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2015年 08月 23日

映画『ロスト・マンチュリア・サマン』(金大偉監督作品):ロードムービーの舞台としての満洲のいま

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映画「ロスト・マンチュリア・サマン」予告編 監督:金大偉 kintaii
https://www.youtube.com/watch?v=vfjGOSQAc1M

金大偉さんは古い友人である。ふたりの縁は、ぼくが若い頃から彼の出身地である満洲(中国東北地方とその周辺)を何度も訪ねていたことにある。満洲は祖父母が暮らした土地で、そこに暮らす人々や生活に親しみを感じていたからだ。特にこの10年は、ガイドブック編集者として趣味と実益を兼ねた定点観測の旅を続けている。

同じ時期、金さんも満洲を訪ねていることは聞いていた。その目的はかの地にいまも生きる満洲薩満(サマン=シャーマン)を訪ね、伝承された儀式や習俗を収録することにあった。

その話を聞いたとき、うれしかった。彼はついに自分が本来やらなければならない仕事に着手したと思ったからだ。愛新覚羅の血を引く彼こそ真正の満洲薩満の末裔なのだから。

この作品は、自らの役割を胸に秘めた金さんの故郷の地をめぐるロードムービーである。

かつて満洲は広大な森の大地だった。古来さまざまな民族が駆け抜けていった。なかでもこの地の主人公として清朝を建国した満洲族の多くは、現在各地に離散していて、その一部は中国東北地方に点在する農村で静かに暮らしている。彼らの大半はすでに母国語を失い、自らの民族の習俗や伝統を忘れている。それは無理もないことだ。近代以降、多くの森は耕作地として開墾されたうえ、現在のこの地方の主要都市には高層ビルが林立し、各都市間は高速鉄道とハイウェイが張りめぐらされるほど「現代化」が進んでいる。かつてこの地に暮らした日本人が“懐かしの満洲”と呼んだ時代も、もはや過去のものとなっているのだ。

それでも、満洲は広い。都市から車でしばらく離れると、農村風景が広がる。そこには、満洲族の小さな集落があった。彼らは新中国建国から文化大革命に至る混乱の中で息を潜めて耐え忍び、改革開放後、ようやく物置に隠していた太鼓や腰鈴を取り出し、舞い踊り始めていた。サマンの再生である。その儀式を見た金さんは興奮気味にこう語っている。

「凄まじい光景だった。音と神歌のエネルギーが大きく人の心を打つように響いた。狩猟や騎馬民族の力、大自然と人間をつなぐ力。天、地、人が一体となるような迫力だった。私は思わず涙が溢れてきた。音は人間の最も内なる感情を表現するもので、直感的な霊性および次元を超えた「力」が音の中に存在したに違いないと思った」。

金さんは各地のサマンに面会し、インタビューしている。そこで語られる歴史の記憶や民族的な自負の芽生えに勇気づけながらも、こう吐露せざるを得なかった。「中国における満洲民族は、一千万人を超えている中、ほとんど満洲語を話せない。近い将来、この言語は失われるのかも知れない。そう考えると、とても哀しい気持ちになる」。その哀しみの深さを思うとき、ぼくは言葉を失うほかなかった。

この作品は日本で制作されているが、その成り立ちや映像の感触において中国の独立映画と類似していることを指摘しておきたい。政府の検閲を通すことなく自由に製作される中国独立映画は、2000年代に手持ちのビデオの普及によって発展し、さまざまな社会の現場やテーマを扱う作品が主流となっている。彼らは限られた資金ゆえに撮影から音楽、編集まですべて仲間内で担当し、官製メディアが扱わない中国のリアルな実情を追いかけている。ロードムービー的なドキュメンタリーが多いことも特徴だ。残念ながら、習近平政権以降、中国では映画祭すら開催できなくなっているが、2年に1度東京で開催される「中国インディペンデント映画祭」では多くの作品に触れることができる。

来年夏、ぼくはこの作品に出てくる満州族の集落を訪ねたいと思っている。

リアルチャイナ:中国独立電影
http://inbound.exblog.jp/i29/

新しい満洲の話(中国東北の今)
http://inbound.exblog.jp/i25/
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by sanyo-kansatu | 2015-08-23 20:32 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 08月 19日

清津港を描いた一枚の絵と朝鮮の自尊心をめぐる問答

この絵は、清津観光ホテルの2階のロビーに飾られた清津港を描いたものです。
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なぜこんなものをわざわざ撮影したのか。それは、この絵と同じ構図で清津港を撮影したいと再三ガイドに伝えたのに、却下されてしまったからです。その皮肉を込めたのです。

実は、清津ではほかにも撮影したかったものはたくさんありました。たとえば、1942年に操業開始した清津製鉄所(旧日本製鉄)もそうです。現在でも北朝鮮の6割を占める生産能力を有するという現役の製鉄所です。それは我々からみれば、海外に現存する壮大な昭和の近代化遺産です。絶対撮りたいじゃないですか。でも、これも取り付く島もないほど、あっさりとNGでした。

せっかく清津まで来たのに、路面電車とトロリーバスと、あとは彼らが案内する革命施設や電子図書館、幼稚園の舞踊ショーを撮っただけです。こんなものではとても満足できません。

清津観光ホテルで夕食を取っていたとき、ぼくはその不満を同ホテルの支配人にぶちまけてしまいました。というのも、その支配人のK氏は日本語が堪能な、いわゆる帰国者だったからです。昭和21年東京生まれのK氏が北朝鮮に帰国したのは今からちょうど50年前のことだといいます。にもかかわらず、彼の日本語は東京に暮らすこの世代の日本人とほとんど変わらず、まったく衰えを知らないことに驚かされました。

「私は東京の品川あたりで育ちました。帰国したのは18の歳。だからでしょうか、50年たっても日本語を忘れません。ここまでしゃべれるのは同じ帰国者でも少ないでしょう」。

