カテゴリ:ボーダーツーリズム(国境観光)( 57 )


2014年 12月 30日

丹東の朝鮮人街を歩いてみた

中国遼寧省の丹東は、中朝最大の国境都市であるだけに、多くの朝鮮人ビジネスマンが駐在しています。地元の関係者に聞くと、その数約3000人といいます。
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そんな朝鮮人ビジネスマンたちが集住しているのが「朝韓風情街」というストリートです。
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場所は、鴨緑江断橋の裏手にある税関ビルの通りをはさんだ向かいの二経街です。入り口に門が立っています。
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もともと中国の朝鮮族が多く住んでいたエリアのようですが、いまでは胸にバッチを付けた朝鮮の人たちが歩いている姿をよく見かけます。彼らは皆白いシャツにスラックス、肩掛け鞄といういでたちです。目つきの鋭さから地元の中国人とは一目で見分けがつきます。
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通りにはハングルが目につきます。古い集団住宅の1階が商店で、2階以上の住居スペースを一部招待所(ホテル)として利用しているようです。
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生活必需品を中心に安く販売する商店があり、朝鮮の人たちもよく購入していくそうです。
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朝鮮人ビジネスマンには、中国で仕入れた商品を自国で売りさばくケースと、最近では朝鮮産品を中国市場で売り込むケースがあるようですが、後者はまだ十分成果があるとは思えません。ただ今年10月、丹東で開催された中朝経貿文化旅遊博覧会のような見本市で自国の商品をPRするなど、こうした動きは進んでいくと思われます。

※中朝経貿文化旅遊博覧会については以下参照。

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由
http://inbound.exblog.jp/23944673/

今年7月、ぼくがちょうど丹東の朝鮮人街を歩いていたころ、朝日新聞のこんな記事が出ました。

「中韓接近」の理由 北朝鮮が情報収集 中国在住の貿易商に指示(朝日新聞2014年7月26日)

北朝鮮政府が今月中旬以降、中国に派遣する自国の貿易商を呼び戻し、中国と韓国の外交関係についての情報収集を命じていることがわかった。中韓は習近平国家主席が今月上旬、北朝鮮首脳との面会に先だって訪韓するなど急速に接近。「血盟関係」とみてきた中国の動向に、北朝鮮が警戒を強めている。

中朝貿易に携わる複数の北朝鮮人貿易商らによると、中国東北部の遼寧省に住む北朝鮮人貿易商が7月中旬に平壌に呼ばれ、政府幹部から指示を受けた。中韓接近の理由や経済協力の現状、中朝貿易への影響などについて、取引相手の中国企業などを通じて情報収集を求める内容という。

中国各地には計数千人の北朝鮮人貿易商が派遣されているとみられる。全体で何人呼び戻されたかは不明だが、遼寧省瀋陽の北朝鮮人貿易商は「ほとんどの貿易商が呼ばれた」という。

中国は、金正恩第1書記が昨年2月に強行した3回の核実験などに不満を強めてきた。乞暮れ年安全保障理事会の制裁に加わるほか、石油輸出も制限。中朝関係の冷え込みが続く。

外交筋などによると、北朝鮮は石油の輸入先を多角化するなどの対策を取るが、貿易量の大半を頼る中国との関係悪化は死活問題だ。北朝鮮高官の側近は「情報収集は中国の出方を見極めるためで、今後の日本とのつきあい方にも影響する」と語る。

中朝関係の悪化が伝えられるなか、朝鮮側も中国との関係改善をいつまでも放置しておくわけにもいかないことは当然でしょう。海外に送り出す朝鮮人ビジネスマンもその大半はやはり中国にいるわけですし、国際見本市を開けば海外から出展してくるのも中国が最大規模という現実は変わらないのですから。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 13:01 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 29日

朝鮮族民俗村に描かれた民族の出自と自画像について

朝鮮族の姜さんは延辺博物館にぼくを連れて行くのは気乗りがしなかったのに、進んで案内してくれた場所がふたつあります。

延辺朝鮮族自治州60周年と延辺博物館の冷めた関係
http://inbound.exblog.jp/23940038/

それは「平江」「百年部落」でした。

19世紀後半に朝鮮から延辺に入境してきた人たちが最初に開墾したのが、延吉の南西に位置する和龍市から龍井市にかけての30kmに及ぶ平原で、「平江」と呼ばれているそうです。「海兰江」(해란강)という河が中央を流れています。もともと森林だったこの地を水田に変えたのは朝鮮族なのです。姜さんによると、平江は「延辺朝鮮族の母なる大地」だそうです。
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同じ時期に漢族も入植し、トウモロコシ畑を広げました。
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この地方の朝鮮族の住む民家の壁には民俗の暮らしを伝える絵が描かれています。
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もうひとつの場所は「百年部落」で、そこは朝鮮族の民俗村です。

中朝国境に近い図們市月晴鎮白龍村の金京南村長が1870年代に建てられた古い民家を修復展示し、朝鮮族の民俗文化を体験できるようにした施設です。朝鮮族がこの地に入境してきた当時の生活道具などを集めた博物館や民謡の演奏スペース、レストラン、宿泊施設があり、1年を通じて四季折々の朝鮮の祭事が開催されます。

これが年代ものの朝鮮民家です。
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内部を観覧できます。
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釜戸やオンドルがあります。
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トウガラシは欠かせないアイテムです。
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観光客はバスに乗ってやってきます。
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朝鮮の民族衣装に着替え、記念撮影したり、歌い踊ったり。
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地元の人たちが朝鮮民謡などを奏でます。
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「百年部落」の演奏(動画)
※ただし、このときは観光客が漢族だったらしく、朝鮮民謡ではなく、中国の曲を奏でているようです。
http://youtu.be/LE6RBn480cU
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この方が館長の金京南村長です。一部私財をなげうって施設をこしらえたそうです。「時代の変化は早い。我々の先祖の生活文化を誰かが残しておかなければと考えたのが、民族村をつくった理由」と話していました。
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金館長に私設博物館の中を案内してもらいました。倉庫のような施設の中には、朝鮮たんすや生活道具などが置かれています。
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正面の壁に朝鮮族の来歴と暮らしを物語る絵巻物のような絵画が飾られていました。
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以下、図們江(豆満江)を渡って対岸のこの地に来た一家の様子から始まり、春夏秋冬、婚礼の祝いなど、朝鮮族がこの地に根付くに至る100年の歴史が描かれます。まさに延辺朝鮮族の自画像ともいうべき世界です。地元の画家が描いたそうです。
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百年部落では、朝鮮料理の食事が楽しめます。これはタッコンといって、延辺名物の汁なしサムゲタン(参鶏湯)です。餅やマッコリも用意してくれました。
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食事は小部屋(14室)に分かれた個室でいただきます。
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百年部落は、延辺朝鮮族にとって失われた家郷を再現した場所なのだと思います。

