ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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カテゴリ:ボーダーツーリズム(国境観光)( 73 )


2017年 07月 14日

004 ウラジオストクで出会った美女ふたり

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ウラジオストクの大学の卒業式、謝恩会の会場で偶然見かけた美女たち。会場はプーシキン劇場で、明治時代に芸術座の人気女優、松井須磨子が演じた劇場として知られる。(撮影/2012年7月)


ボーダーツーリズム(国境観光)は、国境の町を訪ね、お隣の国の様子を眺めたり、ときには国境を渡って、両国の人々の暮らしや文化に触れる体験型の旅行です。四方を海に囲まれた日本には、陸続きの国境はありません。でも、日本海を隔てた北方には、朝鮮半島や中国東北部、極東ロシアなどの北東アジアの国々があり、そこにはたくさんの国境があります。

今年4月、ボーダーツーリズム(国境観光)をテーマにした以下のサイトを立ち上げました。同サイトの一コーナー「北東アジア《ボーダーNOW》 」では、北東アジアに広がる国境地域で出会った人や文化、街の風景を、佐藤憲一の写真を中心に紹介しています。

ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
http://border-tourism.jp/
Facebook:ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
https://www.facebook.com/bordertourism.jp/
北東アジア《ボーダーNOW》
http://border-tourism.jp/northeast-asia-borders/

※現在、同サイトは鋭意コンテンツを積み増し中で、エリア名のみ記載されているものの、コンテンツが用意されていないページが多くあり、お見苦しいことをお詫びします。少しずつ時間をかけて構築していくつもりなので、ご理解ください。
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by sanyo-kansatu | 2017-07-14 08:38 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 07月 13日

003 中国吉林省から眺める中朝露3カ国の国境風景

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図們江(豆満江)下流域に位置する中国、北朝鮮、ロシアの3カ国の国境が見渡せる防川展望台にて撮影。前方に見える橋はロシアと北朝鮮をつなぐ国境の鉄道橋で、左側がロシア領、右側が北朝鮮領。中国領は橋の手前までで、3国のうち中国だけが日本海に面していない。2017年現在、外国人の訪問は禁止されている。(撮影/2008年5月)


ボーダーツーリズム(国境観光)は、国境の町を訪ね、お隣の国の様子を眺めたり、ときには国境を渡って、両国の人々の暮らしや文化に触れる体験型の旅行です。四方を海に囲まれた日本には、陸続きの国境はありません。でも、日本海を隔てた北方には、朝鮮半島や中国東北部、極東ロシアなどの北東アジアの国々があり、そこにはたくさんの国境があります。

今年4月、ボーダーツーリズム(国境観光)をテーマにした以下のサイトを立ち上げました。同サイトの一コーナー「北東アジア《ボーダーNOW》 」では、北東アジアに広がるユニークな国境の風景を、佐藤憲一の写真を中心に紹介しています。

ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
http://border-tourism.jp/
Facebook:ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
https://www.facebook.com/bordertourism.jp/
北東アジア《ボーダーNOW》
http://border-tourism.jp/northeast-asia-borders/

※現在、同サイトは鋭意コンテンツを積み増し中で、エリア名のみ記載されているものの、コンテンツが用意されていないページが多くあり、お見苦しいことをお詫びします。少しずつ時間をかけて構築していくつもりなので、ご理解ください。
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by sanyo-kansatu | 2017-07-13 06:04 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 07月 12日

002 中国吉林省延辺朝鮮族自治州、延吉のナイトネオン

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延吉では、国境の町らしく、ハングルと中国語が併記されたネオンがきらめく。両国語併記は自治州の法律で定められている。(撮影/2014年7月)


ボーダーツーリズム(国境観光)は、国境の町を訪ね、お隣の国の様子を眺めたり、ときには国境を渡って、両国の人々の暮らしや文化に触れる体験型の旅行です。四方を海に囲まれた日本には、陸続きの国境はありません。でも、日本海を隔てた北方には、朝鮮半島や中国東北部、極東ロシアなどの北東アジアの国々があり、そこにはたくさんの国境があります。

