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2013年 04月 30日

沖縄には欧米客を乗せたクルーズ客船も寄港します

台湾客を乗せたクルーズ客船「SUPERSTAR AQUARIUS」が那覇に寄港した翌日の2013年3月30日早朝、今度は欧米客を乗せた世界一周クルーズ客船「AMADEA」が来航しました。
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沖縄にはアジア客だけではなく、欧米客を乗せたクルーズ客船も寄港するのです。

「AMADEA」は、初代「飛鳥」を改装した3万トンクラスの客船で、台湾客を乗せた「SUPERSTAR AQUARIUS」に比べると小さいですが、約600名の欧米客を乗せています。Phenix Reisenというドイツ系のクルーズ会社の主催するコースで、今年2月26日バンクーバーからアメリカ西海岸を南下し、太平洋の島々を渡り、日本各地(大阪、別府、奄美、沖縄、石垣)を立ち寄った後、最終的には4月中旬にスリランカのコロンボまで行くのだそうです。乗客にはドイツ人の割合が多いそうです。

Phenix Reisen
http://www.phoenixreisen.com/

午前8時過ぎになると、乗客が船を降りてきました。
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船から降りてくると、クルーズのスタッフが記念撮影。約600名の乗客のうち、沖縄観光のオプショナルツアーに参加するのは約350名。10台のバスが待機しています。
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オプショナルツアーの手配を担当するJTB沖縄の関係者によると、「今年欧米系のクルーズ客船が那覇に寄港するのは7~8本ほどの予定です。欧米客は台湾客や中国客と違って、買い物にはあまり興味がありません。DFSのような免税店に行くことはない。バスで訪ねるのも、首里城など沖縄の歴史や文化に関するスポットがほとんどです」とのこと。
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確かに、彼らは2ヵ月近い長期のクルーズを楽しんでいるわけで、寄港地でそのつど高額な買い物をするとは思えません。

「一般に日本人の参加するクルーズ旅行の1日の単価は約5.5万円といわれますが、こうした欧米系の世界一周クルーズは1日120ドル相当」だそうです。

長くゆったりした旅を楽しむ欧米系と短期間でめいっぱい楽しもうとするアジアのクルーズ客では、旅のスタイルや内実がずいぶん違っているのです。

さて、バスツアーに出かけない人たちはどう過ごすのか。もちろん、個人客として那覇市内に繰り出します。那覇市観光協会では、昨日と同じように英語表記のツーリストインフォメーションを臨時に開設。英語の観光資料を用意し、個人客の質問に答えたり、資料を手渡したりします。
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面白いのは、欧米客は若狭バースから徒歩で約15分の距離にあるモノレールの県庁前駅まで歩いていく人が多いことです。確かに、2ヵ月近く客船暮らしをしていると、倹約というより、身体を動かしたくなるのは無理もないかもしれません。
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客層はやはりシルバー世代のカップルが多そうでしたが、彼らはずんずん歩いていきます。途中、福州園という中国庭園があり、そこには台湾から来たツアー客も訪れていて、彼らと一緒に庭園を歩く欧米客も見かけました。ここは入場無料なので、誰でも気軽に入れます。
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台湾客ほどの数ではありませんが、この日、国際通りや首里城など那覇市内には、欧米人旅行者の姿が多く見られたことは言うまでもありません。彼らは買い物をあまりしないため、経済効果としてはそれほどでもないのでしょうが、インバウンド振興を進める沖縄にとって大切なお客さんであることには変わりないでしょう。
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今年度、那覇港に寄港する国際クルーズ客船の入港予定は、那覇港管理組合のサイトに載っています。天候、運航スケジュールなどの事情により、変更となることがあるそうです。

那覇港クルーズ客船入港予定 (2013年)※2013年4月22日現在の予定
http://www.nahaport.jp/kyakusen/nyuukouyotei2013.htm
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by sanyo-kansatu | 2013-04-30 20:30 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 04月 30日

【後編】台湾発クルーズ客船、那覇寄港の1日ドキュメント

前編では、台湾からのクルーズ客船「SUPERSTAR AQUARIUS」の乗客のうち、沖縄本島のオプショナルツアーに参加した人たちのことを紹介しました。では、残りの約650人はどう過ごすのでしょうか。

もちろん、個人旅行者として那覇市内に繰り出すのです。
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彼ら個人客の観光をサポートするのが、那覇市観光協会のみなさんです。クルーズ船の寄港する若狭バースの乗り場の入り口に臨時のツーリストインフォメーション(観光諮訽處)を開設。中国系、台湾系などネイティブのスタッフを揃え、これから市内に向かう個人客の質問に対応し、用意した観光案内資料や市内マップを渡します。
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那覇市内観光に便利なのが、市内を走るモノレール「ゆいレール」です。しかし、これだけ大勢の台湾客が一気に駅に押しかけてチケット売り場の前に並んだら、那覇市民の利用にも支障がでてくるので、1枚600円の1日乗車券を販売しています。
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なかにはタクシーを利用する人たちもいますから、運転手たちにきちんと行き先を通訳するのも仕事です。
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スタッフを統括する那覇市観光協会の国里顕史さんに話を聞きました。

――個人客のみなさんはどこに行くのでしょうか?

「那覇市内で買い物や食事をして過ごします。たいてい国際通りや新都心(おもろまち)のショッピングモールなどに行きます。リピーターも多いので、自分の足でどこでも行かれます。なかには日本人と同じように、レンタカーで遠出される方もいますよ。

クルーズのお客様は、那覇に宿泊はされませんが、わすかな時間で一度に買い物されるので、大きな経済効果が見込めます。沖縄は台湾や上海、韓国からも近いので、クルーズ市場において優位な立地にあります。来年春には、このふ頭に13万トン級の大型客船が接岸できる那覇港若狭バースが整備される予定になっています」

こうして慌しい対応が一段落するのが、10時過ぎくらい。インフォメーションのテントを撤収し、スタッフ一同は国際通りに向かいます。今度は通りにあふれる台湾客の案内や買い物のサポートなどをスタッフ総出で行ないます。

そこで、ぼくも国際通りに繰り出してみました。すると、いるいる(当たり前ですね)。あちこちから中国語が聞こえてきます。
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面白かったのは、公設市場です。ここでは1階の市場で買った魚介類を2階の食堂で調理してくれます。
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家族連れの台湾客も多いようです。
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2階の食堂街は、この日、明らかに日本の観光客より台湾客と香港客のほうが多くいたように思います。
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各店にはたいてい英語とハングルに加え、「有中文菜単(中国語のメニューあります)」という中国語の表示があります。それはそうと、食堂のスタッフはどうやら地元の人だけではなさそうです。
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ある食堂の日本人スタッフに聞いてみました。
「もしかして、お店で働いているのは中国の人ですか?」
「ええ、そうですよ。うちでは、ぼく以外は全員中国人です」
「それは台湾の人ということですか?」
「いえ、中国本土の人ですよ」

そうあっさり答えられたので、ちょっと拍子抜けしてしまいました。ここは那覇を代表する観光名所、公設市場です。多くの観光客が沖縄のローカルな世界を味わうために来ているはずなのに、そこで働いている大半は中国本土の人たちだというのです(さすがに1階の市場は地元の人が多そうでしたけれど)。

公設市場の食堂でアルバイトする沖縄の若い人たちはもういないのでしょうか。これはかなりショッキングな出来事のようにも思います。でも……、よく考えてみれば、東京をはじめ日本の大都市の飲食店でも多くの中国本土の人たちがアルバイトをしています。同じことかもしれません。

もうひとつ気がついたのは、国際通りのお土産店などでも普通に中国語の表示があるのですが、たいてい簡体字表記になっていることです。簡体字を使う中国本土客は昨年秋以降、激減してしまっており、街にあふれるのは繁体字を使う台湾や香港の人たちなのに……。
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市内を走るタクシーの運転手の何人かに聞いてみたのですが、普段から外国客を乗せて運ぶ彼らでさえ、中国本土客と台湾・香港客の区別がついていないようです。当然、一般の那覇の人たちもそうです。

まあしかしこれは内地でも同じことでしょう。東京を歩いている中国系の観光客を見て、それが台湾客なのか香港客なのか、それとも中国本土客なのか、ひと目でわかる人はほとんどいないでしょう。それに、全国どこでも中国語表示は簡体字が基本となっています。

なぜ那覇の人たちが、台湾客や香港客を見ても、ひとくくりに中国本土客と思ってしまうかというと、そこにはひとつの理由がありそうです。

それは昨年(2012年)7月、先ごろ東京港にも寄港して話題となった豪華大型客船ボイジャー・オブ・ザ・シーズ(巨大すぎてレインボーブリッジをくぐれなかったため、東京港のコンテナふ頭に接岸)が、那覇に入港したことのインパクトが大きかったからではないか、と推測します。

