カテゴリ:のんしゃらん中国論( 39 )


2013年 12月 24日

池袋の「文革レストラン」再訪。紅衛兵コスプレ美女に会う

昨晩、仕事仲間と池袋の文革レストラン「東方紅」で忘年会をやりました。その日集った皆さんは中国通が多く、先日ぼくが文革レストランを訪ねた話をしたところ、すぐに食いついてきたので、お連れしたというわけです(大学で東洋史を専攻した皆さんばかりです。専門的に中国史や中国語を学んだことがないのは自分だけ。恐縮します)。
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エレベータの扉が開くと、最初に目に入るのが、毛沢東の大ポスター。皆さん、そこで「おぉー、これがそうか」と軽く反応しつつ、店内に入ると、文革ポスターやら標語の数々を物色しながら、席についたのでした。

席まで案内してくれた紅衛兵のコスプレ店員は、中国のネットに写真が出ていた例の彼女でした。大連出身の王さんといいます。お笑い芸人の青木さやか似の美女、といっておきましょう。明るくていねいな接客で好感度が高いです。
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在日中国人、池袋に文革レストランを開店
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2013-11/05/content_30500644.htm

店内には、若い中国人のグループが何組かと、今回初めて日本人のグループを2組見かけました。この手の中華料理屋にはよくいそうな年配の男性3人組(きっと中国の夜のお仕事の女性に連れてこられたのでしょう)と、ちょっと意外だったのは、若い女性の4人組でした。だんだん日本人客も増えているんですね。

中華料理はやはり大勢で行くのが楽しいものです。今回5名で行ったので、いろんな料理が注文できました。中国通の皆さんですから、それぞれお好みの料理があるようでしたが、「念のため言いますけど、ここは中国東北料理の店ですから」と、ぼくがひとこと付け加えると、では「酸菜の鍋にしましょう」と、Hさんがメニューを見ながら応じてくれました。
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これが酸菜カキ鍋です。酸菜は中国東北地方の名物の白菜の酢漬け。簡単にいうと、トウガラシ抜きのキムチのようなもので、ちょっと酸っぱいんです。それにこの季節旬のカキを入れて白湯風のスープにした鍋です。美味でしたよ。
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せっかくですから、コスプレ店員の王さんにおすすめを聞いてみると、面白い料理が出てきました。文革時代をイメージ化したアルミの弁当箱のようなものに入ってでてきた豚肉と野菜の田舎風煮込みです。野菜にはカボチャやトウモロコシも入っています。クミンやハッカクなども使われていて、いかにも東北料理らしい味付けでした。
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これは東北料理というわけではありませんが、インゲンの四川風辛味炒めです。日本人の口に合いますね。

他にもいろいろ頼んだのですが、皆さんの評価は、「この店で頼むべきは、東北料理。他の地方料理はちょっと予想した味付けと違う気がする」というところでまとまりました。こういうことって、中国でもよくあります。いまの時代、都市部ではいろんな地方料理レストランがあるのですが、たいてい地元の好みの味に変えられていて、本場の味を知る人からすると、「あれっ、ちょっと違う」となるものです。東北人が四川料理をつくると違った味になるという話で、池袋でもそれがいえるわけです。

とはいえ、ふだんは口の悪いことで知られるHさんから「こんな本場の料理が日本で食べられるとは、うれしいことですね」と言われたので、ぼくはほっと胸をなでおろしたのでした。そして、「そりゃそうですよ。本場の東北人がつくってるんですから」と応じたものです。
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中国語のわかる皆さんですから、店内にたくさん貼られたポスターや標語が気になるようです。たとえば、トイレの前に貼ってある「同志们,无论大小,记得冲(皆さん、大でも小でも流すことをお忘れなく)」や、厨房に入る従業員出口の「闲人免进(関係者以外立ち入り禁止)」は、当時のプロパガンダポスターから図柄を拝借し、言い回しを変えてパロディー化したものです。
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これは、2000年代半ば中国で一斉風靡したテレビのオーディション番組の人気投票でデビューした李宇春さんというアイドル歌手の新曲のタイトル「再不疯狂我们就老了」を拝借して、当時のポスターにはめ込んだもののようです。
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またこれは逆のパターンで、文革当時、毛沢東が紅衛兵に呼びかけた「战无不胜的,毛泽东思想胜利万岁」というメッセージ入りのプロパガンダポスターの、紅衛兵たちが高く掲げる(おそらく)毛沢東語録(だと思いますが)の代わりに米国アップル社のロゴをはめ込んでいます。

中国共产党第九次全国代表大会主席团秘书处新闻公报(1969年4月24日)
http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64168/64561/4429452.html

これらに見られるように、「文革レストラン」に散りばめられた一見政治的かつノスタルジックな文化的意匠は、実のところ、当時への郷愁ではなく、むしろ2000年代の中国の都市部に多く現れた文化雑貨屋で売られていた他愛のない流行商品やキャラクターグッズのたぐいと変わらないものです。パロディーといっても、そこは用意周到毒抜きされています。

※これらのグッズについては「中国の文革系サブカル雑貨は日本の1970年風?」を参照。 

とはいえ、今月26日が毛沢東生誕120年にあたることを意識して書かれたと思われる今朝の朝日新聞の国際記事「文革 封印の過ち語る 毛沢東生誕120年 回顧の風潮に危機感」(2013年12月24日)が指摘するように、中国では「文革レストラン」という存在自体、単なる飲食施設ではなく、悲惨な歴史の記憶の回顧化、あるいは忘却化に貢献するものだという見方もあるようです。なんにしろ、そんなに遠い時代の話ではないからでしょう。同記事の中では、自分が密告したことで、母親が銃殺刑にされた弁護士の話がでてきます。中国の現代史のタブーを突いてにわかに出現したかのような「文革レストラン」には、まだまだ尾ひれの付く話が出てきそうです。

※そういう意味では、最近中国で文革時の蛮行を懺悔する元紅衛兵たちが現れていることに注目したいと思います。「文革時の蛮行をザンゲする元紅衛兵たち」 参照のこと。
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by sanyo-kansatu | 2013-12-24 10:45 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 11月 17日

これが本場中国の「文革レストラン」です

東京・池袋に10月下旬、オープンした「文革レストラン」を訪ねたことを前回報告したので、今回は本場中国の「文革レストラン」を紹介することにしましょう。
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とはいっても、前回説明したように、そもそも中国における「文革レストラン」の流行はすでに終わっており、閉店した店も多いのです。最盛期は、場所にもよりますが、北京や上海で2000年代前半、地方に行くと2000年代後半だったと思います。

今回紹介するのは、大連にかつてあった『東方紅風味酒楼』です。2007年12月にオープンしましたが、現在は閉店しています。ぼくがその店を訪ねたのは、08年5月下旬のことです。何よりそこで観た「文革歌謡ショー」が印象に残っています。以下、レストランの内装や一連のショーをお見せしようと思います。

写真は佐藤憲一さんです。
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まずレストランの外観はこんな感じです。場所は、大連市中山区中山広場万達大廈の西側にありました。
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店内です。客は中高年がほとんど。白酒とノスタルジーがこの店の売りです。
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壁には文革時代のポスターがたくさん貼られています。
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厨房も一部公開していて、そこには東北地方の料理(東北菜)が並んでいます。煮物が多いです。
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毛沢東の好物だった紅焼肉もあります。
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料理はざっとこんな感じ。おそらく当時はこんなにふんだんに肉を使った料理なんて口にできなかったのでしょうが、中国も飽食の時代です。いまこうして豊かさを手にしているのですから、当時はどんなに貧しくても、それは思い出というものです。
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彼はこれから観る「文革歌謡ショー」の広報係です。日本人が来店したというので、ちょっと緊張した面持ちです。きびきびとした動きで、当時の紅衛兵を演じているのでしょうが、もちろんその時代に彼は生まれていません。
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さて、ショーが始まりました。舞台の中央には毛沢東の肖像画が飾られています。
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前半は、歌と舞踊のショーです。いまや懐かしい紅衛兵の姿に扮した劇団員たちは、大音量のスピーカーから流れる当時の流行歌に合わせて熱唱します。

