上に求められる面があるのに違いありません。

春秋グループの関係者と話をしていると、日本から学びたいという謙虚な姿勢も明快です。JTBとの提携や春秋航空日本の設立も、日本のサービスや安全基準を自社に取り入れることが強く意識されています。

確かに、中国を取り巻く国際情勢の行方は見通しが立てにくいと考えるむきは多いでしょう。しかし、重要なのは、個別の企業が具体的に何をやっているか、それで判断するしかない。春秋グループのブレない取り組みを見ていると、その思いを強くします。「国進民退」といわれる中国にも、こうした良質な民営企業があることを知っておくことは、時代のムードに安易に流されないためにも大切だと思います。

国内外のレジャー市場に注力し、茨城や高松、佐賀といった日本の地方都市にあえて路線を築いてきた春秋航空の取り組みは、東アジアにおけるLCCのビジネスモデルのひとつの先駆けといえるのではないでしょうか。

春秋航空と春秋航空日本の路線網の拡充がもたらすのは、中国客の訪問地の分散化です。

新たに就航する国際線と国内線を組み合わせることで、これまで実現できなかった多数の周遊ルートが考えられるからです。近年、過度な集中が懸念されている東京・大阪のゴールデンルート一辺倒だった中国客のツアーコースに新しいバリエーションが生まれていくことを期待したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-07-29 12:48 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 06月 27日

30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべきか?(上海WTF2014報告)

日本政府観光局(JNTO)の6月18日付けプレスリリースによると、2014年5月の訪日外客数は109万7200人。44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った4月に続く過去2番目の記録となりました。1~5月までの累計もすでに500万人を突破し、過去最高ペースで推移しています。市場別では、中国が第3位(1位は台湾、2位韓国)で前年同月比でなんと103.3%増の16万5800人。昨年9月から9ヵ月連続で各月の過去最高を記録するという勢いだそうです。

これだけ日中関係が悪化し、南シナ海でも紛争が起こるという政治的な異常事態が続くなか、中国客が日本に押し寄せているという状況を、私たちはどう受けとめればいいのでしょうか。中国の海外旅行市場で今何が起きているのか。もっと知る必要があるでしょう。

訪日中国客の最大の送出地は上海です。2014年5月9日~11日に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)に行ってきました。今回は、その視察を通じて中国の海外旅行市場の最近のトレンドを報告します。

上海でも始まったツアー即売会

今回のWTFは、上海市旅游局が主催する16回目の旅行博覧会で、海外旅行市場も含めた博覧会としては11回目になります。


上海では毎年5月にWTFが開催されますが、2年に1度、11月に中国国際旅游産業博覧会(CITM)も開催され、今年の秋はCITMがあります。後者は中国国家旅游局が主催するイベントで、浦東の新国際博覧中心が会場です。国家旅游局主催のイベントだけに、全国から業界関係者が集まるぶん、規模的には後者がはるかに大きいですが、逆にいえば、WTFはローカルなイベントだけに、上海の旅行マーケットの現状が見えやすいともいえます。

では、会場に入ってみましょう。

正面入り口すぐ前の向かって左手に陣取るのは、韓国観光公社のブースです。この博覧会で最も良いポジション取りはここ数年、韓国の定位置となっているそうです。おなじみの韓流イメージを総動員させたプロモーションです。

中韓関係の蜜月化が訪韓中国人観光客を激増させています。現地メディアの新華網も「中国の旅行会社は引き続き韓国への大規模な送客計画を執行する」と報じているようですから、これは既定路線というわけです。中国ではいかに政治が観光と直結しているか、よくわかります。

我国旅行社继续执行大规模向韩国“送客计划”(新華網2014年4月6日) http://finance.china.com.cn/roll/20140406/2314165.shtml

海外からは他にも、タイやバンコク市、フィリピン(中国との関係悪化はここでは関係なしか)、マカオなどのアジア各国・地域、欧州方面ではスイスやエジプトなどが出展していました。

昨年、大盛況だったタイのバンコクや台北での旅行博(24回、25回参照)を見てきたせいか、それらと比較すると、上海のWTFは少し地味に見えなくもありません。以下は公式データです。

出展者数:50の国と地域より570団体が出展(合同出展含む)
出展面積:約15000㎡(前回比16.5%増)※販売エリアの面積は前年比24%増
業界関連来場者(業界エリア来場者数):のべ7948人
一般来場者(一般エリア来場者数):のべ約3万8300人※業界エリア入場者の重複カウントはせず
旅行商品他の現場販売金額:約1801.6万元(前年比33.7%増)

実際、海外からの出展者数は以前ほど多くはないようです。会場には中高年が多く、若い世代の比率はそれほど高くないと感じました。こうしたこともあってか、数年前からWTFでも、タイや台湾と同じように、会場での旅行商品の即売会を始めています。上海の大手旅行会社が、会期中限定の割引商品の販売を行っていました。

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気

なかでも目立ったのが、クルーズの販売です。昨年さっぱり姿を見せなかった上海発クルーズ船も、今年は福岡などを中心に九州各地を寄港しています。

これは6月30日発サファイア・プリンセス号のセールスボードです。済州島、福岡、長崎を寄港する5泊6日のクルーズで、上海中旅国際旅行社が販売しています。料金はデラックスルームで1名8999元。会期中1部屋4200元のディスカウントをうたっています。

会場にはクルーズの特設イベント会場が設置されていて、旅行会社やクルーズ会社によるPRや懸賞イベントが繰り広げられていました。

上海のクルーズ人気について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の中杉元氏は「最近の上海の旅行会社のファーストプライオリティはクルーズ販売といえます。上海発のクルーズは4泊5日で韓国や九州を寄港するものが主流です。人気の理由は、寄港地でのショッピングが楽しめること。祖父母と親子3世代のファミリーが気軽に参加しやすいこと。船が大きくボリュームがあるぶん料金が安いことにある」といいます。

上海発のクルーズのスタンダードな価格帯は4泊5日で5000元が相場だそうです。この手ごろな価格が人気の理由です。飛行機やバスで移動し続ける旅行は、シニアや子供連れでは大変ですが、クルーズは寄港地での岸上観光以外はのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいからです。

今日の上海における海外旅行の大衆化を象徴しているのがクルーズ旅行です。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースもかなり一般的なようです。これは島国に暮らす日本人にはピンとこない感覚かもしれませんが、東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる近隣国の寄港地がいくつもあり、バリエーション豊かなコースをつくることが可能なのです。

チラシに見る上海人の海外ツアーの中身

中国の海外旅行シーンを手っ取り早く理解するには、現地の旅行会社でどんな海外ツアーのチラシが作成しているかを見るに限ります。

会場で、出展規模や集客状況も含め、最も目立っていたのが、春秋グループでした。展示スペースの中央に旅行即売コーナーを置き、その周辺にビーチリゾート、クルーズ、春秋航空などの展示ブースを並べており、各ブースごとのイベントも次々繰り出されています。
活気あふれる春秋旅行社の即売ブース

同社の即売コーナーでは、黄色いTシャツを着た数十人のスタッフを動員し、旅行エリア別に分かれて来場客相手に接客する熱気に包まれた光景が見られました。

そこで置かれていたツアーチラシの中から目についたものを紹介しましょう。

●ドナウの恋11日間
珍しく情緒的なネーミングのついた商品です。プラハinでウィーンを抜けブダペストout

●クロアチア・スロベニア10日間の旅
フランクフルトinリュブリャナ(スロベニアの首都)out。「アドリア海、魅力の旅。世界文化遺産、グルメ、市街地4つ星ホテル泊」という売り文句が掲げられています。

●トルコ10日間の旅
イスタンブールin-out。「新欧亚之魅―深度全景之旅」。「コンヤ、カッパドキア、イスタンブール、パムッカレ、アドリア」」などを訪ねます。「全行程ショッピング強制なし。純粋な旅行体験を楽しめます」。

●アメリカ16日間の旅
ハワイ、サンフランシスコ、ワシントン、ナイアガラの滝、ニューヨーク、ラスベガス、ロサンゼルスなど、アメリカを大周遊します。中国客にとってカジノのあるラスベガスは欠かせません。

●サイパン5日間8499元から(2014年1月21日25日、29日、2月2日発)
サイパンは中国公民の観光ビザを免除している関係で、人気があります。「親子」「ハネムーン」「ゴルフ」「サンセット」「SPA」「ショッピング」などが楽しめると書かれています。

●86日間世界一周クルーズ
コスタ・ビクトリア号による上海発世界一周クルーズの料金は129999元(約220万円)からです。2015年3月1日発、帰国は5月26日です。初めてのツアー商品らしく、今年いっぱいをかけてクルーズ客を集めるそうです。金額もそうですが、長期休暇が取れる富裕層向けですね。横浜港にも立ち寄ります。

●大阪3泊4日/4泊5日
今年3月15日春秋航空は関空線を就航しました。自社便を利用した大阪、京都、神戸の旅です。

これらのチラシから、今の上海ではそれなりにバリエーション豊かな海外ツアーが販売されていることがわかります。こうした多様な選択肢の中から日本が選ばれるためには、どう差別化して他国との違いをアピールすればいいのか。複眼的に考える必要がありそうです。

