ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 07月 11日

22回 うれしいことに、日本はタイの海外旅行先人気ナンバーワンだそうです

タイから日本を訪れる観光客が増えています。
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日本政府観光局(JNTO)が6月19日に発表した報道資料によると、2013年5月の訪日タイ人は前年同月比62.8%増を記録。1~5月までの総数では18万1000人と前年度比52.9%増でトップの伸びです。上半期ですでに2012年の総数26万人に迫る勢いです。

タイからの訪日客の旅行手配を行なうアサヒホリディサービスの和田敏男国際旅行部長によると、「タイからの客は今年の2月頃から急増しています。5月も多かったですが、3月の花見シーズンも弊社の取扱数は倍増しました。本来、タイの旅行シーズンは旧正月のソンクラーンのある4月と10月だといわれますが、今年は前倒しで来られた方が多かったようです」(※実際、3月の訪日タイ人は前年度比70.4%増)

こうした動向をふまえ、外務省は6月下旬、タイとマレーシアの訪日観光ビザを7月1日から免除することを発表しました。昨今の円高是正にビザ免除という相乗効果で、さらなるタイ人観光客の増加が期待されています。

タイ国民に対するビザ免除(外務省)2013年6月25日
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_000361.html

ツアーの目玉はカニ食べ放題とショッピング!?

訪日タイ人客の旅行手配を扱うランドオペレーターの関係者は「日本はタイの海外旅行先人気ナンバーワン」と口を揃えて言います。うれしいではありませんか。彼らの2大関心事は「食事とショッピング」だそうです。

では、いったいタイ人観光客はどんな訪日旅行を楽しんでいるのでしょうか。

タイの海外旅行市場が活況を呈してきたのは2008年頃からだそうで、まだ5年しかたっていません。海外旅行ブームの初期には、どこの国でも微笑ましい珍現象が見られることがあります。タイ人の日本ツアーでも、日本人の目から見るとちょっと意外なアトラクションが目玉となっています。「富士山のふもとの温泉旅館でカニ食べ放題」です。

たとえば、タイの旅行雑誌「TRAVEL GUIDE Magazine」2012年8月号に掲載された現地の旅行会社COMPAXWORLD社のツアー募集広告にふたつのプロモーション商品が紹介されています。それぞれ3つの目玉ポイントが書かれていますが、共通するのは「温泉旅館でカニ食べ放題」と「ショッピング」です。
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①Tokyo Promotion! 4泊6日(タイ航空利用) 37900バーツ(約12万円)
■東京で満足4泊6日、ホテルは4つ星以上
■お楽しみフリーショッピング2日間(オプショナルツアーもあり)
■温泉旅館泊とカニ食べ放題

②Yokoso Hi-light 東京―京都4泊7日(タイ航空利用) 52900 バーツ(約17万円)
■東京観光とフリーショッピング1日間
■世界遺産の京都、金閣寺、清水寺観光
■温泉旅館泊とカニ食べ放題

タイから日本へのフライトは約6時間かかるので、飛行中夜をまたぐため4泊6日が基本。東京滞在型のツアー①では、都内観光は1日、2日間は自由行動なので、ショッピングがたっぷり楽しめる内容です。東京ディズニーランドに行きたい人は、オプショナルツアーで参加できます。残りの1日は、富士山観光のあと河口湖などの温泉旅館に泊まり、カニの食べ放題が付くというものです。いわゆるゴールデンルートの②でも、それは同様です。
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アサヒホリディサービス国際旅行部のタイ人スタッフ、カウィワット氏によると、「タイ人は富士山のふもとの温泉旅館に泊まって温泉にゆっくりつかり、カニの食べ放題を楽しむというのが、日本旅行の醍醐味。これだけは欠かせないと思っているんです。旅行会社のツアーパンフレットにも、よく富士山とカニが合成されているイメージ写真が多いです」。

※タイ人の訪日旅行の2大関心事の詳細は、中村の個人blog「タイ人ツアーの目玉は、温泉旅館でカニ食べ放題とショッピング!?」を参照。

タイ人が日本食を好む理由

タイ人の日本食に対するこだわりはカニだけではありません。タイには約2000軒の日本料理店があり、普段から日本食に親しんでいるからです。

「タイ人の食は保守的です。珍しいものを食べたいという欲求より、普段食べているもので、もっとおいしいものが食べたいと考えています」と語るのは、タイの事情に詳しい旅行作家の下川裕治氏です。