※【動画あり】中国文革レストラン(大連)のショーにて(歌と踊りと文革世代の観客たち 2008年5月
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ドラムやシンセサイザー、そして横笛や胡弓の演奏者もいます。
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客にマイクを向けて一緒に歌おうとステージを降りて、呼びかけます。
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大きな紅旗を翻しながら、派手なパフォーマンスを繰り広げます。
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前半のショーが終了すると、劇団員たちは観客の座るテーブルを周回し始めます。客の中には、劇団員に握手を求める人もいます。当時を知らない若者がこのように演じていることに対して、中高年の観客たちはどんな思いを抱いているのか。それとも、今日ではまったく否定されてしまった文革時代にこうして光を当ててくれたことに感激しているとでもいうのか。
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幕間には、中国絵画のオークションなども行われます。50元払って花輪を買って、劇団員の首にかけるのもお約束です。
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後半は、いわゆる「抗日」寸劇です。抗日ドラマでおなじみの日本軍兵士(左)と漢奸=売国奴(右)が登場します。日本兵はちょびひげと丸眼鏡というのもお約束です。
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その後、人民解放軍の活躍で漢奸は取り押さえられ、日本兵はつるし上げられます。ひたすら滑稽に演じてみせるのも日本兵の役割です。

※【動画あり】中国文革レストラン(大連)のショーにて(日本兵を成敗するシーン 2008年5月)
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最後は、勝利の歌でしめくくられます。

一連のショーを観ながらいろんなことを感じたものですが、舞台の迫力はなかなかのもので、いま中国で「文革歌謡ショー」を演じることの意味は何か? という文脈を無視すれば、いかにも中国らしいエンターテインメントだと思ったものです。そこには、一種の様式美すらあります。劇団員の青年、女子の皆さんに対して、聞いてみたいことは山ほどありましたが、あの場で話を聞いてもしかたがないと考えて、店をあとにしました。

最初に書いたように、この店は現在存在しません。このショーに出演していた青年たちは、いまどうしていて、何を考えているのか。反日デモのとき、毛沢東の肖像画を掲げた一連のグループとはなんらかの精神的なつながりがあるのか?

上海のある文化研究者によると、2000年代前半に中国各地の都市部にオープンした「文革レストラン(当時は「北大荒菜館」とも呼ばれました)」は、所詮消費社会の中のひとつの流行現象にすぎないとの見立てです。一般に中国の研究者は、こういうすました言い方を好んでしますが、そう簡単に割り切れる話なのか、ぼくにはちょっと疑問です。

突如池袋に出現した「文革レストラン」の話題はともかく、中国における昨今の「毛沢東」現象について考えてみるのは面白いと思います。

【追記】
なぜ中国の東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)に「文革レストラン」(実際には、文革のイメージというより、1970年代の中国の社会風俗をノスタルジー化したレストランであるのがほとんど)が多く開店したかについては、こんな推測も成り立ちます。

新中国成立以降、満州国の近代インフラを有する東北三省は、最も先進的な工業地域でした。ですから、建国後の混乱も収まる1950年代以降、東北三省の人たちは先進地域に住む住民としてのそれなりの自負を持っていたはずです。それが変わったのは、80年代の改革開放以降です。広東省を中心にした華南地方に集中的に投資が進むことで、東北三省は地盤沈下していきます。とくに90年代は失業者のあふれる後進地域となってしまいます。

つまり、大連などの「文革レストラン」に足を運んだ中高年世代の人たちは、文革という悲惨な時代とともに、東北三省の栄光の時代を懐かしんでいるのかもしれないのです。2000年代に入り、中国政府の東北振興策で、再び発展モードに転換した東北三省の人たちが“古きよき時代”の思い出を手軽に体験できる「文革レストラン」を愛好したたのも、わかる気がしないではありません。
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by sanyo-kansatu | 2013-11-17 10:25 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 11月 16日

池袋にできた「文革レストラン」に行ってきました

池袋にできた話題の店、「東方紅」に行ってきました。
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10月26日にオープンしたばかりの、いわゆる「文革レストラン」です。1960~70年代の文化大革命時代の文化的意匠で内装を統一したレストランで、そんな店が日本でオープンしたことがちょっとした話題を呼んでいるのです。老板(オーナー)は中国黒龍江省ハルピン出身。場所は西池袋の繁華街にある「ロサ会館」の西側のビルの8階です。
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エレベータの扉が開くと、まず目に入ってくるのが、冒頭の毛沢東の大きなポスターです。

店内には、文革時代のプロパガンダの標語やポスターがあちこちに貼られ、天井からトウガラシなどがいくつもぶら下げられています。これは確かに「文革レストラン」の定番ディスプレイといえます。
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メニューの表紙が「毛沢東語録」風というのも定番です。メニューを広げると、東北菜(中国の東北料理)が並び、彼の語録がデザイン化されて書き込まれています(メニュー写真のいちばん下にあるのが毛沢東の好物だったという紅焼肉)。
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とまあそんな趣向の店ですが、あくまで商業的な狙いだと思われます。少し前に中国で流行った「文革スタイル」の店を日本で出せば、もしかしたらウケるんじゃないか、といったあたりか。オーナーには思想的な背景などないでしょう。近年、首都圏には東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)から来た在日中国人が急増していますから、東北菜を出す店という意味では、市場に合わせているといえるかもしれません。

開店祝いで、ドリンクも半額でした。個人的にぼくの好きな家常豆腐を注文しました。ふつうにおいしかったです。
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店内には、留学生のグループらしき若者とおじさん3人組、おじさんと若い女姓のカップルがいて、すべて中国客でした。

例の中国のネット上に飛び交った紅衛兵の衣装にコスプレした女の子の服務員(中国語のウエイトレス)はいませんでしたが、ふたりのコスプレ服務員がいました。
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話を聞くと、ふたりはともに瀋陽出身。茶髪の紅衛兵というのもいまの子らしくて面白いです。ネットに出た子は大連出身で、今日は休みだそうです。ふたりはとても丁寧な接客で感心しました。しかも、手がすくと、空いたテーブルのメニューをきっちり揃えたり、休む間もなく働いています。

池袋の「文革レストラン」は、内装を除けば、都内によくあるごくふつうの中華料理店でした。雑な日本語を話すおばさんが店を切り盛りしているような古い在日華人の店ではありません。経営者はおそらくニューカマーで、いまの中国の都市部によくあるレストランと変わらないといっていいと思います。ただし、服務員は注文の受け答えくらいはできますが、日本語は少しあやしい。在日華人が経営する店というのは、いまどきそんなものです。

ところが、池袋の知り合いの中国人の経営するバーで「東方紅」の評判を聞いたら、「味はまずい。一回行ったらもう行かないと思う。来年はもうなくなっているんじゃないかな?」という厳しい評価でした。

中国人というのは、知り合いでなければ、同胞につれないですね。

「池袋 东方红」でネットを検索すると、中国側の反応がいろいろ出てきます。

日本东京华人聚集地开设“东方红”餐厅 2013年11月4日
http://news.xinhuanet.com/world/2013-11/04/c_125649535.htm
http://www.mnw.cn/photo/baitai/692081.html

中国ネット民「頭おかしい…」 池袋の“文化大革命レストラン”に批判集まる
http://newsphere.jp/entertainment/20131111-1/

中国ではわりと批判的なコメントが多いようです。もともと「文革レストラン」は、2000年代前半にまず北京や上海でオープンし、それから何年か遅れて特に東北三省にたくさんできました。ぼくは大連や長春にあった店に行ったことがあります。大連の店では、紅衛兵の衣装をつけた劇団員によるショーもあったんです。客層は、当時を知る中高年の世代でした。確かに、ひどい時代でしたが、それでも自分の青春を過ごした時代を懐かしむという気分はあるものです。いまではそのほとんどのお店が閉店してしまいました。要するに、一種のブームにすぎなかったのです。そんな10年前に中国で流行った店をいまごろ日本でやるのかよ、という感じ方もあるかもしれません。日本人よりむしろ、中国のネット世代のほうが違和感を感じているところが面白いです。