「失われた」とあえて書くのは、たとえば金館長のご家庭にしても、奥さんは韓国、お子さんは北京で働いているというわけで、こうしたことは今日の延辺朝鮮族の人たちにとってはごくふつうのことです。決して不名誉なことと彼らも考えているわけではないでしょう。

こうして100年前にこの地に家族と一緒にやって来た彼らは、いまや散り散りに暮らしているのです。館長が民族村をつくった背景には、この現実があろうかと思います。

実は、延辺朝鮮族自治州の観光局がつくったパンフレットにも、百年部落で行われる季節ごとの祭事が載っています。ここは政府公認の施設でもあるのです。朝鮮族の人たちが、延辺博物館のような政治的な空間ではなく、百年部落のような朝鮮の素朴な民俗や食事を味わえるスポットに外国人を連れてきたいと考えるのは理解できます。

もちろん、このような中央の意向に沿って政治的に脱色されたスポットの存在についてあれこれ訝しく思う気持ちがぼくにもまったくないわけではありませんが、ただでさえ、少数民族という境遇からくる政治の力学を日々感じながら生きている彼らにとって、そこで表出される自画像や自らの出自をめぐる歴史認識が無理なく好ましいものとみなされることは、せめてもの救いといえるかもしれない気がするのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-29 15:05 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 27日

川霧に浮かぶ朝鮮民家はいかにも国境の町らしい眺め(遼寧省丹東市)

今年7月丹東を訪ねたとき、ちょうど雨季で天候には恵まれなかったものの、珍しい光景を見ることができました。鴨緑江一面を川霧が覆うという、ちょっと神秘的な眺めでした。
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面白いのは、川霧のおかげで背景がすっかり消えるため、対岸の朝鮮民家がぐっと浮かび上がり、ふだんより近づいているように見えるのです。
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丹東市内の鴨緑江沿いはプロムナードになっていて、一般市民が散策を楽しんでいます。ふだんは対岸の民家の存在など誰も気に留めていないようですが、この日ばかりは白壁の朝鮮民家が目に飛び込んでくるように見えるので、じっと対岸を眺めている人も見かけました。こんなぐあいです。
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これは写真の撮り方でこう見えるのですが、このふたりにとって朝鮮の村は隣町のようです。
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ご覧のように朝鮮側の民家は質素なものですが、丹東側はどうか。振り向くと、高層マンションが並んでいます。
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いったい丹東の人たちは対岸の人たちについてどう思っているのでしょうか。こんなに経済格差が開いたうえ、これほど近くに対岸の様子が見えるとしたら、日本で語られる北朝鮮の話題とは当然のことながら、ずいぶん違うことでしょう。

丹東在住の友人によると、1970年代の文化大革命の頃、いまと違って中国より経済的に恵まれていた北朝鮮の人たちは、対岸からさかんに文革批判のメッセージを送り続けたそうです。それこそドラや太鼓を鳴らして騒いでいたとか。この距離なら相当うるさかったことでしょう。当時、中国では十分に食べることもできず、毎日トウモロコシのお粥ばかりだった、とその友人は語っていました。
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この写真を撮った1kmほど西には、鴨緑江断橋があります。

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20510174/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 14:02 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 27日

北朝鮮漁船が目の前を行き交う海鮮レストランで舌鼓(遼寧省丹東市)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで北朝鮮の新義州と国境を接するまちです。

このまちの旅行会社に勤める友人の閻宇飛さんは、いつもぼくを珍しい場所に案内してくれます。今年7月丹東を訪ねたとき、連れていかれたのが「江海湾」という海鮮レストランでした。

まずはその店で供された海鮮料理の数々をお見せしましょう。
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ワタリガニやエビ、ハマグリ、アワビなど、すべて近海で採れたものです。
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丹東では海鮮を中華風に濃く味つけしないので、日本人の口に合います。

料理は生簀から素材を選びます。ナマコやフグもあります。
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素材を選ぶと、目の前で豪快に調理してくれます。これでうまくないはずがありません。しかも安い。これだけ頼んで飲み物も入れて400元足らずというのですから。
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さらに、レストランの目の前は鴨緑江の支流で、常連客は店の外にテーブルを出してオープンエアで食事を楽しみます。これが気持ちいいのです。
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レストランの周辺環境を撮ったのがこれです。鴨緑江の支流に面したロケーションにあることがよくわかります。
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さて、このようにこの店の売りは新鮮な海鮮と恵まれた環境にあるのですが、日本人にとってある意味もっと刺激的といえるのがロケーションのもつ特殊性です。

江海湾というのは、丹東市内から仁川行きフェリーが出航する丹東港に向かう途中にある漁港の名です。つまり、漁港が経営するレストランというわけですが、面白いのは、その漁港の前を行き来しているのは中国船だけでないことです。そう、北朝鮮の漁船が通っていくのです。
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なにしろほんの数十メートル先の対岸は北朝鮮領です。つまり、ここは中朝最前線に位置する国境展望レストランなのです。

家族連れも多い中国の客人たちと並んで食事をしているすぐそばを、北朝鮮の漁船がゆるゆると通り過ぎていく光景は、実際のところ、のどかすぎるほどなのですが、何かの拍子で朝鮮の漁民と目が合ったりすると、ひやりとした心持に襲われるのは、ぼくが日本人だからかもしれません。周囲の中国客たちは、そんなことちっとも気にしていない風ですから。

それにしても、中国の地方都市の食の豊かさには毎度驚きます。河川の汚染などからくる食の安全に関しては、どこまで信じていいのかわからないところも正直ありますが、毎年4月から9月まで営業される(冬はこの河は凍ります)というこの海鮮レストランにいると、そんなことすっかり忘れて地元グルメに舌鼓を打ってしまいます。

※丹東のもうひとつの地元グルメについては、以下参照。
中朝国境のまち、丹東は今ハマグリBBQの季節まっただ中!
http://inbound.exblog.jp/20527559/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 12:09 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 21日

