ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2017年 12月 11日

寅さんが結ぶ日中民間人の縁をあらためて実感しました

週末は朝から柴又帝釈天に行きました。

中国でいつもお世話になっているハルビンの黒龍江省新世紀国際旅行社の呼海友さんを案内することになったのです。

彼は毎年この時期、東京に1週間ほど出張に来て、旅行会社回りをしています。彼はいまとなっては数少ない日本からの黒龍江省や内モンゴル自治区を中心としたツアーの企画と受け入れをやっています。もっとも、いまでは日本を訪れる中国人の数のほうが圧倒的に多いため、訪日旅行の企画のためのテーマ探しがもうひとつの重要なミッションです。

呼さんはクラシック音楽とコーヒーが好きという物静かな人で、東京に来ると、個人的に名曲喫茶やCDショップなどに足を運ぶのを楽しみにしているそうです。ぼくも何度か彼を案内したことがありますが、渋谷の老舗名曲喫茶の『ライオン』が気に入ったそうで、今回もひとりで訪ねたと話していました。

中国のクラシック音楽ファンも気に入ってくれた名曲喫茶ライオン (2014年12月02日)
http://inbound.exblog.jp/23821487/

そんな彼がなぜいま『男はつらいよ』の舞台、柴又に行きたいと言い出したのか?

そう尋ねると、彼は「格安弾丸ツアーに飽きた中国の中高年をぜひ連れて来たい」と言います。彼は中国のネットで事前に柴又についていろいろ下調べしていて、実際に歩いてみたかったのでした。

朝9時に京成金町線の柴又駅の前で待ち合わせました。そこには有名な寅さんの像があるのですが、今年3月、その向かいにさくらさんの像ができました。寅さんの目線の先にさくらさんが立っていて、心配そうに兄の姿を見つめているというものです。なんとも泣かせる構図じゃないですか。こんな銅像、あまりお目にかかったことがありません。
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帝釈天の参道は、少し早めに来たせいか、人通りも少なく、まるで映画のセットのようでした。参道の店はたいてい10時が開店だそうです。呼さんは熱心に写真を撮っています。
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この老舗団子屋の『とらや』は、初期の作品で実際に撮影に使われたそうです。
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帝釈天の門が見えてきました。
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実は、ぼくは初めて柴又に来たのですが、想像していたよりこじんまりとした境内だと感じました。まだそれほど参拝客もおらず(写真は10時過ぎのもの)、とても静謐な雰囲気だったのですが、しばらくすると、突然境内に『男はつらいよ』のテーマソングが流されたのには、ちょっと興ざめというか、苦笑せざるを得ませんでした。
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境内には自動おみくじ機があり、200円を入れると、獅子舞が動き出し、おみくじを取り出してくれます。こういうの、絶対中国人は好きだと思います。
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今回初めて知ったのですが、帝釈天の裏には『邃渓園』と呼ばれる日本庭園があります。入場料400円で、長い床を歩いて庭を四方から眺められます。お茶を飲むスペースもあり、和めました。池には錦鯉がいました。
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この入場料で、帝釈堂の精巧な木彫りはギャラリーを観ることができます。お堂の裏手がガラスで囲われていて、そこに法華経の説話を描いた10枚の木彫りが施されています。中国には石彫りは多いですが、木彫りは珍しいそうです。
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これだけの散策で約1時間ほど。帝釈天から歩いて5分ほどの場所に寅さん記念館があります(入場料500円)。

寅さん記念館
http://www.katsushika-kanko.com/tora/

この記念館は渥美清が亡くなった1996年の翌年にできています。つまり、今年は開業20周年でした。

これはさくらさんの旦那の博さんが勤めるタコ社長の印刷所です。活版印刷機がどーんと置かれています。このように、記念館の中は映画の象徴的なシーンのセットが再現されています。
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これは寅さんの実家である「くるまや」のミニチュア模型。2階のたたみ間にごろんと寝ころがっている寅さんが見えます。
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参道の商店街の再現された町並みです。昭和30年代の設定だそうです。
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笑ったのが、寅さんの全財産を詰めたカバンの展示でした。荷物の中に高島暦がちらっと見えたので、呼さんが言いました。「中国でも高島暦を持っている人がいますよ。あれはよく当たるからと」。「へえ、そうなんだ」。
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そして、歴代マドンナと寅さんの出会いシーンの映像集も楽しいです。たまたま最後の48作目のボタンを押すと、後藤久美子との再会のシーンが出てくるのですが、彼女が「なんで寅さん、こんなところにいるの?」と聞くと、「なんでだろうなあ。俺にもわからないんだ」ととぼけて答えるところで、吹き出してしまいました。そう、彼はいつも自分がなぜそこにいるのかわからないような生き方をしている。まさに“ふーてんの寅”です。
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「中国の人は、寅さん映画のどんなところが面白いと思っているんですか?」。そう呼さんに聞いたところ、彼はこう答えました。