日本ではいまのところ、特に反響はないようです。「チャイナタウン」騒動のあった池袋だけに、いろいろ言いたがる人が出てくるのかもしれませんけど、大半の日本人にとって「文革レストラン」といわれても、ピンとこない話でしょうから。

東方紅
東京都豊島区西池袋1-38-3 b-toos池袋8F
tel 03-6907-1237
微信号:dongfanghong1618

※あとで、中国で少し前に流行った「文革レストラン」(「これが本場中国の「文革レストラン」です」)について紹介しようと思います。

【動画あり】中国文革レストラン(大連)のショーにて(歌と踊りと文革世代の観客たち 2008年5月)
中国文革レストラン(大連)のショーにて(日本兵を成敗するシーン 2008年5月)

2か月後、この店を再訪した話も書きました。そこでは店内の文化的意匠について、簡単に解説しました。「池袋の「文革レストラン」再訪。紅衛兵コスプレ美女に会う」http://inbound.exblog.jp/21710468/

さらに、この店の文化的意匠が2000年代の中国の風景といかに重なっているかについては「中国の文革系サブカル雑貨は日本の1970年風?」を参照のこと。

また、その一方で文革時の蛮行を懺悔する元紅衛兵たちが現れていることについても注目すべきでしょう。「文革時の蛮行をザンゲする元紅衛兵たち」 を参照のこと。

【追記】
実は、この店、その後(2015年夏ごろから)営業スタイルを変えて現在に至っています。要は、「文革レストラン」を廃業し、ふつうの中国東北地方料理店になっています。池袋北口周辺は以前、ミニ中華街的な様相を呈していた時期(2010年くらいまで)がありましたが、いまやその勢いは下火になり、この店の経営はもうひとつのようです。実際、客層の大半は在日中国人で、日本人が来てくれないのがオーナーの悩みだそうです。

今年(2016年)は、文革50周年ですが、2年半前にこのエントリーを書いた当時の様子は見られないことを、あらかじめお伝えしておきたいと思います。(2016 .5.20)
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by sanyo-kansatu | 2013-11-16 12:30 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 06月 20日

中国の地方開発はどこでもこんな感じです(まちづくりの観念は欠落。不動産販売が優先)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで対岸の北朝鮮新義州と向き合うまちです。近年、市街地南部に広がる鴨緑江下流域一帯を「丹東新区」として開発し、高層マンションの建設ラッシュが続いています。
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いまそこでは北朝鮮側とつなぐ新鴨緑江大橋が建設されています。
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その一画に「国門湾」都市開発情報センターがあります。
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このような都市開発情報センターは、丹東に限らず、中国全土にあります。中国の地方都市の開発とはどういうものかを理解するためには、格好の場所といえます。

中に入ってみましょう。ショールームの正面に、巨大な「丹東新区」のジオラマがドーンと置かれています。周囲には、超高層ビルを配置した丹東新区の未来図のパネルが展示されています。ただし、そのイメージは驚くほど全国の他の地方都市のものと似かよっています。上海の浦東を原型としたイメージを踏襲しているといって差し支えないと思われます。
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都市計画図によると、丹東新区は、工業産業園区、中央行政文化区、国際貿易区の3つに分けられるようです。
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中央行政文化区には、市政府や公共の文化施設、学校などに加え、不動産デベロッパーのマンション予定地がしっかり書き込まれています。
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興味深いことに、ショールームの隣では、不動産会社のブースがいくつか並び、販売が行なわれています。まだ完成していないマンションのジオラマを展示し、女性の販売員が接客しています。
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マンションのジオラマ自体はどれも似たり寄ったりです。間取りの模型もあります。しかし、そこでどんなまちづくりが行われるのか、どんな住まい方になるのか、ほとんど説明されていません。
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これが地方政府とデベロッパーがグルになって進める中国式の地方開発です。地方政府の歳入は土地売却に依存し、不動産投機が主要な原動力といっても差し支えないのではないか。それまで何もなかった0円の土地を売って、箱物建てれば大金になるというわけですから。

確かに日本でも同じような話はあります。再開発によって土地の値段が上がるのを見越して土地の買占めを図る強欲なデベロッパーと政治家のインサイダー取引なんて話は、テレビドラマでもおなじみの設定でしょう。

ただし中国の場合、それを悪びれることもなく政府が推奨しているようなところがあります。国民の多くも、マンション開発の話を聞きつけ、安いうちに複数購入し、資産価値が上がるのを待ち、時が来たら売り抜ける、という中国におけるお手軽資産形成=幸福への最短コースを夢見ています。一見儲けるチャンスは誰にでも開かれているようですが、そんなことは当然ありえませんし、政府関係者の懐にいくら入ったか公表されることはまずありません。

その結果、 日常生活に欠かせない諸物価とはつりあわない不動産価格の高騰が起きているわけです。いまの中国は、土地の値段をつり上げないことには、経済が回らないような社会になっていないでしょうか。

今年に入り、中国経済の成長の減速が伝えられるなか、濡れ手で粟の不動産投機による資産運用に精を出してきたばっかりに、額に汗して働く正攻法の商売を手がけるのがバカバカしいという風潮がこの国に生まれてしまっているように思います。それがあだとならなければいいのですが……。

こうしたことは、中国では大なり小なり全土で起きていることです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-20 17:46 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 05月 14日

丹東の抗美援朝紀念館とあやうい愛国主義「歴史」教育について

5月上旬、中国が北朝鮮の国営銀行の口座を閉鎖したニュースが伝えられました。そのときふと思い出したのが、3年前に訪ねた中国遼寧省丹東にある抗美援朝紀念館のことです。
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ひとことでいえば、朝鮮戦争(1950~53年)でどれだけ中国が北朝鮮を支援したか、これでもかと宣伝する「歴史」施設です。1958年10月に建て始められ、朝鮮戦争休戦協定の調印40周年記念日である1993年7月27日に開館しています。いわゆる「愛国主義教育基地」のひとつです。
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場所は丹東駅の北西の高台にあります。高さ53mの記念塔が立ち、そこから鴨緑江が見渡せます。丹東には、中朝間をつなぐ最大の口岸(イミグレーション)があり、両国の最も太い人的交流が見られるまちです。
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館内は歴史的な資料を展示する陳列館とパノラマ館に分かれています。陳列館に入ると、まず「抗美援朝、保家衛国」のレリーフを背景にした毛沢東主席と彭徳懐将軍の彫像があります。
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ちょうど大連から高校生が見学に来ていました。中国の高校生はたいていジャージ姿で、校名がひと目でわかります。
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朝鮮戦争の経緯を、中国から見た視点で解説する展示も豊富にそろっています。1950年10月から53 年7月の休戦までに投入された人民志願軍は約300万人、戦闘による 死傷者だけでも36万6000人いたといいます。
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なかでも興味深い展示は、金日成が毛沢東に援軍を乞う手紙です。「この展示のせいで、いま丹東に駐在している北朝鮮ビジネスマン(その数常時約3000人)や旅行で訪れる北朝鮮客はここには来ない」と、丹東在住の中国人の知り合いは話していました。
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なぜ北朝鮮の人たちはここに来ようとしないのか?

ここでの展示は、北朝鮮で教えられた朝鮮戦争の「歴史」観とはさまざまな点で矛盾し、対立が起きそうですからね。それにしても、せっかく大きな犠牲を払って助けたつもりの中国が北朝鮮からさほど感謝されていないのだとしたら、なんてことでしょう。でも、そうなってしまうのは、そもそも両国の「歴史」観に起因しているのだと思います。

陳列館はともかく、パノラマ館は少々やり過ぎの感じがしました。冒頭で写真を見せたように、朝鮮戦争の巨大なジオラマがあるんです。こういうリアルなジオラマは、訪れた子供たちを喜ばすのかもしれませんが、そこに政治が絡む以上、配慮が足らなすぎると思います。
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記念館の外には、当時使用された空軍機や戦車、掃射砲などが置かれています。大連の高校生たちはそこで記念撮影を楽しんでいます。
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それにしても、中朝関係に対する中国国民の懐疑心や不満がこれほど高まっている今日、この「愛国主義教育基地」はこのままで大丈夫なのでしょうか。中国が「歴史」を振りかざせばかざすほど、自縄自縛になるのは、この件だけではない気がします。
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「我的祖国 愛国主義教育基地網上展館」(中国宣伝部)の紹介する抗美援朝紀念館
http://big5.cctv.com/gate/big5/space.tv.cctv.com/page/PAGE1246345067229151
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by sanyo-kansatu | 2013-05-14 18:00 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 05月 10日

北京にはもうスペクタクルな建築はいらない!?

