ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

inbound.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:最新インバウンド・レポート( 50 )


2015年 10月 01日

外国客の国内ドライブ旅行、本格始動中!~先行する沖縄、北海道の事例と予約サイトの動向から

羽田空港国際線ターミナルの到着フロアは、いつも多くの外国客でにぎわっている。レンタカーを予約した外国客が最初に向かうのは、ゲイトに向かって右側にあるカウンターだ。

b0235153_0112794.jpg

羽田空港国際ターミナルのレンタカーカウンター

リムジンバスの発券所の隣に、ニッポンレンタカーやオリックスレンタカー、トヨタレンタカー、Hertz、日産レンタカー、Times Car RENTAL、Europcarの合同カウンターがある。ここで予約の照会をすませると、1階の「乗車レーン」まで歩き、レンタカー会社の用意した車に乗せられ、各社の営業所に向かう。

羽田空港の外客レンタカー利用が増えている

ニッポンレンタカー羽田営業所の佐藤大助サブマネージャーによると「外国客の利用が目立って増えてきたのは、2014年3月30日の国際線の増便の頃から。最近では香港や韓国を中心に毎月70組以上の利用があり、特に1~2月の旧正月のシーズンは香港客が多く、直近ではタイ客も増えている」という。

外国客がレンタカー利用の手続きをする際、パスポートと国際免許証の写しが必要だ。「手続きは10分程度で国内客と変わらない。ただし、外国客は羽田で乗って成田や関空などで乗り捨てるケースも多いので、返却の日時と場所を確認する。乗車前に事故の場合の連絡先や営業所の近くのガソリンスタンドのMAPなどをお渡しする」(佐藤サブマネージャー)。

外国客に対する接客では、日本での運転のポイントや注意事項を伝えることは欠かせない。同社では、日本の交通規則や標識の解説、給油の方法、事故が起きたときの対応、保険補償の限度額、駐車違反の注意などを細かく説明した「ご利用ガイド」(英)を用意している。

b0235153_012843.jpg

ニッポンレンタカーの外国客向け「ご利用ガイド」(英語版)  
b0235153_0122723.jpg

ガソリンの給油の間違いは要注意ポイント

ニッポンレンタカーサービス販売促進部国際営業課の白井祐子主任は「外客向けのサービスには、24時間対応のカウンター通訳サービス(英中韓タイ語)や多言語化カーナビ(英中韓)、ETCカードのレンタルがある。なかでも重要なのがカーナビの多言語化だ。この2年で急速に普及した。新車を発注する際も必須になっている」と説明する。

同社の国籍別の利用状況は、1位香港、2位韓国、3位台湾、4位タイ、5位アメリカまたはオーストラリアの順。対前年度比で約2倍増の勢いだ。件数でいうと沖縄県と北海道が多いが、最近では首都圏をはじめ関西や中部地区からの利用も1.5倍に増えているという。

外国客の利用期間は平均約4日、単価も約4万円と国内客より長くて高い。平日利用が多いのも特徴だ。人気の車種は「家族やグループ旅行が多いため、ワゴン車だ。プリウスなどのハイブリッド車やアイサイトの使えるスバル車など、日本オリジナルの車種を選ぶ傾向がある」(白井主任)そうだ。

首都圏における国内客のレンタカー利用は圧倒的にビジネス利用だが、外国客はレジャー利用が中心。最近の若い世代の免許証取得比率の減少で国内市場が縮小していくなか、レンタカー各社は外国客の取り込みを強化している。

利用件数全国一は沖縄県

外国客のレンタカー利用件数が全国一なのが沖縄県だ。一般社団法人沖縄県レンタカー協会によると、過去2年の県内の外国客のレンタカー利用件数は以下のとおりだ。

2013年度(13年4月~14年3月)
 3万6919件(台湾1万1138件、韓国1万1937件、香港1万1670件ほか)
2014年度(14年4月~15年3月)
 8万5323件(台湾2万8096件、韓国2万7764件、香港2万3463件ほか)

この1年で2.3倍増の勢いで増えており、国籍別比率は、台湾(33%)、韓国(33%)、香港(27%)で全体の9割を占める。協会関係者によると、この急激な伸びは「沖縄県を訪れる外国客の急増にあり、円安や台湾、韓国、香港などの近隣諸国からのLCCをはじめとした新規就航や増便が相次いだことにある」という。

※沖縄県の統計によると、2014年度に沖縄を訪れた外国客は98万6000人と過去最高で、前年度比57.2%増と全国平均を超えている。国内客も含めた観光客総数が716万9900人(これも過去最高)で、外客比率は約14%と他県に比べて高い。

OTSレンタカーを運営する沖縄ツーリストの中村靖常務取締役は「外国客のレンタカー利用が顕著になったのは11年頃から。今年は前年度比で1.6倍の勢いだ。沖縄は台湾からのフライトが1時間、ソウルから約2時間、香港から2時間半という好位置にあることが大きい」という。
b0235153_0131430.jpg

OTSレンタカー(中文版)
http://www.otsinternational.jp/otsrentacar/cn/

同社の外国客に対するレンタカー利用促進の取り組みは早かった。06年台北事務所を設立し、将来の需要を見越してレンタカー予約の受付を開始。

その後、予約サイトの多言語化を進めると、台湾や香港から繁体字版サイト経由で予約が入るようになった。07年には臨空豊崎営業所に4か国語対応のドライブシュミレーションを設置し、09年には全国初の4か国語対応のカーナビを導入している。

もっとも、外国客のレンタカー利用の急増にともない、県内での事故や渋滞が指摘され始めている。琉球新報2015年6月13日は「2014年度の事故件数は2901件で、事故率は3・4%」(「外国人増で対策強化 県レンタカー協、事故防止へ注意喚起」)と報じている。沖縄タイムス2015年6月16日は、事故の背景に海外と日本の交通ルールの違いがある(「標識読めない、慣習違い…外国客のレンタカー高い事故率」)と指摘する。

中村取締役は「これだけ利用が増えると事故が増えることは予測される。ミラーを擦ったり、交差点で左折や右折のルールを間違えたりといったケースが多い。今後は防止策に力を入れていく必要がある。ただし、外国客がもし事故を起こしても、自動車保険は国内客同様、手厚い安心パックに入っているし、JAFのサポートも充実している」と話す。

前述の琉球新報の記事も「(県レンタカー)協会では本年度から、英語版に加え、繁体字と韓国語版のドライブマップを新たに作製、運転上の注意点や県内の事故多発交差点などを紹介し、注意喚起を図っている」と事故防止の取り組みを紹介している。また外国客の運転する車を一目で判断できるようにステッカーも導入された(沖縄タイムス2015年8月8日)。
b0235153_014352.jpg

外国人運転用ステッカー(沖縄県)

全国に先駆けて外国客のレンタカー利用が進む沖縄県だけにさまざまな課題も出てくるが、その解決にあたる官民の取り組みは、これから全国で受入態勢を整備していくうえでのひな型になるだろう。

中村取締役は、今後レンタカー事業者が取り組むべき方向性についてこう語る。「これからはただ車を貸すだけでなく、お客様に地元で喜んでお金を落としてもらうしくみをつくらなければならない。当社ではカウンターでWifiルーターの貸出や県内の主要観光施設のチケットの販売を行っている。

また『沖縄もっとトリップ 北部東海岸エリア編』(英中韓)というドライブマップを作成し、国道58号線の走る西海岸だけでなく、東海岸にも足を伸ばしてもらうよう働きかけている。最近では、これまで少なかった外国客が東海岸の泡瀬漁港(沖縄市)の海鮮食堂にさしみを食べに行く話などをよく聞くようになった」。
b0235153_0143885.jpg

『沖縄もっとトリップ 北部東海岸エリア編』

レンタカーという二次交通の利用促進は、これまで外国客が訪れることのなかった場所への新たな動線を敷くうえで直接的な効果を生んでいるようだ。

利用の多国籍化が進む北海道

沖縄県に次いで外国客のレンタカー利用件数の多いのが北海道だ。観光スポットが広域に点在する北海道では、国内客同様、外国客にとってもレンタカーは不可欠な移動の足になりつつある。

一般社団法人札幌レンタカー協会によると、北海道における外国客のレンタカー利用件数は、2014年度(14年4月~15年3月)で2万4243件。15年度は毎月約80%増と伸びており、国籍別にみると、トップが香港で9579件(全体の約40%)を占め、次いで台湾4497件、シンガポール1948件、韓国1892件、タイ1395件、オーストラリア1052件、ヨーロッパ1051件、アメリカ814件と続く。

沖縄県と比べると、総件数は3分の1以下だが、シンガポールやタイ、欧米系の利用も多く、多国籍化が見られるのが特徴だ。

北海道における外国客のレンタカー利用促進のための本格的な取り組みは、07年9月台湾客の国内での運転が可能となった頃から始まっている。

同年4月に北海道外国人観光客ドライブ観光促進連絡協議会が設立されたが、実はその前年の06年12月、喜茂別町で外国人ドライバーの交通死亡事故が発生している。冬場の凍てついた道路を運転することにアジア客が慣れていないのは当然で、雪道の安全運転の啓発は欠かせない。こうした北海道特有の事情から、外国客に安心・安全にドライブ旅行を楽しんでもらうための道独自の調査やノウハウの啓蒙が進んでいる。

その成果のひとつが、2009年国土交通省北海道開発局が作成した「北海道ドライブまるわかりハンドブック」(日英中(繁・簡)韓)だ。日本の交通ルールや北海道で起こりうるトラブルとその対応をわかりやすく解説している。
b0235153_0152166.jpg

「北海道ドライブまるわかりハンドブック」
http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/toukei/chousa/h20keikaku/handbook.html

さらには、事業者向けに北海道の主要なレンタカー利用客である台湾、韓国、香港、シンガポールの来道目的や運転習慣の違いなどを分析している「外国人ドライブ観光客 誘致・受入事例解説集」もある。

外国人ドライブ観光客 誘致・受入事例解説集
http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/toukei/chousa/h20keikaku/yuuchi.html

たとえば、同解説集の台湾の項には「日本の「止まれ」の標識は国際基準と異なり、理解されにくい。台湾では、制度上は一時停止の義務はあるものの、見通しがよい場合は一時停止をする車はほとんどいない(踏み切りについても同様。台湾の高速道路では、走行車線・追越車線の区別がない。矢印信号は台湾にはないため、とまどってしまう)」とある。一方、香港の項には「日本と同じ左側通行であるが、赤信号でも左折フリーの国である。横断舗装以外では「歩行者優先」というルールはなく、車が優先される。一般道路の最高時速が70㎞であるためか、北海道をドライブして「スピードが遅すぎる」と感じるドライバーもいる」。この知識を頭に入れておくと、外国客を送り出すときに、ひとことアドバイスを添えることができるだろう。

こうした北海道の取り組みは、今後外国客のレンタカー利用が増えるであろう全国各地の関係者にとって貴重な情報源となるはずだ。

レンタカーのネット予約は富裕層が多い

今日、訪日外国客によるエクスペディアやBooking.comなどの海外ホテル予約サイトの利用が普及しているが、同じことはレンタカー予約の世界でも起きている。国内の各レンタカー会社は、それぞれ自社サイトの多言語化を進めているが、やはり各事業者の情報を横断的に閲覧でき、利用者のニーズに直結したサービスを迅速に提供する予約サイトが重宝されるのは当然だろう。

なかでも先行しているのが、レンタカー予約サイトのTocoo!である。
b0235153_0163132.jpg

Tocoo!(中文版)
http://www2.tocoo.jp/cn

同サイトを運営しているのは、有料会員制の宿泊予約サイトを手がけるクーコム株式会社だ。同社は2000年代の早い時期から海外向けのレンタカー予約サービスを始めている。

同社の牛田隆夫取締役によると「外国客のレンタカー予約が増えてきたのは08年くらいから。11年の震災の前には海外が国内を逆転していた。国籍でいうと、東南アジアがほとんど。香港、台湾、韓国、シンガポール、タイなどだ。売上は前年比88%増で、60カ国・地域の利用者のうち、半分以上が中国語圏。07年9月に台湾客の運転が可能になったことを機に中文版を立ち上げ、その後すぐにハングル版を始めたことが奏功した」という。

利用エリアは、全体の3割は北海道だが、最近は関西国際空港や中部国際空港からの利用も多い。雪を見るために、名古屋から高山や白川郷に向かう人が増えているという。「アジアの交通事情は一般の日本人には厳しく、まず運転できないと思うが、逆に彼らにすれば日本の運転は楽勝」(牛田取締役)なのだという。

外国客の利用状況は国内客とは大きく違う。「1回あたりのレンタル料金は国内客の3倍近い。外国客は国内客より利用日数が長く、乗り捨てが多い。なかには札幌で借りて大阪で返す人もいる」(牛田取締役)。

客層は圧倒的に旅慣れた富裕層だ。顧客アンケートによると、年収1億円以上も多く、約半数が年収1000万円以上という。「だから、単価が高い。彼らは車のグレードがよければ喜んで利用する。アルファード(トヨタの大型ミニバン高級車)とエルグランド(日産のワンボックス型ミニバン)があれば、確実にアルファードを選ぶ。当社の海外利用客の7割はリピーターだ」(牛田取締役)。

牛田取締役はレンタカー利用促進の意義をこう語る。「いま大都市圏には外国客は多いが、伊豆半島や房総の先にはまだ来ていない。東京のホテルは潤っているが、伊豆半島はそうではない。我々の役目は、そこにお客さんを送ることだ」。

業界の動きを先導する同社の取り組みは要注目だ。

「インバウンドの実験室」香港

外国客のレンタカー利用が急増する背景には、継続的に続けられるプロモーションの成果もある。日本政府観光局(JNTO)香港事務所では、すでに2012年から香港市場に特化したレンタカーと鉄道利用促進のためのプロモーション『a different Japan-Rail & Drive』を始めている。

前香港事務所長の平田真幸(現海外プロモーション事業部)担当部長は、『a different Japan-Rail & Drive』が生まれた事情をこう語る。「私が香港に赴任した12年、震災後の訪日客の落ち込みをリカバーするための施策が求められていた。リピーター8割、訪日10回以上が20%超という成熟市場の香港で、韓国や台湾、タイ、シンガポールなどの競合国と差別化して何ができるか。そこで、新しい観光魅力として打ち出したのが、ご当地グルメやショッピングシーンを盛り込みながら、シーズンごとに日本ならではの自由気ままな旅行スタイルを体験してもらう全国各地のドライブ旅行と観光列車のPRと商品化の支援だった」。

その後、香港の訪日旅行市場は急ピッチで回復し、2014年は92万5975人(前年比24.1%増)と国別でも4位となった。レンタカー付きのツアー商品を手がける旅行会社も増え、観光列車も目玉ツアーになっている。関西や九州、沖縄などの「訪問先の分散化(多様化)」も他の国・地域に先駆けて実現されている。「香港はインバウンドの実験室。新しい訪日旅行シーンは香港から生まれる」(平田部長)といわれるのはそのためで、市場の先導役として常に期待されているのである。
b0235153_0173319.jpg

『a different Japan-Rail & Drive』のキャンペーンイメージ

外国客のレンタカー利用は、縮小する国内市場を補うことで事業者にとっての期待となるだけではない。訪日客の地方への分散化を促進し、全国に張り巡らされた道路インフラの維持を図り、さらには未来のユニバーサルな交通システムへの転換を進めるうえでの重要なステップでもある。今後、先行する沖縄県や北海道を追う、さらなる動きが各地で起こることを期待したい。

※本稿において今年訪日外国人数のトップを走る中国本土客について触れていないのは、現在国内でのレンタカー利用はできないためだ。日本で運転できる国際免許証の条件として1949年のジュネーブ条約に基づき発行された形式でなければならないからである。なお同様に、スイス、ドイツ、フランス、ベルギー、スロベニア、モナコ、台湾も同条約に基づく国際免許証を発行していないが、これらの国は自国の免許証と日本語翻訳文の同時提示で運転が可能になる。

やまとごころ http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_17/page_05.html
[PR]

by sanyo-kansatu | 2015-10-01 00:19 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2015年 07月 30日

歌舞伎町ルネッサンス~外国人観光客の来訪増で街は変わるか?

このところ、歌舞伎町周辺を訪ね回り、外国人ツーリストの動きをウォッチングしていました。その中間報告というわけでもないのですが、やまとごころに書いています。
b0235153_15334181.jpg

歌舞伎町は今日も多くの外国人ツーリストでにぎわっている。ここ数年、周辺でホテル開業ラッシュも起きている。新宿は都内で最も外国客に人気のホテル地区なのだ。世界的にも知られるこの歓楽街はこれからどう変わっていくのか。周辺のホテルに滞在している外国客にもっと街を楽しんでもらい、お金を落としてもらうには何が必要なのだろうか。考えてみたい。
b0235153_15335683.jpg

やまとごころ.jp
http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_15.html

新宿歌舞伎町のネオンの下には、今日も多くの外国人ツーリストでにぎわう光景が見られる。靖国通りで大型バスから降りてきた中国やタイの団体客たちは添乗員に先導され、セントラルロードから裏道まで列をなして散策している。ドンキホーテの前でスーツケースを広げて大量購入した土産の品定めをするグループもいる。キャリーバックを引きずるアジアの若い個人客も次々と横断歩道を渡ってくる。欧米のツーリストたちもそこかしこを頻繁に往来している。

今年上半期(1~6月)で914万人とますます増加する訪日外国人旅行者。日本政府観光局によると、年間を通じて1800万人前後の見通しと2020年に2000万人という政府目標も前倒しで実現しそうな勢いだ。

彼らの来訪が歌舞伎町の風景を大きく変えようとしている。でも、どうして彼らは歌舞伎町にやって来るのだろうか。

世界の観光地と呼ばれる場所には、誰もがそこで記念撮影を始めてしまうポイントがある。富士山の絶景もそうだが、渋谷センター街の交差点もいまや定番。こうした情報はネットにあふれていて、SNSを通じて世界に発信されている。

では、いまの歌舞伎町でそれはどこだろうか。

今年4月に開業した「ゴジラルーム」が話題のホテルグレイスリー新宿(新東宝ビル)か。あるいは、「歌舞伎町一番街ゲート」の下で自撮りする? いや、むしろ西新宿の高層ビルやヤマダ電機の巨大スクリーンをバックに撮るのがお好みか?