春秋旅行社
http://sh.springtour.com/

※シーズンによって航空運賃やホテル料金など変わるので、チラシには料金が書かれていませんが、詳しく知りたい方は、春秋旅行社のサイトをご覧ください。

クールな上海の消費者にいかにアピールするか

最後に、日本からの出展者のブースも見てみましょう。

今回日本からのWTF出展は2年ぶりでした。2012年9月の尖閣問題の影響で、同年11月に上海で開催されていた中国国際旅游交易会(CITM)と昨年5月のWTFへの出展を中国側から断られていたからです。あらゆる民間交流を政治と結びつけるのが中国政府の常套手段ですから、こうしたことが常に繰り返されるわけですが、先ごろ「民間交流と政治は分ける」との中国側の表明もあったばかり。その真意はともかく、こうしてようやく今回の出展に至ったといえます。

もっとも、中国の政治的リスクを嫌って日本企業のアセアン諸国へのシフトが強まるなか、日本の出展者も以前に比べると、かなり少なかったことは確かです。

いくつか目についた出展者に話を聞いたので、ざっと紹介しましょう。まず北海道観光振興機構から。2013年入域外国人数が初めて100万人を突破した北海道は、昨秋から戻ってきた中国客の誘致に今年は力を入れるとのこと。上海地区はFIT比率が高いので、リピーターのための細かい足の手段(JRパス、高速バス)の情報を提供しているそうです。

少し意外だったのは、九州からの出展者がなかったことでした。これまで報告してきたように、上海の海外旅行市場におけるメイン商品はクルーズ旅行です。今年は多くのクルーズ船が福岡港を中心に九州各港に寄港することがわかっています。であれば、せめてクルーズの寄港地だけでもPRに来てもよかったのでは、と思わないではありません。

日本政府観光局(JNTO)のブースでは、上海の旅行会社に交替でブースの一部を貸して日本ツアー商品の販売を行っていました。たとえば、春秋旅行社では自社便を使った佐賀や高松を起点としたツアーなど、特徴的なものもいくつかありました。安さで勝負する旅行会社の販売ブースとは一味違う商品ラインナップが見られましたが、どれだけの入場者に気づいてもらえたか、そこが課題かもしれません。

日本ブースの中でもユニークな存在だったのが、上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)でした。同社は上海にある日本の高級旅館のPR会社です。北海道朝里川温泉の「小樽旅亭 藏群」、長野県昼神温泉の「石苔亭いしだ」、兵庫県宝塚温泉の「若水」、同じく塩田温泉の「夕やけこやけ」、岡山県湯原温泉の「八景」などと提携関係にあるようです。

同社の代表は、張凌藺(愛称:りんりん)さんです。

張凌藺さんについて
http://shanghai-zine.com/topics/442

彼女は「日本宅人」http://blog.sina.com.cn/nihontatsujinという微博を主宰し、上海と日本を往復しながら、訪日旅行のプロモーションに尽力している女性企業家です。彼女が会場でこっそり話してくれた次のことばが、とても印象的でした。

「実は、この会場にいる上海人のうち、うちの旅館を利用してくれるような客層はたぶん2割もいない。それでもブースを出したのは、日本の関係者も含めて、我々の存在を知ってもらいたかったから」

今回出展した日本ブースの中に、彼女ほど上海の旅行市場を正確に理解し、的を得たコメントをしてくれた人物はどれだけいたでしょうか。彼女がターゲットにしているのは、この会場にやって来るような人たちとは異なる別の階層だというのです。

どういうことでしょうか?

今回、WTF内の別会場で行われたフォーラムで、国連世界観光機関(UNWTO)中国代表の徐汎女史による「中国の主要3地区の海外旅行市場」報告がありました。

その中で、徐女史は中国のクルーズ市場を以下の3つにランク分けしています。

①大衆消費層向け…中国発4泊5日、5000元相当(初めてのクルーズ体験)
②ミドルクラス消費層向け…「フライ&クルーズ」、5~10万元(クルーズライフを楽しむ)
③富裕層向け…「フライ&クルーズ」、10万元以上、極地クルーズ(特別な体験を求める)

業界関係者を集めたフォーラムで報告されたのは、明快に区分された上海の階層社会の実像でした。上海の海外旅行の大衆化を象徴しているクルーズ商品のスタンダードな価格帯に比べると、ミドルクラス向けは10倍、富裕層向けは最低でも20倍以上。こうした価格帯は万国共通存在するといえますが、中国の専門家はこれからの海外旅行市場の発展のためには、この階層差を直視せよ、ビジネスチャンスはそこにあると啓蒙しているのです。旅行ビジネスにおいても、厳然とした階層差をふまえたものでなければ成り立たないというのが、彼らの現実認識です。こうした認識は日本人が苦手とするものかもしれません。

今回のWTFでいちばん感じたことは、すでに海外旅行の大衆化の時代を迎えた上海の消費者にとって、現状の旅行博というイベントはもうそれほど目新しくもなく、自分たちを夢中にさせてくれる体験を提供してくれる場だとは思われていないということです。ネットによる情報が行き交うなか、特に若い世代にとって、旅行博でなければ入手できないものはないと考えられているからでしょう。台北やバンコクでは旅行博はお祭りとして盛り上がっていましたが、上海ではどうやらそうでもないようです。

ことほどさように、上海人というのはクールな消費者なのです。その背景には、クールな階層社会の現実があります。上海の消費者に日本をアピールしていくには、大衆層向けのPRだけでなく、中国的な階層社会のリアリティをふまえた戦略が必要となるのでしょう。

次回は、ボリュームゾーンである大衆層の動向予測について。春秋国際旅行社日本出境部経理の唐志亮氏に同グループの訪日旅行戦略を語ってもらいます。

※中国の海外旅行市場についての詳細は、中村の個人ブログ「2014年の中国人の海外旅行、調子はどうですか(上海WTF2014報告その3)」、「春秋旅行社のチラシに見る上海人の海外ツアーの中身(上海WTF2014報告その4)」などを参照のこと。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-27 08:29 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 06月 18日

【後編】バスの不足が国際問題に!~早くも直面した日本のインバウンド構造問題にどう対応するべきか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。後編では、バス不足問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みを考えたい。

※【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://inbound.exblog.jp/22771778/
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本当に観光バスは足りないのだろうか?

4月下旬、訪日アジア客の手配業者の業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で議論となったのは、そうした問いだった。昨夏と今春、業界を騒がせただけでなく、今後の日本の訪日旅行市場の行方に暗雲漂わせる観光バス不足の解決を求める声が次々に出たという。

規制緩和と安全対策に揺れた貸切バス業界

いったい何が問題だったのだろうか?

確かに、今年3月下旬から4月にかけて国内外のバス利用者がこれまでになく集中したことで需給が逼迫したことは確かだ。だが、それだけの理由ではないと考えるべきだろう。

一般に貸切バスの需給が逼迫するのは、春夏のレジャーシーズンに加え、国民体育大会や甲子園の高校野球大会などのスポーツイベント時だという。1998年の長野オリンピック開催時も選手や観客の送迎のため、貸切バス業者は大奮闘して乗り切ったといわれている。

一方、北海道では1970年代からすでに夏場の繁忙期のバス不足は常態化していたという話もある。「道内の車両はフル稼働、貸切バスの運転手は『13日連続勤務して1日休み』を繰り返すことで急場を凌いできた。そのかわり、冬場は仕事が少なく、本州に出稼ぎに出る運転手もいた。夏の繁忙期のみの契約という雇用形態も多かったからだ」とバス事業をよく知る関係者は語る。観光バスを運行する貸切バス事業は、繁忙期と閑散期の需要の変動に大きく翻弄されてきたのだ。

日本の貸切バス事業は、2000年2月の事業法改正により、免許制から許可制に、価格規制については認可制から実施運賃・料金の事前届出制や自動認可へと規制緩和された。それまで事業者保護の色彩の強かった需給調整規制を廃し、競争原理の導入によって消費者利益を図ることが目的だった。2000年代前半の日本は「規制緩和」がよくも悪くももてはやされていた。

その後、貸切バス事業者の数は大幅に増加したが、零細事業者の新規参入が目立つ傾向にあった。事業者数の増加に伴う競争の激化や「高速ツアーバス」という新形態の登場によって運賃の低下が急速に進み、利用者も恩恵を受けた。

ところが、2007年2月の大阪府吹田市のスキーバス、12年4月の群馬県関越道の高速ツアーバスと死傷者が出る事故が相次いだことで、バス事業の安全確保を求める世論が高まった。

関越道高速ツアーバス事故の問題点として以下の3点が指摘されている。

①運転手の過労運転(労務管理)……事故は夜間運行かつワンマン運行だったこと
②不適切な運行管理……「日雇い」運転手だったこと
③不適切な旅程管理、旅行サービスの内容提示違反

国土交通省は「バス事業のあり方」検討会(2010~12年)などを通じて進めていたルール改正を段階的に着手した。13年8月から「高速ツアーバス」は、運転手の労働条件を改善し、安全対策を強化した「新高速乗合バス」に一本化されることになった。