図們江で遊覧ボート乗船。草むらからこちらを覗く北朝鮮兵にドキリ

このいかだのような小さなボートはどこを航行しているのでしょう。
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答えは、中朝国境を流れる図們江です。ずいぶんのどかに見えるかもしれませんが、川の向こうの草むらは北朝鮮領です。
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遊覧ボート乗り場は、吉林省延辺朝鮮族自治州図們市にある北朝鮮との国境ゲート(図們大橋)から徒歩5分ほどの図們江広場の中です。乗船料はひとり60元。わずか15分ほどの遊覧時間だというのに、近頃の中国の観光地はずいぶん金をとるものです。
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でも、観光客はそこそこいて、みなさんライフジャケット着用後、ボートに乗り込みます。
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ボートは図們江を上流に向かって進みます。すぐに図們大橋が見えてきます。
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図們大橋については、以下を参照。この橋は1941年に造られたもので、かなり老朽化しています。

高速で素通りされ、さびれてしまった図們
http://inbound.exblog.jp/20498623/

上から見ると、ボートはこんな風に遊覧しています。中朝国境地帯にいるという緊張感を腰砕けにしてくれる(!?)光景ですね。
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それからもうひとつの鉄道国境橋に向かいます。その手前でUターンするというのがコースです。

鉄道国境橋については、以下参照。

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める
http://inbound.exblog.jp/23906840/

ところで、ボートに乗る前、係の人から「朝鮮側にカメラのファインダーを向けないでくださいね」と言われていました。なぜかというと、朝鮮の国境兵士が潜んでいるので、彼らを刺激しないためだといいます。

なんだか嫌ですね。ボートが走り出し、川向うを眺めると、確かにいるいる。草むらの陰に兵士らしきおじさんが座わりこんでじっとこちらを見ているのです。ちょっとドキリとする瞬間です。なるべく目を合わせないようにしなくては。

100mおきくらいにぽつんとひとり。それはなかなかに不気味な光景です。他にもお客さんがいる手前、こっそり写真を撮るのは控えざるをえませんでした。

さて、中朝両国は長白山を源流とする鴨緑江(西側)とこの図們江(東側)のふたつの河川が国境線となっているのですが、このような観光客向けの遊覧ボートに乗れるスポットが、2014年7月現在、6カ所あります。ひとたびボートに乗れば、対岸の北朝鮮の山並みや集落、住人の様子が間近で見られるため、夏になると多くの観光客でにぎわっています。中国人というのは実に好奇心旺盛な人たちです。日本のTVメディアが「中朝国境ルポ」と称してこの地域を訪れ、テレビカメラを回しているすぐそばでは、家族連れの観光客がのんびりレジャーを楽しんでいるというわけです。

そのうち5カ所はすべて鴨緑江側にあり、図們江側の唯一の遊覧ボートは図們にあるのみです。

1)丹東(鴨緑江断橋)…鴨緑江の下流に向かって走る。対岸は新義州。
http://inbound.exblog.jp/20510174/

2)天逸埠頭…鴨緑江の中州に沿って走る最も刺激的なコース。満州国時代の軍港が見られる。
http://inbound.exblog.jp/23945373/

3)河口断橋…遊覧ボートは朝鮮戦争で落ちた橋のたもとから出る。
http://inbound.exblog.jp/20443478/

4)緑江景区…鴨緑江中流域の風光明媚な場所でボートトリップが楽しめる。こちらも後日報告予定。

5)集安…好太王碑で有名な世界遺産のまち、集安も北朝鮮との国境のまちです。モーターボートで対岸の満浦の近くまで向かう。
http://inbound.exblog.jp/20429242/

6)図們

なぜ図們江側には1カ所しかないかというと、脱北者の問題があるからです。同族の住む朝鮮族自治州に接する図們江側の国境は両国にとって敏感なエリアであるため、観光客のためにのどかに遊覧ボートを浮かべることができるのは、ここくらいしかないというわけでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-21 16:20 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 21日

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める

図們は中国吉林省延辺朝鮮族自治州の東南部にある中朝国境と接する都市で、川(図們江)をはさんだ対岸には南陽(北朝鮮)という町があります。

図們については以前紹介したことがあるので、土地のプロフィールについては、以下を参照ください。

高速で素通りされ、さびれてしまった図們
http://inbound.exblog.jp/20498623/

今年7月、図們を訪ねたとき、市街地の南側のはずれにある展望台から対岸の南陽を眺めることができました。
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これが国境の図們江を高台から眺めた光景で、手前の橋が鉄道橋、遠くにうっすら見えるのが、陸路の国境橋(図們大橋)です。
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展望台には、南陽の主要スポットを落とした地図があります。

これを参考に、簡易望遠レンズで南陽の町並みを撮ってみました。
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これが南陽駅です。右手に列車が見えます。
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少し倍率を上げてみましょう。駅前に人の姿はいないようです。
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これは南陽学校です。校舎が見えますが、子供たちの姿は見えません。これを撮ったのは午後4時過ぎでしたが。
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これは地図によると、金日成研究所という建物のようです。
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図們市街地の南東に日光山森林公園という行楽地があり、ハイキングコースになっています。その地図のいちばん左下の図們江の目の前に展望台はあります。この地図は上が南です。
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南陽自体は小さなまちで、市街地の南方面にも図們江に沿っていくつか集落はありますが、少し離れると民家はなくなります。川の手前は図們側です。
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鉄道橋のたもとには国境ゲート(鉄路口岸国門)があります。
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地図で見ると、ふたつの橋はこのように位置しています。
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ふたつの橋を並べて縦で撮るとこうなります。
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鉄道国境橋のそばにちょっとした撮影スポットがあります。
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観光客も記念撮影に興じています。橋と対岸の北朝鮮の山並みを背景に写真を撮るわけです。
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ちなみに図們江沿いを龍井方面から車で走ってきましたが、川沿いに鉄柵が張りめぐらされています。
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こちらは陸路の国境ゲートから眺めた図們大橋です。観光客が朝鮮とのボーダーである橋の真ん中まで歩いています。
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これが朝鮮側のイミグレーションです。