これらは確かに歌舞伎町でよく見かける光景である。いまや歌舞伎町は外国人ツーリストのための都内有数の“回遊”ゾーンとなっているのである。

では、ここで“回遊”した後、彼らはどこに向かうのだろうか。

ロボットレストランは日々進化する

そのひとつが、新宿区役所の裏にあるロボットレストランである。この話はもうよく知られているかもしれない。以前、やまとごころ.jpのインタビューでも紹介した、外国人ツーリストが殺到する都内でも数少ないナイトエンターティンメントスポットである。

歌舞伎町の「ロボットレストラン」になぜ外国客があふれているのか?
http://www.yamatogokoro.jp/inbound-interview/2013/index06.html

日本の女子ダンスチーム《女戦》と巨大アンドロイドが共演するダンスショーが楽しめるというふれこみの同レストラン。その開業3周年も近い6月初旬に訪ねたところ、入り口に以前はなかった多言語の歓迎表示が置かれていた。ロシア語やタイ語まであり、客層の多国籍化が進んでいることがうかがわれる。
b0235153_1536076.jpg
18カ国の多言語が表示されるロボットレストランの看板

きらびやかだが、キテレツというほかない待合室の様子は変わらないが、受付は日本語を話す外国人スタッフだった。そこでは東南アジアのリゾートホテルのラウンジでよく聴く洋楽のライブ演奏が行われている。21時50分開演のその日最後のショーで、観客は若い欧米人がほとんど。アメリカのTVコメディショーに出てくるような外国人司会者が「ようこそ、クレージーショーへ」とあいさつすると、照明が落とされ、ショーは始まった。
b0235153_1537205.jpg
ショーの観客席は外国客だらけ。最近はアジア客も増えてきた

実は、半年前にここに来たとき、早めの時間帯だったせいか、欧米の中高年のツーリストの姿が多く、また小さな子連れの母親もいて、客層は明らかに幅広い年齢層に広がっていた。おそらく彼らは滞在先のホテルのロビーに置かれたチラシを手にしてここに来たものと思われた。

見るからに善男善女である彼らは、海外旅行先の夜を過ごす常としてカップルで、あるいは親子で食事を含めたナイトライフに繰り出そうとしていたのだ。はたしてショーの中身は、彼らを心底楽しませただろうか? 少し違和感を覚えたものだった。

そこに一抹のあやうさを感じながらも、ロボットレストランは外国客の趣向に合わせたナイトライフの受け皿として日々進化しているようだった。もはや開業当初のような欧米メディアや文化人が訪れる特別のスポットではなくなっているかもしれないが、客足は遠のくばかりか増えている。はっきり言って、ショーの中身を除けば、そこはとても日本とは思えない。入場料は1人7000円と以前より値上がりしているが、この1年の円安で外国客にとってはチャラみたいなものかもしれない。

このような“クレージー”な外国客向けのナイトスポットは、実のところ、世界のあらゆる観光地で見られる普遍的な光景ともいえる。それが六本木や赤坂、銀座ではなく、歌舞伎町に見られることは、これからの日本のインバウンドの行方を象徴しているように思う。

エクスペディアが指摘する新宿の3つの魅力

ところで、歌舞伎町に現れる外国人ツーリストはどこから来るのだろうか。

その答えのひとつのヒントとなるのが、ホテル予約サイトの市場動向である。

今日どんなに無名の宿泊施設でも、ホテル予約サイトに登録すれば、外国客を呼び込むことができるといわれる。国内ホテルの外国客受入に実質的に最も貢献をしているのは彼らだろう。

なかでも2006年11月、米国発世界最大のオンライン旅行会社として日本法人を開設したエクスペディアの訪日旅行市場における存在感は日に日に増している。当初、彼らの日本参入の狙いは、日本人の海外旅行市場にあったが、ここ数年、海外、特にアジアからの国内ホテル予約が増えているからだ。

木村奈津子マーケティングディレクターによると「エクスペディアはアジア11カ国・地域に販売拠点があるが、その多くは12~13年にかけて設立されたばかり。円安と日本旅行ブームの時期が重なり、訪日予約が一気に増えた」という。実際、韓国や香港、台湾、タイのエクスペディアによる14年の海外ホテル予約件数はすべて日本がトップだった。

同社の作成した「都内国別人気宿泊エリアマップ」をみると、東京の南半分(東京駅周辺、銀座、赤坂、渋谷)は欧米客に人気で、北半分(新宿、池袋、上野、浅草)はアジア客に人気というエリアの住み分けがあるらしい。
b0235153_15381695.jpg
都内国別人気宿泊エリアマップ(エクスペディア提供)

だが、国籍を問わず最も人気があるのは新宿だ。同社は14年エクスペディア経由で予約件数の多かった宿泊施設を「ホテル」部門と「ホステル・ゲストハウス・旅館」部門に分けてランキングしている。以下、「ホテル」部門10位までのランキングだ。

1位 ホテルサンルートプラザ新宿(南新宿)
2位 新宿グランベルホテル(東新宿/歌舞伎町)
3位 新宿ワシントンホテル(西新宿)
4位 京王プラザホテル(西新宿)
5位 ホテルモントレ グラスミア大阪
6位 ホテル日航成田
7位 新宿プリンスホテル(東新宿)
8位 品川プリンスホテル(品川)
9位 新宿区役所カプセルホテル(東新宿/歌舞伎町)
10位 ホテル日航関西空港

興味深いのは、ランキング入りした都内の7店中6店が新宿のホテルであること。またどちらの部門も1位(前者:サンルートプラザ新宿、後者:新宿区役所前カプセルホテル)は新宿なのだ。

なぜこれほど新宿のホテルが人気なのか。エクスペディアではその理由は「アクセス面」「街の魅力」「施設面」の3つだとして、以下のように分析する。

①アクセス面:新宿は都内の観光地へのアクセスがいい。また箱根に電車で一本、富士山にもバス一本で行ける。

②街の魅力:大都会を象徴する高層ビル群と、歌舞伎町や思い出横丁のような古き良き日本の雰囲気が両方体験できる。

③施設面:高級シティホテルからビジネスホテルまで選択肢が豊富。六本木や赤坂だと高級ホテルが多く、所得の高い欧米客が集中するが、近年増えているアジア客はリーズナブルなホテルを選ぶ傾向にあり、新宿が最適。

箱根と富士山のゲートウェイであることの優位性が新宿にはある。歌舞伎町が新宿を構成する一要素として欠かせない存在であることもわかる。さらに、新宿のホテルの価格帯のバリエーションの多さが、多様な層の外国客の受け入れを可能としているのだ。

一般に外国人ツーリストはよく歩くという。日本人なら地下鉄を利用する距離でも、彼らは歩くのを好む。そして彼らの行動半径はホテルを基点に形成される。こうしてみると、大型バスで乗りつけるアジア系団体客を除けば、歌舞伎町に現れる外国人ツーリストの多くが、新宿周辺のホテルに滞在している比率は高そうなのである。

外国人ご用達のカプセルホテルの世界

新宿人気の理由となっているリーズナブルな宿泊施設の代表といえば、前述のエクスペディアの「ホステル・ゲストハウス・旅館」部門で1位となった新宿区役所前カプセルホテルだろう。

5月下旬、同ホテルを訪ねると、そこは外国人ツーリストご用達の宿になっていた。

ロビーでは英語が飛び交い、着替えのためのロッカーの脇にはスーツケースが並んでいる。軽食コーナーや自動販売機、コインランドリーなどが置かれた男女共用のラウンジに行くと、スマホを手にした外国客の姿が多く見られた。実際、その日の外客予約比率は39%。アジア客と欧米客の比率は半々という。
b0235153_1540982.jpg
ロッカーの脇に並ぶ外国客のスーツケース

小川周二経営企画室室長によると「外国客が増えたのは2年前から。女性フロアを開設したことでカップルでも利用しやすくなったことが大きいようだ。アジアはタイがいちばん多く、マレーシア、シンガポール、最近はインドネシアが増えている。欧米は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンなどいろいろだ。大半がエクスペディアなどの海外予約サイト経由。連泊が多く、なかには1カ月も泊まっていく外国人もいる」という。
b0235153_15403891.jpg
ポラロイドで撮った宿泊客の記念写真

カプセルホテルは1980年代に成長した業態だが、バブル崩壊以降、斜陽産業と呼ばれた。それでも同ホテルが盛況なのは、サラリーマンから国内外の女性も含めたツーリストへという客層の変化に対応し、ビジネスモデルの組み換えを行ってきたからだろう。

人知れず外客率8割のデザインホテルもある

ホテル予約サイトの驚くべき集客力は、異業種やベンチャー系のホテル事業への参入にも追い風となっている。PRコストいらずで、集客が可能となるからだ。

歌舞伎町に人知れず外客率8割というデザインホテルがある。2013年12月に開業した新宿グランベルホテルだ。
b0235153_15415317.jpg
ひときわ目につく17階建て、客室数380室

立地は歌舞伎町の東のはずれの、なんとラブホテル街の中。だが、ここはエクスペディアの人気ランキング「ホテル」部門2位という。

ロビーを訪ねると、それは一目瞭然だ。フロントの前のラウンジやソファーに多くの外国客がたむろしていて、特に午後のチェックイン・アウトの時間帯にはスーツケースが山のようにロビーに積まれている。

丸山英男支配人によると「周辺に東横インやアパホテル、サンルートホテルなど、同じカテゴリーが集中している。ホテル激戦区の東新宿で、知名度のない我々が生き残るには、思いきって個性的なホテルをつくるしかない」と考えたという。

そこで採用したのが、アジアの次世代アーティスト24名を起用してデザインさせた客室だった。世界的に有名な歓楽街としての歌舞伎町のイメージを具現化したかったという。設計を担当したのは、キッザニア東京で知られるUDS株式会社だった。
b0235153_15423890.jpg
NY在住のカンボジア人アーティストが近未来の女性をイメージした人気の客室

結果はどうだったのか。

「開業から3か月は苦戦したが、1年後には平均客室稼働率は8割を超えた。そのうち外客比率は8割以上。歌舞伎町の立地ということで、外国客の利用は多くなるだろうと考えていたが、これほどとは思わなかった。アジア系は6割で欧米系は4割。ビジネス客とレジャー客は半々。予約の半分以上はネット経由。圧倒的に海外の予約サイト経由が多い」(丸山支配人)。

同ホテルを支持したのは、海外の若い個人旅行者たちだった。価格とデザイン性に敏感な彼らのホテル選びは、まず予約サイトでエリアと価格帯で絞り込んでから、各ホテルの写真をじっくり見比べるという。

丸山支配人は同ホテルが外国客に人気の理由をこう説明してくれた。
「確実にいえるのは、ネットの世界は写真が大事ということ。私どものホテルは客室のデザインに特徴があることから、同じ価格帯のホテルと比べたうえで選んでもらえたのだと考えている」。

「歌舞伎町ルネッサンス」の転換点

ところで、歌舞伎町にはいまも「怖い」「汚い」「風俗のまち」というイメージがある。その認識を世間にあらためて印象づけたのが、多くの死傷者も出た2001年9月の雑居ビル火災だった。

この事故に端を発して歌舞伎町の再生に向けた動きが始まっている。それが05年に新宿区や地元商店街振興組合、都や国の関係省庁などが官民一体でスタートさせた「歌舞伎町ルネッサンス」だった。

ところが、発足当時から危ぶまれていた歌舞伎町の顔ともいうべき新宿コマ劇場が08年に、14年にはミラノ座も閉館となった。それまで歌舞伎町では、劇場や映画館、ライブハウスなどの集客施設に来た人たちが周辺の飲食施設に立ち寄ることで歓楽街を成り立たせていた。だが、主要な施設の消滅で来街者が減り、多くの人々が“回遊”することで生まれるにぎわいにも陰りが見え始めていた。

それだけに、今年4月、新宿コマ劇腸の跡地に開業した新宿東宝ビルの誘致は、歌舞伎町再生のための大きな転換点とみなされている。そこにはシネコンやホテル(ホテルグレイスリー新宿)などの新たな集客施設がテナントとして入居してきたからだ。

新宿区では、靖国通りから北に延びるセントラルロードや新宿東宝ビル前の北側道路などの歩道を順次拡幅している。街の混雑を緩和し、かつての歌舞伎町のイメージを刷新させ、女性や家族連れも呼び寄せたいからだという。

だとすれば、ホテルができることはいい話である。実は、歌舞伎町とその周辺では、ホテルグレイスリー新宿や前述の新宿グランベルホテルもそうだが、今年9月開業予定のアパホテルグループの旗艦店「新宿歌舞伎町タワー」など、ホテルの新規開業がここ数年続々と進んでいた。東新宿は今後、ビジネス客というよりもレジャー客の集まるホテルの街になりそうなのだ。当然これらのホテルには、多くの外国人ツーリストが宿泊することになるだろう。
b0235153_15442686.jpg
シックなストライプとゴジラの顔がラウンドマークとなった新宿東宝ビル

ホテルの宿泊客が街で消費を始めている

歌舞伎町商店街振興組合の城克事務局長は「歌舞伎町を再生させるうえで、我々ができることは、投資を誘致するということだけだった。あとは各々の事業者の皆さんが頑張ってくれる。ホテルができることで、宿泊客が歌舞伎町で飲食や買い物をしてくれるようになるといい」と期待する。

地元ではこれまで歌舞伎町に来る外国人は、街を散策しているだけでお金を落とさないという声もあったようだ。確かに、大型バスで乗りつけるアジアの団体客は、せいぜいコンビニで飲み物を購入するくらいだったろう。彼らの買い物は旅行会社が決めた特定の場所でなければならないからだ。

だが、歌舞伎町周辺のホテルに宿泊していれば、近所でお金を落とす機会は自然と増える。その兆しは、たとえば、新宿グランベルホテルのフロントスタッフらが作成したという自家製マップに表れている。

同ホテルのロビーには、以下のような数種類のホテル周辺マップ(英語併記)が置かれている。

「新宿駅までの周辺地図(SHINJUKU area map)」
「周辺のラーメン屋(RAMEN LIST)」
「24時間営業のお食事処(24HOUR OPEN RESTAURANT LIST)」
「周辺のお寿司屋さん(SUSHI RESTAURANT LIST)」

これらの地図はとてもシンプルで情報量も限られているが、宿泊客からの質問をもとに作成されている。地図に落とされているスポットは、歌舞伎町内にあるごく普通のラーメン屋やレストラン、寿司屋にすぎない。だが、これらを見ていると、ホテルを基点とした外国人ツーリストの活動領域が見えてくる。ホテルの宿泊客たちは、街で消費を始めているのだ。

地元の人と一緒に楽しめる体験がほしい

今年に入って歌舞伎町にはこれまで見られなかった女性のグループなども足を運ぶようになったという。外国客には家族連れも多いので、子供の姿も増えた。街の風景に静かな変化が起きているようにも見える。

「だが、歌舞伎町に安心・安全ばかりをアピールするのはどうか。ちょうどいい緊張感は残したほうがいい。それがこの街の個性でもあったのだから」と前述の歌舞伎町商店街振興組合の城事務局長はいう。

確かに、ここは銀座でも渋谷でもない。それでもこれだけの来街者があるというのは、俗に“アジア最大の歓楽街”と呼ばれる独特の街の風貌が人を惹きつけるからだろう。それが薄まることを危ぶむ向きもあろうが、時代は変わる。かつて歌舞伎町は中国やアジアからの移民労働者が多く働く街だったが、いまやレジャー観光客に生まれ変わった彼らが押し寄せるようになった。それも宿命かもしれない。こうして生まれる“ちょうどいい緊張感”を満喫してくれているのは、いまや欧米客も含めた外国人ツーリストたちではないだろうか。彼らは固定観念にとらわれず、歌舞伎町とその周辺のホテルを選んでいるのだから。

そんな彼らはいま歌舞伎町に何を望んでいるのだろうか。

ここに来て、ただあてどなく“回遊”するだけでなく、立ち止まって地元の人たちと一緒に楽しめる体験、もっといえば思い出づくりがしたいのではなかろうか。お金をかけた大がかりなイベントである必要は必ずしもないと思う。もっとささやかで、気軽に日本人も外国人も参加できそうな趣向を考えたほうがよさそうだ。

ロボットレストランの営業担当者に以前こんな話を聞いたことがある。「新宿周辺と都内の主要なホテルにチラシを置いてもらうよう徹底して営業した。その結果がいま出ていると思う」。

せっかくこんなに多くのホテルが周辺にあるのだから、彼らに声をかけない手はないというわけだ。幸い歌舞伎町周辺のホテルの宿泊客には、スケジュールの決まった団体客は少ない。大半は個人旅行者だ。ロビーで退屈そうにスマホを覗いて暇を持て余しているツーリストはたくさんいる。彼らを街に連れ出すためのアイデアがいまこそ求められているのだ。

新宿グランベルホテルでは、新宿全景が見渡せるルーフトップバーで外国人を集めたイベントを始めようとしているそうだ。「ホテルは街と共存している。いまはSNSで情報が広がる時代。だから、ホテルの集客もいいデザインというだけではなく、次のステップはそこではいつも何かが起きていると思わせる場をつくり出すことが大事なのだと思う」。

これは同ホテルの設計を担当したUDS株式会社の寳田陵クリエイティブデザインディレクターのことばだ。

新宿歌舞伎町にあふれる外国人ツーリストにいかに街を楽しんでもらうか。そのためのネタはここにはいくらでもあると思う。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2015-07-30 15:46 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2015年 05月 22日

日本の家庭薬が“爆買い”される理由~台湾のドラッグストア研究家が書いた購入ガイドがスゴイ!

今年2月、上海で著作を手にして以来、台湾のドラッグストア研究家の鄭世彬さんのことをあれこれ書いてきましたが、昨日やまとごころ.jpで記事にまとめたので、転載します。

http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_13.html

日本の家庭薬が“爆買い”される理由
台湾のドラッグストア研究家が書いた購入ガイドがスゴイ!


今年の春節や桜シーズンに、中国客が最も熱心に購入したのは、ドラッグストアで販売される市販薬や化粧品だったという。その背後には、台湾のドラッグストア研究家の書いた購入ガイド書があった。同書は中国本土でも刊行され、それを持って来店する中国客も現れている。著者の鄭世彬氏が語る「台湾で日本のクスリが愛される理由」とは。

財務省が今月13日に発表した2014年度の国際収支によると、日本と海外のお金の出入りを示す経常収支の黒字幅が4年ぶりに増加。その要因のひとつが、訪日外国人旅行者の消費(朝日新聞2015年5月14日)だとメディアは報じている。

一方、春節や桜のシーズンの中国“爆買い”報道はもはや恒例だが、今年彼らが最も熱心に購入したのは、ドラッグストアで販売される市販薬や化粧品だったと中国メディア(レコードチャイナ2015年3月25日)は指摘している。

その時期、都心のドラッグストアに連日大挙して押しかける外国人観光客の姿が見られた。彼らの“爆買い”ぶりはどれほどのものなのか。どんな商品が人気なのか。まずは関係者の話から始めよう。
b0235153_7495364.jpg

人気は日本の定番家庭薬

東京と関西を中心に店舗を展開するOSドラッグチェーンの國米実支社長によると、外国客が目立って増えてきたのは去年からという。

―昨年10月からの免税改正の影響でしょうか。増えたのは秋からですか。

「いや、どっと増えたのは去年の春先から。消費税導入前に3月特需があって、4月以降はドスンと売上が落ちるかと思っていたら、そうでもなかった。これは外国客のおかげ」。

―だとすれば、外客効果は本物ですね。どこの国の客が多いですか。

「うちの場合は、売上でいうと、いちばんは中国。全体の4割。次いで台湾客が2~3割、そして韓国、マレーシア、シンガポール、タイという順。欧米客も多いが、彼らはそんなに買わない。必要なものをちょこっと買う感じ。やっぱり買い物はアジア客。

最近ではキットカットが1日100ケース(12個入り)売れる。マレーシアの人に聞くと、向こうでは1個700円らしい。抹茶味やわさび味など、日本にしかないものを買っていく」。

―中国客はやはり“爆買い”?

「彼らは値段も聞かないで買っていく。たとえば、『救心』(救心製薬)。一度に2、3箱、お一人様お買い上げ3~4万円はよくある」。

―他にはどんな商品が人気ですか。

「肝油のドロップ。中国は一人っ子政策だから、子供が大事。風邪薬やかゆみ止めなど、子供用のクスリを買っていく。ベビー用品も多い。

大人向けなら、胃腸薬の『強力わかもと』(わかもと製薬)や『エビオス錠』(アサヒフードアンドヘルスケア)、疲労回復薬の『アリナミン』(武田薬品)など。人気は日本の定番家庭薬。みなさん商品の写真をコピーして何枚も束にして持ってくる。欲しい商品の画像をスマホで見せられることも多い」。

日本チェーンドラッグストア協会によると、全国のドラッグストアの総店舗数は1万7953店(2014年)。前年より390店舗増加し、総売上高も6兆679億円(前年比101.0%)と伸びは鈍化しつつも成長している。一方、1店舗当たりの売上高は3億3799万円(前年比98.7%)と微減傾向にある。それだけに、売上に貢献してくれる外国客の消費が注目されるのは当然だろう。

中国ネットに現れた「神薬」リスト

昨年秋、中国のネットに以下の記事が掲載されたという。

日本観光、この「神薬」は買うべし!中国人の心をつかんだ日本の優れもの―中国ネット(レコードチャイナ2014年9月5日)
http://www.recordchina.co.jp/a93733.html

そこには、頭痛薬の『EVE』(エスエス製薬)や『口内炎パッチ』(大正製薬)など、日本で購入すべき12種類のクスリが紹介されていた。ドラッグストアで販売されている市販薬である。でも、いったいこの情報元はどこから来たものなのか。

そのひとつの手がかりとなるのが、昨年刊行された『東京コスメショッピング全書』という中国書だ。日本の優れた医薬品や健康・美容商品、化粧品をジャンル別に選んでカタログ風に分類し、解説した案内書である。まさにいま訪日する中国人観光客が最も知りたい情報が一冊にまとめられているというのだから、驚きだ。

b0235153_7512084.jpg
『東京コスメショッピング全書(东京美妆品购物全书)』(中国軽工業出版社 2014年)

著者は台湾出身のドラッグストア研究家の鄭世彬氏。彼が台湾で書いた本が、中国の出版社の目にとまり、簡体字版として刊行されたものだ。ドラッグストア関係者の話では、同書を手にして来店する中国客の姿も見られるという。

「フリーの翻訳家だった私のもとへ日本で買ったクスリを持ってきて何が書いてあるか教えてほしいという問い合わせがよくあった。知り合いの出版社と相談し、2012年2月、日本のOTC医薬品を解説する購入ガイドを出版した」(鄭氏)。

その後、読者から化粧品のガイドもほしいとの声があり、同年11月に刊行したのが、中国版の原本である『東京藥妝美研購』だ。これが好評で、日本の5分の1以下の人口の台湾で約1万部売れた。
b0235153_75253.jpg
『東京藥妝美研購』(晶冠出版社 2012年)

日本のクスリはよく効き見た目もおしゃれ

3月上旬、訪日していた鄭世彬氏に話を聞いた。

―この本の読者はどのような人たちですか。

「OTC医薬品の本は20~60代までの男女で、コスメガイドは20~40代の日本好きな女性たち。台湾では読者を集めて日本のコスメセミナーも開いている」。

b0235153_753564.jpg

鄭氏が主催する台湾のコスメセミナー会場は若い女性であふれる

―本を書いたきっかけは、知り合いから日本のクスリに関する質問が多かったからだそうですが…。

「私が日本に行くというと、家族や知り合いから必ずクスリを買ってきてと頼まれる。台湾では、日本のクスリをお土産として配る習慣がある」。

―台湾の人たちは、どんなクスリをお土産に買うのですか?

