ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2011年 11月 08日

現代アートは中国社会を映し出す鏡である

こういう言い方も何ですが、中国のような言論統制のある国で、社会に対する深い洞察や批評精神、ひとりの人間としての正義感のありかをストレートかつ巧妙に見せてくれる数少ないメディアとして、中国の現代アートの存在に注目しています。

アートは広告とは違い、マスメディアでないぶん、存在を許されているといえます。へんに目立たないかぎり、ある意味自由でいられる。彼らアーチストたちは常に時代と政治との間に流れる微妙な風向きを気にしながら、ときに飄々とそれを受け流し、ここぞというときには思いのたけを作品に注ぎ込もうとする。その結果、中国社会の闇や矛盾、しかしそこで生きていかざるを得ない人々の現実をあぶりだします。なるほど、こんなことまで考えていたのかと感心させられることも多いです。現代アートは中国社会の諸相を映し出す鏡=メディアといえます。

ぼくが中国の現代アートの存在を初めて知ったのは、1994年頃、たまたま仕事でオーストラリアに行ったとき、「MAO goes POP」と題された回覧展をパースで見たときです。今日有名になった中国の現代アートの立役者たちが、90年代に入って中国版イーストビレッジ(北京東村)でボヘミアン生活をしながら作品制作に打ち込むようになる以前の世界を南半休の片田舎で知ったというわけです。

そのときは「なんじゃこりゃ」という感じでしたが、その後、2000年代に入り、上海で莫干山路の工場跡のアトリエ群(M50)を知り、一時足しげく通うにようなり、何人かのアーチストに会って話を聞いたりしました。そのときの見聞を元にしたコラムが、日経ビジネスNBonlineで20回ほど連載されました。
日経ビジネスNBonline 中国現代アート 
その後も、中国出張に行くと、北京を代表する芸術区として知られる草場地など、仕事の合間に通っています。07年頃をピークにちょっとトーンダウンしたかに見える中国のアートシーンですが、イケイケの時代ばかりが面白いわけじゃない。観光地化されたといわれる「798大山子芸術区」だって、歩き回っていると、何かしら発見があったりします。このカテゴリでは、そんな発見をちょこちょこ書いてみたいと思います。
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# by sanyo-kansatu | 2011-11-08 14:45 | 現代アートは中国社会の鏡である | Comments(0)