4月に北京に行ったとき、ちょっと面白い空間を見つけました。地下鉄6号線東大橋駅の近くに最近できたParkview Green(芳草地)という巨大ビルです。ビルのファサードは、奇妙な三角形をした超モダンな総ガラス張り。海外のブランドショップや高級レストランが入店しているという、中国ではありがちなバブリーなショッピングモールにすぎないのですが、面白いのは内部の空間構成です。
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たまたま夜に出かけたせいか、まるでSF映画に出てくる近未来の宇宙ステーションのように見えたのです。しかも、あちこちに奇態な現代彫刻が配置されていて、その無意味さがおかしいけれど、悪くない感じなのです。
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Parkview Green(芳草地)
www.parkviewgreen.com

建築に関する専門的な知識はぼくにはありませんから、印象批評的なことしか言えませんが、近年北京に次々と建てられた話題性のある建築のほとんどはファサード(建築物の正面から見たデザイン。要するに外観の見かけ)に凝ることを重要視していて、人々にいかにサプライズを与えるかを競い合うような建築ばかりだった気がします。CCTV(中国中央電視台)しかり、オリンピックスタジアムの「鳥の巣」しかりです。

ところが、2012年に誕生したParkview Green(芳草地)は、ファサードよりも内部の空間の斬新さを追求しているように見えるところが、2010年代風なのかもしれません。なんでもビル全体で環境保全やエネルギー効率を考慮しているそうですし、至るところに彫刻をはじめとした現代アートを惜しみなく並べるあたり、いかにも中国的なやりすぎ感はあるものの、少なくともこの空間を訪れたり、働いたりする人たちのことを考えて演出されていることは感じられるのです。そこが、とかく奇抜なファサードを追求することで、そのビルを利用する人間にさまざまな制約を与えているように見えてしまう、2000年代の中国の建築設計で主流だった発想とは少し違うのではないかと。

北京は「現代建築の実験都市」といわれます。それは2000年代に建てられたファサード(見かけ)重視の現代建築がたくさんあるためです。物見遊山で見て歩くには、それなりの面白さがあります。以下、これまで市内を散策している間になにげなく撮ってきた北京の現代建築を、一応わかる範囲で建築家・国籍を入れて、年代順に並べてみます。

●SOHO現代城(2001)
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●建外SOHO(2004) : 山本理顕
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●朝外SOHO(2007):承孝相(韓国)
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●国家大劇院(2007) : ポール・アンドリュー(フランス)
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●オリンピックスタジアム「鳥の巣」(2008) : ヘルツォーク&ド・ムーロン(スイス)
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●国立水泳競技場(2008) : PTWアーキテクツ(オーストラリア)
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●数字北京(デジタル・ベイジン)(2008) :朱锫(中国)
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●北京首都空港第3ターミナル(2008) : ノーマン・フォスター(英国)
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●三里屯ヴィレッジ南区(2008) : 隈研吾
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●中央美術学院美術館(2008) : 磯崎新
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●ザ・オポジットハウス(2008) : 隈研吾
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●CCTV〈中国中央電視台〉(2009) :レム・コールハース(OMA オランダ)
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●リンクト・ハイブリッド(2009) : スティーヴン・ホール(米国)
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●中国国際貿易センター3(2009) :スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM 米国)
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●三里屯SOHO(2010):隈研吾
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●三里屯ヴィレッジ北区東(2010) : 松原弘典
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これらの現代建築の北京デビューは、オリンピックの開催された2008年前後に集中しています。日本人の建築家もこの時期、多く仕事を手がけています。

これは素人考えにすぎませんが、CCTVやリンクト・ハイブリッドのようなファサード至上主義(!?)建築の多くは、欧米系の建築家に担当させる一方で、三里屯ヴィレッジのようなファサード的には比較的穏健なものの、そこを訪れる人たちの空間利用も考えて設計されている建築は、たいてい日本人建築家が担当しているように見えるところが面白いと思います。

さて、では2000年代という時代に、なぜこのようなファサード重視の建築が北京に量産されたのか。

いま振り返ってみても、この時期、中国では建築に限らず、人目を引く奇抜な<モノ・ヒト・コト>がもてはやされていたことは確かです。もともと中国の人たちは「好看」(見た目がいい)にこだわるところがありますが、北京オリンピックのド派手な開会式の演出でも見られたように、ただの「好看」ではなく、もっとワクワクするようなスペクタクルな建築を歓迎する、そんな時代の気分の高揚があったように思います。

中国の台頭を世界に誇示できた2000年代ゆえに、多くの中国の人たちの胸の内に、「我々はようやく過去の不遇な時代から抜け出したのだ。それを祝い、酔いしれようではないか」という心情がきっとあったに違いありません。だとしたら、欧米の建築家が量産した北京のスペクタクル建築も、そうした時代を生きた中国人の欲望にある意味ストレートに応えたものだといえるのでしょう。

しかし、2000年代という“熱狂”の時代が終わり、2010年代を迎えたいま、見方も変わってくるのではないでしょうか。

というのも、これも素人的意見にすぎませんが、周囲を乾いた大地と砂漠に囲まれ、黄砂と大気汚染で汚濁した北京の環境には、そもそもガラス張りの建築は適さないのではないか、と思うからです。

先日、CCTVのビルのてっぺん近くで窓拭きをしていた数人の労働者の姿を目にしたのですが、あの巨大な壁面すべてを拭き清めるのに、どれだけの労働力と時間を費やさなければならないのか。しかも、いまの北京にはガラス張りの巨大建築がどれだけ多くあるか。そう考えるだけで、気が遠くなりました。実際、昼間見るCCTVは煤けて埃まみれです。

また、これは北京だけでなく、上海でもそうですが、中国で建てられたビルやマンションの老朽化のスピードは恐ろしく速いと感じます。たとえば、北京の建外SOHOは、環状3号線から車で少し離れて見る眺めは壮麗で見事なのですが、実際にビルの裏手に回ってみると、そのさびれ方は、香港の新界あたりにある場末のショッピングセンターのように見えてしまいます。これが本当に北京CBD(商務中心区)の一角なのだろうか、と思ったものです。これも北京の苛烈な環境のせいなのかもしれませんが、ビルの使い方に何か問題があるのではないか、という気がしないではありません。

今回、北京で会った旧知の友人のひとりがこんなことを話していました。

「大気汚染や役人の汚職など、いまの中国人には不満がたまっていて、ネットにあふれています。でも、いまの北京にはもう何でもある。そんなにスピードを出して経済成長する必要はないと思いますよ」

きわめてまっとうな意見だとは思います。つまり、もうスペクタクルな建築はいらない、と北京の人たちも考えるようになってきたように思うのです。

しかし、こう語れるのは北京の恵まれた階層に属する人たちだからと言えなくもありません。はたして恵まれない階層の人たちはどう考えているのか? 