那覇港管理組合のHPでは、ボイジャー・オブ・ザ・シーズの大きさについてこう説明しているほどです。

「同船は、乗員乗客最大で約5000人が乗船することが可能で、沖縄県庁と比べると、高さはほぼ同じ高さ、全長はなんと、約2倍です」

そのボイジャー・オブ・ザ・シーズが、7月5日、16日、24日、8月1日と約1か月間に4回連続で入港し、3000人超の上海からの中国本土客がいっせいに那覇に繰り出したのです。特に16日は、ボイジャー・オブ・ザ・シーズ以外にも、欧米客を乗せたクルーズ船が寄港したため、その日は5000人近い外客が那覇に上陸したのです。その日、観光バス90台が那覇港に乗りつけたといいます。

その結果、那覇の人たちはこれからどんどん中国本土客が訪れるものだと思い込んでしまったのではないでしょうか。

ところが、実際には今年は秋までボイジャー・オブ・ザ・シーズが寄港する予定はありません。もちろん、日中の尖閣問題が影を落としているからです。
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さて、岸上観光を楽しんだ台湾客たちも、遅くとも出港時刻(17時)の1時間前には船に戻ってきました。乗船前にクルーズのスタッフに頼めば、記念撮影してくれます。
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いよいよ那覇ともお別れ。その前に、今年度の初寄港ということで、地元那覇の子供たちによるエイサーがクルーズ客を楽しませてくれます。いたいけな子供たちが精一杯踊り舞う姿は心を和ませます。多くの客が甲板に出て、子供たちのエイサーをいつまでも眺めています。
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そして定刻通り、17時の出港。客船は大きな汽笛を鳴らしながら、徐々にふ頭から離れていきます。
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でも、子供たちはすぐにはエイサーをやめようとしません。客船が那覇港を遠く離れていくまでずっと手を振り続けています。「バイ、バーイ!」。こういう姿を見せられると、大人はまいってしまいますね。こうしてクルーズ客船の寄港する長い1日が終わりました。

このあとこのクルーズ客船は石垣島に向かいます。翌朝、寄港すると、石垣島や八重山の離島を訪ねることになるでしょう。

沖縄では、この夏こうした光景が毎週のように見られることになります。

※那覇に寄港するクルーズ客船は台湾からのものだけではありません。実は、翌日(3月30日)にも、欧米客を乗せた世界一周クルーズ客船が寄港しています。この客船は、初代「飛鳥」を改装した3万トンクラスの「AMADEA」で、SUPERSTAR AQUARIUSに比べると小さいですが、約600名の欧米客が那覇に上陸しました。その話は、別の機会で。

「沖縄には欧米客を乗せたクルーズ客船も寄港します」http://inbound.exblog.jp/20366268/
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by sanyo-kansatu | 2013-04-30 16:12 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 04月 30日

【前編】台湾発クルーズ客船、那覇寄港の1日ドキュメント

2013年3月29日早朝、台湾からのクルーズ客船「SUPERSTAR AQUARIUS」が那覇港新港ふ頭8号(若狭バース)に入港しました。あいにくの雨でしたが、今年度最初の入港になります。
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SUPERSTAR AQUARIUSは、ゲンティン香港(スター・クルーズ・ピーティーイー・リミテッド)が運航するカジュアルなクルーズ客船です。毎年4月から10月まで週1回、那覇港に寄港し、毎回約1500人の台湾客が観光のため上陸します。基本、3泊4日で基隆―那覇―石垣―基隆(基隆―石垣―那覇―基隆の場合もある。また基隆―那覇往復、基隆―石垣往復も)を航行します。料金は最も安いシーズンで、2泊3日の基隆―石垣往復が9900台湾ドル(約3万3000円)から。1日の単価は約1万円という破格の安さです。ただし、今回の客船に限っては基隆発ではなく、高雄発だそうです。
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スタークルーズ日本語公式サイト
http://www.starcruises.co.jp
スタークルーズ台湾公式サイト
http://www.starcruises.com.tw/

日本ではまだクルーズは豪華客船だから料金も高いというイメージがありますが、アジアや欧米ではこうした格安クルーズが多いのです。しかし、格安クルーズだといっても、館内の施設はそれなりに揃っています。

多様な娯楽施設、各種レストラン、プール、スパ、そして台湾サイトには載っていませんが、カジノもあります。実はこれが台湾客を惹きつける理由のひとつだとか。まさに“動くアミューズメントモール”。台湾でクルーズ旅行が人気というのもうなづけます。

SUPERSTAR AQUARIUS 台湾サイトの紹介
http://www.starcruises.com.tw/aquarius/info.aspx

同船のフェイスブックを見ると、台湾客がクルーズ旅行を楽しむ様子がうかがえます。
https://www.facebook.com/StarcruisesTaiwan

さて、この日は約1300人の台湾客が沖縄に上陸しました。
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そのうち約650人は、沖縄各地を周遊するオプショナルツアー(岸上観光)に参加します。お出迎えは、台湾系のランドオペレーター太陽旅行社のスタッフです。そのひとりはこう言います。「朝8時到着で17時には出港というスケジュールは、観光や食事、買い物についても十分とは言えないかもしれません。でも、一般のツアーでは移動が多くて、かえって自由時間が少ないのです。その点、クルーズではオプショナルツアーに参加しなければ、じっくり買い物を楽しむことができます。台湾のお客様は食品から家電、生活用品まで、いろいろ買っていかれますよ」。
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ふ頭にはずらりと大型バスが並んで待っています。
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乗客を乗せたバスからいざ出発。
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HPによると、以下のツアーの中から好きなコースを選べるようになっています。日本人の沖縄ツアーとさほど大きくは変わらない内容です。

①異國風情之旅 北谷町─美國村(アメリカンビレッジ沖縄
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②美食購物之旅 三郎伊勢海老專門料理店(老舗家海老料理 味の店 三郎本店 那覇市若狭1-14-10)─新都心商業圈(新都心「おもろまち」でショッピング)
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おもろまちにある那覇メインプレイスのフードコートには、たくさんの台湾客がいました。
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③海洋公園之旅 海洋博公園、水族館(沖縄美ら海水族館)、海豚秀(イルカショー)─超級市場(スーパーで買い物)

④采風探趣之旅 首里城、守禮門─新都心、藥粧店(ドラッグストアで買い物)─國際通/平和通
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⑤熱帶風情之旅 藍鯨號玻璃船(ホエールウォッチング)─萬座毛國立公園─北谷町購物(アメリカンビレッジ沖縄)
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⑥琉球傳統之旅 琉球村─沖繩婚禮教堂─北谷町美國村(アメリカンビレッジ沖縄)

⑦民俗文化之旅 王國村玉泉洞、大鼓秀─ASHIIBINAA OUTLET(あしびなーアウトレット)─藥粧店(ドラッグストアで買い物)、超級市場(スーパーで買い物)
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あしびーなアウトレットには、台湾客だけでなく、香港客の姿も見られました。

⑧沖繩風味之旅 國際通─BBQ吃到飽(含餐費)─AEON購物城

⑨那霸精華遊 Itoman魚市場─3A購物城─ASHIIBINAA OUTLET

SUPERSTAR AQUARIUSのオプショナルツアー(岸上観光)
http://www.starcruises.com.tw/aquarius/trip.aspx

コースによって所要時間は違いますが、朝9時頃に出発し、船の出航する17時の2~3時間前には戻ってきます。

実は、台湾からのクルーズ客船は1990年代から那覇に寄港していました。しかし、5万トンを超えるクラスの大型客船が入港するためには、それなりの規模の港湾施設が必要となります。そのため、もともとコンテナふ頭だった若狭バースを国際大型客船のふ頭として整備し、乗降を始めたのが2005年です。沖縄県の資料によると、SUPERSTAR AQUARIUSのような大型客船の定期運航が始まったのは2008年からのようです。以来、毎年4月から10月の夏季シーズンに毎週1回、年間で約30回台湾客が那覇を訪れるようになったのです。

台湾では、誰でも気軽に楽しめるクルーズ旅行として広く知られています。台湾客は日本への渡航がノービザなので、入国手続きも簡単です。船内でのパスポートチェックで終わりです(その点、上海からのクルーズ客は団体観光ビザが必要なため、入国手続きのための時間がそれなりにかかるのと、大きく違います)。

話は後編に続きます。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-30 11:18 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 04月 28日

新空港開港で石垣にインバウンド客は増えるのか?

