ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2012年 12月 30日

北朝鮮 羅先観光の現在

「週刊東洋経済」に書いた北朝鮮・羅先(羅津・先鋒)経済貿易特区訪問記(2012年6月下旬)の補足情報。その2。

今回参加した朝鮮国際旅行社による延辺発羅先行き1泊2日ツアーの訪問地は以下のとおり。基本的に中国人客も我々その他外国人も同じルートをたどることになる(中国のマイカー軍団も同じルートを自家用車で走る)。

【1日目】
●国際商品展示会(北朝鮮産品の外国人観光客向け臨時販売所となっている。常時開かれているわけではない。日本海の蟹や昆布などの海産物、地酒、工芸品、平壌医科大学の漢方薬のブースあり)

●金日成花温室(ベコニアを改良した金日成花の植物園)

●羅津駅(1935年開通。ただし、車で駅舎の前を通り過ぎるだけ。正面に金日成の肖像画あり)

●羅津港(1936年開港。3つの埠頭がある。ここ数年、中国は石炭2万トンを上海に向けて数回積み出したが、羅先市内の道路事情や中朝間の鉄道輸送に支障があり、今春以来再開されていない)

●羅先市美術展覧館(朝鮮労働党のプロパガンダポスターや風景画などを展示販売)

●外国文書店(外国人向けに朝鮮事情を紹介する書籍や地図類を販売。日本語版もある)

●南山旅館(旧羅津ヤマトホテル。1939年開業。昭和モダンの風格)

●羅先劇場(地元少年少女による歓迎の舞踊公演。公演前には金日成主席の前でお約束の記念撮影がある。その日、羅先を訪問した外国客約400名全員が集められた。大半が中国人で日本人以外はフランス人グループのみ)

●琵琶旅館(宿泊先。以前金日成・正日親子が別荘とした客室あり)

【2日目】
●エンペラーホテル&カジノ(香港資本で99年開業。2004年延辺の地方政府幹部が公金を使い果たす事件が発生。カジノが一時撤去されたが、07年再開。顧客の99%は中国人。従業員の多くは北朝鮮人だが、一般人民は入館禁止。ミャンマーやベトナムの国境地帯にある中国人専用カジノと同様の存在のようだ) 

●琵琶島遊覧船クルーズ(オットセイの棲息地へ。遼寧省から来た中国団体客と同乗)

●琵琶島海水浴場(夏場に極東から訪れるロシア庶民向けリゾート地)

短い日程だったが、いくつかの発見があった。1987年に解禁された北朝鮮観光の当時の様子について、作家の関川夏央は「銅像やら革命史跡やらがある点から点へと『団体旅行』で引きまわされる」(『退屈な迷宮-「北朝鮮」とは何だったのか』(1992))と書いているが、今回そのような場所には行かなかった。なにしろ金日成率いる朝鮮人民解放軍上陸を記念した先鋒革命事績館が国際商品展示会に転用されていたほど。現在、先鋒に中国資本の観光客向けショッピングセンターが建設中だ。

朝鮮戦争や古代史をめぐる中朝の歴史観の確執から、中国客は北朝鮮側の展示を好まない(中国側の旅行業者の話)というが、革命史跡をあえて外すという北朝鮮ツアーの変質は、97年以降海外旅行が解禁された中国人の大量入国の影響もあるのではなかろうか。

その数、年間2万人という(あくまで観光客。ビジネス渡航は別)。実は、ヨーロッパからの観光客もほぼ同じ数だけいるらしい(これは後日、北京の高麗旅行社に確認したところ、誤りと判明。ヨーロッパ客は年間約4000人とのこと)。

なにしろヨーロッパの大半の国は北朝鮮と国交を結んでいる。主要国で結んでいないのは日本とアメリカくらいか。北京にある英国人経営の旅行会社が催行するツアーが人気だという。やはりヨーロッパからみると、安全保障は現実問題として遠い話であり、純粋にツーリズムの観点から「神秘の国」というイメージがあるのだろう。この点については、今度調べてみたい。

前書記の死去にともなう政権交代を機に、2012年上半期において多くの日本のメディアが北朝鮮入りを促され、平壌を中心とした同国の改革開放の進展ぶりを報道したが、ミサイル発射騒動で事態は逆戻りするのか。今後の成り行きが気になるところだ。