その結果、中小貸切バス業者の一部は「新高速乗合バス」の参入を諦めたといわれる。過労運転防止のためのワンマン運行による上限距離や労働時間が制限されたことで、運営上対応できないと判断したためだった。

さらに、2010年秋以降の中国との尖閣問題で、訪日中国客が一時大幅減少したことから、中国需要に頼っていた一部のバス事業者の撤退も見られた。つまり、ここ数年、貸切バス業界には事業の撤退と減車が起きていたのだ。そこに急激な訪日客の需要増が直撃したのである。

零細貸切バス事業者とダンピングの関係

関越道高速ツアーバス事故の運転手が普段は訪日外客を乗せた、いわゆる「インバウンド貸切バス」を運行していたことで明らかになったのが、貸切バス運賃のダンピング問題である。

どんなに訪日外客が増えたといっても、国内全体のバス需要に比べれば、外客の市場規模ははるかに小さいため、インバウンド貸切バス事業者の実態は見えにくいところがある。それだけにブラックボックス化していた面が否めないが、2000年代以降に急増したアジア客の需要に対応したのが、こうした中小貸切バス事業者だった。

政府の「観光立国」政策の推進で訪日外国人観光客を迎え入れようという国内の機運は生まれたが、現在その8割近くを占めるアジアからの旅行者の多くは“安さ”を求めた。彼らの求める水準は、国際的にみて高いとされる日本の国内移動コストの圧縮に重い負荷をかけた。大手バス事業者はインバウンド貸切バス運賃の“価格破壊”を理由に参入しようとしなかったが、中小貸切バス事業者はそれを引き受けざるを得なかった。

それゆえ、今日の訪日外客向けの観光バス不足も、実際は、国内客向けに比べ著しくダンピングされた激安な貸切バスの不足だったとも考えられる。ある関係者の証言によると、今春の台湾客の一部が出発直前で訪日ツアーを断念せざるを得なかった背景に、本来はバス事業者でない免税店が顧客を呼び込むために無料でバスを手配するというサービスがあったという。これは台湾客だけでなく、一部中国本土客なども利用していた。ところが、その免税店が今春の急増した需要に対応できず、バス手配をいきなり投げ出したのが、騒動の発端だったという。

日本の繁忙期と閑散期を理解してほしい

日本のインバウンドには、残念ながら、こうした外の世界からは見えにくいグレーな領域が潜在している。こうした現状をふまえ、事態の改善のために何ができるのだろうか。

関係省庁も手をこまぬいているわけではない。国土交通省は、今年すでに6月末までの時限的な全国の運輸局管轄内での貸切バスの営業区域の緩和を実施している。

観光庁も、昨年9月と12月に台湾を訪ね、観光部(観光省)や現地の旅行業者に対してバス不足に関する事情説明や状況を改善するための話し合いを行ってきた。

観光庁側が説明しているのは以下のポイントだ。

①日本のバスの運行上の安全規制の内容
②日本の地域ごとの繁忙期・閑散期について
③日本旅行業協会(JATA)が認定する「SAKURA QUALITY(適正なランドオペレーター)」の利用の推奨
④各運輸局が指定する「Safety Bus事業者」の利用の推奨
⑤繁忙期の早期の予約手配の推奨

すなはち、台湾の旅行関係者に日本のバス事業の安全規制やレジャー需要の動向を理解してもらい、繁忙期をなるべく避けるなど、訪日時期を調整してほしいこと。また繁忙期はできるだけ早めにバスやホテルも含めた手配を進めてほしいという要望を伝えたのだった。
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本来今回のような問題は、民間事業者同士が解決すべきといえなくもない。とはいえ、これまで大々的に訪日旅行のプロモーションを展開してきた日本政府としても、台湾側に理解を求めるべく相応の対応する必要はあっただろう。

貸切バス新運賃制度の目的と今後の懸念

ところが、残念なことに、今春再び台湾客の観光バス不足が起きてしまった。

さらに、これは本来別の話だが、3月下旬、国土交通省は国内の貸切バス事業者にかねてより検討していた新運賃制度の施行を通達した。これはバス不足で業界が混乱していた時期に重なってしまい、タイミングが悪かった。

新運賃制度の特徴は、安全コストを運賃に計上させていることだ。これまでと違い、営業区域別に料金の上限と下限を設定し、運賃計算法も運行時間と距離を併用する。事前届出した運賃に違反した場合の罰則も厳正化されることから、ダンピングと運転手の労働条件の悪化の防止が目的であることがわかる。新運賃制度への移行として6月末までの猶予期間を設けている。

関係者によると、新運賃を採用すると、インバウンド貸切バスの1日あたりの運賃はこれまでの2倍以上になるという。それだけ以前が安すぎたともいえるが、その差額分は訪日客のツアー代金に上乗せされることになる。

これが台湾側のあらぬ疑いを招いた。消費税増税の時期と重なったこともあり、便乗値上げではないかと受けとめられたのだ。

一方、国内の貸切バス事業者に新運賃制度について聞くと、いまは様子見との声が多い。この夏、台湾に限らず訪日外客は増加しそうなことから、新運賃の適用がすぐに導入できるとは考えにくいという。相手あっての商売だからである。

先般の一連の事態に対する国内のインバウンド事業者の声は、株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長の以下のコメントに代表されるだろう。

「昨年から顕著となったバス不足で、海外の旅行会社からツアーを受注しても受けられないケースが増えたのは残念としかいいようがない。この問題に対する国の施策として、6月末までの全国の運輸局管内での営業区域の規制緩和は一定の評価ができる。4月1日より施行された貸切バスの新運賃制度も、業界の底上げにつながると基本的には歓迎しているが、これに伴う訪日ツアー価格の高騰を懸念している。現在は猶予期間として6月末までにバス会社は改定後の運賃を所管する運輸局に届出することになっているが、現行運賃と新運賃の価格差が大きいため、海外の旅行会社に受け入れられるか思案している」

これまで台湾の旅行業者は積極的に訪日旅行市場の拡大に尽力してくれたが、今後台湾の“訪日バブル”にも若干の調整が起こるかもしれない。もちろん、これは台湾市場だけの問題ではない。他の国々の訪日ツアー動向にも徐々に影響を与えていくことが考えられる。

コスト高のしわよせは貸切バス事業者に

世界経済フォーラム(WEF)が2014年3月に発行した世界の観光分野の競争力を比較した報告書によると、調査対象140カ国・地域のうち、トップはスイスで、日本は14位にランキングされている。

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられるが、日本が分野別で高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。項目別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)の評価は高いが、「政策方針と規則」(36位)「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)「観光との親和性」(77位)などはかなり低いといえる。

ここからうかがえるのは、日本の観光競争力は、交通・通信インフラに見られる産業力や自然・文化などの観光資源が強みであるのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが弱みとみなされていることだ。

そして、極めつけが「観光業における価格競争力」(130位)である。

円安基調となった今日、日本でのショッピングや食事はずいぶん安くなったという外客の声も多い気がするが、日本の観光競争力の足を引っ張っているのは未だに「価格競争力」というのが国際的な評価なのだ。最大の要因は国内移動のコスト高だと思われる。

実のところ、移動コスト高を国際水準にまで引き下げ、調整していたのが貸切バス事業者だったといえなくもない。この10年で増加したアジア客の訪日ツアーの足を支えていたのは彼らだったからだ。コスト高のしわよせは貸切バス事業者が負わされていたのである。

日本の弱みを全体でカバーする施策を

近年、アジアからの訪日客のFIT(個人旅行)化が進んでいるといわれて久しいが、考えてみてほしい。このままアジアの経済成長が続くとすれば、「初めての訪日」層も増え続けるのだ。東京・大阪ゴールデンルートはその意味で、決してなくならない。貸切バスの需要は増えることはあっても、減ることは考えにくい。

ところが、増大する需要に対してインバウンド貸切バス事業を取り巻く現状は心もとない。これまで見てきたように、観光バス不足は日本のインバウンドの構造問題といえる。中小企業が多く、国内客向けに比べて運賃が著しく安かったため、事業者の数も多くない。

さらに気になるのは、運転手の高齢化と人材不足である。

筆者は、仕事場に近い都内東新宿にある訪日中国客専用の食堂付近に停車するインバウンド貸切バスの様子を通勤途上に日々観察しているのだが、運転手はたいてい50代以上で若い年代の姿を見ることは多くない。おそらく多くは、長野オリンピック(1998年)当時、30代から40代の働き盛りだった世代ではないかと思う。はたして彼らは東京オリンピック開催時も現役なのだろうか。気にならないではいられない。
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都内東新宿には毎日のようにツアーバスがやって来る

訪日外国人観光客に関わるビジネスは、いってみれば、国内にいながら海外進出した企業と同じように、アジアの新興国の消費者を相手に商取引することで成り立っている。内なるグローバル化の最前線なのだ。当然、進出企業が現地で直面するのと同様な難題にぶち当たることになる。グローバル化は国内の弱い分野ほど狙い撃ちにされるのが常だ。