今年4月、ボーダーツーリズム(国境観光)をテーマにした以下のサイトを立ち上げました。同サイトの一コーナー「北東アジア《ボーダーNOW》 」では、北東アジアに広がるユニークな国境の風景を、佐藤憲一の写真を中心に紹介しています。

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by sanyo-kansatu | 2017-07-12 06:04 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 07月 11日

001 中ロ国境、室緯で出会ったオロス族の親娘

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中国内蒙古自治区東北部にあるロシア国境の町、室緯には中国人とロシア人のハーフの子孫であるオロス族が暮らしている。彼らの見た目はロシア人に近いが、人生観は中国人そのもの。この辺境の町は、近年観光地化が進み、夏になると国内観光客でにぎわっている。彼らも商売にいそしんでいる。(撮影/2016年7月)

ボーダーツーリズム(国境観光)は、国境の町を訪ね、お隣の国の様子を眺めたり、ときには国境を渡って、両国の人々の暮らしや文化に触れる体験型の旅行です。四方を海に囲まれた日本には、陸続きの国境はありません。でも、日本海を隔てた北方には、朝鮮半島や中国東北部、極東ロシアなどの北東アジアの国々があり、そこにはたくさんの国境があります。

今年4月、ボーダーツーリズム(国境観光)をテーマにした以下のサイトを立ち上げました。同サイトの一コーナー「北東アジア《ボーダーNOW》 」では、北東アジアに広がるユニークな国境の風景を、佐藤憲一の写真を中心に紹介しています。

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by sanyo-kansatu | 2017-07-11 10:55 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 05月 17日

ハバロフスクから中国に船で渡る「中露国境紀行2017」ツアー募集中

この夏、中ロ国境を越える面白いツアーがあります。1969年には両国の武力衝突まであったアムール川(黒龍江)とウスリー川の交差する極東ロシアのハバロフスクから中国黒龍江省撫遠に船で渡ります。
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↑中国でいちばん早く日が昇る中国最東端のウスリー川の夕日(写真提供:大連金橋国際旅行社)

スケジュールは以下のとおり。
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両国の国境線が画定したのは2004年で、08年にロシア側が実行支配していたアムール川の中州の「黒瞎子島(ヘイシャーズ島)」半分を中国側に引き渡しました。現在、中国側では国境観光の地として空港もでき、観光客が訪れています。

この国境地帯については、以下の昨年末のNHK報道を参照のこと。

ロシア・中国国境 かつての係争地は今(NHK2016.12.14)
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2016/12/1214.html

このツアーを企画したのは北海道大学教授で、国境地域研究センターの岩下明裕先生です。

国境地域研究センター
http://borderlands.or.jp/

同研究センターでは、これまでもスペシャルな北東アジアと日本の周辺に位置する国境ツアーを企画してきました。

以下は、ツアー担当者および岩下先生のコメントです。

「今年はいよいよ中露の最大の懸案だった国境地域を訪れます。中露国境紛争の地域へ、いままで入れなかった所へ入ります。

ロシア側の国境、カザケヴィチェボ村を訪問し、中国の対岸烏蘇鎮の国境を遠望します。またこのカザケヴィチェボ村で村の人々とランチをいただきます。地域の博物館訪問も予定しています。国境に生きる人々の暮らしも垣間見える旅になるかと思います。
ロシア領の国境へは「観光ビザ」と「許可証」を取得し入ります。その許可証取得に2ヶ月もかかります。

一方の中国側国境烏蘇鎮へも参ります。中国側は国境画定から観光地として発展してきました。許可証などは不要です。

中露両国の国境越えは、今年は両国の国境となっているアムール川・黒龍江を船で渡り国境を越えます。

国境画定から今日までの中露の歩みは全く違っています。その違いも中露の国のそれぞれ今を写し、面白いものがあります」

岩下先生のコメント

「これはアムール川に最後まで残っていた係争地ヘイシャーズ島の現在をみるもので、今回初めて、ロシア側も中国側もこれまで長年メディアにさえ公開されていなかった場所(昨年HBC北海道放送が初めて入れましたが)に観光で入れる許可をとって実施できる、世界的にもかなり画期的なものです(その分、値段もかなり高いですが)。