「たとえば、かゆみ止めの『ムヒ』(池田模範堂)や『ウナクール』(興和)。台湾は日本に比べて暑いから、虫が多い。胃腸薬では『キャベジンコーワ』(興和)が人気。私の母は胃腸が悪いので、いつも買ってきてほしいと頼まれる。台湾のおばさんたちの間では『キャベジン』はすごい薬だという噂が口コミで広がっている」。

―なぜ日本のクスリは人気なのでしょうか。

「効き目もそうだが、日本のクスリはパッケージがおしゃれなこと。一見クスリに見えないのがいい。それに台湾で買うより断然安い。たとえば、目薬『サンテFX』(参天製薬)は台湾では350台湾元(約1000円)くらいだが、日本のドラッグストアなら300円前後で買える」。

―そんなに値段が違うのですか。まとめ買いにしてお土産としてみんなに渡せば、喜ばれそうですね。

「化粧品も日本では台湾の半額に近い気がする。もうひとつの理由は、台湾の薬事法の関係で、同じ日本のメーカーの商品でも、台湾製では一部の成分が添加されていないケースがけっこうある。

たとえば、台湾製の『キャベジンコーワ』には脂肪を分解する酵素のリパーゼが添加されていない。いちばん肝心な成分なのに、台湾では市販品に添加してはいけない。

頭痛薬の『EVE』に含まれているイブプロフェンも、ようやく今は台湾でも解禁されたが、少し前まで禁止だった。この成分はよく効くので、『EVE』は台湾の20代~30代の若いオフィスワーカーに人気がある。男女関係なく、オフィスのデスクの引き出しに入っていると思う」。

b0235153_7533725.jpg

『EVE』(エスエス製薬)は台湾の若い世代に人気

―クスリ以外ではどんなものがありますか。

「たとえば、『休足時間』。台湾人はバイクに乗る人が多く、ふだんあまり歩かない。でも日本に行くと地下鉄に乗るので、いつもの倍以上歩くから、足が疲れる。そんなとき、ホテルでひんやりしたシートを貼ると気持ちいい」。

b0235153_753585.jpg

ドラッグストアの店頭に置かれる『休足時間』(ライオン)

台湾の都市部に暮らす人たちは、日本と同じような現代的な生活を送りながら、気候や風土、習慣が違うため、さまざまなニーズがあるようだ。パッケージがおしゃれなことのポイントが高いというのも、なるほどである。

台湾客が中国客を先導する

―鄭さんの本は中国でも刊行されましたが、日本のクスリに対する関心は中国でも高まっているようです。昨年中国のネット上に現れた「神薬」リストの商品の多くは、鄭さんの本で紹介されたものでした。

「中国のネットに広まる日本の商品情報の大半は、台湾や香港経由のもの。たいてい数年遅れで突然広まることが多い。しかし、いったん広まると、波及するスピードは速いので、彼らは都心の量販店に殺到し、まとめ買いする。それが“爆買い”の真相だ。

でも、団体客の多い中国人と台湾人では、日本に来ても足を運ぶエリアや購入商品が違う。台湾人は日本をよく理解しているので、私の本でもなるべく中国客が行かないスポットを紹介している。たとえば、吉祥寺や自由が丘などだ。台湾人は一般の日本人が買物をするのと同じ場所に行って買物したいと考えている」。

この話は、前述したOSドラッグチェーンの國米実支店長の以下の指摘と符合する。

「店の立地によって売上は違う。都内で売上が多いのは観光客の多い上野や新宿、渋谷、原宿など、大阪なら心斎橋、難波、黒門市場、船場くらいで、郊外店は必ずしも売上が伸びているわけではない」。

日本の事情をよく知る台湾客たちが、中国本土の旅行者の一歩先を訪れていることが見えてくる。しかし、結局中国客もそれに気づき、後追いする。鄭氏の発信する情報の影響力は計り知れないといえるだろう。

5月中旬、今年4回目となる鄭氏の訪日は「東京コスメガイド」の第3弾の執筆のための取材が目的だ。どんな企画を考えているのだろうか。

「現在制作中の第3弾では、リピーターの多い台湾人読者のために、東京以外のご当地コスメの企画を考えた。台湾人にも人気のある金沢の地元コスメを紹介する予定。また都内のスーパーの取材も進めている」。

鄭氏はいまや中華圏の訪日旅行者が見せる旺盛な購買シーンの先導役といえるだろう。だが、彼がスゴイのはそれだけではない。毎月のように日本を訪れ、ドラッグストアを自分の足で視察し、医薬品や化粧品のメーカーを直接取材するという地道な積み重ねの成果が、今年1月に台湾で上梓された最新刊『日本家庭藥』に結実しているからだ。
b0235153_7552636.jpg

b0235153_7555128.jpg
『日本家庭藥』(帕斯頓出版)と著者の鄭世彬氏(1980年生まれ。台南市在住)

同書は100年以上の歴史を持つ日本の老舗家庭常備薬メーカー34社を紹介したムック本だ。

「日本の家庭薬がなぜ台湾の人たちに人気があるかというと、実際に使ってみてよく効くと実感しているからだが、その背景には古くは400年もの歴史をもつ日本の老舗医薬品メーカーの存在があることに気がついた。そこで各メーカーにご協力いただき、それぞれの定番商品の誕生秘話や創業者の努力、企業の発展の歴史を紹介した。いま日本で花開いているドラッグストア文化は、これら老舗企業の歴史があってこそだと私は思う。その素晴らしさを台湾の読者に伝えたかった」。

台湾出身の鄭氏は、我々日本人が当たり前と思ってそのありがたみを忘れていた家庭薬の価値を解き明かしてくれたのである。

おかしな中国語表示が氾濫している

そんな鄭氏は最近、日本に来て気になることがあるという。

全国の観光地や家電量販店、ドラッグストアも含めて、おかしな中国語の使われ方をした表示や商品コピーが氾濫していることだ。かつて日本人は海外、特にアジアの国でおかしな日本語表示を見つけ、脱力感を味わいつつ面白がっていたものだが、同じことがいまや日本でも起きているというのである。

鄭氏が見つけたおかしな中国語表示をいくつか紹介しよう。
b0235153_7565331.jpg

「从清晨到深夜 你可以购买便利店 上午7:00~2300(全年无休)」

この表示を見たとき、鄭氏は思わず声を上げたという。なぜなら、ここには「早朝から深夜まで、あなたはコンビニ店を購入できます」と書かれているからだ。購入できるのは商品であって、コンビニ店舗そのものではない。正しくは「可以在便利店买东西 7:00~2300(全年无休息日)」だろう。

次は某量販店の告知。「万引きは犯罪です。発見次第、警察に通報します」と日本語では書かれているが、中国語簡体字の表記はこうだ。
b0235153_7571517.jpg

「高是犯罪・找到在次序和警察通」

これでは中国人にはまったく意味がわからないという。こうした不可解な中国語表示が中国客の脱力感を誘い、好意的に解釈してもらえればいいのだが、鄭氏はこのままではいろいろ支障もあるのではないか、という。

「たとえば、高額なブランド品や化粧品のコーナーでこうした間違い中国語表示を見かけると、なかには品質を疑いたくなる人も出てくるのではないか」。

でも、そんなに難しく考えることではないと鄭氏は言う。

「最近では外国客がよく利用するショッピング施設に中国人スタッフを置くことが多くなった。まずは彼らにチェックさせるといい。ただし、中国人は出身地によって方言もあり、言葉の使い方が異なるので、本当を言えば二重のチェックも必要。台湾人には中国人の使う中国語はかなり違和感がある。そうした両岸や地方による違いも理解している正式な中国語翻訳会社に発注するのがベストだと思う」。

安易に翻訳ソフトに頼るのは間違いのもとだという。もっとも、逆によく事情を理解していると感心したケースもあったそうだ。

「いま台湾では日本のオーブンレンジが人気だが、中国本土ではまだブームになっていない。先日、新宿のビックロに行ったとき、オーブンレンジのコーナーの商品表示に繁体字が使われていた。これを買うのは台湾客だけだから繁体字が使われていたわけで、この店はよくわかっているな、と思った」。

実際に、ビックロの免税品コーナーに行くと、オーブンレンジの表示は「過熱水蒸氣水波爐」と繁体字表記されていた。同店の販売スタッフは、中国本土客と台湾客の売れ筋商品の違いを理解したうえで、簡体字と繁体字を使い分けていたのだ。

外国客が増えると、これまで考えてもみなかったことが起こるものだ。彼らといかにフレンドリーなコミュニケーションを築いていけるかは販促の基本。そのためにも、こうした指摘には謙虚に耳を傾けていきたいものだ。

※鄭氏が指摘してくれたおかしな中国語表示のその他の実例については、中村の個人blogの以下の記事を参照してほしい。
「これはやばい!? 日本にはおかしな中国語表示があふれている」
http://inbound.exblog.jp/24370756/
[PR]

by sanyo-kansatu | 2015-05-22 07:58 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2015年 03月 27日

訪日客増加で客室も足りない!?  多様化する宿泊ニーズに対応した新サービスや業態転換はどこまで進むか

今日の朝刊で以下の記事が報じられていました。

国内宿泊客最多4.7億人、14年外国人33%増(朝日新聞2015年3月27日)
http://www.asahi.com/articles/ASH3V4W9BH3VULFA01B.html

一昨日、やまとごころのサイトに寄稿したのが、ちょうどこのテーマでした。以下、全文を掲載します。

http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_11.html

訪日外国人数が1300万人(2014年:1341万人)を突破し、全国の観光地や都市部で外国人旅行者の姿をよく見かけるようになった。

なかでも東京や大阪など大都市圏のホテルは客室稼働率が上昇。外国客の国内手配を担当するインバウンド関係者からは、春と秋の繁忙期には各国の訪日ツアー客の受入を断念しなければならない事態が常態化しているとの声が聞こえてくる。

政府は2020年までに訪日外国人2000万人の目標を掲げるが、都内の旅館やホテルの客室数は現在約14万室。訪日2000万人時代には「1万室が不足する」(JTB総合研究所)といわれる。

早くもこの時点で訪日を希望する外国客の受入をお断りしているようでは、達成は難しい。昨年、本レポートで指摘したツアーバスの不足問題とともに、客室不足も今後の訪日旅行市場の成長にとって大きな懸念材料になっている。

ホテルの客室不足は2020年まで続く!?

2014年の国内ホテルの客室稼働率は好調だった。だが、都市別にみると地域差がみてとれる。前年比で大きく伸ばしたのは、ともに3.0%増の大阪(88.9 %)や沖縄(77.3%)だが、名古屋のように0.7%減(84.0%)の都市もあるのだ。通年で86.0%と高い稼働率で推移する東京も、8月以降は前年度を下回る月が多かった。

売り手市場となったことからホテルの客室単価が上昇している影響が考えられる。海外の旅行会社からは「都心のホテルは予約がただでさえ入らないうえ、高くなった」という恨み節が聞かれる。客室を押さえられないため、ツアー催行を断念するケースも増えているからだ。低価格で大量送客するビジネスモデルの団体ツアーでは、都内の宿泊施設を避け、近隣県にシフトしているのだ。「東京はホテルが取りにくい」という風評の広がりは気になるところだ。

こんな指摘もある。ある上海の旅行関係者は「20年まで日本のホテル不足は続くだろう」と観念しているという。なぜなら、都内の客室供給は今後それなりに増えるだろうが、五輪後の需要の落ち込みをふまえ、日本の開発業者は慎重だからだ。上海万博(10年)前のホテル開業ラッシュで、中国の高級ホテルは軒並み客室稼働率の低下に悩んでいる。日本側が上海を反面教師にするのは当然だと彼らはみているのである。

もっとも、訪日外国客の宿泊実態はさまざまだ。全体の5人のうち4人を占めるアジア系、すでにFIT化している成熟市場の欧米系、富裕層から訪日客のボリュームゾーンであるミドルクラス層、さらにはお金をなるべくかけずに旅行を楽しむバジェットトラベラー層に至るまで、国籍や階層、年代別に異なるその実態は多様化している。

問題は単に客室不足だけではないのだ。多様化する宿泊ニーズへの適切な対応こそが求められている。

これは新規ビジネス創出のチャンスである。以下、この喫緊の課題に応えるべく、国内で生まれつつある新しい宿泊サービスや業態転換などのユニークな動きをみていきたい。

都内のホテル地区が可視化してきた

2014年12月、ラグジュアリーリゾートの代名詞であるアマンリゾーツによる「アマン東京」が大手町タワー(千代田区)に一部営業を開始した。国際的に評価の高い同グループが手がける初の都市型ホテルだけに、巨大な和紙で覆われたガーデンレセプションなど、日本の伝統素材が使われた館内の優雅な意匠の数々は、海外からも注目されている。
b0235153_1448239.jpg

アマン東京 http://luxury-collection.jp/hotel/Amantokyo/

一般に外資系ラグジュアリーホテルは、物件を所有せず、運営に特化する経営スタイルを採用。都心の再開発の目玉である超高層複合ビルの上層階に入居し、客室数を絞り込んでいることが特徴だ。アマン東京は84室。客室数だけみれば一般のビジネスホテル並みで、今日急増する訪日外国客の客室不足の解消には必ずしもつながらない。

富裕層向けの外資系ラグジュアリーホテルの動向は華やかな話題性があるものの、訪日外国客のボリュームゾーンを占めるのは、やはりミドルクラスの旅行者である。こうした我々日本の一般国民の感覚に近い外国客が利用する宿泊施設の集まる地区が近年、都内に現れている。これは欧米やアジアのインバウンド先進都市にはほぼ見られることで、東京でも遅ればせながら可視化してきたといえる。

現在、都内の主なホテル地区は、新宿や銀座、品川、上野、浅草などだろう。これらの地区は、外資系ラグジュアリーホテルが集中する東京駅周辺(八重洲、丸の内、日本橋など)や六本木とは明らかに街の景観が異なっている。エリアによって宿泊施設のタイプや旅行者の層も色合いが違う。同じ地区の中に、欧米やアジアの個人客、ビジネス客が利用するシティホテルと、一般レジャー客のための宿泊特化型ホテルチェーンやビジネスホテルが混在していることも多い。最近では、若いバジェットトラベラー向けのゲストハウスが増えている浅草から隅田川沿いのようなエリアもある。

気がついたらまわりに外国人が……東新宿は外客FITゾーンに変貌中

新宿は1970年代に開発された西新宿のホテル地区が広く知られているが、近年JR山手線をはさんだ内側の東新宿にある手ごろな価格帯のビジネスホテルを利用する外国客が増えている。主に欧米からの個人レジャー客だ。この地区のホテルは以前、地方からの出張客やレジャー客が主に利用していたが、外国客もそれに加わりつつあるのだ。円安の影響で50米ドルを切る価格帯のホテルも多いことから、いまや東新宿は外客FITゾーンになっている。
b0235153_1449516.jpg

なかでもこの地区では老舗の「東京ビジネスホテル」は外国客比率の高いことで知られる。関係者によると「うちは昔から欧米客が多い。口コミで訪ねてくる方ばかり。西新宿のホテルに比べると宿泊料金は半分(1泊4100円~)だから、長期滞在される方が多い。うちを拠点に箱根や京都に行ってこられる方もいる」という。シンプルなホテル名が外国客にわかりやすいことも大きいようだ。

フロントサービスもチェックイン・アウトの手続きなど簡略なもので、西新宿のシティホテルのようなコンシェルジェ機能は特にない。施設や客室も決して新しいとは言えない。それでも、コストパフォーマンスを重視する宿泊客には問題ないようだ。彼らは自らネットを活用し、東京滞在を楽しんでいる。
b0235153_14491926.jpg

東京ビジネスホテル http://tbh.co.jp/

最近、東新宿ではアジアからの個人客も増えている。香港や東南アジアから来た若い旅行者が、新宿3丁目や東新宿の地下鉄駅から重いスーツケースを引きずり、ガラガラ音をたてながらホテルに向かって歩いている。都心に位置しながら閑静な住宅街だった東新宿の住人からすると、気がついたらまわりに外国人がいっぱい、という現象が起きているのだ。

東新宿は、明治通りをはさんで歌舞伎町や伊勢丹があり、東京を代表する繁華街に近いという絶好のロケーションでもある。交通の便もよく、東京滞在をリーズナブルに楽しむには好都合の場所なのだ。直近の話題としては、歌舞伎町のコマ劇場跡地に15年4月に開業する「ホテルグレイスリー新宿」がある。最上階の30階にゴジラの世界を体感できる客室を設けているという。すでに巨大なゴジラの頭部はお目見えし、「アジア最大の歓楽街」で異彩を放っている。海外で圧倒的な知名度を誇る歌舞伎町に立地していることから、外国客の人気を呼ぶことだろう。
b0235153_14504365.jpg

ホテルグレイスリー新宿 http://gracery.com/shinjuku/

サービス付き賃貸など新種の宿泊形態も

ここ数年、全国展開する宿泊特化型ホテルチェーンが都心に続々進出している。たとえば、東新宿には「アパホテル」がすでに3軒開業しているが、これは新宿に限った話ではない。共立メンテナンスは2015年4月アジア客に人気の上野御徒町に「ドーミイン」を開業する。またダイワロイヤルは17年春に東京五輪会場に近い有明エリアにビジネスホテル「ダイワロイネット」を開業予定だ。これらのホテルチェーンは、地方ではアジアからの団体客の受け皿となっているが、大都市圏では急増する個人客の動線をふまえた出店となっている。

ドーミイン http://www.hotespa.net/dormyinn/
ダイワロイネット http://www.daiwaroynet.jp/

新しい宿泊サービスも登場している。

たとえば、銀座では新タイプの国内ビジネスホテルチェーンの進出ラッシュが起きている。14年12月に三井不動産が東銀座に「ミレニアム三井ガーデンホテル」を開業。15年春には京浜急行電鉄も東銀座に「京急EXイン」、16年秋には相鉄ホールディングスが「相鉄フレッサイン」を新橋に2ヵ所新設する。これらのホテルはサービスの効率化を進めた従来の宿泊特化型とは違い、外国客やカップルの利用を想定。客室の約7割はダブルベッドにしたり、英語や中国語のスタッフを配備したりしているのが特徴だ。

ミレニアム三井ガーデンホテル http://www.gardenhotels.co.jp/millennium-tokyo/
京急EXイン http://www.keikyu-exinn.co.jp/

相鉄フレッサイン http://fresa-inn.jp/


ホテルのようなサービスを受けながら長期滞在できるサービス賃貸(高級サービスアパートメント)も増えそうだ。

東急リロケーションは16年春に部屋に乾燥機やミニキッチンを備える中長期滞在用の「東急ステイ銀座」を開業予定だ。グローバル企業で働くビジネスマンや観光客などの取り込みを図る。