結局のところ、そこに突き当たるのが、2010年代の中国の姿だといえそうです。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-10 14:31 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 05月 09日

ぼくの好きな北京のブックカフェ

ここ数年で北京にはしゃれたブックカフェがいくつもできています。いまの中国の都市に暮らす人たちの考え方や気分について知るためには、西単の北京図書大廈のような大型書店だけでなく、限られたスペースの中によくセレクトされた書籍や雑誌の並ぶブックカフェに行くと、いろんなことに気づかされます。

以下、北京でぼくがよく立ち寄る6つのブックカフェを紹介します。

①Timezone 8 Art Books
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798大山子芸術区の中にあるアート系の専門書店です。ここ数年、798の変容ぶりを定点観測しているのですが、アート作品に映し出される中国の社会意識の変化を知るうえで参考になる資料を買い揃えるのにけっこう役立ちます。以前は中国と欧米の2つの部屋に分かれていましたが、4月に訪ねたとき、書棚のスペースが縮小されているように感じました。いまや観光地化してしまった798ですが、この書店は貴重な存在だと思うので、なんとか維持してほしいと思います。
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Timezone 8 Art Books (现代书店北京艺术书屋)
朝阳区酒仙桥路4号798大山子艺术区
www.timezone8.com/

※2014年1月上旬、798を訪ねたところ、このブックショップは閉店していました。ここ数年訪ねるたびに798芸術区の疲弊を感じていましたが、その影響は大きいようです。習近平政権になって中国の独立系文化が元気を失いつつあることを実感します。

②360店
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この書店も798にあります。生活デザイン系の書籍や雑貨、洋服などが置かれています。佐藤可士和の仕事集や「無印良品」の本など、日本の翻訳書も目につきます。中国のクリエイティブな人たちがいかに日本を参考にしているかよくわかります。外国人の多いTimezone 8と比べると、若い中国の女の子が多い店です。
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360店
朝阳区酒仙桥路4号798艺术区陶瓷三街
www.design360.cn

③Kubrick(库布里克)
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香河園路にある「当代MOMA」というモダンな建築群の一角にあるブックカフェです。この建築群は、アメリカの建築家スティーヴン・ホールの作品で「リンクト・ハイブリッド」と呼ばれています。近くに当代MOMA百老匯電影中心という映画館もあります。
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書籍の売り場とつながっているカフェでは、毎週のようにカルチャー系のイベントがあるようです。昨年7月、ここで中国版「女の子のひとり旅講座」とでもいうべきイベントに偶然出くわしたことがあります。「独立女生旅行分享会」という集まりでした。
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Kubrick(库布里克)
东直门香河园路1号当代MOMA北区T2座一层
http://site.douban.com/kubrick-bj/

④单向街(One Way Street)
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もともとこのブックカフェは朝陽公園近くの藍色港湾というショッピングモールにあったのですが、4月に訪ねたとき、地下鉄6号線青年路駅前の大悦城というショッピングモールに移転していました。
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ここでも毎週のように新刊を出した作家やエッセイストなどを呼ぶイベントがあります。知り合いの中国独立系の映画監督、徐童さんも3月下旬にここで講演会をやったそうです。
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单向街(One Way Street)
朝阳区朝阳北路101号朝阳大悦城4F-54号
http://www.onewaystreet.cn/

⑤字里行间
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北京市内にいくつか支店がありますが、ぼくがよく行くのは地下鉄10号線三元橋駅にある鳳凰匯ショッピングセンター内にある店です。
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字里行间
朝阳区三元桥东北凤凰商街凤凰汇购物中心B1层115号(地铁10号线三元桥B口出)
http://site.douban.com/bookfun/

⑥PAGE ONE三里屯店

三里屯ヴィレッジ南区にある書店で、雑貨なども置かれています。外国の書籍の翻訳モノが充実しています。
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PAGE ONE三里屯店
Units S2-14a-b, 1-2F, Sanlitun Village,
No.19 Sanlitun Road, Chaoyang District
http://www.pageonegroup.com/

これらのブックカフェに置かれている書籍や雑誌は、いまの中国の選良たちの嗜好に合ったハイセンスで高踏的なテーマを扱う内容のものが多く、日本の1980年代の西武百貨店にあったアールヴィヴァンを思い起こさせます。北京・上海・広州などの大都市では、すでに文化雑貨が商品となりうる時代を迎えていることを実感します(天津や瀋陽、大連といった地方都市になると、こういう消費文化がまったくないとはいいませんが、まだ少し時間がかかりそうです)。

ただ、北京図書大廈や王府井の新華書店のように、いつでも客でごった返しているというわけでもないので、経営はどうなのでしょうか。もともと中国では本の値段が安く、隣接したカフェで飲むカフェオレ1杯と単行本の値段が変わらないのですから。そういえば、地下鉄1号線大望路駅の現代城SOHOに以前、光合作用書房(五道口にもありました)というおしゃれ系の書店があってよく通ったのですが、数年前に倒産してしまいました。

それでも、いまの中国の独立系の文化を支えるうえで、ブックカフェはとても重要な存在だと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-09 09:13 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 02月 28日

中国の大気汚染は政府頼みでは解決しないと思う

先日、北京の知人に「そちらの大気汚染、報道で見ると大変そうだけど、大丈夫?」と聞いたら、「大丈夫でしょ」とそっけなく答えます。原発事故による放射能汚染を心配して「東京は大丈夫?」と尋ねられたとき、私たちもそう答えるしかなかったように、彼らもそう答えるしかないのでしょう。

前回(「いくらお金があっても水と空気は買えない。さあ、どうする?」)、中国の大気汚染に関するニュースを時系列的に眺めてみましたが、汚染の「程度」をめぐる中国当局と海外メディアや米国大使館との論戦の中、国内からもついに告発が始まることで帰趨を決していくというプロセスは、10年前のSARSの頃にも起きた、いつか見た光景だったことがわかります。

ただし、一過性のSARSと違い、今回の大気汚染は中国の経済活動とリンクして起きていることです。こうした経済成長と国民の健康被害のバランスをめぐる葛藤は、新興国が必ず通過しなければならない道であり、おそらく同じようなことはかつての日本でも起きていたはずです。

中国の場合、気になるのは、この問題を主体的に解決しようとする存在が誰なのか、はっきり見えないことです。そんなの政府が何とかするさ、と多くの中国の人たちは考えるのかもしれませんが、本当にそうでしょうか?

今回ばかりは、政府頼みでは問題は解決しないのではないか、とぼくは思います。リーマンショックからの立ち直りの早さでその優位性をアピールした国家権威主義体制も、逆効果に働くのではという懸念があります。全国各地で起きている個別の公害問題について、それぞれの地元に住んでいる人間が自分たちの問題として話し合ったり、企業に対してルールづくりを起案したりという、自発的な住民「運動」を行使できないようなことでは、解決は難しいのではないでしょうか。

だからといって、中国には「民主化」が必要なのだ、などといきなり言い出すつもりはありません。そもそも中国という国にとって「民主化」とは何を指すのか? どこにも明確な定義はないし、大半の中国の人たちはこの件について思考停止させられています。

たとえば、南方周末が主張しようとした「憲政」(党よりも憲法が上位にある法治国家)を目指すべきだというのはそのとおりでしょうが、今回の一連の騒動をみてもわかるように、そもそも為政者の側にその気はまったくなさそうです。もちろん、党も一枚岩ではなく、さまざまな考えを持つ勢力があることは確かですが、大半の中国の人たちも、この先大きな社会変革が起こることで望まない結果になるよりは現状のままでいいと考えているだろうことは、彼らと普通につきあっていると感じることです。

中国では、社会を安定的に維持するための原理原則が我々とは異なるようです。たとえば、この国では国民各層に与えられた(あるいは勝ち取った)「権限」が、結果的に社会の安定維持の装置のように機能しています。各人が手にした「権限」は、相当に深刻な問題でもない限り、他人が口出しできないと考えられているようです。

本来は「権限」というものをいかに公平に運用し、広く公の利益のために使えるかが社会運営のキモなのだと我々は考えますが、この国の人たちは、トップのエリート官僚から末端のそれこそ公衆トイレ清掃人に至るまで、自分の「権限」を駆使して自らの利益をいかに確保するか。それを当然の権利として各々勝手に生き延びることまでは許容されてきたという面がありそうです。それなのに、自己を犠牲にして公のために運用しようだなんてまともなことを言い出したら自分は生きていけないと、エリートはともかく、末端に近い人たちほど息巻いてしまうのではないか。自分たちの生存のためにはそもそも「民主的」なルールづくりという原理自体がそぐわない。彼らは本音のところでは、そう考えているように見えます。

でも、それで本当にきれいな空気と水は取り戻せるのでしょうか?