だからといって、貸切バス事業が市場から退場するのにまかせれば、これ以上の訪日外客の受け入れは断然せざるを得なくなるだろう。政府の掲げる訪日外客2000万人という目標も夢でしかなくなる。先ごろ、格安航空会社(LCC)のパイロット不足が顕在化し、ピーチ・アビエーションやバニラエア、春秋航空日本が減便を余儀なくされたが、政府は人材養成や確保のための施策を打ち出すという。同じことはバス業界にも必要なのではないか。

本来であれば、これだけ需要の拡大が見込まれているのだから、もっと多くのバス会社にインバウンド事業に参入し、観光バス不足を補ってほしいものだ。だが、バス業界ではインバウンド事業に対する偏見は根強いようだ。「とにかく料金を叩かれる。朝から晩まで働かされ、労働条件がキツイ」などの声が聞かれる。

インバウンド貸切バス事業に精力的に参入してきた株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長は「インバウンド貸切バスの仕事は、お客様への細かいケアや荷物の運び出しなど独特のノウハウが必要で、確かに大変だと思う。拘束時間も長くなりがち。でも、外国人観光客を乗せる仕事は、自分も一緒に旅行しているみたいで楽しくやりがいがあると話す運転手もいる。そういうおもてなしの心をもつタイプが向いている」という。

願わくば、今回の新運賃制度が新規参入のインセンティブとなることを期待したい。そうでなければ、訪日意欲のある外客をみすみす手離すことになるからだ。

今後は、日本の弱みをふまえ、対外プロモーションの考え方も変えていかなければならないだろう。

日本政府観光局(JNTO)の神田辰明海外マーケティング部次長によると、今後の台湾向けの訪日プロモーションは以下の3つの方向性に注力するという。

①個人旅行客(FIT)をさらに増やすこと
②訪問地の地方への分散化
③繁忙期ではなく、閑散期にいかに誘客するか

「いまは過渡期だと思う。海外と日本では制度の違いもあるが、綿密に情報交換し、お互いの事情を理解し合い、成熟した関係をつくっていくことが必要だ」と神田次長はいう。

特に②と③は知恵の絞りどころだろう。日本にはまだ知られていない素晴らしい場所があるし、桜の開花も地域によって時期が違う。こうした細かなオペレーションを日本とは事情の異なる海外の旅行関係者に了解してもらうのは大変なことだと思うが、まずは訪日旅行における最先行市場である台湾との間でひな型をつくることから始めるべきだろう。

この夏を控え、事態はもはや待ったなしの状況だからだ。何より今回明らかになった日本のインバウンドの弱みを国内の異業種や自治体関係者にも広く理解してもらい、全体で協力しながらカバーし、てこ入れしていくような新しい施策や取り組みも期待したい。

※やまとごころ特集第2回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_02.html

【追記】
2015年のGW中に新たなインバウンドバス事故が発生しています。以下参照。

中国ツアー客を乗せたバス事故の背景には何があるのか?(静岡県浜松市のケース)(2015年 11月 17日)
http://inbound.exblog.jp/25097650/
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by sanyo-kansatu | 2014-06-18 21:35 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
2014年 06月 12日

【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。これではいくら訪日旅行をPRしても、これ以上外客を受け入れられないことになる。背景には何があるのか。また改善に向けて何が必要なのか。冷静に現状を検討してみたい。

やまとごころ特集1回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_01.html
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今年3月下旬から4月にかけての春休みシーズンは、海外からの訪日客で全国各地がにぎわった。日本政府観光局(JNTO)によると、3月と4月の訪日外客数は連続で単月過去最高の105万1千人と123万2千人。特に4月は、44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った。背景には、桜シーズンに向けた訪日プロモーションが奏功したことに加え、東南アジアでの査証緩和の効果、中国等からのクルーズ船の寄港があったとJNTOは分析している。

消費税増税後の景気動向が取りざたされるなか、この夏さらなる活況ぶりが期待される訪日旅行市場だが、好調の陰で構造問題が露呈し始めたことの意味を知る人は、一部の関係者以外はまだ少ないかもしれない。

台湾客がバス不足で訪日ツアーを断念

発端は、昨年夏に起きた北海道での台湾ツアー客の観光バス不足だった。現地メディアの報道によると、台湾の旅行業界団体である中華民国旅行公会全国聯合会は、昨年6月末、北海道ツアーのうち、400ツアー、1万2000人分の観光バスの手配ができない恐れがあると公表。日台間の窓口である亜東関係協会から日本交流協会を通じて観光バスの供給輸送力増強と手配の円滑化・正常化について善処を求めるよう働きかけたことから、国土交通省は7月10日「北海道における貸切バスの著しい供給逼迫状況を踏まえた臨時営業区域の設定について」を通達し、迅速に対応した。

訪日ツアー客が主に利用する観光バスは道路運送法で「貸切バス」に分類されるが、出発地・到着地いずれかに都道府県単位の「営業区域」を有する事業者しか運行できないと定められている。「営業区域」には必ず営業所と車庫がなければならない。ところが、訪日客急増で夏季シーズンに北海道内の観光バス需給が逼迫。台湾からの一部のツアーが催行できなくなった。そこで、国土交通省は台湾側の要請に応じて、時限的に9月末まで北海道以外からの貸切バスの営業を解禁し、事態の収拾を図ったのだ。

2013年の訪日台湾客は過去最高の221万人で、訪日客の5人に1人は台湾客という勢いだ。円安が最大の要因だが、日台間の航空自由化(オープンスカイ)協定による発着数や就航地の拡大、LCCの乗り入れにより訪日ツアー価格が大幅に下がってきたことが後押ししている。台湾側では、今年は300万人の大台に乗るとも報じられていた。
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2013年10月に開催された台北国際旅行博(ITF2013)では、日本出展ブース周辺は空前の盛り上がりを見せた

ところが、過去最高の訪日客で沸いた今春、再び台湾ツアー客のバス不足が発生した。今回の発端は、「雪の壁」が台湾でも大人気の立山アルペンルート行きのツアーだったが、その後事態は全国に広がった。
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アジア客に大人気の立川アルペンルート。今年の開通は4月16日から

台湾のツアー予約者の一部が観光バス不足のため、訪日旅行を断念せざるを得なかったことは現地で波紋を呼んだ。台湾メディアは「日本旅行5月に500団体のバス不足」(自由時報2014年4月13日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770151 と報じ、今回の事態は昨年に続き「再度」発生したことを強調している。
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自由時報2014年4月13日が報じる日本の観光バス不足

国内ランドオペレーターはてんてこ舞い

観光バス不足のあおりを受けたのは、台湾客だけではない。訪日ツアーの手配を扱う国内のランドオペレーターやバス会社も、この春対応に追われ、てんてこ舞いだったという。

中国本土客をメインに扱う株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長は、今春の状況を率直にこう話す。

「アジア客を扱うランドオペレーターは切迫した事態を迎えた。明日のバスの手配ができていないと、夜も眠れない日々が続いた。こんなに苦労したことは初めてだった」

「VIPライナー」のブランドで高速乗合バスを運行する株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長も、当時のバス手配の現状を赤裸々にこう語る。

「大変だったのは3月20日頃から4月いっぱい。まさにてんてこ舞いだった。毎日のように複数の会社からバスの手配依頼の電話が鳴ったが、とてもすべてに対応できなかった。大型バスが足りず、ひとつの団体をやむなくマイクロバス2台で運んだり、マイクロバスでは荷物がすべて載らないというので、いったん客だけホテルに運び、あとで荷物を取りにいくこともあった。普段ならこんなことはないが、お客様に迷惑をかけたことを申し訳ないと思う。でも、この時期、需要が集中しすぎたのは問題だった」

今春、観光バスの需給が全国的に逼迫したのは、春休みに入った国内レジャー客の利用と桜シーズンに合わせたアジア客の訪日がかち合い、供給の限界を超えたためとされる。この時期、香港はイースター、中国は清明節、タイは旧正月のソンクラーン、フィリピンは夏休みとアジア各国の旅行シーズンが重なってしまったことも大きい。4月下旬、岐阜県の高校の修学旅行のバス手配不備から起きたJTB社員による不祥事も、国内の観光バス不足と無縁ではないと関係者の多くは語っている。

ホテルの客室も足りない

「足りないのは観光バスだけではない」。訪日アジア客の手配を扱う業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長は指摘する。

「4月上旬、台湾に視察に行くと、多くの旅行会社の知人から悲鳴を聞いた。バス手配ができないため、訪日ツアーの出発直前の停止が多発したからだ。だが、バス以上に問題なのがホテルの客室不足だ。特に都内は土曜日が取れない。国内客の利用が増え、ホテルは軒並み稼働率がアップしている。この一年で買い手市場から売り手市場に変わり、ホテル側はインバウンドに対しても強気の料金を提示してくるようになった」。

ある関係者によると「都内にホテルの客室がないため、やむなくアジア客の一部をラブホテルに宿泊させることにしたが、部屋は空いていても、2泊すると昼間の休憩料金まで請求されるため割高になった」という悲喜劇もあったという。

