ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 06月 27日

タイ人観光客に西新宿の焼き肉店「六歌仙」が人気の理由

6月下旬、外務省はタイとマレーシアの訪日観光ビザを7月1日から免除することを発表しました。

タイ国民に対するビザ免除(外務省)2013年6月25日
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_000361.html

今年に入って、確かにタイからの観光客は増えています。では、いったいタイの観光客はどんな日本旅行を楽しんでいるのでしょうか。

ここ数日、ぼくはタイ客を扱うランドオペレータ―を中心に取材していたのですが、ちょっと面白い話を聞きました。

西新宿にある焼き肉店「六歌仙」が、タイ人観光客に大人気だというのです(あとで聞いたら、すでにテレビで紹介されたこともあるそうです)。

六歌仙
http://www.rokkasen.co.jp/

今週月曜日、「六歌仙」の磯見幸成社長にお話をうかがう機会がありました。以下、その採録です。

―タイのお客さんが来店するようになったのはいつごろからですか?

「10年くらい前からでしょうか。実は最初、タイ人とは気づいていませんでした。東南アジアからのお客さまがいらっしゃるな、というだけで。お客さまはたいていガイドが連れてくるんです。そのうち、だんだん団体で予約が入るようになって。それがタイから来たツアーのお客さまだとわかったのは、5年くらい前からでしょうか」

―なぜタイのガイドさんは貴店にお客さまを連れてきたのでしょうか?

「ガイドさんの多くは日本に住むタイ人ですが、自分が来店しておいしいと思ったからでしょう。一般にタイはインセンティブのお客さまが多いので、たいてい少人数で来店されます。タイに進出した日本企業の関係者が多いのですが、なかにはタイの政財界のVIPの方もいらっしゃいます。彼らの口に合うかどうかは、すべてタイのガイドの店選びのセンスにかかっているから彼らも真剣なんです。おかげさまで、当店はタイのお客さまに選んでいただけたということでしょう」

―タイ人客の人気メニューは何ですか?

「おひとり様6500円の食べ放題コースです」

―昨今の焼き肉食べ放題の激安ブームのなかで、かなりお高いですね。

「タイのお客さまはおいしいものにはお金を惜しまないそうです」

―タイ人向けの特別なサービスはあるのですか?

「特にはないのですが、料理を出すとき、ちょっとダイナミックな感じに演出してお出しすることでしょうか。ちまちましたやり方ではなく、食べ放題ですから、その場を盛り上げる工夫をすることで、お客さまに喜んでもらえる。実は、ガイドがそうしてくれと言うんです。ガイドにとっても、自分が店に指示を出してサービスさせているという特別感をお客さまに見せることで面子が立つようです。こちらもそれがわかるので、それに合わせています。やはりガイドとの信頼関係がいちばん大切ですから」

―タイ客の来店はどの時期が多いのですか?

「一般にタイの旅行シーズンは4月と10月だそうですが、最近は1年中いらっしゃいます。タイには3回お正月があるというそうです。元日と中華系の旧正月(1月下旬~2月)、そしてソンクラーン(4月)というタイの旧正月です。今年は前倒しで3月に大勢いらっしゃいました。一度に100名もの団体が予約されたこともありました」

―タイ人に貴店が人気の理由は何だとお考えですか?

「タイ人は日本食が好きなんです。タイにはたくさんの日本食店がありますが、本場で食べたいと思う気持ちが強いそうです。食べ放題は金額を気にしないで食べられるので安心。味は保証つきですから、ガイドによる口コミで広がっていったようです」

―お店の入り口にタイのインラック首相が来店されたときの写真が飾られていますね。

「それは昨年4月21日の日本メコン会議で来日されたときのものです。実は、首相はこれまで何回もお忍びで当店にいらっしゃっていたそうです。最初のころは、私もそれに気づいていませんでした。そのうち、タイの大使館から直接予約が入るようになって、あるとき、それがインラック首相だと知ったという次第です。お兄様のタクシン元首相も来店されたことがあります」
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―すごいですね。首相のお墨付きとあれば、タイの皆さんも喜んで来店されることでしょう。

「実は、今年5月に来日されたときにもいらっしゃっています。そのとき、私は首相にお手紙を渡しました。3.11のとき、タイは発電機を日本に支援してくれているんです。それを感謝するという内容を、知り合いのタイ人にタイ語で書いてもらってお渡ししたんです。すると、首相は同じ年の11月タイで洪水が起きたとき、日本からたくさんの支援をしていただき、こちらも感謝しているんですよ、とお話になりました。

最近はタイのテレビ番組でも当店はよく紹介されるようになりました。先日もタイのお笑い芸人さんが来て、日本の着物を着崩したりして笑いをとっていました。日本のバラエティ番組はタイではよく再放送されるそうです。昔テレビ東京の番組で当店を紹介してもらったことがあるのですが、それを観たというお客さまもいました。いまでは東京に来たら、六歌仙に行きたい、と多くのタイの方が言ってくださるそうです」

バンコクで発行されているフリーペーパーに掲載されたタイ人女性の「六歌仙」訪問記 ↓
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―ところで、磯見社長は店の宣伝のために、タイに行かれたことはあるのですか?

「実は一度も行ったことないんです。ですから、これまで話したことはすべてタイのガイドから聞いた情報です。

タイのお客さまはとても礼儀正しくて、親日的です。日本という国をまっすぐに見てくれる。きっと憧れを持ってくれているのでしょう。

最近では、タイの旅行会社の人も、ホテルの予約の前に、まず六歌仙に予約を入れる、なんて話も聞きます。タイのツアーは最後に東京に寄るコースが多いそうで、日本の最後の食事は当店で、とおっしゃってくださいます。確かに、他の飲食店に比べ当店は高めですが、最後の食事ということで、楽しみにしてらっしゃるそうです」

一般に中国からのツアー客は焼き肉も1500円程度の食べ放題店しかまず行かないと聞きます。ツアー代が安いため、一回の食事代からそれ以上の金額を捻出できないからでしょう。一方、タイからの日本ツアーは同じ滞在日数でも、中国人ツアーより料金は2倍くらい高いようです。逆にタイ人は少々高くてもおいしい店に行かなければ、クレームになるそうです。

磯見社長は言います。
「当店は創業28年ですが、安売りはしないことをモットーにしてきました。肉にはコストを惜しみません。私が社長に就任したのは4年前ですが、広告費はHPをつくったくらいで、いっさいかけていません。原価(の高さ)は保険代という考え方です」

外食産業のデフレ化が進むなか、同店で起きた「気づいてみたらタイ人客で満員御礼」という現象は、とても興味深い話といえます。店の格式とか伝統、内装デザインにはこだわらず、親しみやすさと何より味覚の好みを重視するタイ人客の存在は、中国本土客とは明らかに異なる客層といえそうです。国・地域によって求めるものがまったく違う。これこそ、インバウンドの面白さだと思います。

もっとも、社長によると、最近では香港客も増えているそうです。外国人同士の口コミなどを通じて店の価値が伝われば、タイ人以外のアジア系の人たちも来店する可能性はありそうです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-27 11:57 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2013年 06月 26日

中国のニュータウン建設に強い違和感あり(中朝国境の街「丹東新区」にて)