東急ステイ http://www.tokyustay.co.jp/

サービス付き賃貸は、海外駐在や長期出張の経験のある人なら利用したことがあるだろう。アジアの主要都市では、ホテルに併設されるケースが多い。家具や家電製品は備え付けで、ホテルに比べて割安な料金で毎日の清掃やリネン交換などのサービスが受けられる。滞在日数にもよるが、敷金や礼金が不要で煩わしい手続きがない点も人気の理由だ。コンシェルジュサービスを提供する施設も多い。

日本では海外に比べ普及が遅れていたが、17年にはシンガポールのリゾートホテルチェーンのバンヤンツリーがサービスアパートメントの進出を予定している。

京都や大阪でも外資進出が活発化

外資系ラグジュアリーホテルの進出は京都でも起きている。2014年2月、「ザ・リッツ・カールトン京都」が開業。古都の景観を守るため、地下2階まで掘り下げてレストランや宴会場を配置した。料金は1泊6万5000円からという。また15年春には米スターウッドグループの最高級ブランド「翠嵐 ラグジュアリーコレクションホテル 京都」が開業する。

ザ・リッツ・カールトン京都 http://www.ritzcarlton-kyoto.jp/
翠嵐 ラグジュアリーコレクションホテル 京都 http://www.suirankyoto.com/

京都は盆地で、1200年以上の歴史遺産も多く、大規模再開発によるホテル建設に適した土地を見つけるのは難しいといわれていた。これまで修学旅行などの団体客を多く受け入れていたが、少子化の影響で国内需要は限界がある。一方、外国客は増加基調にある。

米国の旅行雑誌「トラベル+レジャー」が14年7月発表した世界の人気観光都市ランキングで、京都市が初めて1位となった。同誌は北米の富裕層を中心に読まれる月刊誌で、発行部数は約100万部。ランキングは風景や文化・芸術、食などの項目の総合評価で決まる。京都市を13年訪れた観光客数は5162万人、外国人宿泊客数は113万人と過去最高だった。

こうしたことから、行政も世界の富裕層の力で京都を活性化しようと規制緩和や特例措置で外資の誘致を後押ししている。16年に開業予定の「フォーシーズンホテル京都」は現在、東山地区の病院跡地に建設中だ。当初は隣に京都女子高校があったため、ホテル建設は認められていなかったが、例外規定で進出が実現した。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の人気で、大阪のホテル競争も激しくなっている。14年7月の人気映画『ハリー・ポッター』をテーマにした新エリアの開設で、夏のUSJの入場券予約は前年比6倍増。同社と提携するホテルは利用者が大幅に増えている。

14年に関西国際空港を利用する外国客が630 万人(前年比136%増)と3 年連続で前年を上回り、過去最高となっている。背景には、関空に乗り入れる国際旅客便に占めるLCC比率が22.4%(14年冬季:週174便)に上昇、国際線の発着回数が過去最高になったことがある。関空と伊丹空港を合わせた14年度上期(4月1日~9月30日)の訪日外国客も、初めて日本出国者を上回るなど、関西の訪日旅行市場は全国や関東平均を上回るペースで拡大している。

簡易宿が外客向けホテルに業態転換

実際、2014年の大阪の客室稼働率は88.9 %(前年比3.0%増)と東京より高かった。それだけホテルの客室不足も深刻である。

JR大阪環状線今宮駅を降りると、通りをはさんで住人とまちの雰囲気が一変する地区がある。大阪のドヤ街として知られる西成区あいりん地域だ。その一角に「ビジネスホテル来山北館」がある。外観は普通のビジネスホテルだが、1泊シングルで2500円と格安。風呂やトイレは共用だが、全室Wifi完備。ロビーには共用キッチンがあり、気軽に利用できる。LCCを利用する海外のバジェットトラベラーのニーズにぴったりの宿泊施設である。
b0235153_14532017.jpg

ビジネスホテル来山北館 http://www.chuogroup.jp/kita/ja/

ホテルの立地には西成区あいりん地域という特殊性がある。山田英範取締役によると、同ホテルはかつて労働者のための簡易宿泊所だった。ところが、バブル崩壊以降、労働者を取り巻く環境が変わり、宿泊客が激減したという。2004年、父親から家業を引き継いだ彼は、外国客向けの宿泊施設に業態転換を始める。まず着手したのは、HPの多言語化だった。さらに、宿泊客が自由に利用できるロビーの改修を進めると、HPを見た外国客が訪れるようになった。「宿泊客のうち日本人と外国人の割合は半々。時期にもよるが、韓国3~4割、中国・台湾・香港3~4割、タイ2割、欧米2割」とのことだ。

同じような簡易宿から外客向けホテルへの業態転換は、東京山谷地区(台東、荒川区)でも起きている。

ホテル市場を活性化する海外予約サイト

こうした多様な宿泊施設と外国客を直接結びつけているのが、海外から参入するホテル予約サイトである。予約サイトはいま、日本のホテル市場を大きく変えつつある。訪日客の増加にともない、海外からのネット予約が増えているからだ。

国内ではどんなに無名の宿泊施設でも、予約サイトのプラットフォームの上では、見せ方次第で外国客の目に留まる可能性がある。東新宿の老舗ビジネスホテルの「ホテルたてしな」の関係者も「昔は国内客がメインだったが、いまでは閑散期は外国客のほうが多くなる。海外からの予約はExpediaなどを使ったネット予約が大半だ」と語る。

これは高級外資ホテルからゲストハウスに至るまで事情は共通している。ホテル予約サイトが国内の宿泊施設の業態転換や新種のサービスの創出を後押し、市場の活性化を促しているのだ。

ラブホテルの外客向け活用も

これまでみてきた宿泊施設の関係者の話に共通するひとつの指摘がある。外国客には固定観念はない、ということだ。

興味深い話がある。客室不足に悩む大阪市は2014年、外客向けにラブホテルの活用を検討。「交通の要所である京橋や天王寺などのラブホテル街を対象に、フロント拡幅などの設備更新に補助金を出して業態転換を促せないか模索」(朝日新聞2014年8月4日 大阪版)したという。

ところが、関係者によると「進展はなかった」という。ラブホテルは小規模経営者が多く、新規施設の投資や多言語化の対応などに難があるためだ。

こうしたなか、清潔でくつろげる客室やカラオケ、ジャグジーバスなどのエンターテインメント設備を備えたレジャーホテル(ファッションホテル、ブティックホテルともいう)の中に、外国客の受入に取り組む施設が現れている。

関西を中心に47軒のチェーン展開を広げる「ホテルファイン」では、11年からHPを立ち上げ、ネット予約を開始した。ウォークインが基本のこの種のホテルで、予約を受け付けることは機会損失につながりかねないため、賭けでもあった。

翌年、海外のホテル予約サイトから問い合わせがあり、登録を決めるとすぐに海外からの予約が入るようになった。同ホテルの関係者は「外国客には日本人のような固定観念はない。単純に価格とスペック、サービス内容で宿選びをする。その点、レジャーホテルは客室が広く、ファミリー利用にも適している。日本が得意とするハイテク設備もある。それが優位に働くようだ」と語る。

日本の若いカップルと海外のファミリー客がフロントの前で鉢合わせするところを思い浮かべると苦笑してしまうが、この3年間外国客数は順調に伸び続けているという。
b0235153_145448.jpg

ホテルファイン http://www.hotel-fine.co.jp/

都内のインバウンド関係者によると、新宿歌舞伎町でもラブホテルを利用する外国客が増えているという。先にみた簡易宿のケースもそうだが、既存の施設の業態転換はこれからの訪日旅行市場の拡大のためには不可欠かつ有効な取り組みといえるだろう。
b0235153_14542128.jpg

新宿歌舞伎町でも外国客のラブホテル利用されている

客室不足が顕在化するなか、この状況を打開するには、個別多様化した訪日客のニーズに即した施設やサービスをどれだけ提供できるかにかかっている。通念にとらわれない発想による新しい取り組みはすでに始まっている。すべては外国客のニーズをどこまで細かく捕捉できるかにかかっている。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2015-03-27 14:54 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2015年 02月 05日

アセアン第二陣、フィリピンとベトナムの訪日旅行市場でいま起きていること

2014年の訪日外国人旅行者数1300万人突破で弾みのつく日本のインバウンド業界。

年末から年初にかけて関係者に話を聞いていると、中国、台湾、香港など訪日客の半分近くを占める中華圏市場への過度の偏りではなく、アセアンやオセアニア、欧米を含めた市場の分散化を期待する声が強いようだ。

なかでもここ数年、観光ビザの緩和で訪日客の増えているアセアン市場への関心は高い。

規模でいえば訪日客全体の1割強と、中華圏に比べればまだ小さいものの、タイを筆頭にマレーシア、シンガポールなど、すでにノービザ化が実現している国々も含め、基本的に「親日的」とされるアセアン市場に対する関係者の期待が大きいためだ。

2015年はアセアン統合の年。さらなる地域の経済発展が予測されるなか、昨年訪日数で中国に次いで高い伸びを見せたのがフィリピン(70.0%増)とベトナム(47.2%増)だ。アセアン第二陣ともいうべき両国の市場動向は他の国々と比べてどうなのか。新しい動きを中心に報告したい。

フィリピン客の特徴は英語を話し、ファミリー旅行が多い

1月20日に発表された日本政府観光局(JNTO)のリリースによると、2014年に中国に次ぐ高い伸びを示したフィリピンの訪日客数は、前年度比70.0%増の18万4200人。フィリピン市場の特徴をJNTOは以下のように解説している。

「フィリピンの訪日旅行者数は184,200 人で、10 年ぶりに過去最高を記録するとともに、前年比70.0%増と東南アジア市場で最も高い伸率を示した(これまでの過去最高は2004年154,588 人)。月別では4 月から6 月、9 月から12 月で、各月の過去最高を記録した。査証緩和に加え、円安の進行、羽田空港の国際線発着枠の拡大に伴う増便や新規就航など、航空座席供給量が大幅に増加したことや、旅行会社などとの継続的な共同広告の実施、旅行博でのプロモーションが、観光需要を大きく後押しし、2014 年の伸びに寄与した。なお、9 月30 日より、フィリピン国民に対する数次ビザの大幅緩和が実施された」。

ポイントは「東南アジア市場で最も高い伸率」と「10 年ぶりに過去最高を記録」したことだろう。フィリピン市場を考えるうえで在日フィリピン人の存在は大きい。2013年で約21万人と中国、韓国に次いで多く、親族訪問に限らず、日本とフィリピンの人的往来は以前から盛んだったからだ。

フィリピンから日本に乗り入れている航空会社も多彩で、日本航空や全日空、フィリピン航空だけでなく、LCCのセブパシフィック航空やジェットスター航空、ジェットスター・アジア航空がある。さらには大韓航空やキャセイパシフィック航空などの経由便も利用されてきた。

アセアン各国の訪日旅行を扱う株式会社ティ・エ・エスの下川美奈子さんは「(14年に訪日客が大幅に伸びた理由は)ビザが取りやすくなったことが大きい。数年前までフィリピンでは韓国旅行がブームだったが、それがひと段落して、いまは日本旅行がブームになってきた」と語る。

では、フィリピンの訪日旅行の実態はどのようなものなのか。

下川さんによると「団体ツアーはほぼ東京・大阪のゴールデンルートのみ。ただし、フィリピンの場合、全体でみると団体とFIT(個人客)は半々で、アセアンの中ではFITの存在感が大きい市場のひとつといえる。もともとフィリピンには中小の旅行会社が多く、不特定多数の人たちが参加する募集型ツアーよりも家族単位のグループが多く、個人手配の旅行に近い」という。

フィリピン客の特徴は英語を話すことだ。そのため、「欧米客と同じJTBのサンライズツアーやグレーラインのバスツアーに参加することも多い。国内移動も自分たちで新幹線に乗る」。

物怖じすることなく欧米客と一緒にバスツアーに出かけるのが、フィリピン人旅行者なのだ。その意味で彼らは英語圏の旅行者に近いといえそうだ。

訪日ベトナム人が増えた3つの理由

一方、フィリピンに次いで伸び率の高かったベトナムの訪日客数は14年に初めて10万人を突破し、前年度比47.2%増の12万4300人となった。

訪日ベトナム客が増えた理由について、JNTOは以下のように分析している。

「ベトナムの訪日旅行者数は124,300 人で、3 年連続で過去最高を記録し、初めて10 万人を突破した。月別では、2012 年1 月以降、36 カ月連続で各月の過去最高を更新し続けている。査証緩和に加え、円安の進行に伴う訪日旅行の価格低下、羽田便の増便をはじめとした座席供給量の増加、従来よりも手頃な価格での航空券の販売、共同広告、有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施、ベトナム語よる情報発信強化などのプロモーションが、増加要因として挙げられる。また、観光客だけでなく、留学生、技能実習生なども増加傾向にある。なお、9 月30 日より、ベトナム国民に対する数次ビザの大幅緩和が実施された」。

このうち、「査証緩和」や「円安の進行」など各国に共通する事項を除くと、ポイントは「羽田便の増便をはじめとした座席供給量の増加」「有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施」「ベトナム語よる情報発信強化」「留学生、技能実習生なども増加傾向」などか。

それぞれ具体的にみていこう。

まず航空座席供給量については、14年7月の羽田空港の国際線枠の拡大に伴い、ベトナム航空のハノイ・羽田線、ベトナム中部都市ダナンから初の成田線などが新規に就航。確実に拡充している。

この年末年始、関西空港にベトナムのLCC・ベトジェット航空のチャーター便が初就航したニュースも、この市場を知るうえでなかなか興味深い。

同エアラインは、定期便が就航する最初の便で機内に水着やドレス姿のキャンペーンガールを同乗させ、ダンスを披露するなど、およそお堅い社会主義国とは思えないサービスが話題となっているからだ。
b0235153_16534443.jpg

ベトジェット航空の機内で行われる就航記念イベント

ベトジェット航空の佐藤加奈さんによると、「2011年12月に運航を開始したベトナム第2のエアラインで、初めてのLCC。現在、国内16路線、国際線もタイやシンガポール、カンボジア、台湾、韓国などに運航している」。躍進著しい民営の新興エアラインなのである。
b0235153_16535817.jpg

ベトジェット航空
http://www.airinter.asia/

日本への定期便の運航は、15年1月現在未定だが、チャーター便を運航する計画がある。「今後、ベトナムからの訪日客は必ず増えると思う。ベトナム人は親日的で、何より平均年齢が27歳と若い国」と佐藤さんは期待をこめる。

大阪を旅する「ベトナム人気歌手」のPV撮影が話題に!

ベトナムの若さという意味では、「有名人歌手を起用したミュージックビデオの制作およびイベント実施」も気になるところだ。

これは昨年9月、ベトナムの人気歌手ヌーフックティン(Noo Phước Thịnh)さんの新曲のプロモーションビデオの撮影が大阪で行われたことを指している。

ヌーフックティンさんの新曲『be together forever』PV(動画)
http://www.tiin.vn/chuyen-muc/nhac/noo-phuoc-thinh-tung-mv-quay-o-nhat-ban-thach-thuc-son-tung-m-tp.html

ストーリーは、関西空港に降り立ったヌーフックティンさんが偶然知り合った日本の女の子に大阪をデート感覚で案内してもらうという設定。ロケ地としては、梅田スカイビルや大阪城、道頓堀、通天閣などが登場する。撮影には、ビジット・ジャパン事業の一環として日本政府観光局や地元大阪観光局が協力した。

PV制作を担当した大阪のイベント運営会社の担当者によると「ベトナムの人気歌手の新曲のPV撮影のロケ地に大阪を選んだことは、訪日促進プロモーションにつながっていると思う。昨年10月26日にホーチミンで開催された日越交流イベント『ジャパンデー2014』の会場でもこのPVは流された」という。

日本情報があふれるタイなどに比べるとまだこれからとはいうものの、ベトナムでは現地向けのベトナム語のフリーペーパーの発行が数年前からすでに始まっている。「きらら」は隔月刊の若いベトナム女性向けのライフスタイルマガジンで、ホーチミンを中心に5万部を発行。訪日旅行を喚起するさまざまなコンテンツを発信している。

「きらら」ウエブサイト
http://www.kilala.vn/cam-nang-nhat-ban.html

平均年齢27歳というこの国が今後、どんな消費シーンを見せていくのか、楽しみだ。

反中が「空前の日本語ブーム」に向かわせた?

「留学生、技能実習生なども増加傾向」というのも、ベトナム市場のもうひとつの実態といえる。どういうことか。

朝日新聞2014年9月5日によると、「南シナ海のベトナム沖から中国が石油掘削施設を撤収して1ヵ月半がたつが、ベトナム国内の「反中国」ムードが収まらない」「国営テレビは中国の連続ドラマの放送を打ち切り、観光業者による中国へのツアーの多くも中止されたままだ」(「ベトナム冷めない「反中」 政治的な対立は沈静化」)という。

ベトナムでは、南シナ海における中国との確執を契機に、これまでの依存し過ぎた対中関係のバランスを改めようとする動きがあるというのだ。それがベトナム人の関心を日本に向わせる背景となっているというのが、次の記事だ。

「ベトナムで空前の日本語ブームが起きている。昨年度の日本への語学留学生は前年度の4倍で、日本語試験の受験者も東南アジアで断トツだ。

ブームの背景にあるのは、国際環境の変化だ。日中関係の悪化で中国からベトナムへ拠点を移す日系企業が増え、商工会の加盟数は1299社(14年4月)と、5年で約1.5倍も増えた。いまや学生にとって日本語習得が「就職への近道」になっているのだ」(「ベトナム、日本語熱沸騰」朝日新聞2014年9月9日)。

ベトナムからの留学生も増えている。同記事では、「日本語教育振興協会(東京都渋谷区)によると、02年度に日本国内の日本語教育機関で学ぶベトナム人は198人で全体の0.5%。ところが13年度には前年度比4倍超の8436人になり、2386人の韓国を抜いて2位」という。

ベトナム国家観光局の統計をみると、13年のベトナム人の主な渡航先とおおよその数は、国境を接する中国100万人、カンボジア100万人、同じアセアン域内でビザが不要なタイ50万人、シンガポール30万人、マレーシア20万人、それ以外では韓国11万人だという。このうち、中国への渡航はビジネス目的が多いと考えられる。

昨年12万人を超えたベトナム訪日市場。この国の海外旅行の時代はまだ始まったばかりだが、今後の伸びしろは大きいといえるだろう。

神戸で神戸牛が重要! 訪日ベトナムツアーの9割はゴールデンルート

では、ベトナムの訪日旅行市場の現状はどのようなものなのか。HISホーチミン支店の井口唯さんに話を聞いた。以下、その一問一答。

――ベトナム人の一般的な日本ツアーのコースや日程、料金は。

「ツアーコースは9割以上が大阪→京都→名古屋→富士・箱根→東京、またはその逆をたどるゴールデンルート。

一般的な日本滞在中の日程は以下のとおり。
1日目 朝大阪着 神戸・大阪観光 大阪泊
2日目 京都観光 観光後名古屋へ 愛知県泊
3日目 富士・箱根観光 河口湖の温泉ホテル泊
4日目 東京観光 東京泊
5日目 早朝便で帰国または東京観光後、午後帰国
b0235153_16584196.jpg
 
ベトナムの日本ツアーのパンフレット(ゴールデンルート)

ゴールデンルートの料金は2,000ドル程度。この金額には全日程の宿泊や観光、食事、ホテル、査証、バス、保険などすべてが含まれる」。

――他のアジア諸国の訪日ツアーと比べてベトナムならではの特徴はあるか。

「いまのところベトナムの訪日ツアーの内容には他国と比べて特徴は少なく、どこの旅行会社も同じようなツアーを出し、同じような価格設定というのが現状。社会主義の国であるため、まだ規制が多く、自由な価格競争も難しい。たとえば、弊社がすべて5つ星ホテルに泊まるデラックスツアーや、札幌雪祭りやハウステンボスへ行くツアーなどのスペシャル企画を打ち出しても、なかなか売れないのが現状だ。

ちょっと面白いのは、ゴールデンルートでは必ず神戸に立ち寄ること。その目的は、瀬戸大橋を見て神戸牛を食べること。実際には神戸牛は大阪でも食べられるし、わざわざ往復2時間かけて神戸に行くより、大阪でじっくり時間をかけて観光したほうがいいと思うので、弊社では、たとえば大阪のインスタントラーメン発明記念館などを組み込んだツアーを企画してみるのだが、ツアーコースに神戸が入っていないと選んでくれない。宿泊についても、東京や大阪にこだわり、八王子や立川ならいいけど、横浜はダメだという。このようにベトナム人は先入観が強いというか、ちょっと頑固でミーハーなところがある」。

ベトナム客は神戸で神戸牛を食べないと気がすまない!?