3月下旬に石垣島に行きました。
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3月7日に開港したばかりの新空港は、さすがに真新しい南国的なロビーで、たくさんの観光客がいました。
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南ぬ島 石垣空港
http://www.ishigaki-airport.co.jp/

八重山の離島に向かうフェリー乗り場に近い市街地では、あちこちに「祝!新石垣空港開港」ののぼりが出されていました。新空港は、2000mの滑走路を備え、国際線にも対応できるようになっています。3月現在、国際線の定期便はありませんでしたが、これで那覇経由ではなく、国際線の直行便の受け入れが可能となったのです。

※地元の情報では、復興航空の石垣―桃園定期便が正式に決定したようです。
5月23日から週2便。
GE686 台北桃園空港09:00 - 石垣空港10:55(※台湾時間9:55)
GE685 石垣空港12:00 - 台北桃園空港12:00(※日本時間13:00)
エアバス320(150人乗り)での就航予定だそうです。

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石垣のホテル関係者は言います。
「石垣は立地がいい。東京からフライトで3時間ですが、もっとそばに台湾や香港、上海、ソウルという大都市圏があります。台北からはわずか45分のフライト。海の美しさは周囲のどのビーチリゾートにも負けませんから、今後はプロモーションに力を入れたい」。

観光には繁忙期と閑散期があります。これは全国どこでも同じですが、日本人のピークシーズン以外の時期に外客に来てもらうことで、年間を通じてコンスタントに集客したいと考えるのが観光業界です。そのための受け皿としての国際線対応の新空港開港でもあったわけです。

では、現在の石垣を来訪する外客の主力は誰かというと、台湾の人たちです。ここ数年、3月下旬から10月いっぱいまで毎週台湾の基隆発のクルーズ客船「Superstar Aquarius」号が寄港するからです。基隆―那覇―石垣―基隆(基隆―石垣―那覇―基隆の場合もある)を3泊4日で周遊するカジュアルなクルーズ客船で、毎週1回約1500人の台湾人客が石垣を訪れます。

那覇ではツアーバスに乗って沖縄本島観光に繰り出したり、国際通りで買い物や食事を楽しんだりする台湾客も、石垣ではたいてい好みの離島にフェリーで向かいます。朝早く石垣港に着いて、夕方5時には出航するため、その日は石垣と八重山の島々に台湾客がどっとあふれます。

今回ぼくは竹富島に行ったのですが、クルーズ船が寄港する日ではなかったため、彼らの姿を見ることはありませんでした。竹富島の名物で、集落をのんびり散策する水牛車の乗り場には、英語に加えて中国語の繁体字の注意書きが貼られていました。こうして竹富島には、週に1回台湾客も現れて、日本の観光客と一緒に水牛車に揺られて過ごすのです。
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ところで、竹富島には2012年6月に開業したばかりの「星のや 竹富島」というリゾートホテルがあります。全48棟の客室の建築は、竹富島の伝統建築の様式を踏襲して造られています。宿泊客は滞在型のゆったりしたリゾートライフを楽しむことができます。
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星のや 竹富島 http://www.hoshinoyataketomijima.com/

ここでも台湾客と思われる人たちを見かけました。韓国の方もいました。星野リゾートは海外の富裕層を相手にしています。クルーズ客とはまったく別のマーケットです。竹富島という恵まれた環境を舞台にどれだけ海外から宿泊客を呼び込めるかが問われています。

さて、そんな石垣と八重山諸島のインバウンド客誘致の行く末ですが、周辺からいろんな声が聞こえてきます。たとえば、沖縄のある旅行業者は、新空港のホームページの開設が開港ぎりぎりの2か月前まで遅れたことなどを例に挙げ、空港のセキュリティや外客受け入れ態勢が不十分ではないかと指摘しています。また、先日北京で会った中国のある旅行業者も「2000mの滑走路というけれど、3000mないと大型機の乗り入れはできない」とずいぶん厳しい指摘をしていました。2000mでは中型機の発着しかできないからだそうです。そんなこと、3000人を集客してから言えばいいのに…と思いますが、一般に中国の人は沖縄のビーチリゾートとしての価値に対して厳しい評定をする傾向にあります。彼らの自慢の(?)海南島に比べると、確かに大型のビーチリゾートホテルは少ないですから。でも、沖縄の良さはそういうことじゃないのにね。

我々内地の人間からすると、沖縄も石垣もその風土や人々の暮らしのゆるさが魅力で、どうしても採点が甘くなってしまいます。別に内地みたいにキチキチしていなくてもいいじゃない。そこに魅かれて沖縄に来るのだからと。

でも、インバウンドの観点に立って海外のビーチリゾートとの競合を考えると、そうも言っていられないのは確かです。

まあしかし、石垣と八重山諸島がバリやプーケット、海南島、あるいはグアムやサイパンのようになってしまうことがいいことなのか。内地の人間としては、そうではないと思うのです。この点は一部の地元の人たちの思いとは必ずしも同じではないのかもしれません。ただ、こうした自らの立ち位置について微妙なゆらぎがあること自体、島の人たちの自主性というより、グローバルな資本によって主導的に形成されたバリやプーケットといった一見華やかではあるけれど、きわめてポストコロニアルな現代のアジアのビーチリゾートと石垣の違うところでしょう。もちろん、本土資本をどう見るかによって見解の異なるところでしょうけれど。

星のやも、徹底して地元との共生を模索することで、竹富島の唯一の大型リゾートとしての開業を許されています。アジアの他のビーチリゾートにはない新しいリゾートのあり方を見せてほしいものです。

さて、今回新空港開港にわく石垣に来て、その一方であらためてこの島々が尖閣問題の舞台であることを知らされました。石垣からフェリーに乗ると、海上保安庁の巡視船が見えます。あれが、中国の監視船と海上で向き合っている船なのだなと。
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また竹富島の歴史資料館でもある喜宝院蒐集館には、4000点に及ぶ竹富の民芸品などが展示されています。その中に沖縄の本土返還前に琉球政府が発行した尖閣諸島の切手がありました。切手には地名は記されてはいないのですが、専門家によると、その図版は明らかに尖閣諸島だというのです。
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2013年の石垣と八重山諸島は、我々内地の人間が心底くつろげる南の島であると同時に、日中の確執がぶつかりあう最前線でもあるんですね。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-28 22:33 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 04月 28日

年間4000人の欧州人を北朝鮮に送る英国人経営の旅行会社

北東アジアの問題児として周辺国に物騒な威嚇を続ける北朝鮮ですが、直近のここ数か月はともかく、毎年多くのヨーロッパ人が北朝鮮ツアーに参加しています。その多くのツアーを催行しているのが、北京にある北朝鮮専門旅行会社の高麗旅行社(koryo Tours)です。
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オリンピック開催の2008年にオープンしたモダンなショッピングモール、三里屯ヴィレッジのすぐそばの古い団地の中にオフィスがあります。
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この旅行会社の存在は、北京の英文情報誌「TIME OUT」2009年8月号の北朝鮮レポートを読んで知りました。ウエブサイトが掲載されていて、住所を知ったのです。
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近々に北朝鮮に行く予定はありませんでしたが、以前からちょっと覗いてみたかったので、先日訪ねてみました。

オフィスの扉を開けると、カナダ人の女性スタッフが出てきました。さて、どういう話し向きにしようかな…。

「こんにちは。ぼくは日本人ですが、昨年北朝鮮の羅先を訪ねる機会がありました。そこで今度は平壌に行ってみたいと考えているのですが…」
「団体ですか? 個人ですか?」
「(個人での渡航は無理だと承知はしていたのですが、あえて)個人で行くことはできますか?」
「難しいですね。ツアーなら参加することができますよ」

「日本人でもあなたの会社のツアーに参加できるのですね」
「はい、できますよ」
「いまのこの時期(2013年4月中旬)もツアーは可能ですか?」
「ええ、大丈夫です」
「個人渡航ができないのは、やはり日本の大使館が平壌にないためですね」
「そうですね」

以前、本ブログの「北朝鮮観光25年を振り返る」で、北朝鮮の観光政策と日本人の北朝鮮観光の変遷について整理しましたが、そこでぼくが指摘したのは、2000年以降、ヨーロッパ諸国の多くは北朝鮮と国交を持っていることです。もともとヨーロッパの人たちは世界中どこでも出かけていく人たちですから、北朝鮮ツアーに参加する人たちもけっこういるのです。金剛山などの名所には2週間近く滞在する旅行者もいるそうです。

「いま北朝鮮には年間約2万人の中国人、同じく約2万人のヨーロッパ人がツアーで出かけていると聞きましたが、こちらで手配しているのですか?」
「中国人は2万人いると思いますが、ヨーロッパ人は年間4000人くらいです」
「そうですか。ではあらためて考えてみます。ありがとう」

