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2013年 05月 16日

中朝ロ3か国の国境が見渡せる防川展望台(中国吉林省)

琿春は、中国吉林省の最東端に位置する都市で、ロシアと北朝鮮の2か国と国境を接しています。
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長白山の麓近くから中国と北朝鮮を隔てて流れる図們江が日本海に流れ着く先に、「朝ロ友好橋」(中国名「朝俄大橋」*「俄」はロシアの意味)と呼ばれる鉄橋があります。中国からみてこの朝俄大橋の手前までが中国領で、3か国のうち、中国だけが海に面していません。

ところが、この場所に展望台をつくって、観光客がのんびり見物にやってくるほどの経済力を有しているのは中国だけです。このアンバランスさゆえに、中国がどんなにこの地に港湾施設を手に入れたいとしても、ロシアと北朝朝がそれを牽制するという構図もあり、1990年代からかけ声だけは盛んに唱えられていた図們江開発は、いまもなお停滞しています。

ともあれ、3か国の国境が接する場所は珍しいため(東南アジアにタイ、ラオス、ミャンマーが接するゴールデントライアングルがあります)、吉林省延辺朝鮮族自治州を訪ねた人は、たいてい1日かけて防川展望台まで足を延ばします。

以下、延吉から琿春市街地をへて防川展望台へ。帰り道にロシアに向かう陸路の国境ゲイト、琿春口岸を訪ねるドライブコースを紹介しようと思います。
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早朝延吉を出て、図們江を横目に見ながら走りました。2013年現在、延吉・琿春間は高速道路もあるので、時間がなければそちらを走ることもできますが、車窓の風景は図們江沿いを走る一般道路のほうが面白いかもしれません。途中、道路の左手の高台の上に、地元でも有名な北朝鮮からの脱北者を収容する施設を見ることができます。
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朝食をとるため、ドライブインに立ち寄りました。北朝鮮から荷物を運ぶトラックが駐車していました。中に入ると、北朝鮮のトラック運転手たちが朝飯をかきこんでいます。彼らは犬肉のチゲ定食を食べていました。
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琿春の市街地を抜けると、車は一路南下します。30分ほど走ると、北朝鮮への出入国管理所のある圏河口岸が見えてきます。ここは丹東に次ぐ規模の中朝間をつなぐ橋の国境ゲイトで、北朝鮮に向かう中国車が列をなしています。この橋は、1937年に竣工したものですが、2010年に整備されています。北朝鮮側は元汀里といいます。このイミグレーションについては、本ブログ「中朝第2の国境、圏河・元汀里で見たもの」を参照のこと。
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そこから先は一本道をひたすら走ります。途中道路の左側にロシアとの国境を示す鉄条網が見えます。約20分走ると、防川展望台に着きます。
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空が広く、とてものどかな場所です。国境らしさを感じさせるのは、政府が立てた国防の標語を書いた大きな看板くらいでしょうか。土産物屋もあります。
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展望台に上がると、中国、北朝鮮、ロシアの3か国が国境を接するポイントが見えました。望遠レンズを使うと鉄橋の写真もかなり大きく撮れます。
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北朝鮮領は図們江の向こう側(西側)で遠く離れているためよく見えませんが、手前から左手(東側)に広がるロシア領はよく見えます。鉄道の線路や国境防衛の施設らしき建物も見えます。
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この展望台の少し南にある中国領のボーダーから日本海までは約16㎞だそうです。そのせいか、近くにカモメが飛んできました。
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展望台では中国の観光客が記念撮影を楽しんでいました。
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帰り道に、琿春の市街地の東はずれにあるロシアへの出入国管理所のある琿春口岸を訪ねました。周辺には、ロシアからの観光客を乗せたバスが並んでいました。これでだいたい半日のドライブコースになります。
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なおそこから先の国境の向こう側の世界については、本ブログ「国際定期バスで中ロ国境越え 延辺からウラジオストクへの小旅行」を参照ください。

【追記】(2016.12.25)
その後、2014年頃から防川国境は外国人の立ち入りを禁止するようになりました。中朝国境は現在の中国からみてとても敏感な地域であり、何か不測の時代が起きたとき(たとえば、脱北者もそうですが、北朝鮮から脱北者を探しに密入国してくる公安などと遭遇するなど)、外国人がその場に居合わせたり、巻き込まれたりしたら、世界的なニュースになってしまい、そのような国境管理の不手際を中国側の公安は見せたくないからでしょう。