2013年上半期以降、国内のホテル稼働率は軒並み好調に推移している。とりわけ東京都は平均90%代半ばと空前の高稼働率を持続している。そのため、かつては客室単価を抑えてでも集客を働きかけていたアジア客より国内客を優先する動きが強まっている。円安が日本人の旅行先を海外から国内にシフトさせたことも影響しているのだ。

このままでは日本路線の減便も

AISOでは4月下旬、対策を練るべく総会を開いたが、「結論としては、バスの絶対数が足りない。だが、必要なところにバスがないという問題が大きい」(AISO王一仁会長)ことから、前述した貸切バスの「営業区域」の規制がより緩和されるよう関係官庁に要望を伝えたという。この春最も深刻だったのは、訪日旅行コースの超定番である東京・大阪ゴールデンルートのバス不足だったからだ。このコースを通しでツアー客を乗せるには、「営業区域」をまたがって運行しなければならず、全国に複数の営業所を持つようなバス会社でないと対応できないのだ。

こうした日本の状況は台湾側にも伝わっており、「今後、訪日旅行を躊躇する雰囲気が生まれかねない」(AISO王一仁会長)との懸念も出始めている。台湾メディアも「日本ツアーは6月以降少なくとも2000台湾ドル値上げ」(自由時報2014年4月16日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770968 と、日本の観光バス不足はすぐには解決できない問題と見すかしたうえで、ツアー代金の高騰が起こることを報じている。さらに、台湾ではこの夏の日本路線の減便やむなしとの声も聞かれるという。

これは残念な事態というほかない。せっかく日本に旅行に来たいと思っている台湾客が大勢いるのに、日本では十分な受け入れ態勢ができないとみなされてしまっているからだ。
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今年4月、新宿歌舞伎町周辺はアセアン客や中国客の姿が多く見られた

幸いなことに、観光バス不足問題はいまのところ、台湾でしか顕在化していないようだ。台湾でこの問題が取りざたされるのは、後発のアセアン各国に比べ市場規模が大きいこともあるが、1980年代から訪日旅行者を送り出してきた市場の成熟度、日本社会への関心・理解の高さなどが影響しているといわれる。だが、今後は急増するアセアンや中国の市場でも同じことが起こる可能性がある。実際、6月上旬に横浜で開催されたインバウンド商談会「アセアン・インドトラベルマート」の会場では、この4月ベトナムをはじめアセアン各国でもバス不足によるツアー催行不能という事態が起きていたという現地関係者の声が聞かれた。

もちろん、観光庁やインバウンド事業者の多くは、この状況に手をこまぬいているわけではない。だが、観光バス不足の背景には、さらに込み入った事情もありそうだ。次回は、日本のインバウンドの構造問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みについて考えてみたい。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-12 16:38 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 05月 01日

29回 好調!訪日タイ個人客のつかみ方~人気ガイドブックから学ぶ“おもてなし”

先ごろ発表された日本政府観光局(JNTO)のプレスリリースによると、今年1~3月までの訪日タイ客数は前年度比64%増と過去最高を記録しています。4月も桜の花見シーズンとタイの旧正月「ソンクラーン」の休暇が重なり、多くのタイ客が日本各地を訪れました。

タイ客の手配を扱うランドオペレーター、株式会社トライアングルの河村弘之代表取締役によると、「今年もタイ市場は勢いがあります。昨年の観光ビザ免除で、日本ツアーが出発ギリギリまで販売されており、日本側のランドは手配が大変です。ホテルの客室やバスの不足も懸念されている」とのこと。先日もタイのLCC、エアアジアXが7月から成田と関空に就航するニュースが出たばかり。この勢いはさらに加速しそうです。

観光ビザが免除された訪日タイ客の特徴は、個人旅行者の比率が高いこと。彼らの旅行意欲を盛り上げるポイントは何か。日本に来て何を楽しみ、また不便を感じているのか。それを知るうえで参考になるのが、現地の各種メディアや旅行書のコンテンツです。

タイ人の訪日旅行を盛り上げるメディア作品

2月21日、タイの国際トラベルフェア(TITF)開催に合わせて、日本政府観光局(JNTO)が訪日旅行促進に貢献した団体・個人を表彰する「Japan Tourism Award in Thailand」の授賞式がありました。同賞には、タイのトップスターから映画、テレビ番組、CMのプロモーションなど、多彩な関係者が選ばれています。これを見ると、どんな作品がタイ人の訪日旅行を盛り上げているか知ることができます。

以下、同事務所の2月24日付けリリースをもとに受賞者を紹介します。それぞれ動画で作品の概要もわかるようにしてみました。

●Thongchai McIntyre (Bird)/ トンチャイ・メーキンタイ氏
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『Praew』 2013年 5月 10 日号「沖縄特集」の表紙

トンチャイ・メーキンタイさんといえば、「バード」の愛称で知られるタイの国民的スターです。1990年代にタイを訪ねた頃、街でよく彼の曲が流れていたことを思い出します。

トンチャイさんが受賞した理由は、精力的な訪日プロモーション活動への貢献です。昨年2月に「HBC国際親善広場大使」として第64回さっぽろ雪祭りへ参加。3月には沖縄県の招請で人気女性誌『Praew』の表紙撮影のために沖縄を訪問。11月にはタイ代表として東京で開催された『日・ASEAN音楽祭』へ参加するなど、日本での活動の様子がタイでも大きく報じられたといいます。これは日・ASEAN音楽祭で歌うトンチャイさんです。
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Bird Thongchai - ASEAN-Japan Music Festival 2013【動画】
https://www.youtube.com/watch?v=Q1KMd2Paki0

さらに、彼は東日本大震災支援のためにチャリティーソング『明日のために』をリリースし、日本の震災復興支援に貢献しています。以下、チャリティーソングの動画です。一部日本語でも歌っています。

明日のため- Bird Thongchai【動画】
https://www.youtube.com/watch?v=9EmtcjNuLac

今回の表彰式のために寄せられたトンチャイさんの受賞メッセージが、日本政府観光局バンコク事務所のHPのトップページに掲載されています。タイ語のサイトなので詳しい内容はわかりませんが、彼は動画の中で日本の魅力について語っています。

トンチャイさん受賞メッセージ【動画】
http://www.yokosojapan.org/

●ジャルン・ポカパン・フード社

タイを代表する食品会社ジャルン・ポカパン・フード社(C.P.Group)は、昨年日本行きのツアーが当る消費者向けプロモーション『CP Surprise!』を実施し、大ブームとなったそうです。以下の動画はタイのテレビで放映された同社のCMフィルムです。映像を見るだけで、コミカルな楽しさが伝わってきます。

CP Surprise!【動画】
https://www.youtube.com/watch?v=d5zOEexrraU

●タイのホラー映画『Hashima Project』

2013年10月に公開されたタイのホラー映画です。タイの若い男女5人のグループが、超常現象を撮影しようと近年話題の長崎県の歴史的廃墟である軍艦島(端島)を訪ねるというストーリーです。

西日本新聞2013年5月1日によると、昨年4月18日から長崎市の平和公園や軍艦島で同作品のロケが行われたそうです。監督のピヤパン・シューペット氏(42)は、インターネットで見た端島(軍艦島)を一目で気に入り、長崎ロケを決めたといいいます。吹き替えや字幕はないため、これも内容を詳しく知ることはできませんが、これまでタイ人にまったく知られていなかった「軍艦島」の名を認知させたことは確かでしょう。ロケ地を訪れたいと実際に軍艦島に足を運ぶタイ人も出てきており、軍艦島訪問を含むツアーも造成されているそうです。以下は、同映画のプロモーションフィルムです。

Hashima Project 【動画】
https://www.youtube.com/watch?v=jQ8ZaSlVBtg

軍艦島上陸クルーズ
http://www.gunkan-jima.net/

●テレビ番組『MAJIDE JAPAN』

昨年4月よりタイのBang Channelで毎週木曜夜11時から放映されている日本旅行をテーマにした人気バラエティ番組です。受賞の理由は、中国地方(鳥取、岡山、山口)や鹿児島、新潟、群馬など、まだあまりタイで知られていない地域を紹介していることです。
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MAJIDE JAPAN【動画】
https://www.youtube.com/playlist?list=PLRVsMETJm4bXsotg7I45xLtG7famnJI9D

もともとタイでは、日本のテレビ局から版権を買ってグルメ番組や旅行番組を深夜枠で毎日のように流していたそうですが、最近は自前の番組も増えています。もしタイ語がわかれば、出演するタレントさんたちが日本の何に驚き、面白がっているのか、わかって面白いことでしょう。それがタイ人誘客のヒントにつながるに違いありません。

人気旅行ガイドブック『一人でも行ける日本の旅』

訪日タイ客たちの多くは前述したように、個人旅行者です。彼らは日本でどんな不自由を感じているのでしょうか。それを知るうえで参考になるのが、昨年の「Japan Tourism Award in Thailand」受賞作の旅行ガイドブック『一人でも行ける日本の旅』です。
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タイの人気旅行ガイドブック『一人でも行ける日本の旅』

タイ人女性カメラマンのBASさん(本名:オラウィン・メーピルン)が執筆した実践的な旅行案内書です。同書は2タイトルあり、彼女が実際に訪ねた日本全国31か所の観光地について見どころや食事、宿泊施設などを詳しく紹介しています。彼女の撮影したユニークな写真(タイ人には、日本がこんな風に見えるのかという新鮮な発見が多数あり)や女性らしいイラストを多用し、日本語がわからないタイ人でも個人旅行が楽しめるような情報が満載です。

もっとも、タイ語が読めないと、詳しい内容はお手上げです。そこで、今回知り合いのタイ人留学生にこの本を読んでもらい、コメントをもらいました。その結果、見えてきたのは、タイ人の日本旅行にとってどんな情報が有用なのか、でした。これを理解すれば、タイ客の“おもてなし”に役立つはずです。
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以下、タイ人留学生ジャムジュン・モンティチャーさんとの同書をめぐる問答集です。ちなみに、彼女はタイのペチャブリー出身で、都内某大学院で観光学を専攻する若手研究者です。

四季の違いやコーディネイト例を詳しく解説

―『一人でも行ける日本の旅』は面白かったですか?

