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2014年 06月 27日

30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべきか?(上海WTF2014報告)

日本政府観光局(JNTO)の6月18日付けプレスリリースによると、2014年5月の訪日外客数は109万7200人。44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った4月に続く過去2番目の記録となりました。1~5月までの累計もすでに500万人を突破し、過去最高ペースで推移しています。市場別では、中国が第3位(1位は台湾、2位韓国)で前年同月比でなんと103.3%増の16万5800人。昨年9月から9ヵ月連続で各月の過去最高を記録するという勢いだそうです。

これだけ日中関係が悪化し、南シナ海でも紛争が起こるという政治的な異常事態が続くなか、中国客が日本に押し寄せているという状況を、私たちはどう受けとめればいいのでしょうか。中国の海外旅行市場で今何が起きているのか。もっと知る必要があるでしょう。

訪日中国客の最大の送出地は上海です。2014年5月9日~11日に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)に行ってきました。今回は、その視察を通じて中国の海外旅行市場の最近のトレンドを報告します。

上海でも始まったツアー即売会

今回のWTFは、上海市旅游局が主催する16回目の旅行博覧会で、海外旅行市場も含めた博覧会としては11回目になります。


上海では毎年5月にWTFが開催されますが、2年に1度、11月に中国国際旅游産業博覧会(CITM)も開催され、今年の秋はCITMがあります。後者は中国国家旅游局が主催するイベントで、浦東の新国際博覧中心が会場です。国家旅游局主催のイベントだけに、全国から業界関係者が集まるぶん、規模的には後者がはるかに大きいですが、逆にいえば、WTFはローカルなイベントだけに、上海の旅行マーケットの現状が見えやすいともいえます。

では、会場に入ってみましょう。

正面入り口すぐ前の向かって左手に陣取るのは、韓国観光公社のブースです。この博覧会で最も良いポジション取りはここ数年、韓国の定位置となっているそうです。おなじみの韓流イメージを総動員させたプロモーションです。

中韓関係の蜜月化が訪韓中国人観光客を激増させています。現地メディアの新華網も「中国の旅行会社は引き続き韓国への大規模な送客計画を執行する」と報じているようですから、これは既定路線というわけです。中国ではいかに政治が観光と直結しているか、よくわかります。

我国旅行社继续执行大规模向韩国“送客计划”(新華網2014年4月6日) http://finance.china.com.cn/roll/20140406/2314165.shtml

海外からは他にも、タイやバンコク市、フィリピン(中国との関係悪化はここでは関係なしか)、マカオなどのアジア各国・地域、欧州方面ではスイスやエジプトなどが出展していました。

昨年、大盛況だったタイのバンコクや台北での旅行博(24回、25回参照)を見てきたせいか、それらと比較すると、上海のWTFは少し地味に見えなくもありません。以下は公式データです。

出展者数:50の国と地域より570団体が出展(合同出展含む)
出展面積:約15000㎡(前回比16.5%増)※販売エリアの面積は前年比24%増
業界関連来場者(業界エリア来場者数):のべ7948人
一般来場者(一般エリア来場者数):のべ約3万8300人※業界エリア入場者の重複カウントはせず
旅行商品他の現場販売金額:約1801.6万元(前年比33.7%増)

実際、海外からの出展者数は以前ほど多くはないようです。会場には中高年が多く、若い世代の比率はそれほど高くないと感じました。こうしたこともあってか、数年前からWTFでも、タイや台湾と同じように、会場での旅行商品の即売会を始めています。上海の大手旅行会社が、会期中限定の割引商品の販売を行っていました。

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気

なかでも目立ったのが、クルーズの販売です。昨年さっぱり姿を見せなかった上海発クルーズ船も、今年は福岡などを中心に九州各地を寄港しています。

これは6月30日発サファイア・プリンセス号のセールスボードです。済州島、福岡、長崎を寄港する5泊6日のクルーズで、上海中旅国際旅行社が販売しています。料金はデラックスルームで1名8999元。会期中1部屋4200元のディスカウントをうたっています。

会場にはクルーズの特設イベント会場が設置されていて、旅行会社やクルーズ会社によるPRや懸賞イベントが繰り広げられていました。

上海のクルーズ人気について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の中杉元氏は「最近の上海の旅行会社のファーストプライオリティはクルーズ販売といえます。上海発のクルーズは4泊5日で韓国や九州を寄港するものが主流です。人気の理由は、寄港地でのショッピングが楽しめること。祖父母と親子3世代のファミリーが気軽に参加しやすいこと。船が大きくボリュームがあるぶん料金が安いことにある」といいます。

上海発のクルーズのスタンダードな価格帯は4泊5日で5000元が相場だそうです。この手ごろな価格が人気の理由です。飛行機やバスで移動し続ける旅行は、シニアや子供連れでは大変ですが、クルーズは寄港地での岸上観光以外はのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいからです。

今日の上海における海外旅行の大衆化を象徴しているのがクルーズ旅行です。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースもかなり一般的なようです。これは島国に暮らす日本人にはピンとこない感覚かもしれませんが、東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる近隣国の寄港地がいくつもあり、バリエーション豊かなコースをつくることが可能なのです。

チラシに見る上海人の海外ツアーの中身

中国の海外旅行シーンを手っ取り早く理解するには、現地の旅行会社でどんな海外ツアーのチラシが作成しているかを見るに限ります。

会場で、出展規模や集客状況も含め、最も目立っていたのが、春秋グループでした。展示スペースの中央に旅行即売コーナーを置き、その周辺にビーチリゾート、クルーズ、春秋航空などの展示ブースを並べており、各ブースごとのイベントも次々繰り出されています。
活気あふれる春秋旅行社の即売ブース

同社の即売コーナーでは、黄色いTシャツを着た数十人のスタッフを動員し、旅行エリア別に分かれて来場客相手に接客する熱気に包まれた光景が見られました。

そこで置かれていたツアーチラシの中から目についたものを紹介しましょう。

●ドナウの恋11日間
珍しく情緒的なネーミングのついた商品です。プラハinでウィーンを抜けブダペストout

●クロアチア・スロベニア10日間の旅
フランクフルトinリュブリャナ(スロベニアの首都)out。「アドリア海、魅力の旅。世界文化遺産、グルメ、市街地4つ星ホテル泊」という売り文句が掲げられています。

●トルコ10日間の旅
イスタンブールin-out。「新欧亚之魅―深度全景之旅」。「コンヤ、カッパドキア、イスタンブール、パムッカレ、アドリア」」などを訪ねます。「全行程ショッピング強制なし。純粋な旅行体験を楽しめます」。

●アメリカ16日間の旅
ハワイ、サンフランシスコ、ワシントン、ナイアガラの滝、ニューヨーク、ラスベガス、ロサンゼルスなど、アメリカを大周遊します。中国客にとってカジノのあるラスベガスは欠かせません。

●サイパン5日間8499元から(2014年1月21日25日、29日、2月2日発)
サイパンは中国公民の観光ビザを免除している関係で、人気があります。「親子」「ハネムーン」「ゴルフ」「サンセット」「SPA」「ショッピング」などが楽しめると書かれています。

●86日間世界一周クルーズ
コスタ・ビクトリア号による上海発世界一周クルーズの料金は129999元(約220万円)からです。2015年3月1日発、帰国は5月26日です。初めてのツアー商品らしく、今年いっぱいをかけてクルーズ客を集めるそうです。金額もそうですが、長期休暇が取れる富裕層向けですね。横浜港にも立ち寄ります。

●大阪3泊4日/4泊5日
今年3月15日春秋航空は関空線を就航しました。自社便を利用した大阪、京都、神戸の旅です。

これらのチラシから、今の上海ではそれなりにバリエーション豊かな海外ツアーが販売されていることがわかります。こうした多様な選択肢の中から日本が選ばれるためには、どう差別化して他国との違いをアピールすればいいのか。複眼的に考える必要がありそうです。

春秋旅行社
http://sh.springtour.com/

※シーズンによって航空運賃やホテル料金など変わるので、チラシには料金が書かれていませんが、詳しく知りたい方は、春秋旅行社のサイトをご覧ください。

クールな上海の消費者にいかにアピールするか

最後に、日本からの出展者のブースも見てみましょう。

今回日本からのWTF出展は2年ぶりでした。2012年9月の尖閣問題の影響で、同年11月に上海で開催されていた中国国際旅游交易会(CITM)と昨年5月のWTFへの出展を中国側から断られていたからです。あらゆる民間交流を政治と結びつけるのが中国政府の常套手段ですから、こうしたことが常に繰り返されるわけですが、先ごろ「民間交流と政治は分ける」との中国側の表明もあったばかり。その真意はともかく、こうしてようやく今回の出展に至ったといえます。

もっとも、中国の政治的リスクを嫌って日本企業のアセアン諸国へのシフトが強まるなか、日本の出展者も以前に比べると、かなり少なかったことは確かです。

いくつか目についた出展者に話を聞いたので、ざっと紹介しましょう。まず北海道観光振興機構から。2013年入域外国人数が初めて100万人を突破した北海道は、昨秋から戻ってきた中国客の誘致に今年は力を入れるとのこと。上海地区はFIT比率が高いので、リピーターのための細かい足の手段(JRパス、高速バス)の情報を提供しているそうです。

少し意外だったのは、九州からの出展者がなかったことでした。これまで報告してきたように、上海の海外旅行市場におけるメイン商品はクルーズ旅行です。今年は多くのクルーズ船が福岡港を中心に九州各港に寄港することがわかっています。であれば、せめてクルーズの寄港地だけでもPRに来てもよかったのでは、と思わないではありません。

日本政府観光局(JNTO)のブースでは、上海の旅行会社に交替でブースの一部を貸して日本ツアー商品の販売を行っていました。たとえば、春秋旅行社では自社便を使った佐賀や高松を起点としたツアーなど、特徴的なものもいくつかありました。安さで勝負する旅行会社の販売ブースとは一味違う商品ラインナップが見られましたが、どれだけの入場者に気づいてもらえたか、そこが課題かもしれません。

日本ブースの中でもユニークな存在だったのが、上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)でした。同社は上海にある日本の高級旅館のPR会社です。北海道朝里川温泉の「小樽旅亭 藏群」、長野県昼神温泉の「石苔亭いしだ」、兵庫県宝塚温泉の「若水」、同じく塩田温泉の「夕やけこやけ」、岡山県湯原温泉の「八景」などと提携関係にあるようです。

同社の代表は、張凌藺(愛称:りんりん)さんです。

張凌藺さんについて
http://shanghai-zine.com/topics/442

彼女は「日本宅人」http://blog.sina.com.cn/nihontatsujinという微博を主宰し、上海と日本を往復しながら、訪日旅行のプロモーションに尽力している女性企業家です。彼女が会場でこっそり話してくれた次のことばが、とても印象的でした。

「実は、この会場にいる上海人のうち、うちの旅館を利用してくれるような客層はたぶん2割もいない。それでもブースを出したのは、日本の関係者も含めて、我々の存在を知ってもらいたかったから」

今回出展した日本ブースの中に、彼女ほど上海の旅行市場を正確に理解し、的を得たコメントをしてくれた人物はどれだけいたでしょうか。彼女がターゲットにしているのは、この会場にやって来るような人たちとは異なる別の階層だというのです。

どういうことでしょうか?