それでも、ここは中国。100%不可能という話でもないようです。なにしろ、現在の防川国境には、冒頭の写真には写っていない、古代中国を思わせる巨大な展望塔が2014年に建てられ、国内向けには観光地としてにぎわっているからです。

さらに、本日延辺日本人会事務局から以下のメールが届きました。以下、抜粋します。

「(2016年)10月18日から琿春高速鉄道駅から防川風景区までのバスが開通されました。途中に圏河税関など数か所にバス停もでき、移動時間は片道1時間30分で15元です。ただし、圏河税関付近に国境警備の検問所が設置されていて、北朝鮮情勢により外国人は通過できずその場で戻される場合もありますので、訪問際には事前に事務局までお問い合わせください」

つまり、中国人であれば、このバスに乗れば簡単に防川国境展望台に行けるようになりました。ただし、外国人がこのバスに乗っていくと、北朝鮮への国境ゲートのある圏河税関付近でパスポートチェックを受け、バスから降ろされてしまう公算が大でしょう。

でも、もし中国人のグループと車をチャーターするなどの方法であれば、場合によっては、行けてしまうことがあるかもしれない。そういうわけです。もちろん、無理かもしれません。でも、こういう世界がまさに国境というものの実態なのです。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-16 13:06 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 15日

丹東よりずっと面白い河口断橋の遊覧ボート

前回、丹東(中国遼寧省)の上流にある河口断橋について書きましたが、ここに来たら、ぜひ遊覧ボートに乗ってみましょう。
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夏のシーズンになると、ここ河口断橋では、たくさんの遊覧ボートが観光客を乗せて、鴨緑江をクルーズします。ただし、その目的は、対岸にある北朝鮮の寒村を覗きに行くことですから、ちょっと悪趣味といえなくもない。豊かな国の人間が貧しい国の人たちが暮らす集落をわざわざ覗きにいくなんて、良識的に考えると、とてもほめられたことではありませんが、ここは中国。何事においても率直かつ好奇心旺盛な中国の人たちは、そういう遊興が大好きです。実際、中朝国境のほとんどの場所で、中国側からの遊覧ボートがあります(一方、北朝鮮側からのものは一切ありません)。

ボートは河口断橋のたもとから出ます。遊覧コースを紹介する看板があり、それによると、ボートはまず目の前の断橋の折れた近くを通り、東へ向かいます。北朝鮮側の断橋には国境兵士がいます。
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ボートは鴨緑江の北朝鮮寄りを走ります。最初に見えるのは、監獄です。そして、珍しい女子の兵営が見えてきます。近くに女性兵士の歩く姿も見えます。その瞬間、乗客から「おおっ」という声が上がります。
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川べりの道を歩く北朝鮮の人たちも間近に見えます。金日成の故居とされる建物も見えました。
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国境地帯らしく、北朝鮮の監視所や船も見えます。とても中国に立ち向かう力はなさそうですが…。
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そして、廃墟のような工場が見えてきました。それなりに大きな工場ですが、まるで爆撃を受けたような傷みの激しさに、驚きを禁じえません。まさか、60年前からこんなじゃないだろうに……。
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ステテコ姿のような労働者たちの姿も見えました。何をしているのでしょうか。
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最後に、中朝をつなぐ鉄道橋を見て、そこで折り返します。この鉄橋も日本統治時代に造られたものだと思われますが、いまはほとんど使われていないようです。
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わずか20分ほどの遊覧でしたが、北朝鮮の生の姿を間近で見ることができ、ちょっと興奮しました。これは丹東の鴨緑江遊覧ボートよりずっと面白いと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-15 00:22 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 14日