高麗旅行社の代表はイギリス人のNicholas Bonner氏です。彼は北朝鮮の美術作品のコレクターでもあり、カナダのトロントやハワイで展示会を開催しているそうです。オフィスには、たくさんの北朝鮮絵画やプロパガンダポスターが展示されていました。この手のポスターをたくさん見たのは、ベトナムに行って以来のことでした。
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同社のウエブサイトによると、Nicholas Bonner氏が初めて中国に来たのが1993年。そのとき、友人が北朝鮮に留学していた関係で、北朝鮮を訪ね、現地の美術作品に出合ったようです。その後、北朝鮮側の旅行エージェントの関係者と親しくなり、北京に同社を設立。文面から北朝鮮サイドのサポートがあったことがうかがえます。

彼が北朝鮮と特別なコネクションができたのは、もちろんヨーロッパ客を安定的に送客した実績もあるのでしょうが、おそらくそれ以上に、いまや国際的に希少価値となった社会主義的なリアリズムやプロパガンダの様式を現在もなお踏襲している北朝鮮美術のキュレイター役となったことが大きいのではないでしょうか。自国の文化的な価値を認めてくれたことが、北朝鮮の人たちにとってどれだけうれしいことか。それは単なるビジネス以上の意味があったのだろうと思われます。こうしたことは、社会主義的な価値を捨て去ってしまった、いまの中国人にはなかなかできないかもしれません。

高麗旅行社(koryo Tours)
北京市朝陽区北三里屯南27号 東側院
http://www.koryogroup.com/
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by sanyo-kansatu | 2013-04-28 18:22 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 04月 28日

中朝最深部、長白鎮鴨緑江沿いから見た北朝鮮の村

2012年7月2日、中国吉林省の長白鎮から臨江までの鴨緑江沿いを、延吉在住の朝鮮族の知り合いの運転する車で走りました。長白鎮は、中朝国境1300kmの最深部にあたる辺境地域です。

その日、ぼくらは長白山の南坂から北朝鮮国境沿いの道を車で南下してきました。40分ほど走ると、鴨緑江の下流が見えてきました。
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長白鎮の対岸は北朝鮮の惠山というまちです。かなり老朽化していますが、オレンジ色の瓦に白いしっくいをふちどった屋根のある朝鮮の家並みが見えます。
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車を停めて対岸を眺めると、川べりでたくさんの子供たちが水浴びしていました。望遠レンズで覗くと、川で洗濯する女性やシャンプーする女の子、黄色い浮き輪を抱えて川で泳いでいる子たちもいます。
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同じ光景は中国側ではまったく見られません。時折走り去る車を除くと、静寂に包まれていて、北朝鮮側にだけ生活感があふれているのです。これはどうしたことなのでしょうか。
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しばらく川沿いの道を西に向かって走っていると、長白鎮の口岸(イミグレーション)が見えてきました。なかなか立派な建築物ですが、人の往来は見えません。
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そのくせ、長白鎮には多くのマンションが建設されていました。さすがに丹東のような高層建築ではありませんが、こんなに人の少ない地域で大丈夫なのだろうか、と思ってしまいます。これはもう全国規模の話なのですが、中国の地方政府によるむやみな不動産開発の行く末が気になります。
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同行してくれた朝鮮族の知り合いが、長白鎮生まれの友人の話としてこんなことを聞かせてくれました。

「長白鎮は密輸の王国で、金持ちが多いことで知られています。対岸の惠山もその恩恵を受けて、北朝鮮のまちとしてはかなり豊かです。もともと長白鎮は9割の住民が朝鮮族だったのですが、その多くが延吉や大連、その他の大都市に移住したため、現在は大半が漢民族です。
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数年前まで、その友人は鴨緑江を死体が流れるのを何度か見たそうです。北の脱北者が国境警備兵に撃たれるからです。中朝国境は長白山をはさんで西の鴨緑江と東の豆満江(图们江)が国境となっていますが、朝鮮族の多い豆満江のほうが脱北者が多いと言われています。同じ朝鮮民族ということで、以前は脱北者をかくまう朝鮮族もいたからですが、最近は犯罪に手を染める脱北者も多く、公安の取り締まりも厳しくなっているため、かくまう人は少なくなりました。

私の家でも親の代までは北朝鮮の親戚に経済的援助をしてきたのですが、私の代からはもう援助しなくなるように思います」

それから約3時間、鴨緑江沿いを走りました。対岸には北朝鮮の鉄道駅が見え、金日成の肖像画がいまだに掲げられています。ヤギの群れを追うのどかな村人やイチゴ売りのおばさんにも会いました。西に向かうほどだんだん川の幅が大きく、水量も豊かになっていきます。
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道中、この地方の人民解放軍の将軍を乗せた10台ほどの車の隊列に出くわしたのですが、なんと連中は車線を無視して道路の真ん中を走るものですから、対向車はみんな脇に停車しなければなりません。しかも、ノロノロ運転で、民間車は追い越したくてもできません。たまらず運転していた朝鮮族の男性は言いました。
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「いまの中国でいちばん威張っていて、汚職もひどいのが軍隊です。まったく許せない!」

軍部が特権階級として威張り散らしているのがいまの中国だというわけです。この国はまるで先祖返りしていますね。

そうこうするうちに、車は臨江に到着しました。ここも辺境には違いないのですが、かなり大きなまちのようです。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-28 14:03 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 04月 27日

日本の1980年代を思い起こさせる中国のバックパッカーブーム

4月上旬、北京に行ってきました。
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最近、北京にはしゃれたブックカフェがいくつもあって、毎回書棚を覗きにいくのですが、今回発見したのは、沢木耕太郎の『深夜特急』の翻訳本です。ここ数年、「背包(バックパッカー)」ということばが若者文化を象徴するひとつのキーワードになっています。中国の若い世代は(もちろん、都市に生まれた恵まれた階層の若者たちだけの話なのでしょうが)ちょうど1980年代(『深夜特急』の刊行は1986年)の日本のような時代を過ごしていることがよくわかります。おもしろいですね。

昨年(2012年)の12月12日に中国で公開され、13億元超(約200億円)の大ヒットとなった爆笑ロードムービー「Lost in Thailand(人再囧途之泰囧)」のDVDを入手したので、帰国してから観ました。タイを舞台にした3人の男たちのドタバタコメディなんですが、この映画のヒットもまた中国のバックパッカーブームと大いに関係ありそうです。
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空港からホテルに向かう、北京と同じ超渋滞のタクシーの中で、運転手から日本語で話しかけられ、「No,I am Chinese」と主人公が英語で答えるシーンがあります。「これからは中国の時代だ」といわんばかりに気負っで見せるところが、いかにもいまっぽい感じです。数年前まで北京で制作されたこの手のコメディは、もうひとつさえない感じでしたが、かなり洗練されてきた気がします。漫才風のかけあいが秀逸で、けっこう笑えました(この作品、アメリカでも公開したけど、ウケなかったようですが)。

ひとつ思ったのは、日本のこの手の海外を舞台としたコメディの場合、主人公は現地の女の子との淡いロマンスを体験するのがお約束のように思いますが(主人公が現地の男の子と恋愛という逆パターンもあり。旅先で現地の人たちとの交流が描かれるのが日本人の好みなのでしょう)、この作品では舞台はタイでも、徹底して中国人だけで物語が進行していくところが、中国の作品らしい気がしました。いずれにせよ、今年の夏は、タイに中国人の若者があふれるに違いありません。

中国のバックパッカーブームの第一人者として有名なのが、『背包十年 我的职业是旅行(バックパッカー10年 僕の職業は旅)』という本の著者、小鵬さんです。彼はいまや旅のカリスマとして若者に人気です。
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彼は長崎県など、日本のいくつかの自治体に招聘され来日しています。人気ブロガーとして、日本で見たもの、体験したこと、食べたものなどを書いてもらうためです。通常の広告手法よりずっとPR効果があると考えられているのです。その内容は、彼のウエィボー(微博)http://blog.sina.com.cn/hepai で見ることができます。

さて、ブックカフェの書棚をさらに物色していくと、ロンリープラネットの中国版雑誌が定期刊行されていました。これは日本でもなかったことです。もちろん、ガイドブックシリーズのロンリープラネット中国語版も刊行されています。最初『孤独星球』って何のことだろうと思いました。いま中国の人たちは、世界中を見て回りたくてしょうがないようです。
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同じブックカフェに、日本のイラストレーターのたかぎなおこさんの『ひとりたび1年生(第一次一个人旅行)』が平積みで置かれていたのですが、帯にシリーズが100万部を突破したことが書かれていました。すごいですね。いまや中国で村上春樹の次に人気のある日本人作家は、たかぎなおこさんかもしれません。
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この本が売れた背景について、北京の児童出版社の女性編集者と話をしたことがあるのですが、都市で生まれたいまの中国の若者はほぼ全員ひとりっ子だからといいます。ひとりっ子の国、中国では“ひとり旅”が多くの若者の共感を呼ぶのだそうです。

