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2013年 01月 22日

17回【トラベルマート 2012報告 後編】「中国集中プロモーション」の挫折とその先にあるもの

本年最初のコラムは前回に引き続き、11月下旬(20日~21日)にパシフィコ横浜で開かれた訪日旅行市場の商談会「VISIT JAPAN トラベルマート2012」の報告(後編)です。

アジアからの訪日旅行市場に特化した業界団体として知られるNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で聞いたアジア各国市場の現状報告を中心に、2013年のインバウンドの展望について考えてみたいと思います。

現場からの声が続々-AISOセミナーにて

トラベルマート開催中に開かれる恒例のAISO総会には、毎回国内のアジアインバウンド関係者が多数集まります。今回興味深かったのは、香港、中国、台湾、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシアなど、アジア各国のマーケット関係者による現状報告のセミナーでした。いまアジアインバウンド市場で何が起きているのか。現場を知る者のみが語る示唆に富んだ発言が多く聞かれました。以下、簡単に紹介します。

最初は、AISO会長の王一仁氏による香港市場の報告です。王会長は中国・香港市場を中心にした訪日客を扱うランドオペレーター業を営む総合ワールドトラベル株式会社(http://inbound.exblog.jp/17150936/)の代表取締役社長です。

10月末、香港を視察した王会長はこう報告します。

「香港の訪日団体ツアー客は減少傾向にあります。一方、FIT(個人旅行客)は増えている。香港の漁船が上陸したことで始まった今回の尖閣問題の影響はほとんど感じられないが、問題は円高。キャセイパシフィック航空が香港・成田線で驚くような激安運賃を出して需要を喚起しているので、クリスマスと旧正月シーズンに期待しています」

確かに、年末に入って新宿近辺で中国系の若いカップルがスーツケースを押しながらホテルを探して歩いている姿をよく見かけました。ためしに「どこから来たの?」と尋ねると、たいてい「香港」。東京でクリスマスを過ごすために来日した香港人カップルです。

先日も一組のカップルに会いましたが、話を聞くと、東新宿に最近オープンしたリーズナブルなシティホテル(いわゆる宿泊特化型ホテル)に宿をとっていました。彼らは中国本土客のように日本で“爆買い”はしませんが、地方在住の日本の若者が東京に遊びにくる感覚で滞在を楽しんでいます。香港がFIT市場であるというのは、まさにこういう観光客が主流という意味です。同じ華人でも、団体客が主流を占める中国本土客とはまったく別種の消費者たちです。JNTOの発表によると、11月に日本を訪れた香港からの旅行者数は3万6200人で前年同月比7.4%増えています(http://www.jnto.go.jp/jpn/news/data_info_listing/pdf/121221_monthly.pdf)。

王会長は香港市場の特性を物語るこんなエピソードも話していました。香港のJNTOが今年ついに通訳案内士試験の募集を取りやめたというのです。試験の難易度が高くて合格者がここ数年現れないためだそうですが、そもそも欧米人観光客向けに設計された通訳案内士制度は今日のアジアインバウンド市場に合わないといえますし、団体ツアー客に欠かせない通訳案内士の存在が、今日の香港市場にとっていかにミスマッチであるかわかります。

回復の遅れが長引きそうな中国訪日市場

次は、中国市場。株式会社ジェイテック取締役の石井一夫氏が公務・商務・FIT市場について報告をしました。ポイントは「いつ中国客は戻ってくるか」です。石井氏は言います。

「2010年の尖閣諸島沖漁船衝突事件のときは、中国客への影響は3ヵ月ほどでしたが、今回は回復の遅れがかなり長引きそうです。中国政府は中国公民の訪日旅行を中止させるような通達は出していませんが、現地の旅行業者には訪日ツアーを積極的に募集する雰囲気はまだないようです。それでも渡航者はまったくゼロというわけではなく、商務客やFIT客は来るようになっています。ただ公務はさすがに無理。この状況では、旧正月に戻るのは難しい。桜シーズンか夏に戻ればいいのですが……」

興味深いのは、本土客の中からFITが戻りはじめているという指摘です。小売業界にとって本土客のFITこそ、最もターゲットにしたい存在でしょう。ところが、FITの誘客は簡単ではない。ランドオペレーターがバスに乗せてピンポイントで運んできてくれるわけではないからです。残念ながら、現状では一部の商業施設か量販店にしか本土客が姿を見せないのはそのせいです。

一方、ランドオペレーターにとってもFITというのはとりつくしまのない存在です。その点について石井氏は「FIT市場がいくら拡大しても、航空券とホテルをとってしまえばそれ以外の手配は不要という層なので、ランドオペレーターにとって実入りはなく扱いづらい存在」ときっぱり。これは送り出し側の中国の旅行会社にとっても同じことで、個人ビザや航空券手配の代行手数料しか売上の見込めないFITはおいしくないのです。ゆえに日中双方の旅行業者ともにあまり積極的になれない。これが中国のFIT市場の拡大にとって足かせになっているというのが現場の声です。「彼らをどんな市場に育てていくべきかが今後の中国市場の大きな課題となるでしょう」と石井氏は言います。

中国の団体旅行市場について報告してくれたのは、アメガジャパン株式会社の清水和彦氏でした。清水氏は言います。

「9月11日の『国有化』発表以降、地崩れ的にツアーのキャンセルが発生しました。国慶節はほぼゼロとなり、10月中もことごとくキャンセル。11月に入って広東省の大手旅行会社が数社共同で訪日ツアーの新聞広告を開始したことで、週に何本かツアーが来るようになりました。10月初旬の春秋航空『0円』キャンペーン航空券に対する中国国内での批判のようなことが起きなければと心配しましたが、それはありませんでした。もともと11~12月の中国市場はオフシーズン。初めの一歩という感じの動きが出てきたところですが、今後について中国側は日本の選挙の成り行き次第だと考えていると思います」

確かに、ぼくが定点観測している新宿5丁目のインバウンドバス調査でも、11月に入るとたまにバスの姿を見かけるようになっていて、尋ねるとたいてい「広東省」からの団体客でした。北京から遠い所から先に動きがはじまるというのは、まさに中国市場の特性です。

清水氏によると、「国有化」後に起きたキャンセルに対して、今回中国系航空会社はツアー客にデポジットを請求しなかったそうです。いかにも中国企業らしいお上の意向に沿ったやり口で、日系航空会社との対応の違いをこの機に乗じて見せつけようとしたのでしょう。当時の中国では「いま中国人が日本を旅行して本当に安全をギャランティできるのか」という話題が大真面目に交わされていたことからもわかるように、中国メディアによる日本の実態を無視したあてつけ的な偏向報道がいかに蔓延していたかを物語っています。その結果は2012年11月の訪日外客数(JNTO)において、すべての国が前年度比でプラスというのに、中国だけが前年度比マイナス43.6%と激減という統計に表れています。まさに中国政府にとって観光は政治の道具です。

明暗が分かれた2012年のアジアインバウンド

ことほどさように、明暗が分かれた2012年のアジアインバウンド市場ですが、常に安定しているのが台湾市場といえるでしょう。新世界通商株式会社の原田世昆氏は言います。

「台湾では2005年9月に日本へのノービザ渡航が解禁となり、チャーター便による全国各地への多彩なツアーが定着しています。香港と違うのは、台湾では団体客も多いこと。日本で体験したいのは、自然、温泉、美食。リピーターも多いのが特徴です。来年の旧正月の日本行き定期便もほぼ満席となっています」

いつも思うことですが、台湾ほど我々にとってありがたい市場はないといえるでしょう。日本人がよかれと思って提供すること(=バリュー)をこれほどまっすぐ受けとめ、しかも喜んでくれる人たちは他にいないからです。

もっとも、こんな指摘もあります。JVS株式会社の林志行氏はこう言います。
「実は台湾でも尖閣問題の影響がまったくないわけではありません。また台湾の景気は決してよくはない。その影響が、最近の訪日ツアーの保守化、マンネリ化というかたちで表れています。たとえば、大陸客の増加によって日本のホテル価格は下げられましたが、台湾でも彼らと同じような安いホテルを使うツアーが増えています」

もともと中国客に比べはるかに成熟し、多様化していた台湾の訪日旅行市場が、中国業者のもたらした日本のランドオペレーター手配費の低価格化の影響を受け、質の低下が起きているというのです。これはとても残念なことです。ここ数年間、我々は中国客に目をかけてばかりで、台湾客のことを忘れていたのではないでしょうか。これからはもっと彼らのことを大切にするべきだと思います。

さて、2012年の訪日外客の前年度比の伸び率が最大だったのが、タイ市場です(1月~11月の統計で86.4%増)。一方、同じ東南アジア市場でも停滞気味なのがシンガポール市場(11年度比では伸びているが、震災前の10年度比では約マイナス20%減)だと語るのが、株式会社トライアングルの河村弘之代表取締役社長です。

河村氏は言います。
「東日本大震災以降、回復に向けて官民挙げたプロモーションにいち早く取り組んだのはタイ市場でした。4月下旬にはタイからエージェントを呼び、6月には観光ビザの緩和(3年間の数次ビザ発給)を行なっています。LCCの就航も追い風になっています。

一方、シンガポールでは、いまだに原発不安があることや円高の影響が大きい。シンガポールのチャンギ空港はアジアのハブなので、相対的にヨーロッパ方面へのフライトが割安になり、そちらに流れたことが考えられます」

河村氏によると、昨年シンガポールがSMAPのソフトバンクCMのロケ地になって日本からの観光客が増えたことで、訪日客のエアチケットが取りにくくなり、限られた航空便の客席数に占める訪日インバウンドのシェアが低下した影響もあるそうです(確かに2011年のシンガポールへの日本人訪問者数は前年度比24.1%増)。旅行マーケットというのは実にいろんなことが影響するものですね。

最後に、今年のトラベルマート会場でもよく関係者を見かけた東南アジアのイスラム圏マーケット(インドネシア、マレーシア、ブルネイ)について、AISCのMicky Gan社長のコメントを紹介します。

「震災や尖閣の問題で明らかになったように、インバウンドにはバランスが大事です。ムスリム市場が注目されてきたのはそのためでしょう。しかし、日本にはまだムスリム客の受け入れ態勢ができていません」

Micky Gan氏によると、今回のトラベルマートの商談会の前に行われた各国エージェントとプレスへのファムツアー(視察旅行)で、初めてムスリム関係者へのアテンドが行われたそうですが、日本側の提供した内容に「問題が多発」したそうです。その大半は日本側のイスラム文化に対する理解の欠如があったようです。

「たとえば、都内の外資系ラグジュアリーホテルではムスリム客が泊まる客室には聖書ではなくコーランを置くような配慮はありますが、別のホテルのレストランではシーザーサラダにベーコンを入れてしまい、問題になったことがあります。ハラルフードはもっと研究の必要がある。どこまで相手の文化を理解できるか。思いやりを示せるか。日本だからこそできるムスリム客に対するおもてなしはきっとあるはずです」

こういう話を聞くたび、インバウンドというのは本当に奥が深いなと思います。

AISO会長が語る「波乱万丈!インバウンド」

セミナーのあと、王会長に話を聞いたところ、こんな生々しい話もありました。王会長は9月中旬、反日デモが起きていたころ、上海にいて、現地の旅行関係者と会ったそうです。

「何が驚いたかといって、去年までは震災復興がんばれ、と言っていた人たちが、今回はまるで変わっていたことです。中国では尖閣問題について、日本の報道とはまったく真逆の報道が行なわれていたのです」

王会長によると、10月下旬上海から熊本に寄港したクルーズ船についても、日本側の報道では「尖閣問題後初の大型団体客」として「今後を期待」と楽観的だったのに対し、中国側では非難轟轟だったといいます。こうした話も上海生まれの香港育ちという王会長だからこそ、現地の関係者からストレートに伝えられたのだと思います。彼らも相手が日本人では遠慮してはっきり言わないことも多いでしょうが、同じ華人相手だと本音が出てくるものです。たとえ日本にとって都合が悪い内容でも、それを退けず、現地の空気を読むことは大切です。

それにしても、中国団体観光客の受け入れがはじまって10数年、数年おきにアップダウンが繰り返されるジェットコースターのような訪日中国市場。「いったいこれからどうなるのでしょう?」と尋ねたところ、王会長はこう言い放ちました。

「まったく何が起こるかわからない。波乱万丈! インバウンド」

……本当にそうですよね。いま短期的にどうこう言ってもはじまらないということですね。1980年代から長くアジアインバウンド市場に取り組んできた王会長のことばだけに重いと思わざるを得ませんでした。

「中国集中プロモーション」の挫折

2012年、ニッポンのインバウンドの世界で起きたのは、政治が民間交流の最大の障害になるという事態でした。その結果、「中国集中プロモーション」の挫折が決定的になりました。

これまで国土交通省はインバウンド振興を社会に啓蒙するため、訪日外客、とりわけ市場規模が圧倒的に大きい中国客による地域への経済波及効果を強調してきました。この10年間の「観光白書」をみると、毎年のように観光の経済効果について多くのページを割いています。ある年の「国際観光白書」には、中国の公務旅行の関係者が“まとめ買い”する様を喧伝するかのようなコラムすら書かれていました。1990年代、法務省との間で訪日中国団体ビザの解禁をめぐって議論があったことから、国土交通省は経済効果を錦の御旗にする必要もあったのでしょう。

ところが、面白いことに平成24年度版の「観光白書」には観光による経済効果に関する記述はほぼなくなっています。いったいどうしたのでしょうか。

もちろん、国民各層に「観光立国」の意義がある程度啓蒙されたことで、記述の必要がなくなったといえなくはありません。しかし、インバウンドの経済効果を強調すぎたことの弊害がむしろ問題になってきたからだとぼくは勝手に思っています。

要するに、訪日中国客による経済効果の“幻想”に多くの人たちがあおられすぎてしまった。「中国集中プロモーション」の合言葉に乗って、多くの自治体や事業者が勇んでインバウンドの世界に繰り出したのは、中国客の財布に群がろうとした結果でしょう。ここ数年、全国各地で流行した地方自治体の首長を先頭にした中国各地への「トップセールス」もそうです。果たしてどれほどの効果があったのか。

しかし、“メイド・イン・チャイナ”化した中国人の訪日ツアーの内実がだんだんわかってくるにしたがって“幻想”に気がつく人たちも出てきます。たとえば、朝日新聞2012年11月21日のように、尖閣問題の影響で百貨店の免税品売上高が4割減と予想したら、実際は4%減と中国客減少の影響は小さかったという報道もあります。「予想ほど減らなかったのは、個人客の減少幅が少なく、他の国からの客が増えたため」です。中国団体ツアー客が高額消費する時代はもう終わっているのです。

さらにいえば、尖閣問題以降、日本の中国客誘致を盛り上げようとする姿勢はかえって中国政府の情報戦に利用されてしまう始末です。「観光白書」が強調した中国客の個人消費額の高さを逆手にとって、「国有化」で中国客が減ったことがまるで日本経済に打撃を与えているかのように中国メディアの宣伝に使われるのです。常識的に考えれば、訪日外客の個人消費が個々の小売業者にはともかく、日本経済に影響を与えるほどの規模ではないことはわかりそうなものですが、事情に通じていない日本の一部のメディア関係者の中には、中国側の宣伝を受け売りしている人も見られます。なんという後味の悪さでしょう。

でも、いまとなってはこうしたこともかえって良かったのではないか、と思います。観光による経済効果だけを強調するインバウンド振興では、本来の国際観光の目的を見失っていると思うからです。これに目覚めてニッポンのインバウンドの転換期を迎えればいい。

では、これからニッポンはどんなインバウンド振興を目指すのか。これまでいちばん問題だったのは、受入国としての法制度の整備やルールづくりを先送りしてきたことでしょう。要は、外客受け入れのための制度設計を怠ってきたのです。整備することで、渡航者数を減らしかねないという懸念があったからでしょう。中身より数を優先したかったのです。これは2000年代の「観光立国」黎明期においては無理もなかったといえますが、いまや「脱中国」の時代、渡航者数至上主義はもういいのではないか。優先順位を変えるべきです。

なぜなら、アジアインバウンドの現状からみて、渡航者数が増えても日本の業者にとってはデフレをもたらすだけで、実際の旅行客の受け皿はアジア系業者になるだけという構造になっているからです。これは別に誰が悪いというわけではなく、サービス産業において新興国市場と取り引きするとそうなりがちなのです。日本の内需に貢献するための法整備やルールづくりに着手すべき段階に入っているのだと思います。

というのも、観光立国の先達であるヨーロッパから学べることは、インバウンド振興の本来の目的は地域の雇用創出、とりわけ若い世代の雇用を生むためのものだからです。「トップセールス」もたまにはいいのですが、それがいかに雇用を生むかという観点からインバウンドを考え直すことが本当は必要なはずです。

東南アジアの華人経由で本土にPR

ところで、最後にひとこと。挫折したからといって、中国本土客への取り組みをあきらめる必要はありません。現状の中国のビジネス環境では、ツアー商品の多様化や高品質化は難しそうですが、今後は、香港、台湾、東南アジアの華人向けのプロモーションをあらためて強化し、B to Cで華人マーケットの高品質化を進めることで、結果的に本土客にその存在を気づかせるというPRの考え方でいいのではないでしょうか。

なにしろ東南アジアは民間主導の経済です。本土客は政治に目をくもらせ、日本のバリューをまっすぐ見ようとしないところがありますが、彼らよりはるかに成熟していて政治から自由な東南アジアの華人であれば、日本の提供する品質の意味するところに気づいてくれるはずです。興味深いことに、彼らはある意味こてこての華人の顔とイングリッシュスピーカーの顔の二面性を併せ持っています。これまで本土ばかりを持ち上げ、軽視してきたきらいのある華人マーケットに対していかにアピールできるか。これからは英語による発信力も重要になると思います。

2013年は日本と中国との政治的関係においてさらなる緊張も予測されます。

ですから、逆に本土向けには、B to Cにはなるべくコストをかけずに、B to B、つまり旅行会社に対する情報提供を目立たぬよう、政治利用されぬように強化すればいいと思います。いますぐは無理でも、彼らが訪日ツアーを再開できるようになったとき、すぐにでも活用してもらえるよう、新しい情報をじっくり仕込んでおくのです。これを機に、これまでの「安かろう悪かろう」ツアーからの脱皮を図ってもらうための準備期間と考えてはどうでしょう。

結局のところ、中国国内でいくらインターネットが普及しても、どんなに日本のアニメが人気でも、それを享受する層の大半は日本旅行に行けないという厳しい中国社会の現実があるからです。B to Cの情報発信は中国インバウンドにとって現状では直接的には有効とはいえず、この状況はしばらく変わらないと思います(もちろん、ウェイボーなどの情報発信に意味がないと言っているわけではありません。集客には直接つながらないという意味です)。また日中関係が好転することは難しい状況が予測される中で、できることは限られているわけですから、誰をサポートすべきか、優先順位で考えるしかないでしょう。いまできることは、中国で日本行きのお客さまを集めてくれる唯一の存在、中国の旅行会社の親愛なる日本部の人たちを支援することだと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-01-22 16:24 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 12月 03日

16回【トラベルマート 2012報告 前編】 観光庁も「脱中国」。東南アジアシフトに転換か?