「神戸牛を食べるなら神戸でなければならない」というような思い込みは、海外旅行が始まって間もない国の人たちに共通している傾向かもしれない。何度も日本に来られるわけではないから、来たからには当初の目的を貫徹したいという思いが強いと考えられる。情報豊富なリピーターの多い国から来た旅行者とは感覚が違うのは当然だろう。
b0235153_1705398.jpg

――ベトナム人は日本のどんなことに関心があるのか。それがツアー内容にどう反映されるのか。ベトナム人らしい立ち寄り先はあるか。どんなお土産が人気か。

「日本の伝統的なものより、まずは有名なことに関心があるように思う。たとえば、固有名詞でいうと、六本木、歌舞伎町、銀座、道頓堀、富士山、雪、寿司など。

一般にブランドものより100円均一やドンキホーテ、ヨドバシカメラなどの量販店での買い物を好むようだ。そのため、東京や大阪などで必ずショッピングフリータイムを2、3時間設けている。

ベトナム人らしい立ち寄り先というのは、神戸を除くといまは特にない。お土産はお菓子や食品などを買う傾向が強い。スーツケースや電化製品などを買う方もいるが、他の東南アジアのお客様より少ないように思う」。

――ベトナム人には日本食は問題ないか。またホテルやそれ以外で何かお困りのことは。

「日本食はほとんど問題ない。焼肉やしゃぶしゃぶ、寿司、和定食など、日本食としてよく知られているわかりやい料理が好まれる。ひとつ注意しなければならないのは、ベトナムではいま中国との関係が良くないため、中国客が多いレストランにお連れするとクレームを受けることがある。

ホテルでも特に困ったことはない。ただし、ベトナムではどんなに小さいカフェでも、家庭でもWiFiが当たり前のように普及しているため、WiFiがないホテルに泊まると驚かれてしまう。こういう点に関しては、あらかじめ日本の遅れているところとしてご理解いただくようご説明している」。

ベトナム客に留意するポイントはこれだ!

このようにベトナムの訪日旅行市場は、海外旅行の黎明期を迎えた国に共通して見られる微笑ましい特徴に加え、留意しなければならないいくつかのポイントがあるようだ。

昨年6月、アセアン・インドトラベルマート2014の商談会場で会ったハノイツーリストのLuu Duc Ke社長によると「これまでベトナム人の海外旅行先として人気の高かったタイで近年クーデターが起き、中国との関係も悪化したことから、両国を避ける動きが強まっている」という。

「現在、ベトナム人にビザが免除されているのはアセアン10カ国のみ。だから、もし日本でビザが緩和されたら、間違いなくベトナム人は日本へ行きたいと思うはず。日本の魅力は桜や紅葉に代表される自然の美しさ、近代的でありながらとても清潔な国であること。日本料理も食べたいし、買い物もしたい。ベトナムの経済水準はまだ低いので、リピーターが現れるようになるには時間がかかるが、少しずつ日本に行きやすい環境が整い始めている」と同社長は語る。

同じ会場にいた別のベトナム人関係者はこんな話を聞かせてくれた。「いまベトナムでは中国に対する反感が高まっていて、国内にあふれる中国製品を排斥する動きも強まっている。でも、ベトナムは親日、いや尊日の国だ」。

彼によると、訪日したベトナム客が家電量販店で電気製品を購入しようとしたとき、あまりのメイド・イン・チャイナの氾濫ぶりに唖然とするという。せっかく日本に来たのだから、メイド・イン・ジャパンを買いたいのに残念だと思うようだ。こうしたことから、これは家電量販店に限った話ではないが、ベトナム客の来店がわかったら、商品の薦め方に工夫が必要だ。レストランやホテルの客室の振り分けも、中国客とベトナム客がいたらフロアを別にするなど、細かい配慮も求められる。

気になるのは、日本側の受入態勢の問題だ。Luu Duc Ke社長は「ベトナムの旅行シーズンは4月、6月(夏休み)、10月。だがこの時期、日本ではバスやホテルの客室が取りにくい」と語っている。

この点について、株式会社ティ・エ・エスの友瀬貴也代表取締役は「華人ビジネスの影響を受けやすいタイのように、ツアー代金が急速に値下がりすることはあまり考えられないため、ベトナムは日本にとってはありがたい市場だ。しかし、9割のツアーがゴールデンルートというだけに、昨年すでにバスやホテル不足から予約を受けられない事態も発生している。これは対ベトナム市場に限ったことではないが、日本の受入態勢の問題をどう克服していくかが、今年ますます問われるだろう」と指摘する。

始まったばかりのアセアン第二陣。今回の内容はあくまで入門編に過ぎない。さらなる誘客を進めるためにも、それぞれの市場についてもっと理解を深めなければならない。

※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_09.html
[PR]

by sanyo-kansatu | 2015-02-05 17:00 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2014年 11月 28日

〔検証〕1300万人突破か!? 今年の訪日外国人旅行者数は何が押し上げたのか

今年1~10月の訪日外国人旅行者数が過去最高の1100万9000人(日本政府観光局(JNTO)調べ)になったことを、各メディアが先週一斉に報じた。昨年は年間1036万人で、今年は早くも10月までで1100万人を突破。前年度比27.1%増という高い伸率は、日本の経済指標の中でも数少ない成長事例といえるだろう。「年間では1300万人前後になる見込み」とJNTOは予測している。
b0235153_162417.jpg

では、今年の訪日外国人旅行者数は何が押し上げたのだろうか? 

すぐに思いつくのは、今秋以降さらに顕著となった円安効果だろう。だが、それだけが理由とはいえない。通貨安となった国がどこでも観光客が増えるかというと、必ずしもそうではないからだ。ならば、背景には何があるのか。以下、JNTOのリリースを基にその要因を検証したい。

5人のうち4人がアジアからの旅行者

2014年1~10月の訪日外国人旅行者数トップ10の国別訪日外客数(推計値)と伸率は以下のとおりである。ここから何が読み取れるのか。

1位 台湾 2,381,200(26.4%)
2位 韓国 2,245,400(6.8%)
3位 中国 2,011,800(80.3%)
4位 米国 744,900(11.9%)
5位 香港 734,400(20.2%)
6位 タイ 513,300(48.2%)
7位 豪州 242,900(22.6%)
8位 英国 184,700(14.0%)
9位 マレーシア 182,500(49.8%)
10位 シンガポール 153,400(17.0%)
※( )内は前年度比

トップ5(台湾、韓国、中国、米国、香港)はこの10年間変わらないが、今年初めて台湾がこれまで不動のトップだった韓国を抜いて1位に躍り出た。背景には、台湾と日本の間で結ばれた航空協定(オープンスカイ)による路線の拡充がある。同協定が調印された2011年11月以降、日台を結ぶ航空便は飛躍的に増加。13年2月以降は21カ月連続で訪日客数が過去最高を更新と、その勢いは今年に入っても変わっていない。台湾の航空便は日本の多くの地方都市と結ばれているのが特徴だ。その結果、訪問地の多様化が進む台湾は訪日旅行市場の中で最も成熟しているといわれる。

※台湾がトップとなった背景については、やまとごころコラム「25回 過去最高200万人超えなるか!? 今年の訪日5人に1人が台湾客となった理由」http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_143.html 参照。

2位は韓国。他と比べ伸率(6.8%)が低い理由は、4月の旅客船沈没事故の影響が指摘される。ただし、夏以降回復傾向が見られる。4位は米国。米国経済の回復基調が続き、今年4月以降、7カ月連続で各月の過去最高を更新している。5位は香港。こちらも台湾同様、21カ月連続で過去最高を更新。「9月末からのセントラルのデモの影響はまったくない」(現地関係者)という。

一方、伸率でみると、3位の中国は前年度比80.3%増と最も勢いがある。12年秋の尖閣問題で一時激減したが、昨秋以降大幅回復を見せているのだ(その背景については後述する)。タイ(6位)やマレーシア(9位)、シンガポール(10位)など、昨年観光ビザを撤廃したアセアン諸国も急増している。フィリピン(63.5 %増)やベトナム(49.1 %増)などの伸びの高さからも、政府の実施したビザ緩和がアセアン諸国の訪日客急増のもうひとつの要因であることがわかる。

いまや訪日外客数全体でアジア諸国が占めるのは約8割だ。今年、欧米主要国からの旅行者も各国平均10%以上増えており、欧米人ツーリストの姿をよく見かけるようになったと感じた人も多いだろう。だが、実際には5人のうち4人がアジアからの旅行者である。それが訪日旅行市場の実像だ。国別の伸率をみる限り、この傾向はますます強まりそうだ。

アジア各国の精力的な訪日路線の拡充

こうした市場の概況をふまえ、今年訪日旅行者数を押し上げた具体的な要因を考えてみたい。

観光白書(平成26年版)によると、訪日外客数の国別ランキングで日本は27位(2013年)だが、陸路で国々がつながる欧州やアジア諸国と違い、島国である日本が訪日客を増やすには、基本的に航空便の増便や新規就航で座席数を積み上げていくことしかない。つまり、今年伸率の高い国ほど訪日路線が拡充したことを物語っている。

なかでも突出しているのが中国だ。

今年の日中の航空路線の動きで注目すべきは、中国ナンバーワンLCCの春秋航空の路線拡充と天津航空の新規就航だろう。春秋航空は昨年までの上海から茨城、高松、佐賀の3路線に加え、今春以降、関空、新千歳の2路線と、内陸都市の重慶、武漢、天津から関空への3路線を新規就航させ、全8路線となった。夏には春秋航空日本(スプリングジャパン)が国内4社目のLCCとして成田から国内3路線(広島、高松、佐賀)を就航している。これは中国客の乗継需要も活かせるため、外資LCCならではの新しい動きといえる。天津航空は夏季限定の天津・那覇、静岡(ただし、静岡はチャーター便)を就航した。
b0235153_1634633.jpg

春秋航空日本の成田・佐賀線初就航便

※春秋航空については、やまとごころコラム「31回 中国客の訪問地の分散化に期待。中国ナンバーワン旅行会社、春秋国際旅行」 http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_163.html 参照。

今年6月以降、中国国際航空や中国東方航空などの国営キャリアでも、上海発を中心に関空や新千歳、那覇などの増便が目立っている。7~8月、中国南方航空の広州・新千歳のチャーター便も多数運航された。総計で週に約40便が増便され、路線も拡充した背景には、旺盛な中国の訪日旅行需要があったことは間違いない。

今年出遅れていた韓国も、8月以降回復基調をみせており、10月の訪日客の前年同月比は57.7%増となった。実際、日韓間の増便やチャーター便の運航は増えている。主なところでは、エアプサンの釜山・福岡、ティーウェイのソウル・那覇などのLCCの路線拡充が目立つ。大韓航空のソウル・旭川などの夏季限定のチャーター便など、北海道や九州、沖縄方面への増便が多いのも特徴だ。韓国の訪日旅行市場も台湾同様成熟しており、訪問地の多様化がさらに進むことが期待される。

本来、航空路線の拡充は日本と海外の双方向の人の流れが基調となるべきだが、日本からの中国・韓国方面への渡航者は一方的に減少している。そのため、日系エアラインはこの方面のレジャー路線を絞り、ビジネス路線に傾注せざるを得ない状況にある。つまり、拡大するアジアの訪日旅行市場は海外のエアラインのレジャー路線拡充戦略にかなりの部分握られているといえるだろう。市場規模は中韓に比べればまだ小さいアセアン諸国でも、精力的な路線拡充の動きはみられる。一部、日系LCCのアジア路線の就航の動きもあるが、全般的にみてこの状況は変わりそうにない。

一回の寄航で2000人以上を運ぶ大型クルーズ船

訪日中国客数を押し上げたもうひとつの要因に、大型クルーズ船の寄航の再開がある。なにしろ中国発のクルーズ船は、一回の寄港で2000人以上の乗客を運ぶからだ。

主な出航地は上海と天津。最もスタンダードなのが、東シナ海周遊4泊5日コースで、福岡など九州各地や韓国(済州島、釜山)を寄港する。2000年代後半から欧米や中国国内のクルーズ会社が東シナ海を周遊するクルーズ船の運営を始めており、いまや上海の海外旅行市場では最もポピュラーな商品として定着している。
b0235153_1641597.jpg

今年7月運航した上海発クルーズ船(プリンセス・サファイア号)は福岡と釜山に寄航

もともと東シナ海クルーズは夏がメインシーズンで、中国発クルーズ船の九州寄港は、2012年秋に尖閣問題でいったん休止した。そのため、13年は九州を訪れる海外クルーズ船の総数が半減。ところが、同年秋以降、徐々に運航が再開され、今年に入って一気に増えた。14年寄港した上海発クルーズ船の数は以下のとおりである。

上海発クルーズ船の寄航数(JNTO調べ)
2014年2月 1隻
    3月 5隻
    4月 9隻
    5月 8隻
    6月 6隻
    7月 17隻
    8月 14隻
    9月 16隻

主な九州のクルーズ船寄港状況は以下のサイトで確認できる。

博多港
http://port-of-hakata.city.fukuoka.lg.jp/guide/cruise/index.html
長崎港
http://www.jopa.or.jp/port_detail/nagasaki.html
那覇港(那覇港管理組合)
http://www.nahaport.jp/kyakusen/nyuukouyotei2014.htm

上海のクルーズ人気について、現地の旅行関係者はこう語る。「人気の理由は3つ。寄港地でのショッピングが楽しめること。船が大きいぶん料金が安いこと。祖父母と親子3世代のファミリーが安心して参加できること」。

上海発のクルーズ商品は3つのランクに分かれるが、最も大衆的な価格帯は4泊5日で5000元が相場だ。飛行機やバスで移動し続ける団体ツアーは、シニアや子供連れには大変だが、クルーズの旅ならのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいという。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースも一般的だ。

東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる寄港地が近場にいくつもあり、バリエーション豊かなコースの造成が可能なのだ。今日の東シナ海が、島をめぐる日中の確執の舞台であるだけでなく、中国人の大衆的なレジャー空間になっているという、もうひとつの顔を承知しておいてもいいだろう。

※上海発クルーズの人気の背景は、やまとごころコラム「30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべきか?(上海WTF2014報告)」http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_161.html 参照。

もちろん日本に寄港するクルーズ船は中国発ばかりではない。欧米からのクルーズ船も全国各地を訪れている。舞鶴港(京都府)では、今年15回の寄港があり、地元では上陸してくる外国人観光客の歓迎ムードが盛り上がっている。地元の高校生らが歓迎のうちわを制作したり、英語によるボランティアガイドに挑戦したりしているという。

一般にクルーズ船の上陸時間は8時間程度で、ホテル利用もなく、買い物も特定の量販店や大型ショッピングモールに限られがちなため、地元に幅広く経済効果をもたらすかについては疑問の声もある。それでも、国際航空便のない地方都市で外国人観光客受入のノウハウを学べる好機となるクルーズ船誘致の動きは全国で広がっている。

※クルーズ船の全国の寄港状況については、以下のサイトを参照。
CRUISE PORT GUIDE OF JAPAN
http://www.mlit.go.jp/kankocho/cruise/jp

10年の積み重ねが巨大な吸引力を生んだ

日本政府観光局(JNTO)は、今年10月の訪日外客数が単月として過去最高の127万2000人となった理由について、以下のように解説している。

「円安による割安感の浸透や、消費税免税制度の拡充、大型クルーズ船の寄航、秋のチャーター便の就航、大型国際会議の開催、中国・国慶節休暇中の集客を狙ったプロモーションや、各市場において紅葉の魅力を集中的に発信したこと」

なかでも10月1日から実施された消費税免税制度の拡充(外国客向けの免税品目の拡大)はひとつのポイントだろう。これまで家電や衣料品などに限られていた免税品目を、食品や化粧品などの消耗品にまで広げたことで、外国人旅行者の購買意欲に火をつけようというのが狙いだ。実際、この情報は中国をはじめアジア各国でいち早く広まったという。

全国の免税販売対応店は、10月1日現在9,361店。メイド・イン・ジャパンを掲げる「ショッピング・ツーリズム」の推進は、アジア新興国の旅行市場のニーズに合っているのは間違いない。だが、実際にはクルーズ客の事情と同様、一部の量販店や百貨店、大型ショッピングモールの利用が集中。恩恵を受けるのは大都市圏の一部であり、全国での「幅広い経済効果」は難しいとの指摘もある。

この点をふまえ、日本政府観光局(JNTO)の鈴木克明海外マーケティング部次長は次のように指摘する。「訪日客の増加は円安効果が大きいとよく言われる。確かに円安は訪日のひとつの動機になるが、通貨安だからといって急に観光客が増えるというものではない。これまで10年かけて培ってきたプロモーションによる日本のイメージがあり、日本に行きたいというニーズが生まれた。国と民間が一体となってやってきた努力が実を結んだと思う」。

政府が「観光立国」を目指してビジットジャパンキャンペーンを開始したのが2003年。これまで10年をかけて積み重ねてきた官民一体のプロモーションの相乗効果が海外の消費者に対する日本への理解や期待を高め、訪日旅行市場に巨大な吸引力を生んできたことは確かだろう。円安効果は日本に対する認知度があってこそ追い風となるのであり、何事も実を結ぶには10年くらいの地道な営みが必要だと考えるべきなのだ。

このまま増え続ける保証はない

では、20年までに2000万人という目標を掲げる訪日外国人旅行者数はこのまま増え続けるのだろうか。

実際には、来年も今年のような高い伸びが続く保証はどこにもない。なぜか。

まずこの1、2年高い伸率をみせたアセアン諸国のビザ講和の効果はすでに一巡し、伸率は鈍化するかもしれない。そして、今年トップの台湾や香港の1~10月の訪日客数を人口比率でみると、台湾(人口約2300万人、238万人)、香港(人口約700万人、73万人)とすでに1割を超えている。これは十分驚くべき数字であるが、伸びしろは多くないと考えても不思議ではない。

そう考えると、頼りは巨大なポテンシャルを感じさせる中国市場となる。今年1億人超という中国の海外渡航者数は、うち4000万人を占める香港を除いても、桁違いに大きな市場である。

日中関係が最悪といわれるなか、中国からの訪日客が増えている状況に戸惑いを感じるむきもあるかもしれない。この点について日中間には認識の違いがあるようだ。中国の消費者の立場で考えれば、中国メディアがどんなに騒ごうと、個人レベルでは日本に行ってみたいというニーズは、とりわけ中国で最も消費社会が進んだ上海を中心に確実に存在する。

一方、日中の航空路線の拡充は上海発に集中しており、全国的な動きとはいえない面もある。地方都市の旅行関係者からはこんな声も聞かれる。「中国は一様ではない。もし日中関係が良好なら、いまの2倍は日本に行ってもおかしくない。多くの中国人はまだ政府に遠慮している」。事実上中国客は増えているが、政治的な理由でまだ相当抑制されている地域の消費者も多いという。

今年韓国に約600万人もの中国客が訪れると聞けば、政治の影響がいかに大きいか物語っている。先般、実現した日中首脳会談が今後どう市場に影響を与えるか、気をもんでいる日中両国の関係者も多いだろう。

ともあれ、手をこまぬいていては何も始まらない。台湾や韓国、香港といった成熟した訪日旅行市場はまだ全体の一部である。中国の訪日客は個人ビザ客が増えているにもかかわらず、訪問先は圧倒的に東京や大阪などの大都市圏に集中しているといわれる。訪問地の多様化はそれほど進んでいないのだ。これはアセアン諸国の市場も同じだろう。