係争地だった島が、国境画定の後、どのように安定し、地域の発展とつながっているかを知るためにもっともふさわしい場所への観光というかたちでのご案内となります。

私も同行して解説します」

中国側の関係者に確認したところ、「黒瞎子島は第三国人(中国、ロシア以外)の入境は不可」とのことですが、上記コメントによると、ロシア大使館に申請して、取得に2ヵ月かかるそうです。

料金は33万4000円(2名1室利用)。ツアー定員は15名。募集締切は6月19日まで。

今回のツアーを催行するのは、以下のロシア専門旅行社です。

エムオーツーリスト
http://www.mo-tourist.co.jp
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by sanyo-kansatu | 2017-05-17 16:24 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 04月 08日

ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう

今月3日、こんなサイトを立ち上げました。
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ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
http://border-tourism.jp

ボーダーツーリズム(国境観光)は国境の町を訪ね、お隣の国の様子を眺めたり、ときには国境を渡って両国の人々の暮らしや文化に触れる体験型の旅行です。

そこには3つの面白さがあります。

①日本では見ることのできない陸続きや川の国境の風景を眺めること

②実際に、お隣の国に渡ってみる、ちょっとスリリングな体験(でも、地元の人たちにとって、それは日常的な光景です)

③国境を隔てた両国の違いを見比べること(町の様子や人々の暮らし、文化がいかに違っているか、体感できます。それは私たちにとって新鮮な体験です)

四方を海に囲まれた日本には、陸続きの国境はありません。でも、日本海を隔てた北方には、朝鮮半島や中国東北部、極東ロシアなどの北東アジアの国々があります。私たちは長い間、この地域のことをよく知らないまま過ごしてきました。

ぼくはある仕事で、この地域の国境地帯を何度も訪ねました。その記録を残してくれたのは、相棒の写真家・佐藤憲一氏です。

彼の写真をもっと多くの人に知ってもらいたいと思いました。ある友人のすすめで、旅行サイトとして立ち上げ、この地域に関心のある人たちの渡航をお手伝いしながら、佐藤氏の写真を紹介することにしました。

いわば、このサイトは北東アジアのリアルを伝えるドキュメンタリーサイトでもあります。

ぜひアクセスしていただけるとさいわいです。そして、一緒にこの地域の国境を訪ねる旅に出かけませんか。
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by sanyo-kansatu | 2017-04-08 12:06 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 03月 22日

内蒙古の大草原でパオのお宅訪問

内蒙古自治区の東北部に位置するフルンボイル平原には、なだらかな丘陵と草原がどこまでも広がり、馬や羊が群れなしている。ただし、この絶景が見られるのも、1年のうちわずか3ヵ月間ほど。この時期、中露国境に近い草原とその起点になる町は多くの観光客でにぎわう。
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↑モンゴル族のスー・チンさん一家をパオの前で記念撮影。11歳になる男の子は、わざわざ民族服に着替えてくれた。
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↑パオの中は思ったより広い。5歳になる末娘はひとみしりで、突然の訪問客に身をガチガチに固め、うつむいてばかり。最後には泣き出してしまった。ごめんね。

お邪魔してわかったパオの暮らしはシンプルで快適

内蒙古の草原を訪ねるのが決まったときから、ある計画を胸に秘めていた。モンゴル族の暮らすパオ(中国語。モンゴル語はゲル)を訪ねててみたいと思っていたのだ。

中露国境の町、満洲里から北に向かって草原の一本道を走っていたときのことだった。道路からはるかに離れた地平線沿いにいくつものパオが点在していたが、路端から数百メートルほどのそれほど遠くない場所にひとつのパオを見つけたのだ。「よし、あのパオを訪ねてみよう」。車を停め、同行してくれたフルンボイル市ハイラル区に住むモンゴル族のガイドの海鴎さんと一緒にパオのある場所まで歩いていくことにした。

いわゆるアポなし訪問だったが、そんな大胆なことができたのも旅空の下にいたからだろう。近くで見るパオは意外に小さく、少し離れた場所に何百頭という羊の群れがいた。

最初はためらいを見せていたパオの住人も「わざわざ日本から来たのだから」と温かく迎え入れてくれた。その日の気温は40度近かったが、パオの中がこんなに涼しくて過ごしやすいとは知らなかった。草原を渡る風が突き抜けるとき、熱を遮断する構造なのだ。お邪魔してわかったのは、彼らの住まいは限りなくシンプルで快適ということだった。
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↑パオの中の調理用具はコンパクトで、まるでキャンピングカーのような暮らしがうかがえる。自家製ソーラー発電機も使っている。