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訪日旅行市場の拡大に向けた日本最大の商談会「VISIT JAPAN トラベルマート2012」が11月20日、21日の両日、パシフィコ横浜で開かれました。

トラベルマートは、国土交通省(観光庁)が主催するB to Bのインバウンド商談会です。海外から日本ツアーを造成するバイヤー(旅行会社)やメディア関係者が来日、国内からは彼らに旅行素材を提供するセラー(ランドオペレーターやホテル、交通、観光地のアトラクション施設、全国の自治体など多彩)が集結。一堂に会して訪日旅行市場を盛り上げていこうという、年に一度のイベントです。国内外のインバウンド関係者の話を一度にまとめて聞ける、絶好の情報収集のチャンスです。

日中政府間のねじれた相互不信によって中国インバウンドの行方に依然暗雲が漂うなか、日本のインバウンドにいま何が起きているのか。今回は、会場での見聞や感じたこと、関係者からのヒアリングを通じた知見などを報告しながら、2013年のインバウンドの展望を占ってみたいと思います。

会場で目につくヒジャーブ(スカーフ)姿

トラベルマートの初日は、特設スペースで行なわれる恒例の開会式から始まります。最初に登壇するのは、今年4月に就任した井手憲文観光庁長官。日本のツーリズム産業は震災からいち早く回復したことを報告、インバウンド市場の拡大をアピールすべく、列席した海外の記者たちに呼びかけました。

開会式が終わると、商談会のスタートです。事前にアポイントした海外バイヤーと国内セラーの商談が始まります。

今年の会場は例年に比べ、こぢんまりした印象です。ホテル関係者ら訪日旅行に絶対欠かせない特定のセラーが商談に追われていたことを除けば、熱気や盛り上がりの点でもうひとつという気がしました。前回までは会場内を国内セラーの展示ブースと海外バイヤー専用席に仕切り、相互訪問しながら商談する仕組みになっていたのですが、今回からバイヤー席をなくしてしまったからです。昨年に比べ全体の出展数は減少しているわけではないのに、以前よく見かけたコスプレや着物姿のPRといった派手な演出も少なかったようです。

こうしたなか印象に残ったのは、イスラム女性が頭を覆うヒジャーブ(スカーフ)姿の関係者が目についたことです。事務局の報告した海外バイヤーの国別数をみると、その理由がわかります(トラベルマート公式サイトより。カッコ内は昨年の数)。

中国35(41)、韓国23(26)、香港12(9)、台湾12(14)、タイ24(23)、シンガポール19(16)、豪州15(14)、英国10(10)、フランス5(5)、ドイツ5(3)、米国17(8)、カナダ18(17)、マレーシア19(7)、インド12(1)、インドネシア18(1)、ベトナム18(0)、ロシア3(21)、オンライン系5(21)

上記のとおり、マレーシアやインドネシアなど東南アジアのイスラム圏のバイヤーが急増していました。激増したインドや今回初登場のベトナムも注目です。ここに見られるのは、招聘する側が明らかに東南アジアシフトを意図した結果といえそうです。

東南アジアシフトに転換した背景

開会式の後には、外国人記者会見があります。主催者である国土交通省(観光庁)が海外メディアに訪日旅行促進のための日本政府の考え方やプロモーション活動について広報する場です(昨年の外国人記者会見の様子)。

今回の記者会見で観光庁が強調したいポイントはふたつあったと思います。ひとつは、東日本大震災後、日本のインバウンド市場は予想以上に早い回復が見られたこと。これは確かにアピールすべきポイントでしょう。東日本大震災の前月に地震の被害を受けたニュージーランドでは未だに復興が遅れ、同国のインバウンド市場が低迷しているのに比べ、日本では官民の協働が早期回復に貢献した面は大きかったと思います。

もうひとつは、訪日プロモーションの最重点エリアが中国から東南アジアにシフトしたことです。

統計をみると、理由は明快です。国土交通省の担当者が用意した資料「Recent Situation Regarding Inbound Promotion」によると、2012年1月~10月までの国別訪日旅行者数のうち、震災の影響を受ていない2010年度比で最も伸びているのは、ベトナム(33.3%増)、次いでインドネシア(26.0%増)、タイ(19.5%増)、マレーシア(13.7%増)と、すべてが東南アジア諸国です。

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こうしたデータの裏づけをもとに、観光庁が今後の目標設定として掲げるのは、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシアを中心にした東南アジアからの訪日旅行者数を現在の約50万人から3年後(2016年)までに200万人へと拡大させることです。そのための施策として、すでに今年7月からタイのマルチビザ発給、9月からマレーシアとインドネシアにも短期のマルチビザ発給を開始しています。2013年は日本アセアン友好協力40周年にあたるため、周年事業をインバウンド振興に活用することで東南アジア諸国に向けた重点プロモーションを展開することになりそうです。

こんなにあっさり転換して大丈夫?

ところで、今回インバウンド関係者をホッとさせた話のひとつに、今年9月日本の「旅博」をドタキャンし、11月の上海旅行博(CITM)では日本関係者の出展を断ってきたことで、日本に対する強硬な姿勢を見せてきた中国の旅行会社が予定どおりに来日していたことがあります。来日した35社(昨年は41社)をざっと見る限り、上海や広東などの沿海部が中心で、内陸部や東北地方は少ないようでした。国内で相変わらず続く「反日」的な雰囲気の中、商談のために来日した旅行業者がいたことで、中国という国を相手にする場合、政府と民間を分けて考える必要があることをあらためて確認したいと思います。

もっとも、ある大手旅行会社の関係者によると「来日した中国のビジネスパートナーと会ったが、お互いため息ばかり」だったとのこと。北京出張から戻ってきたばかりの彼は現地の旅行関係者の様子についても「今回は2010年のように当局が自国の旅行会社にツアー催行中止の通達を出しているわけではないけれど、民族感情を煽ることで未だに日本ツアーを集客しにくい社会のムードがある」と話してくれました。

国土交通省(観光庁)がこれほどあっさり「脱中国」に転換した背景には、今日の険悪な日中関係があるのはいうまでもないでしょう。

そもそも尖閣諸島沖で中国国家海洋局の監視船と直接向き合っている海上保安庁の巡視船は国土交通省の管轄です。たとえこの先、訪日客が再び動き出したとしても、ひとたび彼らが海上で何か起こせば、事態はすぐに逆戻りです。まったくくだらない話だとぼくは思いますが、中国政府は我々と同じようには考えてはいないので始末が悪いといえます。

日本人には思いがけないことですが、特定の個人や組織、団体に因縁をつけて攻撃対象とするのは、政治闘争の国である中国ではよく見られることです。彼らは標的とみなした相手にプレッシャーをかけることで自己の主張を通そうとします。本来民間交流にすぎない観光に政治の影響がこれほど出てくるのも、観光行政を担当する国土交通省が中国政府の標的のひとつにみなされているからだと思います。中国メディアによって悪者扱いにされている2010年秋当時の担当大臣に対するあてつけすら感じます。

表向き旅行会社に口を出していないといいながら、あの手この手で日本ツアーの集客を難しくさせるよう宣伝工作を行なう中国政府の子供じみたやり方も、彼らの考え方では自らが利を得るためのごく自然な行動原理にすぎず、我々がいくら道義を欠いていると非難したところで通じそうにもありません。

今回のトラベルマートが、例年に比べてどこか熱気を欠いた理由に、我々日本人の常識では思いもよらなかった中国政府のふるまいに対する拒絶感からくる「脱中国」の共時的な国民レベルでの承認と、その結果生まれた虚脱感があったと思わざるを得ません。日本の「観光立国」ブームを支えたのは、この10年の中国の経済発展に対する官民の過剰なまでの期待であったことは間違いなく、その取り込みを図るというのが産業界の合言葉だったため、その反動も大きかったといえます。

今回の尖閣問題をめぐる中国政府の思慮を欠いた対応によって、日本側の盲目的な中国市場に対する期待が裏切られたことで、時代は転機を迎えてしまいました。

ですから、観光庁が「脱中国」=東南アジアシフトに至った経緯というのも無理はないと思います。

その一方で、こんなにあっさり転換しても大丈夫なのだろうか、と思わないではありません。中国政府と民間の中国人の思いは同じではないからです。彼らは日本ともっとビジネスしたい。我々日中の民間人の利害は依然一致しているのです。

こうなった以上、我々は中国市場に対するアプローチを再考する必要があります。この連載で何度も指摘してきたような訪日中国人ツアーの数々の問題を改善していくうえで、これをいい転機にできないか。そのためには何をすればいいか、考えていきましょう。

所詮日本はインバウンドの新参者。やるべきことはある

ここから先は、今回のトラベルマートの会場で感じたことを思いつくまま書き出します。単なる批判ではなく、ぜひ前向きに検討していただきたいと思います。

まず開会式について。昨年まで観光長官だった溝畑宏氏のいささかオーバアクション気味のスピーチに比べ(昨年の開会式の様子)、今回の新長官の挨拶はかなり地味な印象でした。どちらのキャラがいい悪いの話ではありませんが、せっかくの開会式なのですから、スピーチの内容はともかく、列席している外国人たちの気分を盛り上げるような華のある演出がもっとあってもいいのではないか。なぜなら、ツーリズム産業は万国共通、エンターテインメントビジネスだからです。海外のバイヤーやメディア関係者の多くは、B to Bの商談会といえども、ワクワクするような旅行資源を発掘してやろうと意気込む、基本ノリのいいキャラの持ち主たちです。彼らの期待に応えるべく、コストをかけなくてもやれることはあるように思います。要はセンスの問題です。

こんなことを思うのも、海外のトラベルマートをぼくは何度か視察してきたからです。特にヨーロッパ各都市で開催されるトラベルマートのお祭り騒ぎのようなにぎわいを知っているだけに、日本のトラベルマートは物足りないと思わざるを得ないのです。「観光立国」としての歴史と蓄積がヨーロッパとは違うのですから、新参者の日本とかの地を比較するもの言いに無理があることは承知ですが、そもそも会場となった横浜市民は、わが街でトラベルマートが開催されていたことをどれだけ知っていたのでしょうか(この意味を主催者が理解しているかどうかは大事だと思います)。ヨーロッパでは、トラベルマートは開催地を挙げたイベントであり、市民を巻き込んで海外から来た旅行関係者を歓待する光景が見られることを思うと、残念に思ってしまうのです。こちらは認識レベルの問題です。

もうひとつ気になったのは、海外バイヤー席がなくなったこと。商談というのは事前にアポ入れして行なうものですから、とくに支障はないのでしょうが、第三者には特定のバイヤーがどこにいるのかわからない。日本のセラーにとって受身の商談しかできないのでは、もったいない気がします。バイヤー席があれば、アポの入っていない時間帯を見計らって積極的にアプローチすることができるからです。

その点についてある海外バイヤーの知り合いに聞いたところ、必ずしもセラーに多く会えば会うほど商談が成立するというものでもないらしく、お互いに求めるものをある程度事前にすり合わせておかなければ効果がないとのこと。来日する前に、日本のセラーとどれだけ情報を共有できているかが鍵だと彼らはいいます。

だとしたら、出展者同士が情報交換できるようなマッチングの場を事前にネット上に提供するサービスがあってもいいのではないでしょうか。つまり、リアルな商談会を前提としたB to Bのためのプラットフォームを用意することが求められているのでないか。

以前からウェイボーのようなB to C向けの情報発信の重要性について指摘してきましたが、トラベルマートのような業界関係者との商談会の場にいると、やはり大事なのはB to Bの情報交流をもっと活性化することがインバウンド促進にとって重要だと実感します。相手国の市場の成熟度にもよりますが、消費者向けの情報に力を入れるより、海外の業界関係者に情報の優位性を与えてこそ、ビジネスは動き出すものだからです。この点については、今後もっと具体的な提案を今後してみたいと思います。

次回は、トラベルマートに出展していたアジアからの訪日旅行市場に特化した業界団体として知られるアジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で聞いた生々しい報告を中心に2013年のインバウンドの展望について紹介したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-03 13:31 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 10月 25日

15回 「日中冷戦時代」のインバウンド、さあどうする?

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10月に入り、メディアは尖閣諸島をめぐる中国政府の扇動の影響で訪日中国人数が急激に落ち込んだことを伝えています。野蛮なデモ映像を見せられた日本人の中国渡航を敬遠する動きも大きいようです。新宿の中国インバウンドバス駐車スポットも、9月中旬以降、バスの姿はほとんど見られなくなりました。

中国の旅行関係者の何人かにヒアリングしたところ、「9月中旬以降、訪日旅行はキャセルに次ぐキャンセル。中国の旅行業界内に日本ボイコットを煽る連中がいて、良識のある業者も口をつぐまないではいられない雰囲気がある」「この先少なくとも半年は訪日の動きはないだろう。震災のときよりも影響は大きいのではないか」「日本からの旅行客も減り、インとアウトでバランスをとっていたビジネスが崩壊し、困惑している」と答えています。

その結果、中国側の訪日旅行担当者の多くは仕事を失っています。大手の社員であれば、他のエリアの担当に異動するなどして一時をしのげますが、中小の旅行会社の中には倒産の動きも見られるようです。日中のインバウンド関連業界で最も打撃を受けたのは、(後述する一部の日本企業を除くと)中国の旅行業者だったのです。

今回は、日中双方の業界で起きている事態を冷静に分析しながら、「日中冷戦時代」ともいうべき転機を迎えた中国インバウンドの行方について考えたいと思います。ひとことでいえば、数を追わない訪日中国旅行市場の発想の転換です。それは決して悪い話ではありません。このコラムの中で繰り返し書いてきたように、中国の階層分断化された消費市場の実情に見合った、本来あるべき姿に戻ることが日中双方のためにもなると考えるからです。

悪ノリする中国をどう考えるか

中国の旅行関係者と話をしながら感じるのは、お上の顔色をうかがいながらでなければ、まっとうな商いもできない中国社会の実像です。それがたちの悪い病的なかたちで表に出てきた症例として、尖閣問題にかこつけて悪ノリする中国側の動きが最近、続出していることを、皆さんもご存知かもしれません。

やまとごころの最新レポート「第15弾 どうなる? 今後の中国インバウンド~中国メディアから見る尖閣諸島問題を巡る訪日旅行~」によると、中国の大手旅行会社のCtrip(携程旅游)がこともあろうか、2020 年10 月1 日に出発する「釣魚島(=尖閣諸島)プレミアム4 日間ツアー」の予約を開始しています。

Ctripといえば、ここでは名前は出しませんが、一部の自治体や旅行会社がチャーター便の誘致などで数年前から協力関係を結んできた中国のネット旅行の最大手です。はたしてこうした信義を欠いた旅行会社と今後も提携していくべきなのか、考え直す必要がありそうです。

春秋航空の「1円(中国側は0円)」キャンペーン航空券が中国のネット右翼の嫌がらせで販売中止に追い込まれたことも知られています。ここではキャンペーンに協力した佐賀県と香川県がやり玉に上がっていました。LCC誘致は地方におけるインバウンド振興の手法として注目されていただけに、その取り組みを邪魔立てする中国側の悪意には怒りを覚えます。

実は、国内第4の春秋航空の定期チャーター便の就航地として鳥取県でも9月末から運航が予定されていたのですが、あえなくドタキャンとなりました。佐賀県(九州)、香川県(四国)、鳥取県(中国)と西日本に3つの拠点ができることで、これまで実現できなかった多様なツアールートが開拓できることから、春秋航空側はもちろん地元も今後の展望を期待していただけに、やりきれません。

中国の大半の旅行会社がゴールデンルート偏重の凡庸なツアーしか造成できないなか、春秋航空は母体が旅行会社だけに、ビジネスマインドにあふれる民営企業です。国営企業に比べ資金力の少ない同社が、これまでいかに苦労して地道に路線を展開してきたか。中国のレジャー産業の歴史を知るひとりとしては、今回の件をとても悔しく思います。しかし残念ながら、いまの中国の国情では、こうした日中双方が手を組む意欲的な取り組みを見つけ次第、つぶしにかかる輩が現れることでしょう。

11月下旬に日本で開催されるインバウンド商談会「トラベルマート2012」についても、例の「訪日旅行5万人キャンセル」で名を上げた中国康輝旅游集団が参加ボイコットを業界に呼びかけているため、中国関係者の来日は難しそうだという話も聞いています。

こうしたことから現在いえることは、中国の訪日旅行市場に対する積極的な売り込みはしばらくの間、逆効果にすらなりかねない状況だということを理解すべきでしょう。春秋航空の社長は経営者としてすばらしい方なのですが、結局、彼を追い詰めることになってしまいました。これでもし春秋航空が減便、また就航の継続を断念する事態になったらと思うと心配になります。もうこれ以上、お味方を無駄死にさせるわけにはいきません。いまは焦るべきときではない、と心すべきでしょう。