19世紀の近代絵画のような風景~河口断橋の対岸にみる北朝鮮

中国遼寧省の丹東といえば、中国と北朝鮮を結ぶ最大の口岸(イミグレーション)のある都市ですが、そこから東に向かって約40㎞、両国を隔てる鴨緑江の上流に向かうと、河口断橋という奇観があります。
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削られて見えにくくなっていますが、昭和17年12月に竣工した橋だそうです。
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なにが奇観かというと、橋が途中でぶった切れているのです。普通であれば、橋が落ちたら、修復してつなぐものですが、河口断橋は1950年代に橋が断たれて以降、60年間そのまま放置されていまに至っているのです。この景観は、ぜひとも見ておくべきでしょう。
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なぜ放置されているのか。建国以来、中朝の経済発展が長く遅れていたから? そのうち、中国だけが一方的に発展し、両国のつり合いが取れなくなった? といった理由だけで説明できるものなのか、ぼくにはよくわかりません。この両国の関係というのは、表向きと内情ではずいぶん違うようですし。でも、これだけの長い時間、かつてあった橋をつなぐ必要もなかったような関係とは、どういうものなのでしょう……。それを思うと、少し寒気がしてきます。
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いずれにせよ、日本が統治した時代に建設された橋が、朝鮮戦争中に米軍の空爆によって破壊されたまま、現在に至っている。その荒涼として驚くほどの静寂に包まれた河畔の風景が、実に興味深いというほかないのです。

誰でも入場料(10元相当)を払えば、橋が断たれたへさきまで歩いて行けます。
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そこから対岸の北朝鮮の集落が遠望できます。とても寂しげな光景ですが、見ようによっては、電柱を除いて、なんら近代的な意匠を見つけることのできない集落。まるで時間が停まってしまったかのような……。いまどき世界中どこを探しても見つけることのできない、19世紀の近代絵画の題材になりそうな農村風景といえなくもありません。
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橋のたもとには、朝鮮戦争で戦死した毛沢東の息子、毛岸英の像があります。この人物の経歴については、調べるといろんな話が出てきて面白く、中国では映画にもなったようですが、たぶんここに彼の像があることは中国でもほとんど知られていないのではないでしょうか。日本時代に造られたトーチカもここには残っています。
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ここには、土産売りもいます。彼女は北朝鮮の切手を売っていました。

人の気配も少なく寂しげな北朝鮮側に対して、中国側の河畔にはホテルが立っています。ぼくがこの地を訪ねたのは5月中旬でしたが、6月以降になると、ここで多くの中国人がレジャーを楽しむことでしょう。レストランでは川魚料理が売りで、たいそうにぎわうそうです。
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この橋のたもとからは、鴨緑江を遊覧するボートが出ます。その話は、またあとで。→「【中朝国境シリーズ その3】丹東よりずっと面白い河口断橋の遊覧ボート
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(写真は2008年5月に訪問したときのものです)
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by sanyo-kansatu | 2013-05-14 23:03 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 14日

朝鮮族がかつて多く住んでいた村々を訪ねる-龍井から長白山の麓まで

2012年7月、中国吉林省延辺朝鮮族自治州の農村地域を訪ねました。

龍井から長白山の麓までを車で走ったのですが、豊かな緑の田園風景の中に、オレンジ色の屋根(ただし、北朝鮮の家屋のように白いしっくいは塗られていません)の集落がいくつもありました。
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実は、これらの集落にはもうほとんど朝鮮族の人たちは住んでいないそうです。多くが延吉や中国の大都市に移住してしまったからです。代わって住んでいるのは漢族です。
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彼らは19世紀後半に朝鮮半島から図們江を渡ってきた移民ですから、時代とともに豊かさを求めて移動していくのは性だというべきなのかもしれません。

長白山に向かう道中、いくつかの場所に立ち寄りました。
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最初は、龍井の郊外にある尹東柱の生家(龍井市智新鎮明東村)です。尹東柱は、1917年生まれの民族詩人で、龍井中学を卒業した後、ソウルの延世大学に留学。その後、日本に渡り、立教大学や同志社大学など、ミッション系の学校でも学んでいます。
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尹東柱は1945年、戦時下の日本で獄中死しています。彼の詩集『空と風と星と詩』は死後出版されました。民主化運動の盛んだった1980年代に、韓国でよく読まれたそうです。韓国政府による民衆弾圧を、日本による併合時代と重ねて読んだのだといいます。延辺で尹東柱の生家が修復され、観光地化されたのは、最近のようです。