※実は、彼の兄弟がまだ日本にいて、ときどき清津を訪れるそうです。そのため、日本の情報もよく知っていることがあとでわかりました。

そのような意想外の人物にこの地で出会ったことから、つい気を許してしまったのかもしれません。きっとこの人なら日本人の気持ちを理解してくれるのでは、と。

「今回朝鮮に来て、あれはダメこれはダメとこちらの願いはほとんど聞いてもらえません。朝鮮には美しい農村や漁村の風景、人々の暮らしがあります。しかし、それらはまったく撮らせてもらえませんでした。毎日のようにガイドたちと写真をめぐって言い合いを続けていましたが、ラチが明きません。

清津港の写真を撮りたかったです。昔この地には多くの日本人が住んでいました。当時の絵葉書なども残っています。いまの清津港の姿を見たいと思う人もいます。なぜ港の写真を撮ることができないのでしょうか」。

するとK氏はこう答えます。「朝鮮では港をはじめ海岸線の多くが軍事的な場所であることはご存知でしょう。だから、国防上外国人には撮らせないのです」。

そう答えるであろうことはわかっていたので、ぼくはこう反論しました。

「いまの時代、衛星から港の細部、人の動きまでばっちり見られています。いまさら、隠したところで意味はありません。そんなことを気にするより、現在の清津港の風景を写真に残すことのほうがずっと意味があるのではないでしょうか」。

K氏はこう答えました。「それはわかっている。しかし、港のどこに砲台が隠されているかなど、我々民間人にはわからない。だから、我々の力では勝手に写真を撮るなど許されないのです」。

これは戦前期の清津港の絵葉書ですが、この構図から撮影されたのは、現在の天馬山ホテルからの眺望だといわれます。そこはかつて清津神社があったそうです。
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少し矛先を変えてみることにしました。

「では、なぜ清津市内の人々や労働者、また農村の集落などを撮ることすら許さないのでしょうか。これまで何度もガイドたちに話してきたことですが、外国人が知りたい朝鮮の本当の魅力は、着飾った女子供の舞踊ショーなどではなく、そこにあると思う。我々日本人は、たとえ朝鮮の農村が貧しいから、遅れているからといって、それを馬鹿にするような考え方は持っていません。そのように疑われることはとても心外です」。

「その考えは理解する。しかし、わが国の周囲にはさまざまな敵対勢力があり、彼らに利用されるようなことはできないのです」。

そこで、今度は論点を変えることにしました。そして、はっきりとこう言いました。いま考えると、ずいぶん挑発的な言葉を口にしたものです。「私は思うのですが、朝鮮の人たちは自尊心が強すぎる。自尊心というものは、自らの実力と釣り合っているときには美しく魅力的ですが、身の丈に合わずバランスを欠いてしまうと理性的な言動やふるまいを失わせがちです。写真を撮る撮らせないという話も、不釣合いな自尊心が影響しているように見えます」。

するとK氏は、さすがに言葉をいくぶん詰まらせながら、こう言いました。「だが、わが国と民族がもしこれまで自尊心を持ち続けることができなければ、独立を保てなかったと思う。あなたは日本人だからわからないでしょうが、わが民族には自尊心がどうしても必要なのです」。

そう言われてしまうと、もう返す言葉がありませんでした。

それが中国と国境を接するこの国と民族の宿命からくるものだということは頭では理解できるからです。しかし、だとしても……。

話を変えることにしました。「清津には戦前、多くの日本人が住んでいました。その人たちがこれまで清津にもよく来たそうですね」。
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『小説 北朝鮮・清津国民学校』上野正見著 (花伝社 2005年)

「2000年代の前半くらいまでは、日本人のツアーがよく来ました。いつも私が市内や七宝山を案内していました。最近はもうほとんど来なくなりましたね」。

それはそうでしょう。当時を知る世代も年配となり、これまでのように海外に出かけることは難しくなっているはずです。

その後、K氏は日本人ツアー団を案内して天馬山に登った話などを聞かせてくれました。彼はかつてこの地に住んでいた日本人たちの気持ちを理解しているのでしょう。ぼくを案内した若いガイドたちとは違います。そして、今後もっと日本人がこの地を訪れるようにと、K氏はこんな提案をしました。

「北朝鮮咸鏡北道と中国吉林省、そしてロシア沿海州、この国境を接する3カ国を周遊するツアーを日本で企画できないか。これはすごく面白い内容になりますよ。隣り合う3国を周遊すれば、民族も歴史も違う世界を一度に見て回れるのですからね」。

実は、この夢の中朝ロ3カ国周遊旅行プランについてはずいぶん前から話題になっていました。今年に入っても、以下のような報道がありました。

[北京 ロイター]中国は北東部の国境地帯でロシアおよび北朝鮮と国際観光圏を形成する計画だ。国営新華社が13日、報じた。北東部の吉林省が、中国と北朝鮮の国境を流れる図們江(朝鮮名:豆満江)のデルタ地帯における国際観光圏について詳細な計画を策定する。新華社によると、当局は中国、ロシア、北朝鮮が関わる観光圏の運営モデルを模索しており、観光圏はビザなしで訪問できるほか、免税でのショッピングが可能になるという。吉林省観光局長によると、長期的には、道路、鉄道、空路を通じた韓国、日本、モンゴルの観光圏への参加も視野に入っているという。

中国、北朝鮮・ロシアと国際観光圏の形成を計画(Newsweek2015年02月13日)
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2015/02/143664.php

2012年夏、実際にぼくはこの3カ国を周遊しました。気候や風土はほぼ同じはずなのに、国境を越えるとこれほど景観が変わるのか。そんな驚きがありました。またこの3カ国を近現代史の視点でみるだけではなく、かつてこの地域をまたがって版図としていた渤海国の歴史など、古代史もからめつつ想像力をふくらませながら、今日とはまったく異なる風景・社会・人々の様子を比較することだけでも、面白くないはずがありません。