そのためには、せめて比較的生活に恵まれ始めた都市住民がこの問題にどう向き合うかが問われていると思います。

ぼくはよく中国の留学生と話をする機会があるのですが、先日もこんな話をしました。

「ぼくは1970年代に小学生だった世代だけど、当時の社会科の教科書には、静岡県の田子の浦のヘドロの写真であるとか、日本が公害問題に直面していることが書かれていました。それは子供心にちょっとショックな写真だったので、いまでもよく覚えています。結果的に、ぼくが大人になる頃には問題はかなり解決されてきたのですが、子供のころに刷り込まれた環境危機意識によって、たとえば日々のゴミの分別などでも、当たり前のこととして身についています。では、いま中国の小学生が学ぶ教科書には公害問題について書かれているでしょうか? もし政府がそれを未だに隠したいと考えているのだとしたら、それは国民にとって何を意味すると思いますか?」

たいていの場合、この話をすると留学生は黙り込んでしまいます。なにもぼくは彼ら彼女らをいじめたくてこんなことを言っているのではありません。最近の中国の留学生は、こうした基本的な日本と中国の社会の成り立ちに関わる違いについて驚くほど鈍感です。たいていが都市部の出身なので、中国社会の格差の構造や農村の問題などについても無頓着です。彼らは社会不安につながりかねない問題を自分ごととして考える契機を最初から奪われているように見えます。こうしたことも中国の公害問題にとっては足かせになりそうです。

それはパトリ(郷土愛)の問題にも関係があります。地元を大切に想う気持ちというものを、中国の人たちはどう考えているのか、という問題です。

そりゃあ中国の人たちだって郷土愛くらいはあるでしょう。春節になると、あれだけの民族大移動が起きるのですから。ただし、それは郷土に対する想いというより、血縁のある親や親族との関係性が大事だからでしょう。彼らは基本的に地縁より血縁を重視する人たちだと思います。

そのこと自体によしあしはないのですが、これが公害問題となると、都合悪く働く可能性は考えられます。

確かに、最近では中国でも工場排気物などに対するデモが頻発していますが、それは自分たちの深刻な健康被害に直接関わってくるからで、やむにやまれず行動に出るのは当然のことです。ただしその結果、工場が別の場所に移転したとしても、国土を広く覆う「有毒」大気の問題は解決しないでしょう。「自分たちのため」にだけ行動するのでは十分ではなく、「誰かのため」にという意識がなければ期待した結果を生まないのです。その際の「誰かのため」が、もし血縁や友人の範囲にしか及ばないのであれば意味がない。自分の住む地域の人たちのためにという認識がないと状況は変わらないということです。要は、危機意識を誰とどのように共有するのか。ことは、広い意味での公の意識やそれぞれの地域における階層を越えた共生の問題をどう考えるかという段階に入っているのだと思います。

なぜなら、繰り返しますが、いくらお金があっても水と空気は買えないし、人の住めない土地になったら元も子もない、からです。

今後中国政府はこの問題をどう解決を図るのでしょうか。いま実施されているのは、強制的に一部の工場を閉鎖したり、自動車の走行規制をしたりといった上からの対策のようですが、実際のところ、もっと本質的な意味での国民の協力なくして、解決は難しいはずです。

国民の協力を得るためには、これまで政府が地域分裂や独立につながる懸念があるとして許してこなかった住民の自発参加型のグループづくりや活動の自由を広げるべきでしょう。またそこにはグループのリーダーにふさわしい人材、たとえば中国の環境NPOなどで地道に活動してきた人たちに「権限」を与えることが必要ではないでしょうか。

中国の大気汚染はいまや国民運動でも起こさない限り、解決は難しいと思います。しかし、それはナショナリズムに煽られた「動員」によるものではなく、郷土愛に基づく「運動」として進めないと実質的な効果は生まれないと思います。

その進め方は、日本や欧米のいうような「民主的」なプロセスでなくても構わない。自分たちが不得手なやり方ではなく、やりやすいやり方でいい。なにしろ公害問題の解決という目的は誰にもわかりやすく、目標も明確なのですから。

そんなことがいまの中国でできるのか。留学生など、若い中国の人たちにはまじめに考えてほしいものだと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-02-28 16:01 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 02月 27日

いくらお金があっても水と空気は買えない。さあ、どうする?

中国の深刻な大気汚染問題が、2013年に入ると堰を切ったように報道されるようになりました。さすがに中国政府も、環境悪化にともなう国民の健康被害の懸念を隠し通せなくなったということでしょう。

おそらく最初の報道は、以下のニュースサイトに転載された人民日報の記事と思われます。

2013年1月13日(レコードチャイナ)
限界突破!観測不能レベルの大気汚染に=各地で濃霧・大気汚染の報告

「12日、人民日報は記事『中国各地で濃霧が発生、大気汚染は観測限界を突破』を掲載した。河南省の一部では空気品質指数が最悪となる500を表示。観測限界を超えた汚染となった」。

人民日報がこう報じているわけですから、中国政府も覚悟を決めたと考えていいようです。この報道以後、中国の大地の広範囲を含むエリアを「有毒」の大気が覆っている事態も明らかにされるようになりました。

ここ数年、秋冬シーズンに北京に行くと、わずか1週間かそこらの滞在でも、ぼくは必ず喉をやられて、長く咳が止まりませんでした。北京に到着した翌朝にはすでに喉が腫れて痛み出すのです。帰国後も気管支炎を患い、翌年春先まで咳が止まらないというひどい年もありました。体質的に喉が人より弱いせいですが、カナリヤみたいなもので、ぼくは北京の空気の悪さを誰よりも感じている人間のひとりです。

例の肺がん物質を多く含むという濃霧のため、北京空港の視界が悪くなり、飛行機の離着陸が不能となって帰国を延期しなければなかったこともあります。

中国メディアの記事を翻訳して掲載するニュースサイトの「レコードチャイナ」で「大気汚染」を検索すると、同サイトがオープンした2006年から今年2月下旬までの間、約300本の記事が出てきました。それをざっと見る限り、大気汚染問題は6年前から少しずつですが、警鐘を鳴らされていたことがわかります。ただし、少なくとも昨年までは、中国当局はそれを大っぴらには認めようとはしませんでした。特に北京オリンピックが開催された08年当時は、海外メディアとのいじましいほどの論争が繰り広げられていました。以下、ざっとこの6年間の「大気汚染」をめぐる記事を追ってみましょう。

■2006年
12月21日
大気汚染がひどいアジアの都市ランキング、北京がワースト1―北京市
「大気中に含まれる汚染物質の量は、北京市が1立方メートルあたり142ミクログラムで、アジアで最も汚染がひどい都市と分かった」。

■2007年
6月3日
大気中の二酸化炭素濃度が観測史上最悪に!進む大気汚染
「6月1日、中国気象局は北京をはじめとする中国4か所での大気分析の結果を発表した。大気中の二酸化炭素濃度が観測史上最悪の数値を記録した」。

7月1日
北京五輪 世界新記録樹立は不可能、大気汚染が選手に悪影響!―海外医療専門機関
「6月30日、来年の北京五輪に参加する各国選手に北京市の深刻な大気汚染が健康面で何らかの悪影響を及ぼすため、世界新記録の樹立は不可能とドイツの週刊誌が報道、問題になっている」。
 ★このあたりからオリンピック開催と大気汚染の影響がささやかれ始めます。

8月5日
大気汚染を改善し緑のオリンピックが実現か⁈ 環境対策になんと2兆円近く投入―北京市
「8月、五輪まであと1年と迫った北京市では、累計で1200億元(約1兆9000億円)の巨費を投じて、環境問題を改善するプロジェクトを推進中だ」。
 ★当然中国政府はオリンピックへの影響をかき消そうとしています。

12月14日
<北京五輪>大気汚染悪化なら競技日程変更も、IOC発表―中国 
「大気汚染が問題視される北京、改善が見られなければオリンピックの競技日程の変更もあり得るとIOCが発表した」。

■2008年
3月13日
<北京五輪>「世界中の参加選手が、北京の空気に満足」=楊外相が会見で反論―中国
「12日、中国の楊外交部長は記者会館で、『北京五輪に参加する世界中の選手のうち、大部分は北京の空気の質に満足している』と述べた。先日「大気汚染」を理由に五輪のマラソン競技不参加を表明したエチオピア選手に対する反論」。

