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2012年 05月 07日

7回 中国にとって観光は政治の道具であるということ

今回はいつもと趣向を変えて、2月6日に開催された第7回北東アジア国際観光フォーラム新潟会議【The 7th International Forum on Northeast Asia Tourism in Niigata(IFNAT)】の報告をしたいと思います。

IFNATは、新潟県が1993年に立ち上げた公益財団法人環日本海経済研究所【The Economic Research Institute for Northeast Asia(ERINA) 】の主催する北東アジアの国際観光振興に関する会議です。新潟県は日本海に面した自治体を代表して環日本海経済圏との交流推進を掲げてきました。会場は新潟港近くの朱鷺メッセ。参加者は、北東アジアの4カ国(日本、中国、韓国、ロシア)から集まった行政や大学、民間団体ら約100名で、この地域の国際観光交流をテーマとした講演や報告、交流会がありました。

インバウンド重点市場の上位2国を含む日本に最も近い周辺国の観光研究者が一堂に集まるユニークな会議です。東京に住んでいると、どうしても発想が首都圏特有の事情に偏り、地方経済の低迷を打開するというインバウンド振興の本来の目的や方向性を見失いがちです。ひと口に北東アジアの国際観光といっても、それぞれインとアウトの双方向の市場がありますが、インバウンドにとって大事なのはお客さんとなる相手の国の顔を知ること。各国の報告者のコメントを聞き比べるだけでも、この地域の多様性や国情の違いが見えてきます。北東アジアの人たちが自らの観光市場をどう位置付け、どんな話題を提供してくれるのか。それに触れるだけでも興味深い。今回は、この会議で得た知見や感じたことを書いてみようと思います。

ネガティブな現状を率直に認めるロシア関係者
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カムチャッカ州への観光客数1位は日本

まず印象的だったのが、ロシア関係者の報告でした。極東アムール州ハバロフスク市政府のV.E.セリュコフ観光発展局長は「北東アジア観光振興における協力の見通し」と題された報告の中で、近年石油や天然ガスのパイプライン建設における北東アジア各国の協力体制が進む一方、観光分野での国際協力の遅れを指摘しました。背景には、北東アジア各国の経済発展レベルが一様ではないこと、とりわけインフラ整備の水準が異なるためであり、今後は各国関係者のさらなる交流と観光情報ネットワークの構築が必要だと提言します。

こうしたネガティブな現状を率直に認める潔さは、最近の中国や韓国の関係者にはあまり見られないものだと感じました。彼らは一般に自国の発展や成果を吹聴することに熱心で、課題分析はおざなりのまま具体性の乏しい展望を語りがちです(今回もそんな報告がいくつか見られました)。一方ロシアの関係者には、少なくともこの会議での友好的かつ建設的な発言を聞く限り、とても新鮮な印象を受けました。

今年9月、極東ロシアのウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれます。ロシアがアジア太平洋諸国の一員として初の議長国を務めるということ自体、時代の大きな変化を感じます。日本海を挟んだ国々の経済交流が遅れた背景には冷戦構造があったわけですが、ソ連崩壊から20年(鄧小平の南巡講和に始まる中国の本格的な市場経済化からも同じです)。いまやロシアにとっての最大の貿易相手国はドイツから中国になったそうですから、彼らのアジアに向き合うスタンスも当然こうした情勢をふまえたものと理解できます。

今年1月28日の日露外相会談で両国のビザ簡素化協定が結ばれ、今後の日露の相互交流の促進も期待されるところです。カムチャッカ州政府のV.I.クラフチェンコ・スポーツ観光大臣によると、自然の宝庫として知られるカムチャッカ半島を訪れる年間の外国人観光客約1万2000人のうちトップは日本で、約3000人(23%)がこの地を訪れているそうです。すでに2009年より稚内(北海道)とサハリン(ロシア)を結ぶ国際フェリー航路利用限定の72時間内ノービザ渡航(日本人のみに適用)も始まっており、2012年は「日本にいちばん近いヨーロッパ」としての極東ロシアという存在を再認識する年になりそうです。

新潟の観光PRは内向きすぎる

こうした話題が身近に感じられるのも、日本海に面して対岸のロシアと長く向き合ってきた新潟に足を運んだからこそといえるでしょう。その一方で、気になることもありました。

今回、日本側からは鈴木勝桜美林大学教授による日本の観光政策に関する講演や、東北観光推進機構による「東日本大震災後の国際観光への影響と復興」といった報告とともに、主催地の新潟県と市の観光PRがありました。

ところが、この主催地の報告がとても残念なものだったのです。いったい誰に向かって何をPRしようとしているのかわからない。内容が内向きすぎるのです。

観光局の担当者は、桜やビーチ、花火、紅葉、スキー場、温泉など四季折々の美しい写真を収めたパワーポイントを見せながら、新潟が誇るさまざまな魅力を一生懸命語ってくれます。でも、その説明は日本人仕様でしかありません。外国人からみれば「桜、紅葉、温泉……。日本はどこでも同じ。新潟ならではの特徴って何?」と言われても仕方がない内容でした。新潟の観光素材を並べて見せるだけで、日本における新潟の特徴的な位置付けや他の地域との差別化、優位性についての比較検討をしてくれないからです。

意地悪を言いたいのではありません。外国人がその地を訪ねる動機とは何か。その見極めは、インバウンドにとっていちばん重要なポイントです。ここでいう動機とは、相手国からみて訪問するだけのどんな価値があるか、です。香港や台湾、東南アジアの人たちが雪を見に北海道に行くのは、彼らが雪を見たことがないからです。だとすれば、新潟だって彼らを呼び込めるはず。ただし、北海道との差別化や新潟の優位性をどこまでわかりやすく提示できるかにかかっています。それを日本人の価値基準で押し測っても仕方ありません。同じ観光資源でもA国にとって価値があっても、B国には価値がないということもある。インバウンドの価値(=誘客の可能性)は、あくまで相手との相対的な関係から生まれるからです。自らの優位性を理解するためには、相手国の市場を個別に調べる必要があるでしょう。

ところが、新潟県に限らず、全国の自治体関係者はたいていどこでも、この肝心なポイントを理解できていないように思います。海の向こうから日本の、我が地元を選んで旅行に来てくれる可能性があるのは、どの国のどのような人たちなのか? 誘致の鍵は、それを厳密に分析し、どこまで想定できるかにかかっているのです。現地調査は不可欠の作業です。理由も考えずに、いまの時代は中国市場だと決め付けるのは大間違いです。

自治体の観光PRのまずさに共通しているのは、日本人向けPRをちょこっと手直ししただけで、外客向けにも使い回ししていることにあります。これは明らかに手抜きです。相手は日本人ではないのですから、同じ内容で伝わるはずがありません。外国人が初めて日本語を学ぶ教本と同じように、一から観光PRの内容を組み立て直す必要がある。自治体の観光担当者は物事を甘く見すぎていると思えてなりません(この点についてはいずれ詳しく触れるつもりです)。

中国における観光と政治の密接な関係
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「Red Tourism(紅色観光)」を推奨する中国政府

最後に、当連載のテーマである中国インバウンド(訪日中国人旅行市場)の本質を理解するうえで参考となる報告を紹介したいと思います。それは中国を代表するシンクタンク、中国社会科学院観光研究センターの張廣瑞主任の基調講演でした。

中国の観光政策の方向付けに影響力を持つ張主任が、今回選んだテーマは「観光発展に関する政治的分析」というものでした。以下、簡単に概要を紹介します。

「新中国成立以降の観光の発展は、1949年から78年までの前半30年と改革開放以降今日に至る後半30年の2つに分けられます。前半期において観光は政治に尽くすためのものでした。当時の中国の政治経済状況(1950年の中国人1人当たりのGDPは33ドル)では、中国人の海外渡航は考えられませんでしたから、新中国を理解してもらうために海外華僑と外国人を招き、外貨を獲得することが目的でした。観光は政治の道具として選ばれたのです。

1978年に始まった改革開放は中国にとって政治と経済の分離という意味で革命であり、観光に新たに経済的機能を付加しました。しかし、中国政府が観光を政治目標の重要な戦略として位置付ける姿勢は変わりません。たとえば、共産党の革命史跡を訪ねる『紅色観光』ツアーの商品開発や集客においても政治的要素が内包されています。

国内観光だけでなく、国際観光においても観光の政治性は顕著に現れています。1992年の韓国との国交回復、97年の香港返還、2000年代以降の台湾との両岸関係の改善において、観光は国策との関係で重要な役割を担ってきました。毎年数千万人の大陸観光客を香港・マカオに送り込み、数百億元の観光消費が投入されることは、中央政府の両特別行政区の社会経済発展に対する絶大な支持の旗印となっています。

今後、中国は国際観光の発展によるソフトパワーの増強を推進したいと考えています。『未来の中国における観光発展の政治思考』として、以下の4つの政治的機能を重視します。

①中国人のアウトバウンド市場の拡大を通じて"国際的発言権"を勝ち取る
②大衆の観光需要を満たし、国民生活の質を改善する
③文化観光を通じて中国の国際的イメージの改善をはかる
④観光の政治的影響力をいかし、北東アジアの平和と安定的発展を促進する

中国の観光が発展するなか、これからも政治的機能の側面を注視する必要があるでしょう」


政府の関心は海外での中国人の尊厳
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世界中の国々が中国人観光客の来訪を歓迎する時代

皆さんはどうお感じになったでしょう。なぜ張主任はわざわざこんなテーマを選んで発表したのでしょうか。ぼくはこの講演を聞きながら、2008年に解禁された台湾への中国人観光客数がわずか2年で100万人の大台を突破(日本の場合は2000年解禁から10年かかっている)。あっという間に訪日旅行者数を追い抜いたことこそ、まさに中国における観光の政治的表現だったとあらためて思いました。

国家資本主義を標榜する中国は、ビジネスへの政治の介入や影響力が著しく大きい市場であることは、皆さんもご存知かと思います。しかし、観光政策の第一人者からこれほどあっさり「中国にとって観光は政治の道具」であると言われてしまうと、暗然とした気分にもなります。つまり、中国政府の政治的判断のさじ加減ひとつで、今後も訪日旅行市場は増えも減りもするという現実を意味するからです。中国インバウンドは本質的に、日本側の努力がまっすぐに報われるとは限らない政治色の強いマーケットといえるわけです。