中国のニュータウン建設地を訪ねると、いつも強い違和感と軽いめまいに襲われます。
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もう5年以上前、日経ビジネスNBOnlineで連載した「上海不動産ミステリー」で、上海郊外に造られた英国タウンハウス風分譲地や、杭州のパリを丸ごと模倣したテーマパークのようなキッチュな新興住宅地を訪ねたころから、その印象は変わっていません。
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そこまで荒唐無稽ではありませんが、中朝国境に現在建設中のニュータウン「丹東新区」にも、同じような印象があります。
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毎年訪れるたび、マンション建設は少しずつ進んでいます。しかし、そこに人が住む気配は見られません。それはそうでしょう。周辺には体育館や遊園地の観覧車といった遊興娯楽施設、新空港ビルは早々とできていますが、人の暮らしに直接かかわるスーパーや病院、学校はまだありません。人が住んでいないからそれで構わないのでしょうが、そもそも優先順位がおかしいのではないか? 
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丹東の市政府の立派な庁舎はすでに建設され、公務員は丹東市内から毎日車で通勤しているそうです。でも、本当にこのニュータウンに人が住まう日が来るのか? 根本的な疑問が頭をよぎってしまいます。
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さらにいうと、都市計画では、新区の西側に工業産業園区が予定されています。韓国やシンガポール、日本、台湾から工場誘致を図る予定でした。誘致は進んでいるのでしょうか? ここは北朝鮮と国境を接する玄関口の街です。当然リスクもあります。以下は2011年当時の計画図です。
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新区の一角に、日本風の温浴施設「江戸城」の建設が進んでいます。それは単なる遊興施設ではなく、マンションも併設したかなり大規模な複合開発案件です。
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「江戸城」のマンション分譲を扱う不動産サイトhttp://ddfw.cn/によると、来年9月末には入居可能だそうで、価格は以下のとおりです。
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楼盘价格:最低价4700元/平方米(※1㎡4700元(約7万円)は北京に比べれば相当安い)
入住时间:2014年9月30日
物 业 费:暂无资料
售楼地址:绿江华府A座101室
开 发 商:丹东江户置业有限公司
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このプロジェクトは、もともと日本からの投資案件だったといいます。ところが、丹東に住む知人によると、その日本の投資家は単なるブローカーで、すでに地元の業者に売却してしまったそうです。

実は丹東市内に近い月亮島という中州の上に、1990年代にある在日中国人が投資したリゾートホテルの廃墟があります。ホテル運営にすぐに失敗し、早々と地元の関係者に売却されてしまったそうですが、「江戸城」を開発途中で売却(売り抜け)したのは、いったい何者なのか? 

所詮よその国の話といえばそれまでなのですが、これまで述べたような光景に強い違和感をおぼえるのは、ぼくが1970年代の首都圏のニュータウンで少年期を過ごした人間だからだろうと思います。

造成地に囲まれ一見殺伐とした歴史も伝統もないニュータウンの生活。引越しした当初は通学路さえ舗装されておらず、雨の翌日はひどいぬか道でした。それでも、自分の成長とともに日々街は整備され、生活が便利になっていく……。今も当時の同級生に会うことがありますが、そこは自分の育ったまちだという思いがあります。

規模でいえば、臨海副都心よりずっと大規模な丹東新区。たとえ、オリンピックが誘致できたとしても、日本ではこんな巨大な開発案件はもうないでしょう。それなのに……。

明らかに、中国経済が2000年代に見せた発展のスピードはすでに失われています。地元の知人によると、「丹東新区が完成するには、まだ5~6年はかかりそう」とのことです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-26 17:57 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)
2013年 06月 20日

中国の地方開発はどこでもこんな感じです(まちづくりの観念は欠落。不動産販売が優先)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで対岸の北朝鮮新義州と向き合うまちです。近年、市街地南部に広がる鴨緑江下流域一帯を「丹東新区」として開発し、高層マンションの建設ラッシュが続いています。
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いまそこでは北朝鮮側とつなぐ新鴨緑江大橋が建設されています。
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その一画に「国門湾」都市開発情報センターがあります。
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このような都市開発情報センターは、丹東に限らず、中国全土にあります。中国の地方都市の開発とはどういうものかを理解するためには、格好の場所といえます。

中に入ってみましょう。ショールームの正面に、巨大な「丹東新区」のジオラマがドーンと置かれています。周囲には、超高層ビルを配置した丹東新区の未来図のパネルが展示されています。ただし、そのイメージは驚くほど全国の他の地方都市のものと似かよっています。上海の浦東を原型としたイメージを踏襲しているといって差し支えないと思われます。
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都市計画図によると、丹東新区は、工業産業園区、中央行政文化区、国際貿易区の3つに分けられるようです。
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中央行政文化区には、市政府や公共の文化施設、学校などに加え、不動産デベロッパーのマンション予定地がしっかり書き込まれています。
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興味深いことに、ショールームの隣では、不動産会社のブースがいくつか並び、販売が行なわれています。まだ完成していないマンションのジオラマを展示し、女性の販売員が接客しています。
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マンションのジオラマ自体はどれも似たり寄ったりです。間取りの模型もあります。しかし、そこでどんなまちづくりが行われるのか、どんな住まい方になるのか、ほとんど説明されていません。
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これが地方政府とデベロッパーがグルになって進める中国式の地方開発です。地方政府の歳入は土地売却に依存し、不動産投機が主要な原動力といっても差し支えないのではないか。それまで何もなかった0円の土地を売って、箱物建てれば大金になるというわけですから。

確かに日本でも同じような話はあります。再開発によって土地の値段が上がるのを見越して土地の買占めを図る強欲なデベロッパーと政治家のインサイダー取引なんて話は、テレビドラマでもおなじみの設定でしょう。

ただし中国の場合、それを悪びれることもなく政府が推奨しているようなところがあります。国民の多くも、マンション開発の話を聞きつけ、安いうちに複数購入し、資産価値が上がるのを待ち、時が来たら売り抜ける、という中国におけるお手軽資産形成=幸福への最短コースを夢見ています。一見儲けるチャンスは誰にでも開かれているようですが、そんなことは当然ありえませんし、政府関係者の懐にいくら入ったか公表されることはまずありません。

その結果、 日常生活に欠かせない諸物価とはつりあわない不動産価格の高騰が起きているわけです。いまの中国は、土地の値段をつり上げないことには、経済が回らないような社会になっていないでしょうか。

今年に入り、中国経済の成長の減速が伝えられるなか、濡れ手で粟の不動産投機による資産運用に精を出してきたばっかりに、額に汗して働く正攻法の商売を手がけるのがバカバカしいという風潮がこの国に生まれてしまっているように思います。それがあだとならなければいいのですが……。

こうしたことは、中国では大なり小なり全土で起きていることです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-20 17:46 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 06月 18日

極東ロシア人の中国旅行~買い出しバスツアーの訪問先は?

極東に住むロシアの人たちにとって、身近な海外旅行先はお隣の中国です。いったい彼らはどんな旅行をしているのでしょうか?