上から国際商品展示会、中国人マイカー軍団、金日成花温室、羅津駅、羅津港、羅先市美術展覧館、外国文書店、南山旅館、羅先劇場前の記念撮影、舞踊ショーと終演後、舞台に乱入する中国人観光客、琵琶旅館、琵琶島遊覧船クルーズ、エンペラーホテル&カジノ、琵琶島海水浴場。撮影は佐藤憲一さんです。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-30 06:41 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2012年 12月 30日

羅先(北朝鮮)はかつての「日満最短ルート」の玄関口

「週刊東洋経済」に書いた北朝鮮・羅先(羅津・先鋒)経済貿易特区訪問記(2012年6月下旬)の補足情報。その1。
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羅津駅

羅先は1930年代半ば、満州事変後の日本が開発した港町だ。対ソ戦を意識した軍部と経済効率性を重視した満鉄が主導した新京(長春)や北満を北朝鮮東海岸経由で日本と結ぶ「日満最短ルート」の玄関口としてにぎわった。

「日満最短ルート」の提唱者には古くは内藤湖南がおり、満州国建国後は石原莞爾もそう。

日本が「間島」に進出したのは日露戦争後、いわゆる「間島協約」で延辺=「間島」の帰属問題(清か大韓帝国か)の調停をロシアに代わって介入したことに始まる。その後、日韓併合を経て、「間島」と日本をつなぐ玄関口となる清津港を開港させ、1917年に敦賀・清津間を平壌丸が就航している。 

当時、「間島」と清津をつないだのは天図軽便鉄道。日本は本格的な鉄道敷設を企図するが、「関島」では在住朝鮮人による反対の動き(大韓国復興に障害を来たすとの主張から)があり、敷設交渉が難航する。結局、満州事変以後、満鉄と軍はフリーハンドで吉会鉄道(吉林・会寧)を開通させ、そこから羅津港につなげる雄羅鉄道(雄基=先鋒・羅津)を敷設した。羅津港開港は1936年。

「日満最短ルート」が実質機能したのは1945年までの数年間にすぎないが、同誌にも書いたように、日本の敗戦後、70年間何も変わらなかったこの町に残っていたのは、ソ連のプラントと香港のカジノを除けば、日本時代に投資されたインフラだったことがわかる。その再活用にはまだ時間がかかりそうだ。

上から、1935年開通の雄羅線(雄基・羅津)の現在、南山旅館(旧ヤマトホテル)、羅津港、先鋒の町、中朝を結ぶ圏河橋(1937年竣工。2010年に改修され現在の姿に)。撮影は佐藤憲一さん。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-30 05:51 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2012年 12月 29日

高級車を連ねて経済特区を爆走 中国の観光客と北朝鮮に行ってみた(「週刊東洋経済」2012.9.29号)

b0235153_2111215.jpg6月下旬、中国吉林省の延吉(延辺朝鮮族自治州)を起点に、北朝鮮咸鏡北道の羅先を訪ねた。

 
中朝国境の陸の出入国ゲートとして丹東(遼寧賞)に次ぐ存在である圏河の税関は、日本海に近い図們江下流の琿春市にある。そこで筆者が見たのは、自家用車が何十台も列をなす渋滞だった。周辺は集落さえない中国最辺境のどんづまりで、最初は何事かと思ったが、後に中国人観光客の一行とわかった。

北朝鮮側に入ると、そこは海外資本に開かれた羅先(羅津、先鋒)経済亜貿易特区という地帯だ。ここでは1996年から外国人旅行客を受け入れているが、今年から朝鮮国際旅行社の手配する団体バスではなく、新しいツアー形態としてマイカーでのドライブ旅行が採用されたのだ。