日本では誰が打撃を受けたのか

一方、日本側で打撃を受けたのは誰か。それは航空業界です。もちろん、一部の中国客の取り込みに熱心な宿泊業者や小売業界にとっても、今年の国慶節は捕らぬタヌキの皮算用で終わったことは事実でしょうが、打撃の大きさは航空業界には及びません。

東日本大震災から1年たち、日本の海外旅行市場は想像以上のスピードで回復し、今年の日本人の海外渡航者数は過去最高となることが予想されていました。中韓との相次ぐ政治的対立でそれもあやしくなってきましたが、今年8月の日本の大手航空会社2社の国際線に占める中国線の予約需要をみると、JALで全体の約22%、ANAで約32%です。

実のところ、訪日中国客は中国系航空会社の利用が多いため、ここでも打撃を受けているのは大量の減便を余儀なくされた中国企業だったといえなくもありません。しかし、中国客の占める宿泊業者のシェアや小売業者の売上比率に比べても、日本のインバウンド関連業界で航空業界ほど中国市場が高いシェアを占める業界はないのです。

では、日本の旅行会社に打撃はあったのかといえば、そうでもないようです。乗客の7割を占める中国客に大量キャンセルが出たため、長崎・上海航路の運航を休止したHIS系のHTBクルーズなど、一部の中国市場に積極的に取り組んでいた企業を除くと、もともと大手ほど、激安ツアーが大半を占める中国の訪日ツアーの取り扱いに消極的だったからです。日本旅行業協会(JATA)の統計によると、2011年度の日本の旅行業界の総取扱額に占める外国人旅行(インバウンド市場)の比率は0.7%にすぎず、国内旅行や海外旅行などを合わせた約6兆円に対して500億円足らずであるのが実態なのです。もっとも、日本人の中国・韓国渡航が減少していることの痛手は大きいわけですが。

中国の訪日ツアーをランドオペレーターとして手配していたのは、大半のケースが在日中国人などの小規模旅行会社や貿易会社の副業ベースだったため、打撃を受けたのは、日本国内でも実は中国系の人たちだったというオチがつくのです。いま彼らは東日本大震災のときのように、ガイドや運転手の仕事を失い、中国に帰国している人も多いと思われます。

国交省が掲げた「中国集中キャンペーン」の脂汗

こうした未成熟な中国インバウンドの実態をみていると、日本の行政主導のインバウンド振興がやみくもな数字ばかりを掲げる渡航者数至上主義に陥ってしまった理由もわかります。渡航者数を増やすことは航空業界の利益を守ることにつながり、それに偏重するのは航空行政を監督する国土交通省の意向に沿っているからでしょう。

日本が島国である以上、インバウンドが航空行政に直結するのは当然です。北東アジアのハブを仁川にとられ、むやみに地方空港を乱立して赤字化させるなど、やることなすこと失策続きだった国土交通省の航空行政が、現状の打開を図る手だてとして中国との路線網を拡大することに賭けようとするのもまた無理もない話だったでしょう。

2009年5月のトラベルマートの外国人記者会見の場で、世界中から来た旅行メディアの記者たちを前に、国土交通省の担当者が「ビジット・ジャパン・キャンペーンの取組みについて」と題して次のようなことを話したことを、いまでも思い出します。

訪日外国人旅行者数の推移や国・地域別旅行者数の割合といった統計を示し、旅行者数の多い12の重点市場を挙げ、受け入れ体制などの取組みを説明するところまではよかったのですが、その担当者は「個人観光ビザ創設を契機とした中国集中プロモーション」について何食わぬ顔で語り出しました。

確かにそれは日本の観光戦略の重要な柱だったのでしょうが、なにも世界中の記者がいる場で話すべきことだったのか。当然のように、プレゼンのあと、インド人記者から「インドに対するプロモーションはどうなっているのか」といった質問がありました。そりゃそうですよね。エコヒイキされるのが大好きな中国人の心性を承知で、わざわざみんなの前で特別扱いを見せようとしたのか……。そんな意図があるのならともかく、ぼくも違和感を覚えました。せめて中国人記者だけをあとで集めて別席でやってもよかったのではと。

なぜこの話をしたかというと、日本の行政官のインバウンド振興に取り組む姿勢の脇の甘さや要領の悪さを指摘したいというのも確かにありますが、それ以上に自分自身も含めて、いかにひとりよがりな発想に当時の日本人が囚われていたのかと思えてきて、脂汗をかくような気分になるのです。それから3年後、中国政府は日本の「中国集中キャンペーン」を堂々と逆手にとって標的としたのですから。

メディアの報道からも、さすがに観光庁も「中国集中キャンペーン」を捨て、インドネシアやタイを含めた東南アジアの多面的なプロモーションに転換したことがわかりますが、これを機に今後は中国の訪日旅行市場に数を期待する発想は捨てるべきだと思います。国土交通省や航空業界には申し訳ないけれど、目指すは「数から質へ」です。でもそんなことが可能なのでしょうか。

中国経済の減速は旅行市場の成熟をもたらすか

数の発想を捨てるべき理由は3つあります。

①「日中冷戦時代」はまだ長引くため
②いま目立つと標的になるため
③中国経済の減速が海外旅行市場に与える影響のため

まず①については、中国側関係者へのヒアリングの感触からもそれが伝わってきます。尖閣諸島沖に出没する中国の監視船が今後、海域から姿を消すことはまずありえないでしょうから、いつ何時、中国政府が国民を扇動するか。それは彼ら次第です。

②については、前述したように、悪ノリする輩が日中双方の努力を作為的にぶち壊そうとする情勢が続いているためです。日本にとってインバウンド促進は国際親善と異文化交流、それに経済効果を結びつけることが目的であるのに対し、中国では民間はそうでも、政府にとっては政治の道具として使われます。ある国に大量の観光客を送り込み、消費させることも、外交的な駆け引きとセットであることを彼らは隠そうともしません。

こんな話をしなければならないのは残念ですが、中国相手で何かやる場合、誰が味方で誰が敵かを見極めておかねばなりません。日本人は普段そんなことを考えていませんが、中国では普通のことです。たとえば、日本人は「中国富裕層」ということばをプロモーションやPRの場面で無意識によく使いますが、「富裕層」を持ち上げる姿が民衆の反感を買っているという面があります。つまり、「富裕層」をターゲットにするということ自体が、中国の民衆に敵とみなされることがありうるのです。階層分断化した社会がもつ妬みの視線の存在を忘れて物事を進めるのは危険です。

③こそが実はいちばんの懸念要素です。おそらく来年になると、中国に関する話題のメインテーマとなりそうなのが、経済の減速と不動産市場の調整局面が引き起こす社会変動ではないかと思われます。世間にはすぐ「中国不動産バブルの崩壊」がどうこう言いたがる人がいますが、この問題は単なる経済現象ですむ話ではありません。

中国で海外旅行に行けるのは、前回のコラムで書いた投資用不動産を複数所有しているB層以上に限られます。不動産市場の調整がB層の消費行動にどんな影響を与えるかを注視していく必要があります。

実は日本の海外旅行市場は、バブル経済崩壊以降の1990年代に本格的な拡大期を迎えました。イケイケドンドンのバブルの熱狂が消えたことで、日本人の消費スタイルはかえって洗練されていきました。とりわけ海外旅行のような余暇市場は、個人化が進み、成熟した面があるように思います。成長が止まると人間は成熟に向かうものなのです。

ですから、ぼくなどは中国でも今後日本と同じようなことが起こればいいのにと思ったりもするのですが、社会構造の異なる中国ではどうか。中国の若い世代の中にその兆候を読み取ることもできますし、日本で見かける年配の一部の中国人旅行者にも成熟を求める意識はあるようですが、現段階では、中国のツーリズム産業の成熟度が圧倒的に遅れていることが足かせになっているように思います。

いずれにせよ、今後は中国の消費者がどのように成熟していくかに注目しましょう。それは未熟な中国富裕層の成金趣味を相手にするのとはわけが違います。中国インバウンドの「数から質へ」の転換のために、彼らの成熟度を正確に計測する作業は不可欠です。今後はぼくもそのための材料をもっと探していこうと思います。

先日、ぼくの信頼しているひとりの中国ビジネスアドバイザーがこんなことを話してくれました。

「これまでは猫も杓子も中国市場を目指していたところがありましたが、今回の件によってその傾向がなくなったことはいいことではないでしょうか。そのぶん、思いのある、準備をしっかりしている企業の進出は実は減っていない印象です。そういう意味では、分母が減ったもののしっかりとした方針を持って中国市場、またそれに連動したアジア進出する企業の比率は増えていると思います」。

今回「日中冷戦時代」のインバウンドなどと刺激的なタイトルを付けたのも、これだけのことがあっても、あえてやろうと覚悟を決めた人でなければ、成果は得られるものではないということを言いたかったからなのです。
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by sanyo-kansatu | 2012-10-25 13:15 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 09月 23日

14回 反日デモから考える中国訪日旅行市場と今後の対策

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先ごろ反日デモがあった在北京日本国総領事館


連日盛んに報道された尖閣諸島「国有化」に対する反日デモはひと段落しましたが、中国政府はまたもや旅行博のドタキャンや旅行会社への日本ツアー取りやめ通達といった露骨な嫌がらせを行いました。卑劣なことに、政治目的遂行のため、民間交流を強制的に停止させたのです。

東日本大震災後、日本の観光産業は着実に復興を遂げ、訪日旅行(インバウンド)市場は国・地域による浮き沈みはあるものの順調に回復しました。海外旅行(アウトバウンド)市場では、今年旅行者数が過去最高になりそうだとの期待も高まっていました。ところが、中韓両国との領土問題をめぐる関係悪化で達成も微妙になってきた。なにしろこの二国はインもアウトも国別シェアのトップ2だからです。今後の影響が大いに懸念されます。

今回の一連の中国政府の仕打ちについては、留学や駐在経験があり、現地事情にある程度精通している人と、出張ベースで何度か訪ねた程度、あるいは最近の中国に行かれたことがないという人とでは、問題のとらえ方、感じ方に開きがあると思います。前者であれば、中国政府の一方的で高圧的な民事への介入も経験済み、デモ現場の不穏な空気感も「この人たちならこのくらいのことはやるだろう」と肌感覚でわかってしまうと思いますが、後者からすれば、何がそこまで彼らを強硬にさせているか理解しがたいでしょうし、こんな理不尽なことがあってなるものかと憤慨されても無理はないと思います。

前回のコラムでぼくはこの問題に関する希望的観測にすぎない、ずいぶん甘い見通しを立ててしまいました。そこで今回は少し気を引き締めて、中国政府による尖閣問題に端を発した観光交流停止問題の背景と今後の対策について考えてみたいと思います。

映像で見たデモは中国の日常だ

この際、はっきり言っておきたいと思います。

政治目的遂行のために民間交流を停止させた時点で、その政府に徳はありません。もはや中国政府には天意がないと言っていい。

国家間にたとえ論争があっても、自由に交流したいという民間の意思を政府が阻む道理はないからです。民間同士には国家の枠に縛られない信義があるのです。

中国政府が尖閣領有に向けて仕掛ける経済制裁や情報戦、軍事的圧力とは次元が違って、民間交流の扱いは道徳の問題なのです。もし中国政府が自らの統治の正統性を任じるのなら、禁じ手とすべきでした。しかし、彼らは日本政府の掲げる新成長戦略に打撃を与えるための経済制裁の道具として観光交流を捉えることで、取り扱いを誤った。こんなことをしているようでは、大局として、中国政府は自らの社会のさらなる不安定化という国難を大きな代償として支払うことになるでしょう。

今回我々が見た暴徒による生々しいデモの映像は、ある意味中国の日常です。対象が日本だったため、中国国民の「怒り」を意図的に演出するために国内外で報道されました。

しかし、今回のデモの人数規模の騒乱は毎日のように全国各地、特に地方都市で起きています。それらの事実を政府は隠しておきたいため、報道されないだけです。日本人をはじめ外国人が住むのはほとんど大都市です。地方に行く場合も、経済開発区や観光地などにしか足を運ぶことはないため、地方都市の事情を知る人は少ない。社会の矛盾が吹き溜まりがちなのは、たいてい名も知れぬ地方都市です。

ある中国の独立系ドキュメンタリー映像作家は、陳情のために地方都市の政府庁舎を取り囲む多くの民衆の姿を記録しています(中国インディペンデント映画祭その4「中国版ミニ角栄のなれの果て」 )。
彼らの顔つきは、我々が普段見かける都会の中国人とはまったく違います。日本ではもはや見ることのできない、過去の時代を生きているような人たちといっていい。彼らは我々の想像力を超えた盲目的な「怒り」を内に溜め込んでいて、それを解き放つきっかけさえあれば、いとも簡単に爆発させてしまう。中国で下層階級として生を受けた人たちの抱える尋常でないストレスと怨嗟は、とても今日の日本人には理解できないものでしょう。デモや騒乱ほど、中国政府がつくり出した階層分断の理不尽さを目の当たりにしてくれるシーンはないといえるのです。

私たちは海外旅行になんて行けない

ここで我々が映像で見たデモに参加した青年たちについて、少し考えてみましょう。

ぼくは縁あって北京の日本アニメファンの若者たちとちょっとした交流を続けています(アニメと「80后」をめぐる話)。彼らと一緒に北京の新しい文化スポットを探索しているのですが、たとえば、オリンピック開幕に合わせてできた三里屯というハイソなショッピングモールに行ったとき、普段は日本のポップカルチャーの話題を好む彼らが急に階層構造の話を始めたことがありました。

三里屯のおしゃれなカフェにたむろし、iPadを脇に抱えているような、一目で特権階層の子弟とわかる同世代の中国の若者を横目に見ながら、大卒3年目で民間企業に勤めるひとりのOLは声をひそめてこんなことを言うのです。

「彼らは私たちとは階層が違います。北京には3つの階層がある。まず彼らのような親が金持ちで、権力とつながっている人たちです。そして私たちのような北京の下層民。その下にいるのが地方出身者で、彼らは大学を卒業しても、私たちのような下層民くらいにはなれるかもしれないけど、決して三里屯で遊んでいるような階層にはなれません。もちろん、権力にコネのない私たちも同じです」

彼女は学生時代、アニメイベントのアフレコ大会で優秀賞を取ったこともあるという、いまどきの愛嬌あるお嬢さんですが、自分のクラスメイトを頭に浮かべながら、中国社会は既得権層と下層民(一般都市戸籍者)、地方出身者の3つに分かれていて、階層が固定化してしまっていると考えている。しかも、北京生まれの自分を下層民と位置づけし、無力感を募らせているというのです。

彼女と日本旅行の話をしたこともあります。ネットを通じて東京の情報を詳しく知っている彼女ですが、自分の収入ではとても海外旅行なんて無理だといいます。中国からの大半の日本ツアーが東京・大阪5泊6日の画一的な内容で、価格が安すぎるために日本の受け入れ側が困っていると話したところ、彼女にはその話が理解を超えていたようです。

「(ツアー料金の)6000元は安すぎるといいますが、私たちのような一般の中国人には高すぎます」。急に不機嫌になって彼女はそう息巻くのです。自分の金銭感覚を超えた「金持ち」の世界に対するいらだちは、今回のデモの若者たちに通じるものです。

資産が5年で100倍になった階層の誕生

彼女は自分と同じ若い世代を3つの階層に分けて説明してくれましたが、もう少し視野を広げると、現代の北京は以下の5つの階層に分けられるとぼくは思います。

A 既得権階層(政治権力とつながる特権層)
B 不動産複数所有者(現代の地主階層。投資用の不動産所有。地方からの移住組も入る)
C 都市戸籍の下層民(最も一般的な階層。投資用不動産を持っていない)
D 大卒の地方出身者(2000年代から急増。「蟻族」とも呼ばれる都市浮遊層)
E D以外の地方出身者(現代の小作人。飲食店・商店の従業員など)

実はこの下に、北京市周辺に広がる郊外村やスラムに暮らす民工や最下層の労働者がいますが、ここでは触れません。またこの中で市民として住居があてがわれているのはA~Cまでで、D以下は郊外スラムか老朽化した団地の半地下室の住人である場合がほとんどです。

もうおわかりかと思いますが、北京でデモに参加したのはC~Eに属する青年たちです。C~Eの比率は、デモの政府関与の度合いによって毎回異なると思われます。いまの中国で反日デモが官制かどうかを問うのは無意味でしょう。これが地方都市になると同じ階層でも市民としての洗練度が格段に落ちるため、放火や略奪が起きてしまうのです。なお壊された車の所有者はBの階層といえます。Aの階層であれば、たいてい地方政府から事前に内部情報を得ていて、危険な場所に不用意に立ち寄ることはあまり考えられないからです。

ここで気になるのは、同じ都市戸籍者でありながら、B層とC層の違いは何なのか、ということです。デモに参加する側と車を壊される側。ふたつの階層を遠く隔てている背景には何があるのか。

それをひとことでいえば、投資用不動産を複数所有しているかどうか、です。

胡錦濤政権前後に始まった不動産投資ブームの初期段階にどう立ち回ったかでB層とC層の明暗が分かれたのです。すべては2000年代前半にマンションを複数購入できたかどうかが両者の資産格差が生まれる決定的な要因でした。

この時期、B層の人たちは北京市内に次々と建設されるマンションの頭金をかき集め、手当たり次第ローンで複数購入しました。そして3~5年後、不動産価格は5倍近くになった。ローン途中でいくつかを売却し、その資金でさらなる高額物件を購入(ローン完了前でも急上昇したマンション価格の全額が手に入るので、まさに濡れ手で粟です)。それを繰り返すことで、彼らの資産はざっと当初の100倍以上にはね上がったのです。

もしあなたの資産が5年で100倍になったとしたら、人生はどれほど変わるでしょう。それが現実のものとなったのが、中国全土に生まれたB層=不動産複数所有者たちでした。彼らこそが、日本ツアーで“爆買い”した人たちなのです。我々を驚かせた彼らの金銭感覚は、資産が短期間で急上昇した人間ならではのふるまいだったといえます。