日本では観光といえば、せいぜい国際親善と異文化理解や交流に貢献するもの、くらいにしか考えられておらず、観光産業以外の人たちがインバウンドに経済効果があるなどと言い出したのは、ほんの最近のことでしょう。1980年代の海外旅行市場の拡大も、日本の黒字減らしという位置付けで考えられてきました。最近になって「観光立国」を唱えたところで、どこまで本気で日本政府が国家戦略として観光を位置付けているのかあやしいものです。

しかし、中国政府にとって観光は"国際的発言権"獲得や国際的イメージの改善といった勇ましい言葉と絡めて理解されるのです。しかも張主任は「(観光を政治利用するのは中国だけでない)むしろ先進国こそ、観光を通じて本国文化と価値観を輸出してきた」と言っています。

張主任はこんなことも言います。「(日本と同様)近年ビザ手続きの簡易化を進める先進国が中国に見せる笑顔もまた政治である」。「かつて先進国は中国に対する明らかな差別的政策を採っていたが、中国経済の興隆とともに政策の変更が見られるようになった」「政府の中国人渡航者への関心は、現状において海外消費が中国経済にマイナス影響を及ぼすほどではないため、海外で中国人が差別的に扱われていないか、尊厳が守られているかにある」のだそうです。

う~ん、そこまで言われると……。もしそんなに中国人の尊厳が大事なら、中国政府も自国の旅行業界に海外で中国客がじゃけんに扱われるような激安ツアーをやめさせて、適正なコスト構造の商品造成を目指すよう行政指導すべきではないかとぼくは思いますが、どうでしょうか……。

まあしかし、張主任に代表される中国の知識人の意見表明を冷静に受けとめることも必要でしょう。ことさら観光と政治の関係を強調する彼の真意はどこにあるのか。もしそこに中国社会の本質を見ようとしたのでなければ、テーマ化される必要もなかったでしょう。

今回彼がこのテーマを選んだ理由は、日本側にも中国の国情を理解してほしいというメッセージが含まれているようにぼくは思います。外交交渉に限らず、中国側の政治的意図に日本側が鈍感すぎると彼らは常々感じているのではないでしょうか。

近年、中国から発せられるストレートな対外認識が世界に過度の緊張や警戒感を引き起こしてしまうという構図は、至る所で見られますが、そこには彼らの確信犯的ともいうべき世界に対する違和感の表明があるかと思います。一方で彼らは常に(自分たちは不当に侮られているという)外国への不信と被害妄想がない交ぜとなった不安定な精神状態の処理に苦慮しているようです。正直なところ、かなり面倒くさい人たちです。そんな中国が世界から取り扱い要注意国とみなされるのもやむを得ないでしょう。

こうしてみると、訪日中国人旅行市場は、知れば知るほど厄介な世界といえます。それでも、皆さんは中国市場への取り組みを続けますか。あやふやな覚悟では立ち行かない領域にふみ込んでいるのだという自覚も必要だと思います。嫌なら、別のマーケットを選べばいいのですから。その見極めは大事です。

とはいえ、政府が何を考えていようとも、一人ひとりの中国人観光客は、話してみればごく普通の人たちです。海外に出国できる経済力があることは、この国の国情からすればいまだにひと握りの恵まれた階層であることは変わりません。中国市場に向き合うとき、こうしたギャップに我々はいつも振り回されてしまいがちですが、それをどう乗り越え、適切な対応ができるかが試されていると思います。今回は少し変則的な内容でしたが、これからも中国インバウンドビジネスの内実に関わるさまざまな領域を探っていくつもりです。(2012年2月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_72.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 21:26 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

6回 「奪われた10年」をもたらした3つの理由

今年も春節がやってきました。関係者によると、昨年の震災前の頃の勢いはないけれど、中国人団体ツアー客は少しずつ戻ってきているようです。

しかし、こうしたことで一喜一憂していても仕方がないことを、我々はこの数年間で学んだのではないでしょうか。

これまで書いてきたように、中国の消費者から見て日本はすでに激安ツアー圏とみなされています。2000年の中国団体観光ビザの解禁からわずか2年後には、ツアー料金が半値以下に急落し、本来は国内手配業者として中国客の受け入れを担うはずだった日本の旅行会社がいっせいに手を引いたことで、在日中国系の業者が訪日市場を引き受けることになり、これ以降、日本のビジネス慣行ではなく、中国式の慣行がまかり通ることになります。その結果、日本のサプライヤー(ホテルや交通、飲食、小売業者など)はただ受身のまま、際限のないディスカウント攻勢にさらされ、デフレの底流に引きずり込まれていく……。

実態面でみると、これが日本のインバウンドの「奪われた10年」の実像だった気がします。ただ、それがこの10年の総括だとしたら、少々被害妄想的すぎるとも思います。いまとなっては、日本のインバウンドが盛り上がらない理由をすべて震災のせいにできてしまうところがありますが、こうした事態を招いたのは、我々の側に落ち度があったのではないか。そのツケをいま支払わされているのでは……。あらためて日本の内なる問題について考えてみなければならないと思います。

「13億の市場」の福音と思考停止

ではそのツケとは何か。結論から先に言ってしまうと、以下の3つだとぼくは考えています。

①中国の消費者の実像をしっかり見ようとしなかったことのツケ
②アジア客を相手にするのは面倒だと考えたことのツケ
③プロモーションばかりでルールづくりを後回しにしたツケ

まず、①の「中国の消費者の実像をしっかり見ようとしなかったことのツケ」から考えてみましょう。この点は、特にここ数年中国インバウンド市場に参入してきた観光産業以外の関係者に言えることだろうと思います。

訪日中国人旅行市場が大きく注目されるという意味で、日本のインバウンドがひとつの転機を迎えるのが2007年です。反日デモをはじめ日中関係の悪化が取りざたされることの多かった小泉政権が終わった翌年、訪日中国人渡航者数が90万人を超え、初めてアメリカからの訪日客を上回る第三の市場となります(ちなみにその年1位は韓国、2位は台湾。2010年には台湾を抜き、第二の市場に)。

前述したように、すでにこの時期中国人の日本ツアーの価格破壊は完了していました。ところが、観光産業とは縁のなかった業界関係者の多くは、あるいは日本の経済界と大くくりにいってしまってかまわないと思いますが、北京オリンピック開幕に向けて邁進する中国「13億人の市場」に対する過剰反応を見せてしまうことになります。その引き金となるのが、以下のようなもの言いです。

「13億人もの人口を抱える中国では、経済成長に伴う出国率の上昇が与える量的インパクトは他の国とは桁違いに大きい」(三菱東京UFJ銀行「経済レビュー」2010年6月18日「拡大が予想される中国人観光客とわが国経済への好影響」)

今日の中国の1人当たりのドル換算のGDPが日本の1970年代前半の水準と同じであり、出国率に至っては日本の70年代後半の水準ということから、中国がこのまま日本と同じような成長を続けると「桁違い」の量的インパクトがある――。

確かにこれだけ聞くと、中国インバウンドに対する期待値がいやおうなく高まってしまったのも無理はありません。こうした福音にも似たエコノミストの時評に呼応するように、マスコミの中国客"爆買い"報道が続いたことも後押ししたでしょう。

しかし、あらためて言うまでもありませんが、こうしたレポートでは、インパクトは「桁外れ」と推測するものの、中国の消費者の実像についてはほとんど触れられていません。あるのは「13億の市場」という共同幻想への誘い、とでも言うべきものではないか。

思うに、13億という量的スケールは我々日本人の把握可能な限界を超えていたということかもしれません。超えていたからこそ、「信じる者は救われる」ではないですが、共同幻想に浸ってしまった。その結果、本来であれば一つひとつ手順をふんで物事を積み上げていくことの好きな日本人が、広大すぎる新興国の未開拓市場のどこから手を付ければいいのか、茫漠とした気分に襲われてしまい、実情にまっすぐ向き合うことを最初から諦めてしまった面があるのではないか。

もちろん、そうではないという人たちもいるでしょうが、たいてい自分にとって都合のいい面しか見ようとしない傾向が感じられます。そうこうするうちに、2011年からの中国不動産市場の調整問題や輸出の陰りで、またぞろ「中国崩壊論」がにぎやかしくなることが予測されます。こちらは逆に悪い面だけしか見ようとしない。ともに思考停止といわざるを得ないと思います。

欧米客ならいいけど、アジア客は受け入れたくない

一方、観光産業の関係者、特に手配業者としての旅行業界はこの10年、どうしていたのでしょうか。インバウンドにとって本来要となるべき業界の関係者が、訪日中国客の国内手配ビジネスを在日中国系業者に手渡すことをただ見過ごすだけだったのでしょうか。

この点を考えるうえで、中国人の訪日団体旅行が解禁となった2000年という年について振り返る必要がありそうです。

実は、この年、日本人の海外旅行者数が過去最高の1781万人になります(この数字は、以後一度も抜かれていません)。バブル経済のピークだった1990年に1000万人を初めて超えた海外旅行者数は、崩壊後も10年間、伸び続けました。2001年の米国同時多発テロや03年のSARSなど、次々と海外旅行手控え要因が頻発する2000年代についに海外旅行マーケットの頭打ちの時代を迎えるわけですが、少なくとも2000年という段階で、日本の旅行業界の関係者がまだ先の見えない中国インバウンド市場より、アウトバウンドに賭けたいと考えていたのは当然ともいえます。

だから仕方がなかったと弁護するつもりはありませんが、日本の旅行業界の関係者は「欧米客ならいいけど、アジア客の受け入れは儲からないからやりたくない」と本音レベルでは考えていたことは確かでしょう。つまり、中国インバウンドの主導権を在日中国系に握られてしまった背景には、中国の旅行業者と日本のサプライヤーの橋渡しをし、日本のルールに乗せて運用する手配業者としての役割を担うべき日本の旅行業界が②の「アジア客を相手にするのは面倒だと考えたことのツケ」にあるといえます。本来中国側と向き合うべき業界の腰が引けていたから「奪われた10年」になってしまったといえるわけです。

もっとも、彼らだけを責められないのは、2000年当時どれだけの日本人が外国人観光客の受け入れを待望していたのか、ということです。

たとえば、2007年頃の少し古いデータですが、日本の宿泊関係者らに対するJNTOのアンケート調査で「外国人の宿泊を歓迎しない」という回答が7割を占めたという、ちょっと驚くべき数字があります。もし外客を受け入れずにすむのであれば、そのほうがいいというのは、やはり日本の観光産業の関係者の本音ではないかといまでも思います。

ですから、ぼくは「アジア客を相手にするのは面倒だ」と考えるなんて間違っている、などと優等生みたいなことを言う気はありません。でも、日本人は本当に外客嫌いなのでしょうか。それを考えるうえで、少しインバウンドにまつわる歴史的な話をしてみたいと思います。