※尹東柱については、評伝ほかさまざまな資料があるが、立教大学観光学部発行「交流文化 2号(2005年)」の中のp22~p31「『すれちがい』から本当の『出会い』へ」 (田中望教授)という尹東柱に関するエッセイがわかりやすいので参照。
http://www.rikkyo.ac.jp/tourism/about/magazine/2005/pdf/vol_02.pdf

次に立ち寄ったのが、長白山特産の朝鮮人参の販売所です。裏手に朝鮮人参の栽培所があります。
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養蜂所もありました。天然の蜂蜜を販売しています。
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ちなみに、長白山山麓の名産品である朝鮮人参と蜂蜜は、7世紀末から10世紀初頭にかけてこの地域を支配した渤海国が、日本と交易のため使節を送って来た際、貂の毛皮に次いで人気の物産だったようです(『渤海国の謎 知られざる東アジアの古代王国』上田雄著 講談社現代新書より)。1000年たっても地場産品というのは変わらないものなのですね。

最後は、長白山の麓にある朝鮮料理の食堂です。
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中華料理と違って、ほとんど油を使わず、焼いたり、蒸したり、素材の味を活かした料理ばかりです。すべてが地元で採れた素材を使っていて、日本人の口に合います。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-14 12:45 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 12日

世界遺産のまち、集安~のどかな鴨緑江沿いの風景

2008年5月中旬、中国吉林省の集安を訪ねました。ここは高句麗の都があったまちとして世界遺産にも登録されています。

北朝鮮は鴨緑江をはさんだ目と鼻の先で、対岸の満浦の街並みも見渡せます。世界遺産のまちといっても、娯楽もない辺境の土地ですから、集安の人たちは夏になると、川べりに繰り出し、のんびり鴨緑江を眺めて過ごしています。
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ひとつのアトラクションとして、鴨緑江をモーターボートで遊覧することができます。約10分、対岸の満浦の近くまで行って引き返してくるだけのことですが、川沿いを歩く北朝鮮の村人の姿を間近で見ることもできます。
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北朝鮮側は川沿いまで山が迫っていますが、中国側は河原が広がっているので、バーベキューを楽しんでいる家族や洗濯をするおばさんたちも見かけました。
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集安には一応鉄道駅があり、通化と1日数本の列車が運行しています。かつては対岸と鉄道で結ばれていたはずですが、現在往来はないようです。国境を結ぶ大橋は残っていて、口岸(イミグレーション)はあります。
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車で市内から10分ほど東に向かうと、対岸の満浦の街並みが見渡せます。旧式の工場が白い煙を巻き上げていました。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-12 13:32 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 04月 28日

中朝最深部、長白鎮鴨緑江沿いから見た北朝鮮の村

2012年7月2日、中国吉林省の長白鎮から臨江までの鴨緑江沿いを、延吉在住の朝鮮族の知り合いの運転する車で走りました。長白鎮は、中朝国境1300kmの最深部にあたる辺境地域です。

その日、ぼくらは長白山の南坂から北朝鮮国境沿いの道を車で南下してきました。40分ほど走ると、鴨緑江の下流が見えてきました。
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長白鎮の対岸は北朝鮮の惠山というまちです。かなり老朽化していますが、オレンジ色の瓦に白いしっくいをふちどった屋根のある朝鮮の家並みが見えます。
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車を停めて対岸を眺めると、川べりでたくさんの子供たちが水浴びしていました。望遠レンズで覗くと、川で洗濯する女性やシャンプーする女の子、黄色い浮き輪を抱えて川で泳いでいる子たちもいます。
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同じ光景は中国側ではまったく見られません。時折走り去る車を除くと、静寂に包まれていて、北朝鮮側にだけ生活感があふれているのです。これはどうしたことなのでしょうか。
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しばらく川沿いの道を西に向かって走っていると、長白鎮の口岸(イミグレーション)が見えてきました。なかなか立派な建築物ですが、人の往来は見えません。
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そのくせ、長白鎮には多くのマンションが建設されていました。さすがに丹東のような高層建築ではありませんが、こんなに人の少ない地域で大丈夫なのだろうか、と思ってしまいます。これはもう全国規模の話なのですが、中国の地方政府によるむやみな不動産開発の行く末が気になります。
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同行してくれた朝鮮族の知り合いが、長白鎮生まれの友人の話としてこんなことを聞かせてくれました。