図們江を渡り、北朝鮮側で入国手続きを済ませると、接待役(監視役)が現れた。筆者ら「日本人観光団」は従来どおりバスに乗せられた。

農村の1本道を約45分走ると、先鋒の町が見えた。表通りは積み木のような団地、その裏手に朝鮮家屋が続く。街中はこぎれいで清掃が行き届いている。行き交う車はない。

土ぼこりを上げつつバスを抜き去ったのは、20数台からなる中国マイカー軍団だった。その後、筆者らは終始彼らの後を追うことになる。訪問地は基本的に同じだからだ。


最初に案内されたのは先鋒の国際商品展示会。北朝鮮産品の販売所だ。日本海のカニや昆布などの海産物、地酒、工芸品、平壌医科大学の漢方薬のブースもある。陳列された商品の質や会場のそっけない雰囲気は、中国の80年代改革開放初期の商品展覧会を思い起させた。販売員はその頃の中国女性に似て清楚な印象だが、派手なチマチョゴリに身を包み、外国人の接客にずいぶん慣れていた。

北朝鮮観光ではお約束の、地元少年少女による歓迎の舞踊公演もあった。その日の晩には、羅先を訪問中の外国人約400名が羅先劇場に集められた。わずかの日本人とフランス人を除けば、みな中国人だ。

道路を改修したのも走るのも中国人

外国へのドライブ旅行という新趣向は、中国の中間層の嗜好にマッチしている。今回出会ったのは遼寧省瀋陽からのグループだが、彼らは自慢の高級外車で中国内の高速道路を約8時間走った後、北朝鮮に入国した。そこから羅津港までは50数キロの一本道。ドライブとしては、さぞ物足りなかったことだろう。

国境から羅津港までの道路は、日本海へのアクセスを手に入れたい中国が改修した。北朝鮮は特区のインフラを中国に無償で作らせているが、その道路をわが物顔で走るのもまた中国人。この構図は、今の両国の関係を表している。

中国人ツアー客にとって北朝鮮は「文化大革命が終わった頃のよう」と過去を振り返り、自国の経済成長を実感、自尊心を満たすには格好の場所である。高級車の団体旅行などは大幹部の来訪でもなければありえない。それを一般の中国人が楽しむ姿には、強い無力感を覚えるに違いない。それはまさに30年前、中国人が味わった思いでもあるのだが。

翌日は朝から雨。当初朝ロ国境の豆満江駅に行く予定だったが、ロシア方面から市内に至る道路は舗装されていない悪路のため断念。代わりに香港資本で99年に開業したエンペラーホテル&カジノを訪ねた。

2004年に延辺の地方政府幹部がここで公金を使い果たす事件が発生。一時カジノは撤去されたが、07年に再開された。顧客の99%は中国人。従業員の多くは北朝鮮人だが、一般人民は入館禁止だ。ミャンマーやベトナムの国境地帯にある中国人専用カジノと同様の存在だが、館内は閑散としていた。

この地域の問題は、インフラの絶対的な立ち遅れである。今回の羅先滞在中、日中はずっとどこも停電だった。日本統治下の36年に開港された羅津港からは、近年中国企業が上海に向けて石炭を数回積み出した。だが、市内の道路や中朝間の鉄道輸送に支障があり、今春を最後に再開されていない。

羅先へのドライブ旅行に参加したことがある延吉在住の朝鮮族ビジネスマンは、「羅先は1930年代からまったく変わっていません」と言う。日本の敗戦後に新しくできたのは、地元の発展に直接つながらないソ連製の化学プラントとカジノだけ。日本時代に投資された港湾施設や鉄道などのインフラは老朽化するに任されており、中朝が今進めているのはその再活用なのである。

中国という投資者を得て、北朝鮮はゆっくりと開放に向けて動いている。だが、高句麗の時代から続く長い不信の歴史があるだけに、北朝鮮が中国に向ける視線は複雑だ。そこにロシアの思惑も絡む。この地域の先行きを占うのは簡単ではない。

「週刊東洋経済」2012.9.29号より

上から、圏河イミグレ-ション、中国人マイカードライブ、地元少年少女による舞踊公演、、羅津港、エンペラーホテル&カジノ、勝利化学工場

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 21:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2012年 12月 29日

韓国料理好きなら試してみたい 延辺朝鮮族料理ガイド(13-14年版)