「はい、この本はよくできているなと思いました。日本語ができないタイ人でも旅行が楽しめるよう、いろいろな工夫があります」。

―それはどんなことですか?

「まず四季の違いの解説です。タイには日本のようなはっきりした四季がありませんから、何月から何月までが冬という基本的なことから、それぞれの季節に何が見られるかなど、わかりやすく説明しています」。

―タイ人に人気があるのはどの季節ですか?

「いちばん人気は春ですね。桜の季節です。タイ人にとって満開の桜は憧れです。次は冬。タイ人は一度雪を見てみたい、触ってみたいと考えているんです。日本旅行にいつ行くべきかを決めるためには、まず四季を理解しなければなりません」。

―これは持ち物チェックリストですね。日本の旅行ガイドブックにもよくあります。右のページは何でしょうか?
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四季を経験したことのないタイ人にとって季節別のコーディネイトは必須

「季節別のコーディネイト例です。タイ人には日本の寒さや暑さの程度がよくわかりませんから、季節ごとにどんな衣類を用意し、何枚くらい重ね着すればいいのかという目安をイラストで説明しています」。

―行く時期を決めたら、次はどうやって行くか、でしょうか。

「最近、タイの旅行会社はさまざまな日本ツアーを販売しているので、そこから選ぶのもいいのですが、いまは観光ビザも免除されているので、若い人たちはツアーに参加せず、個人旅行をしたいと考えています。

ただし、日本を個人で旅行するとき、大変なのは移動手段です。交通運賃がタイに比べて高いので、JRパスのような外国人向け割引券の情報は欠かせません。成田や関空から都市圏へのアクセスや、新幹線に乗って日本各地に行く場合の大まかなルートや所要時間も知りたいです。また東京の地下鉄は複雑なので、うまく乗りこなすためには、自動販売機やスイカの使い方などを知っておくと便利です」

―確かにこの本では、交通の利用法についてたくさんのページを割いているようですね。HyperdiaやJorudanのような乗換サイトの使い方も詳しく説明されています。

「ホテルについても、5ツ星クラスからビジネスホテル、ゲストハウス、旅館、民宿と分けて解説しています。日本に住むタイ人家庭にホームステイする方法も書かれていますよ」。

撮影ポイントや温泉の入り方もイラスト入りで

―タイ人は写真を撮るのが好きだそうですね。それぞれの観光地で、どのポイントから写真を撮ればいいか、そういう細かい情報が必要だと聞きます。

「タイ人は真似するのが大好きなんです。日本旅行に行った友達のFacebookを見て、自分も同じ写真が撮りたい。その点、この本はカメラマンが書いているので、撮影のポイントについて細かく触れているのが人気の理由ではないかと思います」。

―後半には、コンビニの商品や自動販売機の使い方などもありますね。
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コインロッカーやウォシュレットにタイ語の説明があると喜ばれる

「タイにも日本のコンビニはあるのですが、日本でしか売られていない商品も多いので、タイ人は気になるのです。また個人旅行する人に欠かせないなのが、駅のコインロッカーの使い方です。そして、何より日本語のわからないタイ人が知っておきたいのは、ウォシュレットの使用法でしょう」。

―確かに、ボタンがいろいろあってわかりにくいですよね。ここではボタンごとに機能を説明しています。

「いまタイ人がいちばんほしいのはウォシュレットといわれるくらいなんです。ようやくバンコクの新しいショッピングモールなどで導入が始まっていますが、まだ一般的でないので、ウォシュレットと一緒に記念撮影するタイ人もいるほどです。それから日本の和式トイレの座り方がわからないタイ人も多い。実は、日本と逆に座るので……」
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温泉の入り方の説明もこうしてイラストにするとわかりやすい

―タイでは便座のないトイレの場合、扉のほうを向いて用を足すけど、日本の和式トイレは背を向きますものね。なるほど、トイレの使い方は重要ですね。それからこのページでは、温泉に入る作法や浴衣の着方などもイラストでわかりやすく解説しています。

「水着はNGとか、お湯につかる前に掛け湯をするといいとか、お風呂の中で日本酒を一杯というのはダメですよと」。

タイ人は日本のステーショナリーが大好き

―さて、少し話題を変えたいと思います。実はこの『Omiyage』という本は、バンコクの日系出版社が制作した都道府県別のお土産案内です。とても詳しく全国のお土産が紹介されているのですが、実際のところ、いまタイ人は日本でどんなものを買っていくのでしょうか?
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『Omiyage』(Marugoto(Thailand)CO.Ltd刊)
http://www.marugoto.co.th/

「女性の観点でいうと、まず化粧品です。資生堂とDHCのサプリメント。お菓子も大好き。なかでも抹茶味のキットカットが人気です。東京バナナやロイズの生チョコ、タイ人はイチゴが好きなので、イチゴ入りのチョコレートにも目が離せません」

―なぜ抹茶味が人気なんですか?

「なぜでしょう。ほかにも桜味やワサビ味などがありますが、こちらの人気はいまいちです。最近、ブルーベリーチーズケーキ味のキットカット(上・甲信越限定ご当地商品)が出て、これはおいしいですね。キットカットはタイにも売っているけど、少し高いので、日本のコンビニで買えば安いことをみんな知っています。空港でまとめ買いする人も多いです。私もタイに帰省するときは、荷物のほとんどがお土産で、お菓子や化粧品がいっぱい詰まってしまいます。向こうに帰っても着るものはそんなに必要ないからですが、友達に頼まれるので、仕方ないんです」。

―他にも何かありますか?

「日本のステーショナリーが人気です。ふつう人からボールペンをもらっても、何これって感じですが、日本のシャーペンとか、消えるペンをあげるとみんな喜びます。だから、最近のタイ人のツアーでは、ロフトとか東急ハンズに連れて行ってくれというお客さんのリクエストが多いそうです」。

―日本の文房具のどんなところがいいのでしょうか?

「すごくよくできているのと、タイ人は小さくて細かくて、カラフルでいろいろあるという世界が好きなんです。日本のステーショナリーを見ていると、ワクワクします」。

日本旅行ブームを支える背景

―タイ人の感性は日本人と似ていますね。

ところで、タイの皆さんは日本の旅行情報をどのようにして知るのでしょう。どんな話題があると日本に旅行に行きたいという気持ちになるのですか。

「やはり影響力が大きいのはテレビ番組です。日本を紹介する番組は昔から多かったですが、最近はタレントが実際に日本に旅行に行ってレポートする番組が増えています。たとえば、『I am Maru』とか、去年の春から放映している『MAJIDE JAPAN』。おなべの子が日本を訪ねるバラエティです。あの番組、メチャメチャ面白いです。『MAJIDE JAPAN』の影響力はマジですごいです。日本にいても、ネットで視聴できますよ」。

―その番組は、日本政府観光局から訪日旅行促進に貢献した番組として表彰されたんです。みんな観てるんですね。

最後に、モンティチャーさんにタイの観光研究者のひとりとしてご質問があります。いまのようにタイ人が海外旅行にたくさん行くようになってきたのはいつ頃からでしょうか。

「4~5年前からです。LCC(格安航空会社)が飛び始めた頃からで、タイ人の所得がだいぶ上がったことが大きいです。私が大学を卒業した頃は、新卒の初任給は日本円で2万円相当でしたが、いまは約5万円と聞きます。ですから、半年とか1年とかお金を貯めて、海外旅行に行きたいと考える若者が増えています。自分のための1年1回のプレゼントとして。最初は近場の香港やシンガポールに行くけど、本当は日本に行ってみたい」。

―日本旅行ブームの背景には何があるのでしょうか。

「これまでヨーロッパと同じように敷居の高かった日本が観光ビザを免除したり、円安になったりして、行きやすくなったことが、ブームの背景だと思います。なにしろ以前は、特にタイの女性の場合、日本に行くには、半年分の銀行口座の残高証明だとか、いろんな書類を用意しなければなりませんでした。いまはその必要がなくなったのですから。

バンコクなどの都市に暮らす一般の人たちがクレジットカードをつくりやすくなったこともあります。海外旅行ローンも気軽にできるようになった。年に2回のトラベルフェアなどで安いツアーや航空券が買えるようになり、海外旅行のチャンスが広がっているのです」。