南陽の町は、人の気配がほとんどなく、その静寂ぶりがいかにも中国と対照的です。

実は今年、図們から南陽を訪ねる日帰りのサイクリングツアーが催行されたそうです。もちろん、中国国籍の人しか参加はできません。ツアー参加者は陸路の国境橋を渡り、南陽の町中を朝鮮側の案内人について自転車で散策するそうです。ちょっと面白そうでしょう。

もっとも、このまちにたいして見るべきスポットがあるわけではなく、市街地より外には出られないので、人気はいまひとつだったとか。朝鮮観光の定番アトラクションである幼稚園児による歌謡ダンスショーの鑑賞だけはあるそうです。その日展望台に上れば、サイクリングツアー一行の様子が対岸から眺められたことでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-21 14:36 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 04月 14日

ゴールデントライアングルの中国カジノに潜入してみた

2013年8月中旬、タイ最北部にあるゴールデントライアングルで王冠を被せたような奇妙な建物を見かけたことを先日、書きました。地元の人に聞くと、カジノだといいます。
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インドシナ3カ国が接するゴールデントライアングル最新国境風景
http://inbound.exblog.jp/22434567/

チェンセーンのボート乗り場に戻ると、すぐにトゥクトゥクに乗ってゴールデントライアングル方面に向かいました。対岸にあるカジノに行く方法を知りたくなったからです。
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メコン沿いの道路を10km近く走ると、右手に大きな施設が見えてきました。
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「湄公河金角万庆公司(MIC)」と書かれています。
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建物の中に入ると、ひと気はなく、休業状態のように見えました。それでもくまなく探すと、「Kings Romans Resort」という旅行会社がありました。

スタッフらしき男性がいたので、「カジノに行きたいのだけど?」と尋ねると、男性は時計を見ながら「いいですよ。でも今日はもう時間がありません。明日またここに来てください。車でイミグレーションまでご案内します」。

すでに午後4時を回っていました。「パスポートを忘れないでくださいね」。やった。明日にはカジノに行けそうです。

翌朝8時、「Kings Romans Resort」を訪ねました。昨日の男性はいませんでしたが、別の男性が車に乗せてイミグレーションまで運んでくれました。
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これがチェンセーンのイミグレーションです。この町に出入国管理所があるなんて知りませんでした。数年前に開設されたそうで、対岸のカジノに行くために特設されたものと思われます。
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出国手続きをしていると、団体ツアー客が上陸してきました。手にしたパスポートを見ると台湾人のようです。なるほど、ゴールデントライアングルの中国カジノはすでに台湾など華人系のツアーの一部に組み込まれているものと思われます。子供連れの家族も多く、いったいこんな人たちもカジノに行くのだろうか、といぶかしく思いましたけど。
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さて、今度はぼくがラオスに向かう番です。ボート乗り場に行って「カジノに行きたい」というと、すぐに対岸に運んでくれました。料金はいらないそうです。
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ところが、ラオス側に上陸しても、ボート乗り場の周辺には誰もおらず、イミグレーションらしき建物も見当たりません。このままだと密入国できちゃうぞと思いながら、ボートの運転手に聞くと「あっちだ」と円形ドームのような建物を指さすだけ。仕方なく歩いていくと、確かにこの立派な建物はイミグレーションでした。
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中に入ると、出入国チェックのブースがありました。入国スタンプをもらったものの、周辺には誰もいません。今度はどうやってカジノまで行けばいいのかわからない。対岸から見た限りでは相当離れているようです。

困り果てていると、しばらくしてイミグレーションの前に車が現れました。手を振り車を停めさせ、「カジノに行きたい」というと、すぐに乗せて運んでくれました。送迎用の専用車でした。
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カジノに向かう道路は整備されていました。両脇に太いパームヤシが植えられ、広い二車線道路が延々のびていました。途中行き交うのはランドクルザーやゴルフ場にあるようなカート、あとは自転車に乗ったラオス人労働たちです。見ると、通りの名は「花园东路(花園東路)」です。
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5分ほど車で走ると、ボートの上から見た王冠の建物が見えてきました。いよいよ潜入です。
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少し緊張しましたが、なんのことはない。カジノに入るには、パスポートのチェックだけであっさりOKでした。
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そこに広がっていたのは、いかにも華人好みの趣味の悪い空間でした。中国の温浴施設やレジャー施設のロビーによくあるやたらと天井の高い構造です。ホント彼らはこういうのが好きですね。
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なおも進むと、広い賭博スペースがあり、ブラックジャックをやっていました。見ると、客層は華人ばかり。ディーラーも華人女性。フロントや両替、飲食の給仕スタッフは華人とラオス人が混じっています。
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さすがに人の顔は写せないので、角度を変えて館内をこっそり隠し撮りしたわけですが、カジノ内は飲食無料で、レストランも併設されていました。彼らはここで数日間、好きに飲み食いしながらギャンブルに興じて過ごすのでしょう。華人がなぜ自国では禁じられているカジノを周辺国の国境付近にやたらとつくりたがるのか。それはマネーロンダリングといった経済的な理由もあるでしょうが、心底こういう遊興が好きだからと思います。中国人のクルーズ好きは船内で気軽にカジノが楽しめるからだといわれるのも、同じ理由でしょう。

ぼくも含めて、一般の日本人はこういう場に慣れていないだけで、中国のカジノは、どれだけ見かけは派手に見えても、それ自体はカジュアルなアミューズメント施設といえそうです。ただし、もう一回海外旅行に来られるくらいのお金は用意しておかないと、存分には楽しめないでしょうけれど。
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奥にはスロットマシーンもありました。ただ、客はそんなに大勢いる感じはありません。
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「賭王大賽」(カジノ王大会?)。イベントもやっているようです。
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外に出て建物の周囲を見て回ると、ローマ時代風のレプリカ像が取ってつけたようにいくつも並んでいます。ラオス人労働者らの姿もあちこちに見かけます。
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車を降りて気がついたのですが、カジノの周辺には想像以上にいろんな施設があります。しばらく歩いていると、こんな立派なチャイナタウンの門がありました。「唐人街」と書かれています。中国の地方都市で、街の中心部を再開発して観光名所にした商店街などによくあるタイプです。
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奥には、これもよくあるテーマパークのような商店が並んでいました。ここにもひと気はありませんでしたが、「老挝人民民主共和国金三角经济特区唐人街揭幕処式(ラオス人民民主共和国ゴールデントライアングル経済特区中華街開幕式)」という赤い垂れ幕が通りに掲げられていました。このチャイナタウンはできたてほやほやのようです。
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ボートから見たホテル「金木花园酒店(Kapok Garden Hotel)」もありました。
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どんなホテルか覗きにいくと、ごく普通の中国のホテルでした。フロントに華人女性がいたので、「どこかで食事はできないか」と尋ねると、「ここにはありません。カジノの中で食べられますよ」とのこと。ホテルのレストランは営業していないそうです。確かに、これだけ広いリゾート施設としては客の数は少なすぎて、飲食施設もやたらと営業できないので、観光客の食事はまとめてカジノ内ですませてもらう、ということのようです。
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ほかにも「商业街(ショッピング・ストリート)」なんてのもありました。おそらくショッピングモールにするつもりだったのでしょう。
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モンゴルの民族家屋パオが並ぶ一画もありました。少数民族のテーマパークのようです。中国各地の地方料理を掲げた食堂街もありました。
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少し離れた場所には、競馬場もありました。ただし、クラブハウス風の建物と馬小屋があるだけで、肝心の馬はいませんし、そもそも中は草ぼうぼうの荒地のまま。