※その旅の話は以下で紹介。

極東ロシア:北東アジア未来形
http://inbound.exblog.jp/i33/

新しい満洲の話(中国東北の今)
http://inbound.exblog.jp/i25/

ただし、その実現のためには……。朝鮮の人たちがいまのままでは難しいと思うのも確かです。彼らには物質的にだけでなく、精神的にもそれを進める余裕があるとは思えません。現状、彼ら自身もどうしていいのかよくわからないように見えてしまいます。しかし、それを残念というような平たい言葉で表現するのもどうかと思う。彼らはこの期に及んで何事も「自分たちのやり方」でやるのだと言い張っているからです。なんてやっかいなことでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-19 18:01 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 18日

台湾のドラッグストア研究家の鄭世彬さんがWBSに出演しました

今年の春先、ある台湾の作家に出会いました。鄭世彬さんという日本の医薬品やコスメの研究家で、台湾で多くの関連書籍を上梓しています。彼の経歴やこれまでの活動については、以下のエントリーで紹介しています。

台湾のドラッグストア研究家、鄭世彬さんと知り合う(2015年2月27日)
http://inbound.exblog.jp/24182824/
台湾で売れてる日本のドラッグストア購入ガイドが面白い(2015年4月1日)
http://inbound.exblog.jp/24310398/
台湾で日本のクスリと美容商品が人気の理由(2015年4月2日)
http://inbound.exblog.jp/24314372/
日本ドラッグストアショーは面白くてタメになるイベントでした(2015年4月3日)
http://inbound.exblog.jp/24318021/
これはやばい!? 日本にはおかしな中国語表示があふれている(2015年4月17日)
http://inbound.exblog.jp/24370756/

仕掛け人が激白!「爆買い商品はこうつくれ」(プレジデント2015.6.1)
http://inbound.exblog.jp/24486630/

その鄭世彬さんが8月10日のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」に出演しました。
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爆買いの新定番“神薬”
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/feature/post_95333

「今、中国人観光客に一番人気の土産物が「神薬=かみやく」。日本で一般的に売られる市販薬がこう呼ばれています。ブームのきっかけは、日本のドラッグストアで販売している化粧品や薬を紹介したガイドブック。中国では日本で絶対に買うべき薬として「12神薬」が紹介されています。福岡にある免税ドラッグストアでは、連日中国人観光客が市販薬を「爆買い」していきます。小林製薬は、「神薬」効果で、液体絆創膏「サカムケア」が去年の5倍以上売れていて、インバウンド需要への対応を強化しています。「神薬」ブームの火付け役は、台湾のドラッグストア研究家・鄭世彬さん。来日した鄭さんは10社の日本企業や自治体などと面会しました。外国人ならではの目線で、中国や台湾の観光客の好む商品の販売方法などを提案。今後も、著書などで日本の優れた商品が誤用されないように伝えたいとしています」。

まだ彼と知り合って半年もたたないのですが、どんどん活躍の場を広げていく様子がとてもうれしいです。こういう方には、もっと日本のためにもがんばってもらいたいし、こちらもできる限り応援したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-18 14:25 | 気まぐれインバウンドNews | Comments(0)
2015年 08月 18日

外国人ツーリストのレンタカー利用が増えています(ニッポンレンタカーに聞く)

訪日外国客の増加にともない、外国人ツーリストのレンタカー利用が増えています。
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ぼくも、昔ハワイでレンタカーを運転したことがあります。ふだん乗らないアメ車に左ハンドル。地元の車に囲まれながら、どこまで行っても初めての道を走るという緊張感の中、ホノルル郊外のハイウェイを乗り継ぎ、ノースショアの海岸線が見えてきた頃には、運転にも慣れ、気分はサイコ―でした。

最初はちょっと緊張するけど、やってみたらたまらない海外でのレンタカー運転。同じことは、日本を訪れる外国人ツーリストだってやってみたいに決まっています。

そこで、これからしばらく外国客のレンタカー利用事情について取材しようと思います。最初に話をお聞きしたのが、ニッポンレンタカーサービス販売促進部国際営業課の白井祐子さんです。

―外国客がレンタカーを利用するようになったのはいつ頃からですか?

「増えて来たなと感じるようになったのは、2013年頃からでしょうか。実際には、北海道では2000年代から外国客のレンタカー利用促進のための取り組みは始まっていましたし、沖縄でも早くから進んでいました」。

―確かに、北海道と沖縄では外国客のレンタカー利用が進んでいる印象がありますね。それ以外の地域や国籍別の利用状況はいかがでしょうか。

「まず国籍別の利用状況は、弊社の場合、1位は香港、2位は韓国または台湾、4位タイ、5位アメリカまたはオーストラリアといった感じでしょうか。外国客利用は対前年度比で約200%増です。ただし、全体の外客比率はまだ5%というところでしょうか。

沖縄と北海道の利用数が多いことは確かですが、最近では関西国際空港や中部国際空港からの利用も前年度の2.5倍の勢いで増えています」。

※外国客のレンタカー利用がダントツに多い沖縄と北海道の利用件数(両県のレンタカー協会調べ)は以下のとおり。

沖縄 8万5323件(前年度比2.3倍 2014年4月~15年3月)
北海道 2万1318件(前年度比33%増 2013年12月~14年11月)

―国内客と外国客ではレンタカー利用状況の違いはありますか。

「一般にいえることは、外国客は平均約4日、単価も4万円。日本人より利用日数が長く、単価も高いという特徴があります。平日利用も外国客が多いです」。

―車の好みの違いなどありますか。

「外国客の方は、家族やグループ旅行も多いため、ワゴン車の利用が多いです。またプリウスなどのハイブリッド車やアイサイトの使えるスバル車など、日本オリジナルの車種に人気があります」。

スバル アイサイト総合サイト
http://www.subaru.jp/eyesight/

―やはり空港のカウンターから利用されるケースが多いのですか。

「確かにそうですが、最近では都内のレンタカー店での利用も増えています。特にホテルの多い地区、浅草などから利用される場合もあります」。

―ところで、外国客がレンタカーを利用する際、必要なのはなんですか。

「パスポートと国際免許証です。空港のレンタカーカウンターで直接申し込まれる方もいますが、基本的には事前予約が多いです。現在、弊社では日本語と英語のサイトしかないのですが、TOCOO!という英中韓3カ国対応のレンタカー予約サイト経由の申し込みも増えています」