実は、今年の「Japan Tourism Award in Thailand」でも、以下の2冊が「訪日旅行の促進に貢献した旅行ガイドブック」として受賞しています。
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●ガイドブック『ガイドやツアーに頼らずに歩く日本』
●ガイドブック『123美味しい関西』

上記2冊はまだ入手していませんが、いずれも個人旅行者向けのガイドブックのようです。さまざまな角度から日本旅行の面白さを伝え、読者に旅を楽しんでもらおうという意欲を感じさせるハイセンスなガイドブックが次々と登場してくるのがいまのタイです。機会があれば、これらの本がどんな内容なのか、確かめてみたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-05-01 17:01 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 03月 29日

28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

訪日外国人数1000万人達成や東京オリンピック開催の決定で、今年に入ってますますインバウンド振興の機運が盛り上がっています。ところで、日本の外客誘致は、いまから100年前に始まっていたことをご存知でしょうか。

思いがけない話かもしれませんが、日本の外客誘致には戦前期から継続的に取り組まれてきた歴史があります。今回はその歴史を通して、ニッポンのインバウンドの理解を深めてみたいと思います。
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いまでこそ「インバウンド」ということばや「訪日外国人の旺盛な消費への期待」から外客誘致の必要性に対する理解が広まってきましたが、歴史を振り返ると、日本の外客誘致はいまから100年前に始まっています。

それは、1912(明治45)年3月に当時の鉄道院によって設立されたジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTBの前身)の活動によってスタートしました。今日の「観光立国」政策や外客誘致のためのプロモーション活動も、すでに戦前期にひな型があったのです。

JTB100年のあゆみ
http://www.jtbcorp.jp/jp/100th/history/

100年前の訪日外国人数は約2万人


設立当時のジャパン・ツーリスト・ビューローは、今日の日本を代表する旅行会社JTBとは実態がかなり異なるもので、むしろ現在の日本政府観光局(JNTO)に近い存在でした。

では、戦前期の外客誘致とはどんなものだったのでしょうか。

それを知るうえで格好の資料となるのが、ジャパン・ツーリスト・ビューローが発行した「ツーリスト」(1913年6月創刊)です。同誌は外客誘致の促進を目的に創刊された隔月刊の機関誌で、1943年まで発行されていました。

ところで、100年前の訪日外国人数はどのくらいの規模だったのでしょうか。同誌創刊号の「発刊之辭」ではこう述べられています。

「漫遊外客の来遊するもの年々二萬人内外を有し、其費す金額も一年大略一千三百萬圓を下らずと云ふに至りては、是を国家経済上より見るも亦決して軽々に看過すべからざる事實たらずんばあらず」。

1912(明治45)年当時の訪日外国人数は約2万人、外客による消費額は約1300万円でした。つまり、2013年に訪日外国人数が1000万人を超えたということは、この100年で市場が約500倍に拡大したことになります。

もちろん、当時といまではさまざまな面で大きく事情が違っていました。たとえば、当時の外客は基本的に客船で来日しています。戦前の資料をみると、1940年代(昭和10年代後半)になってようやく航空機による訪日外客が現れていますが、「500倍」という数的拡大は、いうまでもなく、本格的な航空機時代を迎えた戦後の輸送量の飛躍的増加があってこその話です。
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※100年前の訪日外国人の状況については、中村の個人blog「100年前(1913年)の訪日外客数は2万人、消費額は1300万円」を参照。

アジア客より欧米客が圧倒的に多かった

旅客機の利用が現在ほど一般的ではなかった戦前期において、訪日外客は国際客船の寄港する港から入国していました。
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現在、横浜港に停泊する氷川丸(1930年竣工。北太平洋航路で運航した客船)

ツーリスト6号(1914年4月)の「大正2(1913)年中本邦渡来外人統計表」によると、当時の入国地としての以下の14の港が記されています。

横浜、神戸、大阪、長崎、函館、門司、下関、敦賀、小樽、七尾、青森、唐津、厳原(対馬)、室蘭。

統計表には、それぞれの港ごとに国籍別の入国者数が記載されています。入国者数のトップは横浜で、次いで神戸、長崎、下関、敦賀、門司、函館の順になっています。100年前の日本の玄関口は、成田や羽田ではなく、横浜や神戸でした。

さらに、この統計表によると、1913(大正2)年の訪日外客数は21886人。国籍別にみると、トップが支那(この時期は辛亥革命直後で「中国」という国家は存在しているとはいいがたい状況であったため、当時の中国大陸を指す一般的な呼称として「支那」が使われています)で7786人、次いで米国5077人、英国4123人、ロシア2755人、ドイツ1184人の順になっています。これら中米英露独のトップ5の占める数は圧倒的に高く、他の国々とは比較にならないほどでした。ちなみに、上位5か国の順位は、1926(大正15)年まで変わっていません。

今日と比べると国籍別比率の観点で大きく違うのは、アジア系旅客よりも欧米系旅客が多かったこと、なかでもロシア人の比率の高さが注目されます。

※当時の訪日外国人の国籍別数の詳細については、中村の個人blog「戦前期、外国人はどこから入国したのか?」を参照。

当時も日本のキラーコンテンツは温泉だった

では、100年前の訪日外客は日本のどこを訪ね、滞在を楽しんでいたのでしょうか。

ツーリスト3号(1913年10月)では、この年の7、8月「避暑地、温泉及び都会等に滞在せる外人旅客数」を国籍別に調査しています。同調査に挙げられた滞在地は以下のとおりです。

東京、横浜、鎌倉、熱海、伊東、修善寺、京都、神戸、宝塚、有馬、宮島、道後、別府、長崎、小浜、温泉(雲仙)、伊香保、草津、日光、中宮祠(中禅寺湖)、湯本(箱根)、鹽原(塩原)、松島、大沼公園、登別温泉

なかでも外客滞在数のトップは、日光で6256人。次いで鎌倉3368人、京都3008人、東京1738人、中宮祠1593人、横浜1127人、湯本1067人、小浜1039人、神戸878人、雲仙765人と続きます。
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1878(明治11)年創業の富士屋ホテル(箱根・宮ノ下)は日本人経営による初めての本格的外客向けホテル

当時の日本では、国内全域を短時間で移動できるような鉄道網や自動車道は発達していなかったので、滞在型の旅行形態が一般的でした。現在の東京・大阪5泊6日コースのような周遊旅行はありえませんでした。そのため、多くの外客は東京や京都といった大都市以外は、国内各地の温泉地や避暑地、また鎌倉や日光、宮島など主要な観光地の周辺に生まれつつあった外国人経営の洋式ホテルや日本式の温泉旅館に滞在していたようです。当時から日本のキラーコンテンツは温泉だったことがわかります。
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昭和7年の雲仙での滞在欧米客のパーティ風景

ここでちょっと興味深いのは、トップ10の中に長崎県の雲仙温泉が入っていることです。これは前述した横浜、神戸に次ぐ3番目の入国地が長崎だったことと関係しています。中国大陸と日本をつなぐ長崎・上海航路で訪日した上海租界在住の欧米人(なかでもロシア人の比率が高かったようです)が避暑のため、長崎に渡り、雲仙温泉に滞在したからです。いまではちょっと想像つかない話ですが、当時雲仙には多くの欧米客が滞在していた記録が残されています。

※当時の訪日外客の滞在事情については、中村の個人blog 「100年前の夏、外国人は日本のどこに滞在していたのか?」を参照。

インバウンドのイロハは西欧から学んだ

もっとも、1912(明治45)年当時の日本には、海外から訪れる外国人客を受け入れるためのインフラが、ハード、ソフトの両面でほとんど整備されていませんでした。

そのため、「ツーリスト」誌においても、外客誘致のためには何が必要かを啓蒙するため、海外事情の紹介に努めています。

それらの海外レポートの多くを執筆しているのは、ジャパン・ツーリスト・ビューロー幹事の生野圑六です。生野は鉄道院の役人で、のちに京浜電気鉄道社長になる人物ですが、ヨーロッパ諸国を中心に海外を視察し、各国の外客誘致の現状について報告しています。彼は日本のインバウンド黎明期に最も積極的に啓蒙活動に取り組んだ論客です。

生野がシベリア鉄道経由でヨーロッパ視察に出かけたのは、1912年6月末から9月末にかけてです。ベルリンで開催された国際旅客交通会議に出席するためでした。

「欧州各国に於ける外客誘致に関する施設」(ツーリスト創刊号(1913年6月))という報告の中で、彼はヨーロッパで見聞した多くのことに驚き、感心しています。以下、ポイントを整理してみます。

①当時のスイスではすでに外客受入態勢が完備していたこと

「瑞西は何度参りましても實に心地善い處であります。外客に対する遊覧設備の完備せること、案内上の用意の行届いていること、廣告印刷物等の豊富なること、山水風光明媚なると共に、隅々まで清潔なること、停車場などに長さ数間の大写真などが掲げてあること、ホテルの空室の有無を停車場内に掲示する設備などもあること」。