7月9日
汚染物質排出データを発表、北京市が減少幅最大に―北京市
「7日、『07年度の各省・自治区・直轄市及び電力各社に対する汚染物排出量に関する調査』が終了したが、全国で排出量の減少幅が最大は北京市だった」。

7月12日
大気観測データに外国メディアから疑問―北京市
「10日、外国メディアから北京の大気観測データの信頼性に疑問が出ている」。

8月1日
オーストラリアは開会式にマスク着用せず―北京市
「31日、北京五輪まであと1週間に迫った選手村で、オーストラリア五輪委員会(AOC)のジョン・コーツ委員長は、『開会式にはマスクを着用しない』方針を明らかにした」。

8月7日
<マスク着用>「侮辱や挑発を意図していない」、米選手4人が謝罪―中国
「6日、北京五輪に参加する米の自転車競技選手4人が、前日に北京空港へ到着した際マスクを着用していた問題で、『北京五輪や中国国民に対する侮辱や挑発ではない』と五輪関係者と中国人に対して謝罪を行った」。
 ★五輪開幕以後、大気汚染報道は出てこなくなりましたが、中国の面子とからんだ不可思議なニュースがちらほら出てきます。外国人がマスクをしたから中国を侮辱しているだなんていいがかりじゃない? 当局だけでなく、中国の国民もこの問題に神経質になっていたことがうかがえます。

8月31日
五輪閉会、早速大気汚染が復活!汚染指数110に―北京市
「29日、明報が伝えたところによると、五輪が終わってわずか5日で、大気汚染指数の悪い日が出現した。28日、北京の空気汚染指数は110となり、軽度汚染の天候となった」。
 ★さすが香港メディア。五輪が終わると汚染も復活と一撃しています。

10月10日
中国の大気汚染、元凶は「粗悪な石炭」利用の発電に―米メディア
「7日、中国の大気汚染を引き起こしている原因は廉価で粗悪な石炭を利用した発電にあると米国MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが発表した」。
 ★このあたりからようやく大気汚染を自明のこととして原因解明(ただし海外メディアを利用した)が始まります。

■2009年
2月11日
<重度汚染日>今年初、旧正月の花火・爆竹で―北京市
「10日、旧正月の最後を飾る元宵節を迎えた9日、北京市でも多くの爆竹や花火による祝砲が打ち上げられた結果、今年最も深刻な大気汚染が発生したことがわかった」。
 ★ついに春節の爆竹と大気汚染の関係が取りざたされるようになってきました。

2月22日
肺がんによる死亡、30年間で1800万人に達する見通し―中国
「20日、米ハーバード大学公衆衛生大学院がまとめた報告書によると、2003年から2033年までの30年間で、中国では8300万人が慢性閉塞性肺疾患や肺がんで死亡する恐れがあるという」。
 ★大気汚染と肺がんの発生が関連づけられました。ただし、この時点では海外からの指摘です。

6月24日
灰色の空、当局の認定は「軽度の汚染」=米大使館発表の「非常に危険」と大違い―北京市
「6月18日、北京市は灰色の霧にすっぽりと覆われた。今年の4月、5月は珍しくも青空指数が高かったが、視界すら通らないような霧を前に北京市の大気汚染が悪化しているのではとの声もあがっている」。

6月30日
空気は「良好」それとも「危険」?米大使館と市政府、食い違う測定結果―北京市
「6月、北京の米国大使館が発表している大気汚染測定値が注目を集めている。18日には微小粒子状物質PM2.5の観測量が最悪レベルの危険域に達したという」。
 ★ついに中国当局と米国大使館との大気汚染論争の勃発です。

9月6日
中国の汚染に関する情報公開度・透明度が徐々に向上―米メディア
「2日、米メディアは中国各都市の環境汚染に関する情報公開度が改善してきていると報じた」。

10月20日
北京の大気汚染、改善は進んでいるがまだまだ不十分―米紙
「17日、ニューヨーク・タイムズは『北京の大気汚染状況は改善されたが、まだまだ不十分』と題した記事を掲載した」。
 ★なぜかこの時期、米国側から北京の大気汚染対策の改善を評価する記事が出ています。ちょうど世界が中国の大規模な景気対策を持ち上げていた時期に重なる気も。

■2010年
3月27日
<外国人が住みやすい都市>シンガポールがアジア首位、北京は大気汚染が影響し100位
「25日、国際人材コンサルティング企業ECAインターナショナルが行った調査で、シンガポールが11年連続で外国人にとって最も住みやすいアジアの都市に選ばれた。北京は大気汚染が影響し、100位止まりだった」。

9月7日
大気汚染、全国2割の都市で深刻、自動車が主因と政府が発表―中国
「5日、中国環保部科学技術基準局の責任者が、2010中国自動車産業国際発展フォーラムで講演を行い、中国の都市のおよそ5分の1で大気汚染が深刻となっていることを指摘した」。
 ★自動車数の増加と大気汚染の関連を中国環境部の幹部も指摘し始めました。

10月12日
年間の新車販売台数、米国の過去最高記録を上回る1700万台へ=渋滞、大気汚染も激化へ―中国
「10日、今年1~8月中国国内における自動車販売台数が前年比39%増の1200万台近くに達し、年間では米国の過去最高記録を抜く1700万台の大台が射程距離に入っている」。
 ★リーマンショックからのすばやい立ち直りを世界が評価し、自動車販売台数も米国を上回ったものの、深刻な副産物が発生していることを、ついに中国メディアでも報道し始めました。

12月6日
<大気汚染>過去5年で最悪の状況に!万博終了による規制解除が主因―上海市
「11月30日、上海万博期間中実施されていた多岐にわたる規制が緩和あるいは解除されたため、上海市の大気汚染が万博終了後わずか1カ月の間に過去5年間で最悪の水準になったと英メディアが報じた」。

■2011年
2月25日
測定不能レベルの大気汚染=米大使館が北京市の汚染にコメント―米大使館
「2月23日、環球時報は記事『米大使館発表=北京の空気は汚すぎて測定できない』を発表した。21日、北京市で深刻な大気汚染が観測されたが、米大使館は『危険、測定不能なレベル』と伝えている」。

10月14日
北京の「空気の質」が警戒レベル超え、米大使館が独自観測=中国当局は「軽度の汚染」―香港紙
「11日、香港の英字紙は『濃霧に覆われた北京』と題した記事で、米国大使館が発表した北京の空気の質は警戒レベルを超えていたと報じた」。
 ★2010年にはいったん収まっていた、米国大使館の北京の大気汚染宣告が再び開始されました。

11月4日
北京の大気汚染指数は国家基準を20%超えている―北京市環境保護局
「3日、北京市環境保護局の杜少中報道官は同市の空気の質について、浮遊粒子状物質の数値が国家基準を20%上回っていると明らかにした」。
 ★米国大使館の警鐘についに北京市環境保護局も呼応し始めます。

11月11日
<大気汚染>霧に高濃度の発がん性物質、復旦大の教授らの調査で判明―上海市
「10日、中国・上海の復旦大学の研究チームが市内で霧を採取し成分を調べたところ、発がん性や催奇形性の強い多環芳香族炭化水素(PAH)が複数種類含まれていたことが分かった」。
 ★さらに、上海復旦大学の研究者が大気汚染と肺がんを関連付けるデータを発表します。

■2012年
1月5日
健康的?それとも危険?「中度の大気汚染」の中、1万人がランニング―甘粛省蘭州市
「1日、甘粛省蘭州市で、第40回元旦都市ランニング、2012年蘭州国際マラソン・エキジビションが開催された。大気汚染を心配したネットユーザー、保護者からは中止を求める声が上がっていた」。
 ★ついに中国国民の側からも大気汚染による健康被害の懸念の声が上がり始めます。

1月21日
旧正月の爆竹で空気を汚すのをやめよう!「つもり募金」でPM2.5測定機を―中国環境NGO
「20日、中国の旧正月といえば、盛大に爆竹を鳴らして祝うのが習わしだが、空気を汚すという弊害も。そのため、今年は爆竹を控えてその分をPM2.5測定機の購入資金に充てようというつもり募金が呼び掛けられている」。
 ★NGOも春節の爆竹は大気汚染につながるため、控えようとの声も出ます。

2月13日
中国本土とのマイカー相互乗り入れに反対、大規模な抗議デモ―香港
「12日、香港と中国本土とのマイカー相互乗り入れが、早ければ来月から始まることを受け、これに抗議する大規模なデモが香港のビクトリア公園で行われた」。
 ★香港住民も、これ以上車が増えるとさらに大気汚染が悪化すると、中国大陸人の車の乗り入れを反対しました。

6月6日
中国の「大気汚染情報」を勝手に流すのはウィーン条約違反、各国大使館に苦言―中国環境部
「5日、世界環境デーに合わせ、中国環境部の呉暁青・副部長は、中国の空気の質に関する測定と発表は中国政府の管轄であり、各国の在中国大使館などが独自に測定・発表することはウィーン条約に反する行為だと非難した」。
 ★米国大使館との三度目の大気汚染論争が始まります。さて三度目の正直となるのか?