パオの主人はスー・チンさんという女性で、親戚の親子と一緒に過ごしていた。ちょうど彼らは食事の最中で、手扒肉の骨肉を口に運んでいた。彼女はモンゴルのミルク茶「ツァイ」をふるまってくれた。ちょっとぬるくてしょっぱかった。
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↑手扒肉はモンゴル族の日常食で、太い骨付き羊肉を塩で茹でた料理。レストランではタレを付けて食べる。 新鮮な肉は臭くない。
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↑羊の放牧は、空が朝焼けに染まる早朝4時半から日が昇るまでの3時間ほど。男の子も父親の仕事を手伝い、羊を追うのが日課。 
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↑3ヵ月間とはいえ、草原の暮らしには水が欠かせない。お隣のパオははるかかなただ。手前にあるのはゆで肉などを調理する鍋。

草原の暮らしについて話を聞いた。この時期、灼熱の日差しにさらされるフルンボイル平原は、9月になると雪が降り始めるそうだ。1年の大半は雪に覆われ、厳冬期にはマイナス40度以下になるという。ちょっと信じられない話だった。

内蒙古の草原を訪れ、意外に思ったことが他にもいくつかあった。近代的な工場があちこちに建てられていたし、丘陵の尾根には風力発電の巨大プロペラが延々と並んでいた。かつて遊牧民だった彼らの暮らしが大きく変わってしまったのも当然だろう。

モンゴル族の多くはずいぶん前から都市で定住生活を送るようになっている。それでも、1年のうち、雪が溶け、草原が狐色に染まる5月末から8月中旬までの間、スー・チンさんのようにパオ暮らしをする人たちがいる。パオは彼らにとって夏を心地よく過ごすための居場所なのだ。「町で暮らすよりパオのほうがずっといい。自由だから」と彼女は話す。

スー・チンさんは「日本人も私たちと同じ顔をしているのね」と笑った。お隣に暮らす最も身近な外国人であるロシア人に比べればずっと自分たちに近いと感じるのだろう。

国境の町、満洲里のホテルでロシア人ダンサーは舞う


スポットライトがステージに照らされると、にぎやかな音楽とともにロシア人ダンサーが一斉に現れた。華やかな衣装に身を包んだ彼女たちは、ロシア歌謡に合わせて舞い、ブロードウェイ風に踊り、サーカスの曲芸のようなパフォーマンスまで見せた。それは、話に聞く1930年代のハルビンのナイトシーンを思い起こさせる光景だった。
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↑観客は中国の国内客。ダンサーはロシア人。国境の町では、両国の経済力の差が「観る」「観られる」関係を決める。

内蒙古自治区フルンボイル平原の西端にある満洲里。龍港酒店という名のホテルで開かれるディナーショーは、ロシアとモンゴルにはさまれた国境の町の夏の風物詩である。ステージに登場するのは、ロシア娘たちだけではない。地元のモンゴル族の人気歌手による歌謡ショーや馬頭琴などのエキゾチックな演奏もある。

ホテルの宴会場では、この地が短い夏を迎える3カ月間、1日2回のショーが行われている。1年の大半を雪に閉ざされるこの町に、国内外の観光客が訪れるのはその時期しかない。ショーの花形であるロシア娘たちは、お隣の国から来た出稼ぎダンサーだ。

ロシア語で「満洲(Маньчжурия)」 を意味するのがこの町の名の由来である。1901年にロシアが東清鉄道の駅を開業したのが始まりで、以来モスクワと極東ロシアのウラジオストクを最短で結ぶ鉄路の要衝となった。戦後、シベリア鉄道の中露国境駅のある最果ての地として、ヨーロッパに向かう日本人旅行者が車窓から眺めた時期もあった。ここ数年前まではロシアから運ばれた木材の集積地として投資が盛んに行われ、バブル景気に沸いていたが、それも中国とロシアの経済減速によって過去のものとなったと地元の人は話している。それでも、市内には一時期の名残のように、高層ビルがいくつか建っている。
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↑満洲里駅にはロシアからの木材が積まれた車両が並んでいる。かつての好況はもはやないが、駅裏には高層ビル群が見える。
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↑短い夏の間、市内は派手なネオンで彩られる。道を歩く大半は中国の国内客だが、ロシア人の姿も見られる。
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↑内蒙古の草原のもうひとつの意外な光景は、白黒斑の乳牛が多く草を食んでいること。草原の産業化が進んでいる。