ところが、B層の誕生は新たな問題の火種となりました。彼らの資産を急上昇させた不動産投資ブームは公平なルールと情報公開の下で行われたものではなかったからです。多くの場合、権力につながりのある人間ほど得をした。さらに、その後の不動産価格の高騰で、C層以下の人たちはどんなに働いても日々の収入だけでは住居を買えなくなってしまった。中国経済の成長によってみんなが豊かになれるという期待は、早々と裏切られてしまったのです。彼らがこの10年間で生まれた絶望的な資産格差による階層の分断という現実をどんな心境で受け入れているのか。その不満が「怒り」に変わる瞬間を想像するだけでもぞっとするほどです。

中国政府の民心操作と疑似連帯ムードの形成

さて、少し皮肉な言い方になりますが、これまでずっとB層=不動産複数所有者を中心にした新興階層(一般には中間層といわれる)をターゲットとみなして商売してきたのが、日本をはじめとした外資企業でした。そういう意味では、日本企業が潜在的にC~E層のいらだちを買う対象となるのは、無理からぬところがあったといえるかもしれません。

しかし、今回我々が目にしたのは、彼らの不満の引き受け先を「日本」に仕向ける中国政府の許しがたい作為でした。中国政府は反日デモを官民の総意であるかのように吹聴しますが、そこには巧妙な民心操作があります。すでに報道されたように、尖閣諸島を日本が長く実効支配していたことを中国政府は国民に伝えていないのです。つまり、多くの中国人は「国有化」=いきなり日本が侵略してきたといわんばかりの報道で焚き付けられた。いつもの手ですが、都合の悪い事実を隠して国民感情を煽っているのです。ずるいですね。

上記の事実について、中国には理解している人たちもいます。日本人と接する機会のあるB層の中には、比較的公平な見方ができる人たちもいる。しかし、全体から見れば、少数派にすぎない。政府によって長年教育とメディアを総動員することで刷り込まれた国民の世界観や歴史認識を見直すことはまず困難です(もしそれがあるとすれば、現政権が革命かなにかでひっくり返るときでしょう)。

今日の中国人の「愛国」は、いわばパトリなき愛国です。地縁によるパトリ(郷土愛)に根差すことなく、個人と国家を直接結び付けるような「愛国」は偏狂な排外主義しか生まない。これは最近、日本のネット右翼への批判としてよく使われるロジックですが、ぼくから見れば、むしろ現在の中国の青年たちこそピッタリ当てはまるように思います。

D層(大卒の地方出身者)の青年たちが典型です。彼らはせっかく苦労して都会の大学に入っても、都市部の一般的な賃貸住宅に住めるような収入を得られる就職先はなく、社会の矛盾に憤りと敗北感を抱きながら、郊外のスラムに同じような境遇の若者とルームシェアしている。そんな彼らが「愛国」を語るとき、個人と国家が直結し、排外に向かう姿は容易に想像できるでしょう。そもそも中国人にとって大切なのは地縁より血縁。国家の分裂につながりかねない情動を内にはらんだパトリは、中国政府が最も嫌うものです。

さて、日本側から見て、これから大きな懸念となるのは、中国政府の民心操作に沿った「愛国」による疑似連帯ムードが形成され、日本商品を排斥していく動きです。

報道によると、すでに中国各地で日本行きツアー商品の販売は停止されているようです。中国の旅行大手とされる中国康輝旅游集団が、日中国交正常化40周年記念の「5万人訪日ツアー計画」を中止したことも報じられました。

商務省の幹部でさえ公式の場で不買運動を容認する発言をする始末です。そんな「火遊び」を長く続けても、日中共に得るところはないと思いますが、彼らは勝ち馬に乗るかのようにここぞとばかり、悪ノリしそうな予感がします。デモなど元より参加しないB層も、疑似連帯ムードに便乗するおそれがある。子供の頃から学校で植えつけられた政治教育の成果をいまこそ実践するチャンスとばかりに、好戦的なムードを煽る輩が現れるかもしれない。なにしろ相手は「日本」なのですから、中国人にすれば教科書通りの想定なのです。
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北京の書店では村上春樹や東野圭吾ら日本の人気作家の書籍が撤去されたとの報道も(北京西単図書城)


さらにいえば、これもひどい話ですが、日本車に乗っていたというだけでデモの暴徒に襲われ、瀕死の重傷を負った中国人がいたことは、日本企業の主要な顧客であるB層の消費動向に強い影響を与えるのではないかと気がかりです。

まずは中国のビジネスパートナーの苦境を理解しよう

こうした状況の中で、インバウンド関係者がまず考えなければならないことは何か。それは、中国側のビジネスパートナーがいま、どのような苦境に置かれているかを気遣うことではないでしょうか。

2年前の尖閣事件から東日本大震災を経て、中国客を日本に送り出してくれる我々の大切なビジネスパートナーである現地の旅行会社の日本部の皆さんは、ここ数年苦しみの連続でした。今回のようなことが起こると、真っ先にビジネスに直撃するのは、彼らなのです。日本市場がある日突然、消えてなくなってしまうわけですから。昨年のいまごろは、部署の人員削減や部門の統合はもとより、再開の目途の立たない日本市場よりアメリカ市場の開拓を手伝うようにと、会社から研修を受けさせられたという話も聞きました。慣れない市場を一から開拓せよとは、つらいですよね。

そんな彼らも、今年の夏に会ったときには、震災から回復した日本市場は絶好調で、連日残業だと頼もしく語ってくれたものですが、またもやこの急転回です。彼らのショックは大きい。どんな言葉をかけてあげるべきか、ぼくも悩んでしまいます。

現在の彼らの置かれた立場を考えると、いま何かをこちらから強く働きかけようとしても困らせるだけだと思います。いまの中国では「日本」とのかかわりが不利益をもたらす場面も少なくないのです。彼らを不用意に矢面に立たせるようなことは避けねばなりません。

少なくとも年内は、中国での旅行博などのコストをかけたプロモーションは控えるべきでしょう。仮に予算を計上していたのならば、他国・地域に振り替えたほうがいいと思います。前回のコラムでも書きましたが、中国側としては、いま来られても困るからです。たとえば、いま訪日旅行者数の伸び率が急上昇中のタイの旅行市場について視察されてはどうでしょう。このままいくと、タイは香港を抜いてトップ5に躍り出ることが予測されているのですから。

でも、中国のビジネスパートナーに直接会いにいくのは悪くないと思います。いま彼らが何に悩んでいるのか、親身になって話を聞いてあげることは大切です。こんなときこそ、親交をさらに深めるチャンスではないでしょうか。

派手なプロモーションはできなくても、ウェイボーのようなコストのかからない情報発信は続けていくべきです。発信の内容は、これまでとはトーンを少し変えてもいいかもしれません。ひるまないで日本の良質なコンテンツをPRすればいい。これまで片手間だったのであれば、こういうときこそ、本格的なウェイボーの運用体制の構築に手がけてみてはどうでしょう。

今回の一連の経緯で、中国という特殊な政治体制下におけるビジネスの困難さをいやというほど知らされたと思います。こんなことではやっていられない……中国離れは加速して当然だと思いますが、もしこの市場が大切だと考えるのであれば、これまでの考え方、取り組み方のどこが間違っていたのか、根本的に検討し、戦略を再構築するための勉強会を開くのもいいでしょう。ただしこの場合、これまでのように調子のいいことばかりをいうコンサルタントを呼ぶのはやめましょう。見分ける方法は政治の話が普通にできるかどうか。多くのコンサルタントと称する人たちは、中国人の消費者としての側面だけを語りたがりますが、今回明らかになったように、もうひとつの重要な側面=政治と消費行動の関係を推し量る分析力が問われています。

中国という国を相手にするときには、政府と人民を分けて考えるというのは基本中の基本です。そういう国柄なのです。いまさらじたばたしても始まらないので、今後の推移をじっくり見極めつつ、リアルな中国理解を深めていくことしかないと思います。
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by sanyo-kansatu | 2012-09-23 20:42 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 08月 28日

13回 政府は民間交流に口を出すべきではない

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残念なことに、前回懸念したとおり、尖閣をめぐる日中間の応酬が始まってしまいました。現在のところ、その余波は感じられませんが、先ごろの日韓関係の政治レベルの悪化が民間交流にそれほど影響を与えないと思われるのに対し、今後の展開によっては、秋以降の訪日中国人旅行市場になんらかの影響を与えるのではないかと気がかりです。

2000年9月に始まった中国人の訪日観光旅行の解禁以降、数年おきに繰り返される反日デモの光景。まるで恒例行事のようでもあり、慣れっこになったといえなくもありません。とはいえ、事件が起こるたびに市場は停滞し、その結果さらなるツアーのデフレ化が進行、ただでさえ利幅の薄い日中双方のインバウンド関係者を疲弊させてきたことは確かです。

国家間の論争を前にひとりの民間人としてなすすべはないのですが、今後も間歇的に起こるであろうこの種の衝突に備え、常に心構えをしておくと同時に、声を上げて言っておきたいことがあります。それは、たとえ国家間に不和があろうとも、政府は観光に代表される民間交流に口出しすべきではない、ということです。連載のテーマからまたもや脱線してしまいますが、今回はどうしてもこの話をしておきたいと思います。

2年前の残念な光景

ちょうど2年前の9月、尖閣諸島沖漁船衝突事件が起きたときのことを思い出してみましょう。

事件後、中国政府は日中間の観光交流を立て続けに停止させました。温家宝首相の提案だった1000人規模の「日本青年上海万博訪問団」の延期や世界旅行博での中国出展者のドタキャン、そして何より影響が大きかったのは、旅游局による中国の旅行会社向けの日本行きツアー募集の事実上の取りやめを迫る通達でした。

以前ぼくはこのコラムで書いたことがあります。「中国政府にとって観光は政治の道具だ」と。まさにそのとおりのことが起きたのでした。民間交流の最も自然な姿である訪日旅行をあえて停止させることで、当局の意向や政治的な主張を広く知らしめようとしたといえます。

事件直後に訪ねた北京で、ぼくはある省の旅游局から送られたという通達書類のコピーを入手しています。その通達には、省内の旅行会社に日本行きツアーの募集をしばらくの間取りやめるように促す内容が書かれていました。

関係者の話によると、さすがに当局もこうした書面があとに残るとまずいと思うのか、北京や上海などでは口頭での通達だけだったようです。地方政府はそこまで慎重に扱う配慮に欠けていて、書類が出回ったようです。

たかが国民の旅行の行き先にまで政府がダメ出しするなんて……。書面をまじまじと見ながらあきれたものです。自国の主張を通すためとはいえ、国民が娯楽を享受するささやかな機会である観光交流を止めさせるような通達を出すとは、中国政府はどこまで野暮で度量が狭いのか。道義にもとる行為だと思ったものです。

中国の“空気”を読むことの難しさ

2年前といえば、もうひとつ残念な話があります。

尖閣事件から2ヵ月後の2010年11月中旬、観光庁は上海で行われた中国国際旅游交易会(CITM)に多くの日本企業や自治体などを出展させました。日本は海外出展者の中で最大のブース面積を占めたそうです。ところが、受け入れ側の中国の主催者は大いに当惑したといいます。なぜなら、2ヵ月前に東京ビッグサイトで開催された旅行博で、中国の出展予定者がドタキャンを食らわしたばかりだったため、日本は同じことをしてくるだろうと彼らは考えていたからです。

日本の出展者たちはまるで何事もなかったかのように、いつものきまじめさと熱心さで観光PRを繰り広げました。日本人は「こんなときこそ、日本の良さをPRしよう」と一生懸命だったと思いますが、中国側から見ると「(当局から日本行きツアーの取りやめを促されている)こんなときに来られても……。いつものように歓迎する雰囲気はつくりにくいし、困ったなあ」と、その光景を苦笑交じりに眺めていたそうです。彼らだって商売は早く再開したいけれど、「いまはそのときではない」と考えていたのです。日本側はまるで“空気”が読めていなかったといえます。

実際には、日本の出展者の多くは、一旦決めた予算だから消化しないわけにはいかなかったのだろうと思いますが、こういうすれ違いが起こるのも、日本のインバウンド関係者があまりに中国側の事情を読む力がないからだろう。そう話してくれたのは、会場を視察したあるアジア系の在日インバウンド業者でした。彼は上海旅游局の関係者から直接聞いた話としてぼくにそう言ったのです。

中国の政治とその影響下にある民間の“空気”を読むというのは本当に難しいと思ったものです。

中国はそういう国だから仕方がない?

そうはいっても、中国はそういう国なのだから仕方がないじゃないかと思われる方も多いでしょう。もちろん、それはそうです。国民に主権のない中国という国柄を考えれば、民間が何を言おうと物事は動かない。余計なことを言ったばかりに、不利益を被るとも限らない。あの当時、中国の旅行会社の関係者に話を聞いても、「自分たちは上の判断を待つしかない。何も決められない」と言うばかりでした。

中国歴史ドラマ『三国志』などを見ていると、この国の人たちはいまも昔も変わらないなと思います。一般に権威主義的な政治といいますが、中国の場合は、権限を握っているのは誰かをはっきり示さないでは気がすまないと為政者が考えるような世界です。まるで民主的ではありません。

では、どんなに理不尽な状況でもこの国では誰もが口をつぐんでいるかというと、そうでもない。ドラマの中には、さまざまな軍師が登場します。彼らは王が誤った判断をした際には、慎重に時と場をわきまえ、的確な状況分析と効果的な対処法を具申する。三国の勢力が拮抗した当時は、中国の歴史では珍しい、いわば自由競争の時代でしたから、奇想天外とも思えるような卓抜な献策が飛び交いました。

一般に日本人は『三国志』の世界をたくさんの英雄が登場するロールプレイングゲームのように見立てて愛好する傾向があると思いますが、この物語からは実際の中国社会と同様の規範や法則が読み取れるというのは、これまで多くの論者が語ってきたことです。おもしろいのは、規範のひとつとして、その人物に徳があるかが為政者にふさわしいかどうかの基準になるということです。中国という独特の政治空間の中で、為政者を相手に物申すには、道徳心に訴えることが有効だというのです。

なぜ中国政府は観光という国民のささやかな楽しみや慰安にかかわる領域までを政治の道具として利用しなければならないのか。それは彼らの統治に対する考え方やそもそも不安定な社会が背景にあるからでしょうが、そりゃあんまりだろう、考え直すべきでしょう、とあらためて言っておくのは意味があります。あとで利いてくることもあるからです。

実をいうと、2年前、中国政府の姿勢に異を唱えたひとりの在日中国人がいました。富士通総研経済研究所の柯隆さんという方です。確か、BS朝日の番組中だったと記憶していますが、彼は「中国政府は民間交流に口出しすべきではない」とはっきり言いました。それは日本では当たり前すぎる正論にすぎませんが、中国人が発言したという意味で、とても印象深い光景でした。

残念なことに、当時こうした声は在日中国人の中からあまり聞かれませんでした。彼らの多くは、中国人の富裕化による訪日旅行市場の拡大を我がことのように喜び、日本社会における自らの地位向上につながるビジネスチャンスとして歓迎していたはずなのですが、あえて声を上げる人は少なかったように思います。

柯隆さんの勇気ある発言は、もちろん彼ひとりから発せられたわけではないでしょうけれど、中国側に届いていたように思われます。

今回の事件後、中日友好協会会長の唐家璇元国務委員は「民間交流は予定通り続けるべきだ」と発言しています。まあ今年は日中国交回復40周年ですからね、ともいえますが、2年前とは違う談話が出てきたのは、声を上げる人たちがいたからだろうとぼくは思います。

中国ではこうした発言を誰にどのタイミングでさせるか、政府内での計算があるに違いありませんし、実際にその発言のとおりになるかどうかは今後のなりゆき次第といえますが、「政治と民間交流は分けて考えるべきだ」「もし政府が民間交流に口を出すとすれば、その政府は徳がないとみなされるぞ」というもの言いは、それが禁じ手としてひとつの了解事項となるまで、今後もしつこく言っていくべきだと思います。

訪日旅行ビジネスは日中民間人の協力が不可欠

とはいえ、今後のなりゆきについては、頭で考えていても仕方がない。我々民間人としては、こういうときこそ、中国のビジネスパートナーとの情報交換や連携を密にしていくべきでしょう。

今年の秋、中国は政治の季節に突入します。本来であれば、彼らは不要に海外との波風を立たせたくないはずなのでしょうが、国内にはいろんな勢力がいます。我々が想像する以上に社会の安定感が揺らいでいるといわれるだけに、どんな想定外な事態が起こるかわかりません。現地のビジネスパートナーに逐次状況を尋ねて、現地の“空気”を読めるようにしておくことをおすすめします。
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今年、日中国交回復40周年の地味なイベントが実は各地で開かれている。新味はあまり感じられないが、この40年を振り返ってみるいい機会だろう

現在のところ、9月下旬に予定されている日本の旅行博の中国出展者の来日は予定どおりと聞いています。もちろん、これはアウトバウンドの商談会ですが、日中双方のビジネスパートナーが出会える貴重な場です。ぼくも旧知の関係者と会場で会う約束をしていて、とても楽しみにしています。ただし、今後いつ面倒なことが起きてもおかしくないだけに、心の準備をしておくことは悪くないと思います。それが杞憂にすぎないことを祈るばかりです。

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_87.html
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by sanyo-kansatu | 2012-08-28 13:19 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 07月 31日

12回 日本情報の窓口=ウェイボーは肩の力を抜いて始めよう

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先ごろ発表された日本政府観光局(以下JNTO)の2012年上半期の訪日外客統計は、国別の浮き沈みはあるものの、インバウンド市場が震災前の水準にほぼ回復したことを告げています。一方、近ごろの日中関係を見ていると、尖閣をめぐる応酬で日中国交正常化40周年記念どころではない雲行きです。