明治以降の日本は、実は3度のインバウンド振興の時代を経験しています。それぞれの背景はだいたい以下のようなものです。

第一次:1930年代 世界恐慌後の外貨獲得が目的
第二次:1950~60年代 戦後の経済復興。東京オリンピック開幕に向けて
第三次:2000年代 「失われた10年」と日本経済の地盤沈下。リーマンショック後の世界同時不況

それぞれ類似点と相違点があります。まず類似点は、第一次と第三次が国策として明確に進められたこと(第二次は国策としての位置付けはなくても、戦後復興の文脈で捉えられるでしょう)。第一次では1930年に鉄道省の下に観光局を設置。主に国内山岳リゾートに西洋式ホテルを建設し、欧米客誘致を図りました。第三次では2003年に官民を挙げた訪日旅行プロモーションとしてビジット・ジャパン・キャンペーンがスタート。08年に国土交通省の下に観光庁を発足させています。ともに世界経済の退潮期に重なっているのが共通しています。

相違点は第一次、二次の誘致の対象が欧米客であるのに対し、第三次はアジア客、すなわち新興国市場であること。実際、2010年度の訪日外客のうちアジア系は4分の3を占めます。アジア経済の成長によりグローバルな観光人口が拡大していることが背景にあります。
つまり、歴史的にみても日本は欧米客の受け入れは慣れていても、アジア客の本格的受け入れは初めての経験ですから、彼らをお客さんとしてどう扱うべきかわからない。これが日本のインバウンド振興がうまくいかないもうひとつの理由といえるのです。誰だって成功体験のないことにチャレンジするのは簡単ではないからです。

自分たちと同じような所得を持つ成熟した先進国の消費者を観光客として受け入れるのはそれなりにたやすいですが、成長途上にある国々の消費者が相手では勝手が違って思うほどうまくいかないのは確かでしょう。インバウンドに取り組むうえで、こうした歴史感や自覚を持つことは基本認識として必要ではないかと思います。

プロモーションだけでは健全な市場は生まれない

ご理解いただいているとは思いますが、当連載においてぼくは「奪われた10年」の犯人探しをしているつもりはありません。そんなことより、この状況を少しでも変えていくための実態の理解や知見を獲得していくことのほうが重要だと考えています。

しかし、③の「プロモーションばかりでルールづくりを後回しにしたツケ」については、強く警鐘を鳴らしたいと考えています。なぜなら、これまで述べたとおり、「奪われた10年」の背景には、新興国市場に取り組む難しさや民間ビジネス関係者の思感違いなど、やむを得ない面が多々あったと思いますが、こと日中間に関わるインバウンドビジネスの運用上のルールづくりの面が現実の動きに追いついていないことは誰の目にも明らかだからです。

これは日本のインバウンド振興を推進する観光庁のあり方に関係することですが、各国の旅行マーケットの分析や国内向けの啓蒙活動、日本観光の対外プロモーションにおいて、さまざまな取り組みがなされていることは事実だとしても、ぼくがこの連載で扱ってきたようなツアーの現場で起きている問題については、ほったらかしとまでは言いませんが、現状追認の姿勢がすぎると思います。マーケティングとプロモーションだけでは、健全なインバウンド市場は生まれないことをいちばんよく知っている立場のはずなのに、ビジネスの現場に深入りすることを避けているように見えます。

それが端的に現れるのが、ガイドの問題です。この問題は、そんなに単純に白黒つけられない事情もあるため、次回以降、③の「プロモーションばかりでルールづくりを後回したしたツケ」という観点からじっくり考えていきたいと思います。(2012年1月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_70.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 21:13 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

5回 中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである【後編】

前回ぼくは中国人の日本ツアーをさんざん酷評しました。

対中国ビジネスにおいて、表向き語られていることと実態面が大きく違っていることはよくありますが、海の向こうの出来事ですから、多くの人の目に触れることはありません。しかし、中国インバウンドのビジネスの舞台は日中双方にあります。我々の目の前で起きている国内の実態を見て見ぬふりをしていては、市場の健全な発展は望めないと思います。

ぼくは中国が新興国と呼ばれる以前の1980年代の姿を知っている世代であり、彼らが改革開放以降の30年間にわたる経済成長によって、海外旅行に出かけられるまで豊かになったことを歓迎すべきだと考えています。それは誰が考えてもビジネスの好機です。

でも、どうやら我々は彼らの経済成長の中身を少し買いかぶりすぎたのかもしれません。中国の成長ぶりは見かけが派手なだけに、ジリ貧気味のわが身と比べてしまい、期待値をむやみに高めてしまったところがあったのではないでしょうか。

激安化はいつから始まったのか

そもそも中国人の日本ツアーの激安化はいつ頃から始まったのでしょうか。日経産業新聞2003年1月22日に以下の記事があります。

「訪日観光旅行(インバウンドツアー)の手配料金が下落している」「顕著なのは、2000年9月に日本向け団体観光旅行が解禁となった中国だ。(中略)ゴールデンコースの場合、国内4泊5日の手配料金は2年前の15~23万円から、現在は7万5000円前後と半額以下に下がった」「日本人の国内旅行が伸び悩むなか、旅行各社は潜在需要の大きいインバウンドへの関心を強めている。ただ『現状では採算性の低いツアーが多い』(近畿日本ツーリスト)こともあり、取扱量拡大や販促活動強化について消極的姿勢が目立っている」。

そうなのです。解禁からわずか2年で半値以下という激安化が起きていたのです。

数年前、ぼくは日本の旅行大手のインバウンド担当者にこう言われたことがあります。「中国団体客ひとりワンコイン(=500円)の利益でビジネスできると思いますか?」

返す言葉がありませんでした。これでは日本の旅行各社が中国インバウンドに消極的になるのも無理はありません。中国人の日本ツアーの価格があまりに安すぎて、日本企業のコスト構造に合わないというのです。

これは海外に進出する日本の輸出企業が抱える問題と同じです。新興国市場の消費者を対象にする以上、これは仕方がないことなのか。

日本政府が「観光立国」を掲げ、ビジット・ジャパン・キャンペーンを開始した2003年、すでに中国人の日本ツアーの採算を無視した激安化が起きていたことは、ひとまず確認しておきましょう。

アンタッチャブル化で暗躍したスルーガイドたち

その結果、何が起きたのか。本来自国の消費市場を担うべき日本の旅行関係者の中国本土客のアンタャッチャブル化であり、それに代わる在日アジア系インバウンド業者による中国人ツアー受け入れの独占でした。
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中国人ツアーが利用する免税店はたいてい繁華街のはずれにある

今日中国からの日本ツアーの手配を手がけるのは、在日アジア系外国人が経営する中小のランドオペレーターが大半というのが実情です。そこでは日本と異なるビジネス慣行がまかり通ることになります。端的にいえば、提携関係を結んだ家電量販店や免税店へのツアー客の連れ回しや、ガイドによるオプションや車内販売の利益から手配コストを補填するギャンブル的経営です。

どこの世界にも営業報酬をキックバックするという商慣行はあるものです。ランド業者が小売店から売上に応じて営業報酬を受け取るのは当然のことでしょう。小売店側も販促経費として計上するはずです。しかし、その利益を最初からコスト構造に原資として組み入れてしまっては危うすぎる。

中華圏では、こうした商慣行が日常的に行なわれています。問題なのは、そのやり方が持続可能といえるのか、ということです。

実際、震災後いくつかの中国系ランドオペレーターが廃業したようです。この半年仕事がないので中国の実家に戻っていたという中国人ガイドにも最近会いました。彼らの多くは専業ではないため(たいてい貿易業を兼業。商売になることはなんでもやる、というのが彼らです)、なんとかしのいでいるように見えますが、ここまで激安化した市場でこの先いつまで持ちこたえることができるのか。彼らの一部が淘汰されることは歓迎すべきだとの声も業界内にありますが、荒れ放題と化した市場だけが残されるというハタ迷惑この上ない現実もあるのです。

残念ながら、彼らのやり方がそのまま訪日旅行市場に持ち込まれたことが、ツアー料金の際限なき激安化に拍車をかけたことは間違いないでしょう。その流れを食い止めようにも、インバウンド市場の主なプレイヤーは中華圏の人たちしかいなかったのです。

こうした危ういビジネスを支えたのが、スルーガイドと呼ばれる人たちでした。彼らの多くは、台湾や香港で元日本客相手のガイドをしていた人たちです。

90日間のノービザ渡航を利用して自腹で来日、訪日中国人ツアーのガイドをハシゴしながら、オプションと車内販売で荒稼ぎしてきました。それが過去形なのは、震災後、団体ツアーが半減したことと、こうしたカラクリが東南アジアだけでなく日本でも常態化していることが中国全土で知れ渡ってしまったため、中国客も以前ほど"爆買い"しなくなったからです。

バスの運転手さんの話では、最盛時には1台のバスで1000万円近い売上を上げるガイドがいたそうです。彼らは車内販売の売上を源泉徴収することもなく帰国してしまいます。これでは中国客が来ても地元にお金が落ちないといわれるのは当然でしょう。

中国の旅行業界は人材育成より価格競争

もちろん、日本ツアーの激安化の張本人は送客元の中国の旅行会社であることは言うまでもありません。改革開放以降、彼らのビジネスの主力はインバウンド(訪中外国人旅行)市場でした。アウトバウンドが始まったのは1990年代末、せいぜい10年の経験しかありません。中国の海外旅行市場の多様化や成熟度はいまだに遅れており、価格競争ばかりが先行しているのが現状です。
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中国のツアー広告は料金以外で他社の商品との中身の差別化はまずできない

実際、中国の消費者向け旅行パンフレットやツアー広告は、見ていてかわいそうなものばかりです。目的地と料金とわずかな文言だけが並び、ツアーの詳細なスケジュールや宿泊ホテルなどの具体的な明記はありません。比較するのは中身ではなく価格のみ。

いまでこそ、悪評高い免税店の連れ回しに対する拒絶感から、ツアー行程表に記載された以外の店の立ち寄りを禁じるよう出発前に旅行会社と消費者が契約書を取り交わすようになっています。とはいえ、基本的に中国の大半の消費者は旅行商品の品質を比較検討するすべがありません。

なぜなら、中国の旅行会社の販売スタッフが海外の事情に通じていないため、正しい情報を伝えることなどできないからです。

日本の旅行会社で働く人たちであれば海外旅行経験は普通のことですが、中国ではそうではありません。外客受け入れのインバウンド人材から海外に通じたアウトバウンド人材への切り替えが遅れているのです。