いまでは草原観光の起点として、中国国内の都市部の人たちが多く訪れるようになっている。高層ビルの林立する過密都市に住む彼らが、地平線のかなたまでなだらかな丘陵や草原の続く内蒙古の風景に憧れてしまうのも無理はない。草原の一本道をレンタカーでドライブすることは、国内レジャーの一大ブームとなっているのだ。
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↑シベリア鉄道の中露国境は、数年前までは観光地として外国人も訪れることができたが、2016年夏には入境禁止になっていた。

この町には、もうひとつの顔もある。中露国境観光(ボーダーツーリズム)の発地としてである。陸路の国境に囲まれた中国の人たちは、お隣の国への気軽な旅を楽しんでいる。

満洲里発の日帰りロシア観光では、朝6時にバスで国境ゲートを抜け、お隣の町ザバイカリスクへ。そこから約140km離れたクラスノ・カメンスク(红石市)を訪ね、ロシア情緒とグルメを楽しむという。日本人がこのツアーに参加しようと思ったら、入国地を記載したロシア観光ビザを事前に取得する必要がある。いつの日か参加してみたいものだ。

撮影/佐藤憲一(2016年7月)

中国の最果ての地、満州里からロシアへの日帰りボーダーツーリズム
http://inbound.exblog.jp/26545706/
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by sanyo-kansatu | 2017-03-22 15:15 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 01月 10日

中国の最果ての地、満州里からロシアへの日帰りボーダーツーリズム

満州里は中国内蒙古自治州フルンボイル市の西端に位置するロシアとの国境の町です。1901年に東清鉄道の駅を開業したのが町の始まりで、日本がこの地に満洲国を建国するまでは、モスクワとウラジオストクを最短で結ぶ鉄路の要衝でした。

※「満州里(Маньчжурия)」はロシア語で「満洲(Manchuria)」 を意味します。
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数年前まではロシアからの木材の集積地として発展していましたが、中国およびロシア経済の減速によって木材バブルが崩壊し、経済的には厳しいと地元の人は話しています。

それでも、市内には一時期の名残のように、高層ビルもいくつか建っています。

これは満州里駅です。市内には車も多いです。1990年代までは、北京からシベリア鉄道に乗ってモスクワへ向かう1週間の鉄道の旅に参加する人たちが、日本人に限らず、けっこういました。いまでは、短い夏の間、フルンボイル草原を観光する国内客のための拠点の町のひとつとしてそれなりににぎわっています。
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満州里のもうひとつの観光テーマがロシアへのボーダーツーリズムです。以前、黒龍江省の黒河のボーダーツーリズム事情について書きましたが、同じような日帰りツアーが満洲里にもあるようです。

黒龍江省北辺の町、黒河のボート遊覧とロシアへの日帰り観光
http://inbound.exblog.jp/26537280/

残念ながら、このツアーに参加するためには、黒河の場合と同様に、ロシア側の国境の町であるザバイカリスクを入国地として記載したロシア観光ビザを東京のロシア大使館で取っておく必要があります。

そのため、以下の情報は現地の旅行会社で入手したツアーパンフレットや、ネット上で見つけた中国人が実際に参加したツアーを報告したブログの記事からの内容を取りまとめたものです。

まず、これが満州里とお隣のロシアの町、ザバイカリスクの位置です。
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もう少し詳しくGoogleMapでみると、こうなります。ちなみに、中国人のボーダーツアーに登場する3つの町は以下のとおりです。
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ザバイカリスク(后贝加尔斯克 Забайкальск)
クラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(中国名:红石市) Краснокаменск)
ボルジャ(博尔贾 Борзя) ※地図外(左上)