いつの時代もそうであるように、次元の異なる現象が同時多発的に起きていて、市場にさまざまな影響を与えるものです。

中国版ツイッター=ウェイボーに見られるような、日中の民間レベルに生まれた新しい交流の諸相も注目すべきひとつの動向です。

中国のソーシャルメディアであるウェイボーについては、中国に進出した日本企業はすでに当たり前のように販促ツールとして活用。訪日旅行市場を活性化したい全国の自治体や関係者が次々と公式アカウントを取得し、情報発信を始めています。

一方、中国政府によるメディア管理のなりふりかまわぬ乱暴さや、何かにつけて日本を攻撃したくてたまらない輩による炎上の不安、そして何より中国語による運用というハードルの高さから、ウェイボーの取り組みに尻込みするケースも多いようです。

それでも、これまで多くのウェイボーの運営担当者に話を聞いてきた経験からいうと、「そんなに怖れることはない。もっと肩の力を抜いて始めませんか」と思います。

今回は7月上旬に北京でお会いした訪日プロモーションの最前線にいるひとりのウェイボー運営担当者の話をお伝えします。

※ウェイボーについてもっと知りたい方は、拙稿「中国版ツイッター微博の底力」(ダイヤモンド・オンライン)をご参照ください。
1)ユーザー数は3億人超! ウェイボー(中国版ツイッター)は、なぜこれほどまでに加熱しているのか?
2)AKB前田敦子の卒業宣言への反応は? 中国人は日本について何をつぶやいているのか。
3)ウェイボーはビジネスに使えるのか? 資生堂、JALなど先行企業に学ぶ意外な活用法

ウェイボーで訪日旅客のフォトコンテスト実施

話を聞いたのは、JNTO北京事務所の佐藤仁さんです。
以前このコラムでも少し触れましたが、同事務所では2011年からウェイボーに取り組んでいます。7月現在、フォロワー数は約4万30000人。4月末で約3万3000人だったことから、この3ヵ月で1万人と着実に増えています。
数だけ比べてもあまり意味がないですが、北京より市場規模が大きいとされる上海事務所のフォロワー数が約2万8000人。
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日本政府観光局北京事務所のウェイボー

訪日旅行に関心のある中国の人たちにとって公式の情報窓口であるJNTO北京事務所では、これまでどんな独自の取り組みをしてきたのでしょうか。

――今年に入ってウェイボーを使ったいくつかのキャンペーンを行ったそうですね。

「1月から3月末までの期間、実際に訪日旅行に行った人からウェイボー上にさまざまな日本の情報を発信してもらったところ、約6万件が寄せられました。情報を寄せてくださった方の中から5名にiPad2をプレゼントしました(「春游日本」企画)。同時に日本で撮影した写真を投稿してもらいフォトコンテストを実施したところ、4200枚の応募がありました。その写真をウェイボー上で人気投票してもらい、受賞作となったのが以下の刺身盛りの写真です」(「东瀛纵览摄影大赛」企画)。
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フォトコンテスト受賞作品

――こうした企画をローコストで手軽に実施できるところがウェイボーの魅力ですね。実際にどんな投稿があったのですか。

「我々では普段気がつかないような内容も多かったです。たとえば、京都のレンタル着物はどこでいくらで借りられるか。着物を着て街を歩いたら、みんなから写真を撮られてうれしかったとか。
三鷹の森ジブリ美術館のチケット予約はローソンでできるから、日本にいる知人に頼むといいとか」。

――中国客にとって何が貴重な情報なのか、投稿を見ていると彼らのニーズに対する理解が深まりそうですね。

「ウェイボーにはアンケート機能もあるので、どんな賞品がほしいかについてもフォロワーの声で決めました。こうしたやりとりは、中国の一般の人たちがいま何を見ているかを知る手がかりになります。我々観光局としても今後、何をプロモーションしていけばいいのかを見極めるうえで参考になります。

たとえば、訪日キャンペーンのキャッチコピーをどうするか、PRのヴィジュアルは何が好まれるか。打ち出すべき方向性を一般消費者の生の声を参考に練り上げていくことができると思います。今後も継続的に同様のウェイボーを活用した情報拡散キャンペーンを続けていくつもりです」。

ウェイボーの取り組みに至るまで

北京事務所がこのようなウェイボーを使ったプロモーションを始めるまでには、いくつかのプロセスがあったようです。佐藤さんはJNTO香港事務所を経て2007年から北京事務所へ赴任したのですが、当時からすでに成熟していた香港の旅行マーケットに比べ、北京の市場は相当遅れていると感じたといいます。

彼によると、中国でJNTO事務所のある香港(華南)、上海(江南)、北京(華北)の3つのマーケットの違いは以下のように表現されることになります。(ここでは香港ではなく、広東省について語ってくれています)。

●成熟した香港市場の影響が強い――広東省
「華僑の多い土地柄で、海外出国に抵抗がなく、最も開けた市場。旅行や遊興費に金をかける気質。旅行市場として先行している香港市場の旅行商品情報が常に入ってくるため、新しいルートや商品が生まれやすい」

●市場は大きいが、競争も激しい――上海
「市場規模は最大だが、訪日旅行に関して金銭感覚は渋い。旅行業界も発達しているが、価格競争が熾烈で、新しい旅行商品が次々に生まれるもののすぐに消えていく傾向あり」

●保守的でまだ団体が主流――北京
「消費者が保守的で、いまだに訪日旅行の7割は団体のゴールデンルートが現状。旅行業界も新規開拓の意欲が他地域と比べ低く、新しい商品を定着させるのが難しい」

(※これらはあくまで、市場特性を地域別にトータルに捉えた分析です。格差の激しい中国社会に出現した富裕層市場については、地域に縛られないまったく別個の市場として存在しますが、ここでは触れていません)

こうしたことから、北京事務所のミッションは、保守的な北京の訪日旅行市場をいかに成熟させるかでした。

旅行先がいまだにゴールデンルートと北海道だけというのでは、数だけ増やしても現地は混み合うだけ。安さが売りの商品だけでは、地元は潤いません。旅行ルートの地方への分散化、高品質化が課題です。とはいえ、2000年代のプロモーションはB to Bが基本でした。
まずは旅行業界の人たちに訪日市場の多様性を理解してもらうことに注力するほかなかったといえます。

転機を迎えたのは、08年の正月映画『非誠勿擾』のヒットからでした。

「おそらく初めて中国の消費者が主導的に、自分からここに行きたいという動きが生まれた」(佐藤さん)といいます。その後、中国で北海道ブームが生まれ、ツアー訪問地として定番化されたのはご存知のとおりです。

こうして北京事務所でも、一般消費者を意識したプロモーションが始まります。

しかし、ウェイボーの登場以前は、その手法は王道ともいえる、マスコミや旅行業界のキーパーソンを日本に招聘し、メディアやネットを使って一般消費者にアピールしてもらうことが中心でした。

昨年3月の東日本大震災後、JNTOはビジット・ジャパン緊急対応事業として5~6月にかけて約100名の関係者を招聘し、日本の状況を中国人目線で伝えてもらうよう精力的に働きかけています。こうした素早い対応がその後の訪日客回復につながっていったことは大いに賞賛すべきです。と同時に、ウェイボーの存在が背後で大きな役割を果たしていたことに多くの関係者が気づくことになります。

「口コミ大国」という市場特性を活用しよう

同じ頃、北京事務所でのウェイボーの取り組みが始まっています。

――ウェイボーを始めるにあたってどんな経緯があったのですか。

「北京事務所では、新浪微博の公式アカウント自体は、2010年春に取得していたものの、マンパワーの問題もあり、10年当時はほとんど取り組みができていませんでした。
その後、あっという間にウェイボーのユーザーが1億人を超えた(2010年末頃。2012年7月現在3億といわれる)といわれるようになり、すごいメディアに成長しているなと実感しました。そこで、遅ればせながら11年初夏に運営を始めたのです」。

――最初からフォロワー数がすぐに増えたわけではないでしょう。現在につながるきっかけは何かあったのですか。

「昨年6月、北京国際旅游博覧会(BITE2011)の会場で、ウェイボーを使ってフォロワーの皆さんのインタビューにリアルタイムで答えるという1時間限定のイベントがありました。

まだ震災の影響が色濃い時期で、『北海道に行きたいけど、震災の影響はないだろうか?』といった生々しい質問に対し、会場からチャット方式で応対するというものでしたが、このイベントの反響が大きかった。フォロワー数を獲得していくきっかけになったと思います」。

実は、このイベントはウェイボー運用会社の新浪微博の働きかけで実現したといいます。2009年、中国ではフェイスブックやツイッターといった欧米系ソーシャルメディアがアクセス不能となり、それに代わるように複数のウェイボー運営会社が立ち上がりました。

その最大手が新浪微博ですが、各社はしのぎを削って大手企業や著名人の公式アカウントの取り込みのため営業攻勢をかけていました。なかでも海外の有名企業や芸能人を取り込み、フォロワー数を獲得させることは、彼らの当時の市場拡大戦略にとって正攻法の営業手法でした。海外の政府観光局も、彼らから見ればブランド価値があったと考えられます。

ウェイボーは確かに政府に管理されたメディアに違いありませんが、いつでも日本を目の敵にしているわけではない。運営会社は日々、市場原理に基づくサービス合戦を繰り広げているのです。だから、JNTOのフォロワー獲得を熱心にサポートしてくれたのです。

そもそもウェイボーを運営する目的は、なるべく多くの人たちに日々発信する情報の断片を拾ってもらうことで、情報元のサイトやブログに誘導し、ビジネスにつなげていくことにあります。

興味深いのは、その情報がフォロワーたちに有用で面白いと判断されると、次々と転載されていくことです。

誰もが予測不能なまま、どこまでも情報が拡散していくのがウェイボーの醍醐味です。
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日本政府観光局中国語簡体字ホームページ※同事務所のウェイボーの目的も、ひとまずこのサイトに誘導すること。

こうした中国特有のソーシャルメディア事情をふまえ、北京事務所で立案されたのが、「口コミ大国という市場特性を活用しよう」という戦略でした。
実際に日本を訪れた人たちにアプローチすれば、彼らが広告塔になってウェイボー等を通じて日本を宣伝してくれるはずだ、というものです。

でも、炎上したらどうしよう?

震災という大ピンチを迎えた訪日旅行市場にとって、ウェイボーという恰好のメディアを活用しない手はない。その一方で、炎上したらどうしよう? そんな懸念もよぎります。今日の中国社会において「日本」は常に標的とされる存在。誰もが気になるところです。

――以前、日本旅行に行ったある中国人女性が放射能汚染のため不妊症になったというデマが中国のネット上で一時盛り上がりましたね。

「友人の友人が……というお決まりのストーリーですね。ウェイボー上では『そいつが浴びたという測定値と不妊症の因果関係を証明してくれる優秀な病院を紹介してほしい』といった返しも見られました。
デマをジョークで切り返してくれる冷静さが中国のネットにあることを発見したとき、ホッとしたものです。

この1年ウェイボーの運営を担当してきて実感したのは、こうしたさまざまな嫌がらせから守ってくれるのがファンの人たちだということでした。

実は、私も炎上したときの管理をどうするべきか、とずっと考えていました。でも、心配してばかりいても始まらない。私の書き込む中国語の間違いも含めて、みんなが温かく見守ってくれる。彼らは日本に関心があり、我々の情報発信を好意的に見ようとしてくれているから、たとえ反日的なコメントが出ても、スルーしてくれるし、逆に気にするなと励ましてくれる。だから、そんなに悩む必要はない。いまはそう思っています」。

中国ではフォロワーのことを「ファン(粉丝)」と呼ぶように、JNTOのフォロワーは文字通り「日本ファン」を意味するといっていいでしょう。そんな彼らが自分たちの大切にしているコミュニケーション空間を荒らされたくないと考えるのは当然です。

こうしてみると、ウェイボーというソーシャルメディアは、社会に対する“開かれ方”が日本や欧米と違って独特というか、ある意味中国に見られる「内に優しく外に厳しい」個人と社会の関係に似ているのかもしれません。

一方、マーケティング用語で「ファンを囲い込め」といいますが、運営側の思惑とは別に、ファンたちによって勝手にどんどん情報が「転載」され、外の世界につながっていく面があります。ときにお調子ノリが過ぎると思うときもありますが、それを支えているのもやはり“ファン意識”でつながったコミュニティ空間であるわけです。

それだけに、彼らの“ファン意識”の取り扱いには神経を遣う必要がありそうです。その点について、佐藤さんは「返しが大事」といいます。

発信した情報に対するファンからのリアクションに対して、誠意をもって回答する姿勢を見せることが大切だというのです。

もっとも「フォロワー数が3万人を超えたあたりから、一つひとつ丁寧に返すことができなくなった」とも。ある数を超えた段階で、それまで作り上げていたネット上のパーソナルな人格をハンドリングしていくのが難しくなる面が出てくるというのは、多くのウェイボー関係者が共通して語っていることです。

同事務所のウェイボーの運営はこれまで佐藤さんがほぼおひとりで担当していたそうです。

日々発信する情報は、JNTOの賛助会員(ホテルや観光関連のサプライヤー)が提供するPRニュースを中心に、日本のテレビを見ながら気づいたこと、ヤフーのヘッドラインのニュースなどを参考にしながら、出社後、昼休み、退社前と1日3本を目標に情報発信することに努めてきたといいます。

「観光PRはある意味、どんな切り口でもいい。発信した情報がどう転載されるかを想定しながらネタを選んでいるところはありますが、PRばかりでは飽きられるし、何がフォロワーの心をつかむか、こればかりは何とも言えません。要は日本に関心を持ってもらうための情報の窓口であればいい。幸いなことに、観光情報は中国でも規制がないのですから」。

ウェイボーはそれ自体ビジネスに直結する万能のツールではありません。

日本情報を愛好するファンたちが訪日旅行に行ける経済力を有する階層とそのまま重なるとは限らないという中国社会のシビアな現実があるのも確かです。ひとたび政治的なコンフリクトが起これば、当局によって情報を即座に遮断されてしまうのも、この国の日常です。

それでも、ウェイボーはいまや「口コミ大国」である中国に定着した社会インフラのひとつであるといわれています。

佐藤さんの話を聞いていると、ウェイボーの取り組みを継続することによって中国社会に対して一定の影響力をもちうる可能性も感じられます。

「13億の市場とつながろう」などと大風呂敷を広げる必要はありません。ビジネスツールのひとつと割り切りつつ、肩の力を抜いてウェイボーを始めてみることをおすすめします。

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_84.html
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by sanyo-kansatu | 2012-07-31 12:35 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 06月 29日

11回 ホテルを核とした地域連携の試み――サンシャインシティプリンスと池袋

b0235153_2213426.jpgこれまでぼくは巷間伝えられるインバウンドの話題とは少し毛色の違った現場の話を10回ほど書いてきました。内実が広く知られていないことをいいことに、調子のいいことばかり言いたがる人が多いなか、今日の日本のインバウンドはどこに問題があるのか、多方面から「点検」し、考えてきたつもりです(まだすべての「点検」を終えていませんけど)。

結局のところ、日本のインバウンドが思い通りに進展しないのは、新興国市場からどう利を得ていくかという日本の経済界に共通した課題に直面しているからに他なりません。新興国の消費者や企業とどう付き合えばいいのか、我々はまだ不慣れで、これまでとは勝手が違って労力が報われない。何より制度上の整備が今日の状況に対応できていないことが大きい。多様な業種が関わるインバウンドの特性ゆえに、自らの属する業界や地域の利益だけを考えていては成り立たないのに、全体を見通して自分の役割を自覚することができず、地域や業種を越えた連携が進められない……。そういうケースが多いと思います。

とはいえ、こうした問題点をあげつらうだけでは、何も始まりません。そこで本コラム11回からはこれまでと少し切り口を変えて、インバウンドへの取り組みが比較的うまくいっている地域や企業などを紹介し、その成功事例のどこに注目すべきか検討していこうと思います。

震災からいち早く回復したサンシャインシティプリンス

今回紹介したいのは、東京・池袋にあるサンシャインシティプリンスホテルです。同ホテルは震災からいち早く回復したことで知られています。なぜそれが可能だったのか。どんな取り組みをしているのか。白尾浩児支配人に話をうかがいました。

――今年の桜シーズンは中国を中心としたインバウンド客でずいぶんにぎわったようですね。震災後はいつ頃から回復が見られたのでしょうか。

「震災直後の昨年4月、客室稼働率が19%とどん底まで落ち込みました。そこで私は破格のキャンペーン料金を打ち出すことにしました。当初、夏休みは原発の影響で家族連れは来ないだろうという見方が多かったのですが、海外の旅行会社と連絡を密に取っていたところ、ファミリー需要が動き出しているという情報があり、このチャンスを逃す手はない。

添い寝のお子様には朝食を無料で提供。航空券と組み合わせて3~4泊で1泊無料、6泊で2泊無料という商品をつくったところ盛況となりました。

その結果、8月には中国客が前年度比95%まで回復し、台湾やタイは200%に拡大しました。10月の国慶節の時期には中国客は前年度比150%超となり、今年の1月には250%超となっています」。

海外の旅行会社に向けたきめ細かい情報提供

――2011年は日本のインバウンド市場が大きく後退したにもかかわらず、都内のホテルではプリンスのひとり勝ちだったようですね。なぜこうしたことが可能だったのですか。

「私は年に数回アジア各地域の旅行会社を訪ねています。大切なのは現地の情報を常に取り入れて、今何が求められているか、正確に判断することです。インバウンドはタイミングを外すとチャンスを取り逃してしまいます。情報収集と即断即決が必要です」。
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中国向けB to Bの観光情報誌「壹游日本」のサンシャインシティプリンスホテル(池袋太阳城王子酒店)のページ。

――最近、全国のホテルが海外の旅行博覧会に独自でブースを出展したり、現地の旅行会社を直接訪ねて回ったり、海外でのセールスが増えているようですが、必ずしも集客につながってはいないようです。どんなことに気をつけるべきでしょうか。

「海外向けB to Bの観光情報媒体がいくつか刊行されていますが、他社のホテルの掲載ページを見る限り、客室やレストラン、グループホテルの写真を並べるだけで、海外の旅行会社にとって有用な情報が載っていません。海外の旅行業者がホテルを選ぶ際、宿泊料金が最も重要な条件であることは確かですが、もっときめ細かい情報を提示すべきです。