TOCOO!(レンタカー 中国語ページ)
http://www2.tocoo.jp/cn

―レンタカーを利用した外国客からはどんな声が寄せられていますか。

「カウンターの現場からは、日本の運転はとてもラク。みんなルールを守っているし、安全だという声が多いです。ただし、国籍によって、日本と同じ右ハンドルを採用している香港やタイの方と、左ハンドルの台湾や韓国の方では少し感じ方が違うかもしれません。

香港やシンガポールの方からは「北海道のまっすぐの道をガンガン走りたい」という声も多いです」。

―あの狭くて高層ビルの林立する国で暮らしているわけですから、その気持ちはよくわかりますね。でも、実際に日本で運転するとなると、慣れないことも多いと思われます。事故が増えているということはないですか。

「利用者の増加にともない、接触事故などの事例は増えています。ただし、外国客の事故率が日本人より高いということはありません。

弊社では英語版の利用ガイドを用意しています。そこでは、日本の交通規則や標識の解説、給油のやり方や事故が起きたときの対応、保険補償の限度額、駐車違反の注意などこまかく説明しています。
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たまにあるのが、軽自動車を利用された方が間違って軽油を給油されてしまうケースです。軽油を入れると、車が動かなくなってしまうんです」。
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―かなり詳しく書かれていますが、これをすべて読んでから運転というのでは大変ですね。外国客向けのサポートサービスはありますか。

「弊社の外客向けのサービスとしては、24時間対応のカウンター通訳サービス(英中韓タイ語)や多言語化カーナビ(英中韓)、ECカードのレンタルなどがあります。なかでも重要なのが、カーナビです。この2年で急速に普及してきました。新車を発注する際も、必須になっています。また今年から申込書も多言語化に対応しています(英中韓)」。

―今後も、外国客の利用を促進していきたいとお考えですか。

「昨年11月、初めて台北のITF(旅行博覧会)にブースを出展し、PRをしました。今後は他のアジアの国の出展も検討しています。

また国内のトラベルマートなどの商談会にも参加しています。これを機会にこれまで知り合うことのなかった異業種の方とお会いする機会がぐっと増えたのですが、地方自治体の方など、レンタカーに期待する声が強いことを知りました」。

―どういうことですか。

「大都市圏からの交通が不便な地方では、レンタカーで地元を訪れる外国客が増えることを期待しているからです。たとえば、今年、山陰の各県では香港向けにレンタカー利用の旅行プランを企画しています。こうした動きにレンタカー会社も協力していきたいと考えています」。

レンタカーの世界でもいろんなことが起きているようです。今度、白井さんのご案内で羽田空港のレンタカーカウンターを訪ねることになりました。

またこのインタビューを通じて、さまざまな話題、観点が見えてきました。今後はこれらを少しずつ深堀りしていきたいと思います。

外客のレンタカー利用件数日本一の沖縄でいま起きていること
http://inbound.exblog.jp/24858193/

北海道は外客レンタカー受入の全国の先駆けです
http://inbound.exblog.jp/24864160/

中国本土の観光客は現状、日本でレンタカーの運転はできません
http://inbound.exblog.jp/24859203/

「香港はインバウンドの実験室」:世界に先駆けレンタカー旅行をPR
http://inbound.exblog.jp/24848866/

海外客がTocoo!でレンタカーを予約する理由
http://inbound.exblog.jp/24860932/

外国客の国内ドライブ旅行、本格始動中!~先行する沖縄、北海道の事例と予約サイトの動向から
http://inbound.exblog.jp/24950113/
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by sanyo-kansatu | 2015-08-18 11:34 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2015年 08月 15日

新しく新宿にできたLAOXを訪ねてみました(ここは消耗品がおみやげとして販売される店です)

今年6月6日、新宿にLAOXがオープンしています。

LAOX新宿本店
http://www.laox.co.jp/stores/shinjuku/

中国人ツアー客に限らず新宿は多くの外国人観光客が訪れる場所ですから、当然LAOXはいつか出店してくるだろうと思っていました。場所は伊勢丹の向かいのJTBの入っている同じビルの中です。

今日の午後、新宿三丁目を友人と歩いていて、時間があったので、中を覗いてみることにしました。
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店舗はビルの5階~8階の4フロアです。入り口からエスカレーターで5階まで上がることになります。なんとなく一般の日本人は入りにくい雰囲気です。
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各フロアの構成は以下のとおりです。
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5階は時計や宝飾関係。
6階は化粧品や医薬品、食品など。
7階は家電用品。
8階はブランド品。

6階には、コーセーの雪肌精や花王のメリーズなどの人気定番商品が置かれています。
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またこのフロアにはハラル食品の小さなコーナーもありました。
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キティちゃんのゴーフレット(焼き菓子)もハラル食品だそうです。館内にはムスリム客用の礼拝コーナーも設置されています。なんでも販売スタッフの中にムスリムもいるそうです。
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7階では、炊飯電気釜と温水洗浄便座が山積みされていました。
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これが8階です。ラオックス初の自社アパレルブランド「ORIGAMI」のショップもあります。カフェスペースも併設しています。

オンワードHDが免税店・ラオックスと新会社設立、"メイド・イン・ジャパン"のアパレルをグローバル展開
http://fashionmarketingjournal.com/2015/06/ONWARD-LAOX.html
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店内は閑散としていました。銀座や秋葉原、そして九州のLAOX博多が中国客であふれていたのと比べると、ちょっと意外です。

中国クルーズ客は博多に上陸後、どこへ行くのか?
http://inbound.exblog.jp/24731238/


理由は店の前にバスを停めることができないからでしょうか。銀座や秋葉原のLAOXの店舗の前にはたいていバスが停まっています。店の前で客を降ろすためですが、新宿では無理です。中国ツアーバスの路駐スポットとなっている新宿5丁目からは徒歩3分の近さなので、来店するのにそれほど苦労はなさそうです。ただし、歩道もそれほど広くないので、団体客には利用しにくいかもしれません。

店内にたまたま4人組の欧米の個人客が来店していました。彼らは何かを購入しに来たのでしょうが、5~6階ではさっとフロアを見るだけで、売り場に行く気はなさそうです。彼らにすれば、免税店でおむつや化粧品、医薬品などのような日用品をおみやげに買うという発想がないからです。そもそも旅先で消耗品を帰国後のために山のように買うという消費行動は中国客特有のものだからです。

8階では、浴衣などが当たる抽選会をやっていました。
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https://www.laox.co.jp/cn/laoxinfo/
Laox信息 2015.07.31 纳凉之旅:穿浴衣去哪儿?