これは中国のオンライン旅行会社大手のCTripのサイトで募集していた日帰りツアーの情報です。現地の旅行会社に聞いたときは、日帰りツアーは500元と言われましたが、ネット上では390元で販売しているようです。

俄罗斯红石一日游(ロシア紅石日帰りツアー)
http://you.ctrip.com/dangdiren/service/18821.html

ここでいう「紅石」というのはどの町を指すのか最初はよくわからなかったのですが、中国のネットを見て回っているうちに、クラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(中国名:红石市) Краснокаменск)であることがわかりました。

ツアーパンフレットによると、1日のスケジュールは以下のとおりです。

朝6時集合。国際バスで国境ゲートを抜け、ザバイカリスクへ。この間は18kmです。1904年に開業したザバイカリスク駅舎を訪ね、そこから約140km離れたクラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(红石市)へ向かいます。この町は1968年に建市されたばかりの新しい町で、人口は約8万人。この地域では大きな町のようです。都市施設も比較的整っているようで、訪問先として記されるのが以下のスポットです。

パブロフ広場
東方正教会
レーニン像
第二次世界大戦記念広場
第二次世界大戦英雄戦車

まるで中国国内でかつて一斉風靡した毛沢東と共産党のゆかりの地を訪ねる「紅色観光」のようです。

共産党の歴史や思想がコンセプト、「紅色観光」がブームに―中国
http://www.recordchina.co.jp/a50318.html

もっとも、参加する中国客の関心は、ロシア人の住む町を訪ね、地元料理を食べたりすることにあるようです。詳しいツアーの様子は、実際にこのツアーに参加したふたりの中国人のブログをみると、よくわかります。はっきり言って、シベリアの辺境の鄙びた田舎町を訪ねているのにすぎないのですが、地元のロシア人の結婚式風景に出合ったり、スーパーでロシア食材を購入したり、ほのぼのとしたロシア旅情を味わっている様子です。

俄罗斯红石市--- 一座活在记忆里的城市
http://mozhiyu6.blog.163.com/blog/static/1404415202013710102944554/

俄罗斯猎奇----神秘的克拉斯诺卡缅斯克(红石市)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_91658d830102vrzo.html

こちらは、ロシア国境の町のザバイカリスクと日帰りツアーで訪ねるクラスノ カメンスクに加え、ボルジャという町を周遊する2泊3日のツアーです。

满洲里出境-俄罗斯红石、博尔贾、后贝加尔斯克三市两日民俗游(2泊3日ツアー)
http://www.cncn.com/xianlu/649044287354
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以下は、満州里発ボーダーツーリズムの関連スポットです。

これが鉄道のロシア国境です。2年前までは、国門旅游区として中国側の国境塔に外国人も登ることができたのですが、2016年夏に訪ねたときは、外国人はNGになっていました。
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これは前述の日帰りツアーのバスが出る満州里の国境ゲートです。
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ロシアから来た旅行者が荷物をいっぱい車に積み込んでいます。
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これはツアーではなく、中ロの一般旅客が利用する国際バスターミナルです。
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ここでバスチケットを買います。満州里からザバイカリスクまでが92元、ボルジャまでは102元(なぜか復路は132元)です。
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陸路の国境に囲まれた中国の人たちがお隣の国へのボーダーツーリズムを気軽に楽しんでいることがわかります。
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by sanyo-kansatu | 2017-01-10 16:14 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(1)
2017年 01月 07日

黒龍江省北辺の町、黒河のボート遊覧とロシアへの日帰り観光

極東ロシア人たちが国境を越えてお隣の中国旅行を楽しんでいる話を以前しましたが、もちろん中国の人たちもロシアへのボーダーツーリズム(国境観光)を盛んにやっています。

ロシア最果ての地の人たちは中国でどんな旅行を楽しんでいるのか(黒河編)
http://inbound.exblog.jp/26503104/
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たとえば、黒龍江省北辺の黒河では、黒龍江(アムール河)のボート遊覧が楽しめますし、対岸のロシア・アムール州の州都ブラゴベシチェンスクへの日帰りや1泊2日のツアーも催行されています。
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シベリアのかなたから黒土を運んでくる黒龍江の河の色は、近くで見ると泥色をしているのですが、夏になると晴れ渡った空の青みを映し出して、まるで海のようです。さすがにここまでは北京のPM2.5は届いてこないため、空気も澄んでいて、避暑を過ごすには気持ちがいい町です。この町の人たちは、約1kmほど離れた対岸のロシアの町を眺めながら暮らしています。この雰囲気は、タイやラオス、ミャンマーが国境を接するゴールデントライアングルで暮らす人たちの様子ととても似ています。