この本の読者もそうでしょうが、最近は若い女性のバックパッカーも登場しているようです。昨年7月、やはり北京のブックカフェで中国版「女の子のひとり旅講座」とでもいうべき会合に偶然出くわしたことがあります。
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「独立女生旅行分享会」という集まりでした。大学を1年間休学して北欧をヒッチハイクしながらひとり旅した22歳の女性の書いた紀行本『我就是想停下来,看看这个世界 』の著者である陈宇欣さんと、自らも70リットルのザックを担いで旅するカルチャー雑誌『OUT』の女性編集者の座談会があったのですが、会場には154人の若い女性が集まっていました。時間がなかったので、じっくり彼女らの話を聞くことはできなかったのですが、その盛況ぶりに時代の変化を感じたものです。
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中国に行くと、かつて日本人が経験したことを数十年遅れで経験し始めたり、夢中になっていたりする若い世代の姿をよく見かけます。バックパッカーブームでいえば、1980年代当時世界にインターネットはなかったため、旅の体験談や情報の提供のあり方はいまとはずいぶん違いました。それでもなぜいまの中国の若者が世界に雄飛したいのかについては、当時を知るぼくはよく理解できます。今日の中国社会の閉塞感を知れば、無理もないと思いますし、そのひとつの突破口のようにバックパッカーの旅が考えられているだろうことも。実際、彼らの話を聞いていると、未熟でいたいけだった当時の自分を思い出して、照れくさいような気恥ずかしい気分にもなります。

当時の日本人と同じような若者がボリュームとしては相当数いるのが、いまの中国です。違う点は、当時の日本ではバックパッカーになるタイプの若者は特別な階層に属していたわけではなく、好景気に恵まれ、ひとつの趣味のジャンルとして時代を謳歌していたにすぎないのに対し、いまの中国ではそれなりの恵まれた階層に属していなければ実現できないことでしょう。国全体から見れば限られた層の話なのです。

それだけに、中国の新しい世代の選良たちを見ていると、彼らがバックパッカー経験を通じて、旧世代の自国中心的な歴史観に対する疑問や、異文化への敬意といった本来の意味での“国際標準”を身につけてくれるようになるといいのだが……などと先輩面して言いたくなります。余計なおせっかいなんでしょうけどね。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-27 12:59 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 04月 25日

中国人の沖縄旅行(今は激減、今後はどうなる?)

3月下旬に沖縄に行ってきました。

昨年(2012年)、飛躍的に増加した中国本土から訪れる沖縄への観光客が、2013年4月現在、鳴りを潜めています。北京・那覇線は中国国際航空、海南航空ともに運休、上海線はかろうじて中国東方航空が週4便でつないでいますが、運休もけっこう多いようです。その反動なのかわかりませんが、沖縄は台湾客や香港客であふれていました。面白いものです。
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それでも、今後は風向きが少しずつ変わっていくかもしれません。中国国際航空が北京・那覇線を7月から運航再開するそうですし、海南航空も(4月24日現在、同航空那覇支店に尋ねたところ、再開の時期は決まっていないとのことですが)それに続く、あるいは先に運航再開する可能性があります。また那覇の旅行関係者の話では、上海線は6月以降、週4便からデイリー運航となるそうです。

いまや激減した中国からの沖縄団体旅行ですが、上海錦江旅行社のホームページである程度その中身を知ることができます。実は、今日(4月25日)現在、沖縄を訪ねているツアーがあります。ツアー行程は以下のとおりです。

★海滨度假★忘乎所以尽兴冲绳4日之旅
拥有“东方夏威夷”美誉的冲绳是日本首选的度假胜地.

4月23日発 5499.0 元 (上海錦江旅行社)

★冲绳~整年沐浴灿烂阳光的亚热带土地。碧蓝的大海与鮮花盛开的大地,位于北纬26度的地方,这是日本人心目中的香格里拉! 这个土生土长的日本小岛,不仅将阳光与海滩尽揽怀抱,而且还把种种异国情调收至麾下。这儿有海洋世界、有森林密野、有日本传统风情、有美国经典时尚……这就是冲绳~与夏威夷、迈阿密、巴哈马一起,被喻为世界四大海滨观光圣地的冲绳。兼融和风及南国血统的冲绳,既有南岛人民的乐天爽朗、又不失大和民族的雍容优雅,四季恒温的舒适气候、吹來的清爽海風、加上澄碧透蓝的海水,连日本人都难以抗拒的度假勝地!
【美丽海水族馆】— 游客可以透过堪称全世界最厚的60公分巨大压克力隔离板观看“黑潮海洋”,眺望鲸鲨与鬼蝠魟悠游水中的姿态。本水族馆以繁殖为目的所进行的复数培育,以及展示大规模的珊瑚培育,也都是全球首创之举,在此还能观赏到精彩的海豚秀。
【名护菠萝园】—坐上菠萝形状的小车参观遍布公园的菠萝种植地和亚热带植物,途中菠萝味随风飘散,心情舒畅,酒工厂内参观菠萝酒的制造过程。
【享受血拼乐趣安排】
【国际通大道】—位于那霸市中心,是冲绳观光的出发点也是那霸的中心繁华街。国际通大道充满朝气。自古便做为冲绳的中心而繁荣,第二次世界大战受到毁灭性打击,而战后又以惊人的速度得到复兴和发展,因此人称「奇迹大街」。在全长1.6公里的大道两侧,百货店、餐厅、出售美军军品的杂货店、土特产店、时装店鳞次栉比,终日游人不断,热闹非常。

第 1 天 
▲上午集合于上海浦东机场,乘坐MU287(13:30/16:30)飞往日本冲绳那霸机场,抵达后,导游接机,乘专车前往参观,途径【树屋】此为一间餐厅,由于造型独特,故为冲绳建筑奇景之一。晚餐后然后前往海边度假酒店住宿。
餐:含晚餐
宿:海边southern beach hotel度假酒店或同级
www.southernbeach-okinawa.com
出发时间:1330 抵达时间:1630 承运人:MU287

第 2 天 
▲早餐后前往【美丽海水族馆】,游客可以透过堪称全世界最厚的60公分巨大压克力隔离板观看“黑潮海洋”,眺望鲸鲨与鬼蝠魟悠游水中的姿态。本水族馆以繁殖为目的所进行的复数培育,以及展示大规模的珊瑚培育,也都是全球首创之举,在此还能观赏到精彩的海豚秀。然后前往【冲绳名护菠萝园】(无限试食各式点心、搭乘迷你菠萝观览车)近一个世纪以来,菠萝在冲绳一直作为农作物来栽培。菠萝种植园作为一个旅游热点被发展了起来。名护菠萝园就是这样的一个充满乐趣的菠萝主题公园。之后前往【万座毛】,它是冲绳县内数一数二的景观。“万座”的意思就是“万人坐下”,“毛”是冲绳的方言,指杂草丛生的空地,所以“万座毛”指的就是可以容纳万人坐下的大草坪。这个美丽的大草坪位于海边的一座断崖之上,从那里可以欣赏海天一色,也可以俯视悬崖峭壁下的珊瑚礁。之后参观之后前往【嘉守纳美国空军基地展望台】可近距离眺望到远东地区最大的嘉手纳美军基地,沿途可见美军营区、可感受到曾因政治因素的关系而造成大批美军长期驻守冲绳的特殊景观。
餐:含早午晚餐
宿:OKINAWA PORTHOTEL酒店或同级