こういうキャンペーンはスケジュールの決まった団体客には利用できず、個人客しか楽しめません。

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そういう意味では、新宿の真ん中にずいぶん特殊なショッピングスポットができたものだとあらためて思ってしまいました。もちろん、周辺のドラッグストアや家電量販店、そして伊勢丹でも外国客の買い物が増えています。ただし、それらの店とここが違うのは、中国人が旅先で日用的な消耗品をおみやげとして大量に買うという消費行動をとることと、彼らの海外ツアーがキックバックスキームに支えられているというふたつの条件が前提となって成立していることです。

とはいえ、LAOXもそのスキームだけに頼るのではなく、急増するさまざまな国籍の個人客を取り込みたいと考えているはずです。ムスリム対応もその布石なのでしょう。その試金石となるのが新宿出店なのかもしれません。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-15 17:59 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2015年 08月 13日

羅先のホテルと娯楽もろもろ~旧ヤマトホテルから香港カジノまで(2014年)

中朝ロ3ヵ国が接する図們デルタ地帯に位置する羅先特別市(北朝鮮)で工場見学をした話を前回書きました。まるで2000年代前半の広東省のように、若いきまじめな女性労働者がそこそこいて頑張っていることはわかりましたが、この環境ではすぐに投資という話にはならなさそうです。

羅先の観光アトラクションといえば工場見学です
http://inbound.exblog.jp/24782964/

とはいえ、経済貿易特区だけあって、平壌を除く他の地方都市とは違い、外国人向けの宿泊施設はいくつかあります。歴史的にみて日本の大陸進出の時代と関係のあるホテルも現存しています。

現地関係者によると、現在羅先にはホテルが21軒あり、そのうち日本人を含めた外国人向けに対外開放されているホテルは以下の6軒です。

①羅津ホテル
②南山旅館
③琵琶閣(琵琶旅館)
④琵琶観光ホテル
⑤東明山ホテル
⑥エンペラーホテル&カジノ

以下、簡単に紹介しましょう。

①羅津ホテル
羅先で客室数の最も多いシティホテルです。中国やロシアのビジネスマンなどが多く利用しています。館内にはビジネスフロアもあり、対外貿易を行う事務所なども入っています。現地関係者は「中国人ツアー客が利用するようになって質が落ちた」と話しています。
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ホテルのそばに2013年にオープンしたボンソノカジノがあります。中国資本で建てられたカジノですが、2014年夏現在、営業状態は最悪のようです。
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②南山旅館
羅津市内の中心部の広場に位置する老舗ホテル。1939年に満鉄が建てた旧羅津ヤマトホテルです。外観は当時の時代らしく昭和のシンプルな建築スタイルの2階建てビルです。羅津に港や鉄道が設置されたのは1930年代半ばからですから、当時はこのまちの顔だったでしょう。
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ロビーは中国東北地方各都市にある旧ヤマトホテル系に似ています。客室は老朽化していますが、それなりの風格はあります。
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実は、以前このまちに住んでいたというおばあさんにお話を聞いたことがあります。当時羅津高女という女学校があり、そこで終戦を迎え、引き上げてこられた方なのですが、女学生のころ、羅津ヤマトホテルのレストランで食事をしたことがあるそうです。なんでもある休日、音楽の担当教師に誘われ、クラスの女子2名と一緒に行ったのだとか。当時は女学生がホテルのレストランに行くなんてことはまずなかったそうで、自分が大人になったような気分になったそうです。その思い出の舞台がここです。
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※この話を聞いていたので、ホテルに入ってこっそりレストランの写真を撮ったところ、あとで問題になりました。外国人らしき人物がホテルの中に潜入したと誰かに密告されてしまったのです。ほんの数分単独行動をしただけでこれです。参ります。

③琵琶閣(琵琶旅館)
日本海を見渡す高台の上にあるホテルで、かつて金日成主席らが別荘として使ったことがあります。2012年にここに泊まりました。

金日成の別荘(琵琶旅館)と旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)
http://inbound.exblog.jp/20191274/

④琵琶観光ホテル
琵琶旅館の隣にあるホテルで、客室数が多いぶん、かなり質が落ちます。日本人が来ると、ビジネスマンなら別ですが、他の外国客と隔離したいのか、羅津ホテルではなく、こちらに泊めさせられることが多いようです。
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⑤東明山ホテル
今回泊まった羅先で最も設備の整った新しいホテルです。
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客室も快適です。中国の4・5線級都市にある、まちいちばんのホテルといった感じです。1泊50ドル以上取ります。
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フィットネスジムやプール、サウナもあります。中長期滞在向けのビジネス仕様ですが、中国人ツアー客もいました。
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ただし、サウナの利用は20ドルと高額で、覗いてみると、稼働していませんでした。まあ無理もないかもしれません。一時に比べ、中ロのビジネスマンも多いとは言えないからです。
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⑥エンペラーホテル&カジノ
1990年代後半にできた香港資本のカジノです。一時中国の役人の公金使用問題などで営業停止になったり、いろいろありましたが、いまはなんとか営業しています。一泊300ドル近く取るそうです。カジノの最低換金額は500ドル(実際にはそこまで厳密ではないという話もあります)。館内にはほとんど人気はありません。館内の様子は、下記ページを参照してください。
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2013年の春、中朝国境にある羅先(北朝鮮)にカジノが3つもできました
http://inbound.exblog.jp/20191710/