その育成のためには本来コストがかかるものですが、中国の旅行業界はアウトバウンド解禁とともに価格競争に突入してしまったため、それもままならないようです。

日本のアウトバウンドの解禁は1964年。渡航の大衆化は1980年代以降です。解禁から10年後の1970年代初め、ヨーロッパ旅行の代金は70~80万円が一般的でした。1ドル=360円の時代です。その後、ドルショックとプラザ合意などを経てドラスティックな円の高騰が進み、日本人の海外ツアーの激安化が起こりますが、アウトバウンドを扱う人材を育成する時間はありました。

一方、中国では人民元高基調にあるとはいえ、対日本円では近年人民元安が続いていますから、ツアー価格の値崩れは自らの首を絞めるはずです。ところが、社会の変動が激しい中国では、いつ何が起こるかわからないと誰もが考えていますから(現状がこのまま続くとは考えていない)、常に目先の利益を優先してしまいます。

客を集めてツアー料金の中からいくばくかの利益を抜けば、あとは適正コストがどうかなどおかまいなしに日本に客を送り出して終わり。あとは日本側のランドオペレーターにお任せです。これでは人材の育成は進みようがありません。

ある北京の旅行会社の販売スタッフからこんなことを言われたことがあります。「いまの中国人にとって5000元(約62000円)のツアーは高くないです」。彼は数年前まで日本客のインバウンド(訪中旅行)担当でしたが、会社の経営方針の転換で中国客のアウトバウンド担当になりました。これまで日本人はお金持ちだと思っていたけど、いまでは中国人も負けていない。お金持ちがたくさんいる。彼はそうぼくに訴えているわけです。

その切ないまでの愛国的心情は理解できますが、彼は末端の販売スタッフで、日本語教育は受けていても、日本に行った経験はありません。5000元では日本側のコスト構造に合わないことを理解していないのです。

厳しい言い方になりますが、現状の中国の旅行業者の実力からすれば、それ相応のツアーしか催行できないのは仕方がないといえます。

メイド・イン・チャイナを甘受する中国客
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震災後、中国系免税店の経営も悪化している

未成熟という意味では、同じことは、中国の消費者であるツアー客にもいえます。ぼくは日本ツアーの激安化の最大の被害者は中国人客だといいましたが、実は彼らはそれを甘受している面もあるようです。

ある親しい中国人ガイドはこう明かしてくれました。
「中国のお客さんだって、ツアー料金がこれだけ安いのだから免税店の連れ込みも承知の上。仕方がないと思っているのよ。言葉もわからないし、自分ひとりでは何もできない海外旅行先で1週間も寝起きを共にしていると、ガイドさんに対しても情が出てくるから、車内販売でも協力してあげようかという気持ちになるんです」

オプションと車内販売に明け暮れる中国人ツアーバスが、狼に囲われた子羊たちのような殺伐とした世界であるかというと、必ずしもそうではない。彼らだって物事には道理があることを知っている。車内販売でガイドが高く売りつけていることに薄々気づいていても、自分が納得できる範囲と思えば受け入れる。それが中国の消費者でもあるのです。

ただし、あこぎなことが後で判明したら大変な騒ぎです。よくあるのが、中国製をメイド・イン・ジャパンとして騙して売ること。中国ではよくこの手の話題でネットが盛り上がります。もっとも、最近北海道の業者が中国客にニセ松坂牛を食べさせたとの報道がありました。これじゃ日本人も偉そうに言えませんし、情けない限りですが、中国側では「騙されたほうが悪い」という声も半数近かったとか。「騙し、騙される」という関係が日常的に繰り広げられているのが中国の消費社会であることは確か。彼らの物事の判断基準は我々とはずいぶん違うようです。

こうした事情を知悉(ちしつ)した中国系ガイドであれば、アメとムチを使い分けることで、中国客を納得させながらツアーを切り盛りできるのでしょう。結局のところ、中国人の日本ツアーがメイド・イン・チャイナだというのは、舞台は日本でありながら、すべてを取り仕切っているのが中華圏の人たちだったから、そうなってしまったといえます。

「奪われた10年」を取り戻すために

これまでの中国インバウンドを振り返ると、日本企業がコストに合わないと手をこまぬいているうちに、主導権を中華圏の人たちに「奪われた10年」だったといえます。

やむを得ないところはあったと思いますけれど、繰り返しますが、問題はツアーの激安化がもたらす日本のバリューの破損であり、「日本はお金をかけて行くような国ではない」というイメージが中国の消費者に定着してしまうことです。

そして、残念なことに、半ばそうなっています。ツアー料金を見れば明らか。東京・大阪5泊6日の料金はバリ島5泊6日の料金より安いのです。移動経費や適正なガイド代などを考えれば、日本のコストがはるかに高いにもかかわらず。日本はすでに激安ツアー圏として位置付けられているのです。

このままでいいのでしょうか。アンタッチャブル化した訪日中国旅行市場を日本の手に取り戻す必要があります。

そのためには、彼ら新興国市場の消費者の実像とビジネス慣行を理解することなくして、対策の立てようがない。

いかにすれば正当な収益を確保できるビジネスモデルを再構築できるか。これは今となっては難事業といえますが、頭を切り替えてビジネスを組み立て直していかなければならないと思います。

そのためには、もうひとつ考えなければならないことがあります。

これらの問題は彼らのせいだけだったのか。日本側に非がなかったといえるのか――。次回は我々の内なる問題について検討したいと思います。(2011年12月)
http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_68.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 20:45 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
2012年 05月 07日

4回 中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである【前編】

2011年7月1日からスタートした中国人向けの個人観光マルチビザの発給は、従来に比べてかなり大胆な緩和策です。初回の訪問時に沖縄県を1泊以上滞在することを条件に、有効期間の3年間何度でも訪日でき、1回の滞在期間は最長90日間。しかも対象者の「2親等までの家族」の発給を認めているからです。日本側は中国の高所得者層の訪日を親族まで含めて促進する効果を期待していますが、中国側からすれば、長年の懸案だった日中両国のビザ協定をめぐる不平等の解消を不十分ながら一歩前進させたものと言えるでしょう。

その後、外務省から正式な発給数は公開されていませんが、関係者らは一様に順調に伸びているといいます。ただ今回の緩和措置に関して、なぜ最初の訪問地が沖縄なのか(なぜ北海道ではなかったか)という声があることや、外務省のプレスリリースのいうように「これにより沖縄県を訪問する中国人観光客が増加し、沖縄県のさらなる観光振興につながる」(2011年5月28日)のかどうかは、今後の推移を見ていく必要がありそうです。

もっとも、訪日旅行者数の増減や観光ビザの発給数が行政機関の事業成果や評価基準のようにみなされるのだとしたら大いに疑問です。大局的にみれば、すでに韓国、台湾、香港などでノービザ化が実現している以上、中国本土客への限定付き適用(国情の違いゆえまったく同じことは不可能だとしても)は時間の問題かと思われます。むしろこうした日本政府の措置が今日の中国のビジネス界や旅行者の動向に実態面でどう現れてくるかについてもっと注目すべきでしょう。

「日本はお金をかけて旅行に行くような国ではない」

というのも、10月下旬に北京を訪ねたぼくの耳に入ってきたのは、マルチビザ解禁後の中国人の沖縄ツアーの現状に対する懸念の声ばかりだったからです。日本の関係者だけでなく、中国側の旅行関係者らも同じ意見でした。それはこういうことです。

「沖縄ツアーの安いイメージがこれ以上先行されては困る」

ビザ緩和をビジネスチャンスとみた海南航空の北京・那覇線が7月28日、初就航しました。同社はいま中国の航空業界で最も勢いがあるとされるエアラインです。ところが、ツアー販売を独占したのは、海南航空傘下のcaissa社でした。ここは欧州方面のツアーを中心に、ツアー価格の12回分割払い料金を載せて目を引くというメディア広告で伸びてきた激安系。沖縄4泊5日ツアーの料金はわずか4000元(約5万円)。本来なら市場を一社が独占すれば価格は高止まりすると思いきや、中国ではそんな常識は通じないようです。わずか週数便のフライトですし、今後は中国国際航空などの新規就航で市場の開放が進むのでしょうが、問題は最初の時点で沖縄に激安ツアーの烙印が捺されてしまったことです。

受け入れ側の沖縄県の実情を確かめていないぼくからは、これ以上ふみ込んだことはいえませんが、「これではまた"同じ轍"をふんでいるのではないか」という失望が、少なくとも中国側の旅行関係者からひしひしと伝わってきます。
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中国の旅行会社向けに沖縄県が作った個人観光マルチビザ発給の広報資料。沖縄を世界有数のビーチリゾートとうたっているが、中国人にはピンとこないのが実情のようです。競合相手は海南島やプーケットですが、沖縄の優位性は「マルチビザ取得だけ」との声も。沖縄に魅力がないわけではないと思う。彼らに届かないだけ。ノービザ化で中国客誘致を図ったものの問題続出の韓国済州島の二の舞にならないためには、どんな手を打つべきか

コストを無視したギャンブル的な激安ツアーの横行

"同じ轍"とは何か?