たとえば、弊社のページでは、スタンダードの客室と間取り、部屋の面積、朝食やバイキング、団体客向け夕食のメニューなども写真入りで紹介しています。加えて、サンシャインシティにある展望台や水族館、ホテル周辺にある百貨店やビッグカメラなどの商業施設の情報も入れています」。
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サンシャイン水族館やナムコ・ナンジャタウンの宿泊者限定の割引チラシ。ホテルのロビーや客室で入手できる

――これらは海外の旅行関係者がどんな情報を必要としているかというニーズに応える内容になっていますね。

「一般に日本のホテルの客室面積は海外に比べて狭いことが知られています。それだけに、写真だけでなく、フロア面積を具体的に表示することは旅行業者にとってツアーを企画するうえで参考になります。最近、どのホテルでも団体客向けバイキング料理を用意しており、その内容は手の込んだものが多いと思いますが、海外の旅行会社にその中身まで伝えるケースは少ないでしょう。相手も集客のプロだけに、イメージ写真だけでは選ぶ条件にはならないのです。彼らの知りたい具体的な情報の提供こそが信用につながるのです」。

同ホテルは、ご存知のようにショッピングとアミューズメントの複合施設であるサンシャインシティの中にあります。こうした環境は買い物好きのアジアインバウンド客の取り込みを望むシティホテルにとって大きな優位性といえます(欧米客にとっては必ずしもそうとは限りませんが)。同ホテルでは、宿泊客を対象にサンシャインシティ内のアミューズメントスポットや商業施設でルームキーを提示すれば割引を受けられるサービスを実施しています。

強みはホテルを核とした地域の連携

ホテル周辺の商業施設や飲食店との提携も進んでいます。たとえば、サンシャインシティプリンスに隣接する東池袋の一角には、アニメ関連グッズを扱うショップが並び、ファンの女の子が集まる「乙女ロード」があります。同ホテルの海外向け案内(日英中3カ国語バージョンあり)には、アニメイトやKブックス、まんだらけといったその筋では有名なアニメショップの情報も載せています。これらのアニメショップで3000円以上買い物をした宿泊客がルームキーを提示すれば、ハローキティの携帯ストラップをプレゼントするという特典の提供も行っています。
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ハローキティのプレゼントはアニメイトとコスプレ専門店の「ACOS」で実施された(2012年1月2日~4月30日)。

最近、アジア客に限りませんが、アニメをテーマにした外国人ツアーが話題になっていますが、連泊の拠点としてサンシャインシティプリンスの周辺環境が持つ特性は海外の旅行会社から見て魅力に映るはずです。アニメ関連施設がホテルに隣接していることうまく訴えれば、ファミリー層の集客の宣伝材料になるのです。
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池袋はアニメの聖地のひとつ。「乙女ロード」とアニメイト。

外国人観光客は、団体であれ個人であれ、都内のどこかで必ず宿を取らなければなりません。激安ツアーでは都内と称して千葉などのホテルが利用されているわけですが、ただバスで夜遅くやって来て、眠るだけのホテルでは地元になんら貢献することはできないでしょう。観光客がひとところに集まっているホテルという場を核にした地域が連携によってさまざまな相乗効果をあげることができるのではないか。その際、ホテルが積極的にメディア機能を果たすことが重要となります。サンシャインシティプリンスは現在、池袋においてその重要な役割を果たしています。
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ビッグカメラの中国語チラシも池袋のホテルには置かれている。

こうした地の利を活かすべく池袋で立ち上げられたのが「池袋インバウンド推進協力会」(以下、「協力会」)です。豊島区観光協会とホテル、百貨店、小売9社(東武百貨店、西武百貨店、サンシャインシティ、ビッグカメラ、東急ハンズ、マルイシティ、ルミネ、サンシャインシティプリンスホテル)による月1回の研究会が開かれています。

同会では、割引クーポン付きの「池袋ガイドマップ」(中国語簡体字、繁体字、英語、韓国語の4ヵ国語版)の制作を行っています。マップには、家電製品や化粧品、ファッション、アニメなどの商業施設や、ホテルで問い合わせが多いというラーメンや牛丼店、100円ショップなどの情報を入れています。

割引クーポン付きマップというのは、全国どこのホテルでも普通に置かれているものです。日本人にとっては当たり前の旅先メディアですが、外国客に焦点を合わせたものをつくるのはそれほど簡単ではありません。日本語マップをそのまま翻訳しただけでは、外国客にはあまり意味をなさないからです。国・地域によって異なるニーズの違いをどこまで理解できているかは、インバウンドを成功させる鍵ですが、直接観光客と商取引をする小売業の方たちは、彼らの取り込みについてホテルの関係者以上に緻密に攻略法を考えています。それぞれ役割が異なるだけに、ホテルと小売店の連携は意味を持ってきます。

池袋はアジアインバウンドの発祥の地

都内には、銀座や新宿、品川などホテル集住地区はいくつもありますが、国籍や所得階層から見た宿泊客の特性は微妙に異なっています。それぞれ個性的な商業施設を有しており、前述の「協力会」のような地元の連携組織はたいていあるようです。ただ残念なことに、池袋ほど無理なく地域が連携しているケースは多くはなさそうです。

その理由のひとつは、都内の大半のホテル集住地区がアジアインバウンド客の来訪を最近まで想定していなかったからでしょう。そのため、地区の核として積極的にメディアの役割を果たすホテルの存在が、池袋ほど明確になっていないかもしれません。ただそれは無理からぬ面があります。ホテルごとに日本人客と外国客の宿泊比率の違いがあり、インバウンドに取り組む姿勢や温度差が違っていたのは仕方がないことだからです。

白尾支配人によると、サンシャインシティプリンスでは宿泊者の半数が外国人で、うち7割が中国系(台湾、香港、シンガポールを含む)といいます。ここまで外客比率が高いホテルは、一部の総客室数を少なく絞り込んだ高級外資系ホテルや格安のインバウンド専門ホテルを除いて都内には少ないといえるでしょう。

サンシャインシティプリンスの外客比率が高いのは、同グループの歴史的背景があります。そもそも1982年に開業した同ホテルは、当初からインバウンド市場を主要なターゲットに据えていたのです。当時を知る関係者によると、1980年代に台湾や香港、シンガポールなどのアジアインバウンド客を受け入れていた都内の主なホテルは、銀座第一ホテル、京王プラザ、サンシャインシティプリンスなど。すべて客室数の多さを誇る新興ホテルです。

アジアインバウンドホテルの先駆けとして開業されたのが、サンシャインシティプリンスでした。1980年代初頭のアジアでは、60階の高層展望台や巨大なショッピングコンプレックスが隣接したシティホテルというのは、香港以外にはまだなかったため、アジア客にとって池袋は最先端の場所として認知されていたのです。そういう意味でも、池袋はアジアインバウンド発祥の地といえるでしょう。

それだけに、サンシャインシティプリンスは、インバウンドに取り組むスタンスが開業当初から明確でした。それが同ホテルの強みとなってきたのです。白尾支配人によると、ここ数年グループとしてもインバウンドへ取り組みは活発で、都心のシティホテルだけでなく、軽井沢などのリゾートホテルでも取り組みが強化されているそうです。

白尾支配人は「これからは中国もFITの時代。宿泊客のスマートフォン利用は当たり前となっているので、館内でのWi-Fi無料化対応など、新たに手を付けていかなければならないことは多い」と言います。

課題は共通。集客と収益のバランス

その一方で、インバウンド客を受け入れているホテルには、気の重い問題があります。アジアインバウンドの受け入れが始まった1980年代以降の30年間で、現在の日本のホテルの宿泊料金は最安値時代に突入していることです。

つまり、いくら客室稼働率が高くても、収益増につながらないのです。震災以降、どのホテルも激減したアジアインバウンド客を呼び戻すためにキャンペーン料金を乱発しましたが、1年以上経過した今でもその価格は元に戻りません。新興国市場と取引することで日本経済のデフレが進むというのは、まさにこのことです。

白尾支配人に今回の話をうかがった3月下旬、知り合いのホテル関係者からこんな話を聞きました。ある出版社が主催した日中の企業家を集めたビジネス交流会で、約100名の中国の新興企業家が来日した際、宿泊ホテルとして彼らが選んだのは、都心にある某アジア系高級外資ホテルでした。彼らは約1週間、そのホテルに滞在しましたが、レストランや会議室の利用なども含め、合計約5000万円を消費したそうです。なにしろスタンダードの客室平均単価が6万円ということですから、トータルでそのくらいの売り上げになったというのです。宿泊料金が最安値時代を迎えた日本のシティホテルが同じように売り上げようとしたら、どれほどの宿泊客数が必要でしょう。

ここには高級外資と日本のシティホテルのビジネスモデルの違いがあります。1週間で5000万円のホテル内消費という現実は、まさに新興国における格差問題の反映そのものです。今や中級クラスのホテルの客室単価は、日本と中国の大都市部では変わりません。一般の生活消費財は日本のほうが高いかもしれませんが、ブランド品などのハイエンドの商品となると、関税や消費税の高さから中国のほうが日本より圧倒的に高いのが現実です。

ただし、中国のハイエンド購買層はまだまだ限られています。中国インバウンド客というのは、我々の想像している以上に大きな格差を有した2つの消費者群に分けて考えなければなりません。そうした発想や取り扱いに我々はまだ慣れていないといえるでしょう。

ここでぼくが言いたいのは、ビジネスモデルはひとつではない。どのモデルが自らにふさわしいのか、きちんと見極めないようでは、インバウンドはうまくいかないというということです。どちらのモデルが儲かりそうかと頭をめぐらし、ソロバンをはじいたところで、自らがそれにふさわしいプレイヤーでない限り、うまくいくはずがない。格差消費が徹底し、ある意味分断されている新興国市場に不慣れな我々は、両者の違いを見極められず、つまずいてしまうことが多いのです。

もっとも、どちらをターゲットに選ぶにしても共通しているのは、集客と収益のバランスをどう取るかということが課題であることです。意地悪なことをいえば、高級外資ホテルでも高額消費をしてくれる宿泊客が随時来てくれるのであればウハウハといったところでしょうが、このご時世そんなことはありえません。どちらの層を選ぼうと、新興国市場の消費者や企業との利益の取り分をめぐる駆け引きは避けられません。それだけに、今回ホテルを核にした池袋の取り組み事例を紹介しましたが、その駆け引きを有利に進めるためにも、異業種同士がお互いの立場を理解しながら、地域において連携していくことはますます必要になっていると思います。
http://www.yamatogokoro.jp/column/column_80.html
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by sanyo-kansatu | 2012-06-29 12:00 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 28日

10回 もし中国人ツアーバスが事故を起こしていたら……を真面目に考える

4月29日未明、群馬県藤岡市の関越自動車道上り線で、金沢発東京ディズニーリゾート行きの高速ツアーバスが道路左側の防音壁に衝突し、死傷者46名もの惨事をもたらす事故が起きました。今年のGW期間中、事故原因をめぐる報道が連日のように行われたことはご存じのとおりです。
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報道で明るみになったのは、貸切バス業界の内部に見られる無法状態でした。インバウンド関係者にとって看過できないのは、事故を起こしたのが中国インバウンド専門のバス運転手だったことです。業界の現状をこのまま放置すれば、中国人観光客の約7割が利用するインバウンドツアーバスもいつ事故を起こしてもおかしくないことを意味するからです。

実をいうと、昨年10月初旬、ぼくはインバウンドバスの台数を定点観測している新宿5丁目で偶然、河野化山容疑者に会ったことがあります。ですから、インバウンドバス業界の置かれた状況や残留孤児2世としての彼の境遇を思うと、やりきれない気がしたものです。今回は、現行のインバウンドバス業界の何が問題なのか、少し真面目に考えてみたいと思います。

事故はなぜ起きたのか

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「格安バス、競争激化」(朝日新聞2012年4月30日)


報道を通じて明らかになってきたことを整理してみましょう。事故はなぜ起きたのか――。
背景には、安さと手軽さで急成長した高速ツアーバスが競争激化で安全面の懸念が生じていたことにあります。高速道路を長距離移動するバスには、道路運送法に基づいて決まったルートを停留所に停まりながら運行する「高速路線バス」と、旅行会社が旅行業法に基づいて募集企画旅行として貸切バスを使って運行する「高速ツアーバス」の2種類があります。今回事故を起こしたのは、後者の「高速ツアーバス」であり、外国人観光客を乗せるインバウンドバスと同じ業界の話です。

貸切バスを運行するバス会社はほとんどが小規模で集客機能が弱いことから、たいていの場合、旅行会社の下請けに甘んじることになるわけですが、近年のツアー代金の激しい安売り競争で経営は追い詰められています。当然それは運転手の労働環境に直結し、過労問題や人命を乗せて運ぶ重責に釣り合わない低待遇を嘆く現場の声が聞かれることになります。

「バス運転手の9割が運転中に睡魔に襲われたことがある」という報道(朝日新聞2012年5月1日)もありましたが、これは総務省がバス運転手500人を対象に実施した勤務実態の調査だけに、実に恐ろしい話です。

こうした状況の中で常態化しているのが、一部のバス運行会社の違法経営です。今回事故を起こしたバス会社の陸援隊(千葉県印西市)は、道路運送法に定められた運行の前後に運転手の健康状態をチェックする点呼をしないなど、安全管理がずさんだったことに加え、容疑者も短期雇用の運転手で、金沢への乗務が初めてだったことなどが国土交通省の監査で判明しています。

さらに、逮捕された容疑者は自分が所有するバスを陸援隊の名義にして、個人で外国人観光客を乗せたインバウンドバスを運行していたことも明らかになりました。関係者に話を聞く限り、こうした違法な経営は「氷山の一角」だといいます。

インバウンド市場への参入を考えている皆さんは、今回の事件を今後起こりうる事態への警鐘として受け取らなければなりません。中国人ツアー客を乗せたバスが事故を起こしたとき、誰がどう対応し、保障するのか――。これまでぼくはキックバックを原資にしたあやうい中国人ツアーの問題を繰り返し指摘してきましたが、残念なことに、その構造を支えているのは中国側だけでなく、日本側の事情も大きいことを強く認識しなければならないでしょう。

「規制緩和」で安全基準まで緩和された?

それにしても、いったい日本のバス業界では何が起きているのでしょうか。

背景には規制緩和があります。改正道路運送法によって貸切バス事業が免許制から許可制に移行されたのは2000年。こうして新たに登場した業態が「高速ツアーバス」でした。

2000年当時、経済成長のカンフル剤として「規制緩和」が大いに叫ばれていました。貸切バス事業者の新規参入を促進し、(労働組合加入率の高い運転手を抱える)大手バス事業者と自由競争させていこうという動きが始まりました。以前は地域ごとに営業できるバスの台数を当局が決める「需給規制」に業界は縛られていた(大手は守られていた)面があったため、「規制緩和」は時流に乗った政策として歓迎されたといえます。

これを機に、それまで違法経営を行っていた「白バス」業者も貸切バス事業に参入します。「白バス」とは陸運局の許可を取らずに営業活動を行うことで、許可を取ったバスのプレートがグリーンであるのに対し、一般車と同じ白いプレートのままであることからそう呼ばれています。

2002年には、スキーバスなどごく一部にしか認められていなかったツアーバス事業を旅行会社が主催できるように解禁されたことで、従来の高速路線バスにはなかった格安バスや豪華車両などが登場しました。前述したように、現状では高速ツアーバスは道路運送法に規定されないため、経路やダイヤ等の届出は必要なく、料金も自由に設定できます。バブル崩壊以降、市場の縮小を余儀なくされていた貸切バス業界は息を吹き返すように大競争時代に突入。都市間高速バスや激安バスツアーなどの価格破壊によって利用者は恩恵を受けてきました。

その一方で、既存のバス事業者の収益低下によるローカルバスの相次ぐ廃止が起きたことも事実です。2007年大阪で起きたスキーバスの事故以降、運転手の労働環境の悪化、安全確保への不安など、貸切バス業界に対する多くの問題が指摘されるようになりました。

貸切バス業者は乗降場所として停留所やバスターミナルが使えないので、路上や民間駐車場を利用しなければならず、安全対策は各社の裁量に任されています。出先で点検整備を行う車庫や営業所がない場合も多いといいます。規制緩和後、事業者数は2倍近く増えましたが、その大半は保有車両台数10台以下の小規模事業者です。旅行会社から仕事を請け負う小規模事業者は弱い立場に立たされているのです。そのため、業界では事業者と車輌数の増大に伴って公示運賃をものともせぬダンピングの横行が起きていたのです。

インバウンドバス事業者はこうした流れの中で成長しました。この10年で東アジアを中心とする訪日観光客が増加したからです。実際のところ、規制緩和後のバス運賃の価格破壊がなければ、今日ほど多くのアジアからの訪日ツアー客の受け入れは不可能だったかもしれません。さもなければ、全国に「白バス」があふれる事態が起きていたことでしょう。

今回の事故を誘引したのは、時流に乗ったバス事業の「規制緩和」が行われたものの、安全基準まで緩和されてしまったことにあると思います。監督官庁である国土交通省は、規制緩和後に参入した陸援隊のような問題のある事業者に対する実効的な指導監督を怠ってきたといわれても仕方ありません。

報道によると、同省は貸切バス事業者への監査と運行基準の強化を始めていますが、今回の事故が起こる前から貸切バスの安全性の低下や運転手の労働条件の悪化については議論されており、4月上旬「バス事業のあり方検討」としてペーパーになったばかりでした。

その契機となったのが、2010年9月に総務省が公表した「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」です。大阪のスキーバス過労運転による死傷事故や高速ツアーバスの道路交通法違反問題などの事例をあげ、貸切バス規制緩和後の不健全な営業実態を追及しており、本来の監督官庁である国土交通省がなしえなかった意欲作といえます。こうした勧告をふまえて新たな規制に着手しようとしていた矢先に起きたのが、今回の事故だったのです。