ここ数年、エスニックグルメ通の間で延辺料理が話題になっており、都内にもたくさんの延辺料理レストランがオープンしています。延辺料理は、韓国料理と中国料理をベースに蒙古などの影響を受け、唐辛子を使った甘辛酢っぱい味が特徴です。本場、延吉を代表するレストランの人気メニューを一品一品写真に撮って解説します。

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 19:59 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2012年 12月 29日

一度に中韓2カ国語をマスター! 延辺大学留学案内(13-14年版)

延辺朝鮮自治州を代表する延辺大学では、多くの留学生を受け入れています。「一度に中韓2カ国語をマスターできる」ことが売りになっています。今回は延辺大学の協力により授業の風景や留学生(日本人、ロシア人など)のキャンパスライフを紹介します。

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 19:56 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2012年 12月 29日

世界遺産「古代高句麗王国の首都と古墳群」 韓国歴史ドラマの舞台を訪ねよう(13-14年版)

2000年代中ごろより精力的に製作された韓国歴史ドラマ。その面白さは日本でも人気を呼んでいます。興味深いのは、韓国歴史ドラマの舞台となる地域の多くが、中国遼寧省や吉林省の一部であることです。

そこで、中国にある韓国歴史ドラマのゆかりの地を訪ねてみました。高句麗建国の地とされる五女山城(『朱蒙(チュモン)』『風の国』)や集安(ぺ・ヨンジュウン主演の『太王四神記』)です。

韓国歴史ドラマは、史実を超えた、いわば歴史ファンタジーの世界です。中国と韓国・北朝鮮の歴史論争の舞台でもあるのですが、ここではエンターテインメントに徹して紹介しています。

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 19:45 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2012年 12月 29日

国際定期バスで中ロ国境越え 延辺からウラジオストクへの小旅行(13-14年版)

近年、北東アジアの国際情勢の変化の中で、中国・ロシア・北朝鮮の3カ国が国境を接する地域が注目されています。2012年9月、中国吉林省延辺朝鮮族自治州は成立60周年を迎え、隣の極東ロシア・ウラジオストクではアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれました。こうした動きにともない、この地域の経済交流も進展の兆しを見せています。

そこで、「地球の歩き方・中国東北編」の今年の改訂では、「延辺朝鮮族自治州」特集を企画しました。その第一特集がこれです。

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 18:51 | ノービザ解禁間近!極東ロシア | Comments(0)
2012年 12月 18日

ちらほら現れる(ツアーバス路駐台数調査 2012年12月)

12月に入り、ちらほらバスを見かけるようになりました。運転手に訪ねるとほぼすべて広東省からのツアーです。やはり中国では政治の中心である北京から遠い場所から動き出すものなのですね。

最近、副都心線の東新宿駅界隈で香港人の若いカップルの旅行者を見かけるようになりました。クリスマスシーズンを東京で過ごすようです。中国客とは違い、香港のマーケットは基本FIT(個人旅行)が中心です。東新宿には宿泊特化型のリーズナブルなホテルがたくさんあるので、もともと欧米の個人旅行者もよく見かけるのですが、香港人も同じカテゴリーといえそうです。中国客とはまったく別種の消費者なんですね。

※このカテゴリでは、2011年11月から始めた明治通り新宿5丁目付近における中国インバウンドバスの路駐台数(≒中国客の動向)を記録しています。

1日(土)未確認
2日(日)未確認
3日(月)19:00 0台
4日(火)20:30 0台
5日(水)18:40 0台
6日(木)18:00 1台
7日(金)18:50 2台
8日(土)未確認
9日(日)未確認
10日(月)未確認
11日(火)19:00 0台
12日(水)18:00 0台
13日(木)18:20 1台
14日(金)19:20 2台(*広東省からのグループ)
15日(土)未確認
16日(日)未確認
17日(月)未確認
18日(火)18:30 0台
19日(水)17:30 0台
20日(木)18:20 0台
21日(金)19:00 0台
22日(土)未確認
23日(日)未確認
24日(月)未確認
25日(火)未確認
26日(水)18:50 0台
27日(木)18:20 0台
28日(金)17:20 0台
29日(土)未確認
30日(日)未確認
31日(月)未確認
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by sanyo-kansatu | 2012-12-18 00:51 | 定点観測ツアーバス調査 | Comments(0)
2012年 12月 03日

16回【トラベルマート 2012報告 前編】 観光庁も「脱中国」。東南アジアシフトに転換か?