なかでも沿海州の人たちの気軽な行き先は、吉林省の琿春か黒龍江省の綏芬河です。ウラジオストク市内には両都市への訪問を呼びかける案内版もあります。
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2012年の夏、ぼくは中ロ国境の町クラスキノのバス停でロシア人観光客のグループに出会いました。彼らと同じバスに乗って中国の琿春まで行くことになったのです。それが極東ロシア人の中国旅行について調べてみることになったきっかけです。
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グループの中には若い女の子たちもいました。聞くと、大連まで行くそうです。大連の開発区に金石灘というビーチリゾートがあり、夏はロシア人海水浴客の姿をよく見かけます。バスで行くとしたら、けっこうな長旅ですね。

クラスキノからバスに乗って15分ほどで、ロシアのイミグレーションに到着しました。ぼくもロシア人に混じって出国手続きをしたのですが、同じバスごとにまとめて移動させられるので、パスポートチェックがすんでも狭い待合室で全員が終わるまで待つことになります。
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面白いことに、そこには中国の美容整形やエステの大きな広告が貼られています。
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同じ施設の広告は、琿春口岸にも置かれていました。
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なぜ中国で美容やエステなのか。それにはわけがあります。中国で湯治療養のため長期滞在するロシア人がけっこういるからです。有名なのは、遼寧省鞍山市(瀋陽の近く)の湯崗子温泉です。美容&メディカルツーリズムのメッカとして極東ロシア人に知られています。この広告によると、湯崗子温泉でのサービスに類似した泥エステや美顔エステを琿春でも提供していると思われます。ちなみに湯崗子温泉は戦前に開発された由緒ある温泉地で、ラストエンペラー溥儀のために造られた豪華絢爛個室風呂がいまも残っています。

次にバスで中国のイミグレーションに運ばれ、入国手続きをします。その日、地元のテレビ局が入国するロシア人観光客の様子をカメラに収めていました。琿春市にとってロシア人観光客は大切なお客様ですし、その盛況ぶりを伝えることで、地域の発展をアピールしたいのでしょう。
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さて、ここでロシア人の皆さんとはお別れなのですが、琿春口岸でぼくは1冊の地元を案内するフリーペーパーを入手しました。中国名は「邊城傳媒」ですが、もちろん全編ロシア語です。
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「邊城傳媒」の体裁はA5版オール4色、本文64P。表紙や裏表紙、表2、表3も入れたほぼすべてが広告スペースとなっています(琿春市内MAP、中ロ対照旅行会話、出入国と税関に関する案内、発行元の広告会社のページを除く)。成田や羽田に置かれた外国語の日本案内と基本的に同じ性格の媒体です(デザインや編集のクオリティについてはともかく)。

そこには、琿春に滞在するロシア人が訪れるであろうスポットが掲載されています。せっかくですから、どんな場所が載っているか、見てみましょう。基本各ページに1店舗ですが、見開きでページを取っている施設もあります。まずはショッピングセンターの広告です。
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「温州商場」とありますから、不動産投機で悪名高い温州商人の投資によるショッピングセンターと思われます。ロシアの女の子たちがショッピングバッグを抱えて笑顔を振りまいている写真がポイントでしょうか。

次は、家電と毛皮の店です。中国の家電産業の発展ぶりから前者の店はわかるとして、なぜ毛皮の店なのか。実は、中国では毛皮製品がロシアに比べて圧倒的に安いからです。
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ウラジオストク滞在中、ぼくはたくさんのロシア人と知り合ったのですが、そのひとり、鳥取県ウラジオストクビジネスセンターのベルキナ・アンナさんによると、「ウラジオストクのOLの給料はそんなに高くないので、半年間我慢してお金をためて、年に2回琿春や綏芬河に行って毛皮やバッグを買いに行く」のだそうです。ちなみに、同センターは鳥取県のいわゆる在外事務所のひとつ。ウラジオストクと境港は週1便の航路で結ばれています(→「境港(鳥取県)発ウラジオストク行き航路をご存知ですか?」)。

これは遊園地と眼鏡店の広告です。ミニサイズのメリーゴーランドやフライングパイレーツが置かれた、まるで移動遊園地のようなアミューズメント施設です。ロシア人ファミリー客のニーズに応えるものでしょうか。他にも子供服やケーキショップの広告もありました。また、眼鏡もロシアに比べ相当安いのでしょう。
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最後は中ロ対照旅行会話と歯医者の広告です。現地でお会いした朝日新聞ウラジオストク支局の西村大輔記者によると、「歯の治療のために琿春に行くロシア人は多い」のだそうです。実際、フリーペーパーには6軒の歯科が掲載されていました。
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以下、広告の掲載店舗軒数をジャンル別に整理してみました。

ファッション関係(洋品、毛皮、バッグ、靴屋など) 12
歯科 6
レストラン(西洋料理がほとんど。中華料理店は1軒のみ) 6
美容・エステ関係 6
薬局 4
ショッピングセンター 4
家電販売店 3
アミューズメント施設(遊園地、ボーリング場など) 3
検診病院 2
サウナ・スパ 2
ケーキショップ 2
その他(アウトドア用品店、健康器具販売店、ふとん販売店、中国特産土産店)

これだけ見ていても、ロシア人が琿春でどう過ごし、どんなものを買い物しているかよくわかります。一般に極東ロシア人の中国旅行は買出しツアーと思われていますが、その内実は思いのほか多様なようです。とりわけ、前述した歯科や検診、美容といった医療関連のサービスが多いことに気がつきます。

観光庁は以前、極東ロシア人の医療や検診を日本で受けてもらうようにと、メディカルツーリズムの推進を働きかけたことがあります。しかし、実際には一般市民は中国で、少し経済的に余裕のある層は、日本ではなく、韓国に治療に行くと聞きます。コスト面の理由もあるでしょうが、やはり日常的に極東ロシア人たちが中国の朝鮮族自治州で医療を受けているのだとしたら、難易度の高い治療は韓国へ、という流れになるのは自然なことでしょう。韓国で学んだ朝鮮族医師も多いことが考えられるからです。
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こうした実態は、これらのモノやサービスをロシアで手に入れることがいかに難しいか、それを隣の国に出かけ、わざわざ埋め合わせしなければならないことを物語っています。

あるウラジオストクの関係者によると、「2000年頃、極東ロシア人は自国に比べ中国の圧倒的なモノの豊かさに衝撃を受けた」といいます。20世紀初頭の社会主義革命以降、ずっと兄貴分のつもりでいたロシアは、敗北を認めざるを得なくなったのです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-18 16:33 | 日本に一番近いヨーロッパの話 | Comments(0)
2013年 06月 18日