こうしてぼくも事態をだんだん飲みこめてきたのですが、要するにここは、いわゆる中国がラオスにこしらえた総合複合リゾート施設だったのです。いま東京湾で推進の動きが話題となっている「カジノを中核とした複合リゾート施設(Integrated Resort=IR)」というやつです。あくまで華人仕様ですけど。子供連れの台湾客がいたのもそのためでしょう。

実は、「ゴールデントライアングル経済特区」は中国の金木棉集团公司が、ラオス政府から102km²の土地を99年間租借し、リゾート開発したものです。そこでは中国の携帯電話が使え、これまで見てきたように道路の案内表示も中国語表記、チャイナタウンすらできています。2009年9月9日にラオス政府が中国と批准しました。特区内では中国の広範囲な自治権が認められています。

数日前、中国・ラオス国境のボーテンでも見たリゾートホテルが廃墟化した光景に比べると、こちらはさすがに世界的に有名な観光地であるゴールデントライアングルという地の利もあるのか、ゴーストタウンというほどの寂れ方とはいえないかもしれません。でも、欧米客はまずここには訪れそうもありません。わざわざゴールデントライアングルに来て、中国の田舎のリゾート施設に足を運ぶ理由がないからです。カジノに行きたきゃ、彼らはマカオに行くでしょう。

せいぜい華人ツアー客をコースの一部に組み込んで送客するか、年に数回イベントを開いて雲南省あたりの富裕層を集めるか。そんな集客状況ではないでしょうか。これは2000年代に地方政府によって計画され、勢いで立派なハコモノをつくってはみたものの、当初考えたほど運営はうまくいっていないという中国のリゾート開発の典型的なパターンのように思われます。

ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン
http://inbound.exblog.jp/22437603/

なんでこんなものを作ってしまったのかなあ…。ボーテン同様、ここでもまた釈然としない思いを抱えざるを得ません。

広い敷地にひとり立ち尽くしていると、ボート乗り場に帰る交通手段がないことに気づきました。8月のラオスです。じりじり日が照りつけてきます。これは大変なことだと、かなり焦りました。

幸い、そこに救いの手が現れました。通りをひとりのラオス人青年がバイクに乗って走ってきたのです。手を大きく振り、バイクに乗せてくれと頼んだところ、彼はすぐに応じてくれました。

彼はカジノで働く労働者でした。自宅は敷地内のすぐ外の集落にあるそうです。村人の多くがここで働いているとのこと。確かに、彼の立場からすれば、もともと何もなかった村に施設を建てて、仕事を与えてくれたのは中国資本です。中国を悪くいう筋合いはなさそうです。ちなみに彼との会話は、ラオス北部で会った多くの人たちがたいていそうであるように中国語でした。

イミグレーションまで乗せてくれたので、お金を渡そうとすると、いらないといいます。なんて優しい青年なんだろう。ぼくは無理やりタイバーツを彼の手に握らせて別れました。そして、出国手続きをすませると、わずか数時間の滞在だったラオスにお別れして、タイに戻ったのでした。タイのイミグレーションでは、出入国管理官がぼくのパスポートを見て、「もう帰ってきたの」と笑いながら言いました。
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これがささやかなゴールデントライアングルの中国カジノの潜入記です。

ここ数日ぼくが見たのは、インドシナ北辺で中国がやらかしていることの一部とはいえ、共通して言えることがあります。まず、彼らは2000年代に国内でやっていたことと基本、変わらないことを海外でも同じノリでやっていたようにしか見えないこと。また、いくらラオス政府から安く土地を貸与しているからとはいえ、これらの投資の回収はそんなにたやすくないのでは、ということです。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-14 10:47 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 04月 13日

中国発アジアハイウェイ(昆曼公路)がラオス国内の移動時間を大幅に短縮させている

前回、ラオスと中国雲南省・西双版納タイ族自治州との国境であるボーテンを訪ねた話を書きましたが、ラオス北部は近年、飛躍的に交通の便が進んでいるようです。もともと山岳地帯だった地域でこんなに移動が楽になったのは道路が整備されたからです。
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のどかな山岳部に一本道が走っています。オレンジの袈裟を着た若いお坊さんが自転車を漕いでいます。

もちろん、この道路に投資したのは中国です。今回、この地域を訪ねてわかったことですが、中国は雲南省からラオス北部をタイ方面に向かって最短で突き抜ける幹線道路をすでに完成させています。中国では「昆曼公路」と呼んでいます。2008年に開通したようです。
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中国語の地図なので地名が漢字ですが、中国雲南省西双版納(シーサーパンナ)タイ族自治州のラオス国境の町・磨憨(モーハン)、そしてラオス側の町・磨丁(ボーテン)から琅南塔(ルアンナムター)を通り、会晒(フアイサーイ)まで抜けるルートです。ここでメコン河にぶつかり、対岸のタイの町はチェンコーンです。