第 3 天 
▲在慵懒和清闲的早晨,您可慢慢睁开双眼感受那份自由与惬意。。。享受没有MORNING CALL的早晨!
酒店在早餐后,全天自由活动
您可自由漫步冲绳的大街小巷,亲身感受冲绳的异域文化氛围!
或可参加自费项目【世界遗产-首里城+玉泉洞王国村欣赏太鼓表演+豪华冲绳自助午餐+冲绳DFS环球免税店+美国村+石垣牛烤肉晚餐,10人以上成行12000日元/人,3-11岁儿童10000日元/人】
【首里成公园】- 世界文化遗产, 位于俯瞰那霸市的海拔120米的高坡上,是琉球王国的象征。 14世纪末创建的首里城,是琉球历代国王的居住地,同时,也是琉球王国的政治的中心。
【玉泉洞王国村】冲绳世界(文化王国玉泉洞)内有景观溶洞——玉石泉洞、热带水果园、毒蛇博物公园、冲绳当地舞蹈广场,100年以上历史的民宅、再现了琉球王国时期的城下城、代表冲绳传统工艺的琉球玻璃王国工作室等景观。其中最大的看点莫过于冲绳特有珊瑚礁而形成的溶洞——玉石泉洞(公开展示其中890米)
【冲绳DFS环球免税店】—光临DFS环球店冲绳岛店的顾客可以享受其他国内商店没有的优惠价格。DFS已经与日本政府协商立法允许向离开冲绳岛的游客,包括即将回到日本本土的日本游客,销售商品。您可以在日本的DFS环球店冲绳岛店购买商品。在DFS环球店冲绳岛店购买的商品将在您离境前通过那霸机场的货物集散柜台送到您手中。DFS店位于交通便利的冲绳岛那霸,其购物设施充满艺术气氛,以众多的名牌精品店和奢华品零售环境,提升了奢华商品购物的艺术。DFS环球店冲绳岛店推出世界著名品牌精品屋,包括宝格丽、博柏利、卡地亚、塞琳、Coach、肖邦、迪奥、芬迪、菲拉格慕、路易威登、万宝龙、普拉达、蒂芙尼 和 Tods 等。 【美国村】-美国村设施:购物中心,家局商店,观览车,电影院,歌厅,大型游戏中心,保龄球馆。
特色:大型购物中心和精品商店。商品令郎满目应有尽有。观览车可以瞭望东中国海的壮阔蔚蓝,广场上还不时有街头艺人才艺大比拼。
餐:含早餐;午晚餐为方便游玩敬请自理
宿:OKINAWA PORTHOTEL酒店或同级

第 4 天 
▲酒店享用早餐后,前往参观琉球八大神社之一的【波之上神宫】及【孔子庙】之后,前往【国际通大道】—位于那霸市中心,是冲绳观光的出发点也是那霸的中心繁华街。国际通大道充满朝气。自古便做为冲绳的中心而繁荣,第二次世界大战受到毁灭性打击,而战后又以惊人的速度得到复兴和发展,因此人称「奇迹大街」。在全长1.6公里的大道两侧,百货店、餐厅、出售美军军品的杂货店、土特产店、时装店鳞次栉比,终日游人不断,热闹非常。之后前往【ASHIBINA奥特莱斯购物城】—拥有仿古希腊建筑的购物中心,这里的产品价廉物美,日本各大名牌以及超过70多种人气品牌的商品都集中于此,总会找到你所喜爱的产品。特别赠送试穿琉球服装体验。
出发时间:1730 抵达时间:1830 承运人:MU288

ざっとツアー行程を紹介しましょう。

初日は中国東方航空の午後便で那覇入り。夕食後、糸満にある最近リニューアルしたばかりのサザンビーチホテル(または同クラス)にチェックイン。
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2日目は、バスで沖縄北部のちゅら海水族館や名護パイナップル園、万座毛と沖縄の観光スポットを南下しながら訪ねていきます。
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興味深いのは、この日の立ち寄りスポットのひとつとして、嘉手納基地が遠望できる「道の駅 かでな」があることでしょうか。ツアー紹介文にこうあります。「可近距离眺望到远东地区最大的嘉手纳美军基地,沿途可见美军营区、可感受到曾因政治因素的关系而造成大批美军长期驻守冲绳的特殊景观(極東で最大の嘉手納米軍基地を間近で眺めることができます。政治的な理由から、これほど大量の米軍が長期にわたり駐屯することで生まれた沖縄の特殊な景観を感じることができるでしょう)」。
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この解説は、基本的に「道の駅 かでな」の3階にある「学習展示室」で展示される米軍基地の不当性に対する沖縄県民の異議申し立てを踏襲するものです。ただし、米軍基地という存在は、中国にとっては軍事的脅威の象徴として認識されているのでしょうから、ツアー客のみなさんがここでどんな思いを抱くものなのか、ちょっと興味があります。
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2日目の夜からは那覇市内のホテルに移り、夕食は那覇市内で各自が自由に取るようです。

3日目は、自由行動です。首里城や玉泉洞、日本で唯一の路面免税店のDFSギャラリア沖縄、北谷にあるアメリカンビレッジなどを訪ね、石垣牛のステーキの昼食付のオプショナルツアー12000円に参加することもできます。
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オプショナルツアーに参加しないで、那覇市内を自由に観光することもできます。

最終日は、中国東方航空の夕方便の時間までを使って那覇市内をバスで訪ねます。波之上宮や中国とのゆかりのある孔子廟、国際通りの散策などで過ごします。
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そして、最後に立ち寄るのが、アウトレットモールのあしびなーです。
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ここには中国客の大量来訪をあてこんで2012年9月にオープンしたLAOX沖縄あしびなー店があります。
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店内は閑散としていました。オープンの時期と尖閣事件が見事に重なってしまったからです。あしびなーには、台湾客や香港客をたくさん見かけましたが、LAOX店内はすべて簡体字表記で中国本土客向けのディスプレイになっていることから、彼らも足を運びにくいかもしれません。皮肉なものですね

それでも、沖縄に立ち寄ることを条件に3年間入国自由となるマルチ観光ビザ取得が可能となった2011年7月以降、中国からの個人客は確実に増えていると沖縄の旅行関係者は口を揃えて言います。ただし、北京線の運休した現在、その多くはいったん東京などで入国し、そのあとに沖縄に来るケースも多いそうで、正確な数の把握は難しいそうです。

昨年夏に4回沖縄に寄港した巨大クルーズ船ボイジャー・オブ・ザ・シーズは、一度に3000人以上の中国客を沖縄に送り込んだことから、県民に中国客の大量来訪を印象付けましたが、今年は秋まで予定はないそうです。東南アジア客が増え始めていることは事実ですが、やはり数を稼ぐには中国市場という事実は否定できないものがあります。今後、空路客が動き始めることを期待したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-25 11:48 | “参与観察”日誌
2013年 04月 03日

中国朝鮮族の街・延吉、癒しの宿

中国吉林省延辺朝鮮族自治州の中心都市・延吉に、面白いホテルがあります。
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日本の在日の方が経営する「柳京飯店」です。同ホテルでは、毎晩北朝鮮から来た女の子たちによる歌謡ショーがあります。ホテルの宿泊者は食事をしながら、歌と踊りを楽しむことができる、癒しの宿です。
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彼女たちの熱唱する姿を見ることにしましょう。
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いろんな子がいますね。それぞれが得意とする楽器もあるようです。北朝鮮版のガールズバンド、とでもいえばいいのかな?
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レストラン内はこんな感じです。韓国からの観光客がいちばん多いようです。
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地ビールや焼酎、ここは朝鮮族の店ですから、メイン料理のほかにキムチや冷麺が出ます。
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50元払えば歌い手に花束を手渡すことができます。ちょっと気恥ずかしいシーンですが、この韓国のおじさんの気持ちはわからないではありません。
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花束を手にして、このちょっと誇らしげな表情がいいですね。
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後半は踊りのショーです。少しアイドル路線に向かっている感じが面白いです。
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こうしたショーがここで観られるのは、北朝鮮政府が外貨獲得のために中国各地に展開する「北朝鮮レストラン」と同様の、歌って踊れる彼女ら服務員の派遣システムを同ホテルが取り込んでいるからです。

そうした国家的な背景を知りながら、彼女たちの熱唱する姿に見とれてしまうのはイケナイことでしょうか……。

こういうちょっと後ろめたいけど心揺れる体験というのは、一般に「北朝鮮報道」とされている内容を鵜呑みにして眺めているだけでは、実際にかの地で何が起きているのかわからない。メディアのいうことはひとまず何でも疑ってかからねば。そんなある意味まっとうなリテラシーを取り戻すうえで、貴重なものです。……なんてね。

ちなみに、彼女たちが歌うのは、基本的に韓国や中国の曲です。でも、日本人客がいると、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」や「北国の春」を日本語で歌ってくれます。テレサ・テンはまだいいのですが、「北国の春」を歌われると、ぼくはそんなに無理しなくていいよ、という少し気まずい気分になってしまうところがあります。「北国の春」は日中友好時代を象徴する歌ですが、いまの日本人ではかなりお歳を召した人以外はあまり聞くこともないでしょうし、現実の日中関係との落差を思うと、いたたまれない気がしてくるからです。

しかし、彼女らに責任があるわけではありません。そう思いながら、じっと曲が終わるのを待つことになる。これはあくまでぼくの個人的な感じ方の問題ですが、「北国の春」ではなく、たとえば「上を向いて歩こう」を歌ってくれると気分も晴れるんだけどな、なんて思います。

ホテルの客室は簡素ですが、清潔です。外観は斬新というのか、ちょっと変わっています。
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柳京飯店
中国吉林省延辺朝鮮族自治州延吉市新興街24号
Tel 86-433-2912211
シングル260元 ツイン380~460元(シーズンにより変更あり)