極東ロシアの田舎町をドライブする~数千台の日本車積替と渤海の港

中国吉林省の延吉を起点に国際定期バスで極東ロシア入りしたぼくは、シベリア鉄道の終着駅のあるウラジオストクで数日過ごした後、中国に戻ることになりました。でも、往路と同じように路線バスに乗るのではつまらないので、復路はランドクルーザーをチャーターして途中いくつかの場所に立ち寄りながらドライブすることにしました。そして、国境の町の宿で一夜を明かすことにも。
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ロシア時間の17時(中国時間は14時。当然まだ陽は高い)、ウラジオストクを出発。市内はあれほど渋滞がひどかったのに、郊外に出ると車が減りました。ウラジオストクは半島の先にある都市なので、中国国境方面に向かうには、いったん北上し、半島の付け根で折り返さなければなりません。その頃にはもう対向車もたまにしか現れなくなります。
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往路で休憩したドライブインを通り過ぎました。大きなトラックが停車しています。小さな村を通ると、人影が見えます。
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ほぼ無人の一本道を日本製のランドクルーザーはひた走ります。ウラジオストクから1時間も走ると、徐々に道路の舗装が悪くなります。
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ザルビノという港町に立ち寄りました。トロイツァ港は日本から完成した自家用車を陸揚げし、列車でモスクワ方面に運ぶ積替港でした。トヨタ車やマツダ車だといいます。緑の湿原に囲まれた何もない場所に、突如何千台という車が並ぶという光景はちょっとした奇観といえるでしょう。
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港は入り江になっていて、対岸には小さな集落と缶詰工場があるそうです。そこで働くのは北朝鮮からの労働者と聞きます。
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次に立ち寄ったのは、ポシェット湾の石炭積み出し港でした。ロシア人労働者がふたりビール瓶を片手に現れました。ここには中国からの労働者も働いているそうです。
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ウラジオストクはすっかり化粧直しされて、ソ連時代を強く思い起こさせる痕跡はそんなに見つからない印象でしたが、こうして田舎町を訪ねてみると、この古い団地もそうですが、社会主義時代の裏さびれた停滞感を連想させる物件に出会います。しかし、それも仕方がないことというか、沿海州というのは、言うまでもなくロシアの最果ての場所なのです。
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ポシェット湾の入り江を見渡す場所で車を停めました。実はこのあたりは、いまから1000年以上前にこの地に勃興した渤海(698年-926年)が日本との交流のために計34回送り出した使者が出航した港があった場所ではないか、といわれています。当時の渤海の版図に極東ロシアの沿海州南部はすっぽり収まっています。夕闇が迫ってきて薄ぼんやりとしたポシェット湾でそんなことを考えていると、とても不思議な気分がします。
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それから車は西に向かい、ロシア時間の23時になってようやく国境の町クラスキノにたどり着きました。そして、町に一軒だけのオリオンホテルにチェックインすることに。
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この国境宿はもともと中国の投資によって建てられたホテルのようです。1990年代初頭のソ連崩壊以降、多くの中国人が行商人や労働者として極東ロシアに入り込みました。ところが、その数の多さに慌てたロシア政府は入国管理を厳しくします。今回のバス旅行でもわかったように、現在の人の流れはむしろロシアから中国に買い出しに来るロシア人のほうが多そうです。となれば、この中国資本の国境宿はさびれるほかありません。現在は地元ロシア人の経営となっています。

ちなみにツインで1泊2000RB(約5000円)。中国の地方都市であれば1泊100元(約1500円)程度の水準のホテルでしかありませんが、ロシアは中国に比べあらゆるものが高いです。それが極東ロシア人の買い出し旅行の背景となっています。

それにしても、場末感がたっぷり味わえる国境宿ならではのホテルでした。極東ロシアと中国辺境の国境の町なんて、そりゃもう世界の最果て。あらゆる世界の動向から置いてけぼりにされている(それはちょっと言い過ぎですが)、そんな場所で一夜を過ごすという気分も悪くはありません。

ロビーの脇に薄暗くだだっ広い食堂がありました。この町ではそこ以外で食事ができる場所なんてないので、遅い夕食をとりました。メニューを見てもロシア語なので詳しくはわからなかったのですが、イカフライやチャーハン、ロシア風サラダなどを適当に注文しました。実は、その晩のメインディッシュは、ウラジオストクでお世話になったロシア人から購入することになった茹でたタラバガニでした(別にこちらが頼んだわけではないのですが、旅先ではよくあることです)。田舎の食堂ですから、そういう勝手な持ち込みにもうるさくないので助かりました。

客は我々以外に数組のロシア人がいましたが、注文した料理はなかなか出てきませんでした。仕方がないので、食堂の隣にささやかなバースタンドがあり、飲み物を注文することにしました。こちらは種類もなかなか豊富です。さすが酒飲みの国ロシアというところでしょうか。ビール30RB、赤ワイン250RB、ウォトカ300RB、それぞれボトル1本の値段です。お酒だけは安いんですね。

さて、翌朝早く起きて町を散策しました。そこかしこにソ連時代の名残が置き捨てられたようにありました。
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クラスキノは、中国に向かう道路の両脇に学校や民家、雑貨屋などが並ぶ小さな町です。ロシアの田舎町を歩くなんて機会はそうあるものではないので、1時間ほどふらふら歩いて、町の中心であるバス停に行くと、すでに中国行きのバスが数台停車していて、発車を待っていました。
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9時発の第一便に乗りたかったのですが、あいにく満席。仕方なくウラジオストク方面から来るバスを待ち、結局10時20分発の琿春行きのバスに乗り込むことができました。バス代は琿春まで1650RB(うち300RBは国境手配料だそうです)。やはり中国側からロシアに来るのに比べて、運賃も割高ですね。

(2012年6月下旬)
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by sanyo-kansatu | 2013-06-18 10:40 | 日本に一番近いヨーロッパの話 | Comments(0)
2013年 06月 17日

国境を越えるとこんなに風景が違うのか!?【中国からバスで行くウラジオストク(後編)】

ロシアの入国手続きをすませると、それまで空を覆っていた黒雲がウソのように消え、快晴になりました。

あとで聞いた話では、ロシア沿海州南部は日本海に近いため、この季節の朝方は霧に覆われることが多く、お昼どきになると急に晴れるのだそうです。

琿春のバスターミナルを出てロシア入国が終わるまでに、約2時間かかっていました。ところが、極東ロシアは中国に比べ3時間も時差が進んでいます。つまり、中国ではまだ午前10時過ぎなのですが、ロシアでは午後1時になります。

ロシア側の国境の町はクラスキノといいます。スラビャンカに向かってバスは走り出しました。
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車窓の風景には手つかずの自然と緑の大地が広がっていました。中国側の至る所で土地を掘り起こし、耕作地にした風景とはまったく違います。
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国境を越えると、こんなにも風景が違うのかという驚きがありました。ここ沿海州南部は古代、のちに清朝を建国する満洲族などの少数民族が暮らしていました。本来この地域の自然や風土は同じなのに、国境が敷かれることで、国家と民族のありようが自然の景観を大きく変えてしまったということなのでしょう。
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2時間ほどでスラビャンカに到着しました。田舎町の小さなバスターミナルです。
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残念なことにその日スラビャンカからのフェリーは運航していなかったため、ウラジオストク行きの路線バスに乗ることにしました。

1時間ほど時間があったので、ターミナルの周辺を歩くことにしました。ロシア人の子供たちや若いママさんたちとすれ違いました。
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ターミナルの裏に町の市場がありました。野菜や果物、衣類、靴などがふつうに売られています。モノの値段は、モスクワから遠く離れたこの地だけに、中国製品が多く、安くはないようです。
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雑貨屋に入ると、中国では見ることのないロシアの食材が並んでいました。海産物が多いのも、沿海州ならではでしょう。
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小さな食堂でロシア風餃子のペルメニとサラダのランチを食べました。ロシアビールも悪くありません。
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さて、いよいよバスが発車します。ロシアのローカルバスの中はこんな感じです。
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のどかな一本道をバスは疾走します。ただし中国の幹線道路に比べると、舗装はいまいちで、よく揺れます。
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途中1回ドライブインで休憩。コーヒーショップもあります。
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ウラジオストクが近づくと、道路も2車線になりました。
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市内に入ると、急に風景が都会になったのですが、ひどい渋滞です。
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朝6時に中国の延吉を出て、ウラジオストクのバスターミナルに到着したのはロシア時間の18時(中国時間の15時)でした。ほぼ丸1日かけての国境越えの旅でした。
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【Travel Tips】スラビャンカからウラジオストクへの路線バスの運賃は367RB(約900円)でした。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-17 18:52 | 日本に一番近いヨーロッパの話 | Comments(0)
2013年 06月 17日