それは、中国の旅行会社が催行するコストを無視したギャンブル的な激安ツアーの横行と、その常態化によって市場が荒れてしまうことです。

そもそも震災後、中国からの日本ツアーの価格が末期的状態に陥っているのは、インバウンド関係者の多くはご存知でしょう。5月から6月にかけて集中的に打ち出された市場回復のためのキャンペーン料金で、いったん東京・大阪5泊6日3000元(約4万円。もちろん、航空運賃、ホテル、バス、食事、ガイド代すべて込み)にまで転落してしまったことで、夏以降従来の価格にしても客は戻ってこない。国慶節で中国からのツアーが回復しなかった理由はいくつも考えられますが、相場観の下落が大きいことは確かでしょう。

何より恐ろしいのは、中国の高所得者層の間で「日本はもうお金をかけて旅行に行くような国ではない」とささやかれ始めていることです。日本のインバウンド関係者らが主力を向けて取り込みたいはずの中高所得者を中心とした中国個人ビザ客の認識が、もしこのように日本を低く見積もる傾向を強めているのだとすれば、今後大きな障害になることが予測されます。中国人の日本ツアーの激安化は、日本というバリューの地盤沈下を結果的に広めてしまい、そこにいちばん大きな問題があるのです。単に訪日旅行者数が増えたと喜んでいればよかった時代はもう終わったと認識すべきでしょう。

それにしても、なぜこんなことになってしまったのか。何ごとも背景と経緯があります。それを語る前に、あらためて実態を総括しておきたいと思います。

悪質な車内販売と契約免税店への連れ込み
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中国ツアーご用達のバイキング料理店は在日中国系オーナーが経営することも多い

ここ数年ぼくは、日中両国のインバウンド関係者へのヒアリングやツアーの同行取材、主要な観光地、ホテル、お土産屋、飲食店などへの取材を続けてきました。なかでも中国人ツアーの内実をいちばんよく知っていたのは、日本滞在中の大半を占める移動を客と一緒に過ごすバスの運転手さんでした。彼らは一部始終を目撃しているからです。

これまでのヒアリングや同行取材を通じて見えてきた中国人の日本ツアーの特徴を挙げると、以下のとおりです。

①食事はいつもバイキング
②バスの中ではもっぱら車内販売
③オプション買わなきゃ置き去り
④キックバックを原資としたコスト構造

それぞれ簡単に説明しましょう。まず①はツアー中の食事の話ですが、運転手さんに聞くと「ほぼ連日バイキング」だそうです。「たまに回転寿司やしゃぶしゃぶの店にも行くけど、予算がないから食べ放題メニュー。子供連れの家族ならいいけど、ツアー客は50代が多いんだから、もっとマシなものを食べさせてあげればいいのに」と感じるようです。

一般に中国の人たちは日本の会席スタイルより、中華料理と同じように自分が好きなものを好きなだけ食べられるバイキングを好んでいるとも聞きます。問題は「オプションといって、事前に注文をとってズワイガニや和牛などに法外な追加料金をとること。これがクセモノで、ひどいときは2000円くらいの刺身盛りを1万円とか平気で取っている」。なんだかひどい話ですね。しかも、中国人ツアーが食事に連れていかれるのは、中国系の店が多い。実はぼくも一度銀座で見かけたツアー客が某北海道料理店に入っていくので、後を追ったら(酔狂ですいません。これも取材です)、フロアと厨房にいたのは全員中国人スタッフでした。ツアー客の皆さんは食事の前に大きなズワイガニを両手に持って記念撮影。とても和やかでしたけど、これが中国人の日本ツアーの実情なんだなと思ったものです。

ここまでは苦笑いですむ話かもしれませんが、②の「バスの中ではもっぱら車内販売」以降はちょっとシリアスです。運転手さんは声を荒らげてこう言います。「バスが走り出すと、すぐに車内販売が始まる。観光案内はそこそこにしてガイドが客にあれこれ売りまくる。その売り物がとんでもない。日本じゃ見たことのないようなバッタモンを1万円とか2万円で売っている」。
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中国人の日本ツアーは大半の時間をツアーバスの移動で過ごす。運転手さんは目撃証人といえる

もう3年前の話ですが、こうした悪質な車内販売に加え、特定の契約免税店への連れ込みの実態が、都内で発行されている在日中国人向け週刊新聞『東方時報』2009年6月25日で報じられ、中国の大手メディア『北京法制晩報』にも転載されたため、日本ツアーの内情と悪評が中国全土に広まり、大きな反響を呼んだことがあります。もともとこれはだいぶ前から中国人の香港や東南アジアツアーで問題となっていたことですが、日本でも同様のことが起きてしまっていたのです。

ツアー中に客を置き去りというありえない世界
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中国ツアー客の置き去りが増えて一時問題になった富士ビジターズセンター(山梨県富士河口湖町)

③の「オプション買わなきゃ置き去り」になると、もう義憤を覚えてしまうような話です。

先ほど食事の話で出てきた「オプション」ですが、これが観光にも適用されるのです。たとえば、富士山5合目は人気スポットですが、ツアー客をバスでそこまで運ぶのにガイドは1名3000円相当の追加料金を要求するといいます。もし払わなければ、その客だけバスからわざわざ降ろして麓に置き去りにする。日本人の感覚ではありえない世界ですが、その置き去り場所として有名なのが、富士ビジターセンターだそうです。

「ここで3時間待ってろ、とガイドは客に言う。そこは無料施設だからカネはかからないけど、とても見ちゃあいられない。『乗せてやんなよ』って俺は言うんだけど、ガイドは『いいから』と」。さすがに運転手さんもこればかりは許せないと感じたそうです。

なぜガイドたちはここまで非情にならなければならないのか――。その理由が④の「キックバックを原資としたコスト構造」にあるのです。

日中の関係者の証言をまとめると、真相はこうです。中国で一般に販売される「ゴールデンルート」と呼ばれる東京・大阪5泊6日のツアー代金は震災前でも5000元(約6万円)相当。ところが、中国側の旅行会社から日本国内の手配をするランドオペレーターに渡るのは往復航空券代と営業利益を差し引いたせいぜい2000元(約2万5000円)といいます。これだけで滞在中のホテル代やバス、食事、ガイド費用を支払えるはずがなく、その埋め合わせのためにガイドによる「オプション」販売と車内販売、さらには契約免税店への連れ込みが必要となるわけです。つまり、中国人の日本ツアーはガイドによるキックバックを原資に成立しており、その背景には中国側でツアー客を集客する旅行会社のコストを無視したギャンブル的なビジネス体質があるといえます。

他にも言い出したらキリがありません。日本に観光に来ていながら、食事も買い物(契約免税店)も中国系経営店で。パンフレットではホテルは東京とうたっていても実際は幕張や成田、箱根とあっても石和温泉や河口湖周辺というのは当たり前。別の回で詳しく触れますが、このシステムを支えるガイドもきわめてグレーな存在です。

これらの実態から、ぼくはこう結論せざるを得なくなりました。
「中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである」。

※さらに詳しい実情や背景に関して、今年2月に刊行した以下のムックに書いています。
「ツアーバス運転手は見た!
悲しき中国人団体ツアー
押し売り、キックバック、置き去り……訪日中国人旅行の驚くべき実態!」
『データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン』(洋泉社MOOK)

最大の犠牲者は中国のツアー客

これまで他人事のように中国人の日本ツアーの内情を明かしてきましたが、実際にこれが起きているのは日本なのです。同じ問題はアジア各地で2000年初め頃から始まり、日本に飛び火したわけですが、中国で販売されているヨーロッパ行きツアーの価格帯を見るかぎり、当然彼の地でも同じことが起きていると考えられます。

ここで我々が考えなければならないのは、中国の旅行会社のコストを無視したギャンブル的なビジネス体質の最大の被害者は誰かということです。それは中国のツアー客自身でしょう。

こうした事情を知るだけに、ある在日中国系インバウンド業者の知り合いは「自分の友人や親族には絶対中国の旅行会社のツアーはすすめない」と話してくれたほどです。
これでは「日本はお金をかけて旅行に行くような国ではない」と言われても仕方がないではありませんか。

こんな「安かろう悪かろう」ツアーが常態化したままでは、いくら訪日旅行者数が増えても誰も報われない。その現実からどう脱却すればいいのか。いったい日本を「安かろう悪かろう」の国にしてしまったのは誰なのか? それは中国の旅行会社だけのせいなのか。

次回はなぜこんなことになってしまったかについて、検討していきます。(2011年11月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_66.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 20:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

3回 中国ツアー客の買い物考現学

残念ながら、今年の国慶節(10月の第一週)は期待したほど中国人客は戻ってきませんでした。

実は、ぼくの仕事場に近い新宿5丁目の伊勢丹パークシティを挟んだ明治通り沿いは、知る人ぞ知るインバウンドバスの路駐スポット。夕方になると、よく中国ツアー客を乗せたバスが夕食と歌舞伎町散策のために現れます。ぼくは仕事帰りにその様子を定点観測しているのですが、震災前の春節の頃は連日5~6台のバスが停車していたのに、国慶節は数日おきに1~2台という感じでした。客を降ろしてひと休みしている運転手さんに声をかけると、「まだ戻って来ないねえ」とのこと。

もっとも、それは国内外の事情を考え合わせると、想定内と考えるべきでしょう。原発事故の収拾の遅れと中国経済の変調の兆しが中国客の訪日マインドに大きく影響していることは確かなようです。だとすれば、いまは焦っても仕方がありません。この時期、慌ててやみくもにプロモーションを打つなんて見当違い。いまこそ、インバウンドのこれからのために、じっくりと中身を点検することにしましょう。

"想"と"要"の違いを知る
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中国語のわかる店員がいなくても、ドラッグストアでの買い物は積極的。その理由は……

前回ぼくは、中国客の"爆買い"伝説を生んだ背景にメディアを含めた日本側の強い思い込みがあったこと。この先"爆買い"は減少していくが、中国客の買い物には3つの世界があり、彼らの大半は買い物に満足しないまま帰国していると書いています。一見相反しているかに思えるこの話をどう考えたらいいのでしょうか?

あくまで前者は大局の話、後者は現場の話と分けて考えてください。ぼくは現場の話にこだわります。そこで第3回は「中国ツアー客の買い物考現学」と題して、彼らが買い物をしているときの消費心理を理解するためのポイントを紹介しようと思います。

第一のポイントは、"想(xiang)"と"要(yao)"の違いを知ることです。

一般によく知られたマーケティング用語にニーズとウォンツがあります。ニーズは「必要性」でウォンツは「欲望」。漠然とした必要性を指すニーズより、ウォンツはもっとふみ込んだ願望、特定の商品やサービスで自分の願望を満たしたいことを意味します。顧客のニーズを発見し、そのニーズをウォンツに高めていくことがマーケティングの目標です。

しかし、一時的な滞在者にすぎない中国ツアー客の消費心理に、これをそのまま適用するのは無理がありそうです。代わって適用したいのが、中国語の"想"と"要"です。

中国語の"想"は「…したいと思う。希望する」、"要"は「ほしい。必要とする」という意味です。「I want~」「I need~」と同様に「我想~」「我要~」と使います。"想"がやんわりとした希望や願望だとすれば、"要"は強い意志や義務を含むことばです。そういう意味では、"要"はニーズに近いといえますが、"想"はウォンツとはちょっと違います。

実は、中国客の買い物の3つの世界は、"想"と"要"で大まかに分類できます。
「①女性客を中心に美容健康にまつわるメイド・イン・ジャパンの実用品」「③ブランド品」は"想"の世界。要するに自分のための買い物です。
一方、「②帰国後に渡す土産」は"要"の世界。友人・親族への義理と面子のための買い物です。
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事前に調べた購入商品リストの紙には、化粧水や乳液のメーカー・商品名、サイズまでぎっしり書かれている