今回、WTF内の別会場で行われたフォーラムで、国連世界観光機関(UNWTO)中国代表の徐汎女史による「中国の主要3地区の海外旅行市場」報告がありました。

その中で、徐女史は中国のクルーズ市場を以下の3つにランク分けしています。

①大衆消費層向け…中国発4泊5日、5000元相当(初めてのクルーズ体験)
②ミドルクラス消費層向け…「フライ&クルーズ」、5~10万元(クルーズライフを楽しむ)
③富裕層向け…「フライ&クルーズ」、10万元以上、極地クルーズ(特別な体験を求める)

業界関係者を集めたフォーラムで報告されたのは、明快に区分された上海の階層社会の実像でした。上海の海外旅行の大衆化を象徴しているクルーズ商品のスタンダードな価格帯に比べると、ミドルクラス向けは10倍、富裕層向けは最低でも20倍以上。こうした価格帯は万国共通存在するといえますが、中国の専門家はこれからの海外旅行市場の発展のためには、この階層差を直視せよ、ビジネスチャンスはそこにあると啓蒙しているのです。旅行ビジネスにおいても、厳然とした階層差をふまえたものでなければ成り立たないというのが、彼らの現実認識です。こうした認識は日本人が苦手とするものかもしれません。

今回のWTFでいちばん感じたことは、すでに海外旅行の大衆化の時代を迎えた上海の消費者にとって、現状の旅行博というイベントはもうそれほど目新しくもなく、自分たちを夢中にさせてくれる体験を提供してくれる場だとは思われていないということです。ネットによる情報が行き交うなか、特に若い世代にとって、旅行博でなければ入手できないものはないと考えられているからでしょう。台北やバンコクでは旅行博はお祭りとして盛り上がっていましたが、上海ではどうやらそうでもないようです。

ことほどさように、上海人というのはクールな消費者なのです。その背景には、クールな階層社会の現実があります。上海の消費者に日本をアピールしていくには、大衆層向けのPRだけでなく、中国的な階層社会のリアリティをふまえた戦略が必要となるのでしょう。

次回は、ボリュームゾーンである大衆層の動向予測について。春秋国際旅行社日本出境部経理の唐志亮氏に同グループの訪日旅行戦略を語ってもらいます。

※中国の海外旅行市場についての詳細は、中村の個人ブログ「2014年の中国人の海外旅行、調子はどうですか(上海WTF2014報告その3)」、「春秋旅行社のチラシに見る上海人の海外ツアーの中身(上海WTF2014報告その4)」などを参照のこと。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-27 08:29 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 06月 18日

【後編】バスの不足が国際問題に!~早くも直面した日本のインバウンド構造問題にどう対応するべきか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。後編では、バス不足問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みを考えたい。

※【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://inbound.exblog.jp/22771778/
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本当に観光バスは足りないのだろうか?

4月下旬、訪日アジア客の手配業者の業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の総会で議論となったのは、そうした問いだった。昨夏と今春、業界を騒がせただけでなく、今後の日本の訪日旅行市場の行方に暗雲漂わせる観光バス不足の解決を求める声が次々に出たという。

規制緩和と安全対策に揺れた貸切バス業界

いったい何が問題だったのだろうか?

確かに、今年3月下旬から4月にかけて国内外のバス利用者がこれまでになく集中したことで需給が逼迫したことは確かだ。だが、それだけの理由ではないと考えるべきだろう。

一般に貸切バスの需給が逼迫するのは、春夏のレジャーシーズンに加え、国民体育大会や甲子園の高校野球大会などのスポーツイベント時だという。1998年の長野オリンピック開催時も選手や観客の送迎のため、貸切バス業者は大奮闘して乗り切ったといわれている。

一方、北海道では1970年代からすでに夏場の繁忙期のバス不足は常態化していたという話もある。「道内の車両はフル稼働、貸切バスの運転手は『13日連続勤務して1日休み』を繰り返すことで急場を凌いできた。そのかわり、冬場は仕事が少なく、本州に出稼ぎに出る運転手もいた。夏の繁忙期のみの契約という雇用形態も多かったからだ」とバス事業をよく知る関係者は語る。観光バスを運行する貸切バス事業は、繁忙期と閑散期の需要の変動に大きく翻弄されてきたのだ。

日本の貸切バス事業は、2000年2月の事業法改正により、免許制から許可制に、価格規制については認可制から実施運賃・料金の事前届出制や自動認可へと規制緩和された。それまで事業者保護の色彩の強かった需給調整規制を廃し、競争原理の導入によって消費者利益を図ることが目的だった。2000年代前半の日本は「規制緩和」がよくも悪くももてはやされていた。

その後、貸切バス事業者の数は大幅に増加したが、零細事業者の新規参入が目立つ傾向にあった。事業者数の増加に伴う競争の激化や「高速ツアーバス」という新形態の登場によって運賃の低下が急速に進み、利用者も恩恵を受けた。

ところが、2007年2月の大阪府吹田市のスキーバス、12年4月の群馬県関越道の高速ツアーバスと死傷者が出る事故が相次いだことで、バス事業の安全確保を求める世論が高まった。

関越道高速ツアーバス事故の問題点として以下の3点が指摘されている。

①運転手の過労運転(労務管理)……事故は夜間運行かつワンマン運行だったこと
②不適切な運行管理……「日雇い」運転手だったこと
③不適切な旅程管理、旅行サービスの内容提示違反

国土交通省は「バス事業のあり方」検討会(2010~12年)などを通じて進めていたルール改正を段階的に着手した。13年8月から「高速ツアーバス」は、運転手の労働条件を改善し、安全対策を強化した「新高速乗合バス」に一本化されることになった。

その結果、中小貸切バス業者の一部は「新高速乗合バス」の参入を諦めたといわれる。過労運転防止のためのワンマン運行による上限距離や労働時間が制限されたことで、運営上対応できないと判断したためだった。

さらに、2010年秋以降の中国との尖閣問題で、訪日中国客が一時大幅減少したことから、中国需要に頼っていた一部のバス事業者の撤退も見られた。つまり、ここ数年、貸切バス業界には事業の撤退と減車が起きていたのだ。そこに急激な訪日客の需要増が直撃したのである。

零細貸切バス事業者とダンピングの関係

関越道高速ツアーバス事故の運転手が普段は訪日外客を乗せた、いわゆる「インバウンド貸切バス」を運行していたことで明らかになったのが、貸切バス運賃のダンピング問題である。

どんなに訪日外客が増えたといっても、国内全体のバス需要に比べれば、外客の市場規模ははるかに小さいため、インバウンド貸切バス事業者の実態は見えにくいところがある。それだけにブラックボックス化していた面が否めないが、2000年代以降に急増したアジア客の需要に対応したのが、こうした中小貸切バス事業者だった。

政府の「観光立国」政策の推進で訪日外国人観光客を迎え入れようという国内の機運は生まれたが、現在その8割近くを占めるアジアからの旅行者の多くは“安さ”を求めた。彼らの求める水準は、国際的にみて高いとされる日本の国内移動コストの圧縮に重い負荷をかけた。大手バス事業者はインバウンド貸切バス運賃の“価格破壊”を理由に参入しようとしなかったが、中小貸切バス事業者はそれを引き受けざるを得なかった。

それゆえ、今日の訪日外客向けの観光バス不足も、実際は、国内客向けに比べ著しくダンピングされた激安な貸切バスの不足だったとも考えられる。ある関係者の証言によると、今春の台湾客の一部が出発直前で訪日ツアーを断念せざるを得なかった背景に、本来はバス事業者でない免税店が顧客を呼び込むために無料でバスを手配するというサービスがあったという。これは台湾客だけでなく、一部中国本土客なども利用していた。ところが、その免税店が今春の急増した需要に対応できず、バス手配をいきなり投げ出したのが、騒動の発端だったという。

日本の繁忙期と閑散期を理解してほしい

日本のインバウンドには、残念ながら、こうした外の世界からは見えにくいグレーな領域が潜在している。こうした現状をふまえ、事態の改善のために何ができるのだろうか。

関係省庁も手をこまぬいているわけではない。国土交通省は、今年すでに6月末までの時限的な全国の運輸局管轄内での貸切バスの営業区域の緩和を実施している。

観光庁も、昨年9月と12月に台湾を訪ね、観光部(観光省)や現地の旅行業者に対してバス不足に関する事情説明や状況を改善するための話し合いを行ってきた。

観光庁側が説明しているのは以下のポイントだ。

①日本のバスの運行上の安全規制の内容
②日本の地域ごとの繁忙期・閑散期について
③日本旅行業協会(JATA)が認定する「SAKURA QUALITY(適正なランドオペレーター)」の利用の推奨
④各運輸局が指定する「Safety Bus事業者」の利用の推奨
⑤繁忙期の早期の予約手配の推奨