詳しくは「地球の歩き方 大連 瀋陽 ハルビン」2013-14年版参照のこと。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-03 08:36 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2013年 04月 02日

19回 ガラパゴス化した日本のプロモーションは伝わらない

今年は例年に比べずいぶん早い春が訪れようとしていますが、東南アジアの動きも含めて、アジアのインバウンド旅行市場に新しい展開が生まれてきそうでうれしい限りです。そこで、今回はアジア市場に対する訪日プロモーションと、そのベースになる紙媒体の情報発信のあり方についてあらためて考えてみたいと思います。

このテーマを考えるうえでふさわしい方として今回ご登場いただくのは、台湾と香港で日本の情報誌の編集を長く手がけてこられた鈴木夕未さんです。彼女は現在、台湾国際角川股份有限公司(http://www.kadokawa.com.tw/)で『Japan Walker』の編集に携わっています。彼女は1999年に台湾に渡り、日本の情報誌である角川書店の『東京ウォーカー』の台湾版を現地で立ち上げ、根付かせた功労者のひとりです。

先日彼女が帰国された折、久しぶりにお会いする機会があり、台湾や香港における都市情報誌の現状と日系メディアの置かれた立場について貴重な話を聞くことができました。

彼女が語ってくれた話は、訪日旅行プロモーションのために日本で大量に発行された外国人観光客向けの地図やパンフレット、フリーペーパーなどが現在抱える問題の本質をあぶりだしています。ありていにいうと、それらはほとんど彼らから支持されていないという現実です。なぜなのか。別の言い方でいえば、日本の「情報誌」文化がガラパゴス化していないだろうか、という問いかけでもあります。これは華人文化圏だけではなく、今後多くの関係者がプロモーションに注力していくだろう東南アジア市場にも共通の問題であるはずです。以下、彼女の話を聞くことにしましょう。

香港人は日本の情報誌のゴチャゴチャしたレイアウトが嫌い

――昨年まで香港にいたのですね。いまは昔いた『台北ウォーカー』に戻られたとか。

「私は2012年の春、『香港ウォーカー』のリニューアルのため、香港に呼ばれました。同誌は5年前に創刊されており、当初は日本や台湾と同じく、都市情報誌として隔週で発行されていました。

香港は雑誌の激戦区です。しかも、基本は週刊誌。旅行雑誌でさえ週刊で発行されているくらい。せっかちで新しいもの好きの香港人の気質に週刊誌文化が合っていて、しっかり根づいているのです。こうしたなか、『香港ウォーカー』は苦戦続きで、2年前から他誌との違いを明確に打ち出すため、訪日旅行のための情報をメインに発信する媒体に生まれ変わりました。

なにしろ香港はわずか700万人の人口なのに、毎年約50万人が訪日旅行するという土地柄です。香港人の日本旅行熱が高いこと、日本が好きで、興味を持っている香港人が多いこと、香港には日本の旅行をメインコンテンツにした雑誌がなかったことから、角川がこれまで培ってきた強みを活かし、香港の現地情報ではなく、日本の情報を発信する月刊誌に方向転換したのです」

――ところが、それでもなかなかうまくいかなかったようですね。なぜだと思いますか?

「ひとつは特集の問題です。たとえば、2013年1月号の第一特集『関西パワースポット』企画はまったくウケませんでした。日本では人気のある企画なのですが。

もちろん、うまくいったものもあります。2012年8月号の『北海道のアイヌ神話』特集は、企画のテーマと写真を大きく使ったデザインが好評でした。同じ8月号でやったアニメ特集も、私からみると中途半端な内容のように思いましたが、かなり人気があったようです。香港にはアニメ好きが多く、日本のアニメで育っている世代が『香港ウォーカー』のメイン読者ですから。要するに、日本人ウケがいいものと、香港人ウケがいいものは違うんですね」。

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『香港ウォーカー』2013年1月号の「関西パワースポット」特集は香港ではウケなかった

――取材や誌面づくりはどうしているのですか?

「当初は、日本各地で発行される地方版ウォーカーの記事とデザインをそのまま流用し、サイズを変更して翻訳していたそうです。でも、それではダメだということで、独自で取材陣を送り出すことになりました。雑誌以外にもガイドブックを制作したのですが、12月に発売した東京のガイドブックはよく売れているようです。これは東京ウォーカーの過去記事を流用し、デザインを香港人向けにアレンジして再編集したものと、香港人の編集スタッフが現地を取材してつくったものが半々です。

しかし、『香港ウォーカー』が苦戦しているいちばんの理由は、香港の一般読者が“日本の情報誌特有のゴチャゴチャした細かいレイアウトが嫌い”、ということではないかと思います」。

――それはどういうことですか?

「理由はとても単純です。彼らにいわせれば、とても窮屈な感じがするからだそうです。実際、香港で発行されている他の旅行雑誌は、写真を大きく使ったレイアウトがメインで、記事はほとんどありません。彼らにいわせると、写真を見て“行きたい!”という気持ちを喚起してくれないとダメなのだそうです。その場所に行かなくても行った気になれる、そんな誌面がいい。これは香港人の編集スタッフたちと何度も話し合ったことなので、間違いないと思います」。

日本のプロモーションはあらゆるものが情報過多

――なるほど。香港の読者は実用的な情報ではなく、まずは旅に出かけたくなるようなイメージを喚起してくれる媒体を求めているということでしょうか。

「その通りです。香港の人たちは、極端なことをいうと、雑誌には情報はいらないといいます。きれいな写真があればいいという感覚なんです」。

――同じことはぼくの知り合いの中国の旅行会社の人もいっていました。日本から送られてくる全国各地の旅行パンフレットを見ながら、「たくさんの情報はいらない。きれいで印象的な大きな写真が1点あればいい」「ひとつのページにこんなに写真と文章がいっぱいあると、どこをどう読んでいいのかわからない」。それを聞いて、そりゃそうだなあと思ったことがあります。彼らにとっては所詮外国の情報ですから、日本人相手と同じように、そんなに細かくいろいろ書かれても、おもしろさがわからないというのが正直なところではないでしょうか。

「それと香港人は地図が嫌いみたいなんですね(苦笑)。私が日本の情報誌の誌面づくりのルールに則して実用的な地図を入れようとすると、スタッフから反対されるんです。ガイドブックならあってもいいけど、雑誌では地図は誰も見ないから載せる必要がないというのです」。

――確かに、雑誌とガイドブックでは本来、用途が違いますものね。日本人なら『東京ウォーカー』や『るるぶ情報版』を持って旅に出かけたり、街歩きを楽しんだりするものですが、外国の人たちにはそんな習慣はない。

「香港の人たちは雑誌を持って街歩きをすることは基本的にありません。ガイドブックとは別物と考えているのです。そういう意味では、海外向けの日本のフリーペーパーは彼らのニーズに合っていないのかもしれませんね」

日本の訪日旅行プロモーションの紙媒体はあらゆるものが情報過多で、その情報の見せ方も相手のニーズに合っていない。あれこれ地元の魅力を伝えたい発信側の気持ちはわかるけど、日本人相手と同じようにぎっしり情報を詰め込んでも、外国の人たちにはどこからどう読んでいいのかわからないのです。この不幸なミスマッチが起こる背景について、ぼくは本連載の「第1回 震災は点検の絶好のチャンス!」の中で指摘していました。以下はその抜粋部分です。

――日本側の作る観光パンフレットの多くは、日本の消費者(中国のではない!)の嗜好に沿った実用ガイドに偏っています。これでは旅行先を決める前の段階で使えない。その豊富な情報を享受できるほど、大半の中国の消費者は日本の事情を理解しているわけではないからです。

さらに致命的なのは、そもそも中国の消費者が日本の過剰に洗練された情報誌の読み方を知らないという事情があります。限られた2次元のスペースにたくさんの写真と細かい情報がぎっしり書き込まれた、たとえば『東京ウォーカー』や『るるぶ情報版』のような情報誌を読んだことがないのです。だから、仮に中国客が日本のパンフレットを手にしても、どこからどう読めばいいのかわからない。掲載店舗のありかを探すために別ページにある地図を参照するという情報誌の基本的な約束事を知らないのです。しかし、彼らはネット通販の口コミサイトなら使える。ピンポイントの店舗や商品情報はわかるのです。

それは端的にいうと、彼らが『エイビーロード』を知らないままネット時代を迎えたことを意味します。このすでに休刊した情報誌の存在は、多様な商品の中身を詳細に比較検討できることで日本の海外旅行シーンの成熟化に大きな役割を果たしました。一方、中国の消費者はこうした比較検討メディアの時代を経験することなく、ネット時代に突入しました。おかげで我々の知っている情報化のプロセスがすっぽり抜け落ちているのです。――