訪日外国人旅行者を今後も順調に増やしていくには、訪問先を全国各地へと分散化していく戦略が不可欠なのだ。これは「地方創生」にもつながる話である。

現在、海外で広く知られている日本の旅行先および商品群は、①東京・大阪ゴールデンルート周遊、②首都圏・関西圏の都市観光、③北海道、④沖縄などに限られるのが現実だ。今後、仕掛けなければならないのは、これらに次ぐ新しい「顔」の創出だ。その点でいえば、アジアから距離的に近い九州をまずは優先すべきだろう。

残念ながら、海外での九州の認知度はいまひとつのようだ。上海の旅行会社の担当者から、九州の売り方がわからないという話を聞く。アジア新興国市場ほどこの傾向が強い。一方、韓国のように九州を舞台に自ら新しい旅のスタイルを生み出している市場もある。両地域の歴史的なつながりがいかに深いか感じさせる話だ。
b0235153_16134963.jpg

九州では韓国客が始めたハイキングコース(オルレ)が人気

日本人の目で見れば、九州には火山もあるし、自然も温泉もある。歴史もグルメもある。しかし、いろいろある、だけではダメなのだ。対外的にすでに認知された4つの旅行先とは明らかに異なる明快な九州イメージの確立が求められている。それがなければ、外国客には選んでもらえない。イメージ確立のためには、持ち札のすべてを見せようとするとかえって逆効果だ。むしろ、まず何かひとつに絞り込むしかない。相手国に合わせてまったく別の「顔」を見せてもいい。

言うは易く行うは難しだが、これは九州に限らず、まだ海外で認知されていないほとんどの地方が抱える共通の課題でもある。

ともあれ、訪日外国人旅行市場には明らかに追い風が吹いている。課題は数々あれど、いまの日本、これほど先行き楽しみなチャレンジはそうあるものではない。

※やまとごころレポート7回 http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_07.html
[PR]

by sanyo-kansatu | 2014-11-28 16:15 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2014年 09月 05日

32回 (改題)「いつ安部政権は変わりますか?」と訊く中国人の本音

訪日中国客が大幅回復したといわれています。日本政府観光局(JNTO)の最新リリースによると、今年1~7月の中国からの訪日客は約129万人で、前年同期比約90%増。特に7月は前年同月比101%増の約28万人という多さで、台湾、韓国を上回り、月間の訪日外国人数のトップに2年ぶりに返り咲きました。この調子でいけば、今年は初の200万人台を突破しそうな勢いです。数値だけみると、昨年の反動による回復だけではなさそうです。

上海の日本総領事館の今年上半期(1~6月)の発給件数も、個人旅行ビザは前年同期比170%増といいます。団体旅行客から個人旅行客への移行が進むこうした動きは歓迎すべきでしょう。

航空便の増便と大型クルーズ船の寄港が背景

訪日中国客が増えた背景について、JNTOは「航空便の増便やチャーター便の就航、大型クルーズ船の寄航」があったと報告しています。7月18日に、中国発LCCの春秋航空の重慶、武漢、天津からの関空線が新規就航しましたし、昨年激減していた中国からの大型クルーズ客船も7月中、九州、沖縄などに17便寄航したそうです。一度に2000人規模の乗客を運ぶクルーズ客船がこれだけ寄航すれば、訪日中国客数を押し上げるのも当然です。今年5月に上海で開催された上海旅行博(WTF)の会場で、クルーズ客船を販売するブースが大盛況だったことを報告したことがありますが、実際にそのとおりになりました。
b0235153_12221136.jpg

春秋航空は上海から茨城、高松、佐賀、関空の4路線に加え、重慶、武漢、天津から関空の3つが加わり7路線になった

もっとも、こういうニュースを聞くたびに、これだけ日中関係が悪化しているというのに、なぜ中国客は戻ってきたのだろうか? どこか釈然としない人も多いのではないでしょうか。中国ではいまでも政府主導で日本という国家を政敵とみなして批判・糾弾する動きが続いています。これは日本でも似たところがないとはいえませんが、PM2.5や食の不安などの理由もあって、中国を観光目的で訪ねる日本人は激減してしまいました。それだけではありません。上海や北京などにいた駐在員もどんどん減っています。誰が強いたわけでもないのに、日本の中国離れは加速度的に進んでいるのです。

ところが、中国からの訪日観光客は増えている。いったいこれはどういうことでしょうか?

この7月、ぼくは中国の東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)を取材で訪ね、多くの現地旅行関係者と会う機会がありました。約1か月かけて、大連、瀋陽、長春、ハルビンなどの省都にあたる主要な都市や地方都市を訪ねました。

今回は、現地旅行会社の関係者と交わした話を中心に、訪日中国客が戻ってきた理由と中国の旅行マーケットの現状、それについて彼らはどう考えているのか。今後の予測はどうか、といった話をしようと思います。

「いつ安部政権は変わりますか?」

面白いことに、今回会った中国の関係者から共通して聞かれる質問がありました。それはこうです。

「次の選挙はいつですか? いつ安部政権は変わりますか?」

中国には選挙なんてないくせに……。誰もが同じことを聞いてくるので苦笑してしまいました。要するに、日本人と長くビジネスをしてきた、いわゆる「親日的な」中国人の多くが、現在の日中関係の悪化は安部政権のせいだと信じ込んでいるのです。彼らは安部政権さえ変われば、日中関係は良好になり、以前のように日本からの観光客も中国に戻ってくるのでは、と淡い期待を抱いているようです。

「どうでしょう……。たぶん多くの日本人は、お宅のリーダーこそ日中関係の破壊の張本人だと考えていると思いますよ」。

思わずそう口から出そうになるのですが、グッと抑えることにしました。政治に無力な彼らを必要以上に傷つけるのは忍びないからです。もちろん、相手によっては、そうはっきり言う場合もありましたけれど。

では、なぜ彼らはこのように考えてしまうのでしょうか。それにはわけがあります。中国在住の方はよくご存知だと思いますが、いまの政権が誕生して以降、テレビニュースに日本の安部首相が登場する場合、首相の背後には必ず火を噴く戦車と空軍機が映されるのがお約束となっています。日本のリーダーが好戦的であるというイメージを中国国民に刷り込ませたいのでしょう。特定の政敵を設定し、相手が倒れるまで、あることないこと誹謗中傷を繰り返し、権力固めに利用するというのは、文革の頃に限らず、中国の建国以来の為政者の常套手段であることは広く知られています(こういうことは、それ以前にもなかったとはいいませんが、新政権後に顕著になったことは確かです)。

「いくらなんでも、これはやりすぎ」と、それを見た日本人なら誰でも思うことでしょう。まったく洗練さを欠いた一方的な映像で、こんな素人レベルの報道を中国の国営放送が日夜流しているのを見るにつけ、呆れを通り越して絶望的な気分になります。報道は「抗日ドラマ」じゃないんですから。中国のメディア人たちは、「反日」なら大方のことが大目にみられると安易に考えているのか、本来は彼らだって持っているはずの良識やバランス感覚を欠いているとしか思えません。こうしたプロパガンダ漬けのメディアに慣らされた(ゆえに、本来は疑り深い)一般の中国の人たちから「いつ安部政権は変わりますか?」という問いが自然に発するようになっても仕方がないかもしれません。

訪日旅行の促進は日本への恩返し

こんな話をどうして長々としたかというと、日本と付き合ってきた中国の旅行関係者たちが、ここ数年、自分たちのビジネスに行き詰まりを感じていることと、日中関係の悪化を結びつけて考えているらしいことがよくわかったからです。この問題に悩んでいるのは、我々日本側よりも、むしろ中国側なのです。

なぜ中国の旅行ビジネスはそんなにうまくいってないのか。中国はもはや年間9000万人超という世界最大の海外旅行マーケットの国です。この夏、アフリカを訪ねた友人が中国人観光客だらけだったと言います。いまや世界中に彼らは足を伸ばしています。なにしろ規模が大きいので、どこに行っても目につくのが中国客です。これで中国の旅行ビジネスが活況を呈していないというのは信じられません。

ある黒龍江省の地方都市の旅行関係者はこう説明してくれました。
「中国の旅行ビジネスが行き詰っている理由のひとつが政府の贅沢禁止令です。旅行会社にとって利益の大きかった公務員の視察や出張が減ったことが影響しています。街場のレストランやホテルも売上が減って困っています。国内の旅行市場も徐々に落ち込みつつあります」。

もともと中国の旅行会社が手がけてきた団体旅行は薄利多売のビジネスでしたから、この10年の激しいインフレで、いくら売り上げても収益の価値は下がるばかり。そのぶん、利益の大きい公務旅行で補てんしていたのですが、それができなくなった。海外旅行取扱者数がいくら増えても、不動産投資によって得られる莫大な経済的利益には比べようもなく、本業を続けるのがバカバカしくなるような気分が業界に蔓延しているようです。

今回会った旅行会社の社長の中にも、面会の約束をしているホテルにポルシェに乗って現れるような、いかにも成金タイプが何人かいました。彼らの本業はいまや旅行ビジネスではなく、副業として始めた不動産投資とノンバンク業(いま話題のシャドーバンキングです)でした。彼らは日本から訪ねてきたぼくに言います。「日本の無人島を買いたいので、どこか紹介してもらえないか。島を買って別荘を建てたい金持ちが中国には多い。これは儲かりますよ」。

その社長の部下に話を聞くと、「彼は数年前にチャーター便利用のツアーで成功し、手に入れた資金で国内だけでなく海外にもいくつも別荘を所有している。しかし、オフィスはこのとおり、雑居ビルの一室で、いくら儲かっても社員の労働環境を良くしようとか、給料を上げることなど考えていない。おそらく中国で何か起これば、海外に逃げ出すだろう」と話していました。社員はお見通しなのです。「彼は自分のことしか考えていない。国家や社会を良くしようとも思わない」。

こうした成金オーナーたちは、業界の健全な発展ということには関心がないようです。巷間伝え聞く中国経済の成長の減速は、当然旅行市場にも影響を与えていますから、まっとうに旅行業に取り組もうとしている人たちほど行き詰まりを感じざるを得ないのです。

もっとも、そのような人ばかりでないことも確かです。今回、ぼくは東北三省の旅行会社10数社を訪ねて回りました。上海や北京に比べて海外旅行市場の成熟度は遅れている東北三省ですが、最近は訪日旅行の取り扱いも少しずつ増えています。この地域の旅行業者の特徴は、1980年代から90年代にかけて、日本統治時代にこの地に住んでいた多くの日本人が“望郷”の旅と称して訪ねたので、その受け入れ、彼らの立場でいえば、インバウンド市場に大きく依存していました。しかし、2000年代に入り、この地に縁のあった日本人も高齢化し、渡航者は急速に減ってしまいました。

それに代わるものとして期待されたのが訪日旅行市場でした。

吉林省長春市の長白山国際旅行社の車作寛副社長は言います。
「私はこれまで旅行業者として29年間働いてきましたが、最初の23年は日本からの旅行者をお客様として受け入れてきました。しかし、最近の6年間は中国人の訪日旅行がメインのビジネスとなっています。この大きな変化について、私はこう考えています。これまで長く日本の方が中国に来て儲けさせていただいたので、これからはそのご恩返しと思って、日本にお客さんを送るつもりです」。
b0235153_1222436.jpg

長白山国際旅行社のスタッフの皆さん

車副社長のいう6年前とは、北京オリンピックの開催された2008年です。中国は国土が広いため、経済発展に地域差がありますが、2008年前後に中国の旅行マーケットのインバウンド(外国人の中国旅行)からアウトバウンド(中国人の海外旅行)への市場の逆転が起こっていたのです。

日中関係が良好なら今の2倍は日本へ

では、彼らはいまの訪日旅行市場をどう見ているのでしょうか。

一般に海外旅行の動向は、近場の市場と遠距離の市場に分けて考える必要があります。中国では、東アジアやアセアン諸国、オーストラリアくらいまでが前者で、欧米やアフリカが後者になります。数でいえば圧倒的に近場の市場が大きいですが、この5年くらいで急伸したのが遠距離の市場。10年前には存在しなかった市場が出現したことから、欧米をはじめ世界で注目を浴びたわけですが、問題は日本も含めた近場の市場の最近の動向です。

今年に入ってマレーシア航空の事故や南シナ海の領有問題など政治的な問題があり、東南アジア方面の渡航者が減少傾向にあります。昨年目立った伸びを見せたタイも、チェンマイのような観光地で中国客に対する反発が出てきたことから、去年ほどの勢いはないし、オーストラリアとの関係も微妙になっています。そのぶん、韓国だけが増えているのですが、こうした近場の市場の地域別の増減のバランスが影響して、数少ない選択肢となった日本が結果的に増えているのです。

ところが、大連の旅行関係者は言います。
「もし日中関係が良好なら、いまの2倍は日本に行ってもおかしくない。まだまだ少なすぎる。本来はこんなものではないが、多くの中国人はまだ政府に遠慮しています」

一見訪日中国客は増えているように見えるけれど、実際には政治的な理由でまだ相当抑制されているのが実際のところだというのです。

中国人の海外旅行時代の本格的な幕開けとなった2008年以降、今日に至る6年間、日中間には実にいろいろなことがありましたから、その意味は我々にも理解できます。

日本でにわかに訪日中国客に対する期待に火がついたのは08年でした。それが空前の盛り上がりを見せたのが、上海万博のあった10年でしょう。ところが、その年の9月に尖閣諸島沖漁船衝突事件が起きました。8月頃から徐々に反日デモが起き始めていたのですが、9月に入ってこの事件を機にデモがヒートアップしました。

翌11年3月、東日本大震災が起きます。新政権では未だに日中首脳会談すら開かれていないことを思うと不思議な気さえしますが、その年温家宝首相が来日し、被災地を訪ねています。ところが、12年9月に尖閣問題が再発しました。

よくまあこれだけのことが起きたものです。その間、訪日中国人数はアップダウンを繰り返しました。そして、今年の大幅回復です。

これまでのことを思えば、今後何が起こるかわからない……。仕事や人生が常に政治に翻弄されることに慣れている中国の人たちとは違い、ある意味潔癖な日本人の記憶にチャイナリスクはしっかりと刻まれてしまいました。

東北三省の旅行関係者らは、他の中国の地域に比べて歴史的にも日本と縁があるぶん、訪日旅行市場の拡大に全力を挙げて取り組みたいと考えていました。しかし、政治の影響で、当初の期待どおり市場が伸びていないと感じています。彼らがよく知る80年代、90年代のような日中関係であれば、こんなはずはないのに……。それが残念でたまらないのです。

この程度で留まるのが日本には好都合!?

上海に舞台を移すと、話は少し変わってきます。一般に中国人は南に行くほど政治の影響を受けにくいといわれますが、結局のところ、今夏の訪日中国人数を押し上げたのは、冒頭に挙げた大型クルーズ客船や春秋航空などの日本路線の拡充によるもので、上海とその周辺(一部重慶や武漢などの内陸も含まれますが)の市場の動きが大きかったのです。
b0235153_12244621.jpg

春秋航空(佐賀空港にて)

繰り返しますが、今年仮に200万人超の中国客が日本を訪れたとしても、中国の海外旅行市場のポテンシャルからすれば、本来の実力の半分にも満たない数字だと中国側の関係者は考えています。確かに、昨年韓国に約400万人の中国客が訪れたことを思えば、日本にはもっと訪れてもいいはずだ。そう考えるのも当然です。

ところが、これは皮肉な言い方になりますが、日本にとって訪日中国人数がこの程度に留まっているのは、むしろ好都合なのかもしれないのです。日本の外客受け入れ態勢は構造的な問題を抱えているからです。端的にいえば、外客向けの観光バスやホテルの客室不足です。

昨夏と今春、ツアーの予約を申し込みながら日本行きを断念したアジア客が続出したことから、今夏外客の手配を行う日本のランドオペレーターの多くは、アジアからの訪日旅行者の受注を抑える傾向にあったと聞きます。今春のような混乱は避けたかったからです。つまり、日本に旅行に行きたいという海外客が多くいるのに、現場ではお断りをしているのが現状なのです。さらに今年は消費税アップや国交省の指導によるバス料金の改定、客室不足によるホテル代金の上昇なども重なり、旅行費用に関して円安効果の相殺以上の値上がりが考えられるため、秋以降の訪日客数は鈍化する可能性もありそうです。

こうした状況で、中国客が本来の実力どおり日本を訪れるようなことになったら、日本の外客受け入れ態勢は文字通りパンクして立ち行かなくなるでしょう。つまり、日中関係が良くないことで、日本のインバウンドは救われているともいえるのです。なんてことでしょう。

だとすれば、この程度の数に留まっているうちに、インバウンドのためのインフラ整備や制度設計を始めるべきではないでしょうか。

あるインバウンド関係者は言います。
「今後本腰入れてインバウンド観光に推進するのであれば、海外へのプロモーション一辺倒のあり方や国内のインフラ整備の具体的な方向性について行政や関係省庁、メディアにももっと考えてもらわなければならない時代になったと思います」。

まったく同感です。いまは、そのターニングポイントに来ていると思います。

これまでぼくは本コラムにおいて、海外の訪日旅行客の送り出し側の事情を中心に、国内外のあちこちを訪ね、話を聞いてきました。

今後は、テーマを国内の外客受け入れに関するインフラ整備の問題にシフトし、少しずつ周辺事情を探っていこうと考えています。

※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_166.html
[PR]

by sanyo-kansatu | 2014-09-05 12:26 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2014年 07月 29日

31回 中国客の訪問地の分散化に期待。中国ナンバーワン旅行会社、春秋国際旅行社のビジネス戦略に注目

拡大する中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。2012年9月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)の春秋航空日本を設立。今年に入り、上海以外の地方都市からの日本路線も続々就航させています。彼らの描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのか。関係者らのインタビューをもとに、同グループのユニークな取り組みをお伝えします。
b0235153_1237345.jpg

日中関係が最悪といわれるなか、中国からの訪日客が増えています。

こうした事態に戸惑いを感じるむきもあるかもしれませんが、中国の消費者の立場で考えれば、これだけ航空路線の拡充と円安基調が定着すると、訪日旅行意欲がかきたてられるのは無理もないことです。

中国メディアがどんなに騒ごうと、政治と民間交流は別次元の話。個人レベルでは日本に行ってみたいというわけです。

そんな中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。

5月に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)でも、同グループの出展ブースが最も活況を呈していたことは、前回報告したとおりです。
b0235153_12385190.jpg

いったい春秋国際旅行社とはどんな会社なのでしょうか。

取扱・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社

春秋旅行社の創業は1981年。87年に海外インバウンド客の受入を開始。春秋国際旅行社と改称しました。
その後、全国に販売ネットワークを広げ、現在、全国39都市に支店を開設。2000店舗を超える代理店を持っています。
b0235153_1238215.jpg

国内・海外を合わせた旅行取扱人数と売上は、15年間連続1位(2013年)という中国のナンバーワン旅行会社なのです。

同社は自前のエアラインを所有していることが最大の特徴です。春秋国際旅行社を母体として、2004年春秋航空を設立。これは中国で現在唯一の格安航空会社(LCC)です。

国内においては上海、瀋陽、石家庄の3拠点をハブと位置付けし、全国主要都市への路線網を拡げています。

国際線においても、日本以外に、ベトナムのダナン、マレーシアのコタ・キナバル、カンボジアのセムリアップ(アンコール・ワット)、タイのバンコク、チェンマイ、プーケット、シンガポールなど東南アジアのレジャー路線を中心に、着々と新規路線を開拓しています。
b0235153_12394456.jpg

すでに国内106路線、海外41路線(2014年6月現在)と路線網を持っています。

春秋航空は積極的な広告戦略でも知られています。

上海市内の地下鉄駅構内や車両に随時、新規就航路線を告知する広告を打ち出しています。近年、中国経済の減速が指摘されるように、ここ一、二年地下鉄構内の派手な広告が姿を消しているなか、春秋航空の存在感は圧倒的です。
b0235153_1239117.jpg

b0235153_12391863.jpg

何より注目すべきは、初めての国際線就航地として茨城空港(2010年)を選んだことに象徴されるように、日本市場へのあくなき挑戦です。

さらに、春秋グループは、2012年9月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)として春秋航空日本を設立。この夏国内線の運航を開始する予定です。

今年3月には上海・関空線も就航。7月以降、関空線を大幅に拡充し、天津、重慶、武漢、大連からの就航も予定されています。

中国・春秋航空、関空路線を大幅拡充(日本経済新聞2014年5月28日)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ280AR_Y4A520C1TJ2000/

訪日路線網の拡大で新しいツアー造成を

では、春秋グループが描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのでしょうか。

上海旅游博覧会(WYF)閉幕の翌日(5月12日)、春秋国際旅行社本社で日本出境部経理の唐志亮氏に話を聞くことができたので、以下紹介します。

― 今回のWTFで御社は最大規模のブースを展開、多数のスタッフを会場に送り込み、即売にも力を入れていました。何をいちばん売りたかったのですか?