すなはち、台湾の旅行関係者に日本のバス事業の安全規制やレジャー需要の動向を理解してもらい、繁忙期をなるべく避けるなど、訪日時期を調整してほしいこと。また繁忙期はできるだけ早めにバスやホテルも含めた手配を進めてほしいという要望を伝えたのだった。
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本来今回のような問題は、民間事業者同士が解決すべきといえなくもない。とはいえ、これまで大々的に訪日旅行のプロモーションを展開してきた日本政府としても、台湾側に理解を求めるべく相応の対応する必要はあっただろう。

貸切バス新運賃制度の目的と今後の懸念

ところが、残念なことに、今春再び台湾客の観光バス不足が起きてしまった。

さらに、これは本来別の話だが、3月下旬、国土交通省は国内の貸切バス事業者にかねてより検討していた新運賃制度の施行を通達した。これはバス不足で業界が混乱していた時期に重なってしまい、タイミングが悪かった。

新運賃制度の特徴は、安全コストを運賃に計上させていることだ。これまでと違い、営業区域別に料金の上限と下限を設定し、運賃計算法も運行時間と距離を併用する。事前届出した運賃に違反した場合の罰則も厳正化されることから、ダンピングと運転手の労働条件の悪化の防止が目的であることがわかる。新運賃制度への移行として6月末までの猶予期間を設けている。

関係者によると、新運賃を採用すると、インバウンド貸切バスの1日あたりの運賃はこれまでの2倍以上になるという。それだけ以前が安すぎたともいえるが、その差額分は訪日客のツアー代金に上乗せされることになる。

これが台湾側のあらぬ疑いを招いた。消費税増税の時期と重なったこともあり、便乗値上げではないかと受けとめられたのだ。

一方、国内の貸切バス事業者に新運賃制度について聞くと、いまは様子見との声が多い。この夏、台湾に限らず訪日外客は増加しそうなことから、新運賃の適用がすぐに導入できるとは考えにくいという。相手あっての商売だからである。

先般の一連の事態に対する国内のインバウンド事業者の声は、株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長の以下のコメントに代表されるだろう。

「昨年から顕著となったバス不足で、海外の旅行会社からツアーを受注しても受けられないケースが増えたのは残念としかいいようがない。この問題に対する国の施策として、6月末までの全国の運輸局管内での営業区域の規制緩和は一定の評価ができる。4月1日より施行された貸切バスの新運賃制度も、業界の底上げにつながると基本的には歓迎しているが、これに伴う訪日ツアー価格の高騰を懸念している。現在は猶予期間として6月末までにバス会社は改定後の運賃を所管する運輸局に届出することになっているが、現行運賃と新運賃の価格差が大きいため、海外の旅行会社に受け入れられるか思案している」

これまで台湾の旅行業者は積極的に訪日旅行市場の拡大に尽力してくれたが、今後台湾の“訪日バブル”にも若干の調整が起こるかもしれない。もちろん、これは台湾市場だけの問題ではない。他の国々の訪日ツアー動向にも徐々に影響を与えていくことが考えられる。

コスト高のしわよせは貸切バス事業者に

世界経済フォーラム(WEF)が2014年3月に発行した世界の観光分野の競争力を比較した報告書によると、調査対象140カ国・地域のうち、トップはスイスで、日本は14位にランキングされている。

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられるが、日本が分野別で高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。項目別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)の評価は高いが、「政策方針と規則」(36位)「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)「観光との親和性」(77位)などはかなり低いといえる。

ここからうかがえるのは、日本の観光競争力は、交通・通信インフラに見られる産業力や自然・文化などの観光資源が強みであるのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが弱みとみなされていることだ。

そして、極めつけが「観光業における価格競争力」(130位)である。

円安基調となった今日、日本でのショッピングや食事はずいぶん安くなったという外客の声も多い気がするが、日本の観光競争力の足を引っ張っているのは未だに「価格競争力」というのが国際的な評価なのだ。最大の要因は国内移動のコスト高だと思われる。

実のところ、移動コスト高を国際水準にまで引き下げ、調整していたのが貸切バス事業者だったといえなくもない。この10年で増加したアジア客の訪日ツアーの足を支えていたのは彼らだったからだ。コスト高のしわよせは貸切バス事業者が負わされていたのである。

日本の弱みを全体でカバーする施策を

近年、アジアからの訪日客のFIT(個人旅行)化が進んでいるといわれて久しいが、考えてみてほしい。このままアジアの経済成長が続くとすれば、「初めての訪日」層も増え続けるのだ。東京・大阪ゴールデンルートはその意味で、決してなくならない。貸切バスの需要は増えることはあっても、減ることは考えにくい。

ところが、増大する需要に対してインバウンド貸切バス事業を取り巻く現状は心もとない。これまで見てきたように、観光バス不足は日本のインバウンドの構造問題といえる。中小企業が多く、国内客向けに比べて運賃が著しく安かったため、事業者の数も多くない。

さらに気になるのは、運転手の高齢化と人材不足である。

筆者は、仕事場に近い都内東新宿にある訪日中国客専用の食堂付近に停車するインバウンド貸切バスの様子を通勤途上に日々観察しているのだが、運転手はたいてい50代以上で若い年代の姿を見ることは多くない。おそらく多くは、長野オリンピック(1998年)当時、30代から40代の働き盛りだった世代ではないかと思う。はたして彼らは東京オリンピック開催時も現役なのだろうか。気にならないではいられない。
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都内東新宿には毎日のようにツアーバスがやって来る

訪日外国人観光客に関わるビジネスは、いってみれば、国内にいながら海外進出した企業と同じように、アジアの新興国の消費者を相手に商取引することで成り立っている。内なるグローバル化の最前線なのだ。当然、進出企業が現地で直面するのと同様な難題にぶち当たることになる。グローバル化は国内の弱い分野ほど狙い撃ちにされるのが常だ。

だからといって、貸切バス事業が市場から退場するのにまかせれば、これ以上の訪日外客の受け入れは断然せざるを得なくなるだろう。政府の掲げる訪日外客2000万人という目標も夢でしかなくなる。先ごろ、格安航空会社(LCC)のパイロット不足が顕在化し、ピーチ・アビエーションやバニラエア、春秋航空日本が減便を余儀なくされたが、政府は人材養成や確保のための施策を打ち出すという。同じことはバス業界にも必要なのではないか。

本来であれば、これだけ需要の拡大が見込まれているのだから、もっと多くのバス会社にインバウンド事業に参入し、観光バス不足を補ってほしいものだ。だが、バス業界ではインバウンド事業に対する偏見は根強いようだ。「とにかく料金を叩かれる。朝から晩まで働かされ、労働条件がキツイ」などの声が聞かれる。

インバウンド貸切バス事業に精力的に参入してきた株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長は「インバウンド貸切バスの仕事は、お客様への細かいケアや荷物の運び出しなど独特のノウハウが必要で、確かに大変だと思う。拘束時間も長くなりがち。でも、外国人観光客を乗せる仕事は、自分も一緒に旅行しているみたいで楽しくやりがいがあると話す運転手もいる。そういうおもてなしの心をもつタイプが向いている」という。

願わくば、今回の新運賃制度が新規参入のインセンティブとなることを期待したい。そうでなければ、訪日意欲のある外客をみすみす手離すことになるからだ。

今後は、日本の弱みをふまえ、対外プロモーションの考え方も変えていかなければならないだろう。

日本政府観光局(JNTO)の神田辰明海外マーケティング部次長によると、今後の台湾向けの訪日プロモーションは以下の3つの方向性に注力するという。

①個人旅行客(FIT)をさらに増やすこと
②訪問地の地方への分散化
③繁忙期ではなく、閑散期にいかに誘客するか

「いまは過渡期だと思う。海外と日本では制度の違いもあるが、綿密に情報交換し、お互いの事情を理解し合い、成熟した関係をつくっていくことが必要だ」と神田次長はいう。

特に②と③は知恵の絞りどころだろう。日本にはまだ知られていない素晴らしい場所があるし、桜の開花も地域によって時期が違う。こうした細かなオペレーションを日本とは事情の異なる海外の旅行関係者に了解してもらうのは大変なことだと思うが、まずは訪日旅行における最先行市場である台湾との間でひな型をつくることから始めるべきだろう。

この夏を控え、事態はもはや待ったなしの状況だからだ。何より今回明らかになった日本のインバウンドの弱みを国内の異業種や自治体関係者にも広く理解してもらい、全体で協力しながらカバーし、てこ入れしていくような新しい施策や取り組みも期待したい。

※やまとごころ特集第2回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_02.html

【追記】
2015年のGW中に新たなインバウンドバス事故が発生しています。以下参照。

中国ツアー客を乗せたバス事故の背景には何があるのか?(静岡県浜松市のケース)(2015年 11月 17日)
http://inbound.exblog.jp/25097650/
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by sanyo-kansatu | 2014-06-18 21:35 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
2014年 06月 18日

日本の文化をストーリー仕立てで伝え、訪日につなげる多国籍フリーマガジン

成田や羽田空港の到着ロビーに、ひときわ目につく英字フリーマガジンが置かれています。『WAttension Tokyo』は巷にあふれる外国人向けフリーペーパーとはまったく異なるオリジナリティと可能性を持っています。発行元の和テンション株式会社の鈴木康子代表取締役に、どこが他誌とは違うのか、そもそもの成り立ちから今後の展開まで話を聞きました。

目次:
雑誌『和テンション(WAttention)』について
創刊の時期と目的
外客誘致につなげた事例
スマホアプリとの連携
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―『和テンション(WAttention)』とはどんな雑誌ですか?