7月23日
<レコチャ広場>金メダル獲得数ではトップ級の中国よ、「国民健康度は世界81位」の現実を顧みよ
「20日、中国北京市社会科学院体育文化研究センターの金汕主任が『米国や日本は高いレベルで金メダルを目指している』と題した記事を中国のブログサイトに掲載した」。
 ★健康度世界81位の現実を直視せよ、とのブログの声も出ます。

11月27日
肺がん罹患率が10年で56%増、女性でも増加―北京市
「25日、2010年に肺がんが北京市に戸籍を持つ男性で罹患率の最も高い悪性腫瘍となっており、女性でも乳がんに次いで罹患率が高くなっていることが明らかになった」。
 ★これは大気汚染と肺がんの関係性を裏づけるかなり決定的なデータです。

■2013年
1月13日
限界突破!観測不能レベルの大気汚染に=各地で濃霧・大気汚染の報告―中国
「12日、人民日報は記事『中国各地で濃霧が発生、大気汚染は観測限界を突破』を掲載した。河南省の一部では空気品質指数が最悪となる500を表示。観測限界を超えた汚染となった」。
 ★「観測限界」を突破! これが転機となったようです。

1月14日
「今後3日間は有毒の霧が発生」の警報!市民は「我々は汚染物質吸い込む人間掃除機だ」と嘆く―北京市
「13日、中国各地で広範囲にわたって有害物質を含んだ濃霧が発生している問題で、北京市の観測センターでは今後3日間はこの天気が続くと予想している」。
 ★さらに「有毒霧」警報。大変なことになりました。

1月15日
北京の濃霧を世界が報道、工業化に警鐘―中国メディア
「13日、『北京市全体が空港の喫煙所のように見える』―ある米国の主流メディアは中国の首都を覆って全世界を驚かせた有害物質を含む狂気じみた濃霧をこう形容した」。
 ★北京の大気汚染が世界中で報道されたことを伝えています。

1月15日
大気汚染が深刻な北京市、有名小児科病院の患者3割が呼吸器系―中国
「14日、中国・北京市ではここ数日の深刻な大気汚染により、呼吸器系の病気を患う人が増加している。なかでも、年配者や子供の患者が目立っている」。
 ★大気汚染の子供たちへの影響がようやく報道されるようになりました。

1月15日
大気汚染都市ワースト10のうち、7都市は中国に
「15日、中国では北京市を中心としてこの数日間にわたり、重篤な空気汚染が発生している。最新の報告では、大気汚染指数で世界ワースト10に列挙された都市のうち、中国から7都市がランクインしている」。 
 ★こうして1月中旬から2月にかけて、いっせいに大気汚染報道が続きます。

1月21日
“北京咳”…北京滞在時だけ発症する呼吸器疾患、外国人在住者が命名
「21日、年初から重篤な大気汚染の状況が報告され、国内外で大きな注目を浴びた北京市。外国人在住者の間では、北京に滞在しているときにだけ発症する呼吸器症状を“北京咳”と呼んでいるという」。
 ★ぼくが北京で患っていたのは北京咳だったんですね。

1月24日
日本の澄み切った青空、大気汚染からどうやって取り戻したのか?―華字紙
「21日、過去に深刻な大気汚染を経験した日本だが、その後短期間で青空を取り戻している。日本はどうやって環境汚染問題に取り組んできたのだろうか?」
 ★日本在住の中国人研究者が日本の大気汚染対策について書いています。ただし、これは在日華人メディアの中文導報の記事です。

1月30日
中国を覆う有害濃霧、日本の国土3倍に相当=北京市は発生日数が1954年以来最多
「30日、中国の有害物質を含んだ濃霧がここ数日再び深刻化しており、日本の国土の3倍以上に当たる約130万平方キロメートルを包み込んでいる」。

2月2日
深刻化する環境問題、中国の奇跡的成長も台無し―米誌
「31日、環境問題で中国政府は大きなリスクに直面することになるかもしれない」。

2月8日
「北京はまるで動物実験の最中」大気汚染で日本大使館が説明会、反省と怒号が入り乱れる中国版ツイッター
「6日、年明けから中国で深刻な大気汚染が広がっていることで、日本在北京大使館が在住邦人を対象とした説明会を行った」。

2月11日
反日よりも命が大事、中国で日本製空気清浄機がバカ売れ―香港紙 
「9日、香港紙アップルデイリーは記事『日本製品ボイコットよりも命が大事、日本製空気清浄機がバカ売れ』を掲載した。日本メーカーは増産、工場操業繰り上げを急いでいる」。

2月14日
<大気汚染>公害を嘆きながら自ら空気を汚す中国人の市民意識―中国紙
「12日、北京晩報は記事『マスクをして花火、爆竹をするとはどのような市民意識か?』を掲載した」。

2月20日
日中が環境保護で協力拡大=日本車の魅力が再確認される可能性あり―日本メディア
「19日、中国はこのほど、大気汚染軽減のために自動車燃料の環境水準向上を決定した。これに対し、日本メディアは『日中が環境保護に関して協力を拡大する可能性がある』と伝えている」。

そして、大気汚染ではないのですが、中国の環境悪化と健康被害を象徴する極め付けのニュースがこれでした。

2月22日
中国当局、環境汚染が原因の「がん村」の存在認める=全国に100カ所以上
「21日、中国には環境汚染が原因でがん患者が多発する『がん村』が100カ所以上存在している」。

さて、この6年間、中国政府が大気汚染問題の所在と責任を認めるに至るまでのプロセスをざっと見てきたわけですが、経済成長と国民の健康被害の甚大さとをどう秤にかけるのか、そのバランスを図るうえでの政府としての確固とした理念や原則があったようには見えないことが残念です。

この間、オリンピックや万博など、世界に胸を張って自らの偉大さを高言するための数々の国家イベントや、リーマンショックによる世界経済の低迷を尻目に、果敢な景気対策で評価を上げたことなど、彼らの自尊心を喜ばせるに足る輝かしい側面があったものの、そこで手に入れた面子がかえって邪魔をして、大気汚染問題の公表や対策に遅れをもたらすことにつながったのだとしたら、やりきれない気がします。

いずれにせよ、中国が人の住めない土地になってしまったら元も子もないわけで、これまで避けてきたこの重く厄介な問題に対して、この国の人たちがどう向き合おうとするのか、注視していくほかありません。

いくらお金があっても水と空気は買えない。そのことに、いまようやく中国の人たちは気がつき始めたようです。
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by sanyo-kansatu | 2013-02-27 12:13 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2012年 05月 10日

「中国版ツイッター微博の底力」(ダイヤモンド・オンライン)

ダイヤモンド・オンラインで「中国版ツイッター微博の底力」というコラムを書きました。


1)ユーザー数は3億人超! ウェイボー(中国版ツイッター)は、なぜこれほどまでに加熱しているのか?

2)AKB前田敦子の卒業宣言への反応は? 中国人は日本について何をつぶやいているのか。

3)ウェイボーはビジネスに使えるのか? 資生堂、JALなど先行企業に学ぶ意外な活用法
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by sanyo-kansatu | 2012-05-10 12:54 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)