その違いが彼らの消費行動にどう表れてくるのでしょうか。"想"に比べて"要"の比率が著しく大きいのが今日の中国ツアー客の特徴です。"想"は満たされなくても時間がなかったと理由をつけて合理化できますが、"要"は面子に関わるだけに諦めるわけにはいかない。そのプレッシャーが引き起こすのが"爆買い"です。あんなに山のように買い物したというのに、彼らの大半が買い物に満足しないで帰国するというのは、"想"が満たされなかった心残りがあると考えられます。

中国ツアー客の皆さんは、自分のために"爆買い"しているわけじゃないのです。それが面子にこだわる中国人の人生というものですから、とやかく言う筋合いではないのでしょうけど、なんだか気の毒にすら思えてきますね。

一日中バスに揺られて過ごす団体ツアー客にとって、唯一主体的に行動できるのが買い物の時間です。普通に考えれば、旅の喜びや真の満足感につながるのは"想"でしょう。受け入れ側としても、"要"(=ニーズ)だけでなく、"想"(≒ウォンツ。しかし、もっとふみ込んだ願望につながる可能性はある)を満足させてあげたいものです。

"想"が満たされると、人は夢中になります。リピーターはこのとき生まれます。いかにリピーターを生み出すかは、今後のインバウンドの発展にとって大事な課題です。"要"だけでは取り替えがきくから、「日本でなくてもいいや」となる。震災後、多くのツアーが韓国や香港に流れたのはそのためです。

目の前にいる中国客の買い物が"要"なのか"想"なのかを見定めることは、どんな売り方や販促を打ち出せばいいかを考える手がかりになるはずです。

「賢く買えた」というストーリーがほしい
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買い物がすんだら、用意していた空のスーツケースに商品を詰め込む

第二のポイントは、「賢く買えた」というストーリーをどう演出するか、です。中国の人たちがうまく値切ったときに見せる得意満面の表情は、人生至上の喜びに出くわしたとでもいいたげです。相手に「してやったり」と思えるのが、とびきりの快感なのです。たいてい値切りが成功したとか、同じものが中国より安く買えたという話になりがちですが、売り手と買い手の腹の据わった個人的な駆け引きこそ、彼らの人生を快活にするスパイスみたいなものかもしれません。

彼らは世界で最も猜疑心の強い人たちでもあります。前回紹介した瀋陽のツアー客と一緒に契約免税店を訪ねたとき、「ここの商品は本物ですか?」「この店は他の店より高いでしょう?」と質問攻めにあいました。その場にいた日本人はぼくだけでしたし、彼らはいつもそれを確かめずにはいられないのです。「いや、ここに来るのは初めてなので……」。ツアー造成上、営業妨害するわけにもいかないと日本人らしく気を遣ったぼくは、そうとぼけるほかなかったのですが、その免税店はツアー客しか利用しない、商品だけがズラッと並べられた殺風景な空間、全員中国系の販売員が待機しているという一種異様な世界です。これでは彼らの買い物意欲が高まらないのも当然でしょう。

中国とは商慣行の異なる日本や欧米で、そもそも彼らの求める「賢く買えた」というストーリーを満足させることは難しいといえます。香港が人気なのはそれが可能だからでしょう。その代わり、日本の小売店では、ポイント還元による割引などを使ってお得感を演出することに力を入れています。

その努力は素晴らしいと思いますが、国美電器や蘇寧電器などの中国大手家電量販店の過激なサービス合戦を知る彼らにしてみれば、物足りないと感じているかもしれません。でも、日本で同じことをやれといわれても困ります。だとしたら、せめて買い物に何らかの駆け引きの要素を加えれば、彼らは俄然本領を発揮し、買い物意欲も高まることでしょう。ポイントは、彼らに「してやったり」気分を味わせること。そんなゲーム性、もっといえばギャンブル性を取り入れた販売手法は考えられないものでしょうか。

実際には、ツアー客の訪れる家電量販店で駆け引きは日常的に行われています。レジの前に商品を山ほど置いたおばさんがガイドをそばに呼びつけ「これだけ買うといくらにしてくれる?」。場数をふんだベテラン販売員さんがそのお相手をする、という光景はもうおなじみでしょう。ただ、いつまでも彼らのペースに合わせるだけではつまらないので、こちらからもっと何かを仕掛けられたらおもしろいと思います。

日本人が普通に買い物している店で買いたい

幸い、中国の人たちは「日本では(中国のように)騙されることはない」と信用してくれているので、「安心して買い物できる」ことが訪日旅行の優位性となっているのは確かです。だからこそ、彼らはマツモトキヨシやドン・キホーテのような日本人が普通に買い物している店で自分たちも買いたいと思っています。

実際、彼らがマツモトキヨシに行くと、契約免税店で見せた疑心暗鬼の様子はありません。周囲に日本人客がいるからでしょう。同じものを買っているという安心感があるのです。たとえ中国語を話す店員がいなくても、事前に調べた購入商品リストの紙を広げ、精力的に棚を探し回っています。レジではドーンとまとめ買いしてくれる優良顧客です。
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ドラッグストア側も日中翻訳表を用意している。日焼け止め、ビューラーといった種別名だけでなく、「たるみ」「くすみ」「しっとり」「ハリ」「ベタツキ」など、お肌に関することばも一覧表になっている


中国の都市部では外資系のドラッグストアも進出していますが、見た目のディスプレイは似ていても、棚に並ぶ商品の多彩さや新コンセプト商品の豊富さでは日本にはかないません。「これは何ですか?」とずいぶんツアー客の女性に質問されました。店員さんに聞いて、その用途を説明してあげると、みんなおもしろがっていました。そこには、"要"でも"想"でもない、中国では見たことのない日本オリジナルの商品が持つ新奇な魅力や価値観を発見する楽しさがあったと思います。日本のドラッグストアはその宝庫なのです。

これが第三のポイントです。「日本には、自分たちが普段の生活でそこまで必要とは考えたこともなかった便利でおもしろい商品があふれている」というのが彼女らの感じたことでした。これこそ、本当の意味での日本の消費市場の優位性であるはずです。

来日経験のある中国の女性から「日本には安くてかわいくて便利なものがたくさんある」とよく言われます。でも、そう話してくれるのは、日本人社会となんらかの接点のある人たちに限られます。実際にそこまで気づいている中国ツアー客が全体のうちどれだけいるのだろうか、というのがいちばんの問題でしょう。せめて彼らが中国から日本に向かう飛行機の中で目を通せるような中国語のチラシ(立派な冊子は不要。新聞の折込広告レベルで十分。ただし割引券付!)を機内誌と一緒にシートボックスに忍ばせることができたら、多くの中国客が本物の日本の楽しさを発見するチャンスが増えるに違いありません。

なぜガイドの話にツアー客は食いつくのか

現状では、その楽しさを中国ツアー客に気づかせることができるかは、日本側のガイドの力量にかかっています。ツアーバスに同乗しているとき、こんなことがありました。
若い中国人ガイドが焦げつかないマーブルコートフライパンを買った話を始めたのです。「同じものを中国で買うと5倍はする。中国のお母さんに送ってあげたら喜ばれた」と言うと、バスの中は急に色めきだしました。「それどこに売っているの。連れて行ってくれる?」。バスは銀座のドン・キホーテに向かいました。そして、彼に案内された売り場のマーブルコートフライパンの在庫分はすべてお買い上げとなりました。

その一連の光景を見ながら思ったのは、なぜガイドの話にツアー客たちはこんなに簡単に食いつくのだろうか、という驚きでした。ひとりのツアー客は「彼がお母さんに買ってあげたという話が私たちの心をつかんだ」と話してくれました。う~ん、どういうこと?
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マーブルコートフライパンの在庫分すべてお買い上げの瞬間

1週間近くバスの中で一緒に過ごしていると、親しみが生まれるのは人情です。言葉もわからない日本で頼れる人間は彼ひとり。彼のことばが影響力を持つのは当然でしょう。

でも、理由はもっと別にありそうです。彼らがもともと日本でフライパンを買おうと考えていたわけではないでしょう。きっかけは何でもよかったのです。「親孝行」と「5分の1の値段」というわかりやすい動機づけができたことで、「自分がほしいものを買う」という"想"のストーリーがにわかに成立したのです。それまで買ったのは友人・親族に頼まれたお土産ばかり。本当は自分のために買いたいのに何も買えなかった。そもそも自分の買いたいものがわからなかった。"要"の務めは果たせても、"想"を満たせていなかった彼らは、ガイドのことばにいともあっさり飛びついてしまったのです。

実をいえば、これは消費者としての成熟度に関わる問題です。一般にツアーに参加する中国客は40代以上が圧倒的に多い。80后と呼ばれる消費社会に親しんだ若い世代は少ないのです。海外旅行ビギナーである彼らは"想"を満たす方法を知らないといえます。

にもかかわらず、その指南役であるべき日本側のガイドは圧倒的に役不足です。日本の楽しさを伝えるどころか、そもそも彼らは別の使命を帯びていたりもする。この問題は、多くのインバウンド関係者が実情を知りながら、見て見ぬふりをしています。次回はその問題を取り上げます。(2011年10月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_64.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 20:08 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

2回 中国客“爆買い”伝説はまぼろしか?

ここ数年、メディアを中心に訪日中国客の旺盛な購買力が喧伝されてきました。彼らが家電量販店やドラッグストアで買い物する光景は"爆買い"と称されています。日本人が1970年代に「エコノミック・アニマル」と蔑称されたことにならえば、「ショッピング・アニマル」とでも言わんばかりの好奇のまなざしが、彼らに集中的に注がれました。

いったいどうして"爆買い"伝説は生まれたのか?実際はどうだったのか?