「外客に対する遊覧設備の完備」もそうですが、彼は何より外客の「案内上の用意の行届いていること」に感心しています。

②ヨーロッパでは国境を越えたドライブ旅行が始まっていたこと

「近時欧米に於ける自動車の発達は非常なもので、従て自動車で自国内のみならず、外国に旅行に出掛ける者は甚だ多いのであります。此道路の如きもツーリストを招致するのが目的であります。鉄道会社も夏期は乗合自動車を運転して、一定の賃金を以て旅客の需に応じております。吾国に於いても将来或地方には、自動車道路を設けることなども一の問題であろうと思ひます」。

これはフランスのエビアンからニースまでモンブラン山脈を横断する約700㎞の自動車専用道路を視察したことに対する感想ですが、日本では戦後を待たなくてはならなかった本格的なモータリゼーションによる観光市場の促進が、ヨーロッパではすでに戦前期から始まっていたことがわかります。

③パリには観光客を惹きつけるさまざまなインフラが充実していたこと

「巴里には其近郊に風光明媚なる處や、名所旧蹟が沢山ありますが、外客を惹付けるには寧ろ人工的設備、或は人為的方法が興つて力あることと思ひます。即美術博物館の完備せる、公園の大規模なる、市内交通機関の便利なる、市街の美観を保つが為に用意周到なる、皆之であります。暇令ば、公設建造物、廣場、凱旋門、スタチュー、橋梁等一として美術的ならざるはなく、電柱などは一本もなく、電車も高架式は許されて居ません。ホテルの設備は完全にして、而も比較的低廉である。劇場には国立竝に準国立とも称すべきものも四ヶ所を始め、多数あり、名優少なからず、他の諸国に於いては夏時は大劇場は休業する例なるに、巴里は無休で、料理や葡萄酒は廉価にして、而も美味である。尚巴里人はコスモポリタンで、外国人を外国人扱ひせず、吾々の如き異人種でも、白人同様に扱ふ等、其他外国人の為に特に利便を計っていることは、列挙すれば沢山あることと思ひます。之等のことは必ずしも吾国に於いて総て模倣すべきでもないが、又中には大に学ぶべきことがあると思ひます」。

ほとんど手放しの称賛ぶりですが、これが100年前の日本人の正直な実感だったと思われます。

④ヨーロッパでは新聞広告による外客誘致が広く行われていたこと

「(ヨーロッパ各地で発行される英国のデーリーメール新聞は)英米人の大陸旅行者に中々よく読まるるのでありますが、此新聞社は倫敦竝に巴里の中心に、立派なる案内所を持っておりまして、欧州のみならず世界各国の鉄道、汽船、ツーリスト・ビューロー、ホテル等は固より、静養地、遊覧地、シーズン、遊覧設備、自動車旅行、飛行、学校、貸家、貸別荘等に関する報告を與ふること」。

この視察を通して生野が得た最大の収穫は、外客誘致のために宣伝媒体(メディア)がいかに効果的であるかを知ったことでした。今日の日本では当たり前になっている海外に対する訪日プロモーションは、100年前に学んだものだったのです。

生野は帰国後、「ツーリスト」誌において繰り返し外客誘致のための広報機関の運営や宣伝方法、案内所の設立、ツーリスト業者の組織のあり方などを提言しています。それらの報告は、この時期ニッポンのインバウンドが、西欧をモデルに一から形成されていった過程が生々しく伝わってくる内容となっています。

※生野圑六の海外レポートについては、中村の個人blog「100年前、日本は欧州から外客誘致のイロハをこうして学んだ」、「大正期にスイスから学んだ観光宣伝のさまざまな手法」を参照。

外客誘致の目的はいまも昔も変わらない

100年前の日本は、日露戦争に勝利し、世界デビューを果たしたばかりでした。しかし、国民経済は西欧諸国に比べるとまだ貧しく、彼らから学ぶべきことが山のようにありました。

そもそも当時の外客誘致の目的は何だったのでしょうか。

ツーリスト創刊号(1913年6月刊)の巻頭には、「ジャパン、ツーリスト、ビューロー設立趣旨」なる以下の文章(一部抜粋)が寄せられています。

「日本郵船会社、南満州鉄道会社、東洋汽船会社、帝国ホテル及我鉄道院の有志聯合の上『ツーリスト、ビューロー』を設立せんことを期し、諸君の御会合を請ひたるに、斯く多数其趣旨を賛成して、御参集を辱ふしたるは、我々発起人一同の感謝とするところである。抑も漫遊外客は、我日本の現状に照らし、各種の方面より大いにこれを勧誘奨励すべきは、今更贅言を要せない次第である、外債の金利支払及出入貿易の近況に対し、正貨出入の均衡を得せしめんが為め、外人の内地消費を多からしむるに努め、又内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め、国家経済上の見地より、外国漫遊旅客の発達を促すは、刻下焦眉の急たること申す迄もなく、更に一方により考ふれば、東西交通の利便開け、東西両洋の接触日に頻繁を加ふるの際、我国情を洽く海外に紹介し、遠来の外客を好遇して国交の円満を期すべきは、国民外交上忽にすべからざる要点である」。

ここでは、当時の外客誘致を提唱する基本的な考え方として、以下の3つの目的を挙げています。

①「外人の内地消費」
②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」
③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」

①「外人の内地消費」とは、文字通り「訪日外国人の消費による経済効果」のことです。まだ貧しかった当時の日本にとって、国際客船に乗って訪日する富裕な欧米客の消費力に対する期待は今日以上に高かったことでしょう。

興味深いのは、②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」です。これは、そもそも外客誘致の目的は、日本滞在中多くの外客に国内産品を消費してもらうためだけではなく、その良さを広く知ってもらうことにあるという輸出立国的な認識です。インバウンド促進の目的をツーリズム産業内の市場拡大や地域振興とみなすだけでなく、それを輸出産業につなげてこそ意味があるという論点は、すでに戦前期からあったことがわかります。むしろ、「訪日外国人の旺盛な消費への期待」ばかりが語られがちな今日よりも、当時のほうが物事の本質が明確に意識されていたようにも思います。

③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」は、外客誘致の目的は国際親善にあるという認識です。

「ツーリスト」誌上では、その後、外客誘致に対する「経済効果」論争が繰り広げられます。外客による消費を重視する立場と、国際親善こそ重要で経済効果は二義的なものだという主張に分かれるのです。後者の主張が生まれた背景には、1914年に始まった第一次世界大戦で戦場となったヨーロッパ諸国からの訪日旅行者が減ったことや、その後の長い日中対立がありました。

たとえば、ツーリスト10号(1914年12月)では、「(第一次世界大戦で)欧州方面に失ひたるものを米国方面に補ひ」(「時局と外客誘致策」)というようなヨーロッパに代わる外客誘致先としての米国への取り込みを促す論考。またツーリスト26号(1917年7月)では、「日支两国民間に繙れる空気を一新し、彼の眠れる友情を覚醒し以て日支親善の楔子(くさび)たらん事を期す」(「日支親善の楔子(支那人誘致の新計畫)」と、悪化する当時の日中関係を中国人の訪日誘致によって相互理解を深め、改善しようと提言しています。国際情勢がいかに外客誘致に影響していたかがわかる話ですが、今日においてもそれが同様であることは、ここ数年の近隣諸国との関係悪化で私たちもあらためて理解したばかりです。

こうしてみると、戦前期の外客誘致の目的や課題は、今日となんら変わらないものであることがわかります。現在の日本政府観光局や観光庁が主導する官民挙げたインバウンドの取り組みは、すでに100年前に企画され、実施されてきた事業だったのです。
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1935(昭和10)年に開業した雲仙観光ホテル

その後、昭和に入り、ニッポンのインバウンドは進展を見せます。国策として全国各地に外客のためのホテル建設が積極的に進められました。日本の名立たるクラシックホテルの多くはこの時期建てられたものです

しかし、時局は戦時体制に向かい、結局のところ、外客誘致どころではなく、敗戦を迎えます。それでも、戦後の混乱期を抜けると、再び外客誘致が始まります。その契機となったのが、1964年の東京オリンピックでした。

そして、いま私たちは2020年開催予定の東京オリンピックをひとつの目標として見据え、インバウンド促進を進めています。こうして歴史を振り返ると、日本はすでに外客誘致に関してそれなりの経験を積み重ねてきたことを知ると同時に、いいことも悪いことも含め、これから先も似通った経験をしていくことになるのだろう、という気がします。

それだけに、過去の歴史には、今日から見ても学べる多くの知見があります。今後は、ツーリスト創刊号で提唱された外客誘致の目的のうち、②や③の視点がより重要になってくると思います。すなはち、外客の消費を期待するだけでなく、それを日本のものづくりと直結させていく動きを促進させる必要。さらに、近隣諸国との関係も含め、訪日旅行プロモーションをいかに国際親善につなげていくかという点でしょう。

大正期に一から始まった日本の外客誘致の取り組みを知り、先人の思いや心意気を思うと、その尽力を断絶することなく、きちんと受け継いでいく必要がある。そんな殊勝な気持ちになったものです。

※やまとごころ.jp 28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

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by sanyo-kansatu | 2014-03-29 12:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)