「情報誌」文化も日本のガラパゴス化のひとつ

――そもそも香港の人たちは、『東京ウォーカー』やかつての『エイビーロード』のような情報誌に慣れていない。そのことが情報誌のデザインをそのまま踏襲した最近の日本の旅行パンフレットやフリーペーパーを受け付けなくさせている理由なんだろうと思います。

「地図の要不要もそうですが、当初日本の情報誌の翻訳から始まった『香港ウォーカー』の編集スタッフたちは、『日本の記事はキャッチがしつこすぎる』といいます。彼らには『日本人は同じことを繰り返し書いている』と感じるそうです。タイトル、サブタイトル、リード、キャッチ、本文、キャプションと、すべて同じことを書いているというんです。確かにそういわれると、そうですよねえ」

鈴木さんのいうように、日本の雑誌編集者たちは、タイトルやキャッチを本文の中から抽出して、なるべく読者の眼を引くよう短いセンテンスにまとめて表現することに腕を競っているようなところがあります。タイトルだけ読めば、何が書いてあるか大枠がつかめるようなうまいキャッチをつけて一人前。一種の言葉遊びのおもしろさもありますし、編集者のセンスが問われるところです。

こうした雑誌文化の背景には、本とは違って雑誌はすべてを通しで読まれるとは限らないため、なるべく数多くの情報を詰め込んで、各読者が眼を引いたものだけ読んでもらえばいい。そうしたゴチャ混ぜの情報の断片をまるで幕の内弁当のおかずのようにぎっしりと詰め込んでいるのが、日本の情報誌です。そのような情報誌の読み方が彼らにはわからないというわけです。大皿料理をみんなで取り分ける食文化の彼らに、幕の内弁当が合わないのは無理もないかもしれません。

こうしてみると、日本で独自に進化した「情報誌」文化はガラパゴス化といわれても仕方がないのではないでしょうか。もちろん、ガラパゴス化は自国の消費者のニーズに則して開発されたもので、それ自体悪いというわけではありません。ただし、海の向こうに市場を求めようとすると、支障が生まれる。日本の携帯が陥った状況と同じことだと思います。

我々は1枚のページに情報がコンパクトにまとまっていると便利だと考えがちですが、実のところ、華人文化圏の人たちがそう受け取るとは限りません。とりわけ中国のようなプロパガンダの国の住人は、タダでくれる情報であれば、何らかの誘導があるだろうとふつうに考えます。彼らは我々に比べてとてつもなく疑り深い人たちでもあるのです。

さらに、鈴木さんがさきほど語ったように、香港では「雑誌を持って歩く」という習慣が浸透していないことも、日本の海外向けフリーペーパーが受け入れられない理由といえます。彼らにとって雑誌はあくまで読むものなのです。そして、いまや持って歩くのはスマートフォンという時代です。

問題なのは、情報の送り手である日本の制作者たちが「情報誌」文化の作法に縛られたまま、外国人相手にきちんとコンテンツが伝わっていないにもかかわらず、無自覚のうちに情報発信を続けていることです。

鈴木さんが香港で学んだ「自己満足ではダメ」

鈴木さんは香港で情報誌編集に携わった悪戦苦闘の日々について、赤裸々に語ってくれました。

「私は香港の編集スタッフとうまくいっていませんでした。理由は、私の考えが“日本的すぎる”からでした。赴任当初は使命感もあるし、日本からわざわざ呼ばれたのだからと、企画もページ構成も日本人目線でやっていました。だから、彼らとぶつかりました。

でも、徐々に彼らのいうように『雑誌は読むもの』という考え方を受け入れ、日本の月刊誌や季刊のハイグレードな雑誌をイメージして柔軟に対応するようにしました。本当をいえば、日本の観光地を背景に芸能人を大きく見せるような現行の『香港ウォーカー』の表紙は、実際のコンテンツと合っていないと思うのですが、香港の人にはそれで構わないのです。ミュージシャンやタレントのインタビューなども、写真をできるだけ大きくしてくれという読者からのリクエストがありました。私からすると、それは違うだろうと思うのですが、香港では“写真を大きく使う”、これがいちばん重要なのです」。

――『香港ウォーカー』のこの1年間のバックナンバーを見せていただきましたけど、2012年の5月号くらいまでは日本の情報誌のように、細かいレイアウトやキャッチを多用した誌面づくりが見られますが、だんだんそれが減って誌面がすっきりしてきますね。

「海外で仕事をして勉強させられることがたくさんあります。日本にいては気づかないことばかりです。10年前、私たちが『台北ウォーカー』の立ち上げに成功したのは、そこが台湾だったからです。日本に片想いしている台湾だったから、私たちの思いが実現できたのだと、いまは思います。

そういう意味では、日本に恋する台湾と、最近中国かぶれになってきた香港ではまったく違いますね。 香港人はある意味、欧米人の感覚にも近いです」。

鈴木さんは、日本に片思いし、日本のやり方を受け入れてくれる台湾の特殊性に、いまさらながら気づいたといいます。と同時に、鈴木さんのように、時間をかけて日本の「情報誌」文化を根付かせた日本人がいたことで、台湾の消費社会の成熟に貢献した面もあったのではないかと思います。でも、台湾はきわめて例外的なケースで、そこで成功したことが、その他の華人文化圏やアジアの国々で通用するとは限らないのです。

「やはりその国と仕事をしていくなら、“郷には入れば郷に従え”じゃなければいけないと思います。その国の人たちの気質や好みを把握してやっていかないと、受け入れてもらえません。

自戒の意味も込めて感じたのは、日本人はお山の大将になっているんですよ。自分たちの技術がすごいと。でも、実際はそんなことばかりじゃないですよ。たとえば、街でのWi-Fiの普及度でいえば、日本は遅れています。それは香港から帰ってくると痛感します。日本だから日本のやり方が合っているだけで、外国に来たら日本のやり方は通用しません。香港では本当に悔しくて何度も泣きました。現地のデザイナーとのコミュニケーションも然り。私の意見をまったく聞こうとしないのですから(苦笑)。

でも、仕方ないですよね。雑誌を読むのはこちらの人です。私が香港でやろうとしていたのは、自己満足の世界だったと気づきました。台湾ではこの経験を無駄にしないようにと思います」。

自覚なく大量発行されている現状を変えよう

鈴木さんはいま、台湾で『Japan Walker』という訪日旅行情報を満載した『台北ウォーカー』の別冊附録(ブックレット)を出す仕事に取り組んでいます。

「毎月60ページほどのブックレットなので、旅行カバンにちょっと忍ばせてもらえたらと思っています」。

鈴木さんが香港で味わった葛藤は、海外向けの観光パンフレットを発行する自治体関係者やフリーペーパーの発行者のみなさんも自分の問題として大いに学ぶべきではないでしょうか。

「いま全国の自治体で大量につくっている観光パンフレットや地図は、そのほとんどが日本人用をただ翻訳しただけで、まったく外国人のニーズに合っていないんです。この無駄にはもうみんな気がつかないといけないと思います」。

なぜこのような無駄がいつまでもまかり通るのか。発行元の多くが費用対効果に責任を負わない自治体であることもそうですが、広告を集めれば、それで成立してしまうというフリーペーパーのビジネスモデルにもあると思います。実際に読まれなくても、発行だけはできてしまうからです。それが現場の制作者たちにとっても自らのガラパゴス化に対する無自覚を温存させている面があります。

最近でも、トラベルマートの会場などで多言語化された地元の旅行パンフレットを用意しただけで満足しているような自治体関係者を見ると、残念というほかありません。そりゃないよりはましかもしれませんけど、もうそんなことですまされる時代だとは思えません。自覚なく大量発行される現状を変えなければなりません。

日本の「情報誌」文化を脱却し、相手のニーズに近づくことで成功した例として、中国で発行される日系ファッション雑誌があります。もともと日本で発行していた女性誌を、中国でライセンス契約して発行してきたのですが、やはり最初は日本の翻訳記事が多かったそうです。誌面に出てくるのも日本のモデルばかり。しかし、それではうまくいかなかったといいます。

当然のことですが、中国の女性の好みやライフスタイルに合わせたオリジナルな内容でなければ、読まれ続けるはずはないのです。そのためには、彼女らのニーズを追い求める姿勢が必要でしたし、とりわけ中国人モデルの育成が重要だったそうです。それは、日本の出版界が欧米のスタイル雑誌や女性誌を日本のマーケットに根付かせたプロセスと基本的に同じことだったと思います。

同じことは、インバウンドの海外向け情報発信においてもいえることなのです。

台湾で新たにチャレンジする鈴木夕未さんの今後の活躍に期待したいと思います。

やまとごころ.jp 19回 本気でアジアを狙うなら、「情報誌」の発想を変えよう
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by sanyo-kansatu | 2013-04-02 08:30 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)