意外にすんなり!? ロシア入国ドキュメント【中国からバスで行くウラジオストク(前編)】

中国吉林省の延辺朝鮮族自治州は、中国、ロシア、北朝鮮の3つの国境に囲まれたエリアです。以前、本ブログでも中国側からこれら3カ国の国境が重なる場所を見渡せる防川展望台を紹介したことがあります(→「中朝ロ3か国の国境が見渡せる防川展望台(中国吉林省)」)。

でも、ただ眺めているだけじゃ、つまらないじゃないですか。そこで、中国から国際定期バスに乗って極東ロシアのウラジオストクまで小旅行に出かけてみたのが、ちょうど1年前の2012年6月下旬のことです。
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当初からウラジオストク行きの直行バスで行く予定でした。延辺朝鮮族自治州の中心都市の延吉からロシアのウラジオストク経由でウスリースクまで行く国際定期バスが1日1本あるからです。バスの出る「延吉公路客运总站‎」の掲示板には、中朝ロ3カ国語で地名表示してあります。
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ところが、出発日の前日に延吉のバスターミナルでチケットを購入しようとしたところ、満席とのこと。なぜもっと早く予約しておかなかったのか……。いきなり出鼻をくじかれてしまいました。そこで、ひとまずロシア国境のある琿春までタクシーで行き、そこからロシア行きの国際バスは1日何本かあるらしく、それに乗ろうということになりました。けっこう行き当たりバッタリの旅だったんです。
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朝6時、延吉市内のホテルからタクシーに乗って琿春方面行きの高速を走りました。約1時間で琿春到着。琿春のバスターミナルは、国境の町を意識しているのか、ロシア風の建築でした。
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ターミナルの構内には、ロシア行きのチケット売り場があります。ウラジオストク直行バスの発車時刻までかなり時間があるため、7時50分発のスラビャンカ行きに乗ることにしました。
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スラビャンカは中国語で「斯拉夫杨卡」。ウラジオストクに行く途中の町ですが、地図によると、そこからウラジオストクにつなぐフェリーが出ているようです。バスとフェリーを乗り継いで行くなんて、ちょっと楽しそうではないですか。 
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出発時刻が近づいたので、バスに乗り込むと、乗客の大半はロシア人でした。なんでも国境の向こうに住む彼らは琿春によく買い物に来るそうです。こうして我々はロシア人観光団ご一行と一緒にウラジオストクを目指すことになったのでした。
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バスターミナルを出ると、ロシア語と中国語とハングルの併記された琿春市街を抜け、郊外にある琿春口岸(出入国施設)に向かいます。車窓に見る国境近くの風景は畑が広がり、中国ではあらゆる場所が耕作地だと、あとでロシアと比べてあらためて気づくことになります。
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「中華人民共和国 琿春口岸」と書かれた出入国管理所の巨大な門の前でいったんバスを降り、出国手続きに向かいます。
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ロシアのおばさんたちはずいぶん買い物しているようです。
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なかにはロシアと商売をしている中国人客もいました。出国書類を書いていました。
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いよいよパスポートチェックです。我々日本人もそうですが、ロシア人もただ出国するだけなので、時間はかかりません。
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再びバスに乗り、ロシア側の出入国施設に移動します。
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中ロ両国の国旗が掲揚されるボーダーを抜けると、ロシア側のずいぶん簡素な出入国施設が見えてきました。隣に新しいイミグレーションのビルを建設中でしたから、今頃はこちらに移っているかもしれません。
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さて、ロシアへの入国手続きです。ロシア人と同じ列に並び、「Passport Control」と書かれたゲートに入って、パスポートとビザを渡します。特に何も聞かれることなく、約2分でチェックは終わりました。手荷物チェックでは、一応麻薬犬もいましたが、特に何かを聞かれることもありませんでした。
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出入国管理所を出ると、ロシアの空は青く晴れ渡っていました。
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【Travel Tips】ロシア入国にはビザが必要です。しかも今回のような陸路入国の際は、入国地が記載されたビザでなければなりません(延辺から入国の場合、クラスキノになります)。そのため、今回ウラジオストクの旅行会社から入国地を記載した招聘状(宿泊ホテルの予約も必要)を出してもらいました。それを持って在日ロシア大使館に行けば、所要2週間でビザを発給してくれます(つまり、招聘状は有料、ビザは無料です)。

延辺からの国際定期バスは延吉か琿春のバスターミナルで5日前から購入できます。バスのチケット代は、琿春からスラビャンカまでが285元(約3700円)でした。

※この旅の続きは、「国境を越えるとこんなに風景が違うのか!?【中国からバスで行くウラジオストク(後編)】」をどうぞ。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-17 17:28 | 日本に一番近いヨーロッパの話 | Comments(6)
2013年 06月 14日

長白山(白頭山)が中韓対立の舞台となっている理由(「東北工程」とは何か)

本ブログでは、これまで何度か中国吉林省の長白山の観光開発が進んでいることを報告しました。

※「いま中国で人気の山岳リゾート、長白山」http://inbound.exblog.jp/20458097/
※「長白山(白頭山)は5つ星クラスの高原リゾート開発でにぎわっています」http://inbound.exblog.jp/20386508/
※「フラワートレッキングに行くなら高山植物の宝庫、長白山(白頭山)へ」http://inbound.exblog.jp/20202609/

10年前には何もなかった美しい山麓にたくさんのリゾートホテルが建設され、空港ができたことでアクセスも飛躍的に良くなりました。中国のレジャーブームも後押しし、国内外のトレッキング客も増えています。それ自体はすばらしいことなのでしょうが、手放しで歓迎できない側面があります。

長白山(白頭山)が中韓「歴史」対立の舞台となってしまっているからです。

背景には、中国の独善的な「歴史」認識の既成事実化を推進するうえで政治的バックボーンとなっている、悪名高い「東北工程」があります。

朝日新聞2007年11月14日に「白頭山 中韓揺らす」と題された記事が掲載されています。
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「中朝国境にそびえる名峰、白頭山(中国名:長白山)の観光開発を中国が進めていることに対し、韓国が強く反発している。白頭山は朝鮮民族にとっての『聖地』。北朝鮮問題での対応では近い位置にある中韓だが、対立の背景には古代国家・高句麗をめぐる歴史問題も複雑に絡む」

2005年8月、吉林省政府は「長白山保護管理委員会」(以下、管理委員会)を立ち上げました。西坂を中心に大規模リゾート開発を進め、それまで主に長白山観光のベースだった延辺朝鮮族自治州の関与を制限し始めたのです。長白山の「中国」化を徹底させ、観光利権の独占化を図りたかったからでしょう。

前述の朝日の記事に、以下のような記述があります。

「長白山を世界自然遺産として登録を目指す動きも活発だ。当局は『環境整備のため』との理由で、韓国人らが経営する中国側登山口周辺の宿泊施設や飲食店に、立ち退きを求める通達を出し、10月には一部で撤去作業が始まった」