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訪日旅行市場の拡大に向けた日本最大の商談会「VISIT JAPAN トラベルマート2012」が11月20日、21日の両日、パシフィコ横浜で開かれました。

トラベルマートは、国土交通省(観光庁)が主催するB to Bのインバウンド商談会です。海外から日本ツアーを造成するバイヤー(旅行会社)やメディア関係者が来日、国内からは彼らに旅行素材を提供するセラー(ランドオペレーターやホテル、交通、観光地のアトラクション施設、全国の自治体など多彩)が集結。一堂に会して訪日旅行市場を盛り上げていこうという、年に一度のイベントです。国内外のインバウンド関係者の話を一度にまとめて聞ける、絶好の情報収集のチャンスです。

日中政府間のねじれた相互不信によって中国インバウンドの行方に依然暗雲が漂うなか、日本のインバウンドにいま何が起きているのか。今回は、会場での見聞や感じたこと、関係者からのヒアリングを通じた知見などを報告しながら、2013年のインバウンドの展望を占ってみたいと思います。

会場で目につくヒジャーブ(スカーフ)姿

トラベルマートの初日は、特設スペースで行なわれる恒例の開会式から始まります。最初に登壇するのは、今年4月に就任した井手憲文観光庁長官。日本のツーリズム産業は震災からいち早く回復したことを報告、インバウンド市場の拡大をアピールすべく、列席した海外の記者たちに呼びかけました。

開会式が終わると、商談会のスタートです。事前にアポイントした海外バイヤーと国内セラーの商談が始まります。

今年の会場は例年に比べ、こぢんまりした印象です。ホテル関係者ら訪日旅行に絶対欠かせない特定のセラーが商談に追われていたことを除けば、熱気や盛り上がりの点でもうひとつという気がしました。前回までは会場内を国内セラーの展示ブースと海外バイヤー専用席に仕切り、相互訪問しながら商談する仕組みになっていたのですが、今回からバイヤー席をなくしてしまったからです。昨年に比べ全体の出展数は減少しているわけではないのに、以前よく見かけたコスプレや着物姿のPRといった派手な演出も少なかったようです。

こうしたなか印象に残ったのは、イスラム女性が頭を覆うヒジャーブ(スカーフ)姿の関係者が目についたことです。事務局の報告した海外バイヤーの国別数をみると、その理由がわかります(トラベルマート公式サイトより。カッコ内は昨年の数)。

中国35(41)、韓国23(26)、香港12(9)、台湾12(14)、タイ24(23)、シンガポール19(16)、豪州15(14)、英国10(10)、フランス5(5)、ドイツ5(3)、米国17(8)、カナダ18(17)、マレーシア19(7)、インド12(1)、インドネシア18(1)、ベトナム18(0)、ロシア3(21)、オンライン系5(21)

上記のとおり、マレーシアやインドネシアなど東南アジアのイスラム圏のバイヤーが急増していました。激増したインドや今回初登場のベトナムも注目です。ここに見られるのは、招聘する側が明らかに東南アジアシフトを意図した結果といえそうです。

東南アジアシフトに転換した背景

開会式の後には、外国人記者会見があります。主催者である国土交通省(観光庁)が海外メディアに訪日旅行促進のための日本政府の考え方やプロモーション活動について広報する場です(昨年の外国人記者会見の様子)。

今回の記者会見で観光庁が強調したいポイントはふたつあったと思います。ひとつは、東日本大震災後、日本のインバウンド市場は予想以上に早い回復が見られたこと。これは確かにアピールすべきポイントでしょう。東日本大震災の前月に地震の被害を受けたニュージーランドでは未だに復興が遅れ、同国のインバウンド市場が低迷しているのに比べ、日本では官民の協働が早期回復に貢献した面は大きかったと思います。