※ボーテンについては以下参照。

ゴーストタウンと化していた中国ラオス国境の町ボーテン
http://inbound.exblog.jp/22437603/

さて、中国国境のボーテンからタイ国境のフアイサーイまでがラオスの国道3号線です。ではこれからこのルートに沿って車窓の風景を見ていきましょう。
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まずボーテン国境ゲートです。
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ゲートから2㎞先には、大型トラックの広い駐車スペースがあります。
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物流を担うのはもっぱら中国です。
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これはボーテンの集落です。以前はここも静かな山村でしたが、いまや大型車が毎日目の前を走り抜けていきます。
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雨季だったせいか、どしゃぶり雨が降ると、雨水が道路にあふれる場所もあります。
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ルアンナムターが近づくと、静かな水田地帯が見えてきます。ラオスでは、水田の中に高床式の小さな小屋があちこちに立っています。農作業の合間に農民たちがひと休みする場所だそうです。
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ルアンナムターの市街地に入ると、少数民族の衣装を着た物売りが歩いていました。ボーテンからルアンナムターまでは約60kmで、所要1時間です。
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さて、ルアンナムターは観光の町なので、若い欧米人バックパッカーの姿も多く見られ、彼らはピックアップトラックの荷台に乗ってタイ国境のフアイサーイに向かいます。
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ここから先の道路も整備されていますが、基本的に車を所有していない大半のラオスの地元の人たちは道路を歩いて通勤・通学しているようです。ジーンズ姿の女の子もいますが、民族柄の巻きスカートの子もいます。
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時折、藁葺き屋根の集落が見えてきます。電柱も立っており、電気が使える地域もあるようです。
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フアイサーイまで151kmの標識。
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途中、日本が援助していると思われる集落がありました。集落の入り口に日本とラオスの国旗が並んで描かれているパネルが立っていたからです。いかにも海外青年協力隊の現場というような写真が撮れてしまいました。
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集落には、売店もあります。
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いろんな人たちとすれ違います。家族でしょうか。
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笠をかぶっているのは、ベトナム人? この国では少数民族の扱いでしょうか。
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トイレ休憩で露店の前に停まりました。
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バナナ、マンゴー、サトウキビなど、果物を売っていました。
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道路のすぐ脇に民家があり、車窓から眺めると、目が合った村人たちはニコニコしてこっちを見ています。なんだか申し訳ないような変な感じです。このあたりは高床式の木造家屋が多いです。
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ルアンナムターから3時間ほど走ると、フアイサーイの町が見えてきました。
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ここはバスターミナルです。ルアンパバーンやビエンチャン行きのバスも出ているようです。

国道3号線の整備のおかげで、中国からラオス経由でタイに抜ける移動時間は大幅に短縮されました。この地域の旅行ガイドブックとして定評のある「旅行人ノート メコンの国」(2007年5月 旅行人刊)によると、ルアンナムターからフアイサーイまでのバス移動が所要7時間とあります。4時間も短縮されたことがわかります。

とにかく道路のすぐそばに民家があるので、車窓から人々の生活が丸見えです。なかには家の前で水浴びしている女性もいました。思うに、道路ができても、この地に暮らす人たちの生活意識はたいして変わっていないのかもしれません。道路ができたおかげで、たまにルアンナムターなどの大きな町に行くのが便利になったのは確かでしょうけど、だからといって、自分たちの生活レベルが同じように飛躍的に改善したわけではなさそうです。

少数民族の暮らす辺境と呼ばれた地は、いつの時代も、こうして地元とは無縁の意志によって拓かれていくのでしょう。今日においては、それは中国の意志ということです。

中国からタイに向かう大型トラックは、フアイサーイからメコン河を渡るため、コンテナ船に乗らなければなりません。その様子については、以下参照。

ラオスからタイへ~ボートでメコン河を渡る(フアイサーイ・チェンコーン)
http://inbound.exblog.jp/22431852/

【追記】
現在、フアイサーイとチェンコーンの間には「第4タイ・ラオス友好橋」が架けられており(2013年12月11日開通)、コンテナ船に乗る必要はなくなりました。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-13 20:39 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 04月 13日

ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン

2013年8月中旬、ラオス北西部のルアンナムター県と中国雲南省・西双版納タイ族自治州との国境地域であるボーテンを訪ねました。中国側の町は勐臘(モンラー)といいます。

少数民族トレッキングの拠点として知られるルアンナムターの市街地から約60km、車で1時間ほどの場所にあります。
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このキンキラキンの仏教寺院のような巨大なゲートがイミグレーションです。
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「Borten International Immigration(磨丁国际口岸)」と書かれています。
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中国客を乗せた観光バスや大型トラックが次々と通過していきます。
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実は同じ日、ぼくはムアンシンというもうひとつの中国・ラオス国境の町を訪ねていたのですが、そちらのローカル色たっぷりの風情とはまったく異なっています。
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国境ゲートの2㎞ほど手前には、大型バスが駐車できる巨大な駐車場もありました。ただし、駐車場の広さに比べると、トラックの数はまばらな気がします。
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これは中国が作成したインドシナの地図ですが、中国雲南省からタイ(バンコク)とカンボジア・ベトナム(ホーチミン)に抜ける2つの幹線道路を計画しているようです。そのいずれも、ラオスのボーテン国境を起点としていることから、この地の重要性がわかります。
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国境ゲートから5分ほど歩くと、巨大な建築群が見えてきます。ふと見ると「福兴路」という中国語の道路標示があります。えっ、ここは中国? 一瞬戸惑いを覚えます。
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そこには、ラオスの首都ビエンチャンでもめったに見かけないような大型ビルが並んでいました。
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中国語とラオス語が併記された中国食堂の看板も置かれていますが、そこにはほとんどひと気が感じられません。
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中国の郵便局がありましたが、営業していないようです。テナントの看板だけ残っていますが、シャッター通りと化しています。
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それでも歩いていると、ようやく人が姿を現しました。どうやら中国人のようです。やはり、ここは中国なのか?
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「黄金大道」という通りに出ました。
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通り沿いにはビルが並んでいますが、歩いているのはラオス人建設労働者が数人です。はるか後方に巨大なマンション群も見えます。いったい誰が住むのか?