「寅さんがいつもあちこちに旅をし、自由に生きているところです」。

いまの40代以上の中国人にとって寅さんは善良で平和的な日本人のイメージを象徴しています。この映画が中国で観られるようになったのは1980年代以降ですが、それまで中国政府が熱心に自国民に対して叩き込んできた「日本といえば日本兵」という悪のイメージを払拭し、相対化するうえで、この映画が果たした役割は大きかったのです。

呼さんと柴又を訪ね、寅さんが結ぶ日中民間人の縁というものを、あらためて実感しました。

実をいえば、ぼくはこれまで『男はつらいよ』シリーズをちゃんと観たことはほとんどありませんでした。若い頃は特にそうですが、ベタな昭和コメディというイメージが強く、まともに観る気がしなかったからです。渥美清も自分の親よりひとまわり近く年上でしたし、およそ自分とは関係のない時代の話だと感じていたからです。

今回記念館に行って知ったのですが、このシリーズの第一作は昭和44年(1969年)。それから最後の作となった平成7年(1995年)まで48作品が上映されるのですが、当時はまだ昭和を懐かしむには早すぎたのでしょう。その後、2000年代に入って『ALWAYS 三丁目の夕日』をはじめとした昭和レトロブームが起こり、そこで多くの日本人が過去の時間にまどろむことに淫してしまった(とぼくは思います)ことで、日本社会は国際社会の変化に追いつけなくなってしまったわけですが、平成の世がまもなく終わろうとするいま、あらためて中国の中高年以降の人たちが好ましく受けとめてくれたこの物語の価値に、ぼくも気づいたといえるかもしれません。

記念館の裏は江戸川の堤防になっていて、天気のいい日は富士山が見えます。残念ながら、ぼくらが行ったときは、雲で富士山が隠れていたのですが、この情報を教えてくれたのは、記念館のボランティアのおじさんでした。「朝方はきれいに見えたんだけどね。お客さんが来たとき、その話をしたろ。だから、確認しに行ったら、見えなくなっていた。残念だったねえ」。
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このボランティアのおじさんはとても人懐っこくて、まるで寅さん映画に出てくる人物のようです。彼はぼくらが記念館に入館する前に富士山の話をしたものだから、展示を観ている間に、わざわざ確認に行ってくれていたのでした。

帰り際、帝釈天のわき道を歩いていると、偶然玉垣に倍賞千恵子さんの名前が彫られているのを見つけてびっくり。
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お昼は参道の老舗の「川千家」で蒲焼のランチ。行き帰りに乗るわずか2駅しかない京成金町線もいい味です。
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「中国にはこんな静かでのどかな下町はない」と呼さんは話しました。「帰国したら、柴又を訪ねるツアーを企画します。中国にはファンの人が多いから」。彼のように、自分の足で歩いてツアをー企画する中国の旅行関係者ほどありがたい存在はありません。「これからも何でも知りたいことは聞いてくださいね」。そう彼に話しました。

いま彼が考えているのは、10名くらいのお客さんを案内するツアーだそうです。実際、柴又には団体バスを停めるような場所はなく(実際には、さくらさんと博さんの披露宴の場所として有名な蒲焼屋『川甚』は日本のバスツアーを受け入れており、駐車スペースがありますが、あくまでも食事のお客さん専用です)、銀座や浅草のように大挙して訪れられては困ります。

記念館の人に聞くと、柴又を訪れる外国人は日本通の台湾人くらいだそうです。呼さんには、いい感じのお客さんを連れて来てほしいと思います。


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by sanyo-kansatu | 2017-12-11 09:31 | “参与観察”日誌 | Comments(0)