もうひとつは、訪日プロモーションの最重点エリアが中国から東南アジアにシフトしたことです。

統計をみると、理由は明快です。国土交通省の担当者が用意した資料「Recent Situation Regarding Inbound Promotion」によると、2012年1月~10月までの国別訪日旅行者数のうち、震災の影響を受ていない2010年度比で最も伸びているのは、ベトナム(33.3%増)、次いでインドネシア(26.0%増)、タイ(19.5%増)、マレーシア(13.7%増)と、すべてが東南アジア諸国です。

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こうしたデータの裏づけをもとに、観光庁が今後の目標設定として掲げるのは、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシアを中心にした東南アジアからの訪日旅行者数を現在の約50万人から3年後(2016年)までに200万人へと拡大させることです。そのための施策として、すでに今年7月からタイのマルチビザ発給、9月からマレーシアとインドネシアにも短期のマルチビザ発給を開始しています。2013年は日本アセアン友好協力40周年にあたるため、周年事業をインバウンド振興に活用することで東南アジア諸国に向けた重点プロモーションを展開することになりそうです。

こんなにあっさり転換して大丈夫?

ところで、今回インバウンド関係者をホッとさせた話のひとつに、今年9月日本の「旅博」をドタキャンし、11月の上海旅行博(CITM)では日本関係者の出展を断ってきたことで、日本に対する強硬な姿勢を見せてきた中国の旅行会社が予定どおりに来日していたことがあります。来日した35社(昨年は41社)をざっと見る限り、上海や広東などの沿海部が中心で、内陸部や東北地方は少ないようでした。国内で相変わらず続く「反日」的な雰囲気の中、商談のために来日した旅行業者がいたことで、中国という国を相手にする場合、政府と民間を分けて考える必要があることをあらためて確認したいと思います。

もっとも、ある大手旅行会社の関係者によると「来日した中国のビジネスパートナーと会ったが、お互いため息ばかり」だったとのこと。北京出張から戻ってきたばかりの彼は現地の旅行関係者の様子についても「今回は2010年のように当局が自国の旅行会社にツアー催行中止の通達を出しているわけではないけれど、民族感情を煽ることで未だに日本ツアーを集客しにくい社会のムードがある」と話してくれました。

国土交通省(観光庁)がこれほどあっさり「脱中国」に転換した背景には、今日の険悪な日中関係があるのはいうまでもないでしょう。

そもそも尖閣諸島沖で中国国家海洋局の監視船と直接向き合っている海上保安庁の巡視船は国土交通省の管轄です。たとえこの先、訪日客が再び動き出したとしても、ひとたび彼らが海上で何か起こせば、事態はすぐに逆戻りです。まったくくだらない話だとぼくは思いますが、中国政府は我々と同じようには考えてはいないので始末が悪いといえます。

日本人には思いがけないことですが、特定の個人や組織、団体に因縁をつけて攻撃対象とするのは、政治闘争の国である中国ではよく見られることです。彼らは標的とみなした相手にプレッシャーをかけることで自己の主張を通そうとします。本来民間交流にすぎない観光に政治の影響がこれほど出てくるのも、観光行政を担当する国土交通省が中国政府の標的のひとつにみなされているからだと思います。中国メディアによって悪者扱いにされている2010年秋当時の担当大臣に対するあてつけすら感じます。

表向き旅行会社に口を出していないといいながら、あの手この手で日本ツアーの集客を難しくさせるよう宣伝工作を行なう中国政府の子供じみたやり方も、彼らの考え方では自らが利を得るためのごく自然な行動原理にすぎず、我々がいくら道義を欠いていると非難したところで通じそうにもありません。

今回のトラベルマートが、例年に比べてどこか熱気を欠いた理由に、我々日本人の常識では思いもよらなかった中国政府のふるまいに対する拒絶感からくる「脱中国」の共時的な国民レベルでの承認と、その結果生まれた虚脱感があったと思わざるを得ません。日本の「観光立国」ブームを支えたのは、この10年の中国の経済発展に対する官民の過剰なまでの期待であったことは間違いなく、その取り込みを図るというのが産業界の合言葉だったため、その反動も大きかったといえます。