「だから、日本食が人気なのです。バンコクには日本食屋があふれています。吉野家はもちろん、大戸屋、やよい軒、牛角、ココイチ、王将、丸亀製麺、フィンガーハット……その多くは日本でもおなじみの外食チェーン系。もうなんでもあるといってもいい。

タイ人に『日本で何食べたい?』と聞くと、『ラーメン』と答えたりします。その意味は、タイで食べたことのあるラーメンを日本に行って食べてみたい。そのほうがずっとおいしいに決まっているから。彼らはそう考えているのです」。

タイ人の日本のフルーツ好きも、関係者の間ではよく知られています。なかでも日本の大粒のイチゴは大好物です。よくタイ人客は、デパ地下でカットフルーツを買ってきてホテルの客室で食べているそうです。

※タイ人の日本食好きの背景は、中村の個人blog「タイ人はイチゴが大好き!? 旅行作家・下川裕治さんが語る『タイ人客はドーンと受け入れてあげるといい』」を参照。

タイ人客には焼肉にしゃぶしゃぶ、寿司、天ぷら、ラーメンという和食の基本アイテムが断然好まれるそうです。日本の味覚をそのまま提供して喜んでくれるのですから、なんてありがたいお客さんでしょう。

タイ人客がよく訪れる都内のレストランとして有名なのが、西新宿にある焼肉料理店「六歌仙」です。同店はタイのインラック首相もおしのびで何度も訪れており、訪日タイ人に広く知られています。人気メニューは6500円の焼肉食べ放題コースだそうです。
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※「六歌仙」については、中村の個人blog「タイ人観光客に西新宿の焼き肉店『六歌仙』が人気の理由」を参照。

現地メディアが訪日を後押し

今年に入って急増する訪日タイ客の背景について、日本政府観光局(JNTO)は次のように分析しています。

「3月末からの増便やチャーター便による座席供給量の拡大、また円高の是正に加えて、VJ事業だけでなく地方自治体による積極的な観光誘致策が露出拡大につながり、タイからの観光客の増加の要因となっている。またタイのメディアでは、訪日旅行がブームとして複数取り上げられ、日本への旅行の機運を後押ししている」(JNTOプレスリリース/2013年6月19日)

訪日タイ客急増に、タイのメディアの影響があるというのです。

タイを中心とした海外向けマーケティングを手がける株式会社Relation(http://www.relation-inc.jp)の加藤英代表取締役によると、「タイでは日本のテレビ番組が大量に放映されています。日本のテレビ局から版権を買って深夜枠でグルメ番組や旅行番組を毎日のように流しているからです。街にあふれる日本食レストランもそうですが、タイには生活の中に普段着の日本があります。だから、彼らは日本に安心、安全のイメージを持っています。日本では人は優しく、楽しく旅行できると思っているのです」

日本の番組がそのまま流れることも多いですが、自前の番組も制作されています。たとえば、タイのアイドルTikの出演する海外旅行バラエティ番組「Say Hi」は、チャンネル3(http://www.thaitv3.com/)で毎週金曜00:10より放映されています。彼女は世界各地を訪ね、買い物や食べ歩きを楽しみます。日本の温泉旅館でカニの食べ放題を体験するシーンも以前あったそうです。
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こうした事情は、テレビ番組を政府が規制管理する中国とはまったく違います。タイ人にとって日本はとても身近な国となっているのです。

タイで発行されている旅行雑誌でも、日本は多く取り上げられています。
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たとえば、タイの雑誌社Check Tourが発行する「Check Tour magazine」は、テーマ性の強い充実した特集記事が売りの月刊誌です。2012年は、札幌(1月号)、東京ディズニーランド(11月号)など、4回の日本特集を組んでいて、日本への関心の高さを感じます。

バンコク週報というタイの日本語新聞を発行する出版社が制作している現地のグルメ情報誌「Gozzo(ごっつぉ)」もユニークです。
Gozzo(http://www.facebook.com/GozzoThailand
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同誌は、バンコクにある日本食レストランのタイ人向けフリーペーパーです。日本食と旅行の雑誌と銘打たれていて、特に日本の食文化を詳しく紹介しているのが特徴です。

たとえば、2013年7月号では、焼肉特集が組まれています。焼肉の種類や細かい牛肉の部位の解説もしています。もともと宗教的な理由でタイ人の中には牛肉を食べない人も多いと聞きますが、最近は「和牛」ブームだそうです。こうしたきめの細かい現地での情報提供がタイ人の日本食に対する理解を深めているのでしょう。