どうやらここは、いま中国で深刻な問題となっているゴーストタウン(鬼城)そっくりです。それがラオス領内にあるというわけですが、これじゃまるで中国はゴーストタウンを輸出してしまっているのも同然です。
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右手にホテルらしい建物が見えてきました。中国の地方都市によくあるタイプのホテルで、「景兰大酒店」と書かれています。
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ロビーに入ると、客はいませんでした。ためしにフロントにいた中国人女性に宿泊料金を尋ねると、当惑した表情になり、代わって奥から警備の男性が出てきました。1泊1000元だと彼は言います。

本当に営業しているのかあやしいので、「高いですね。向かいにもう一軒ホテルがあるので、そちらに行ってみます」とぼくが言うと、男は「あそこはうちより高い。1泊1200元だ」と答えました。
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ところが、そのホテル(「黄金大酒店」といいます)を訪ねると、1泊なんと100元でした。「中国人は(見ず知らずの人間に対しては)息を吐くように嘘をつく」といいますが、悪びれることもなく見え透いたことをいう警備の男は、いかにも中国人だと呆れてしまいました。
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黄金大酒店の裏には、別のホテルらしき廃墟がありました。周辺は草で荒れ放題です。
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建設労働者向けの掘立小屋の背後に見える無人のリゾートホテルのわびしさは、何ともいえません。
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これらのゴーストタウンは中国国境から1kmほど離れた国道3号線の西側に広がっているのですが、道路の東側には、これまた中国の地方都市によくある食堂街のアーケードがありました。ここもひと気はなく、シャッター街です。
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インターネットカフェもあったんですね。
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ビエンチャンと昆明をつなぐ国際バスは、いまも走っているのでしょうか。
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それにしても、なぜ中国のゴーストタウンはラオスにまで輸出されてしまったのか? その謎を解くべく、国境ゲートと廃墟地区の中間に建っていた「老挝磨丁经济开发专区(ラオスボーテン経済開発専区)」ビルを訪ねてみました。
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出迎えてくれたのは、ひとりの若い中国人女性でした。だいたいこのビルにもひと気がないのですが、四川省出身という彼女は、日本から訪ねてきた珍客に対して、お茶やらパンフレットやらを用意し、親切に接遇してくれました。

どうやらこの国境エリアは、自由貿易地区に指定されており、2003年にラオス政府が香港系企業に土地を貸与したことから開発が始まったそうです。そこでは主にカジノを中心としたリゾート開発を行う計画でした。中国・ミャンマー国境と同じことをやろうとしたわけです。

ボーテン国境地区の開発については、ラオス在住のkenichiro_yamadaさんのブログ「ラオスのビジネスを読む。 -ブログ版-」に詳しく解説されていることを、帰国後知りました。

ラオスのビジネスを読む。 -ブログ版-
laotimes.exblog.jp

kenichiro_yamadaさんにメールで問い合わせたところ、いろいろ教えていただきました。

同ブログによると、彼が初めてボーテンを訪ねたのは、2008年9月です。

ボーテン国境(2008年9月5日)
http://laotimes.exblog.jp/8569316/

そこには、こんな風に書かれていました。

「本地域はラオス国内であることを、忘れてしまいそう。ここでは食べ物から飲料水、人、通貨、言葉、全てが中国でした。面白いことにホテルの時間も中国時間。中国南下の前線がウドムサイとすれば、ここはさながら基地といったところでしょうか」。

つまり、少なくとも5年前のボーテンはゴーストタウン化していなかったようです。では、どうしてこうなってしまったのか?

後日、kenichiro_yamadaさんは以下の興味深いレポートを送ってくれました。

【SEZ】ボーテンデンガームSEZが近く開始か

2013年4月11日、ボーテンデンガームSEZを訪問する機会を得た。本SEZは03年に設立され、10年2月4日付でボーテン黄金城SEZの活動に関する首相令が発布された後、「特別経済区:ボーテンデンガームSEZ(磨丁黄金城経済特区)」としてカジノを中心とした香港資本(Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group Ltd)による開発が進められた。その後、カジノ3施設、ホテル、アパート、商業施設、13階建ての3星ホテル、18ホールのゴルフ場、大規模ショッピングセンターの建設などが進められ、総合リゾートエリアとなることが計画されていた。

しかし、カジノに関連して殺人事件などが多発したこともあり、2011年半ばから中国政府が中国側国境(モーハン:磨憨)における中国人の出国時にラオスVISAの取得を条件としたことから、1日最大1万人程度の観光客が激減していた。また、ラオス政府側もカジノ犯罪の抑制が急務となったことから、11年6月頃からカジノを閉鎖し、立て直しを図った。

2012年4月には、Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group Ltd は株式の85%を雲南省のYunnan Hai Cheng Industrial Group Stock Co.,Ltd(云南海诚实业集团)に売却した。さらに、ラオス政府との間に特別経済区から特定経済区への格下げ、カジノ事業取り下げ(その他11事業は継続)の下で、ボーテンデンガーム特定経済区(磨丁经济开发专区)(資本金5億ドル、登録資本金1億ドル)として90年間1640haのコンセッション契約を締結している。

今回訪問した際に、SEZ委員会への聞き取りを行った所、以下のような回答を得た。

①現在、国家SEZ管理委員会に対してマスタープランを提出済みで、5月の閣僚会議にて協議・承認される見込み。これにより本格的な開発が再開される予定。

②中国側は中国人の相手国VISA無しでの出国を近く認める予定。早ければ6月頃を見込む。

③カジノ事業については、これまでラオス国内にカジノを規定する法律や管理する人材がいなかったことから問題が多かった。今後法律を整備することで、カジノを再開する可能性はある。

とのことであった。カジノの再開も視野に入れていることが印象的であった。

なお、中国人のラオスVISAは北京、昆明で取得することが可能であるが、国境周辺の中国人はこれまでアライバルビザでラオスへ入国するのが通例で、はるばる昆明まで取得しに行くことは難しい。
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また、マスタープラン案では、地域を4区に分類し、中国国境エリアを第1区「国門区」と設定し、免税区や金融区、バスターミナル、中国との商品交換区として開発。旧ボーテン村を第2区「伝統村・旅游区」とし、貯水池や緑地を残し、観光リゾート、エンタテインメント施設を建設する。第3区「物流区」はボーテン税関のボーピアト村周辺で、商品倉庫やホテル、レストラン施設を建設する。第4区は国道3号線の東側でゴルフ場を建設する計画。


なるほど、そういうことだったのですね。

しかし、今後このゴーストタウンが蘇ることがあるのでしょうか。

そうした悲観的な見方は、この地の人たちには通じないところがあるようです。というのも、この惨憺たる状況を前にしても、件の経済開発専区ビルの彼女は「もうすぐゴルフ場がオープンします。また来てくださいね」とにこやかに話してくれたくらいですから。まったくめげていないというのか、このへんの感覚がすごいですね。

いずれにせよ、これがインドシナ北辺で起きている「中国の南進」を象徴するひとつの事例であることを、ぼくはこうして知ったのでした。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-13 14:10 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 04月 12日