さて、このまちに来て娯楽を求めても仕方がないところはありますが、最近ではロシアレストランが2軒、中国料理店が2軒、チェコ式のビヤホールがあります。

このロシアレストラン「ノーヴィーミル」のオーナーはロシア人だそうですが、料理は限りなく朝鮮風で、がっかりでした。客はほとんどいません。
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2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】
http://inbound.exblog.jp/23948946/

ビヤホールは海浜公園の中にあります。羅津ホテルにも近いです。生ビール1杯15元。2013年のオープン当時はにぎわったそうですが、いまは閑散としています。
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2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【後編】
http://inbound.exblog.jp/23951727/

このまちでの娯楽といえば、マッサージがあります。場所は市街地から少しはずれた場所にありますが、マッサージ師は女性で、平壌医科大学出身でした。なぜそれがわかるかというと、3年前に訪ねたことのある羅先の貿易展覧会で同大学の医薬品を販売していた女性スタッフたちだったからです。これは珍しいことではありません。外貨獲得のために、この国の女性は東奔西走しているからです。

またこれは娯楽ではありませんが、海浜公園では子供たちがローラースケートを練習している様子を見ることができます。1時間3元でレンタルできるそうです。第一主席肝いりのローラースケート場は金剛山のふもとでも建設されていましたが、羅先特別都市にもあります。
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最後に、このまちで外貨両替のできる銀行はいくつかあります。

<北朝鮮>外国投資銀行法を10年ぶりに修正補充(アジアプレス2012年2月9日)
http://www.asiapress.org/apn/archives/2012/02/09192516.php

以下の4つは中国系です。

図們江銀行
羅先開発銀行
中華商業銀行
東大銀行
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また図們デルタ地帯の開発のために設立されたゴールデントライアングルバンクがこれ。
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日本時代の建物を流用しているのが朝鮮銀行羅先支店です。
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ただし、このまちでは人民元がふつうに使われているため、両替の必要はなさそうです。市場などでも売り場のおばさんたちは人民元を手にして商売している様子だからです。

羅先には最近タクシーも増えています。中国の中古タクシーです。ただし、現地在住のビジネスマンでもない限り、外国人が勝手に乗り回ることはほぼ考えられません。
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高台から羅先(羅津)の市街地を撮りました。
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朝鮮民家がびっしり並ぶ中に、一部マンション建設が始まっています。
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確かに、羅先特別市は清津などの地方都市に比べると、中国のさまざまな影響が感じられるまちです。

ちなみに、これは1940年代初頭の羅津市街地図です。当時から羅津港には3つの埠頭があり、羅津駅と直結していたことがわかります。羅津駅からまっすぐ伸びるまちいちばんの昭和通り(当時)に沿って朝鮮銀行や大和ホテルがあります。この構造が頭に入っていると、車であちこち運ばれても、自分がどこにいるかある程度わかると思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-13 14:12 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

羅先の観光アトラクションといえば工場見学です

経済貿易特区である羅先特別市は、海外から投資が呼び込みたいのですが、思うように進まないのが現状のようです。

そのため、観光で訪れる日本人に対しても、ガイドらは投資の話ばかりします。投資を呼び込みたいなら、どれだけ市場の将来性があるのか、投資者にどんなメリットがあるのか、本来そういう話をしなければならないはずなのに、彼らはただただ「投資をするなら、自分に連絡してほしい」と言うだけです。

そんなことでは話にならないと素人でも思うのですが、Googleで「羅先」を検索すると、なんだか景気がよさそうなネタが拾えます。たとえば、以下のようなものです。

北朝鮮の対外窓口、羅先市に集まる海外企業(東洋経済オンライン2014年9月13日)
http://toyokeizai.net/articles/-/47785

中国マネーで活気づく街 北朝鮮の経済特区、羅先(共同通信ニュース2014/05/12)
https://www.youtube.com/watch?v=1JmESl2zIrQ

北朝鮮側の意向を代弁するとこうなるのでしょうね。

こうしたことから、とりたてて観光スポットのない羅先では、ほとんど唯一の観光アトラクションといえば工場見学なんです。今回ぼくは4つの工場を案内されました。連れていかれるままに訪ねた4ヵ所を紹介してしまいましょう。

最初に訪ねたのが、スチェンボン水産加工工場でした。ここでは年間8000トンのイカや貝類の冷凍加工品を生産し、中国の琿春に送るそうです。1985年創業。15年前にはMさんという日本人がウニの加工を指導するために長く滞在していたこともあるそうです。
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COSCO大连中远国际货运有限公司の冷凍トラックに多くの地元労働者たちが冷凍加工品を運びこんでいました。
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COSCO大连中远国际货运有限公司
http://www.cosfredl.com/

その光景が目に入ったとたん、ここでの視察はNGとなってしまいました。確かに、見ると、労働者たちは素手で冷凍イカの固まりを運びこんでいました。こういう光景は外国人には見せたくないのでしょう。