今回の尖閣問題をめぐる中国政府の思慮を欠いた対応によって、日本側の盲目的な中国市場に対する期待が裏切られたことで、時代は転機を迎えてしまいました。

ですから、観光庁が「脱中国」=東南アジアシフトに至った経緯というのも無理はないと思います。

その一方で、こんなにあっさり転換しても大丈夫なのだろうか、と思わないではありません。中国政府と民間の中国人の思いは同じではないからです。彼らは日本ともっとビジネスしたい。我々日中の民間人の利害は依然一致しているのです。

こうなった以上、我々は中国市場に対するアプローチを再考する必要があります。この連載で何度も指摘してきたような訪日中国人ツアーの数々の問題を改善していくうえで、これをいい転機にできないか。そのためには何をすればいいか、考えていきましょう。

所詮日本はインバウンドの新参者。やるべきことはある

ここから先は、今回のトラベルマートの会場で感じたことを思いつくまま書き出します。単なる批判ではなく、ぜひ前向きに検討していただきたいと思います。

まず開会式について。昨年まで観光長官だった溝畑宏氏のいささかオーバアクション気味のスピーチに比べ(昨年の開会式の様子)、今回の新長官の挨拶はかなり地味な印象でした。どちらのキャラがいい悪いの話ではありませんが、せっかくの開会式なのですから、スピーチの内容はともかく、列席している外国人たちの気分を盛り上げるような華のある演出がもっとあってもいいのではないか。なぜなら、ツーリズム産業は万国共通、エンターテインメントビジネスだからです。海外のバイヤーやメディア関係者の多くは、B to Bの商談会といえども、ワクワクするような旅行資源を発掘してやろうと意気込む、基本ノリのいいキャラの持ち主たちです。彼らの期待に応えるべく、コストをかけなくてもやれることはあるように思います。要はセンスの問題です。

こんなことを思うのも、海外のトラベルマートをぼくは何度か視察してきたからです。特にヨーロッパ各都市で開催されるトラベルマートのお祭り騒ぎのようなにぎわいを知っているだけに、日本のトラベルマートは物足りないと思わざるを得ないのです。「観光立国」としての歴史と蓄積がヨーロッパとは違うのですから、新参者の日本とかの地を比較するもの言いに無理があることは承知ですが、そもそも会場となった横浜市民は、わが街でトラベルマートが開催されていたことをどれだけ知っていたのでしょうか(この意味を主催者が理解しているかどうかは大事だと思います)。ヨーロッパでは、トラベルマートは開催地を挙げたイベントであり、市民を巻き込んで海外から来た旅行関係者を歓待する光景が見られることを思うと、残念に思ってしまうのです。こちらは認識レベルの問題です。

もうひとつ気になったのは、海外バイヤー席がなくなったこと。商談というのは事前にアポ入れして行なうものですから、とくに支障はないのでしょうが、第三者には特定のバイヤーがどこにいるのかわからない。日本のセラーにとって受身の商談しかできないのでは、もったいない気がします。バイヤー席があれば、アポの入っていない時間帯を見計らって積極的にアプローチすることができるからです。

その点についてある海外バイヤーの知り合いに聞いたところ、必ずしもセラーに多く会えば会うほど商談が成立するというものでもないらしく、お互いに求めるものをある程度事前にすり合わせておかなければ効果がないとのこと。来日する前に、日本のセラーとどれだけ情報を共有できているかが鍵だと彼らはいいます。

だとしたら、出展者同士が情報交換できるようなマッチングの場を事前にネット上に提供するサービスがあってもいいのではないでしょうか。つまり、リアルな商談会を前提としたB to Bのためのプラットフォームを用意することが求められているのでないか。

以前からウェイボーのようなB to C向けの情報発信の重要性について指摘してきましたが、トラベルマートのような業界関係者との商談会の場にいると、やはり大事なのはB to Bの情報交流をもっと活性化することがインバウンド促進にとって重要だと実感します。相手国の市場の成熟度にもよりますが、消費者向けの情報に力を入れるより、海外の業界関係者に情報の優位性を与えてこそ、ビジネスは動き出すものだからです。この点については、今後もっと具体的な提案を今後してみたいと思います。

次回は、トラベルマートに出展していたアジアからの訪日旅行市場に特化した業界団体として知られるアジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で聞いた生々しい報告を中心に2013年のインバウンドの展望について紹介したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-03 13:31 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)