バス運転手は現状をどう考えているか

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新宿5丁目インバウンドバス停留スポットにて


ところで、こうした議論や新たな規制について運転手たちはどう考えているのでしょうか。

貸切バス運転手の労働条件の悪化は、業界の過当競争によることは確かですが、2008年に国土交通省から出された「一般貸切旅客自動車運送事業に係る乗務距離による交替運転者の配置」の指針により、1日の走行可能な距離が670㎞と定められたことが大きいといいます。その結果、運転手の拘束時間の延長は既成事実化していったからです。運転手の1日は、出庫前に行なう車両点検から客をホテルに送り届けたあとの車内清掃まで、早朝から深夜に及んでいます。

現場の思いはどうなのか。これまでぼくは新宿5丁目で何人かのインバウンドバスの運転手に話を聞いてきました。以下のくだりは、尖閣諸島沖漁船衝突事故で中国客が激減した一年前(2011年)の春節の頃に聞いたベテラン運転手の話です。

――労働時間が長すぎるとは思いませんか?――
「1日の労働時間もそうだけど、去年(2010年)は8月まで本当に休みもなかった。だから、尖閣で中国客が減って正直ホッとしていたんだよ。ただこのご時世だから、仕事があるだけありがたいと思わなきゃならないしね。俺はなんだかんだいって、この仕事が好きなんだと思うよ」

話を聞かせてくれたのは、貸切バスの運転手として30年以上のキャリアを持つ男性でした。仕事の中身は実にさまざまで、不法就労外国人の国外強制退去のため、入国管理局から空港に護送するバスを運転したこともあるそうです。

――運転中、何か困っていることはないですか?――
「そうねえ、悩みのタネは駐車場問題かな。これだけ外国人が観光に来ているのに、都心には駐車場がない。だから、俺たちはいつもウロウロしてないといけない。それと、よく地方でホテルの食事がすんだあと、『夜の街へ繰り出したいから運転手さん連れてってよ』ってガイドに言われることがあるんだ。でも、自分は行かないことにしている。仲間内にはチップをもらえば、どこにでもバスを走らせるという連中もいるようだけど、所定のコースでなければ保険が利かないからね。もし事故ったら終わりなんだよ、この仕事は」

彼は職業柄なのか、自由人のようなさばけたところがありましたが、場数をふんだベテランだけに、自己防衛の必要性を理解しているように感じました。

――ところで、以前に比べてインバウンドの仕事はどうですか?――
「昔はインバウンドといえば、台湾客のことだった。以前は台湾客もひどかったけどね。今はだいぶおとなしい。韓国ツアー客も中高年のおばちゃんはうるさいけど……、これは日本のおばちゃんも変わらないかな。まあ中国以外は車内販売がないからいいね。よく韓国やタイのガイドが、中国のガイドは大変だと言ってますよ。あんな仕事はガイドじゃないって……」

日本における本格的なアジアインバウンド市場は、1979年台湾の日本観光解禁とともに始まったといっていいでしょう(実際には70年代半ばくらいから香港客が来日しはじめていますが、規模でいえば台湾客の存在感が大きかった)。80年代から台湾のインバウンド客を扱ってきたある台湾系旅行業者は、
「当時インバウンドは嫌われ者だった。日本人客の少ないオフシーズンのホテルの穴埋めのような存在で、『白バス』が当たり前。今のように、全国各地で歓迎されるなんて考えられなかった」と語っています。

今回の事故を受けて、貸切バス業界の安全基準も含めて合法的に進めていこうという流れは強化されるでしょう。1日670㎞という基準も見直されるものと思われます。しかし、気がかりなのは、新しい規制の網が外国人観光客を乗せるインバウンドバス事業にどこまで適用されるか、です。いくら訪日外国人が増えているといっても、全体から見ればインバウンド市場は日本人市場に比べれば相対的にボリュームが少ないうえ、一般の日本人客にはかかわりのない世界であり、その実情はほとんど知られていないからです。

河野化山容疑者がぼくに話したこと
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「(群馬)県警は、事故原因の解明には河野容疑者の勤務実態の把握が必要と判断」(朝日新聞2012年5月6日)


冒頭で触れましたが、昨年10月初旬の国慶節の頃、ぼくはインバウンドバスの台数を定点観測している新宿5丁目で偶然、河野化山容疑者と話を交わしたことがあります。わずか5、6分の立ち話でしたが、ぼくの取材ノートには以下のような内容が記されていました。

「河野化山さん。1968年中国黒龍江省牡丹江出身。父親が残留孤児で、1993年来日。最近、インバウンドバスの運転を始めたばかり。今回は福建省からのツアーでガイドは台湾人。3年前なら1本のツアーで1000万円の車内販売を売り上げるガイドがゴロゴロいたが、いまはもう難しいという。ツアー代が安すぎて、バスの運転だけでは儲からない。震災以降客が減ったので、上海の親戚の家に3カ月ほど帰っていた。今後は中国で洗車の会社を立ち上げようと考えている」

彼は通りに大型バスを路駐させたまま、ガードレールに腰かけ、タバコを吹かしていました。小柄で人のよさそうな人物に見えたので、声をかけると、どうも日本語があやしい。これまでさすがに大型バスの運転手が外国人だったことはなかったため、尋ねると残留孤児2世だと話してくれました。

たまたまぼくが彼の出身地である牡丹江を訪ねたことがあり、彼も親しみを感じたのか、「今度一緒にご飯でも」と携帯番号を教えてくれたのですが、いま思えば彼は日本の国籍に帰化したといっても、生き方は在日中国人となんら変わりません。ひとつの組織に属したり、本業にこだわったりすることなく、さまざまな副業を切り盛りして生計を立て、「発財」することに人生を賭けるという中国人としてはごく普通の生き方を送ってきたことがうかがえました。

1993年来日といいますから、25歳で一から日本での生活を始めたことになります。報道によると、貸切バスを運転できる大型二種免許を取得したのは2009年で、運転手歴は3年足らず。しかも、彼は個人名義でバスを数台所有し、陸援隊の仕事をアルバイトとして請け負っていたといいます。前述のベテラン運転手が語っていた「事故ったら終わり」という認識を彼がどこまで持っていたのか、大いに気になるところです。

報道の中でとても嫌な感じがしたのは、陸援隊の針生裕美秀社長が記者会見で「運転手は運行直前の3日間休養していたほか、日常の乗務も月に100時間程度で、過労運転をさせたことはない」とぬけぬけと語っていたことです。河野容疑者のようなアルバイト運転手は使い勝手がよいから「名義貸し」をして「日雇い」運転させていたことは明白です。副業に副業を重ねる彼の人生に休日などないのですから。針生社長は、規制緩和以前の1997年と99年の2回、台湾やシンガポールなどからの観光客を相手に無免許で観光バスを運行したとして道路運送法違反(白バス営業)の疑いで逮捕された人物だったのです。そして、今回もついに道路運送法違反(名義貸し)の疑いで再び逮捕されたことは報道のとおりです。

もっとも、河野容疑者にしても自らの違法性をどこまで自覚していたかはあやしいですし、彼が個人営業していたとされる中国からのインバウンド客のバス手配を発注していたのは誰なのか、という問題も残ります。これらは日本のアジアインバウンドが監督官庁や旅行業界からアンタッチャブル化されたがゆえに起きたことといえるでしょう。

適正なツアー価格と消費者保護


今回、国土交通省が掲げる規制強化のポイントのひとつは、これまで高速ツアーバスを主催する旅行業者が利用者に対して運送事業者としての安全確保の責任を法的に負っていない現状を改めることでした。今後はツアー催行側にも法的責任を負わせることで、業界全体として安全管理体制を高めていこうというものです。

ただし、これまでの経緯を見ていると、これによって旅行会社から小規模バス事業者が切り捨てられ、インバウンドバス市場に流れていくのでは、という懸念があります。インバウンドバスは現時点でも、法律の枠外またはスレスレの状況での低運賃が一般化しており、陸援隊や河野容疑者のようなあやうい事業者に手配せざるを得ない状況が起きています。このままいくと、日本のランドオペレーションを通さない(つまり、中国の旅行会社からダイレクトで日本のバス会社に手配が発注される。ゆえに日本の監督官庁は責任を追及できない)中国人ツアーが続出し、責任の所在があいまいなまま、結果的にアンタッチャブル化がますます進行するのではないかという危惧があるのです。

こうしたことが起こるのは、いうまでもなく、日本の消費市場に見合わない低価格のツアー代金で中国客が来日しているからです。釣り合わなくてもいいから訪日外国人を増やしたいと事情を知る関係者の多くが目をつぶってきたのです。その結果、インバウンドビジネスの末端にいるバス運転手がそのしわよせを受けているというわけです。

インバウンド市場に限らず、新興国市場との経済的取引の拡大で日本社会は絶え間ないデフレ圧力にさらされています。末端の事業者に無理が及ばないような適正なツアー価格に戻すことは急務ですが、それがたやすいことではないことはみんなわかっています。

それでも、この状況を放置したまま訪日客が増え続けたとしたら、貸切バス業界に限らず他の末端の事業者をますます追い詰めることになりはしないでしょうか。

もし中国人ツアーバスが事故を起こしていたら……を真面目に考えなければならないのはそのためです。

前回も書きましたが、まず中国客をはじめとする外国人観光客に対する消費者保護という観点から日本の国内市場をあらためてチェックすべきです。問題点の洗い出しがすんだら、保護対策を立案・強化し、海外、とりわけ中国の消費者に向けてアピールすることが必要でしょう。適正なツアー価格と消費者保護はワンセットで考えるべきなのです。そうすることで彼らの自尊心に訴えかけ、たやすく「安かろう悪かろう」に陥らないような冷静な判断を迫っていくのです。そして、現在の団体ツアーとはまったく異なる高品質のツアーが日本に存在することをわかりやすくアピールする。それが中国客の安全確保につながることを中国の監督官庁に対しても堂々と訴えていくくらいの気構えが必要ではないかとぼくは思います。(2012年5月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_78.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-28 19:04 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
2012年 05月 07日

9回 香港で3000元以下の激安ツアーを停止させる動きが始まるか

東京では桜シーズンも終わりましたが、今年の春は中国インバウンド市場が回復基調にあることを実感した関係者も多かったと思います。

ぼくが中国インバウンドバスの路駐台数を定点観測している明治通り新宿5丁目付近の推移を見ても、東京で桜が開花した4月に入るとバスの台数が一気に増えたことがわかります(http://inbound.exblog.jp/18145846/)。そのピークは4月の第2週で、11日は過去最大の台数でした。明らかに今年1月の春節時を上回っていました。
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4月11日の夜、新宿5丁目付近には中国人観光客を乗せたバスが数多く見られた

震災から1年という節目を迎えたことが大きかったといえますが、日本の観光プロモーションの継続的な取り組みが実を結んできたことは確かでしょう。3月下旬から4月上旬にかけてぼくは北京出張に行っていたのですが、今回は現地での見聞や関係者から聞いた話の中から中国インバウンドに関する注目すべき動きをいくつか紹介したいと思います。

北京の地下鉄通路に日本の桜の全面広告
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北京の地下鉄では2月中旬から3月末まで日本の桜をPR

3月下旬、ぼくが北京で最初に目にしたのは、日本政府観光局の巨大な広告ポスターでした。地下鉄1号線と10号線をつなぐ国貿駅の地下通路を美しい桜の満開の写真が埋め尽くすという仕掛けです。通行人は桜に包まれているような感じがして、日本の花見を体感させる効果を出そうとしているようです。日本ではあまり見かけない地下通路を使った大掛かりな全面貸し切り広告は、視覚的にかなりインパクトのある宣伝手法といえるでしょう。さすがに中国は「宣伝の国」というべきか(政治プロパガンダが中心だった時代の伝統を受け継いでいるともいえます)。知人から聞いた話では、同じものが東直門駅でも見られたそうです。

もうひとつの興味深い取り組みは、日本国大使館や日本政府観光局が中国版ツイッターといわれる微博(ウェイボー)の活用を精力的に進めていることです。

微博(ウェイボー)については、昨年の中国高速鉄道事故をめぐる情報開示の影響力の大きさがメディアで報道されたことからご存知の方も多いと思います。いまや3億人を超える中国人が日常的に活用しているSNSで、中国進出している多くの日本企業や政府・自治体、個人がアカウントを取得し、双方向の情報発信を始めています。

4月初旬に刊行された『中国版ツィッター・ウェイボーを攻略せよ!』(ワニブックスPLUS新書)の著者で、北京在住の山本達郎さんによると、日本大使館のアカウントの開設は2011年2月1日で、同月14日からツイートをスタートさせています。その1カ月後、東日本大震災が発生。震災関連情報の発信に努めるとともに、中国人が日本に対して興味があるといわれる4つのテーマ(「食事」「文化」「政治」「日中交流」)を中心に平日は1日2本、土日は1本ずつツイートを行なったところ、開設から8ヵ月でフォロワー数(中国では「粉丝」といいます)が10万人に達し、2011年4月現在14万人を超えています。これは北京にある各国大使館のフォロワー数ランキングでみると、アメリカ、イギリス、フランスに次ぐ4位です。
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日本大使館の微博ページ


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日本政府観光局北京事務所の微博ページ

同じく日本の観光プロモーションの中軸をなす日本政府観光局北京事務所でも、2011年8月頃より本格的に微博によるツイートをスタートさせており、4月現在フォロワー数は3万3000人を超えています。日本大使館と連携しながら観光に特化した情報発信に努めているわけですが、大使館とスタンスの違うところとしては、なるべく中国人自身にリツイートしてもらえるよう働きかけていることです。この発想はインバウンドにとって重要です。

中国人によるツイートには、観光局からの一方的な情報発信にも勝る強い説得力があるからです。たとえば、同事務所では今年1月から3月にかけて、日本を訪れた中国人観光客による写真コンテストを企画し、微博で応募してもらい、人気投票を実施しています。微博の双方向性を活用し、プロモーションや今後のマーケティングにつなげていく取り組みはすでに始まっているのです。

2012年は大型周年事業の当たり年

北京在住の友人から聞いた今年ならではの話題に、2月16日から4日間、北京国際展覧中心で開催された日中国交正常化40周年記念行事「2012日中国民交流友好年」と「元気な日本」展示会があります。日本でも報道されたAKB48のコンサートをはじめ、アニメソング歌手のライブから神戸コレクションのファッションステージ、マグロの解体ショーまで。会場を取材した現地メディアによると「中国的な意味での派手さはないものの、日本の洗練された文化を伝えるうえで、綿密に企画制作されたイベントだった」(『Whenever BEIJING』持田吉彦氏)ようです。

ご存知のように、2012年は日中国交正常化40周年に当たります。外務省は、経済界を中心に立ち上げられた日中国交正常化40周年記念事業実行委員会(委員長・米倉弘昌日本経済団体連合会会長)と協力しながら、青少年交流と地域レベルでの相互理解を促進するための地域間交流に重点を置いているといいます。

もっとも、昨年11月、14年ぶりに上海航路が再開された長崎県の日中青少年交流など、一部地方での動きが見られるものの、全体としてみると、日本国内では機運はあまり盛り上がっているようには見えません。近年の日中関係を考えれば国民感情的にみても無理はない気もしますが、それ以上に、民間交流が40年にわたって実質的に進み、日常化したことがかえって無関心の背景になっているように思います。

クールジャパンと称される日本のポップカルチャーを中心に構成されるプロモーションは、いまや日本のお家芸といえますが、民間交流のためのわかりやすいツールであるポップカルチャーの中国に対する日本の圧倒的な優位性が日中両国民の相互理解に非対称ともいえるほどの偏りをもたらしていることも大きいでしょう。
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日中国交正常化40周年記念として、北京国際空港の出国ゲートに並ぶ日本の観光プロモーションボード

さらに言えば、2012年は日本政府がワシントンに桜を寄贈した日米親善100周年やインドとの国交樹立60周年、沖縄返還40周年など、大型周年事業の当たり年といえます。こうした場合、全方位外交を掲げるのが政府の立場でしょうから、日中40周年も数ある大型周年のひとつに過ぎません。今年の日中記念事業が30周年や35周年時に比べて盛り上がりに欠けるのは、政権交代と関係があるとの関係者の声も聞かれます。これまで記念事業の推進を関係官庁に強力に働きかけていた政治家が野党に下ったことが大きいというのです。

なんとも微妙な話ですが、今年の停滞ぶりをみる限り、観光振興にとっては大型周年事業を推進させる政治的なプレイヤーも重要な存在であることを認めざるを得ません。

中国で高品質ツアーの造成を阻む障害

ぼくは北京で毎回中国の旅行会社の関係者にヒアリングしています。中国インバウンドの現況を理解するうえで、彼らとの意見交換ほど貴重なものはありません。ここでは、日本のインバウンド関係者に示唆を与えるふたつの話を紹介しようと思います。

ひとつ目は、北京で高品質なオリジナルのツアー造成に取り組んでいる某旅行会社から聞いた話です。

中国の旅行関係者にとっての大きな悩みは、日本側と同様、日本行きのツアーが安すぎることです。いくら特色のあるツアーを企画しようとしても、日本の事情を知らない中国の消費者は、中身を比較検討できるほど商品知識がないため、値段だけで選んでしまう。

前述した微博をはじめ、中国には日本観光に関するネット情報があふれているではないかというかもしれませんが、それらは所詮ピンポイント情報に過ぎません。個別のショップやスポット情報、特定商品の内外価格差に彼らがいくら詳しくても、それで日本がわかったとはいえないのです。旅行は一般の小売商品のように手にとって比べることができないものですし、その国の交通機関や宿泊施設、人的資源など、さまざまな観光インフラや社会システム、ルールによって支えられて成り立っているものだからです。

東京都内のホテルとパンフレットに書かれていても、実際には千葉にあることを事前に理解しているツアー客がどれだけいるでしょうか(これは旅行業者も同じ)。一見豊富に見えるネット情報と中国の消費者の旅行商品に対する成熟度は別の次元の話なのです。もちろん、ここでぼくは情報発信に意味がないといっているのではなく、認知度アップのための不断の努力は欠かせないとして、もっと重要視されなければならないのは、中国の消費者が実際にツアーに集客されるビジネスの現場を知ることです。