ひとことでいえば、日本の文化情報に特化して、日本で唯一世界展開している多国籍フリーマガジンです。

現在、年4回発行の東京版をはじめ、世界9カ国・地域(シンガポール、マレーシア、タイ、ロサンゼルス、フランス、台湾、インド、そして今年6月香港版も登場)で展開しています。東京版は、成田・羽田空港の到着ロビーやホテル、大使館、外国人記者クラブなど、都内約350か所で配布しています。海外の旅行博では、各国のスタッフが会場で自国版を配布しています。

日本の情報を発信する以上、記事は東京でつくることが多いですが、編集方針として四季(季節感)を大事にしています。

各国版の共通コンテンツとして「こよみを楽しむ」という連載コーナーがあり、そこでは日本の文化を理解してもらうカギとなる季節の風物や食などを紹介しています。弊誌のこだわりとして、一般の情報誌のような表層的な情報は扱いません。

取材も、日本人とNon-Japaneseとが一緒に行うことで、日本の文化的背景をふまえ、外国人の新鮮な視点を盛り込むことに努めています。

読者ターゲットは海外の日本好きのFITです。台湾版と香港版、タイ版、フランス版以外は英字誌ですが、世界展開することで、日本を訪ねてきた外国人旅行者向けの「着地型メディア(東京版)」と、旅行に行く前に日本への興味を喚起し、誘客につなげる「現地型メディア(各国版)」の2つの機能を併せ持つことができるのです。

―創刊はいつですか。どんな経緯から立ち上がったのですか?

シンガポール版の創刊は2010年で、東京版は11年4月です。もともと弊社はシンガポールで邦人向け現地情報誌『マンゴスティン倶楽部』(1997年創刊)を発行していました。これはシンガポール在留邦人や旅行に来る日本人向けの日本語情報誌で、いってみればシンガポールのインバウンドに貢献するビジネスだったわけです。
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この仕事を通じて私たちはいかにシンガポールの観光政策が優れているか、精通することができました。08年に日本にも観光庁が設立され、日本でも観光誘致を本格的に始めることを知り、海外在住の私たちだからこそできる日本のインバウンドへの貢献はないかと考え始めたのが09年頃です。

シンガポールで仕事をしていて感じるのは“メイド・イン・ジャパン”クオリティに対する信任です。日本人がいいという店に行きたいと彼らは言います。

日本人の評価そのものに価値があると考えられているのです。ところが、外客誘致にそれが十分活かされているとは思えませんでした『和テンション(WAttention)』という誌名も、日本の和に対する気づきから来ています。もっとちゃんと日本を理解してほしい。そのためにふさわしい媒体が必要だと考えたのです。

―貴誌が外客誘致につなげた具体的な事例を教えてください。

東京版2012年冬号で大田区を特集しました。区からの依頼で訪日外国人向けにリサーチを行い、同区内のさまざまな観光ポイントを記事化しました。それを台湾版、ロサンゼルス版、シンガポール版にも転載し、日本政府観光局(JNTO)のFacebook上、WAttention web上でアンケート募集を実施したところ、5カ国から700名強の応募ありました。さらに、大田区特集のコンテンツを別刷りとして別冊“Letʼ’s all go to Ota City Tokyo”を制作しました。
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シンガポール版2014年春号では、山梨県と長野県、岐阜県の3県の「山国紀行」特集を企画しました。海外スタッフと日本人による取材を通じて、3県を訪ねる新しいモデルコースを造成し、シンガポールの旅行会社で実際にツアーを募集してもらいました。
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弊社はこうしたファムトリップ招聘事業を通じて、国内在住、もしくは海外から外国人やメディアを招聘し、さまざまなコンテンツとして記事化し、掲載することができます。

弊誌のもうひとつの特徴は、日本からの広告出稿だけでなく、海外現地企業の広告も多いことです。それだけ現地の方に読まれている証拠といえます。その国にローカライズした内容構成を心がけているからです。

―今後は雑誌以外にも多元的な展開があるそうですね。

弊社のビジネスモデルは、『和テンション(WAttention)』シリーズの発行をベースに自社ウェブサイトで情報発信するメディア事業に加え、これまで述べたように、イベント事業やリサーチ・コーディネーション事業(ファムトリップの手配、企業のシンガポール進出サポート、翻訳・通訳手配など)を行うものです。

我々のミッションは、日本の文化コンテンツをストーリー仕立てで海外に伝え、共感を得てもらい、訪日につなげることにあります。

今後はスマホアプリを雑誌と連携させていきます。7月に「WAttention App-WTN Guide(仮称)」をオープンする予定ですが、事前にダンロードしておけば、現地で店舗の地図やクーポンなどのお得情報を入手できます。

このアプリはKPI(訪問回数などがモニタリングできる重要業績評価指標)を取得できるので、スマホでかざすマーカーを雑誌と店舗の両方で用意しておけば、雑誌から店舗への誘引率などもわかるのが特徴です。

また11月にシンガポールの大型ショッピングモールのジュロン・ポイントに「WAttention Plaza」という催事場をオープンさせます。そこは日本の文化に触れられる常設の展示スペースとして活用していただけると思います。物販やイートインも可能なので、観光に限らずさまざまな日本の情報発信ができるはずです。前述のアプリのダウンロードプロモーションも実施する予定です。
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和テンション株式会社
東京都港区南青山5-18-10-202
www.wattention.com

<編集後記>
成田空港に置かれていた『和テンション(WAttention)』を初めて読んだのは、新宿歌舞伎町特集(2013年夏号)のロボットレストランの記事でした。近未来都市を描いた映画「ブレードランナー」の話から書き起こされる同レストランの記事を読んで、これはサブカルチャーを含めて日本の事情に詳しいライターさんが書いたものだと感じました。その話を鈴木代表に話すと、「日本在住の海外メディアの記者や特定のジャンルの専門ライターに記事を書いてもらっている」とのこと。「表層的な情報は扱わない」という編集方針とはそういうことです。

東京で入手できる英字フリーペーパーといえば、ロンドンをベースに世界展開している『Time Out Tokyo』のことが思い浮かびます。でも、よく考えてみると、同誌は東京でしか入手できないのに対し、『和テンション(WAttention)』は海外でも発行されていることがまったく違います。

ここ数年で外国人向けフリーペーパーは雨後の筍のごとく誕生しましたが、それらと『和テンション(WAttention)』が根本的に違っているのは、編集方針はもちろんですが、ビジネスモデルにおいてもそうです。海外で発行されていることから、単なる訪日誘客メディアとしてだけではなく、海外に進出したいと考えている企業にとっても使い勝手のいい媒体として機能しているからです。

こうした独自性は、シンガポール在住の日本人たちによる自由な発想から生まれたものでしょう。鈴木代表は「シンガポールの観光政策から学ぶことが多かった。MICE誘致しかり、周辺国・地域の観光インフラを開発し、それも含めてシンガポールの外客誘致に結びつけているところなど、日本はもっと学ぶべき」と言います。

彼女と話していてあらためて認識したのは「英語を話す華人」の存在です。2013年の訪日シンガポール人は約19万人。中国・台湾・香港を含めた華人全体から見ればわずかな存在にすぎませんが、英語ゆえのワールドワイドな広がりがあります。次々と海外で雑誌を立ち上げていく手腕には大きな可能性を感じます。こういう先進的なメディアをこれからどう活用していくべきか、考えるだけでも楽しくなります。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-18 21:13 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 06月 17日

かつて金剛山の古刹めぐりは登山客を魅了した。しかし今は…

昭和9(1934)年9月に刊行された『朝鮮旅行案内記』(朝鮮督府鉄道局)の編集上の特徴として、モデルコースが豊富に紹介されていることがあります。さまざまなテーマで朝鮮旅行が楽しめるように、日程と訪ねるべきスポットが簡潔に整理されています。さすがは朝鮮総督府鉄道局の編集とうならせます。

「旅行日程のいろいろ」の項に、「内地方面から(日本から)」と「金剛山探勝(京城(ソウル)から)」のぺージがあり、それぞれ金剛山旅行のモデルコースを紹介しています。これが驚くほどバリエーションに富んでいて、面白いのです。

まず「内地方面から(日本から)」から。

●金剛山探勝 七日間

「第一日 釜山朝着の関釜連絡船で来朝、京城行急行列車に乗車、京城驛着、京城夜景見物、宿泊。

第二日目 朝城津行旅客列車で出發鐡原驛下車、金剛山電気鉄道に乗換へ内金剛驛着、長安寺宿泊。

第三日 徒歩で内金剛探勝の上、毘慮鋒へ(長安寺―明鏡臺―表訓寺―萬爆洞―摩訶衍―毘慮鋒)、久米山荘宿泊。

第四日 久米山荘―九龍淵(九龍の滝)―玉流洞―神渓寺―温井里、宿泊。

第五日 萬物相、探勝後元山行列車にて出發、安邊驛で乗換へ京城行列車に乗車、車中泊。

第六日 朝京城驛着市中見物の上、宿泊。

第七日 釜山行急行又は旅客列車で京城驛出發、夜航便の関釜連絡船にて内地へ」

関釜連絡船で下関から朝鮮に渡り、釜山から京城(ソウル)に向かい、京城で一泊。翌朝京城からいまは途中断たれてしまった京元線に乗り、鐡原駅でこれもまたいまは存在しない金剛山電気鉄道に乗り換え、内金剛駅で降ります。金剛山では、内金剛から外金剛に向かう一泊二日の登山を楽しみ、温井里で温泉にでも浸かるのでしょう。翌朝午前中を使って萬物相まで往復し、鉄道で元山方面へ。夜行列車で京城に戻り、一泊してから釜山に向かい、関釜連絡船に乗るというものです。

このコースは、南北が分断され、交通手段もほとんど壊滅してしまった現在では、実現不可能です。それでも、当時は乗り継ぎもうまく考えられた効率的なコースになっていると思います。鐡原と内金剛山をつないでいた金剛山電気鉄道(1924年11月運行開始)は、険しい地形によって観光客の訪れを阻んでいた金剛山を誰でも訪ねることのできる景勝地にした観光電車でした。「昭和9(1934)年の金剛山は今よりにぎわっていたhttp://inbound.exblog.jp/22786781/」というのは、金剛山電気鉄道のおかげだったといえます。

さて、「金剛山探勝(京城(ソウル)から)」は、朝鮮在住者向けのモデルコースです。「内金剛探勝 一日間」「同二日間」「外金剛探勝 二日間」「同三日間」「内外金剛探勝 三日間(内金剛から入山)」「同(外金剛から入山)」「内外金剛探勝 六日間」と日程や内・外のどちらから入山するかなどによって異なる7つのコースが紹介されています。