「会期中限定のキャンペーン料金を打ち出し、海外ツアーを販売するのが目的でした。販売コーナーの周囲には、クルーズや航空(春秋航空)、ビーチリゾート、自由旅行、都市観光バスなどのブースを個別に整え、プロモーションにも努めましたが、メインは販売です」

― 訪日旅行商品としてはどんなものがありますか?

「現在、春秋航空は上海から茨城、高松、佐賀、関空と4つの日本路線があり、それらの都市を組み合わせたツアーです。これから夏にかけて、北海道やファミリー向けにUSJやTDRを付けた本州のツアーも、市場のニーズに合わせて販売します」

— 御社の特長は自前の航空会社を持っていることですね?

「春秋グループが他社と違うのは、自前の航空会社を持つだけではなく、旅行会社と航空会社が対等な関係にあることです。

一般にこの業界では、航空会社が旅行会社の上位にあり、路線開拓に合わせてツアーを造成させるという主従関係にある場合が多いですが、弊社は母体が旅行会社でもあり、ともに協力しながら発展していくというのがビジネスモデルです。

春秋航空の路線計画はレジャー市場に合わせて展開されます。日本の航空会社が中国路線ではビジネス路線に注力しているのとは対照的です。もちろん、我々もビジネス客の動向も合わせて考えていますが、メインはレジャー市場です」

― 自前のエアラインを持つことで、他の旅行会社にはない、どんな訪日ツアーが商品化されているのでしょうか?

「そうはいっても、お客様のニーズに合わせた商品造成が基本となりますから、東京・大阪のゴールデンルートがいちばん人気であることは、実は変わりません。

そこで、弊社の場合は、春秋航空の乗り入れている高松や茨城を起点としてゴールデンルートに新しい変化を加え、3月15日から就航している関空+X、それ(X)は九州(佐賀out)であり、中部であり、鳥取(2012年9月、同社は米子空港へのチャーター便を計画するが、中止された)であり、四国(香川out)であるといったさまざまな組み合わせが可能となります」

― 関空就航の意味は大きいですね。さらに、まもなく春秋航空日本が国内線の運航を開始します。

「それ以後は国際線に加えて、成田―高松、佐賀、広島の国内線も組み合わせることができるようになります。それだけでなく、たとえば、佐賀inで福岡から他社便を利用し、人気の北海道に行くというツアーも考えています。

実は、春秋航空は今後さらに新千歳や那覇など日本各地に就航する考えを持っています」

― とはいえ、昨今の日中関係の悪化は気になるところですね。中国からの訪日客は増えていますが、日本からの訪中客は減少の一途をたどっています。

「確かに、政治的にはそうかもしれませんが、私には何とも言いようがありません。でも、はっきり言えるのは、日中間の民間交流は止まらないということです。

弊社の役割は、そのためのベースづくりをすることだと考えています。2011年5月、東日本大震災後、中国から初めて東北を訪ねる旅行関係者のツアーを実施したのも弊社です。上海・茨城線を利用したものですが、その後も茨城線は運航を続けました。

これからは中国からの訪日だけでなく、日本からの訪中の双方向の交流を進めたいと考えています。

そのためにはさまざまな手を打たなければなりません。また就航地を増やしたからといって、すぐにツアーのバリエーションが増えるかというと、そんなに簡単ではない。

新しいツアーコースの造成においても、東京や大阪は外せないと考えています。中国の消費者は、やはり日本に旅行に行く以上、東京や大阪には絶対立ち寄りたいのです。お客様のニーズがそうである以上、いきなり東京や大阪なしの新しいデスティネーションだけのツアーの造成は難しいと考えています。

佐賀線があるので、なんとか九州を売りたいと考えていますが、九州だけのツアーではまだなかなか売れない。そこで、佐賀inで春秋航空日本の国内線を利用して成田に飛び、東京に立ち寄り、茨城outとなるコースや、佐賀inで九州と中国地方を周遊し、関空outとなるコースなどを仕掛けたいと思います。

ツアー企画を成功させるためのポイントは『人気の場所+新しいデスティネーション』の組み合わせなのです」

― なるほど、明確な戦略を持ちつつも、あくまで現実的な戦術をとるわけですね?

「もちろん、今後はFITも増えていきますから、着地型の商品(日本国内で造成される中国客向け商品)も作っていくことになると思います」

唐志亮さんは1983年上海生まれの「80后」世代。福岡、京都(大学)、東京(就職)と8年間日本で暮らしたそうです。春秋旅行社入社は2年半前。「まだ経験が足りませんが、日本の事情には通じているので、それを活かしたい」とのこと。上海人の若い世代らしく、とても明快なビジネス戦略を言葉にしてくれました。

春秋航空日本を設立した理由

先頃、春秋航空日本の国内線の運航開始が6月末から8月上旬に延期となったことが報じられました。それ以前に他の国内LCCも減便を迫られる事態が伝えられていたばかりでしたから、日本のLCCの抱える課題が浮き彫りにされた面がありました。

春秋航空日本、8月に就航延期、高松線減便も−最大1万席に影響(トラベルビジョン2014年6月8日)
http://www.travelvision.jp/news-jpn/detail.php?id=61885

それでも、春秋航空が日本路線を拡充する動きは止まりません。その目的は何なのか。彼らは日本におけるLCC設立をどう位置づけているのでしょうか。

昨年11月、春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長に話を聞いています。以下、その内容です。

― 中国の旅行会社で自前の航空会社を持っているのは春秋旅行社だけだそうですね。なぜ航空会社を所有しようと考えたのですか?

「航空会社を設立する前から、春秋旅行社ではチャーター便ビジネスを積極的に手がけてきました。中国は団体客が多く、ツアーコストを下げられるチャーター便利用のツアーは人気があるのです。1997~2004年までの7年間で約3万便。こんなに飛ばせるなら、自社で航空会社を持ったほうがいいと考えるのは当然です。ドイツの旅行大手TUIが航空会社を持っていることから、我々も学んだのです。

国内線の申請は2004年、就航は05年6月18日からです。最初は便数が多くないため、運営は苦しかったです。1日10機以上飛ばないと赤字になる。それでも、コストを下げるためのあらゆる工夫をして1年目から黒字となりました。中国では、それまでLCCの運営は不可能と言われていましたが、我々は不可能を実現したのです」

― 黒字になった理由をどうお考えですか?

「以下の5つの理由があります。
①チケットはすべてネット販売
②1機あたりの1日の運航時間を11時間とすること(通常は9時間)
③座席数は180とする(通常は157)
④オフィスビルは質素にするなど、できるだけ余計なコストをかけない
⑤搭乗率が高い(05年以来、平均95%を維持)

春秋航空の方針は、これまで飛行機に乗ったことのない人に乗ってもらおう。バスのように気軽に使ってもらおう、というものです。だから、席が余ったら1円でも乗ってくださいと。それをやったら、2012年秋の上海・茨城線で失敗しましたが(笑)。中国国内で反発が出たんです。発売後、3日目で中止となりました」

春秋航空、佐賀・高松~上海の「1円航空券」中止(2012年10月19日)
http://www.j-cast.com/2012/10/19150671.html

― 日本を最初の就航地に選んだ理由は何だったのですか?

「国際線は2008年頃から計画を始めました。これから中国は海外旅行客が増大するだろう。弊社が使うエアバスは運航効率から考えて5時間圏内が最適だったので、東南アジアの一部や韓国、日本の中から最初はどこに飛ばすか考えました。

当時は日本からの訪中客が多かった。経済交流も進み、双方の国の人的往来が頻繁でした。また中日路線は利益率がいいという経済的な理由もありました」

― そして、2012年10月に春秋航空日本株式会社を設立されました。その目的は?

「日本で航空会社を設立した目的は、現状では中国からの乗り入れの難しい成田や羽田から国際線を中国に向けて飛ばすことです。

実は、LCCである春秋航空は中国でも北京になかなか乗り入れできないのです。でも、日本の航空会社であれば、成田や羽田を利用できる。これは茨城線就航後、すぐに考えたことです。

今後は中国の地方都市からも日本路線を増やす予定です。

中国は人口が多いので、1%でも1300万人、大きいですよ。最近、中国人は年に何回も海外旅行に行きます。日本は近いし、1990年代からたくさんの中国人が日本に留学したり、仕事をしたり、つながりが多い。日本の良さをよく知っているんです」

春秋航空、関空拠点化へ−7月に武漢、天津、重慶線開設、上海線増便も(トラベルビジョン2014年5月28日)
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=61719

民営企業ゆえの徹底した顧客目線のビジネス

春秋グループの歩みを見ていると、国際標準に即した明確な戦略を持ち、一つひとつ市場を着実に開拓していけば、結果がついてくるということを教えられます。

そもそも新規路線の就航のための努力は、中国でも日本でも基本的に変わらない。いかに地元に受け入れられ、協力してもらえるかにかかっている。

日本路線の開設や日本法人の立ち上げも、これまでずっと中国国内で経験してきたことの積み重ねだったといえます。

ところで、取扱人数・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社とはいうものの、実際に訪ねた春秋旅行社本社の店舗は実に質素でささやかなものでした。カウンターの前に客が座り、スタッフが対面して静かに接客している光景は、ほとんど日本の旅行会社の店舗と変わらない印象でした。
b0235153_124758.jpg

同社のコスト削減の姿勢は徹底していることで知られています。

これは春秋航空本社ビルでも同じでしたが、昼間オフィス内は基本的に電気や冷房は付けないそうです。コスト引き下げのために関係各社や自治体に協力を求める以上、自らも姿勢を正すべきというトップの意向によるものです。

実は、先日成田の春秋航空日本のオフィスを訪ねたのですが、冷房を使わず、そこでも大きな扇風機が回っていたのは印象的でした。

ビジネスのあらゆる局面で政治に翻弄されがちな中国で、国営企業に比べ立場の弱い民営企業が生き残るには、マーケットのニーズにとことん忠実であること。徹底した顧客目線でビジネスを展開していくことが、ある意味日本以上に求められる面があるのに違いありません。

春秋グループの関係者と話をしていると、日本から学びたいという謙虚な姿勢も明快です。JTBとの提携や春秋航空日本の設立も、日本のサービスや安全基準を自社に取り入れることが強く意識されています。

確かに、中国を取り巻く国際情勢の行方は見通しが立てにくいと考えるむきは多いでしょう。しかし、重要なのは、個別の企業が具体的に何をやっているか、それで判断するしかない。春秋グループのブレない取り組みを見ていると、その思いを強くします。「国進民退」といわれる中国にも、こうした良質な民営企業があることを知っておくことは、時代のムードに安易に流されないためにも大切だと思います。

国内外のレジャー市場に注力し、茨城や高松、佐賀といった日本の地方都市にあえて路線を築いてきた春秋航空の取り組みは、東アジアにおけるLCCのビジネスモデルのひとつの先駆けといえるのではないでしょうか。

春秋航空と春秋航空日本の路線網の拡充がもたらすのは、中国客の訪問地の分散化です。

新たに就航する国際線と国内線を組み合わせることで、これまで実現できなかった多数の周遊ルートが考えられるからです。近年、過度な集中が懸念されている東京・大阪のゴールデンルート一辺倒だった中国客のツアーコースに新しいバリエーションが生まれていくことを期待したいと思います。
b0235153_12483451.jpg

[PR]

by sanyo-kansatu | 2014-07-29 12:48 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2014年 06月 27日

30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべきか?(上海WTF2014報告)

日本政府観光局(JNTO)の6月18日付けプレスリリースによると、2014年5月の訪日外客数は109万7200人。44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った4月に続く過去2番目の記録となりました。1~5月までの累計もすでに500万人を突破し、過去最高ペースで推移しています。市場別では、中国が第3位(1位は台湾、2位韓国)で前年同月比でなんと103.3%増の16万5800人。昨年9月から9ヵ月連続で各月の過去最高を記録するという勢いだそうです。

これだけ日中関係が悪化し、南シナ海でも紛争が起こるという政治的な異常事態が続くなか、中国客が日本に押し寄せているという状況を、私たちはどう受けとめればいいのでしょうか。中国の海外旅行市場で今何が起きているのか。もっと知る必要があるでしょう。

訪日中国客の最大の送出地は上海です。2014年5月9日~11日に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)に行ってきました。今回は、その視察を通じて中国の海外旅行市場の最近のトレンドを報告します。

上海でも始まったツアー即売会

今回のWTFは、上海市旅游局が主催する16回目の旅行博覧会で、海外旅行市場も含めた博覧会としては11回目になります。


上海では毎年5月にWTFが開催されますが、2年に1度、11月に中国国際旅游産業博覧会(CITM)も開催され、今年の秋はCITMがあります。後者は中国国家旅游局が主催するイベントで、浦東の新国際博覧中心が会場です。国家旅游局主催のイベントだけに、全国から業界関係者が集まるぶん、規模的には後者がはるかに大きいですが、逆にいえば、WTFはローカルなイベントだけに、上海の旅行マーケットの現状が見えやすいともいえます。

では、会場に入ってみましょう。

正面入り口すぐ前の向かって左手に陣取るのは、韓国観光公社のブースです。この博覧会で最も良いポジション取りはここ数年、韓国の定位置となっているそうです。おなじみの韓流イメージを総動員させたプロモーションです。

中韓関係の蜜月化が訪韓中国人観光客を激増させています。現地メディアの新華網も「中国の旅行会社は引き続き韓国への大規模な送客計画を執行する」と報じているようですから、これは既定路線というわけです。中国ではいかに政治が観光と直結しているか、よくわかります。

我国旅行社继续执行大规模向韩国“送客计划”(新華網2014年4月6日) http://finance.china.com.cn/roll/20140406/2314165.shtml

海外からは他にも、タイやバンコク市、フィリピン(中国との関係悪化はここでは関係なしか)、マカオなどのアジア各国・地域、欧州方面ではスイスやエジプトなどが出展していました。

昨年、大盛況だったタイのバンコクや台北での旅行博(24回、25回参照)を見てきたせいか、それらと比較すると、上海のWTFは少し地味に見えなくもありません。以下は公式データです。

出展者数:50の国と地域より570団体が出展(合同出展含む)
出展面積:約15000㎡(前回比16.5%増)※販売エリアの面積は前年比24%増
業界関連来場者(業界エリア来場者数):のべ7948人
一般来場者(一般エリア来場者数):のべ約3万8300人※業界エリア入場者の重複カウントはせず
旅行商品他の現場販売金額:約1801.6万元(前年比33.7%増)

実際、海外からの出展者数は以前ほど多くはないようです。会場には中高年が多く、若い世代の比率はそれほど高くないと感じました。こうしたこともあってか、数年前からWTFでも、タイや台湾と同じように、会場での旅行商品の即売会を始めています。上海の大手旅行会社が、会期中限定の割引商品の販売を行っていました。

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気

なかでも目立ったのが、クルーズの販売です。昨年さっぱり姿を見せなかった上海発クルーズ船も、今年は福岡などを中心に九州各地を寄港しています。

これは6月30日発サファイア・プリンセス号のセールスボードです。済州島、福岡、長崎を寄港する5泊6日のクルーズで、上海中旅国際旅行社が販売しています。料金はデラックスルームで1名8999元。会期中1部屋4200元のディスカウントをうたっています。

会場にはクルーズの特設イベント会場が設置されていて、旅行会社やクルーズ会社によるPRや懸賞イベントが繰り広げられていました。

上海のクルーズ人気について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の中杉元氏は「最近の上海の旅行会社のファーストプライオリティはクルーズ販売といえます。上海発のクルーズは4泊5日で韓国や九州を寄港するものが主流です。人気の理由は、寄港地でのショッピングが楽しめること。祖父母と親子3世代のファミリーが気軽に参加しやすいこと。船が大きくボリュームがあるぶん料金が安いことにある」といいます。

上海発のクルーズのスタンダードな価格帯は4泊5日で5000元が相場だそうです。この手ごろな価格が人気の理由です。飛行機やバスで移動し続ける旅行は、シニアや子供連れでは大変ですが、クルーズは寄港地での岸上観光以外はのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいからです。

今日の上海における海外旅行の大衆化を象徴しているのがクルーズ旅行です。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースもかなり一般的なようです。これは島国に暮らす日本人にはピンとこない感覚かもしれませんが、東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる近隣国の寄港地がいくつもあり、バリエーション豊かなコースをつくることが可能なのです。

チラシに見る上海人の海外ツアーの中身

中国の海外旅行シーンを手っ取り早く理解するには、現地の旅行会社でどんな海外ツアーのチラシが作成しているかを見るに限ります。

会場で、出展規模や集客状況も含め、最も目立っていたのが、春秋グループでした。展示スペースの中央に旅行即売コーナーを置き、その周辺にビーチリゾート、クルーズ、春秋航空などの展示ブースを並べており、各ブースごとのイベントも次々繰り出されています。
活気あふれる春秋旅行社の即売ブース

同社の即売コーナーでは、黄色いTシャツを着た数十人のスタッフを動員し、旅行エリア別に分かれて来場客相手に接客する熱気に包まれた光景が見られました。

そこで置かれていたツアーチラシの中から目についたものを紹介しましょう。

●ドナウの恋11日間
珍しく情緒的なネーミングのついた商品です。プラハinでウィーンを抜けブダペストout

●クロアチア・スロベニア10日間の旅
フランクフルトinリュブリャナ(スロベニアの首都)out。「アドリア海、魅力の旅。世界文化遺産、グルメ、市街地4つ星ホテル泊」という売り文句が掲げられています。

●トルコ10日間の旅
イスタンブールin-out。「新欧亚之魅―深度全景之旅」。「コンヤ、カッパドキア、イスタンブール、パムッカレ、アドリア」」などを訪ねます。「全行程ショッピング強制なし。純粋な旅行体験を楽しめます」。

●アメリカ16日間の旅
ハワイ、サンフランシスコ、ワシントン、ナイアガラの滝、ニューヨーク、ラスベガス、ロサンゼルスなど、アメリカを大周遊します。中国客にとってカジノのあるラスベガスは欠かせません。

●サイパン5日間8499元から(2014年1月21日25日、29日、2月2日発)
サイパンは中国公民の観光ビザを免除している関係で、人気があります。「親子」「ハネムーン」「ゴルフ」「サンセット」「SPA」「ショッピング」などが楽しめると書かれています。

●86日間世界一周クルーズ
コスタ・ビクトリア号による上海発世界一周クルーズの料金は129999元(約220万円)からです。2015年3月1日発、帰国は5月26日です。初めてのツアー商品らしく、今年いっぱいをかけてクルーズ客を集めるそうです。金額もそうですが、長期休暇が取れる富裕層向けですね。横浜港にも立ち寄ります。

●大阪3泊4日/4泊5日
今年3月15日春秋航空は関空線を就航しました。自社便を利用した大阪、京都、神戸の旅です。

これらのチラシから、今の上海ではそれなりにバリエーション豊かな海外ツアーが販売されていることがわかります。こうした多様な選択肢の中から日本が選ばれるためには、どう差別化して他国との違いをアピールすればいいのか。複眼的に考える必要がありそうです。

春秋旅行社
http://sh.springtour.com/

※シーズンによって航空運賃やホテル料金など変わるので、チラシには料金が書かれていませんが、詳しく知りたい方は、春秋旅行社のサイトをご覧ください。

クールな上海の消費者にいかにアピールするか

最後に、日本からの出展者のブースも見てみましょう。

今回日本からのWTF出展は2年ぶりでした。2012年9月の尖閣問題の影響で、同年11月に上海で開催されていた中国国際旅游交易会(CITM)と昨年5月のWTFへの出展を中国側から断られていたからです。あらゆる民間交流を政治と結びつけるのが中国政府の常套手段ですから、こうしたことが常に繰り返されるわけですが、先ごろ「民間交流と政治は分ける」との中国側の表明もあったばかり。その真意はともかく、こうしてようやく今回の出展に至ったといえます。

もっとも、中国の政治的リスクを嫌って日本企業のアセアン諸国へのシフトが強まるなか、日本の出展者も以前に比べると、かなり少なかったことは確かです。

いくつか目についた出展者に話を聞いたので、ざっと紹介しましょう。まず北海道観光振興機構から。2013年入域外国人数が初めて100万人を突破した北海道は、昨秋から戻ってきた中国客の誘致に今年は力を入れるとのこと。上海地区はFIT比率が高いので、リピーターのための細かい足の手段(JRパス、高速バス)の情報を提供しているそうです。

少し意外だったのは、九州からの出展者がなかったことでした。これまで報告してきたように、上海の海外旅行市場におけるメイン商品はクルーズ旅行です。今年は多くのクルーズ船が福岡港を中心に九州各港に寄港することがわかっています。であれば、せめてクルーズの寄港地だけでもPRに来てもよかったのでは、と思わないではありません。

日本政府観光局(JNTO)のブースでは、上海の旅行会社に交替でブースの一部を貸して日本ツアー商品の販売を行っていました。たとえば、春秋旅行社では自社便を使った佐賀や高松を起点としたツアーなど、特徴的なものもいくつかありました。安さで勝負する旅行会社の販売ブースとは一味違う商品ラインナップが見られましたが、どれだけの入場者に気づいてもらえたか、そこが課題かもしれません。

日本ブースの中でもユニークな存在だったのが、上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)でした。同社は上海にある日本の高級旅館のPR会社です。北海道朝里川温泉の「小樽旅亭 藏群」、長野県昼神温泉の「石苔亭いしだ」、兵庫県宝塚温泉の「若水」、同じく塩田温泉の「夕やけこやけ」、岡山県湯原温泉の「八景」などと提携関係にあるようです。

同社の代表は、張凌藺(愛称:りんりん)さんです。

張凌藺さんについて
http://shanghai-zine.com/topics/442

彼女は「日本宅人」http://blog.sina.com.cn/nihontatsujinという微博を主宰し、上海と日本を往復しながら、訪日旅行のプロモーションに尽力している女性企業家です。彼女が会場でこっそり話してくれた次のことばが、とても印象的でした。

「実は、この会場にいる上海人のうち、うちの旅館を利用してくれるような客層はたぶん2割もいない。それでもブースを出したのは、日本の関係者も含めて、我々の存在を知ってもらいたかったから」

今回出展した日本ブースの中に、彼女ほど上海の旅行市場を正確に理解し、的を得たコメントをしてくれた人物はどれだけいたでしょうか。彼女がターゲットにしているのは、この会場にやって来るような人たちとは異なる別の階層だというのです。

どういうことでしょうか?