本連載第2回では、その真相を点検したいと思います。

中国客"爆買い"伝説の起源
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中国団体ツアーの"爆買い"が盛んに見られた頃の某家電量販店にて(2009年11月)

中国人観光客をめぐる報道は、北京オリンピックが閉幕した2008年秋頃から急増します。まず一部の雑誌が火をつけ、テレビが後追いしました。何より世間の耳目を集めたのは、彼らの豪勢な買いっぷりでした。たとえば、こんな感じです。

「お客様は中国人。銀聯リッチを狙え。内なる外需、中国人観光客の争奪が始まった」
「一度に800人が九州上陸。クルーズ船の観光&お買い物ツアーに密着。100万円の真珠、お買い上げ」(日経ビジネス2008年9月29日)

「旅費よりお土産代のほうが高い!ビックリ!中国人観光客お金持ち東京お買い物ツアー」「化粧品大人買い!、バーバリーどか買い!」「ひげそり10コにつめ切り100コ買い!」(週刊女性2008年12月23日)

「爆買!世界一の貪欲民族が続々と上陸!中国人富裕層で儲ける」(月刊宝島2009年11月号)

「中国発弾丸買い物ツアー」(読売新聞2010年8月9日)……。

団体バスで店に押し寄せ、フロアを一時的に占拠。商品によっては棚の在庫がなくなるまで集団で買い尽くすという奇矯な消費行動は、まさに"爆買い"イメージを喚起するものでした。これまでもロシアや中東系の富裕層が都心で高額消費をしていることは知られていましたが、少人数のグループにすぎません。やっぱり、団体は目につくものです。街に溶け込むことのない異形の集団に見えてしまう。こうした姿を見せるのは香港、台湾を除く中国本土客だけでしたから、"爆買い"は中国人観光客の代名詞となったのです。

なぜ急に中国人は金持ちになったのか? 多くの日本人はそんな疑念や当惑をおぼえながら、オリンピックを開催できるまでになった中国の経済成長と重ね合わせて彼らの存在を直視せざるを得なかったといえます。それは「欧米市場に代わる輸出先をどこに求めるか」「内需縮小をいかに補うか」という長年の日本経済の課題にわかりやすい回答を与えてくれました。2005年の反日デモを契機に年々嫌中気分の高まる日本人も「これを商機につなげない手はない」「お金を落としてくれるなら、来てもらおうじゃないか。彼らだって実際の日本の姿を見れば、考えも変わるだろう」。そんな甘い期待も芽生えたようです。

当時のぼくも、前述した雑誌メディアで一連の中国客"爆買い"伝説の流布に関与していたことを白状しなければなりません。2004,5年と政治的な理由で停滞していた訪日中国人の伸びが06年に前年度比25%と急増、08年には100万人に到達します。こうしたなか、「お一人様炊飯釜10個お買い上げ」だなんてお笑い"爆買い"シーンは、中国人観光客という新しい外来消費者の存在を世間に知らしめる好機になると考えました。彼らのメイド・イン・ジャパンに対するまなざしを見て、悪い気がしなかったのも確かです。

こうしてさまざまな立場の人々の思惑が一致、きちんとした実態の検証もなく、期待値だけが一気に高まりました。久しく景気のいい話とは無縁だった日本人は、「中国人観光客はカモネギ」と考えることに合意したのです。無理もなかったといえるかもしれません。

買い物しか映さないテレビ報道
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テレビ局の執拗な取材攻勢を受ける中国ツアー客

そんなふくらみきった期待も、尖閣事件と震災で急速にしぼんでしまいました。

問題は、メディアはもちろん、インバウンド関係者も含めて、当の中国客のツアーの内実や彼らの胸のうちをどこまで理解していたか、ということではないでしょうか。

今年5月、ぼくはある中国団体ツアーを同行取材しました。震災後、初めて成田入りした中国客ということで、溝畑宏観光庁長官が出迎えにきてテレビ報道もされたため、ご記憶のある方もいるかもしれません。そのツアーを催行したのは瀋陽の旅行会社で、社長が旧知の友人という縁から、3泊4日の東京滞在をツアーの皆さんと一緒に過ごしたのです。

翌朝、ホテルの前には各局のテレビ報道陣が待ち構えていました。彼らはツアーの全行程を追っかけ取材するというのです。もっとも、彼らが撮りたいのは皇居やお台場の観光ではなく、百貨店からマツモトキヨシ、ドン・キホーテ、LAOX、さらには御徒町にある中国客に絶大の人気を誇る老舗ディスカウントストア多慶家まで、とにかく買い物シーンでした。

わずか10数名のツアー客に対し、それを上回る数の報道陣が追いかけるという構図です。ひとりの客に数社のカメラが順番に、何をいくら買ったかしつこく尋ねます。そんなうんざりする光景を見て、ぼくは彼らに問いかけました。

「中国客の買い物シーンは何年も前からさんざん撮ってきたでしょう。いまさら同じ絵を撮ることに何の意味があるんですか?」

しかし、現場のスタッフにその手の質問をするのは詮無いことのようです。デスクから中国客が何を買ったかとにかく撮ってこいとだけ言われたそうです。なかには中国のどこから来たツアーかすら把握していないカメラマンもいました。事前の下調べもせず、決めつけで報道を取り仕切るデスクと称される人たちは罪つくりというべきでしょう。

でも、よく考えてみてください。なぜツアーの皆さんはカメラに追いかけまくられることを承諾したのか。自分が海外旅行先で同じ目に遭ったらどうでしょう。理由ははっきりしています。そのツアーは、温家宝首相来日とワンセットの政治ショーだったのです。それは、海外のインバウンド・ツーリズムの世界ではよくあるメディアを使った宣伝・誘客手法のひとつともいえます。政治家か芸能人なのかはともかく、誰かに光を当てて、いかにこちらを振り向かせるか。日本のテレビ局はまんまと乗せられちゃったわけです。では、誰がそれを仕掛けたのか。話は単純ではありません。同じ時期、中国でも今回のツアーを取材した中央電視台をはじめ大量のテレビ報道あったことは知っておいていいでしょう。
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震災後、初めて成田入りした中国ツアー団と溝畑宏観光庁長官(2011年5月20日)

しかし、日中関係というのは一筋縄ではいかないものです。その瀋陽の旅行会社は来日から数ヵ月たった現在も、東京行きツアーをほとんど催行できずにいます。ワンセットだったのが中国側ではかえって裏目に出たのか。東京が放射能汚染地域ではないかとの根深い不信も相まって、彼らとその関係者らの努力も誘客効果にはつながりませんでした。

買い物する気も失せるツアーの内実

それでも、ぼくは彼らの滞在中、ツアーの皆さんの買い物にとことんつきあいました。販売員の通訳をしたり、誰かがほしいという商品を一緒に探してあげたり……。中国インバウンド客に対する最大の貢献は、買い物にまつわる課題のソリューションにあるのです。

3日間あちこち訪ねてよくわかったのが、ツアーは忙しすぎて、すべてにおいて時間がないこと。さらに、後の回で説明しますが、ツアー造成上必ず立ち寄らなければならない契約免税店の問題があります。バスの中で友人の社長はこんな話をしました。

「中国人の最大の関心事は買い物。観光は二の次。でも、彼らはどこで何が買えるか情報(店舗、商品)がない。しかも、立ち寄り時間は短いので、買いたいものが見つからない。もっと買いたくても時間がない。結局、9割のお客さんが買い物に満足しないまま帰国することになる」。

中国客の買い物には、以下の3つの世界があると社長は言います。

①女性客を中心に美容健康にまつわるメイド・イン・ジャパンの実用品(化粧品、薬、健康食品など。マツモトキヨシ、ドン・キホーテなどで購入)

②帰国後に渡す土産(以下の3パターンあり)
A:上司や身内に渡すもの(お金に糸目はつけない。デジカメ、炊飯器、時計など。LAOXなどで購入)
B:同僚や友人に渡すもの(化粧品、健康食品などの中級品。お金を渡され、購入を頼まれる場合も)
C:不特定多数の知人に配るもの(安くて量が多いのがいちばん。100円ショップで購入)

③ブランド品(自分のために大人買いする中国人特有の見栄の世界。オーダーメイドスーツ、バッグ、宝飾品など)
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電気かみそりをまとめ買い。彼らのお土産買いプレッシャーは尋常ではない

まるで中国社会の縮図が見えてくるような多様な買い物ニーズを、限られた時間内で満たすのは容易ではありません。訪日中国人の52.2%(2010年)を占める団体バスで毎日移動を続けるツアーの形態は、およそ中国の人たちが買い物を楽しめるような環境とはほど遠いのです。彼ら自身、買い物する気も失せるようなツアーの内実を半ば諦めて受け入れているのが実情です。背景にはツアー代金の不当な安さがあります。そうした彼らのフラストレーションが何かの弾みで点火する瞬間こそ、我々の垣間見た"爆買い"シーンだったのです。

こうしてみると、中国客"爆買い"伝説とは、日本側の自己都合にまみれた他力本願と、当事者意識を欠いた一方的な思い込みが生んだまぼろしだったのではないか、とすら思えてきます。一般に政府・自治体やインバウンド関係者は、自分の管轄や商域しか見ていません。もっとトータルにツアー全体のあり方を見直すことが必要なのです。

今後も"爆買い"が続くか疑わしい

というのも、近年のさまざまな情勢の変化から、今後も彼らが"爆買い"してくれるかどうかは、大いに疑問といえるからです。理由は3つあります。

①中国人観光客だって成熟する
②中国側の関税強化で個人のお土産にも税金がかかる
③中国も内需拡大したい

海外旅行解禁から約10年を経て、彼らが「弾丸買い物ツアー」で帰国後の面子のために実用品を大量に買い漁るような旅ではなく、自分のためにのんびり旅がしたいと考えるのは自然の流れでしょう。1980年代に始まった台湾人の日本ツアーも当初は"爆買い"が見られましたが、30年を経たいまではスマートな旅行者として日本の街に溶け込んでいます。地域格差が大きい中国ではタイムラグがありますが、"爆買い"旅行者の比率はしだいに減少すると考えられます。観光庁がまとめた「訪日外国人消費動向調査」によると、国別一人あたりの消費額のアジアのトップは中国で、「日本でしたいこと」はショッピングですが、「次回したいこと」では温泉や日本食といった本来の日本観光の魅力を味わいたいとの回答が増えるといいます。中国人観光客も少しずつですが、成熟していくはずです。

2010年10月以降、個人が海外で購入した物品に対する関税のチェックが中国の税関当局によって強化されるようになったことも、"爆買い"が萎縮する要因です。中国政府がなぜこのような措置を下したかについては、中国の内情を知れば納得せざるを得ません。要は、中国も内需拡大したいのです。ですから、日中双方のメディアで盛んに取り上げられた中国客のメイド・イン・ジャパン礼賛や"爆買い"報道を、中国政府がどれだけ苦々しく思っていたかは想像に難くありません。国民に対して「なぜ日本で買うのか。中国で買えよ」というのが中国政府のホンネでしょう。これまで通り"爆買い"中国客の来日を呼び込もうという姿勢だけでは十分ではないことを今回は強調しておきたいと思います。(2011年9月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_62.html

[追記]
ここで書いているのは、東日本大震災直後の2011年半ばごろの中国客に対する日本のメディアの取材姿勢を批判的に触れたものですが、いま読むと、たまたま友人の中国の旅行関係者のツアーに自分が同行していたこともあり、今後の予測という観点では少し先走り気味だったかもしれません。

というのは、自分のつきあいのある中国人たちを見ていると、彼らの成熟化のスピードはなかなかのものがあり、“爆買い”なんてことをいつまでもやるはずがない、と思ってしまうところがあったからです。

しかし、これは多くの人がよく間違うことですが、日本人とつきあいのあるような中国人は、中国では特殊な部類に入るのです。圧倒的なボリュームで、日本のことなど全く知らない消費者が中国に存在し、東北地方や内陸部でも経済成長がそれなりに進んでいった結果、「初めて」日本を訪ねる中国人は増えることはあっても、減ることはなさそうです。

だとしたら、彼らは今日の「日中の物価が逆転」したご時世、また自国産の商品を全く信じられないという国情からすると、“爆買い”はすぐにはなくなりそうもありません。

スタバのカフェラテ600円!! 日中の物価が完全に逆転(訪日客急増の背景)
http://inbound.exblog.jp/24162197/

まったくなんとありがたいことでしょうか。(2015.2.22)
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 19:46 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

1回 震災は点検の絶好のチャンス!