たとえば、最も旅程の短い「内金剛探勝 一日間」の場合、「(土曜日及祝祭日の前日に限る)内金剛行直通列車(清津行列車に連絡)にて京城驛出發、車中泊」とあるように、前日に夜行で内金剛に向かい、朝着後、一日かけて内金剛を散策し、再び夜行列車で京城に戻るという強行軍です。確かに、いまでも金曜日の夜に東京を車で出て、未明から登山を楽しむというような日帰り登山はよくありますから、当時もあったのでしょう。

最も中身が充実しているのが「内外金剛探勝 六日間」です。

●内外金剛探勝 六日間

「第一日 福渓行汽動車にて京城驛出發、鐡原驛乗換、内金剛驛に至る。晝食後徒歩にて、長安寺―表訓寺―正陽寺―萬爆洞―摩訶衍―白雲臺―摩訶衍、宿泊。

第二日 摩訶衍―毘慮鋒―内霧在嶺―蔭仙臺、楡點寺、宿泊。

第三日 楡點寺―彌勒峯―楡點寺、宿泊。

第四日 楡點寺―開残嶺―百河橋―自動車にて海金剛へ、海金剛遊覧後自動車にて温井里へ、宿泊。

第五日 温井里―神渓寺―玉流洞―上八潭―九龍淵(九龍の滝)―温井里、宿泊。

第六日 温井里―六花岩―??萬物相―新萬物相―温井里、温井里から自動車にて外金剛驛へ、元山行列車にて出發安邊驛乗換、京城行旅客列車に乗車、車中泊。翌朝京城驛着」

このコースは、いわば金剛山登山のフルコースというべきもので、三日浦や海岸沿いに岩の柱が並ぶ海金剛の景観を訪ねたり、当時「新金剛」と呼ばれた外金剛の南に広がる新しい登山コースも訪ねるものです。新金剛の拠点は楡點寺ですが、「朝鮮戦争のとき米軍に爆撃され、破壊」(『朝鮮観光案内』(朝鮮新報社 1991年)されたようです。同様に、これらのモデルコースには、他にも長安寺、表訓寺、正陽寺、神渓寺などの寺院が出てきますが、現存するのは表訓寺だけで、残りすべては朝鮮戦争時に破壊されてしまっています。

金剛山登山の魅力のひとつに、深い山あいに佇む古刹めぐりがあることは、『朝鮮旅行案内記』の中に次のように解説されています。

「此勝景をして一層の光彩を添へるものは建築美と傳説美である。即ち興味深い史跡傳説を有し朝鮮藝術の粋を蒐めた碧棟朱楹の長安寺・表訓寺・神渓寺・楡岾寺等の大伽藍と多數の末寺は金剛山の怪奇なる紫峰を背景として絶壁の下或は幽谷の裡に點在し天工と人工の美を渾然一致して吾々に強い印象を與へている」

これらの古刹は、登山者の宿としても使われていたようですから、そこで過ごす一夜は実に味わい深いものとなったことでしょう。当時の日本人が金剛山を愛でていた理由に、千年以上前からこの地にあった古刹の存在が大きかったことは想像に難くありません。しかし、それらも朝鮮戦争時にほとんど破壊されてしまったというのですから、なんと痛ましいことか。

次回金剛山を訪ねるときは、唯一現存する表訓寺にぜひ足を運んでみたいものです。かつて登山客を魅了した表訓寺は、新羅時代の670年に初めて建てられたという由緒ある古刹だそうですから。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-17 11:50 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 16日

金剛山は昔、ロッククライミングの穴場だった?

昭和9(1934)年9月に刊行された『朝鮮旅行案内記』(朝鮮督府鉄道局)の「金剛山案内」の項には、ロッククライミングの案内も掲載されています。

「従来金剛山は宗教的に遊覧的に探勝せられていたが、永年の風化浸食によって削られた勇壮な其岩骨は、最近ロッククライミングにも好適とされ、登山家により數多の未登の峻峯が征服せられている。最も多く登攀せられ岩も優れているものに集仙峯と世尊峯がある」

それぞれ次のように紹介されています。

●集仙峯(主峯一三五一米)
「外金剛の東端に、海に臨んで立並ぶ一群の岩峯でそれ自身多くの岩峯を持ち、複雑なる地形を示すグループである。

主峯一三五一米ピークより派出するヂャンダルム(前衛峰のこと)は東北及西北に走り、前者は東北愛稜(第一峯~第七峯)、後者を西北稜と呼んでいる。

温井里より神渓寺への途上極楽峠に立てば南方に其の全貌が望まれ、更に神渓寺より神渓川を渡って動石洞に至れば、集仙峯の峭壁は目前に迫り、岩肌さへ詳細に見取る事が出来る。

主峯一三五一米ピークのピラミダルな山頂、これより西北に伸びている鮫の歯の様な岩稜、そして巨濤の如く入亂れたる東北稜の諸岩峯は力強い魅惑的な岩頭を現はし、強く登攀慾をそそる。

之が登攀を行ふに當って先づ中心的根拠地と定め、それより放射状に各峯頭へ攀る方法が最も自然的であって、動石洞又は東北稜第一峯西鞍部にベースキャムプを張るのが最も有利である。两キャムプサイトには豊富なる水を有し、動石洞は一三五一米ピーク、西北稜は第三峯以北へ、又東北稜第一峯西鞍部は第一峯、第二峯に至るコースの根拠地となっている」

●世尊峯
「集仙峯の西方、動石渓の源流に簇立する世尊峯は東西に延びた屋根状の岩峯(一一六〇米)を主峯とし、北方にの鮫歯状の骨張った岩稜を派出した一群のヂャンダルムである。

その全貌は集仙峯一三五一米ピークから最もよく見られ、灌木の多い稜線の上にくっきりと浮び上った東南面の大峭壁は厭迫的の力強さを持ち、近づき難い感をさへ抱かせる。

根拠は動石洞のベースキャムプ或は動石渓を約三十分遡った澤の北手にある岩小舎(温突式となり約五六人の収容可能)を選ぶのが最も適當である。

登攀コースは動石渓を遡行して一一六〇米南鞍部に至り、之より岩場に取付くのが普通であるが、又玉流洞川、飛鳳瀑の右壁を登って、岩場に取付き主峯から動石渓側へ下降するのも亦快適なるものがある」

さらに、金剛山の岩質として「粗粒の斑状複雲母花崗岩と正片麻岩」からなり、「岩角は風化の為丸味を帯びている」こと。「浮石は殆ど落ち切っているが、只風化による岩質は相當脆き部分がある為登攀に際し、この點充分なる注意を要する。概して拳大以下のホールドは信頼出来得ないものと考ふべきであろう」。「登攀靴としては岩質の関係からトリコニ―を主としたる鋲靴が最も適し、又ゴム底地下タビにても不自由はない」などの登攀上の諸注意も記しています。

昭和9(1934)年当時、日本にロッククライマーがどのくらいいたものかはよく知りませんが、昭和初期にはすでに登山ブームが始まっていたはずですから、朝鮮にも先駆者たちが姿を現わしていたことは確かでしょう。金剛山は当時のロッククライミングの穴場だったのかもしれません。ただし、実際にどの程度行われていたかについては資料もないので、知る由はありません。
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実は、戦後になって金剛山でロッククライミングをやった人たちの記録があります。

女性で初めてアルプス三大北壁登攀に成功した今井通子さんとカモシカ同人隊で、その記録は『白頭山登頂記』(朝日新聞社 1987年)にまとめられています。

同書によると、今井さんと8名の日本人による「カモシカ同人日朝友好親善登山隊」は、北朝鮮の3つの名山(白頭山、金剛山、妙高山)に登るため、1987年2月10日成田から北京に飛び立ちました。北京からは平壌行きの国際列車に乗り、丹東経由で北朝鮮に入っています。

3つの名山のうち最初に登攀したのが金剛山でした。一行は平壌から鉄道で元山に向かい、バスに乗り継いで金剛山の温井里のホテルに宿泊しています。

翌日(2月18日)7時半にホテルを出た一行は、前述したように、かつてロッククライミングに好適とされた集仙峯を登っています。

朝鮮建国以来、スポーツ登山として外国人登山隊が金剛山に入るのは、チェコスロバキア隊とユーゴ隊が無雪期に数回訪れた程度で、2月という厳冬期に入ったのは、日本のカモシカ同人隊が最初のことだったといいます。

1987年というのは、北朝鮮が一般日本人の観光客の受け入れを発表した年(6月)で、10月から実際に北朝鮮ツアーが始まっています。カモシカ同人隊の北朝鮮入りは、当然のことながら、このタイミングに合わせた宣伝効果を狙って北朝鮮側が企画したものでしょう。報道担当として朝日新聞記者やテレビ朝日の社員も同行していました。

ところが、この年の11月大韓航空爆破事件が起きました。すぐに日本人観光客受け入れも停止しています。

はたして金剛山でロッククライミングが再び行われるのはいつの日になるのでしょうか。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-16 16:59 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 15日

金剛山の最適な探勝シーズンは10月上旬。紅葉の美しい絶景が見られるそうです

昭和9(1934)年9月に刊行された「朝鮮旅行案内記」(朝鮮督府鉄道局)の「金剛山案内」と題された章の中には、この地をいつ訪ねるべきかについて詳しく解説されているページがあります。

「金剛山の自然美は四季の變化に伴ふ山容も自ら異り各々特徴ある風景美を以て探勝者を喜ばせ、詩歌に繪畫に其の藝術的詩情を多分に現はしている。金剛山の探勝は一年を通じて探勝に差支へなく鐵道局でも之等探勝客の便を圖つて年中各驛から割引乗車券を發賣しているが毎年五月一日から十月末日までは金剛山探勝に最適の時季であるので山内の宿泊、交通機関を整備せしめ、汽車自動車の連絡を圖ることになっている」