今回、WTF内の別会場で行われたフォーラムで、国連世界観光機関(UNWTO)中国代表の徐汎女史による「中国の主要3地区の海外旅行市場」報告がありました。

その中で、徐女史は中国のクルーズ市場を以下の3つにランク分けしています。

①大衆消費層向け…中国発4泊5日、5000元相当(初めてのクルーズ体験)
②ミドルクラス消費層向け…「フライ&クルーズ」、5~10万元(クルーズライフを楽しむ)
③富裕層向け…「フライ&クルーズ」、10万元以上、極地クルーズ(特別な体験を求める)

業界関係者を集めたフォーラムで報告されたのは、明快に区分された上海の階層社会の実像でした。上海の海外旅行の大衆化を象徴しているクルーズ商品のスタンダードな価格帯に比べると、ミドルクラス向けは10倍、富裕層向けは最低でも20倍以上。こうした価格帯は万国共通存在するといえますが、中国の専門家はこれからの海外旅行市場の発展のためには、この階層差を直視せよ、ビジネスチャンスはそこにあると啓蒙しているのです。旅行ビジネスにおいても、厳然とした階層差をふまえたものでなければ成り立たないというのが、彼らの現実認識です。こうした認識は日本人が苦手とするものかもしれません。

今回のWTFでいちばん感じたことは、すでに海外旅行の大衆化の時代を迎えた上海の消費者にとって、現状の旅行博というイベントはもうそれほど目新しくもなく、自分たちを夢中にさせてくれる体験を提供してくれる場だとは思われていないということです。ネットによる情報が行き交うなか、特に若い世代にとって、旅行博でなければ入手できないものはないと考えられているからでしょう。台北やバンコクでは旅行博はお祭りとして盛り上がっていましたが、上海ではどうやらそうでもないようです。

ことほどさように、上海人というのはクールな消費者なのです。その背景には、クールな階層社会の現実があります。上海の消費者に日本をアピールしていくには、大衆層向けのPRだけでなく、中国的な階層社会のリアリティをふまえた戦略が必要となるのでしょう。

次回は、ボリュームゾーンである大衆層の動向予測について。春秋国際旅行社日本出境部経理の唐志亮氏に同グループの訪日旅行戦略を語ってもらいます。

※中国の海外旅行市場についての詳細は、中村の個人ブログ「2014年の中国人の海外旅行、調子はどうですか(上海WTF2014報告その3)」、「春秋旅行社のチラシに見る上海人の海外ツアーの中身(上海WTF2014報告その4)」などを参照のこと。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2014-06-27 08:29 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2014年 06月 18日

【後編】バスの不足が国際問題に!~早くも直面した日本のインバウンド構造問題にどう対応するべきか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。後編では、バス不足問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みを考えたい。

※【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://inbound.exblog.jp/22771778/
b0235153_21301830.jpg

本当に観光バスは足りないのだろうか?

4月下旬、訪日アジア客の手配業者の業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で議論となったのは、そうした問いだった。昨夏と今春、業界を騒がせただけでなく、今後の日本の訪日旅行市場の行方に暗雲漂わせる観光バス不足の解決を求める声が次々に出たという。

規制緩和と安全対策に揺れた貸切バス業界

いったい何が問題だったのだろうか?

確かに、今年3月下旬から4月にかけて国内外のバス利用者がこれまでになく集中したことで需給が逼迫したことは確かだ。だが、それだけの理由ではないと考えるべきだろう。

一般に貸切バスの需給が逼迫するのは、春夏のレジャーシーズンに加え、国民体育大会や甲子園の高校野球大会などのスポーツイベント時だという。1998年の長野オリンピック開催時も選手や観客の送迎のため、貸切バス業者は大奮闘して乗り切ったといわれている。

一方、北海道では1970年代からすでに夏場の繁忙期のバス不足は常態化していたという話もある。「道内の車両はフル稼働、貸切バスの運転手は『13日連続勤務して1日休み』を繰り返すことで急場を凌いできた。そのかわり、冬場は仕事が少なく、本州に出稼ぎに出る運転手もいた。夏の繁忙期のみの契約という雇用形態も多かったからだ」とバス事業をよく知る関係者は語る。観光バスを運行する貸切バス事業は、繁忙期と閑散期の需要の変動に大きく翻弄されてきたのだ。

日本の貸切バス事業は、2000年2月の事業法改正により、免許制から許可制に、価格規制については認可制から実施運賃・料金の事前届出制や自動認可へと規制緩和された。それまで事業者保護の色彩の強かった需給調整規制を廃し、競争原理の導入によって消費者利益を図ることが目的だった。2000年代前半の日本は「規制緩和」がよくも悪くももてはやされていた。

その後、貸切バス事業者の数は大幅に増加したが、零細事業者の新規参入が目立つ傾向にあった。事業者数の増加に伴う競争の激化や「高速ツアーバス」という新形態の登場によって運賃の低下が急速に進み、利用者も恩恵を受けた。

ところが、2007年2月の大阪府吹田市のスキーバス、12年4月の群馬県関越道の高速ツアーバスと死傷者が出る事故が相次いだことで、バス事業の安全確保を求める世論が高まった。

関越道高速ツアーバス事故の問題点として以下の3点が指摘されている。

①運転手の過労運転(労務管理)……事故は夜間運行かつワンマン運行だったこと
②不適切な運行管理……「日雇い」運転手だったこと
③不適切な旅程管理、旅行サービスの内容提示違反

国土交通省は「バス事業のあり方」検討会(2010~12年)などを通じて進めていたルール改正を段階的に着手した。13年8月から「高速ツアーバス」は、運転手の労働条件を改善し、安全対策を強化した「新高速乗合バス」に一本化されることになった。

その結果、中小貸切バス業者の一部は「新高速乗合バス」の参入を諦めたといわれる。過労運転防止のためのワンマン運行による上限距離や労働時間が制限されたことで、運営上対応できないと判断したためだった。

さらに、2010年秋以降の中国との尖閣問題で、訪日中国客が一時大幅減少したことから、中国需要に頼っていた一部のバス事業者の撤退も見られた。つまり、ここ数年、貸切バス業界には事業の撤退と減車が起きていたのだ。そこに急激な訪日客の需要増が直撃したのである。

零細貸切バス事業者とダンピングの関係

関越道高速ツアーバス事故の運転手が普段は訪日外客を乗せた、いわゆる「インバウンド貸切バス」を運行していたことで明らかになったのが、貸切バス運賃のダンピング問題である。

どんなに訪日外客が増えたといっても、国内全体のバス需要に比べれば、外客の市場規模ははるかに小さいため、インバウンド貸切バス事業者の実態は見えにくいところがある。それだけにブラックボックス化していた面が否めないが、2000年代以降に急増したアジア客の需要に対応したのが、こうした中小貸切バス事業者だった。

政府の「観光立国」政策の推進で訪日外国人観光客を迎え入れようという国内の機運は生まれたが、現在その8割近くを占めるアジアからの旅行者の多くは“安さ”を求めた。彼らの求める水準は、国際的にみて高いとされる日本の国内移動コストの圧縮に重い負荷をかけた。大手バス事業者はインバウンド貸切バス運賃の“価格破壊”を理由に参入しようとしなかったが、中小貸切バス事業者はそれを引き受けざるを得なかった。

それゆえ、今日の訪日外客向けの観光バス不足も、実際は、国内客向けに比べ著しくダンピングされた激安な貸切バスの不足だったとも考えられる。ある関係者の証言によると、今春の台湾客の一部が出発直前で訪日ツアーを断念せざるを得なかった背景に、本来はバス事業者でない免税店が顧客を呼び込むために無料でバスを手配するというサービスがあったという。これは台湾客だけでなく、一部中国本土客なども利用していた。ところが、その免税店が今春の急増した需要に対応できず、バス手配をいきなり投げ出したのが、騒動の発端だったという。

日本の繁忙期と閑散期を理解してほしい

日本のインバウンドには、残念ながら、こうした外の世界からは見えにくいグレーな領域が潜在している。こうした現状をふまえ、事態の改善のために何ができるのだろうか。

関係省庁も手をこまぬいているわけではない。国土交通省は、今年すでに6月末までの時限的な全国の運輸局管轄内での貸切バスの営業区域の緩和を実施している。

観光庁も、昨年9月と12月に台湾を訪ね、観光部(観光省)や現地の旅行業者に対してバス不足に関する事情説明や状況を改善するための話し合いを行ってきた。

観光庁側が説明しているのは以下のポイントだ。

①日本のバスの運行上の安全規制の内容
②日本の地域ごとの繁忙期・閑散期について
③日本旅行業協会(JATA)が認定する「SAKURA QUALITY(適正なランドオペレーター)」の利用の推奨
④各運輸局が指定する「Safety Bus事業者」の利用の推奨
⑤繁忙期の早期の予約手配の推奨

すなはち、台湾の旅行関係者に日本のバス事業の安全規制やレジャー需要の動向を理解してもらい、繁忙期をなるべく避けるなど、訪日時期を調整してほしいこと。また繁忙期はできるだけ早めにバスやホテルも含めた手配を進めてほしいという要望を伝えたのだった。
b0235153_21314746.jpg

本来今回のような問題は、民間事業者同士が解決すべきといえなくもない。とはいえ、これまで大々的に訪日旅行のプロモーションを展開してきた日本政府としても、台湾側に理解を求めるべく相応の対応する必要はあっただろう。

貸切バス新運賃制度の目的と今後の懸念

ところが、残念なことに、今春再び台湾客の観光バス不足が起きてしまった。

さらに、これは本来別の話だが、3月下旬、国土交通省は国内の貸切バス事業者にかねてより検討していた新運賃制度の施行を通達した。これはバス不足で業界が混乱していた時期に重なってしまい、タイミングが悪かった。

新運賃制度の特徴は、安全コストを運賃に計上させていることだ。これまでと違い、営業区域別に料金の上限と下限を設定し、運賃計算法も運行時間と距離を併用する。事前届出した運賃に違反した場合の罰則も厳正化されることから、ダンピングと運転手の労働条件の悪化の防止が目的であることがわかる。新運賃制度への移行として6月末までの猶予期間を設けている。

関係者によると、新運賃を採用すると、インバウンド貸切バスの1日あたりの運賃はこれまでの2倍以上になるという。それだけ以前が安すぎたともいえるが、その差額分は訪日客のツアー代金に上乗せされることになる。

これが台湾側のあらぬ疑いを招いた。消費税増税の時期と重なったこともあり、便乗値上げではないかと受けとめられたのだ。

一方、国内の貸切バス事業者に新運賃制度について聞くと、いまは様子見との声が多い。この夏、台湾に限らず訪日外客は増加しそうなことから、新運賃の適用がすぐに導入できるとは考えにくいという。相手あっての商売だからである。

先般の一連の事態に対する国内のインバウンド事業者の声は、株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長の以下のコメントに代表されるだろう。

「昨年から顕著となったバス不足で、海外の旅行会社からツアーを受注しても受けられないケースが増えたのは残念としかいいようがない。この問題に対する国の施策として、6月末までの全国の運輸局管内での営業区域の規制緩和は一定の評価ができる。4月1日より施行された貸切バスの新運賃制度も、業界の底上げにつながると基本的には歓迎しているが、これに伴う訪日ツアー価格の高騰を懸念している。現在は猶予期間として6月末までにバス会社は改定後の運賃を所管する運輸局に届出することになっているが、現行運賃と新運賃の価格差が大きいため、海外の旅行会社に受け入れられるか思案している」

これまで台湾の旅行業者は積極的に訪日旅行市場の拡大に尽力してくれたが、今後台湾の“訪日バブル”にも若干の調整が起こるかもしれない。もちろん、これは台湾市場だけの問題ではない。他の国々の訪日ツアー動向にも徐々に影響を与えていくことが考えられる。

コスト高のしわよせは貸切バス事業者に

世界経済フォーラム(WEF)が2014年3月に発行した世界の観光分野の競争力を比較した報告書によると、調査対象140カ国・地域のうち、トップはスイスで、日本は14位にランキングされている。

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられるが、日本が分野別で高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。項目別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)の評価は高いが、「政策方針と規則」(36位)「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)「観光との親和性」(77位)などはかなり低いといえる。

ここからうかがえるのは、日本の観光競争力は、交通・通信インフラに見られる産業力や自然・文化などの観光資源が強みであるのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが弱みとみなされていることだ。

そして、極めつけが「観光業における価格競争力」(130位)である。

円安基調となった今日、日本でのショッピングや食事はずいぶん安くなったという外客の声も多い気がするが、日本の観光競争力の足を引っ張っているのは未だに「価格競争力」というのが国際的な評価なのだ。最大の要因は国内移動のコスト高だと思われる。

実のところ、移動コスト高を国際水準にまで引き下げ、調整していたのが貸切バス事業者だったといえなくもない。この10年で増加したアジア客の訪日ツアーの足を支えていたのは彼らだったからだ。コスト高のしわよせは貸切バス事業者が負わされていたのである。

日本の弱みを全体でカバーする施策を

近年、アジアからの訪日客のFIT(個人旅行)化が進んでいるといわれて久しいが、考えてみてほしい。このままアジアの経済成長が続くとすれば、「初めての訪日」層も増え続けるのだ。東京・大阪ゴールデンルートはその意味で、決してなくならない。貸切バスの需要は増えることはあっても、減ることは考えにくい。

ところが、増大する需要に対してインバウンド貸切バス事業を取り巻く現状は心もとない。これまで見てきたように、観光バス不足は日本のインバウンドの構造問題といえる。中小企業が多く、国内客向けに比べて運賃が著しく安かったため、事業者の数も多くない。

さらに気になるのは、運転手の高齢化と人材不足である。

筆者は、仕事場に近い都内東新宿にある訪日中国客専用の食堂付近に停車するインバウンド貸切バスの様子を通勤途上に日々観察しているのだが、運転手はたいてい50代以上で若い年代の姿を見ることは多くない。おそらく多くは、長野オリンピック(1998年)当時、30代から40代の働き盛りだった世代ではないかと思う。はたして彼らは東京オリンピック開催時も現役なのだろうか。気にならないではいられない。
b0235153_2134175.jpg

都内東新宿には毎日のようにツアーバスがやって来る

訪日外国人観光客に関わるビジネスは、いってみれば、国内にいながら海外進出した企業と同じように、アジアの新興国の消費者を相手に商取引することで成り立っている。内なるグローバル化の最前線なのだ。当然、進出企業が現地で直面するのと同様な難題にぶち当たることになる。グローバル化は国内の弱い分野ほど狙い撃ちにされるのが常だ。

だからといって、貸切バス事業が市場から退場するのにまかせれば、これ以上の訪日外客の受け入れは断然せざるを得なくなるだろう。政府の掲げる訪日外客2000万人という目標も夢でしかなくなる。先ごろ、格安航空会社(LCC)のパイロット不足が顕在化し、ピーチ・アビエーションやバニラエア、春秋航空日本が減便を余儀なくされたが、政府は人材養成や確保のための施策を打ち出すという。同じことはバス業界にも必要なのではないか。

本来であれば、これだけ需要の拡大が見込まれているのだから、もっと多くのバス会社にインバウンド事業に参入し、観光バス不足を補ってほしいものだ。だが、バス業界ではインバウンド事業に対する偏見は根強いようだ。「とにかく料金を叩かれる。朝から晩まで働かされ、労働条件がキツイ」などの声が聞かれる。

インバウンド貸切バス事業に精力的に参入してきた株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長は「インバウンド貸切バスの仕事は、お客様への細かいケアや荷物の運び出しなど独特のノウハウが必要で、確かに大変だと思う。拘束時間も長くなりがち。でも、外国人観光客を乗せる仕事は、自分も一緒に旅行しているみたいで楽しくやりがいがあると話す運転手もいる。そういうおもてなしの心をもつタイプが向いている」という。

願わくば、今回の新運賃制度が新規参入のインセンティブとなることを期待したい。そうでなければ、訪日意欲のある外客をみすみす手離すことになるからだ。

今後は、日本の弱みをふまえ、対外プロモーションの考え方も変えていかなければならないだろう。

日本政府観光局(JNTO)の神田辰明海外マーケティング部次長によると、今後の台湾向けの訪日プロモーションは以下の3つの方向性に注力するという。

①個人旅行客(FIT)をさらに増やすこと
②訪問地の地方への分散化
③繁忙期ではなく、閑散期にいかに誘客するか

「いまは過渡期だと思う。海外と日本では制度の違いもあるが、綿密に情報交換し、お互いの事情を理解し合い、成熟した関係をつくっていくことが必要だ」と神田次長はいう。

特に②と③は知恵の絞りどころだろう。日本にはまだ知られていない素晴らしい場所があるし、桜の開花も地域によって時期が違う。こうした細かなオペレーションを日本とは事情の異なる海外の旅行関係者に了解してもらうのは大変なことだと思うが、まずは訪日旅行における最先行市場である台湾との間でひな型をつくることから始めるべきだろう。

この夏を控え、事態はもはや待ったなしの状況だからだ。何より今回明らかになった日本のインバウンドの弱みを国内の異業種や自治体関係者にも広く理解してもらい、全体で協力しながらカバーし、てこ入れしていくような新しい施策や取り組みも期待したい。

※やまとごころ特集第2回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_02.html

【追記】
2015年のGW中に新たなインバウンドバス事故が発生しています。以下参照。

中国ツアー客を乗せたバス事故の背景には何があるのか?(静岡県浜松市のケース)(2015年 11月 17日)
http://inbound.exblog.jp/25097650/
[PR]

by sanyo-kansatu | 2014-06-18 21:35 | 最新インバウンド・レポート | Comments(1)