これを物語る出来事として、在日朝鮮人の事業家が北坂の長白瀑布の近くに建てた「長白山国際観光ホテル」の経営権を管理委員会によって取り上げられた一件があります。同ホテルは、1998年に中日合資で開発されたもので、源泉から引いた温泉やサウナもあり、長白山で登山を楽しむには最適の宿泊施設でした。北朝鮮から服務員を招聘し、サービスを提供していたこともあります。ぼくも2度ほど宿泊させてもらいました。しかし、2008年頃より、管理委員会から施設の買い上げを迫られ、2012年には完全に閉鎖されてしまったのです。
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華やかな山岳リゾート誕生の陰で、中国の「歴史」認識の既成事実化のための工作が進められているのです。

ところで、ここで問題となっている「東北工程」とは、2002年2月から07年1月までの5ヵ年にわたって、中国社会科学院の中国辺疆史地域研究センターを中心に推進された「東北辺疆歴史与現状系列研究工程(東北工程)」という研究プロジェクトを指します。

その内容が、中国政府の掲げる「統一的多民族国家論」の立場から、現在の東北三省で勃興したすべての部族・民族の歴史を中国内の一地方政権の歴史として中国史に編入しようとしたところに批判が集中しているのです。

多民族国家である中国にとって、朝鮮半島とは地続きの東北地方で民族紛争の火種を未然に消し去り、地域の安定化を図りたい事情があることはわかります。そのために、この地域の「中国」化を推し進めようと考えているわけですが、その乱暴なやり方が他の少数民族居住エリアと同様に、波紋を広げてしまっているのです。

何より、政治が歴史を弄ぶにもほどがあります。この地域は古来さまざまな多民族の集住地であり、現代の特定の国家がその歴史を今日の事情で都合よく「解釈」しようとしても無理があります。

結果的に、それは周辺国家の警戒を生み、逆効果をもたらしてしまっています。

韓国や北朝鮮がこれに反発するのは、古代国家・高句麗や渤海を「中国辺境少数民族の地方政権」として縮小し、中国史の一部に属すると決めつけることに、中国のナショナリズムの横暴な反映をみてとるからです。

2000年代半ばに韓国で多数制作された歴史ドラマ(『朱蒙』『太王四神記』『大祚栄』など)は、中国の「東北工程」に対する韓国側のナショナリズムの対抗表現だといわれています。中国が国ぐるみで押し付けてくる北東アジアの「歴史」認識に対抗するプロパガンダの必要が韓国にはあったというのです。

もっとも、ある研究によると、高句麗の最盛期にあたる好太王(主演はぺ・ヨンジュン)を主人公としたドラマ『太王四神記』には、日本統治時代に朝鮮半島で創出された「大朝鮮主義史観」が描かれていると指摘されています。ここでいう「大朝鮮主義史観」とは、一般に日本の皇国史観に影響された朝鮮民族の起源としての檀君神話をあたかも史実であるかのように唱導することです。

「現代の中国ナショナリズムに対抗するために制作された韓国の高句麗ドラマの民族主義的なモチーフは、植民地時代に日本帝国主義に対抗するために創出された近代的な言説である」。その「『大朝鮮主義史観』が、現代の中国ナショナリズムに対する対抗言説として召還され、東アジア全域を流通するグローバルな『韓流』コンテンツの中に甦っている」というわけです(『韓流百年の日本語文学』木村一信、チェ・ゼチョル編 人文書院 2009 より)。

だとすれば、中韓どちらも似た者同士、ということなのかもしれませんけれど、「長白山周辺からハングル表記を減らしている」(前述の朝日記事より)という中国のやり口は大人げありませんね。

ぼくの知る限り、以前は英語と中国語、ハングルの三か国語表記が基本だった現地の観光案内からハングルだけがはずされてしまいました。そんな了見の狭いことでは、世界遺産なんて望むべくもないと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-14 16:11 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)
2013年 06月 12日

21回 2012年、世界一の海外旅行大国になった中国で、訪日だけが減少。どう考える?

4月9日~11日、北京で開かれた中国出境旅游交易会(COTTM2013)(http://www.cottm.com/)に行ってきました。
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中国の旅行展示商談会といえば、今年5月で10年目を迎えた上海世界旅游博覧会(WTF http://www.worldtravelfair.com.cn/ ※ただし、今年は主催者側より日本ブース参加停止の要請あり)や、6月21日~23日に北京で開催予定の北京国際ツーリズム・エキスポ(BITE http://www.bitechina.com.cn/)などのB2Cのイベントに、これまで日本からも多くの関係者が出展したことで知られています。一方、COTTMは国内外の旅行業者だけが集まるB2Bの商談会で、今年で9年目を迎えます。
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会場は、北京市朝陽区にある全国農業展覧館。社会主義を標榜したかつての中国を思い起こさせる石造りの重厚な建築(1959年開館)で、さまざまな業界の展示会や商談会が頻繁に行なわれています。

海外から62カ国、275団体・企業が出展し、4000名を超える中国の旅行関係者が来場したと公式サイトは伝えています。展示についてはあとで触れるとして、今回興味深かったのは、国内外の業界関係者が登壇し、さまざまなテーマで意見を交わすフォーラムでした。ここで議論される内容は、現在の中国の海外旅行市場を理解するうえで参考になります。

“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)とは何者か?

3日間を通じたフォーラムのテーマは、おおむね以下の4つでした。

①中国のラグジュアリー旅行の展望
②旅行業におけるSNS活用(中国で海外旅行に最も影響のあるメディアとして)
③業界の抱える6つの課題(査証問題を中心に)
④不動産投資旅行に対する業界の取り組み

4つのテーマに共通するキーワードは“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)です。

いったい“New Chinese Tourist”とは何者なのか? それが今回の最重要キーワードだというのは、十分すぎるほどの理由があります。

2012年、中国がドイツ、アメリカを抜いて海外旅行マーケットで世界一の規模になったからです。

「Are you ready?」。そう問いかけるのが、フォーラムの司会進行を務めるProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt(以下、教授)です。
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ドイツ出身のTourism Scientistである教授は、2004年に自ら設立した中国出境旅游研究所(COTRI)の代表として、中国の海外旅行市場に関する継続的な調査研究を行い、今回のCOTTMの企画運営にも参加しています。

フォーラムの冒頭で、教授はこう語ります。

「今年4月4日、国連世界観光機関(UNWTO)は、2012年中国が8300万人の出国者と1020億ドル超の消費額を記録し、ドイツ(前年度1位)、アメリカ(前年度2位)を抜いて世界最大の海外旅行市場になったと発表しました。2013年には9500万人の出国者が推計されています。これはUNWTOがかつて予測した2020年までに1億人というスピードをはるかに超えたものとなっています」

教授によると「いまや中国の海外旅行市場は“洗練とセグメントの時代”を迎えている。その主人公は、“New Chinese Tourist”である。彼らは“新しい顧客”であり、彼らを取り込むには、新しい流通とチャネル、そして新しい要求に応えていかなければならない。

彼らは他人に自慢するために観光地でスナップ写真を撮るためだけの目的では満足せず、特別な場所で特別な体験をしたいと考えている。これからの中国の旅行業界が取り組むべきは、ニッチな商品の開発と新しい渡航先の開拓だ」と結論しています。