金剛山の登山シーズンはいつなのか。その答えは、「五月一日から十月末日」です。金剛山は「四季の變化に伴ふ山容も自ら異り各々特徴ある風景美」を見せるといいます。

そこでは、月ごとの山容の微妙な変化をていねいに描き分けています。

「五月 峰も溪も潭も一様に美しい濃淡の若葉に蔽はれた所謂新緑の探勝季である。

六月 翠緑濃やかな山峰は碧潭、深淵の清らかな水に映じて初夏の鮮麗な山水美が見られる。

七月 例年七月上旬から雨季に入るのであるが、變化極りない雲の躍動は山容に一層の勇壮さを加へ渓流は水勢鞺鞳として豪怪な觀を呈する。

八月 強い陽光を受けて碧空に聳ゆる奇鋒、碧水を湛へた悽艶な渓谷の深淵等の景致は何れも盛夏ならでは味ふことの出来ない情趣である。八月も末になるとはや秋風が吹いて朝夕は餘程涼しくなる。

九月 樹間を透して吹き来る涼風は柔かく肌身に觸れて探勝者に氣持よい感を與へる。秋特有の青澄な空に浮き出た峰巒は殊に美しい色彩をなし、九月の末には内金剛地方は早くも紅葉を呈する。

十月 上旬から中旬にかけて金剛錦繡紅衣に彩られ金剛山探勝に最適の時季で、例年内金剛の見頃は外金剛より幾分早く十月五、六日前後、外金剛は十日前後が酣である。下旬になると涼氣も餘程身に沁み毘慮鋒頂では岩間の水は既に氷結している。愈々探勝の好季節も終わりを告げて全山冬眠に入るのである。

十一月から翌年四月まで 十一月に入ると気温頓に低下して金剛風が吹き初め全山概ね落葉して岩骨を露出し、雲さへ降って皆骨金剛の豪怪な山容を現出する。十二月神秘な冬の粧ひをなし、毘慮鋒では例年積雪丈餘に及んで壮快なるスキー登山が出来る。又山麓の温井里は温泉とスキー場があるので年末年始にかけての休暇を利用し出掛けるものも多い。積雪は大概二、三月頃まで残り、年によっては三月下旬までスキーも出来ることもあるが流石四月に入れば概ね解けて草木も永い冬眠より甦り春の季節を待つこととなる」

最適のシーズンは10月上旬。紅葉の美しい絶景が見られるそうです。昨年ぼくが訪ねたのは8月下旬でしたが、「強い陽光を受けて碧空に聳ゆる奇鋒、碧水を湛へた悽艶な渓谷の深淵等の景致」という表現は、なるほどと納得したものです。

秋に金剛山を訪ねたことのあるという友人のひとりは「紅葉の美しさは、日本でも見たことがないほどの素晴らしさだ」と語っていましたから、もし次回行く機会があるなら10月上旬にすべきだと思いました。

冬は木々がすべて落葉し、花崗岩の岩肌が露出して迫ってくるようなんですね。「豪怪な山容」との記述がありますが、「豪快」」ではなく「怪」の字を使っている理由も、なんとなく想像できます。現在、外金剛ホテルなどの宿泊施設のある温井里には、温泉とスキー場があったと書かれていますが、いまでも温泉施設はあります。

四季によってこんなに風景が変わる金剛山。「因に四季各々自然の變化によって金剛の山水美を讃へたものに春を「金剛」夏を「蓬莱」秋を「楓岳」、冬を「皆骨」と称する別名がある」そうです。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-15 09:59 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 14日

日本法人設立の目的は中国への国際線就航です(春秋航空日本市場開発部インタビュー)

先頃、日本で4番目のLCC・春秋航空日本の国内線就航開始が6月末から8月上旬に延期となったことが報じられました。それ以前に他のLCCも減便を迫られる事態がつたえられていたばかりでしたから、日本のLCCの抱える課題が浮き彫りにされた面がありましたが、その一方で今年3月同社の母体である春秋航空の上海・関空線が就航し、その後も日本路線を積極的に拡大する動きが伝えられています。日中関係が最悪といわれるなか、春秋グループでは日本におけるLCC設立をどう位置づけているのか。日本への路線拡大の目的は何なのか。

春秋航空日本、8月に就航延期、高松線減便も-最大1万席に影響(トラベルビジョン 2014.6.8)
http://www.travelvision.jp/news-jpn/detail.php?id=61885
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昨年11月上旬、春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長に話を聞きました。場所は、上海紅橋空港のそばにある同社オフィスビルです。

―中国の旅行会社で自前の航空会社を持っているのは春秋旅行社だけだそうですね。なぜ航空会社を持とうと考えたのですか。

「航空会社を設立する前から、春秋旅行社ではチャーター便ビジネスを積極的に手がけてきました。中国は団体客も多く、ツアーコストを下げられるチャーター便利用のツアーは人気があるのです。1997~2004年までの7年間で約3万便です。こんなに飛ばせるなら、自社で航空会社を持ったほうがいいと考えるようになるのは当然です。ドイツの旅行大手のTUI が航空会社を持っていることから、我々も学んだのです。

国内線の申請は2004年、就航は05年6月18日からです。最初は便数が多くないため、運営は苦しかったです。1日10機以上飛ばないと赤字になる。それでも、コストを下げるためのあらゆる工夫をして1年目から黒字となりました。中国では、それまでLCCの運営は不可能だろうと言われていましたが、我々は不可能を実現したのです」

―黒字になった理由をどうお考えですか?

「以下の5つの理由があります。
①チケットはすべてネット販売
②1機あたりの1日の運航時間を11時間とすること(通常は9時間)
③座席数は180とする(通常は157)
④オフィスビルは質素にするなど、できるだけ余計なコストをかけない
⑤搭乗率が高い(05年以来、平均95%を維持)

春秋航空の方針は、これまで飛行機に乗ったことのない人に乗ってもらおう。バスのように気軽に使ってもらおう、というものです。だから、席が余ったら1円でも乗ってくださいと。それをやったら、2012年秋の上海・茨城線で失敗しましたが(笑)。中国国内で反発が出たんです。発売後、3日目で中止となりました」

春秋航空、佐賀・高松~上海の「1円航空券」中止(2012.10.19)
http://www.j-cast.com/2012/10/19150671.html

―御社の考え方は、世界のLCCと共通していますね。むしろ、日本のLCCより国際標準に近いともいえる。中国国内にいくつかのハブを設け、展開していくという路線拡張戦略もそうです。確か、春秋航空のハブは上海と瀋陽、石家庄だそうですね。瀋陽は東北地方の中心都市ですからわかりますが、石家庄がハブとなった理由は何ですか?

「新規路線やハブをつくるには条件があります。現地の協力や誘致の熱心さによるところが大きい。特に現地政府が承認するとやりやすくなります」

―石家庄は北京に近いからでしょうか。

「北京空港には我々は乗り入れすることができないんです。何年も前から申請していますが、認められない。石家庄は北京から200kmあります。北京からいちばん近いのは天津で、近いとはいえない。でも、石家庄の政府が非常に協力的でした。石家庄空港は春秋航空就航以後、他社便の乗り入れも増え、空港利用者が大幅に増加しました。潜在的なマーケットはあったんです。ただ、そこを開拓しようとする航空会社がなかった。我々が最初に乗り入れたことで市場が生まれたのです」 

―北京のような主要空港は国営航空会社の既得権があるからでしょうね。そして、いよいよ国際線就航にも着手しました。最初の国際線は2010年7月の茨城。なぜ日本を最初の就航地に選んだのですか。

「国際線は2008年頃から計画を始めました。これから中国は海外旅行客が増大するだろう。弊社が使うエアバスは運航効率から考えて5時間圏内だったので、東南アジアの一部や韓国、日本の中からどこに最初に飛ばすか考えました。

なかでも当時は日本からの訪中人口が多かった。経済交流も進み、双方の国の人の往来が頻繁でした。また中日路線は利益率がいいという経済的な理由もありました」 

―確かに、2007年は訪中日本人が過去最高の400万人近かった年ですものね。いまは中韓間のほうが多そうですが。そのとき、日本線開拓のために尽力されたのが孫さんだったのですね。

「はい、そうです。当時、日本の都道府県の半分くらいの関係者が誘致のために弊社にいらっしゃいました」

―ここに来たんですね。

「はい、うちのオフィスは古くて、会議室も少ないのですが…。なかでもいちばん熱心だったのが、茨城県でした。県知事からも強く誘致を呼びかけられました」
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―航空会社から見て、路線を決めるうえでどんな協力がありがたいですか。

「第一は、LCCですからコスト引き下げにいかに協力していただけるか。もちろん、現地の人口規模や経済発展の状況も関係あります。茨城県は首都圏にあり、人口もある。在日中国人は東京在住者が多く、家族の里帰りやビジネス客など、日本と上海を行ったり来たりする人も多い」

―以前、私も春秋航空が茨城空港に就航したばかりの頃、同路線の客層について御社の関係者に話を聞いたことがあるのですが、上海・茨城線は「在日中国人の生活路線」だと知りました。就航当初は週4便でしたが、いまは週6便ですね。

※LCC、海外ドラマを呼び込め!めざすは「東アジアグローバル観光圏」! 地方空港サバイバル奮戦記
http://inbound.exblog.jp/16713389/

「これまで震災などもありましたが、この路線の乗客は減っていません。2010年当時は、まだ日本にLCCが存在していなかったので、時期が良かったと思います。春秋航空はいまもそうですが、日本でほとんど広告をしていないのですが、メディアが扱ってくれたのはありがたかったです」

―以後、高松、佐賀と就航地が増えました。

「高松も県の方が熱心でした。国の指導者の力も影響がありますよ。当時は民主党政権で、元鳩山総理から高松線を就航してほしいという話が弊社に直接あったことも大きいです。その半年後、佐賀も決まった。佐賀から福岡まで1時間です。福岡空港は市内に近く、滑走路が1本しかないため、これ以上の新規乗り入れは不可能だったのです。また長崎はすでに東方航空が飛んでいて競合するので考えられなかった。いちばんかわいそうだったのは、12年9~10月、鳥取へのチャーター便が領土問題でキャンセルとなったことです。鳥取県との間で手続きが全部終わっていたのに、とても残念でした。

いま最も誘致に熱心なのが北海道です。先月(13年10月)、視察に行きましたが、そのとき聞いたのは、北海道のほとんどの空港で利用者が減少しているという話です。ところが、北海道の関係者と話したとき、彼らは北海道には観光的な魅力がたくさんあるので、心配はありません。ぜひうちの空港に就航してほしいと言いました。でも、私はその思いはだめですと答えました。いまは新千歳空港だけ利用客が増えているそうですが、就航するためには、上海でもっと宣伝しないといけないし、どんな協力をしていただけるのか、具体的な内容がないと困ります。いずれにせよ、すでに中国の航空会社が就航している地方航空に飛ぶことは考えていません」

―今後、日本路線の新規就航先は決まっていますか?