「長白鎮は密輸の王国で、金持ちが多いことで知られています。対岸の惠山もその恩恵を受けて、北朝鮮のまちとしてはかなり豊かです。もともと長白鎮は9割の住民が朝鮮族だったのですが、その多くが延吉や大連、その他の大都市に移住したため、現在は大半が漢民族です。
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数年前まで、その友人は鴨緑江を死体が流れるのを何度か見たそうです。北の脱北者が国境警備兵に撃たれるからです。中朝国境は長白山をはさんで西の鴨緑江と東の豆満江(图们江)が国境となっていますが、朝鮮族の多い豆満江のほうが脱北者が多いと言われています。同じ朝鮮民族ということで、以前は脱北者をかくまう朝鮮族もいたからですが、最近は犯罪に手を染める脱北者も多く、公安の取り締まりも厳しくなっているため、かくまう人は少なくなりました。

私の家でも親の代までは北朝鮮の親戚に経済的援助をしてきたのですが、私の代からはもう援助しなくなるように思います」

それから約3時間、鴨緑江沿いを走りました。対岸には北朝鮮の鉄道駅が見え、金日成の肖像画がいまだに掲げられています。ヤギの群れを追うのどかな村人やイチゴ売りのおばさんにも会いました。西に向かうほどだんだん川の幅が大きく、水量も豊かになっていきます。
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道中、この地方の人民解放軍の将軍を乗せた10台ほどの車の隊列に出くわしたのですが、なんと連中は車線を無視して道路の真ん中を走るものですから、対向車はみんな脇に停車しなければなりません。しかも、ノロノロ運転で、民間車は追い越したくてもできません。たまらず運転していた朝鮮族の男性は言いました。
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「いまの中国でいちばん威張っていて、汚職もひどいのが軍隊です。まったく許せない!」

軍部が特権階級として威張り散らしているのがいまの中国だというわけです。この国はまるで先祖返りしていますね。

そうこうするうちに、車は臨江に到着しました。ここも辺境には違いないのですが、かなり大きなまちのようです。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-28 14:03 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 03月 23日

中朝第2の国境、圏河・元汀里は中国車がいっぱい

中国と北朝鮮は鴨緑江と図們江の2つの河川を国境としています。両国のイミグレーション(中国語で口岸)は、それぞれの上流域から下流域まで大小合わせてかなりの数があります。そのうち最大なのが、中国遼寧省丹東市(北朝鮮側は新義州)の口岸です。現在その次に規模が大きいのが、吉林省琿春市にある圏河口岸(北朝鮮側は元汀里)です。

圏河口岸は、北朝鮮側が経済特区の羅先で、最近橋も整備され、自家用車で簡単に入れることもあって、交通量が増えています。

まずは中国側のイミグレーションの風景から。車が列をなして並んでいます。大半は羅先経済特区内限定のマイカードライブ旅行の参加者の自家用車ですが、物流関係のトラックも見られます。イミグレーションの中には、小さな免税店があります。洋酒や中国ワイン、タバコなどが売られています。北朝鮮入国後、現地の関係者にいろいろ融通を利かせてもらうためには、土産を手渡すことは欠かせません。売られているものを見れば、彼らの好みがわかります。図們江に架かる圏河橋は、もともと1937年に架けられたものですが、2010年に整備されました。中朝両国間をつなぐ国際バスもあるようです。
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北朝鮮側の元汀里の税関の中はさすがに写真は撮れませんが、出国手続きをすませ、中国に戻る前に北朝鮮側から見た国境の橋を撮りました。北朝鮮に入国するのも出国するのも、ほぼ中国車です。
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中国側の圏河口岸に戻ると、構内に北東アジアの地図が貼られていました。琿春市を中心に400海里(約740km)の円を描くと、韓国、北朝鮮はほぼすっぽり収まるとともに、ロシア沿海州南部、中国遼寧省、吉林省のほぼ全域に加えて、日本の環日本海側の地域が入ります。この中で中国だけが海に面しておらず、自国の港を持っていません。中国が北朝鮮の羅津港の開発に投資しているのはそのためです。
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構内に、中国の都市部でよく見かける別荘地のジオラマが展示されていました。琿春のような最果ての地でもバブルな不動産投資が進められていることに、中国経済のあやうさを感じざるを得ません。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 13:15 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)