このように、タイでは日本の情報が偏りなく、比較的まっすぐに紹介されていることがわかります。タイ人が素直に日本旅行を楽しんでくれる背景には、こうした現地での自由な情報流通があるのです。

※タイの旅行雑誌についての詳細は、中村の個人blog「タイの旅行雑誌には日本がこんな風に紹介されています」を参照。

ツアー代金は中国人ツアーの2倍近い

では、タイ人の日本ツアーはどんなコースが催行されているのでしょうか。現状では、以下の3コースが主流だそうです。

①東京・大阪ゴールデンルート4泊6日
②東京滞在(+富士山)3泊5日/4泊6日
③北海道周遊(札幌、小樽、登別、富良野など)4泊6日

すでに①と②は定着しており、この夏は③の北海道周遊が急増しそうとのこと。昨年10月に新規就航したタイ国際航空のバンコク・新千歳線は現在週4便ですが、秋から毎日運航になるそうですから、今年の冬は北海道を訪れるタイ人観光客がさらに増えそうです。

他にも、九州周遊(福岡、別府、阿蘇、熊本、長崎など)4泊6日も動き出しています。主流ではないけれど、東京・大阪ゴールデンルートの別バージョンとして、大阪か名古屋inで北陸や信州を周遊、東京outのコースも好評といいます。沖縄に行くツアーもあります。

次に、ツアーの価格帯について見ていきましょう。ツアー料金は日程やコースによって当然違います。以下、「Check Tour」2013年6月号に掲載された現地旅行会社のツアー募集広告から平均的な料金(7~8月出発のコース)をいくつか挙げてみましょう。

・東京・大阪ゴールデンルート4泊7日 50900バーツ(約16万5000円)
・北海道3泊5日 43900バーツ(約14万円)
・東京滞在(+富士山)3泊5日 39900 バーツ(約13万円)
・沖縄3泊5日 33900バーツ(約11万円)

前述のカウィワット氏によると、「タイ人の日本ツアーの価格帯は1日換算で約1万バーツ(約3万2000円)が目安」だそうです。

以前、本連載「18回 春にはちょっぴり中国客が戻ってきそうな気配ですが……。中国の旅行会社のHPを読み解く」の中で、北京、上海、広東の旅行会社のツアー料金を比較したことがありますが、この夏の中国本土発の平均的な日本ツアーの価格帯が1日換算で約1000元(1万6000円)が目安であるのに比べると、タイ人のツアーは2倍近いといえます(最近の円安で、円換算では価格差は以前より縮まっているようですが)。

ツアー行程を比較しても、当然とはいえ、中国人ツアーの内容はタイ人のツアーに比べ見劣りします。宿泊ホテルも観光や買い物には不便な場所にあったり、観光地もなるべく費用のかからない場所を選んだりと、「安かろう悪かろう」を地でいくケースが多いです。

とりわけ食事にかける費用が違います。広東省の南湖国旅(http://www.nanhutravel.com/)のHPには、「昼食代1000円、夕食代1500円」とはっきり書かれていますが、タイのツアー客はこんなに安い食事では満足しないでしょう。カウィワット氏は言います。

「タイ人は食事にこだわるので、とくに夕食は5000円以上かけるのがざらです。西新宿の『六歌仙』が人気なのもそのためです。弊社では、タイにある日本企業の関係者のインセンティブツアーの企画をよく担当するのですが、とにかく食事の要望は細かいです。ご案内しようとしているレストランのメニューを用意して、具体的にどんな料理が食べられるのか、タイのクライアントのツアー担当者にプレゼンテーションすることもあるほどです」

「タイ人は中国人に比べて日本旅行に対する思い入れが強い」というのは、タイ人客を扱うランドオペレーターに共通する声です。タイ人は「せっかく日本に行くのだから、いろんな体験をし、お金をかけてもおいしいものを食べたい」と素直に期待をふくらませているといいます。だから、食に限らずツアーの中身に対する関心が高いのです。そうした日本に対する期待値の高さが、中国人ツアーに比べてタイ人ツアーが比較的高い価格帯を維持している理由になっていると思われます。

※タイ人の日本ツアーの価格帯については、中村の個人blog「タイ人の日本ツアーの料金は中国人ツアーの2倍近いです」を参照。

今後の展望とツアー料金値崩れの懸念

これまでずいぶんいいことずくめの話をしてきましたが、訪日タイ客急増にはもっと大きな背景、すなわち近年の日本企業の東南アジアシフトがある、と前述の加藤英代表取締役は指摘します。