中国で高品質なツアーの造成を阻む障害となっているのは次のような事情だといいます。仮に自社企画のオリジナルなツアーを募集しても、すぐに他社にパクられてしまうため、積極的な新規のツアー企画をためらう風潮が中国の旅行業界にあるというのです。たとえチャレンジするとしても、クローズドな市場に向けて用心深く告知し、ツアーの中身を他社に悟られないよう最大限の注意を払わなければならない。日本人の目から見れば、なんと異常な光景でしょう。同社のスタッフは吐き捨てるようにこう言いました。「中国では知的財産権の保護などありえないのです」。

ツアー企画のパクリというのは、中国に限らず日本でもあるように思うのですが、彼が言うには「中国ではパクったうえ、中身を低品質の素材にすり替え、安く販売しようとする」といいます。企画造成のための地道な努力を欠いた商品の乱造はオリジナルの商品までイメージダウンさせ、共倒れさせてしまう。これは旅行商品に限った話ではなく、中国の消費市場一般にいえると思いますが、まったくたちの悪い話です。

中国でのビジネスには日本人が通常考えにも及ばない苦労があるというのです。だとしたら、日本のインバウンド関係者は、彼らの事情を理解し、高品質なツアーを造成しようと努力している一部の優良な旅行会社とそうでない粗製濫造型の旅行会社をきちんと判別し、直接前者を支援することが必要なのではないでしょうか。こうした連携については、後日具体的な提案をしてみたいと思います。

上海市旅游局の取り組みに日本も連携できないか

ふたつ目の話は、別の担当者から聞いた中国の観光政策に関するニュースです。それは「Travel Link Daily(旅业链接)」という中国の旅行業界誌に掲載された以下の報道です。

「上海市旅游局全面整治3000 元以下低价港澳游(旅业链接2012月3月16日号)」

簡単にいうと、免税品店の連れ回しやツアー客の置き去りといったクレーム続きで中国の消費者から悪評高い香港・マカオ行き激安ツアーの停止に、いよいよ上海市旅游局が着手し、違反した旅行会社に罰則を下すというものです。注目すべきは、ツアー代金が3000元以下だと取り締まるという基準です。

この記事をぼくに教えてくれた北京の某旅行会社の女性主任はこう言います。「なにしろ安い香港ツアーでは旅行代金すべてを集客した旅行会社が懐に入れ、現地に客を送って終わりという無責任なケースがほとんど。香港側のランドオペレーターはツアー客からいかに金をむしり取るしか考えようとしない。さすがにこの状況を改善しなければならないと上海市旅游局が重い腰を上げたのです。とてもいいことだと思います」。

ただし、この施策がどれほど厳密に適用されるかについては、今後の行方を見守る必要があるようです。帰国後、この話を日本のアジアインバウンド界の重鎮であるNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁理事長にしたところ、「これまでも何度か同じようなニュースが伝えられたことがあったが、状況が改善したとは思えない」と厳しいコメントをいただいたからです。

たとえそうだとしても、こうした報道を受けて、ツアーの激安化に悩む日本の監督官庁や業界関係者も行動を起こしてほしいとぼくは思います。端的にいうと、上海市旅游局の取り組みに日本も何らかの連携ができないか、ということです。

そんなに単純な話ではないことはわかっています。文字通りの連携は難しくても、上海市旅游局が取り組みを始めるに至った経緯や状況認識をヒアリングすることには意味があると思います。我々からみれば複雑怪奇に見える中国の旅行ビジネス市場において、当局がどこからどう手をつけるか、中国式の施策運用の実態を理解することも必要ではないか。

実際のところ、いったん定着した価格帯を引き上げることは、そんなにたやすいことではありません。激安ツアーの停止は短期的には集客を減らし、エアラインや香港側のホテル営業に直撃するからです。当然彼らは反発するでしょう。関連業界の利害調整が不可欠です。事情は日本だって同じです。日本の監督官庁がメイド・イン・チャイナ化した中国人の日本ツアーを野放しにしている背景には、エアラインをはじめとした一部の業界団体の利益を守ろうとする暗黙の了解が働いているはずです。

上海市旅游局が取り締まりに着手する錦の御旗は消費者保護でしょう。こうした課題解決に中国がいかに取り組むか。その手法や発想がたとえ我々と大きく違ったとしても、その道筋を知ることは日本の対中国インバウンド施策の立案に参考になります。来日中の中国ツアー客を日本の消費者と同様にいかに保護するかは、本来日本の国内問題でもあるはずです。彼らにお金を落としてもらうことを期待する以上、当然のことでしょう。野放しのままでいいわけがないのです。

前述の中国人主任は「日本政府も上海市にならって中国側に最低ツアー価格を打ち出してほしい」と言います。そこで、試しに「日本ツアー停止の基準を設けるとしたら、いくらにすべきだと思いますか」と尋ねたところ、「1万元、いや、せめて8000元」と答えてくれました。香港3泊4日の最低基準価格が3000元だとしたら、東京・大阪5泊6日が1万元(約13万円)というのが中国側からみれば妥当な価格帯なのかもしれません(日本側からみると、それでも十分とは思えませんが……)。

中国の日本ツアーのコストを無視した激安問題を解決することの難しさは、中国市場の著しい地域格差も大いに関係があります。上海市場ではすでに訪日旅行の主流は団体から個人に向かって進化していて、今後も引き続き激安化が問題となるのは、市場の成熟度が遅れた中国の2級都市や内陸都市からのツアーだからです。ツアー下限料金の取り締りは、現状では中国で最も消費者意識が高いとされる上海だけで、今後それ以外の地域にどこまで広がるかはまだわからないのです(北京でも今後始まるとは思いますが、上海に比べ消費者意識に沿ったというより、どこか権威主義的な運用になるような気もします)。

まったく難儀なものですね。でも、こうしたことは新興国市場から利益を得ようとすれば、誰もが避けられない現実でしょう。インバウンドは自分を知ると同時に、相手を知ることが欠かせません。今回紹介した「Travel Link Daily(旅业链接)」のような中国の旅行業界誌の報道にもこれからは目配りが必要だと思います。(2012年4月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_76.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 22:49 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

8回 震災から1年。いまだからこそ、インバウンドのビジネスモデルをおさらいしよう

東日本大震災から1年がたち、訪日中国旅行市場もようやく回復の兆しを見せ始めているようです。3月中旬のある夕刻、ぼくが定点観察している新宿5丁目明治通り沿いにある中国インバウンドバス路駐スポットで久しぶりに大型バスを発見しました。ローソンの前にバスを停め、ツアー客が食事から戻ってくるのを出迎えていた運転手さんに声をかけてみました。
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新宿5丁目明治通り沿いにある中国インバウンドバス路駐スポットにて

「どこから来たお客さんですか?」
「天津から」
「桜の時期はどうですか?」
「今年は戻って来そうだよ」

また数日前、北京の旅行会社の知り合いに電話で話を聞いたところ、春節後、MICE(企業視察や交流を兼ねたビジネス訪日旅行)の大口案件が次々と決まり、忙しい毎日だと話してくれました。おととし秋の尖閣諸島沖漁船衝突事件以降、「いい話はひとつもなかった」と渋い顔を見せていた北京の旅行業者も、久しぶりに明るい声を聞かせてくれたのです。

とはいえ、この春中国客が日本全国津々浦々に姿を見せることになるかというと、そういうものではありません。残念ながら、彼らが訪れる場所とそうでない場所については、残酷なほど明暗を分けることになるでしょう。中国客の来訪を待ち望むすべての観光地やホテル、小売店、飲食店、アミューズメント施設が公平に潤うことはまずあり得ないのです。

なぜなのか。日本人の眼から見ると、その違いがどこにあるのかわかりにくいかもしれません。でも、彼らが訪れる場所には必ず選ばれる理由があります。今回は、それを理解するための前提として、あらためてインバウンドのビジネスモデルをおさらいしたいと思います。

ランドオペレーターなくしてインバウンドビジネスは成り立たない

今回ぼくがビジネスモデルの話に立ち返る必要を感じたのは、3月7日に行なわれたやまとごころ主催の第25回インバウンド勉強会「観光の力が問われている復興の道のりと可能性」に出席したことにあります。そこでは震災後1年という時節柄をふまえ、被災地観光の可能性がテーマとなっていましたが、パネルディスカッションに登壇されたNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の石井一夫さん(株式会社ジェイテック取締役営業部長)と河村弘之さん(株式会社トライアングル代表取締役)のおふたりの発言に触発されたからでした。

司会者から東北の被災地観光の可能性についてインバウンドの視点でのコメントを求められたとき、石井さんはこう発言されています。

「国によって温度差があります。台湾はひと通り東京から大阪のゴールデンルートは終わり、その後に北海道のブームが来て、九州、最後に東北という流れがあります。それに比べて中国はゴールデンルートが7割と、東北へ目を向けている人がまだ少ない状態です。また、放射能の心配から、東北に行く際に福島を通って大丈夫かという声があります。被災地でもコースを造成することは出来るかもしれませんが、売れる国とそうでない国に分かれると思います。日本全体に外国からのお客様が来ていただいてないという現状を考えると、まずは日本全体が良くなってから東北という順番があるのかなと思います」(やまとごころHPより抜粋)。

ここで石井さんが述べておられるのは、対象国・地域によって訪日旅行マーケットの成熟度がまったく異なっているという認識です。被災地としての東北地方への誘客は、台湾のような成熟したマーケットの旅行者であれば可能性はあるものの、中国のような後発マーケットでは難しいだろうということをリアリズムで語っておられます。

一方、河村さんからは昨年9月、香港から約100名の宗教関係者の四国お遍路めぐりを手配されたという興味深い報告がありました。「東北大震災の被災者を供養するための7泊8日の巡礼ツアー」だそうです。こうしたユニークなツアーが催行できたのも、香港が台湾同様、成熟したマーケットであることの証でしょう。そして、何より河村さんが海外客を相手に日本の旅行手配を長く手がけてこられた豊富な経験をお持ちだからです。

おふたりはインバウンド専業のランドオペレーターです。いまさらですが、ランドオペレーター(ツアーオペレーター)というのは、海外旅行(アウトバウンド)で観光案内やホテル、レストラン、現地の交通手段などの手配を専門に行う現地会社のことです。それがインバウンドでは、外国人の訪日旅行のための日本側の手配会社になります。もしこうした手配会社がなければ、今日の消費者が望むような旅行商品を誰もが等しく享受することはできません。いくつかの選別された旅行素材をまとめて仕入れることで安価な商品を造成するのが、旅行業の最も基本的なビジネスモデルです。
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世界は広く、マーケットも多様ですから、それぞれのランドオペレーターは国・地域別に専門が分かれている場合が一般的です。石井さんは中国本土市場、河村さんは東南アジア市場が専門です。当然、おふたりは専門とされるマーケットの事情に精通しておられますし、現地の旅行会社と強いパイプを持っています。情報とパイプがインバウンドビジネスにとっての肝であることは言うまでもありません。

インバウンドのビジネスモデルにおいて、ランドオペレーターは要の役割を果たしています。ランドオペレーターなくして本来、健全なインバウンドビジネスは成り立たないのです。ところが、これまで書いてきたように、とりわけ中国からの訪日旅行市場において、要となるはずのランド業務の大半が日系業者ではなく、日本手配経験の乏しい新興の在日中国系業者の手に渡ってしまったことで、中国人の日本ツアーがメイド・イン・チャイナ化してしまったのです。

日本のランドオペレーターともっと手を組もう

今回のやまとごころ勉強会で、ふたりのランドオペレーターの話を聞きながら、どれだけのインバウンド関係者がこうした実情を理解しているのだろうか、と疑問に思いました。

インバウンドに関連する業界は、宿泊施設や運輸交通といった観光産業だけではありません。小売や流通、金融、情報通信といったサービス産業に加え、製造業や不動産業、国・地方自治体まで広範囲にわたっています。もともと観光産業とは無縁だった異業種の方々からすれば、インバウンドのビジネスモデルにおけるランドオペレーターの役割をあまりご存知なかったとしても無理はないかもしれません。しかし、日本国内と誘致相手国・地域事情に精通した日系ランドオペレーターがキープレイヤーとして活躍できないようでは、日本のインバウンドビジネスはうまく機能するはずがないのです。

さまざまな異業種が参入し、海外のあらゆる地域の情報が入り乱れていることで、日本のアジアインバウンド市場は情報だけが先走りし、内実が追いついていないように見えます。各プレイヤーの方々も自分の果たすべき役割や本来取り組むべき課題が見えていないのではないかと感じます。
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2011年秋のトラベルマートの会場にて。世界各国の旅行会社と日本のサプライヤーによる商談が行なわれた

これまで多くのインバウンド関係者が個別に海外の旅行博覧会にブースを出展したり、自治体の首長と一緒に現地の旅行会社を表敬訪問したりしてきましたが、いったいどれほどの誘客効果があったでしょうか。海の向こうに出かける前に、まずは現地のマーケットと直接つながって日々外客を迎え入れているランドオペレーターに相談すべきだったのではないでしょうか。

実はランドオペレーターの側もそれを望んでいます。前述のおふたりもパネルディスカッションの中で、会場に集まった関係者に向けて「もっと皆さんの話を聞かせてほしい」と問いかけていました。

石井さんはこう語っています。
「外国人の目線で日本に求めているものは何かを理解し、旅行の食べる・寝る・遊ぶという要素を満足できるものにする必要があります。東北では和、温泉、祭りといった特色や良さをどうやって旅行商品に組み込んでいくのかが課題です。海外の現地旅行社が知りたいのは料金と特色とルートなので、皆さまには我々のような企画提案できる人間に情報を提供していただいて、協力しながらやっていければと思います」(やまとごころHPより抜粋)

ランドオペレーターは国内各地の旅行素材を海外マーケットの嗜好に即して商品となりうるかどうか日々吟味検討しています。アジアインバウンドの歴史は約30年といわれるように、彼らの海外マーケットに対する理解は深いものがあります。いまからでも遅くはありません。インバウンド関係者の皆さんは、日本のランドオペレーターともっと手を組むべきだと思います。

呼び込みたいのは誰ですか?

それをふまえたうえで、あらためて考え直さなければならないことがあります。自分たちが呼び込みたいのはどの国・地域の市場なのか。あるいは呼び込むのにふさわしい市場はどこかをはっきりさせることです。観光産業以外の業種から新規参入してきたインバウンド関係者の大半が絞り込みでつまずいているようにぼくは思います。
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世界にはたくさんの国があるが、市場の絞り込みが必要だ

しかし、一部の観光地やホテル、小売店、飲食店、アミューズメント施設の中にはすでに集客に成功している事例が見られるのも確かです。彼らに共通しているのは、自分の呼び込みたい市場が明確になっていることです。

たとえば、日光江戸村や新横浜ラーメン博物館のようにタイ人観光客の集客で知られるアミューズメント施設は、タイ市場に特化したさまざまな取り組みを続けていることで知られています。なぜタイ市場だったのかという検討も、さまざまな海外マーケットとの比較検討から導き出されています。こうした市場の絞り込み作業が実はいちばん重要なのです。当然、河村さんのような東南アジア専門のランドオペレーターとの協力連携も不可欠だったでしょう。

旅行とはいってみれば、線を描いて時間軸に沿って移動していく営みですから、石井さんのいうように「料金と特色とルート」をめぐって導線を結ぶ素材選びが必要であり、それを仕切り、アレンジしているのがランドオペレーターです。ですから、旅行素材の提供者(サプライヤー)が、もし自分の対象とするにふさわしい海外マーケットがどこなのかよくわからないのだとしたら、それぞれの国・地域を専門とする日本国内のランドオペレーターに個別に相談し、検討してもらうといいいでしょう。自前で海外に出向き、やみくもに現地の旅行会社を訪問するというコストのかかるわりには成果の見えにくいやり方に比べると、そのほうがずっと現実的で確実だと思います。

こうしたマッチングのための受け皿として期待しているのが、石井さんや河村さんらランドオペレーターを中心に結成されたNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)です。彼らはアジア市場のインバウンドビジネスの豊富な経験と知見が集約された日本でもほとんど唯一の実践的な組織といえるでしょう。現在では、多くのサプライヤーも会員となっており、日本のインバウンドビジネスにおけるさまざまな課題のソリューションのために活動されています。

最後に提案があります。これからインバウンド市場に参入しようと考えておられる皆さんや自治体の方たちのために、AISOはインバウンド相談部門を設け、それをやまとごころが窓口となって国・地域別のマーケットごとに振り分け、マッチングさせるというしくみをつくってはいかがでしょうか。

ここでいうマーケットとは、日本政府観光局がインバウンドの重点市場と考えるアジア市場を中心に台湾、香港、タイ・マレーシア・シンガポール、その他の東南アジア、韓国、中国本土、極東ロシアなどを指します。中国本土に関しては、北京、上海、広東、東北三省、その他内陸地方(重慶)など、いくつかの地域別に分けるべきでしょう。中国は地域によってマーケットの成熟度が大きく異なるため、マーケット的にひとつの国だと考えると、うまくいかないと思います。インバウンドに参入するなら、まずはこれらのうちどこの市場が自分にふさわしいかを検討することから始めてほしいのです。

ぼくがこの連載で中国市場を中心に据えて書いているのは、人口規模は大きく、見かけの経済成長率は高いものの、最も後発で成熟度が遅れ、地域格差が大きく、しかも国家資本主義を採用し、政治が執拗にビジネスに介入してくるというきわめて難易度の高い特殊なマーケットであるからです。ですから、ビギナーである新規参入業者がいきなり難しいところから始めるというのは無謀といえるかもしれません。これまで少々辛口で中国インバウンドの実情を明らかにしてきたのは、そこに気づいていただきたいからです。もし検討の結果、自分にふさわしい市場でないとの結論が出れば、中国を選ぶ必要はないのです。(2012年3月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_74.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 22:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)