「いまのところ、関空(すでに2014年3月15日就航)への就航を考えています」

―そして、10月に春秋航空日本株式会社を設立されました。その目的は?

「日本で航空会社を設立したメインの目的は、現状では中国からの乗り入れの難しい成田や羽田から国際線を中国に飛ばすことです。以前は関空も難しかったが、いまは乗り入れしやすくなりました。関空の利用者目標は2500万人で、現在は約1300万人。余裕があります。

春秋航空が北京に乗り入れできないのも同じ理由からです。でも、日本の航空会社になれば、成田や羽田も利用できる。これは茨城線就航後、すぐに考えたことです」 

―まずは成田から広島、高松、佐賀への国内線から始めるわけですね。

「新しく設立した航空会社は、すぐには国際線を飛ばせません。国内線で実績を積んでからです。でも、来年末くらいには飛ばしたいのですが…」

―国内線が就航すれば、佐賀と高松は上海からの国際線が飛んでいるので、成田へ接続し、茨城から帰国するというルートができますね。いまの中国客は東京・大阪ゴールデンルートに集中しているので、ツアーコースにバリエーションができる。これは日本側にとってありがたいことです。

「今後は中国の地方都市から日本路線を増やす予定です。中国は人口が多いので、1%でも1300万人、大きいですよ。最近、中国人は年に何回も海外旅行に行きます。私の娘もそうです。日本は近いし、1990年代からたくさんの中国人が日本に留学したり、仕事をしたり、つながりが多い。日本のよさを良く知っている。韓国は1回行けばいいでしょう(笑)」

春秋航空、関空拠点化へ-7月に武漢、天津、重慶線開設、上海線増便も(トラベルビジョン 2014.5.28)
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=61719
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―でも、今年(2013年)は韓国に行く中国客は450万人になるそうですよ。

「それは中国と日本が喧嘩しているからです(笑)」

―そういう難しい状況にありながら、春秋グループは日本で航空会社と旅行会社を設立し、旅行市場の拡大のために奮闘しているのですね。

「うちの会長は昔から日中友好のためにいろいろやっていますよ」

―王会長と日本との縁は?

「1988年から鹿児島の修学旅行生の受け入れをやっています。息子さん(次男)も日本に留学し、いまは春秋航空日本の会長です。

日中には長い友好の歴史があります。それに比べれば、戦争の歴史は短い。日中はときどき喧嘩しながらも、友好的にやってきた。夫婦も同じでしょう。これからもトラブルはあると思います。でも長い目で見たら、友好的にやるのがいい」

―春秋グループの歩みを見ていると、国際標準に沿った明確な戦略を持ち、一つひとつ市場を着実に開拓していけば、結果がついてくることを教えられます。こうした民営企業が中国にあることを我々はもっと知らなければならないと思いました。そもそも新規路線の就航のための努力は、中国でも日本でも基本的に変わらない。これまでずっと国内で経験してきたことの積み重ねなのですね。こういう経験を持っているのは中国では春秋航空だけでしょう。中国ではLCCは春秋以外にはないのですか? 最近、関空に就航した吉祥航空は?

「中国では吉祥航空はLCCとは思われていません。日本でいうとスカイマークみたいな存在です。安いイメージはあるが、LCCほど安くない。最近、西北航空(海南航空)や東方航空がLCCを設立するという話がありますが、どうでしょう。

―こうしてみると、春秋グループはいつも時代の先駆けといえますね。

「強みは母体の春秋旅行社です。中国国内で15年間連続、取扱数と売上がナンバー1の旅行会社です」

春秋旅行社の創立は1981年。最初はスタッフ10名ほどの小さな会社だったそうです。87年に国際旅行業務を申請。海外客の受入を開始しました。孫振誠部長は、92年春秋旅行社に入社し、当時は訪中日本客担当(インバウンド)でした。2009年、茨城路線開設のために、春秋航空に移籍しています。

経営コストの切り詰めのため、ずっと古いオフィスに拠点を置いていた同社も、今夏ようやく上海市内に新本社ビルができる予定だそうです。これから同グループがどんな訪日旅行の世界を切り開いていくのか、大いに注目したいと思います。
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上海浦東空港で見かけた中国人団体ツアー客
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by sanyo-kansatu | 2014-06-14 13:12 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 06月 14日

金剛山の魅力は奇鋒と渓谷、美しく青みを帯びた深潭の醸成する幽寂な景趣にある

昭和9(1934)年9月に刊行された「朝鮮旅行案内記」(朝鮮督府鉄道局)の内容から、金剛山に関する記述を検討したいと思います。もともとこの本は、当時の朝鮮を鉄道で旅行するための案内書で、概説編(236p)と案内編(309p)の2部構成になっています。

概説編では、朝鮮の地勢や気候、産業、歴史、風習、年中行事などとともに、「金剛山案内」(38p)に多くのページを割いています。個別の観光地として概説編に紹介されるのは金剛山だけであることから、いかに特別の存在であったかがわかるのです。案内編では、朝鮮内のすべての鉄道路線と駅のある町が解説されています。

では「金剛山案内」にはどんなことが書かれているのでしょうか。

「金剛山とは朝鮮半島の東海岸に沿ひ南北に縦走する脊梁山脈中の一群の峻鋒を稱し、江原道の准陽、高城の二郡に跨って廣袤實に十八平方里に亘り日本海に面する斜面と内陸に面する斜面の二帯に分かれている。前者は即ち外金剛、後者が内金剛と稱せられている。

地勢は東は急峻で西は概ね緩やかな高臺状をなし、脊梁山系たる主脈と之より分岐する數多の支脈は変化に富んだ奇鋒峻嶺から成り立ち、千米以上の峻鋒重疉として聳立し岩骨を露出し削壁をなして所謂萬二千衆鋒を形造っている。そして主脈から分岐する支脈は何れも短かく河川は為に幾多の小支流は岐れ岩床は露出して巨岩怪岩を轉じ到る處に急湍激流を造っている」

「金剛山を構成する岩類は太古界から新生界に亙った可なり多くの種類を網羅しているが主なる岩石は斑状複雲母花崗岩及白雲母又は斑晶を缺ぐ黒雲母花崗岩であって、之等は著しく節理に富み其方向は垂直の場合が多く、其の他多種多様の節理を存し岩體は之に沿ふて永年の風化浸食により變幻の妙を極め金剛山獨自の山岳美を成している」

ここでは、金剛山が日本海側に面した外金剛と内陸に面した内金剛に分かれること。一万を超えるという露出した花崗岩から成る巨岩怪岩が屹立し、急流が造る山岳美が「變幻の妙を極め」ていると賛美しています。

それに続く「金剛山の風景と其特色」では、金剛山が「世界的名山」たる理由についてこう解説しています。

「金剛山が世界的名山として賞賛される所以は古来萬二千鋒と謳われる無數の奇鋒峻嶺と之等の峰巒が互ひに錯綜して構成する幾多の渓谷と其渓谷に懸る、瀑布、深潭、奔流等の醸成する豪壮雄渾或は清浄幽玄なる景趣にあることは、探勝者の齊しく認めるところで此勝景をして一層の光彩を添へるものは建築美と傳説美である。即ち興味深い史跡傳説を有し朝鮮藝術の粋を蒐めた碧棟朱楹の長安寺・表訓寺・神渓寺・楡岾寺等の大伽藍と多數の末寺は金剛山の怪奇なる紫峰を背景として絶壁の下或は幽谷の裡に點在し天工と人工の美を渾然一致して吾々に強い印象を與へている」

旧字の多い難解な文面を長々と引用したのは、金剛山を愛でるうえで、こうした漢文調の表現にこそ味わい深さを感じられると思ったからですし、おそらく当時の日本人は、そういうスタイルを好んでいたに違いないと考えるからです。
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金剛山の魅力は奇鋒と渓谷、瀑布、深潭、奔流の醸成する幽寂な景趣にある。これはわずか1日の登山体験をしたにすぎないぼくにも、理解できるものでした。特に心打たれたのは、これまで日本でも、また他の国でも見たことのないほど美しく青みを帯びた深潭でした。
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「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-14 13:04 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 14日

昭和9(1934)年の金剛山は今よりにぎわっていた

昨年、ぼくは北朝鮮の金剛山を訪ねたのですが、戦前期には、この地は朝鮮を代表する観光地でした。実際のところ、今より80年前のほうがにぎわっていたし、観光地開発もずっと進んでいたのです。

2013年、金剛山観光はどうなっているのか?
http://inbound.exblog.jp/22561895/

その事実は、昭和9(1934)年9月に刊行された「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)の内容をみるとわかります。同書は国会図書館近代デジタルライブラリーで誰でも閲覧することができます。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893

当時の旅行案内書の記述の詳細さや内容の面白さは、現在書店に並んでいるガイドブックのたぐいとは比較にならないほどです。とりわけ、同書における金剛山の扱いは別格です。金剛山は、当時朝鮮半島を代表する景勝地として理解されていたことがわかります。

いったい当時の日本人にとって金剛山とは何だったのか? 以後、同書の内容を通して考えていきたいと思うのですが、まずはわかりやすいところからという意味で、金剛山の口絵の一部を紹介していきます。
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これは外金剛の九龍の滝の口絵です。
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これは昨年撮った九龍の滝。滝つぼに落ちる水量が少ないことを除けば、80年前とほとんど変わっていません。
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これは玉流洞渓谷の口絵です。
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これは昨年撮ったもの。これも変わりません。
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これは三日浦の口絵。
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これは昨年の三日浦。