※Prof. Dr. Wolfgang Georg Arltのスピーチの詳細は、中村の個人blog「2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)」http://inbound.exblog.jp/20499744/を参照。

多様な国々が出展している理由

では、出展ブースを覗いてみましょうか。正面玄関を抜けると、目の前の一等地に左右に分かれて巨大なブースを展開していたのは、メキシコ観光局とトルコ観光局です。
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正面に向かって左に進むと、アフリカ諸国のエリアです。エチオピアやチュニジアなど、色鮮やかなブースが並びます。民族衣装を身につけたスタッフも多く、陽気な雰囲気です。もともと中国にはアフリカ諸国からの留学生が多く、経済関係も深いだけに、なるほどという感じがします。
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一方、右側のエリアはヨーロッパや中近東諸国が中心です。ヨーロッパといっても英仏独といった主要国ではなく、スロバキア(中国語で「斯洛伐克」!?)やクロアチア、アゼルバイジャンといった旧社会主義圏の国々を中心とした観光局のブースが続きます。

奥の広いスペースに、今回最大の出展面積を誇るアメリカ各州の観光局の共同ブースや中南米、アジア各国のブースがありました。

出展国のラインナップを見ながら、中国人はこんなマイナーな国々にも海外旅行に出かけるような時代になったのか、と驚かれるかもしれません。旅行マニア向きとでもいうべき多彩な国々の出展ブースが並ぶ光景は見ているだけでも興味深いです。気になるのは、主要国の中で唯一日本からのブースだけがひとつもないことでした。

ただし、それはCOTTMが一般消費者を対象としたB2Cの展示会ではないからともいえます。確かに、ハワイや香港などのブースもありません。旅行業のプロだけが集まる展示商談会だけに、よく知られた人気ディスティネーションは出展の必要がないためでしょう。消費者が来場しない以上、彼らもPRする効果がないと判断するからです。

それでも、個々のブースは小さいため目立ちませんが、ヨーロッパから28か国の出展者がいることに注目すべきでしょう。それらの出展者の特徴は、前述したスロバキアやクロアチアなど、中国市場における新参のディスティネーションが観光局中心であるのに対し、英仏独などの主要国では、極地旅行や海外ウエディング、自由旅行などの専門ジャンルに特化した旅行会社が出展しています。
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すでに団体ツアーが多数訪れている主要国では、個人客を対象としたSIT(スペシャル・インタレスト・ツアー:特別なテーマや目的に特化したツアー)向けの商品を販売する民間の旅行会社のブースが出展しているということなのです。彼らのターゲットが“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)であることは明らかです。

※COTOMの出展国のリストや展示ブースの詳しい様子については、中村の個人blog「出展国が渋すぎる!? 北京のB2B旅行展示会(COTTM2013報告 その1)」http://inbound.exblog.jp/20482576/を参照。

中国人はビザ問題に不満を持っている

さて、フォーラム2日目の午後3時からパネルディスカッションがありました。テーマは「中国出境旅游运营商研讨&签证问题(Tour Operators & Visa)」。中国の海外旅行市場でいちばんホットな話題は何か。なかでも市場の個人旅行化のへ動きとビザ問題について、業界としてどう向き合うべきか、というものでした。
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今回のテーマ出しは、中国の旅行関係者の事前の投票によって決められたそうです。彼らがいまどんな問題に頭を悩ましているか。まさに一目瞭然の結果が出ています。 そのうち上位6つの話題が以下のとおりです。

①半自助旅游(160 票)
②中国新型旅客(155票)
③ビザ問題(152票)
④人材育成(149票)
⑤アメリカの新ビザ制度について(赴美签证新规)(143票)
⑥オンライン購入について(129票)

①「半自助旅游」というのは、航空券とホテルを旅行会社で予約するだけの自由旅行のことです。日程と宿泊場所だけが決まっていて、観光や食事などは各自が自由に楽しむツアーで、業界では「スケルトン型」と呼ばれます。日本ではよくあるツアー形態のひとつですが、未だに団体ツアーが主流の中国では、「半自助旅游」が増えることが旅行会社の営業にどんなダメージを与えるのか。それともこれは好機なのか、というのが議論の中心でした。「半自助旅游」が増えれば、旅行会社が顧客のために手配する仕事が減るため、利益も減ることが考えられるからです。

②「中国新型旅客」も①につながるテーマです。まさに“New Chinese Tourist”問題そのもので、旅慣れた「新型旅客」の多様な要求に旅行業界はどこまで応えることができるか、というのがポイントでした。これらのテーマは日本の旅行業界では1980年代からいまに至るまで議論され続けているものです。

一方、③④⑤については、中国固有の問題といえそうです。まず③と⑤ですが、これは共通の内容といえるのでふたつを足せば、ビザ問題が彼らの最大の関心事であることがわかります。

現在、中国人が海外旅行に出かける場合、団体ビザを取得して旅行会社の催行するツアーに参加するのが一般的です。これだけ個人旅行や自由旅行への志向が強まっているにもかかわらず、それを実現できるのは全体で見れば、まだ一部の層にすぎません。これは中国が世界の多くの国々とADS(Approved Destination Status)ビザ協定を結んでいることと関係あります。これは、不法移民を防ぐために各国との間で結ばれた中国在住国民を対象とした特別な協定です。1983年に香港・マカオから始まったこの協定は、2000年代以降、オーストラリアや日本との締結を皮切りに、欧米諸国や南米アフリカ諸国へと急速に広がっていきます。

Approved Destination Status (ADS) policy(China Outbound Travel Handbook 2008)
http://chinacontact.org/information/approved-destination-status-ads-policy

一般にヨーロッパ諸国との締結は2004年以降、アメリカとは2008年。その結果、多くの中国人団体観光客が欧米を旅するようになりました。

最初のうちは、彼らもいろんな国に旅行に行けるようになったことを喜んでいたものの、ふと周囲を見渡すと、日本や香港など他の国・地域の人たちと同じように、自分たちも個人旅行や自由旅行に行きたいと思うようになるのは当然のことでしょう。

近年、日本で中国人に対する個人観光ビザの取得条件が緩和されたり、マルチビザ取得の条件が加わったりしているように、欧米諸国でも同様の緩和措置が徐々に進んでいます。それでも、彼らはまだ不満そうです。「いまや中国は世界一の海外旅行大国になったのに、なぜビザ緩和が進まないのか」と感じているのです。

※パネルディスカッションの詳細については、中村の個人blog「世界一なのに、なぜビザ緩和が進まないのか~中国の不満とその言い分(COTTM2013報告 その4)」http://inbound.exblog.jp/20514969/を参照。

中国の旅行商談会に出展する今日的意味

これまで見てきたとおり、COTTMは中国の旅行業者にとって“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)のための新しい旅行先や新機軸の商品を開拓するための情報交換と商談の場となっていることがわかります。それは海外の事業者にとっても絶好のアピールチャンスといえます。

そういう意味では、日中関係が悪化しているとはいえ、この場に日本からの出展者がいないことはちょっと残念でした。中国から見て日本市場はヨーロッパと同様、チープな団体ツアーの大量送客が主流だった段階から、個人客を対象としたSIT(スペシャル・インタレスト・ツアー:特別なテーマや目的に特化したツアー)の時代に移ろうとしているはずなのに、それをPRしようとする事業者がいないというのですから。