インドシナ3カ国が接するゴールデントライアングル最新国境風景
http://inbound.exblog.jp/22434567/

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冬になると、河は氷結します。この写真は春になって氷が溶け出している時期のものですが、黒龍江から押し出された氷の流れ着く先が、北海道網走の流氷というわけです。
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さて、この辺境の地を訪れた中国の人たちが必ず乗るのが黒龍江の遊覧ボートです。河沿いがずっと公園になっているのですが、その西端にボートの発着場があります。夏の間は、朝8時過ぎから1日6~7回、つまり1時間に1本くらいの間隔でボートは出ます。時間は決まっていなくて、客が数十人くらい集まった頃合いにのんびり船出します。料金は40元でした。所要30分くらいのショートボートトリップです。
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ふと見ると、河で泳いでいる人たちがいます。
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さて、ボートは下流に向かって走り出します。乗客は対岸のロシアをじっと眺めています。
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しばらくすると、対岸が近づいてきました。マンションが見えます。実は、ぼくが初めて黒河を訪ねたのは1990年のことです。その当時は、まだロシアにはこんな高いビルはなく、町並みもくすんでいました。中国側の黒河も同様で、満洲国時代の建物も数多く残っていて、町で「仁丹」と書かれた広告のペイントすら残っていたことを思い出します。もちろん、いまはまったく別の町のようです。
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河沿いでは、ロシア人たちが水浴びを楽しんでいます。
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観覧車も見えます。
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ライフセーバーの監視員もいます。
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以前、ウラジオストクに行ったときも、ロシアの人たちはこの時期(7月)、海水浴を楽しんでいました。おそらくシベリアの果ての極東ロシアで水浴びができるのは、7月から8月上旬くらいまででしょう。短い夏を楽しんでいる様子がうかがえます。

短い夏を満喫。ウラジオストクで海水浴
http://inbound.exblog.jp/20112110/
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サングラス姿の若いママさんもいました。
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ロシアの町だけあって、町並みはきれいです。中国側に量産されているなんちゃってロシア風建築とはモノが違います。
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さらに、下流に向かうと、コンテナ埠頭や中国との国境ボートの発着する港も見えてきました。
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乗客たちはこうしたロシア人の様子を望遠鏡でじっと眺めています。まさにボーダーツーリズムを楽しんでいるのです。
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ブラゴベシチェンスクの町外れあたりでボートは中国側に向かって折り返します。
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途中、ロシア人を乗せた遊覧ボートが近づいてきました。
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彼らもまたボーダーツーリズムを楽しんでいました。
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さて、ここまでは第三国人であるぼくも気軽に参加できるのですが、お互いの国へのビザなし日帰り観光ができるのが両国民の特権です。もちろん、日本人でも東京のロシア大使館で入国地をブラゴベシチェンスクと記載を入れたビザを取れば、中国人と一緒にツアーに参加できるそうですが、まあ面倒です。日露平和条約が結ばれたあかつきには、北方四島で同じことが実現されることになるのでしょうか。
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市内にはいくつかの旅行会社があります。黒河からはロシアの3つの都市へのツアーが催行されているようです。「布市」がブラゴベシチェンスク、「海参威」がウラジオストク、「哈吧」がハバロフスクです。ブラゴベシチェンスク行きは日帰りだけでなく、1泊2日、2泊3日もあるようです。
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日本人が訪ねてくることなどまずないので、珍しがられてロシア日帰りツアーの話をいろいろ教えてもらいました。
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これがブラゴベシチェンスク行きの日帰りと1泊2日のツアーパンフです。日程は、早朝7時に黒河口岸(イミグレーション)に集合。夏は船で、冬は氷結した河上をバスで渡ります。
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主な訪問地は、この写真にあるように、レーニン広場や凱旋門、シベリア鉄道駅、州政府ビルなどの古いロシア建築や教会をめぐり、ロシア料理の昼食を取る。午後は自由行動で、日帰りなら夕方には黒河に戻るというもの。1泊2日は、市内のホテルに宿泊し、ロシア人宅への家庭訪問などのメニューもあります。