当たり前のことかもしれませんが、自然の景観は80年程度の時間の経過で変わるものではないですね。時間がなくて訪ねることができませんでしたが、その他口絵に載っているのは以下の景勝地です。
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これは奥萬物相といい、外金剛にある屹立する岩の連峰です。
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これは海金剛で、金剛山の海岸沿いに林立する柱の奇岩です。
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ちょっと面白いのはこれで、昭和9年当時、金剛山にはスキー場があったようです。昨年北朝鮮の元山の近くに馬息嶺スキー場ができたことがずいぶん報道されましたが、実は昭和の時代にはここだけでなく、朝鮮半島にはたくさんのスキー場があったのです。その話についてはまたいずれ。
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また金剛山にはかつて多くの寺院がありました。これは楡點寺といい、金剛山の南の山中にありましたが、現在は残っていないようです。理由は、金剛山周辺は朝鮮戦争の激戦区だったからです。
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「金剛山探勝径路図」によると、今日残っていない、いくつかの寺院や鉄道路線などが見られます。当時のほうが今より観光地開発が進んでいたといえるのは、そのためです。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-14 13:02 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 12日

【前編】バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか

昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。これではいくら訪日旅行をPRしても、これ以上外客を受け入れられないことになる。背景には何があるのか。また改善に向けて何が必要なのか。冷静に現状を検討してみたい。

やまとごころ特集1回http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_01.html
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今年3月下旬から4月にかけての春休みシーズンは、海外からの訪日客で全国各地がにぎわった。日本政府観光局(JNTO)によると、3月と4月の訪日外客数は連続で単月過去最高の105万1千人と123万2千人。特に4月は、44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った。背景には、桜シーズンに向けた訪日プロモーションが奏功したことに加え、東南アジアでの査証緩和の効果、中国等からのクルーズ船の寄港があったとJNTOは分析している。

消費税増税後の景気動向が取りざたされるなか、この夏さらなる活況ぶりが期待される訪日旅行市場だが、好調の陰で構造問題が露呈し始めたことの意味を知る人は、一部の関係者以外はまだ少ないかもしれない。

台湾客がバス不足で訪日ツアーを断念

発端は、昨年夏に起きた北海道での台湾ツアー客の観光バス不足だった。現地メディアの報道によると、台湾の旅行業界団体である中華民国旅行公会全国聯合会は、昨年6月末、北海道ツアーのうち、400ツアー、1万2000人分の観光バスの手配ができない恐れがあると公表。日台間の窓口である亜東関係協会から日本交流協会を通じて観光バスの供給輸送力増強と手配の円滑化・正常化について善処を求めるよう働きかけたことから、国土交通省は7月10日「北海道における貸切バスの著しい供給逼迫状況を踏まえた臨時営業区域の設定について」を通達し、迅速に対応した。

訪日ツアー客が主に利用する観光バスは道路運送法で「貸切バス」に分類されるが、出発地・到着地いずれかに都道府県単位の「営業区域」を有する事業者しか運行できないと定められている。「営業区域」には必ず営業所と車庫がなければならない。ところが、訪日客急増で夏季シーズンに北海道内の観光バス需給が逼迫。台湾からの一部のツアーが催行できなくなった。そこで、国土交通省は台湾側の要請に応じて、時限的に9月末まで北海道以外からの貸切バスの営業を解禁し、事態の収拾を図ったのだ。

2013年の訪日台湾客は過去最高の221万人で、訪日客の5人に1人は台湾客という勢いだ。円安が最大の要因だが、日台間の航空自由化(オープンスカイ)協定による発着数や就航地の拡大、LCCの乗り入れにより訪日ツアー価格が大幅に下がってきたことが後押ししている。台湾側では、今年は300万人の大台に乗るとも報じられていた。
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2013年10月に開催された台北国際旅行博(ITF2013)では、日本出展ブース周辺は空前の盛り上がりを見せた

ところが、過去最高の訪日客で沸いた今春、再び台湾ツアー客のバス不足が発生した。今回の発端は、「雪の壁」が台湾でも大人気の立山アルペンルート行きのツアーだったが、その後事態は全国に広がった。
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アジア客に大人気の立川アルペンルート。今年の開通は4月16日から

台湾のツアー予約者の一部が観光バス不足のため、訪日旅行を断念せざるを得なかったことは現地で波紋を呼んだ。台湾メディアは「日本旅行5月に500団体のバス不足」(自由時報2014年4月13日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770151 と報じ、今回の事態は昨年に続き「再度」発生したことを強調している。
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自由時報2014年4月13日が報じる日本の観光バス不足

国内ランドオペレーターはてんてこ舞い

観光バス不足のあおりを受けたのは、台湾客だけではない。訪日ツアーの手配を扱う国内のランドオペレーターやバス会社も、この春対応に追われ、てんてこ舞いだったという。

中国本土客をメインに扱う株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長は、今春の状況を率直にこう話す。

「アジア客を扱うランドオペレーターは切迫した事態を迎えた。明日のバスの手配ができていないと、夜も眠れない日々が続いた。こんなに苦労したことは初めてだった」

「VIPライナー」のブランドで高速乗合バスを運行する株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長も、当時のバス手配の現状を赤裸々にこう語る。

「大変だったのは3月20日頃から4月いっぱい。まさにてんてこ舞いだった。毎日のように複数の会社からバスの手配依頼の電話が鳴ったが、とてもすべてに対応できなかった。大型バスが足りず、ひとつの団体をやむなくマイクロバス2台で運んだり、マイクロバスでは荷物がすべて載らないというので、いったん客だけホテルに運び、あとで荷物を取りにいくこともあった。普段ならこんなことはないが、お客様に迷惑をかけたことを申し訳ないと思う。でも、この時期、需要が集中しすぎたのは問題だった」

今春、観光バスの需給が全国的に逼迫したのは、春休みに入った国内レジャー客の利用と桜シーズンに合わせたアジア客の訪日がかち合い、供給の限界を超えたためとされる。この時期、香港はイースター、中国は清明節、タイは旧正月のソンクラーン、フィリピンは夏休みとアジア各国の旅行シーズンが重なってしまったことも大きい。4月下旬、岐阜県の高校の修学旅行のバス手配不備から起きたJTB社員による不祥事も、国内の観光バス不足と無縁ではないと関係者の多くは語っている。

ホテルの客室も足りない

「足りないのは観光バスだけではない」。訪日アジア客の手配を扱う業界団体である一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長は指摘する。

「4月上旬、台湾に視察に行くと、多くの旅行会社の知人から悲鳴を聞いた。バス手配ができないため、訪日ツアーの出発直前の停止が多発したからだ。だが、バス以上に問題なのがホテルの客室不足だ。特に都内は土曜日が取れない。国内客の利用が増え、ホテルは軒並み稼働率がアップしている。この一年で買い手市場から売り手市場に変わり、ホテル側はインバウンドに対しても強気の料金を提示してくるようになった」。

ある関係者によると「都内にホテルの客室がないため、やむなくアジア客の一部をラブホテルに宿泊させることにしたが、部屋は空いていても、2泊すると昼間の休憩料金まで請求されるため割高になった」という悲喜劇もあったという。

2013年上半期以降、国内のホテル稼働率は軒並み好調に推移している。とりわけ東京都は平均90%代半ばと空前の高稼働率を持続している。そのため、かつては客室単価を抑えてでも集客を働きかけていたアジア客より国内客を優先する動きが強まっている。円安が日本人の旅行先を海外から国内にシフトさせたことも影響しているのだ。

このままでは日本路線の減便も

AISOでは4月下旬、対策を練るべく総会を開いたが、「結論としては、バスの絶対数が足りない。だが、必要なところにバスがないという問題が大きい」(AISO王一仁会長)ことから、前述した貸切バスの「営業区域」の規制がより緩和されるよう関係官庁に要望を伝えたという。この春最も深刻だったのは、訪日旅行コースの超定番である東京・大阪ゴールデンルートのバス不足だったからだ。このコースを通しでツアー客を乗せるには、「営業区域」をまたがって運行しなければならず、全国に複数の営業所を持つようなバス会社でないと対応できないのだ。

こうした日本の状況は台湾側にも伝わっており、「今後、訪日旅行を躊躇する雰囲気が生まれかねない」(AISO王一仁会長)との懸念も出始めている。台湾メディアも「日本ツアーは6月以降少なくとも2000台湾ドル値上げ」(自由時報2014年4月16日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770968 と、日本の観光バス不足はすぐには解決できない問題と見すかしたうえで、ツアー代金の高騰が起こることを報じている。さらに、台湾ではこの夏の日本路線の減便やむなしとの声も聞かれるという。

これは残念な事態というほかない。せっかく日本に旅行に来たいと思っている台湾客が大勢いるのに、日本では十分な受け入れ態勢ができないとみなされてしまっているからだ。
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今年4月、新宿歌舞伎町周辺はアセアン客や中国客の姿が多く見られた

幸いなことに、観光バス不足問題はいまのところ、台湾でしか顕在化していないようだ。台湾でこの問題が取りざたされるのは、後発のアセアン各国に比べ市場規模が大きいこともあるが、1980年代から訪日旅行者を送り出してきた市場の成熟度、日本社会への関心・理解の高さなどが影響しているといわれる。だが、今後は急増するアセアンや中国の市場でも同じことが起こる可能性がある。実際、6月上旬に横浜で開催されたインバウンド商談会「アセアン・インドトラベルマート」の会場では、この4月ベトナムをはじめアセアン各国でもバス不足によるツアー催行不能という事態が起きていたという現地関係者の声が聞かれた。

もちろん、観光庁やインバウンド事業者の多くは、この状況に手をこまぬいているわけではない。だが、観光バス不足の背景には、さらに込み入った事情もありそうだ。次回は、日本のインバウンドの構造問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みについて考えてみたい。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-12 16:38 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)