確かに、今年は上海世界旅游博覧会(WTF)の主催者側から日本ブースの参加停止の要請があったように、民間ビジネスに「政治」を持ち込む中国の旅行展示商談会に出展する意味をどう考えるかについては、いろんな見方があるとは思います。

とはいえ、これまでのように一般消費者を対象とした海外の旅行展示会に自治体主導で横並びに出展するというスタイルが効果的なのか、いまいちど考え直す必要はあります。一般消費者向けのPRは団体ツアーの集客には適しているかもしれませんが、個人客についてはどうなのか。自分たちが本当に集客したい対象は誰なのかという検討もそうですし、相手のマーケットも時代とともに変容していくことを頭に入れるべきでしょう。

今回の視察を通して、これからは一般消費者向けの展示会はオールジャパン式で毎回特定のテーマに絞り込んだ新しい出展スタイルを採用、競合する他国との差別化を意識して日本独自のPRに徹する。その一方でヨーロッパの専門旅行会社のように、個人客の取り込みを図りたい個別の事業者や団体・地域はB2Bの商談会に出展し、自らの売りを現地のSIT専門の旅行会社にアピールするという2タイプに振り分けてプロモーションするというのが、今日の中国の海外旅行マーケットの実情に即したあり方ではないかと思いました。

※本稿で触れなかったその他、中国の海外旅行マーケットの新しい動向については、以下を参照。
「中国の旅行業界に貢献したアワード2013受賞者の顔ぶれから見えること(COTTM2013報告 その3)」http://inbound.exblog.jp/20501949/
「中国の海外不動産投資ブームをいかにビジネスチャンスとするべきか(COTTM2013報告 その5)」http://inbound.exblog.jp/20520343/

地道な訪日誘客活動は続けられている

中国出境旅游交易会(COTTM2013)の視察や北京の旅行関係者との交流を通して、今回強く感じたことは、中国の海外旅行マーケットの現況に対する日中の温度差でした。今年に入って、日本のインバウンド関係者が中国での営業を諦め、寄りつかなくなったという話を聞きました。この時節、国を挙げた東南アジアシフトのムードに乗りたい気分はわからないではありませんが、現地の旅行関係者からは「なぜこれまであんなに熱心に中国で営業を続けていたのに、あっさりその積み重ねを放り出してしまうのか」と残念がる声もありました。

その一方で、現地では地道な訪日誘客活動が続けられていることも知りました。

今回どうしてもその話を紹介したかったので、日本政府観光局(JNTO)北京事務所の飯嶋康弘所長におうかがいしたところ、以下のコメントをいただきました。昨年秋からの事態の推移と日本側の取り組みについて時系列で語っていただいています。

「昨年9月の尖閣諸島国有化以降、日中関係が悪化し、訪日団体ツアーは相当打撃を受けました。一方で、中国当局は訪日ツアーを直接規制はせず、中国メディアに対し日本に好意的な記事を掲載させないことなどにより、あくまでも中国世論の反日ムードから団体ツアーが催行できなくなったというのが実態でした。

実際、訪日リピーターや親日派は団体でなく個人ツアーで訪日するケースも多いのですが、昨秋も訪日個人ツアーはあまり減っていません。このため、日中関係悪化後も、観光庁とJNTOは、中国当局が正式に訪日ツアーを規制していない以上、訪日誘致プロモーション(VJ事業)を当初計画通り実施する方針を固め、中国側から中止されない限り、予定通り誘致活動を実施してきました(昨年10月の中国旅行会社の日本招請事業や、10月、11月の中国メディア招請事業等)。

ただ、中国の旅行会社は、日中関係悪化後、訪日ツアーの募集広告を出さなくなりました(WEB上での訪日ツアー募集は、昨年12月前後から再開しています)。

その後、10年に一度の権力移行が行なわれた昨年11月の中国共産党大会が終わってからは、中国メディアに対する当局のコントロールも緩和し始め、11月下旬には日本車の広告等が中国の新聞紙上に掲載されるようになりました。

JNTOでは、日中関係悪化後、中国各地の旅行会社に対するヒアリングを集中して実施した結果、彼らが訪日ツアーの募集を躊躇しているのは中国国民世論から叩かれるのを危惧していることが大きな理由と分かったため、中国メディアの流れが11月下旬から変わったのを確認してすぐに中国メディアと調整をはじめ、12月中旬から、地下鉄に広告を出したり、3大市場(北京、上海、広州)の大手新聞にJNTO理事長の歓迎メッセージや日本観光のイメージ広告を出すなど、街中に日本観光の広告を掲出し、訪日しやすい雰囲気作りをすることに専念しました。

さらに、そうした取り組みの結果をJNTO北京事務所から管轄内の中国旅行会社約200社宛てに周知するとともに、訪日ツアー募集広告の再開を要請する異例の協力依頼文書も発出しました。その結果、本年1月には、日中関係悪化の影響が最も強い北京でも、一部の大手旅行会社が新聞紙上での訪日ツアー募集を再開し始めました。

ただ、当時は依然として最大手の旅行会社がまだ紙面上での訪日ツアー募集を躊躇していたため、1月24日には井手観光庁長官が訪中され、中国国家旅遊局長と会談し、中国最大手旅行会社トップに訪日ツアー送客を直接協力要請した結果、ようやく3月中旬には、最大手旅行会社も訪日ツアー募集広告を新聞紙上で開始してくれました。この間も、JNTOは、地下鉄広告や大手ビル内での映像放映等、訪日しやすい雰囲気の醸成に全力で取り組んできました。

日本の観光関係者には、一刻も早く中国へのセールスコールや観光商談会等の誘致活動を再開していただきたい」(2013年6月4日)

昨年9月以降の日中関係悪化で神経のすり減るような現地での対応に尽力された関係者の皆さんの心中は察するに余りあるものがあります。また飯嶋所長のコメントから、昨年秋以降いくつかの潮目があったこともわかります。

依然続く日中関係の不和から中国の旅行展示商談会への出展を見合わせなければならない状況が続く中、こうした潮目をつかんでモノにするためには、今後も現地の視察や関係者の皆さんから教えていただかなければならないことはたくさんあります。ムードに流されるだけでなく、大局を見極めることの必要を実感します。

やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_129.html
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by sanyo-kansatu | 2013-06-12 13:41 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)
2013年 06月 11日

まるで宮崎アニメみたい!? 伝説の特急「あじあ」の運転席を激写!

この写真は何だと思いますか? 

満鉄の伝説の特急「あじあ」の運転席を撮ったものです。
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まるで生き物のようにも見えます。現代の化石とでもいえばいいのか。ちょっと宮崎アニメの世界を連想させる質感があります。

これを撮ったのは、2006年9月のことです。当時わずかに残る「あじあ」の一車両が大連駅のはずれにある車両倉庫に収められていました。地元のつてを使って倉庫の関係者に小遣いを渡して、内緒で見せてもらったのです。

ぼくは鉄道マニアではないので、「あじあ」の偉大さについて言葉を尽くして語ることはできません。でも、案内人が仰々しく倉庫の扉を開けた瞬間、目の前に現れた「あじあ」の姿に、思わず息を呑んだことは確かです。

撮影は、佐藤憲一カメラマンです。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-11 19:32 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)