ツアー料金は安く、日帰りで450元、1泊2日で750元が相場だそう。

実は、1年後に東京でロシアビザを取って黒河からブラゴベシチェンスクに渡り、シベリア鉄道でハバロフスクまで行き、中国に再び戻ってくる取材を計画しているところです。
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by sanyo-kansatu | 2017-01-07 10:44 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 12月 13日

神社の跡地にできた公園の展望台は北朝鮮を望む絶景スポット(中国遼寧省丹東市)

中国東北地方の各都市には、満洲国時代に建てられた神社の跡地があり、そこはたいてい公園となっています。大連の労働公園(大連神社跡地)がそうですし、今夏訪ねた内モンゴル自治区のフルンボイル市ハイラル区の市街地にある西山広場(ハイラル神社跡地)もそうです。
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中朝国境最大の町、丹東にもかつて神社がありました。安東神社です。創建は1905(明治38)年10月3日といいますから、日露戦争直後に建てられたことがわかります。
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当時の絵葉書をみると、巨大な鳥居の向こうにスロープ状の参道と小鳥居、拝殿が見えます。
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これが跡地で、当時もいまも錦江山公園といいます。以下は、今年7月に訪ねたときの写真です。安東神社の廃絶は、日本の終戦の1945年ですが、いまでは日本の鳥居が中華風の派手な門に置き換えられています。
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これが当時の参道です。
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拝殿に至る階段の手前に石橋が残っています。
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日本時代の年号などが塗りつぶされています。
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ここが拝殿跡地だそうです。
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公園は錦江山の山腹に広がっていて、市民の散策コースになっています。
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緑に囲まれた散策コースは整備されています。
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15分ほど登ると、高台に中華風の「錦江亭」という展望台が立っています。ここからは、鴨緑江の対岸の北朝鮮の新義州の町並みが見渡せます。
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この日は空がかすんでいて、はっきりとは対岸が見渡せませんでしたが、右手に見える丹東駅とその先に鴨緑江断橋が見えます。
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これではつまらないので、2012年夏に錦江山公園の東にある黄海明珠(テレビ塔)から見た写真をお見せしましょう。

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20510174/

鴨緑江をはさんだ中朝の経済格差は歴然としています。はるかかなたに見えるビル群は、旧市街地から政治機能を移転するべく開発が進められている丹東新区です。

ところで、錦江山公園にはもうひとつ「曙光閣」という展望台があるのですが、日本の天守閣を模した不思議な外観をしています。
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さらに面白いのは、「錦江亭」のそばの茂みの中に、「皇帝陛下安東地方巡狩紀念」と刻まれた石碑が立っていることです。
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「巡狩」とは、古代中国で天子が諸国を巡視したことを意味しますが、ここでいう天子は、満洲国皇帝溥儀のことです。

石碑の裏には、満洲国崩壊時に国務院政務長官を務めた武部六蔵の名が刻まれています。
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なぜこんなものがいまも残っているのか。旅順の二〇三高地の山腹に戦死した乃木希典大将の次男の保典の碑が置かれているケースはありますが、基本的に「偽」満洲国時代の石碑等は打ち壊されたはずでした。金州南山の乃木の句を刻んだ碑も倒され、台座のみしか残っていません(碑自体は、旅順日露刑務所旧址に展示)。こんなに堂々と石碑が立っているのはちょっと驚きでした。

地元の日本語ガイドの閻宇飛さんによると「いったん倒して山の中に埋めたのだが、2000年代に入って「愛国歴史教育」の素材として、土から掘り出し、同じ場所に置いた」そうです。
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まあいろんなことがあるものです。錦江山公園は約1時間もあれば散策できますし、何より北朝鮮の町並みが見渡せるので、ぜひ訪ねてほしいスポットです。
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これは1940年代の丹東(当時は安東)の観光マップです。確かに、駅の北側に安東神社があります。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 13:29 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)