インドシナ3カ国が接するゴールデントライアングル最新国境風景

タイ最北部の町チェーンセーンは、メコン河を隔ててラオスと国境を接しています。そこから西に10数キロ行くと、タイ、ミャンマー、ラオスの3カ国の国境が接するゴールデントライアングルがあります。もともとゴールデントライアングルは、周辺がケシの産地で、1970年代くらいまでは、いかなる国家も支配しない無法地帯でした。かつては中国国民党軍から独立したモン・タイ軍の司令官クン・サが支配していた麻薬の密造地帯だったのです。でも、いまではのどかな国際的観光地となっています。
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チェーンセーンはメコンのほとりの町で、人々はオレンジ色の川の流れをぼんやりと眺めながら暮らしています。川沿いには屋台やテーブルが並んでいますし、町の人たちも大樹の木陰に腰を掛けてじっと対岸を眺めている姿が見られます。大河のほとりに暮らす人々の日常ってそういうものなのだと思います。これと似たような光景を、中国とロシアの国境の町、黒河で見たことがあります。黒龍江(アムール河)沿いの町で、対岸との距離はちょうど同じくらいだったように記憶しています。
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さて、黒龍江の黒河でもそうでしたが、ここメコンのチェーンセーンでも、国境の河を遊覧する観光用のボートがあります。ただし、黒龍江では大型遊覧船しかなかったように思いますが、メコンでは個人用の遊覧ボートがあります。聞くと、約1時間のボートチャーターができるそうです。
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料金を聞くと、600B。数人でチャーターすれば安いものですが、せっかくここまで来てお金を惜しんでも仕方がありません。乗ることにしました。この看板にはライフジャケット着用と書かれています。
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人のよさそうなおじさんがボートを出してくれました。
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まず対岸のラオスに向かいます。3分も走ると、見えてきました。どうやら水上生活者の暮らす船のようです。
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粗末な小屋や船着き場も見えました。タイに比べると、ラオスの貧しさを感じます。
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そのうち、川べりで水浴びする子供たちを見かけました。こういうシーンはまるでセッティングされていたのではないかと思えるほど、旅人の眼を喜ばせてくれるのですが、たぶんラオスではふつうのことなのでしょう。中朝国境で見た鴨緑江で朝鮮の子供たちの水浴びする光景を思い出します。
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しばらくすると、おじさんは「いったんここで休憩。ラオスに上陸できるよ」と言いました。どういうことかな? と思っていたら、「Don Sao Hill Tribe Cultural Garden」と書かれたテーマパークらしい場所でボートを降ろされたのです。
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確かにそこはラオス領ですが、イミグレーションはありません。上陸すると、タイ人や欧米人の観光客がいました。
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とはいえ、そこにあるのは、山岳民族村というのは名ばかりで、ラオスの酒や土産品などが売られる店が並んでいました。
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またなぜか水牛が放牧(というのでしょうか)されていました。
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しばらく園内を歩いていると、おやおや…。女性もののバッグがたくさん並べられている店がありました。
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近づくと、やれやれ…。海賊品のブランドバッグです。
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ルイヴィトンだそうです。やったね、こりゃまた。
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しかも、こんなにたくさん! いったい誰がこんなものを買っていくというのでしょう。
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なんとも釈然としない気分でボートに戻ろうと川べりに歩いていくと、こんな看板が見えました。「老撾金三角经济特区(ラオス・ゴールデントライアングル経済特区)」と中国語で書かれています。なるほど、この山岳民族村は、中国の投資によるものだというわけです。海賊品が売られているのも、うなずけます。
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ボートはメコンの上流に向かって走り出しました。すると今度は、右手に(つまり、ラオス領に)王冠を被せたような奇態な建物が見えました。
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「あれっ、何?」。思わずおじさんに尋ねると、「カジノだよ」といいます。

なぜこんな場所にカジノがあるのか。ふとミャンマーと中国の国境にもカジノがいくつもあるという話を思い出しました。中国国境に近い北朝鮮の羅先にも香港資本のカジノがあります。来場者は当然中国人です。だとすると、ラオスでも同じことが…。
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そのうち、ボートはタイ側に寄り、ゴールデントライアングルの黄金のブッタのそばを走りました。
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これもこれで奇態な眺めではあります。タイ人というのは、本当にこういうキンキラキンが好きですね。
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さらに、ボートはミャンマーに向かって進みます。咥え煙草のおじさんの表情はなかなかいかしていますが、その向こうに見えるのは、ミャンマーのこれまたカジノだそうです。
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カジノの前でちょっと休憩。欧米客を乗せたボートがいます。このカジノには、ここから西に向かったタイ最北端の町メーサーイにあるミャンマーのイミグレーションで入域許可を取れば行けることを後で知りました。

おじさんは言いました。「ここはタイ、ラオス、ミャンマーの3カ国が接する場所。中国までは265kmある」。

ボートはここで折り返し、チェーンセーンに戻ることになりました。なるべくラオス寄りを走ってくれとおじさんに頼んだので、先ほど見た王冠のような建物を一部間近で目視することができました。
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「金三角经济特区欢迎你(ゴールデントライアングル経済特区はあなたを歓迎します)」と書かれていました。
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カジノの隣のホテルの名は「金木花园酒店(Kapok Garden Hotel)」とあります。
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今回のボートクルーズのコースが早わかりできる地図があったので載せておきます。スタート地点は地図の南にあるチェンセーン。まずラオス側に向かい、山岳民族村を訪ねて上陸したたわけですが、そこは島だったのですね。それから、タイ側に戻り、HUGE BUDDHAの近くを通り、メコン河が支流に割れるポイントまで来ると、そこがタイ、ミャンマー、ラオスの国境が交わるゴールデントライアングルです。ミャンマー領のカジノは、パラダイスホテルという名前のようです。

ゴールデントライアングルは、過去の歴史をすっかり忘れたかのように、いまや平穏そのもの。ラオスとミャンマー両方に中国のカジノが建てられているというのが、今日の時代を象徴しているというべきなのでしょうか。

翌日の朝、ぼくはラオスのカジノを訪ねることにしました。その話は別の機会に。

ゴールデントライアングルの中国カジノに潜入してみた
http://inbound.exblog.jp/22442674/
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by sanyo-kansatu | 2014-04-12 23:11 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)