最初に質問です。中国からの訪日団体ツアーが初めて来日したのは、いつのことだったかご存知でしょうか。

中国人団体観光ビザが解禁された2000年9月のことです。それから10年という節目を迎え、さらなる飛躍に期待をふくらませたインバウンド関係者をどん底に突き落としたのが、昨年9月の尖閣諸島沖漁船衝突事件であり、3.11東日本大震災でした。

この10年間、日本と中国を往来しながらインバウンドの現場を訪ね歩いてきたぼくも、まるでドラマの世界にでもいるような衝撃と徒労感を味わうことになりました。

しかし、だからこそ思うことがあります。潮が引くようにツアー客が去ったいまこそ、中国インバウンドの中身を点検するための絶好のチャンスではないか。

いったいこれまで我々は何をやってきたのだろうか。どんな目標を掲げ、成果はあったのか。見直すべきことはないのか。もちろん多くの方がそう自問されてきたことと思いますが、これらの問いにどれだけ明確に答えることができるでしょうか。

この連載では、中国インバウンドのさまざまな現場を、中国側、日本側の実情を対比しながら点検していきたいと思います。少々辛口ですが、前向きに意見していくつもりです。

日本の観光案内は読まれているか
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ここ数年たくさんの中国語観光パンフレットがつくられたのだが……

第1回は、中国語の観光案内パンフレットの点検です。日本政府観光局をはじめ全国の自治体、商工会議所、観光協会、小売店、商店街、さらには出版社やコンサルティング会社などが独自に広告クライアントを集めた小冊子や地図、フリーペーパーが、この数年間膨大な量発行されました。当初は日本人向けに作られた地図を中国語に翻訳しただけのものが多かったのですが、最近では外客向けにオリジナルに作られたものも増えています。
はたして、これらは実際の中国人訪日客に読まれているのでしょうか?そもそも本当に彼らの手に渡っているのか?

結論から言うと、残念なことですが、ほとんど読まれていません。
なぜなのか。

ぼくの事務所では中国の旅行ガイドブックを制作している関係で、多くの現地旅行会社と提携しています。この10年で彼らのビジネスの比重が、インバウンド(日本人の訪中旅行)からアウトバウンド(中国人の訪日旅行)へと急転換していくプロセスを見てきました。中国の旅行業界で日本市場のビジネスモデルがインからアウトに大きくシフトしたのは、地域によって時間差がありますが、概ね2007年頃だったのではないかと思います。

そんなわけで、ぼくはよく中国の旅行会社の店舗を訪ねるのですが、カウンターに日本のパンフレットが置かれていることはほとんどありません。そういうと、「そんなはずはない。うちでは各社に置いてもらう約束で毎回送っている」と反論する方がいるかもしれません。でも、実態は違います。ある旅行会社のスタッフがこう打ち明けてくれました。
「数年前より日本各地から大量に中国語資料が届くようになりました。最初はありがたかったのですが、いまでは多すぎて置き場所がないほどです。そのため、一定期間を過ぎると使いようのない山のような資料を処分している」
と申し訳なさそうに言うのです。

なぜこうなってしまうのでしょうか。以下の3つの理由が考えられます。
①中国の旅行会社ではカウンター販売は一般的でない
②日本のパンフレットはセールスツールとして使えない
③中国人は情報誌の読み方を知らない

未成熟なのにオンライン旅行50%超の市場

日本ではレジャーシーズンが近づくと旅行会社のカウンターに消費者が並ぶ光景が見られますが、中国ではいわゆるカウンター販売はそれほど一般的ではありません。ツアー商品の売られ方が日本とは同じではないのです。この認識は重要です。それは日中における旅行市場の発展のプロセスが異なるためですが、中国の消費者は旅行会社がツアー商品の中身を懇切丁寧に説明してくれるなどと期待していません。中国で海外旅行が一般化したのはたかだか10年、旅行会社のスタッフは海外事情に精通しておらず、単なる販売員です。インからアウトへの転換に人材育成が追いついていないのです。

その一方で、オンライン旅行販売率は50%を超える勢いです。後の回で説明しますが、中国では消費者、業界ともに未成熟なままオンライン化が進んだことで、かえってツアー商品の多様化、差別化を阻んでいる面があります。商品の中身が豊かになる前に、不条理ともいえる料金競争に突入してしまったのも、こうした事情に起因しています。

紙媒体とネットを組み合わせた多様なチャネルを使って旅行情報を消費者が手に入れるという日本で日常化した光景を中国で期待するのは無理というものです。せっかく作った中国語の観光案内が旅行会社のスタッフから中国の消費者の手に直接渡ることがほとんどないのはそのためです。せめてセールスツールとして使いやすければ、中国の旅行会社のスタッフも活用しない手はないと考えるのでしょうが、実態はそうではない。日本側の作る観光パンフレットの多くは、日本の消費者(中国のではない!)の嗜好に沿った実用ガイドに偏っています。これでは旅行先を決める前の段階で使えない。その豊富な情報を享受できるほど、大半の中国の消費者は日本の事情を理解しているわけではないからです。

中国人は情報誌の読み方を知らない

さらに致命的なのは、そもそも中国の消費者が日本の過剰に洗練された情報誌の読み方を知らないという事情があります。限られた2次元のスペースにたくさんの写真と細かい情報がぎっしり書き込まれた、たとえば「東京ウォーカー」や「るるぶ情報版」のような情報誌を読んだことがないのです。だから、仮に中国客が日本のパンフレットを手にしても、どこからどう読めばいいのかわからない。掲載店舗のありかを探すために別ページにある地図を参照するという情報誌の基本的な約束事を知らないのです。しかし、彼らはネット通販の口コミサイトなら使える。ピンポイントの店舗や商品情報はわかるのです。
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中国で今人気の旅行ガイドブック

それは端的にいうと、彼らが「エイビーロード」を知らないままネット時代を迎えたことを意味します。このすでに休刊した情報誌の存在は、多様な商品の中身を詳細に比較検討できることで日本の海外旅行シーンの成熟化に大きな役割を果たしました。一方、中国の消費者はこうした比較検討メディアの時代を経験することなく、ネット時代に突入しました。おかげで我々の知っている情報化のプロセスがすっぽり抜け落ちているのです。
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「食べる」「遊ぶ」「買う」に分かれた構成だが、写真が大きく、文字は少ない。このくらいの感じがいいらしい

そのことは、中国の書店で売られる旅行ガイドブックの中身を点検するとよくわかります。ここ数年、ぼくは中国の海外旅行書籍の変遷をつぶさに眺めてきましたが、現状では(あくまで日本との比較ですが)驚くほど稚拙な内容といわざるを得ません。ある出版社の担当者に中国のガイドブックを見せたことがあるのですが、彼は「トータルなデザインもそうだし、実用書としての機能性や体裁の不備など、真っ赤になるくらい赤字を入れたくなる」と感じたようです。確かにプロの目から見れば、日本の30年前の表現力です。それが中国の消費者の目線であることを我々は理解しなければならないのです。

情報の絞込みと手渡す手間をかける

ではどうすればいいのでしょうか?

まずはパンフレットの中身を総点検しなければならないと思います。そこに書かれた情報が使えるかどうかは、利用者がどういう観光形態や行動パターンを取るかによります。初来日の団体ツアー客に日本の情報誌を手渡しても活用できません。彼らに見合った情報の絞込みが必要です。

そのためには、中国の旅行会社にヒアリングがもっと必要です。彼らがほしいのは、どんな情報なのか。もしセールスツールにするなら、どんな内容のものが有効なのか。

ある北京の旅行会社のスタッフは、「文字は少なくていいので、写真を大きくしてほしい」と言います。「中国のお客さんは日本のことを何も知らないので、地図を見せてもよくわからない。ひと目で見て、ああ行きたいと思えるような美しく印象的な写真が大きく載っていると、彼らの目を引くし、セールスにも使いやすい」からです。

我々が中国のガイドブックを見たときに感じる「こんなもので満足できるのだろうか?」という"ゆるさ"を逆に参考にすべきでしょう。求められているのは、多彩で細かい実用情報ではなく、彼らの心をつかむ厳選されたキラーコンテンツなのです。

我々は紙媒体を作ると、つい何かを成し遂げたような気になりがちですが、それがきちんとターゲットの手に届くかどうかも点検しなければなりません。現状のパンフレットのままでは旅行会社経由でツアー客の手に届かないのだとすれば、旅行会社のニーズに沿ったセールスツール用の内容に作り変えるべきでしょう。旅行会社のスタッフに何らかのインセンティブを与えるようなしくみも必要かもしれません。あくまで消費者に届けたいなら、出発前のツアー客に空港で直接手渡しするという算段も考えるべきでしょう。そこまで手間とコストをかけないと、紙媒体を作る費用対効果は望めないのです。

これらのパンフレットの多くは、ホテルや小売店などインバウンド関係者の捻出する広告料や自治体の予算から発行されているはずです。であればこそ「来てもらいたい」側と現在の中国側のニーズがどこまでマッチしているか念入りな検討が必要です。世間でよくいう「中国の市場を理解する」とは、こうした現場の具体的な点検をふまえて初めていえることなのです。次回は別の現場に移ります。(2011年8月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_60.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 16:30 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)