次に訪れたのが、ヘソン貿易会社という縫製工場でした。
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工場内に入ると、若い女性労働者がミシンの前に座り、真剣に仕事に打ち込んでいます。まるで2000年代前半の広東省の裁縫工場のような世界でした。かの地ではこの種の労働は東南アジアに奪われ、多くの若い労働者が解雇されていることでしょうが、朝鮮では今や時代の最先端。真剣なまなざしの若い女性たちが仕事に向かっています。
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ワイシャツやズボン、厚手のジャケットなど、発注に応じて対応するそうです。輸出先の1位は韓国で、2位はアメリカ、3位は日本といいます。日本という場合、日本アパレルメーカーが直接発注しているわけではなく、仲介業者として中国企業が入っているものと思われますが、彼らにすれば、自分たちのつくった製品の最終消費地がどこかという話をしているわけです。
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約300人の女性労働者がいて、平均月収は800元といいますから、羅先では高給取りといえます(羅先では公務員でも月給は300元と言っていましたから)。この縫製工場自体は1956年からあるそうですが、現在のように海外からの発注で仕事を請けるようになったのは、2000年代に入ってからだそうです。
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工場長の洪世峯氏によると、最近日本からの発注が増えているそうです。
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3つ目が羅先製靴工場でした。
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ここでも女性労働者たちの真剣な仕事ぶりが見られました。男性もいましたが、少数派です。
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工場長によると、革靴やスポーツシューズなど、年間5万~10万足を製造しているそうです。70%は国内向け、30%が輸出向けだそうです。
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たいてい発注は中国企業からで、サンプルが送られ、それに合わせて製造するそうです。もしや、ここがニセモノ大国中国の製造拠点のひとつなんじゃないか…なんてことも思いましたが、彼らは注文に合わせてつくっているだけなのでしょう。
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労働者の賃金は500~800元とのこと。労働者数は約100名。工場長は「もっと注文がほしい。何でも言ってほしい」と日本向けを意識したものと思われるメッセージを残してくれました。
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最後に連れてこられたのが、またもや水産加工工場のテフン貿易会社でした。2001年創業で、羅先最大の規模。在日同胞が投資しているようです。
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さすがは在日同胞が投資しただけあって、単に水産加工品だけでなく、マツタケ焼酎など、さまざまな製品をつくっていました。工場も併設されています。
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朝鮮に行くと、やたらとたくさんの種類の焼酎が売っていますが、このマツタケ焼酎は在日同胞の工場でつくられていたんですね。確かにパッケージなど、他の国内産に比べると洗練されています。

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またこの工場では、生簀があって魚を選んで調理してもらえるレストランもあるようです。ロシア人観光客がいました。
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このふたりは、オーナー夫人と娘だそうです。

ただし、この工場は規模に比べて生産量が足りないため。経営上大きな問題を抱えているとガイドが話していました。なんでそんなことをぼくに言うのだろうと思うのですが、朝鮮東海の漁獲量が激減している影響が大きいからだそうです。これは深刻な話ですね。

はてさて、羅先の4つの工場見学を終えて、みなさん何を思うでしょうか。これで投資をしてくれといわれても、困ってしまいますね。とはいえ、朝鮮には若くて優秀な労働者はそこそこいそうです。そのため、中国吉林省の図們や琿春では、北朝鮮労働者を呼び込み、工場労働をさせているようです。朝鮮側も外貨獲得の手段として、労働者を積極的に送り込んでいます。彼らは工場と寮のある敷地内から外には出られないそうです。

2000年代前半に広東省で見られた女工哀史の物語がタイムラグを経て、延辺朝鮮族自治州でいま始まっているようです。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 21:02 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

羅津港、ロシアが租借した埠頭と鉄道の様子

中国と北朝鮮とロシアが国境を接する図們江デルタ地帯に、縁あって何度か足を運んでいます。昨年7月も北朝鮮の羅先特別市を訪ねています。

このまちの港をめぐる中ロの駆け引きが面白いのですが、羅津港に3つある埠頭のうち、ひとつをロシアが、もうひとつを中国が租借しています。今年4月、ロシアの埠頭から韓国向けに石炭が輸送されたニュースが報じられています。

ロシアの石炭14万トン 北朝鮮経由で韓国に輸送へ (ソウル聯合ニュース2015年4月15日)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2015/04/15/0200000000AJP20150415002000882.HTML

「韓国、北朝鮮、ロシアによる物流協力事業の2度目のテスト輸送が、16日から来月9日にかけて実施される。韓国統一部が15日、伝えた。

 1回目と同様、シベリアのクズバス炭田から石炭を北朝鮮北東部の経済特区・羅先の羅津まで鉄道で運び、羅津港から韓国の港へ船で輸送する。

 輸送する石炭は1回目(4万500トン)の3倍以上の約14万トンで、海上輸送には貨物船2隻を使う。24日ごろ中部・忠清南道の唐津港、25日ごろ南部・全羅南道の光陽港、来月9日ごろ忠清南道の保寧港に到着する予定だ。

 統一部によると、物流協力事業に参加するポスコ、現代商船、コレール(韓国鉄道公社)や政府の関係者がロシアの国営鉄道会社と合同で17日から23日にかけ羅津を訪れ、貨物船2隻が同時に接岸できるかどうかなどを点検するという」。

これが羅津港のロシア埠頭(第三埠頭)です。いちばん南側にあります。
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この石炭はロシアから鉄道で運ばれてきたものです。これを韓国に送ったというわけですが、そんなに頻繁なわけではありません。
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ロシア埠頭からロシアに向かう線路も整備されています。
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一方、これは真ん中にある北朝鮮が利用する埠頭です。初代万景峰号がさびしく停泊していました。
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ここでは何も積み込み作業は行われていません。
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巨大な倉庫も併設されています。
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一方、これは中国が租借していると聞くいちばん北側の第一埠頭です。現地関係者に聞くと、どうやら中国はロシアのように咀嚼しているのではなく、第一、第二埠頭を用途によって使いわけて使っているそうです。
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木材の積み下ろしをしています。この木材は北朝鮮労働者がロシアで伐採したもので、その支払いとして一部を北朝鮮がもらうのだそうです。うち9割は朝鮮国内で使いますが、1割は中国の山東省などに輸出するという話があるそうです。
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これは港湾関係の事務所ビルのようです。
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これは対岸から羅津港を望んだカットです。
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ロシア埠頭から延びた線路は、豆満江下流を抜け、ロシアのハサンまでつながっています。全長54kmで、開通したのは2013年9月です。
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これが北朝鮮側の国境駅・豆満江駅。
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遠くに見える橋がロシアに渡る鉄橋です。
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この3カ国デルタ地帯は、90年代から開発が進むといわれながら、遅々として動かなかったのですが、最近少しずつ、少しずつですが、中ロ両国がインフラ投資を始めています。