「2015年のアセアンの市場統合(ASEAN自由貿易地域<AFTA>)をにらんでインフラ整備の進むタイに日本企業の進出が加速し、タイ人社員の研修や視察のための日本へのインセンティブツアーの需要が大きくなっています。同じ東南アジアでもシンガポールやマレーシアに比べてタイがダントツの伸びを見せているのには、日本企業の存在があります」

実際、日本のランドオペレーターが受注するタイの団体客は、日本企業のインセンティブツアーであることが多いようです。それは現地の旅行会社が一般募集するパッケージツアーとは違って、個別のクライアントの要望に応じてツアーの中身を組み立てる手配旅行です。クライアントが日本企業なので、比較的安定した取引が可能といえます。

ところが、今回のビザ免除による客層の拡大で市場が荒れるのでは、という現場の懸念の声はすでにあります。

社団法人アジアインバウンド観光振興会理事で、訪日タイ人客のランドオペレーターでもある株式会社トライアングルの河村弘之代表取締役は、タイの旅行業界の現状をふまえた以下の点を指摘しています。

「タイ人は純粋でおとなしい、とてもいいお客さまなのですが、少々ワガママなところがある。ツアーの立ち寄り先だけでなく、来日後の宿泊ホテルやレストランの変更もしばしば。タイのガイドはお客さまの言いなりになりがちで、現場が混乱するケースも多い。

タイは海外旅行マーケットが動き出してまだ5年という国。旅行業界のルールも整備されていません。本来であれば、彼らはもっと海外の現状を知って、業務のマニュアル化を考えるべきなのだが、まだすぐには対応できないでしょう。

これから訪日タイ客が増えると、ガイド不足も顕在化するはずです。タイの日本ツアーはほぼスルーガイド、つまり現地タイ人が担っており、通訳案内士制度は機能していません。

さらに、今後いちばん懸念するのは『中国プライス』問題です。ここ数年、中国の旅行エージェントが日本の一部のホテルなど観光関連企業との間で結んだ過度に安い中国向けの仕入れ値を東南アジアの市場に持ち込もうとしています。せっかく定着している東南アジア発の日本ツアーの値崩れが起こるおそれがあります」

中国の訪日旅行市場で起きたのと同じ道を東南アジア市場でも繰り返すことになるとしたら、これは大きな問題です。それは避けねばなりません。誰のためにもならないからです。

もうひとつの懸念材料は、ビザ免除をめぐってタイではこれを歓迎するどころか、おかしな反応があることです。

日本の観光ビザ免除、タイ外相が不法就労者増に懸念(バンコク週報2013年6月14日)
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=2207

以前、ニュージーランドがタイ人の観光ビザ免除を実施したところ、観光で入国した後、失踪者が続出したため、免除が取り消された前例があったそうです。タイの外相は同じことが起こらないようにと国民に訴えたというのです。日本でも同じことが起きるのでしょうか?

※ビザ免除をめぐるタイ側の反応については、中村の個人blog「タイのビザ免除で、むしろタイ政府側に不法就労再発の懸念があるらしい」を参照。

もっとも、いまの段階でこうした懸念を言い出したらキリがありません。物事はすべてがきれいごとで進むはずもないのですから、今後の行方を見守っていくほかないでしょう。

最後にあらためて、タイ人の訪日旅行を盛り上げる話を書いておこうと思います。

それは、日本には確実にタイ人に喜んでもらえる自然の魅力があるということです。

タイと日本の風土や気候の違いが、来日する彼らを魅了しています。四季があることが、彼らをリピーターにするのを強く後押ししてくれるのです。たとえば、3~4月は桜、6~7月はラベンダー、秋は紅葉、冬は雪景色と、1年を通じてタイ人の目を喜ばせるのは、季節による風景の変化があるからです。実際、タイの旅行雑誌やパンフレットに描かれる日本にはあでやかな色味があふれています。我々は熱帯の国タイのほうが日本よりずっとカラフルだと思いがちですが、彼らにすれば日本は自分たちの知らない美しい色彩にあふれる国なのです。

常夏の国からわざわざ訪ねてくれるタイ人に対して、四季という1年を通して訴求できる日本の強みを生かさない手はないといえるでしょう。訪日タイ客の増加で、ニッポンのインバウンドに新しい風を吹かせることを期待したいと思います。

※すでにタイ側でも訪日旅行に積極的に取り組む動きは起きています。詳しくは、中村の個人blog「HISタイの訪日旅行の取り組みは要注目です」を参照。

やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_132.html
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# by sanyo-kansatu | 2013-07-11 16:33 | 最新インバウンド・レポート | Comments(0)