こういうニュースもあります。

中国、北朝鮮・ロシアと国際観光圏の形成を計画(新華社 2015年 2月 13日)
http://jp.reuters.com/article/2015/02/13/idJPL4N0VN4HR20150213

「中国は北東部の国境地帯でロシアおよび北朝鮮と国際観光圏を形成する計画だ。国営新華社が13日、報じた。

北東部の吉林省が、中国と北朝鮮の国境を流れる図們江(朝鮮名:豆満江)のデルタ地帯における国際観光圏について詳細な計画を策定する。

新華社によると、当局は中国、ロシア、北朝鮮が関わる観光圏の運営モデルを模索しており、観光圏はビザなしで訪問できるほか、免税でのショッピングが可能になるという。

吉林省観光局長によると、長期的には、道路、鉄道、空路を通じた韓国、日本、モンゴルの観光圏への参加も視野に入っているという」。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 16:54 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

チプサム革命史跡は日本時代の別荘地だったに違いない

清津から七宝山に向かう途中にある鏡城郡で、温堡温泉以外にもうひとつ訪ねたのは、チプサム革命史跡でした。
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「共産主義テーマパーク観光」がその実態である朝鮮旅行では、ほぼ毎日のように革命史跡を訪ねることになるのですが、その大半が虚構の歴史を扱っているとしか思えません。そのため、まじめに観る気にはなれないので、本ブログでもほとんど触れていないのですが、この史跡はちょっと面白かったので、紹介しようと思います。

朝鮮側の資料によると、ここは金正日将軍と金正淑女史の革命事跡だそうです。場所は鏡城郡温大津里チプサム村にあります。

ここでは金親子が滞在したとされる住居が革命史跡として紹介されます。チマチョゴリを着た彼女が、同国のテレビアナウンサーのような滔々とした口調で解説をしてくれます。
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ただし、ガイドたちは彼女の話を通訳する気はなさそうです。かつて日本人旅行者が多かった90年代にはそんなこともなかったのかもしれませんが、いまや圧倒的多数派である中国客は、朝鮮の建国史の唯我独尊ぶりを大ブーイングしてきたことから、彼らも聞かれないかぎり、外国人に通訳しても仕方がないと思うようになったのではないでしょうか。実際、彼ら自身どこまで本気で信じているのかあやしいものです。

興味深いのはその住居の中の様子です。

金日成将軍とその家族がこの家に滞在したことを示す写真が飾られています。といっても、金正淑女史は1949年に亡くなっているそうですから、その少し前に撮られたものでしょう。

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さて、住居の中は当時の日本の文化住宅そのものです。これほどきれいに残されているのは珍しいことではないでしょうか。
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書斎は畳の間になっています。オンドルも敷かれているようです。
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炊事場や倉庫も残されていて、ここはおそらく日本時代の富裕な階層の別荘、あるいは官舎だったのではないでしょうか。
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玄関の雰囲気も、いまの日本ではほとんど見ることのできない昭和の住宅です。
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この住居の周辺は同じような文化住宅が点在していて、戦前の軽井沢のような別荘地の趣があります。通りは整備され、並木もていねいに植えられています。革命史跡ゆえにこれほどきれいに残されたのでしょうが、とにかく朝鮮の人たちは清潔好きで、清掃が行き届いています。これは中国との大きな違いでしょう。
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日本時代の住居は中国東北地方にはもうほぼ残っていませんが、朝鮮には残っている。これも面白い現象です。
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羅先にも同じような革命史跡がありましたが、それも日本の住居でした。こちらもきれいに残されていました。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 10:35 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

鏡城温堡温泉(朝鮮)は日本式の温泉郷ではなく、ロシア式サナトリウムでした

清津から七宝山に向かう途中に鏡城というまちがあり、その少し北に温堡温泉があります。休火山である白頭山系に属する七宝山の周辺には温泉が多く、戦前期から知られる朱乙温泉のような温泉街もあるはずですが、外国人に開放されているのはここだけのようです。
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そこは日本式の温泉郷ではなく、ロシア式サナトリウム(温泉療養所)でした。

館内に入ると、温泉の入り方や効能など図解と説明が延々書かれています。
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朝鮮側の提供する資料によると、泉質は水素炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウムを含む鉱物質希薄珪土泉。効能は関節炎、神経痛、高血圧、婦人病、ガスおよび鉛中毒、慢性大腸炎、手術後遺症、十二指腸潰炎、胃炎などと書かれています。「ガスおよび鉛中毒」というのがよくわかりませんが、飲用もされるようです。

湯船は個室に分かれていて、こんな感じです。情緒はまったくありませんが、お湯は源泉そのものでとても良かったです。湯上り後は、身体の内側からホクホクしてくるような湯の力を感じました。
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これは中国東北地方でも同じですが、かつて日本が大陸や朝鮮半島につくった温泉は日本の温泉郷のような遊興地でした。いまでも現存する遼寧省鞍山にある湯崗子温泉や丹東の五龍背温泉には、日本時代の温泉施設が残っていますが、解放後、ソ連軍が入ってきてから、一部を残しながら、大半はロシア式のサナトリウムに変わってしまいました。これはいい悪いの話ではなく、この地域の覇権が日本からロシアに移ったためで、現在の北朝鮮の温泉地はたいてい療養地になっています。唯一違うのが、金剛山に1990年代後半につくられた韓国資本の温泉施設でしょうか。こうして朝鮮半島の南北で温泉の形態が異なっているというのは、面白いですね。

明治の文豪も訪ねた満洲三大温泉はいま
http://inbound.exblog.jp/23954021/

そばには日本時代のものを思われる給水塔が建っていました。この周辺の水はミネラル分が高いということで、水を汲みにくる地元の人たちの姿も見ました。
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この温泉療養所の近くに温泉ホテルがあります。蔦に覆われた外観が印象的です。
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客室には個室風呂があり、温泉です。これもいいお湯です。
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温堡温泉の周辺は美しい並木に囲まれた避暑地のようです。そこにはいわゆる革命跡地になっています。その話は次回に。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 10:28 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)